意外なほどに呆気なく、裁判は無罪で閉廷した。
それもそうだろう。スザクは法廷から外へ向かうために足を早めていた。
今や世間は黒の騎士団一色だ。大々的なクロヴィスの殺害宣言に加え、その直後にリフレインを扱っていたマフィアを潰し、人身売買組織を壊滅させ、一般人を標的としていたテロを潰した。
これまでのテロリストとは一線を画する武装集団だと、既にイレブンもブリタニア人も認めるところにある。
彼らが有名になったおかげで無罪になった身を考えれば、黒の騎士団に感謝しなくもない。
だが所詮は小さな諍い事のような勝利ばかりだ。この程度ではまだブリタニアを倒すなどという大言壮語を吐けるレベルには無く、所詮はテロリストという評価を覆すには至らない。
しかしスザクは日本人として、ゼロの快進撃に胸を躍らせるところが全く無い訳でも無かった。黒の騎士団に加わるのはあまりにハイリスク過ぎてお断りだが、その活躍がこれまでに幾度となく出現していたテロリストとは違う、矜持のあるものだということはスザクも認めていた。
人気のない法廷を出る。快晴の青い空から小さな声が落ちてきて、スザクは空を見上げた。
「—ぁ——ぃ——」
「え?」
頭上に小さなピンクの点が見えた。しかし逆光でそれが何なのかまではよく分からない。
まさか飛び降り自殺かと身構える。同時に頭上から引き攣った女の声が落ちてきた。
「———ぁぶないから、避けて下さーい!」
ば、とスカートが空に広がった。
人が落ちてくる。
さ、と全身から血の気が引き、すぐさまスザクは手に持っていたバッグを放り投げて受け身の体勢を整えた。
その直後に、重力に加算された人一人分の体重が強烈な勢いで両腕に叩き付けられる。意地と根性でなんとか地面に落とさず踏ん張りきったものの、その衝撃はすさまじかった。両腕の骨が痛烈に軋む。多分折れてはいない。しかし両腕が捻じれたかのように痺れた。
両腕の痛みに耐えながら、スザクは腕にすっぽりと納まっているピンクの塊を見下ろした。飛び降り自殺者にしてはやけに身形が整っている。
ピンク色の正体は髪だった。黄色いスカートと清楚な白いブラウスを着て、鮮やかなピンク色の髪をした少女が腕の中で目を見開いていた。スザクはその少女に凄まじく見覚えがあった。
全身から引いていた血の気が今度は沸騰して、行くことも戻ることもできずその場で踊り始めた。少女に触れている両腕が、痛みとは違う衝撃で震え始める。
「あー、危なかった!」
スザクの心情も知らず、ふう、と安堵の息を吐く少女を咄嗟に地面に降ろす。スザクは即座に地面に膝をついた。
額から冷や汗が止まらない。まさか、なんで、という言葉が脳内に木霊する。
しかし目の前の少女は何度か新聞の記事で見た顔と同じ顔をしていた。それに騎士の嗜みとして勉強させられた、華麗なる皇族の一覧に載ってた顔と寸分違わず同じ顔をしている。
どうか他人の空似であってくれと願いながら、地面に跪いたスザクは恐る恐る声をかけた。
「ご、ご、ご無事でしょうか、ユ、ユーフェミア皇女殿下」
「ええ、ありがとうございます。ごめんなさい、下に人がいるとは思わなくて……あなたも大丈夫ですか?」
「……はい。お気を使って下さりありがとうございます」
本人だった……!
