「転校してきました、枢木スザクです。よろしくお願いします」
夢か。
最近忙しすぎて睡眠時間があまり取れなかったからかもしれない。しかしホームルームから居眠りしてしまうとは問題だ。
夢よ覚めろと瞬きするが、しかし目の前の光景は変わらなかった。
黒板の前に、5年前より身長が伸びたスザクが立っている。
癖の強いブラウンの髪と丸くて大きな瞳はそのままで、高校生にしては童顔な顔立ちはブリタニア人の生徒の中でよく目立った。学生服のせいか、ゼロとして会ったときよりさらに幼く見える。
クラス全体がざわつく。ランスロットのデヴァイサーとして有名であり、さらにクロヴィス暗殺の被疑者として報道されたスザクの名前はブリタニア人にもよく知られている。
主には、人殺しとしての悪名だが。
「静かにしなさい!ホームルームを始めます。今日の日直は?」
先生に言われて慌てて日直の生徒が立ち上がり、どこか気もそぞろな声でホームルームを始める。しかし誰も聞いていない。
生徒達は声を潜めて喋りながら、席に座るスザクを無遠慮に眺めた。街中に迷い込んだ猿を見るような、興味と恐怖がない交ぜになったような視線は無言のままスザクを非難していた。
スザクは向けられる多数の視線に項垂れながら、机の上に教科書を並べた。
教室にはいつもより張り詰めた緊張感が漂っている。スザクもどこか怯えた顔で周囲を見回す。
「あ、」
ルルーシュの姿を見つけて驚愕と喜びで目を見開いたスザクに、ルルーシュも口元を上げながら襟を触った。
昼休みの屋上。
端末を弄りながらルルーシュはスザクを待っていた。
黒の騎士団の経営は順調だ。日本製のKMF、紅蓮を取り込んだ黒の騎士団の戦力は加速度的に増大している。他のレジスタンスも吸収し、増大を続ける黒の騎士団は、今やナンバーズ解放軍として世界で最も勢いがある組織と言っても過言では無い。
良い流れだ。コーネリアとの決戦が控えている今、戦力はあって困ることは無い。
階段を足早に上る音が聞こえてルルーシュは液晶画面から顔を起こした。暫くもしない内にスザクが扉から飛び出て来る。
「ルルーシュ、久しぶり!」
「生きていたかスザク。元気そうだな」
「うん。なんとか。ルルーシュは?あれから大丈夫だった?」
「アッシュフォードに匿って貰っていたからな。ナナリーも元気だ。中等部に在籍している」
「ナナリーも無事なんだね、よかった」
間近で見るスザクは顔色もよく、ゼロとして遭遇した時よりも晴れ晴れとした顔をしていた。裁判も無罪で閉廷し、特に降格も無く元の地位に戻れたからだろう。
スザクも5年ぶりに会えた親友の元気そうな姿に安堵の息を吐いた。
「ずっとルルーシュにお礼を言いたかったんだ。ルルーシュの書いてくれた手紙のおかげでノートさんに後見人になって貰えて、騎士になって、ランスロットの搭乗員にもなれた。ルルーシュのおかげだよ。ありがとう」
真っ直ぐなスザクの視線に、ルルーシュは5年前の自分の失敗を内心で後悔していた。もしあんな手紙を書いていなければ、スザクはブリタニアの軍人になどなっていなかったかもしれないのに。
しかしルルーシュは微笑みながら、スザクの栄達を喜ぶ振りをした。
この5年間、死と隣り合わせの戦場を駆け抜けたスザクの努力を否定することはできなかった。
「確かにノートの後見が得られたのは俺の手紙があったからだろうが、そこから先はお前の手柄だ。気にすることは無い。学校に通うことになったのもこれまでの業績が評価されたからなんだろう?」
「僕は運が良かっただけだよ。学校に通えるようになったのはユーフェミア様の御厚意なんだ」
「ユフィの?」
「うん。偶然出会って、気に入って下さったんだと思う。学校に行ってもいいって許可をくれたんだ」
「………そうか。よかったな。よく頑張ったよ、お前は」
「———ありがとうルルーシュ」
ここ数年、後見人であったノート以外に褒められたことはついぞ無かった。親友からの真っ直ぐな賛辞に顔を赤らめて、スザクは改めてルルーシュを見やった。
5年前より大人びた顔は、とんでもなく美しい。由緒正しい血統による高貴な顔の造りをしているのに、思わずたじろいでしまうような迫力がある。まるで女性のように白くて繊細な肌と長くて豊かな睫毛に、スザクはさらに顔を赤らめた。
年齢相応に女性経験のあるスザクだが、ルルーシュはこれまで見たどの男性よりも、女性よりも美しい。