騎士の礼を取ったまま、スザクはブリタニア兵になってから初めて間近で接する皇族を前に動けないでいた。
スザクは騎士と言っても所詮はナンバーズでしかない。見下してくる貴族や皇族は多く、いくらユーフェミアを助けるためだったとはいえその玉体に触れたとなれば非難は免れない。
スザクは項垂れたままユーフェミア皇女殿下の沙汰を待った。しかしユーフェミアが発した言葉は予想の範囲外だった。
「あなたは、ええと。テレビで見ました。枢木スザクさんですよね」
「ユーフェミア皇女殿下が御存じとは、光栄でございます」
「よかったー!あなたはイレブンの方ですよね!」
ユーフェミアは項垂れているスザクの両手を掴み、ぶんぶんと振った。
ルルーシュとナナリーを除く皇族からこんなにフレンドリーに接せられた経験が無く、ぽかんとしながらスザクはされるがままにユーフェミアと両手を繋いでいた。
「私、今日が休暇の最終日なんです。それで是非エリア11を見て回りたくて。あなたなら案内ができますよね?」
「え、あ、はあ」
「一人で行こうと思っていたんですけど、道に迷うかもしれないので、お暇ならお願いできませんか?」
「イ、イエス・ユア・ハイネ……いや、やっぱりダメで」
「やった!」
皇族からの要請にイエス・ユア・ハイネスと応えるのは、ブリタニアの兵士には本能レベルで沁みついた習慣だ。
しかし一瞬冷静になると、ユーフェミアと同じ年頃の自分が彼女と共に外をうろつくなど、外聞があんまりにも悪すぎる。目撃でもされれば、あらぬ噂を立てられるかもしれない。
そしてそのせいでスザクがコーネリアの不興を買ってしまうと、コーネリアの中でイレブンの評価が下がってしまう可能性もある。ただでさえ黒の騎士団のせいでブリタニア全体がイレブンへの警戒を高めているというのに、自分がさらにイレブンの評価を下げることは絶対にできない。
だが否定しようとしたスザクを遮り、ユフィはじゃあ行きましょう、とスザクの手を掴んで歩き始めた。
「まずは買い物をしましょう。一回やってみたかったんです、食べ歩き」
「いえ、でしたらちゃんとした皇族の親衛隊を」
「堅苦しいので嫌です。そうだ、スザクさん。今日は私のことはユフィって呼んで下さいね」
「ですからそれは」
「今日は休暇なのですから皇女もお休みです。だから私はユーフェミア皇女殿下じゃなく、ユフィなんです。ね?」
「しかし私は騎士として」
「じゃないとこれから先、ずっと枢木スザク准尉って呼びます。街中でも」
ぐ、とスザクは押し黙った。
無罪となったとはいえ、クロヴィスの暗殺容疑がかかったスザクはブリタニア人からもイレブンからも顔を知られている。街中で何度も名前を呼ばれると面倒事になる確率は高い。
「あと私が外にいることを政庁に連絡するのも禁止です。今日はお忍びなんですから!」
「………イエス、ユアハイネス」
「じゃなくて!」
「承知致しました、ユフィ様」
「もう一声!」
ぐいぐいと押してくるユーフェミアにスザクは天を仰いで観念した。
自分はどうにも、皇族に弱い天運に生まれてきたらしい。
「………分かったよ、ユフィ」
こんな風に話しかけたとコーネリア皇女殿下に知られれば、不敬罪で殺されるかもしれない。
恐怖で全身を震わせながらユーフェミアの期待に応えたスザクに、ユーフェミアは心底嬉しそうな顔をした。
こうして近くで顔を見ると、ルルーシュには及ばないまでも綺麗な顔立ちをした人だ。スザクは瞬間、ユーフェミアの太陽のような笑顔に見惚れた。
「じゃあ行きましょうスザク」
躊躇なくスザクの手を引いて歩くユフィに引きずられ、スザクは溜息を吐きながら足を動かした。
この少女の強引さは、皇族特有の傲慢さでは無く、無邪気な子供のそれに近い。可愛らしい子供の駄々に本気で苛立つ者はいない。無理やり街を案内させられることになったのに嫌な気分がしないのは、ユーフェミアの才能かもしれない。
そのままスザクはユーフェミアに連れられて街中を歩くことになった。16歳のユーフェミアは年頃の少女らしく、可愛らしいスイーツ店を中心に歩き回った。
とはいえ華奢なユーフェミアがそう沢山食べられる筈も無く、一時間も経たない内にスザクとユーフェミアは近くの公園で休むことになった。
据え付けられているベンチに座る。手にジュースの入った紙パックとクレープを持ち、ユーフェミアは御満悦のようだった。
ここまで遊べば十分だろうか。陽はまだ高いが、そろそろ政庁に送り届けるべきかもしれない。いや、機嫌を損ねないためにもユーフェミアがもう帰ると言うまで付き合うべきだろうか。
スザクが逡巡していると草むらの中から黒猫がぴょこんと顔を出した。
「あ、猫ちゃん!」
ユーフェミアはぴょん、とベンチから立ち上がって猫に駆け寄る。抱き上げて膝に乗せて喉元を擽ると、猫はごろごろと喉を鳴らした。
「猫の扱いがお上手なのですね」
「ありがとう。はい、スザクも」
「いえ、自分は」
何故か動物全般から嫌われるスザクは辞退しようとしたが、ユフィは猫を抱きかかえたまま首を捻った。
「猫、苦手なのですか?」
「僕は好きなんですけど、片思いばかりなんです」
猫。そう言えば以前、ルルーシュを猫のようだと言ったことを思い出した。目の前にいるユーフェミアがルルーシュの異母妹であるからかもしれない。
こうして思い返すと、あれからまだ5年しか経っていないとは思えない程に色々なことがあった。ただの日本人の子供だった自分が、ブリタニアの騎士となって皇女殿下のお忍びに付き合うことになるとは、あの頃の自分は想像もしていなかった。
今、ルルーシュはどうしているだろう。5年前に別れたきりの親友の面影は鮮明に残っている。
彼はそうそう簡単に死ぬほど惰弱でないし、騎士であるジェレミア卿もいる。きっとどこかで生きていることは間違いないとスザクは確信していた。間違いなくとんでもなくたくましく生きているだろう。
寂しげな顔をするスザクにユーフェミアは小さく微笑んだ。
「片思いって優しい人がするんですよ?」
「……そうでしょうか」
「ええ」
スザクは差し出された黒猫を撫でようと恐る恐る手を伸ばした。
猫はスザクの手を抉るように引っ掻いて、体を捻じってユーフェミアの手から逃れて走り去ってしまった。
ユーフェミアは慌ててスザクの手を取った。
「スザク、手は大丈夫ですか?」
「はい。血は出ていないので」
しかし手の甲には真っ赤な三本線がくっきりと残っている。
去って行った猫にスザクは手を振った。きっとルルーシュもあんな猫みたいに攻撃的に、図太く生きているだろう。
猫を見送り、ユーフェミアは立ち上がってぱんぱんとスカートを叩いた。
「今日はありがとう、スザク。楽しかったです」
「恐縮です」
周りから不審に思われない範囲で頭を下げる。くすくすと笑ったユーフェミアは、しかし次の瞬間顔を引き締めた。
柔らかい顔立ちだが、こうして見ると凛々しくもある。
「スザク、最後に一か所行きたいところがあります」
「どこでしょうか。なんなりと」
「シンジュクに」
強い意思を持つ瞳に、スザクは言葉を詰まらせた。
いくらユーフェミアが皇族としては異例なほどに親しみやすいとはいえ、たかが名誉ブリタニア人である自分が彼女に反論するという選択肢は存在しない。
しかし警備が自分一人の状態でゲットーに行くなど言語同断だとか、そもそもテロリストの巣窟のようなシンジュクに行くのは危険過ぎるだとか、言いたいことは幾つもあった。
「その、それは、」