様子の変わったスザクにルルーシュは首を傾げた。
「どうしたスザク?」
「いや、その……」
「何だ」
男であるルルーシュはこんなことを言われたら気分を害するかもしれないと思って口ごもったが、元々あまり遠慮をしない性格のスザクは視線を泳がせながら口を開いた。
「綺麗になったね、ルルーシュ」
誤魔化すように自身の指先をすり合わせて、無意味に足先で地面を叩く。言ってしまってから、男に何を言っているんだと後悔して頭を抱えた。
ルルーシュは一度機嫌を損ねたら面倒臭いのに。
しかしルルーシュはスザクの決死の賛辞を鼻で笑った。
「ありがとう。だが容姿を褒めるならもっと工夫しないと女は喜ばないぞ、スザク」
「え?く、工夫って」
「以前とは見違えただとか、髪型がよく似合っているだとか。騎士ならばこれから先社交の場に行くこともあるだろう。婦女をエスコートする機会も無いとは言えないのだから、最低限の誉め言葉位は覚えておいて損は無い」
「そ、そうなんだ。うん。勉強するよ……ルルーシュって照れたりしないんだね」
「悪いな」
皮肉気に肩を竦めてルルーシュは端末を脇に抱えた。
「言われ慣れているんだ」
「………まあ、そうだよね」
そりゃあこの顔だったら綺麗だなんて耳が腐る程に言われ慣れているだろう。
聞きようによっては傲慢ともナルシストとも取れる台詞だが、この容姿で言われると納得しかできない。
しかしそれを踏まえても言葉の端々に見え隠れするプライドの高さに、やっぱりルルーシュだとスザクは懐かしさに胸を温めた。
「良かったら学校の案内でもしようか。ああ、俺の出自は誰にも言うなよ。もちろんブリタニアにも、俺がここにいるということは言うな」
「分かってる。絶対に言わないよ」
スザクとしてもここにルルーシュが在籍していることは意外だったのだ。
一緒の学校で学べることに喜びはあるが、隠れて暮らしているルルーシュのことを考えると軍でも学校でも下手なことは喋れない。
死んだはずのブリタニアの皇子と皇女が生きてると知られれば、ルルーシュとナナリーはブリタニアに連れ戻される。プライドの高いルルーシュは、自分を一度捨てた国に戻ることなど許せないのだろうと、スザクは思っていた。
「助かる」
「いや、大したことじゃないよ。ルルーシュはまだブリタニアに帰りたくないんだね」
「それだけではない。もし見つかれば俺もナナリーも、殺されるかもしれないからな」
「……え?」
スザクは淡々と告げたルルーシュの顔を見やった。
まだ分かっていないのかと、ルルーシュは呆れが混じった溜息を吐いた。
「当たり前だろう。元々日本とブリタニアが開戦した大義名分は、俺とナナリーが日本人に殺されたというものだ。両方生きているとなれば大義が失われる。となれば、俺とナナリーが生きていると知られれば、ブリタニアが俺たちを殺しに来る可能性は高い」
「でもそんな、大義名分のためだけに、」
「そういう国だ。もう知っているだろう?」
思い当たる節が多く、スザクは口元を覆った。
戦争を起こすためには大義名分が必要だ。ブリタニアは大義名分のため、ありとあらゆる難癖を付けて無理やりに戦争を推し進めてきた。
戦争をするためにブリタニアは手段を選ばない。
ブリタニアであれば、何人もいる皇子一人の命など、エリア11に埋まっている豊潤なサクラダイトと比較すれば安いものだと切り捨てかねない。
言われれば簡単に分かったことだ。スザクは同時に、自分が何をしたのか自覚して顔を青褪めさせた。
「———ごめん、ルルーシュ」
「なんだ」
「僕、転校して来ない方がよかったんだよね」
「……ようやく気付いたか、この馬鹿」
スザクは顔をくしゃくしゃにして罵倒を甘んじて受けた。
自分に向けられる視線の多さをスザクはよく知っている。ナンバーズの騎士、日本の首相の息子。メディアから注目されることも多い。
スザクがアッシュフォード学園に在籍するとなれば、どんな学校なのかと世間の注目も集まるかもしれない。そうなると生徒会副会長であるルルーシュへ向けられる視線も自然と多くなる。
そうなって、もしルルーシュが皇子だと知られれば。
ぞっとする。身震いが止まらない。
「辞めようか?僕」
まだ今ならアッシュフォード学園にはそれほど世間の目は向けられていないだろう。
しかしルルーシュは首を振った。
「ユーフェミアからの指示なんだろう。辞められるのか、お前は」
「……無理」