「危険だということは百も承知です。しかし私は近いうちにこのエリア11の副総督となる身。私が統治する民衆の暮らしを一度この眼で見て回りたいのです」
ユーフェミアはルルーシュに似ていないと思っていたが、眼はどこか似ている。強烈な意思を秘めていたルルーシュの瞳より色は薄いが、真っすぐなロイヤルパープルは反論しても無意味だということを察するのに十分だった。
スザクは項垂れ、わかりましたと囁く他無かった。
もしここでスザクが拒否すれば、ユーフェミアは一人で行ってしまうに違いない。
断られると思っていたのだろう。ユーフェミアは安堵の息を零して胸を撫で下ろした。
「ありがとうございます、スザク」
「お一人で行かれるよりはマシです。あと徒歩での移動は無茶ですから、タクシーを捕まえましょう」
「はい!」
「ここで暫くお待ちください」
ユーフェミアがベンチに座るまでを見届け、スザクはその場を離れて道路脇に向かった。道路脇からベンチまではそれほど遠くも無いが、これだけ距離があれば小さな動作は視野に映らない。
できるだけタクシーが通り過ぎないようにと信じてもいない神に祈りを捧げ、スザクは半ば恐慌状態となりながらロイドへと電話を繋げた。
焦りのあまり番号を押す手が震える。
数回目のコールの後、いつものゆったりとした口調のロイドの声が聞こえた。
「ロ、ロイドさん、ロイドさん、ロイドさん!」
『もーどうしたのスザク君。今それどころじゃないんだけど』
「ユーフェミア皇女殿下がここにいるんです、シンジュクに行くって言ってるんです!二人っきりなんです!」
『……はあ?』
『ちょっとロイドさん、ユーフェミア皇女殿下は』
『ちょっと待っててセシル君、え、そこにいるの?シンジュク?』
「はい、副総督になる前に一度見に行きたいとかなんとか」
『い、いやいやいやいや、シンジュクは駄目だよ。警護を付けたとしても温室育ちの皇女殿下をそんな危な過ぎる場所には行かせられないからね。怪我でもしたら、コーネリア殿下に僕らの首が飛ばされちゃうかもよ。比喩じゃなくて物理的に』
「そうですよね。どうしましょう。無理やり政庁へ連れて帰るというのも……」
『……スザク君の首が飛んじゃうかもねー』
「ですよね」
姉のコーネリアも怖いが、ユーフェミア自身も皇位継承権を持つ権力者であり、スザクにしてみれば十分に怖い。いくらユーフェミア自身が温厚であったとしても、その取り巻きまでが同じように寛容である訳がないのだ。
無理やり政庁へ帰らせて気分を損ねてしまうと、彼女の取り巻きが気を利かせてスザクを処断しかねない。
かといってユーフェミアの言う通りシンジュクに連れて行き、もしイレブンに石でも投げられて傷が付けば、今度はコーネリアに殺される。
逡巡するスザクに、ロイドが少し諦めているような口調でぽつぽつと話した。
『まあでもユーフェミア皇女殿下は皇族の中ではわりかし穏健的だから……騙して政庁に連れて帰ってもそんな酷い目には遭わされないんじゃないかな……多分』
「多分ってなんですか、多分ってなんですか!」
『運命って分からないものだからねえ』
「止めて下さいよロイドさん!僕のこと貴重なパーツだって言ってくれたじゃないですか!ここまで来たなら一蓮托生ですからね!」
『……黒の騎士団に一人、すんごい強い子がいるみたいなんだよねぇ』
「本当に止めて下さい!洒落になってないですよ!?」
「スザク、タクシーが停まりましたよ!」
背後に聞こえたユーフェミアの声に咄嗟に電話を切ってポケットにしまう。前を見ると、中々電話を切ろうとしない客に苛立った運転手がガラス越しに座っていた。
もうユーフェミアを止める手段が見つからない。おろおろとするスザクの傍をユーフェミアは通り過ぎた。
「あの、ユフィ」
「さあシンジュクに行きましょう。運転手さん、シンジュクまでお願いします」
こっちの言うことを聞きやしない。ユーフェミアは一人でさっさとタクシーに乗り込んでいた。
スザクはルルーシュを思い出した。確かにあの皇子も人の言うことを大人しく聞く玉では無かった。ブリタニアの皇族は全員こんな調子なのだろうか。
スザクは半ばやけくそになりながらタクシーに乗り込んだ。
直属の上司であるロイドに場所は伝えた。だから何か問題が起こったらロイドに擦り付けよう。
スザクは強かに計算しながら発進するタクシーの中で息を吐いた。
■ ■ ■
シンジュク事変が起こってからまだ1週間かそこらしか経過していない。
昔の日本の繁栄を象徴する、今や廃墟となった都市は眺めているだけで物寂しくなる。そこら中にゴミと瓦礫が散乱し、惨劇があったことを示す銃弾の痕や血痕が所々に刻まれていた。
人が住んでいるとは思えないような場所だが、気配を探れば物陰に隠れ住むイレブンがそこかしこにいることが分かる。スザクはユーフェミアを自分の後ろに隠して歩いた。
ユーフェミアは危なっかしい足取りで瓦礫を避けながら、ひび割れた道路を歩く。周囲を見回しながら、愕然とした表情でスカートの裾を握り締めていた。
「シンジュク……こんなところでイレブンの方々は生活しているのですか?」
「はい。他にもいくつかイレブンのゲットーはありますが、トウキョウではシンジュクが最も広い居住区です」
「こんな……廃墟のような」
ようなではなく、ここは廃墟だ。スザクは破壊されたビル群を見上げた。聳え立つ都庁であった建物は今や倒壊寸前であり、他の建物もとても安全とは言い難い。そしてそうしたのはブリタニアだ。
瓦礫がそこかしこに落ちる中、スザクはユフィを背後に隠しながら目的も無く歩いた。
見るからにブリタニア人であるユーフェミアは、たとえ皇女と知られなくともイレブンの眼に止まれば憎悪の対象となる。
のこのことシンジュクゲットーにやって来た以上、石を投げつけられても文句は言えない。
「ユフィ、あまり私から離れませんように」
「ええ」
これまでのブリタニア人しかいない繁華街とは全く違う雰囲気に、ユフィは腕をさすりながらスザクの背中に隠れて歩いた。
「イレブンたちはこんな所で暮らしているんですね」
「はい。他のゲットーも似たようなものです」
「食事なんかはどうしているのでしょう」
「日雇いの仕事をしたり、残飯を漁ったり……餓死者は月に何人も出ます」
「そうなの、ですか」
俯くユーフェミアにスザクは寄り添いながら歩いた。
暫くすると、ブリタニア人の学生らしき集団が見えた。周囲はチンピラのような風情のイレブンに取り囲まれている。
遠くから話を聞く限り、どうやら学生達はKMFの戦闘の痕を撮影に来たらしい。
人殺しの兵器の殺戮の痕跡をこんな所まで見に来るとは随分と悪趣味だ。
イレブンもそう思ったのだろう。イレブンが多数殺傷された場所で呑気に撮影をしているブリタニア人へ、唾を散らして怒鳴りつけている。
「ここは俺達の住処だ!ブリ鬼の観光地じゃねえんだよ!」
「さっさと帰りやがれっ」
「じゃ、邪魔するなイレブンが!敗戦国の犬どもめ!」
「俺たちはKMFの痕を見に来ただけだ!邪魔すんじゃねえよ!」
「てめえらのせいでこんな廃墟になっちまったんだろうがっ、それを呑気に観光だと?ふざけんじゃねえ!」
ゲットーではよく見かける光景だ。スザクは溜息を吐きながらユーフェミアを背後に庇った。
「ユフィ、逃げましょう」
「し、しかし。このまま放っておいたらあの方たちが、」
「シンジュク事変でイレブンには多くの犠牲者が出ました。だというのにブリタニア人へ神経質になっているイレブンの心情も鑑みず、軽々にシンジュクへ足を踏み入れた彼らの責任です。それより巻き込まれないよう離れましょう」