「だろうな。軍属でありながら学校へ在籍するという、ナンバーズとしては破格の待遇を賜っておきながら蔑ろにすればユーフェミアの面目は丸つぶれだ。下手をすればお前はリ家に殺されかねない」
ナンバーズ如きがユーフェミア・リ・ブリタニアの厚意を無下にするなど、ユーフェミアだけではなくリ家の恥だ。
地べたに跪いて、有難き幸せと項垂れる以外の答えは死しか用意されていない。
「………ごめん、ルルーシュ」
「いいさ。親友だろう」
ひらひらと手を振るルルーシュの後をスザクはついていった。
泣きそうだった。いつだって自分はルルーシュに助けられている。5年前からそうだ。ルルーシュは自分よりずっと華奢で、弱っちくて、本当は皇子様なのに。
守られるのではなく、ルルーシュを守りたいのに。どうしてこう上手くいかないのだろう。
階段を下りて生徒が多く歩く廊下に出る。スザクの姿を見つけるなり多くの生徒は後ずさるように離れた。ひそひそとした囁きにスザクは身を縮こませて俯いて歩く。
しかしルルーシュは周囲の騒音を気にもせず、左右に割れた人込みの中心を堂々と真っすぐに歩いた。スザクはこそこそとその後ろをついていく。
「あの、ルルーシュ。別にいいよ、僕一人で、」
「午後からは体育がある。アッシュフォード学園はエリア11随一の敷地面積を誇る学校だ。無事に体育館まで行けるのか?」
「職員室で聞けばいいし、」
「職員室はどこにあるのか分かるのか」
「……ここの廊下を真っすぐ行って、」
「職員室はこの階段を下りて右に曲がって真っすぐに進んだ先だ」
「………」
「俺は周囲の視線を気にする方じゃない。自分のせいで俺まで村八分になることを危惧しているのなら、余計なお世話というやつだな」
「……ごめん」
「謝罪はいらない。これでも副生徒会長だ。新入生へ校舎を案内するのは当然の義務だ」
ルルーシュは階段を下りて体育館へと向かった。
体育館では数人の生徒がバスケットボールで遊んでいた。バスケットボールが床にバウンドする音が体育館に反響している。遊んでいる生徒は夢中でボールを追っていて、スザクの姿に気づく者はいなかった。
それにしても広い。軍にもレクリエーション目的に体育館があるが、段違いの広さだとスザクは感動した。設備も充実しており、生徒に貴族の子弟が多いことも納得できる豪華さだった。
体育館の端には鈍色の扉があり、幾人もの生徒が出入りしている。恐らく倉庫なのだろう。その中から長い金髪を靡かせた青い瞳の女性が出てきた。
ユーフェミアやルルーシュとはまた違う、美人という単語から最も連想される容姿を持つ美人だった。金髪碧眼でスタイルが抜群に良い、ブリタニア美女を体現するような女性だ。
ミレイはルルーシュを見つけるなり笑顔で近寄った。
「ルルーシュ、転入生への案内中かしら?」
「ええ、そうです。スザク、この人が生徒会長のミレイ・アッシュフォードだ」
「初めまして、枢木スザクです」
「初めましてスザクくん。思ってたよりも可愛い顔してるじゃない!ちょっと意外だわー」
え、と肩を弾ませるスザクにミレイはに、と笑った。
「新聞なんかではもっとキリっとしてるでしょ?プライベートでは可愛いタイプなのねー。あ、それとももしかしてルルちゃんみたいな女の子がタイプでウキウキしちゃってる?」
「会長、悪ふざけが過ぎます」
溜息を吐くルルーシュにミレイはからからと笑った。
「ごめんね、揶揄うつもりは無かったのよ。難しいかもしれないけど学校にいる間は肩の力抜いて、ゆっくり楽しんで頂戴。もうちょっとで学園祭もやるから楽しみにしててね」
「は、はあ」
「そうだスザク君、生徒会とか興味ない?書記を一人募集してるのよ。よかったらスザク君が入ってくれると楽しくなるというか、今よりもっと爆発力がある生徒会になりそうかもって考えてるのよ」
「爆発力のある生徒会?」
「スザク、ここの生徒会はお前の想像の3倍は凄いぞ。爆発騒ぎを起こしたこともあるからな」
「爆発力って物理的な意味なの!?」
「そうよ。我がアッシュフォードの生徒会はパワフル・ダイナミック・エネルギッシュをモットーに年がら年中お祭り騒ぎを巻き起こす、走り出したら止まらない暴走車を目指しているのよ!」
「目指しているのはミレイ会長だけです。たまには止まって下さい」
冷たいルルーシュのツッコミを気にせず、ミレイはスザクの両手を握った。スザクよりも少し長身なミレイは、圧力をかけんばかりにスザクに攻め寄る。