イレブンに絡まれている彼らは運が悪かったが、ほとんど自業自得だ。助けた方が良いのだろうが、もし割り込んで行ってこんなところにユーフェミア皇女殿下がいることが知られてはたまらない。
怪我をすれば一大事、誘拐でもされたらここら一帯のイレブンが皆殺しにされかねない。
ユーフェミアを背後に後ずさりながらスザクは周囲に視線を巡らせ、他にイレブンがいないことを確認した。
ブリタニア人は4人、それを囲んでいるイレブンは5人。他には人は見当たらない。このくらいなら見つからず容易に逃げられる。
スザクは騒ぎ続ける集団に背を向けてユーフェミアの腕を掴もうとした。しかし伸ばした手は宙を切った。
「ユ、ユフィ?」
「何をしているのです、おやめなさい!」
ユフィはスザクの横を通り過ぎ、ブリタニア人の前に出て庇うように両手を広げた。乱入してきたブリタニア人の少女に、イレブン達は虚を突かれたような顔をした。
スザクは頭を抱えた。
ユフィは下手をすればルルーシュより扱い辛いかもしれない。
「てめえ、何、」
「確かに多くの日本人の犠牲が出た場所で写真を撮る行為は、あなた方にとって耐え難い程に不愉快だったでしょう。しかしだからといって手を上げてよい理由にはなりません!どうか、この場は私に免じてお下がり下さい!」
ユフィは勢いよく頭を下げた。
潔い謝罪にイレブン達もどう反応して良いのか分からず口ごもる。
スザクは驚きのあまり目を見開いた。
皇族が、ブリタニアで最も誇り高い人々の中の一人が、身分を隠しているとはいえナンバーズへ頭を下げるなんて。
まるでナンバーズがブリタニア人と同等であるかのように扱う挙動はスザクの胸を強く打った。
この人は、なんて貴い人なんだ。
目の前で頭を下げ続けるブリタニア人の少女をどうすれば良いのか分からなかったのだろう。怒りを向けるには、少女はあまりに可愛らしく、幼かった。しばしイレブン達は目を逸らして怒気を治めた。
しかし少女の背後でカメラを撮り続けている学生が視界に入ると、彼らは再び怒鳴り声を上げた。
「て、てめえには関係ねえだろうが!お嬢ちゃんはどいてろよ!」
「そうだそうだ!」
「玉城、こいつらボコっちまおうぜ!」
「おやめ下さい、どうか、お願いします!」
「ガキは下がってろ!」
ユーフェミアを押しのけようとした男の腕をスザクは掴んだ。
玉城と呼ばれた男はスザクの顔を見るなり、歯を剥き出しにして米神に筋を立てた。
「てめえ、枢木スザクっ」
「無関係の女性に手を出すのは感心しません」
スザクの戦闘能力はエリア11に響き渡っている。玉城以外のイレブンはスザクを見るなり距離を取る様に後ずさった。
しかし玉城だけは真正面からスザクを睨みつけた。
「くそ、この売国奴め!何が名誉ブリタニア人だ、嬉しそうに!プライドも仲間も魂も売って、それでも日本人か!?」
玉城の腕から手を離してスザクは後ずさった。玉城の怒声に思わず息が止まる。
シンジュク事変で多くのイレブンが殺された。ブリタニアはイレブンにとり明確な敵だ。ブリタニアへ帰順した、名誉ブリタニア人である自分へのイレブンの評価を、スザクは知らないではなかった。
玉城の言葉は、ほぼ全てのイレブンが自分に思っていることだろう。彼らが受けた被害を思えば、そう非難されるのはしょうがないのかもしれない。
しかしこのまま黙って糾弾され続けるのは辛過ぎた。一方的に弾劾され、後ろ指をさされることに堪えられる程にスザクの精神は強靭では無かった。
それは違うんだと叫びたかった。自分は日本の待遇を良くするために名誉ブリタニア人になったのだ。決して私欲なんかじゃないんだ。
だが口から出たのは小さな呟き声だった。何故ならば、スザクは未だ日本のために何の成果も得ていない。何を言っても拙い言い訳にしかならないと、言わなくても分かっていた。
「違う、僕は」
「違わねえだろ、このブリタニアの犬が!!」
掴みかかってきた玉城の腕を反射的に掴む。スザクはそのまま背負い投げで背後に投げ飛ばした。宙に身体が飛ばされ、玉城は地べたに体を打ち付けた。
衝撃がかからないように手加減をしたが、アスファルトに身体を打ち付けて痛みが無いわけが無い。だが玉城は咳き込みながらも立ち上がった。ブリタニア人を睨んでいた時よりもずっと暗い怒気を籠めた視線でスザクを睨む。
他のイレブンを見ると、彼らも同じような眼でスザクを睨んでいた。
「止めて下さい。これ以上同じ仲間で、」
「何が仲間だ!!」
「玉城、もういいだろ」
再度スザクに掴みかかろうとする玉城を他のイレブンが掴む。仄暗い視線をスザクに向けたまま、距離を取ろうとじりじりと後ずさる。
「そんな売国奴、相手にするだけ無駄さ。それよりこれ以上機嫌を損ねたら殺されるかもしれねえぜ」
仲間の言葉に玉城は悔しそうな顔をしながらも、スザクには敵わないと悟ったのだろう。悪態をついて仲間の腕を振り払い、玉城はそのまま他のイレブンと共にスザクに背中を向けて歩き去った。
スザクは項垂れて拳を握り締めた。
ゼロは信じてくれた。でも他のイレブンはきっと、誰も信じてくれない。
当然だろう。スザクは名誉ブリタニア人になってから、日本のために未だ何もしていなのだから。
そんなこと位は分かっている。結果が無いと、誰も信用なんてしてくれないことぐらい。
しかし辛い。どうしようもなく、辛い。
「遅いんだよ!名誉のくせに!」
「何で逃がしたんだ!やっちまえよ!どうせ何人もイレブンを殺してきたんだろ?誰がお前を養ってると思ってんだよ!!」
「煩い」
自業自得で襲われた挙句に、助けられて文句を言うブリタニア人をスザクは睨みつけた。
「さっさと帰れ。次はもう助けない」
「なっ、んだと、この人殺しが!」
自分勝手なことをぎゃあぎゃあと喚くブリタニア人に神経がささくれ立つ。
養っているとはよく言ったものだ。エリアから得た富で神聖ブリタニア帝国は潤っている。彼らの豊かな生活も、皇族の豪奢な宮殿も、元はと言えばエリア、つまりはナンバーズの富だろうに。
とはいえこの類の輩に何を言おうと無駄だということは分かりきっている。
社会見学も十分だろうし、そろそろユーフェミアを連れてシンジュクを出ようとスザクはユーフェミアの姿を探した。
しかしやはりユーフェミアはスザクの予想を裏切った。
「これ以上この方を侮辱することは許しません!」
ユーフェミアはスザクの前に躍り出て、壁になるように両手を広げて立ちはだかっていた。
驚くより前に、スザクは唖然とした。まさか皇族が、自分などを庇うとは思ってもみなかった。小さな体だというのに背をぴんと伸ばした姿は凛々しく、純粋に綺麗だった。
「そもそも、あなた方はスザクに助けられたのでしょう?それなのに文句を言うとは、何事ですか!」
「名誉がブリタニア人を助けるのは当然だろうが!」
「助ける行為に当然などありません!身を削って、スザクはあなた方を助けようとしたんですよ!それなのにお礼を言うどころか侮辱するだなんて、それでも礼節を重んずるブリタニア人ですか!」
ユーフェミアの一括に学生は口を閉じ、気に入らないと地面に唾を吐いた。興が削がれたのか彼らはスザクを一瞥し、口々に愚痴を零しながら去っていく。
スザクは呆然とした後、笑いがこみ上げて来た。
助ける行為に当然などないか、そうか。
くすくすと笑うスザクにユーフェミアは心配そうに顔を覗き込んできた。
「スザク、大丈夫ですか?」
「ええ」
スザクはユーフェミアの可愛らしい顔立ちの中心で、真っすぐに前を向いている瞳を覗き込んだ。
「ユーフェミア様、あなたは素晴らしい方ですね」