「暴走車に相応しいメンバーを集めているんだけど、なんだか男子が少ないのよー。ね、おねがーい」
「じ、自分は仕事がありますので」
「あら、ルルーシュも仕事してるけどちゃんと副会長の役割もこなしてるわ」
「僕はルルーシュみたいに器用じゃないので、ちゃんと仕事ができるかどうか」
「できる限りで構わないのよ。生徒会にこれまでにない新しい風を取り入れたいのであって、スザク君が負担に思うような仕事は任せないわ。お願い、ほんのちょっとでいいから、ね?」
間近に迫る長身の正統派美女にスザクは押し黙った。
ルルーシュは傍から眺めながら、これはスザクが負けるなと一人と頷いた。
ミレイの押しに勝てる人間は地球上でも少ない。
そしてスザクはその少ない人間には入らないようだった。
「……で、できる限りで構わないのでしたら………」
「やったー!新生徒会メンバーね!これからよろしくスザク君!」
ミレイはぶんぶんとスザクの両手を引っ掴んで上下に振った。なされるがままに両手を振り、生気の抜けた顔をするスザクが段々憐れになってきたルルーシュは二人の間に割って入った。
「それでミレイ会長、今日はここで何をしていたんですか」
「ふっふーん。次のお祭りの企画なんだけどね、ここにある道具をちょちょーっと使ってみようかなーなんて思ってるのよ」
「………会長、これは本当に使うんですか?鉄アレイとか棒高跳びの棒とか、本気でピザ作りに使うつもりなんですか?」
倉庫からカレンがおずおずと顔を出した。手には書類を持っている。
カレンはルルーシュと、その後ろに枢木スザクを見つけて顔を強張らせた。
「会長、彼女は」
「じゃっじゃーん!生徒会新メンバー、書記のカレン・シュタットフェルトさんよ!今日から仕事して貰うことになったから、よろしくねルルーシュ!」
「よろしくって、何を」
「何って、仕事よ仕事。そろそろ次のお祭りの企画を作るから、その手順を教えてあげてね♡」
「それは会長の仕事では?」
「そうしたいんだけど次はちょっと大規模な企画になる予定だから、手が空かないのかもしれないのよね」
「会長が大規模と言うなんて、嫌な予感しかしないのですが」
「だーいじょうぶ。我が生徒会にはミス・アッシュフォードのルルちゃんがいるんだから!いざとなれば、その美貌で男子生徒を手足の様にこき使ってやればいいのよ!」
「そう上手く行くと良いのですが」
「あなたならやれるわ、二代目ミス・アッシュフォード!自信を持って!」
スザクだけではなく、自分もミレイに勝てる気は全くしない。
そしてミレイがイイ女と評されるのに値するのは、彼女に負けても全く嫌な気分にならないところだろう。
ルルーシュはやれやれと首を振った。
「しょうがないですね。まだまだ初代には負けますが、頑張ってみますよ」
初代ミス・アッシュフォードはふふんと胸を張った。
「それじゃあ、ちょっと他にすることがあるから。カレンはもういいわよ。昼休憩なのに付き合わせちゃったわね」
「いえ、大丈夫です」
「書類は私が持って行くから、3人とも午後からの授業に遅れないようにね!」
3人の背中を叩き、ミレイは颯爽と歩いて行った。
凛と背を伸ばして歩くミレイの後姿を見ながら、スザクはぽかんと口を開けていた。
気持ちは分かる。ミレイは台風の眼のような女性だ。
「あれがうちの名物生徒会長だ」
「なんていうか……すごい女性だね」
「その印象は間違っていない。カレン、生徒会に入ることになったのか?」
「ええ。あんまり学校に来れてないから、会長が気を使ってくれて」
生徒会に入っていれば他の生徒と交流する場もある。恐らくはスザクも同じ理由で生徒会に誘ったのだろう。
姉御肌のミレイらしい配慮だとルルーシュは感心した。豪放磊落ではあるが、ミレイは基本的に人への配慮を怠らない聡明な女性である。
だからこそルルーシュはミレイの頼み事を断りにくいのだった。
ミレイからの頼み事の大半は、ルルーシュに学生生活を満喫して欲しいという願いから来ていることはとっくに知っている。
「じゃあ今日の放課後に生徒会の仕事を説明するから、少し残ってもらえないか?」
「ごめんなさい。今日はちょっと……母のお見舞いに行かないといけないの」
「じゃあ資料だけ渡しておくよ。詳しいことは明日以降に説明するから」
「ありがとうルルーシュ。………それで、あなたは、」
カレンは一瞬目を尖らせ、しかしすぐに気弱そうな視線に戻してスザクを見やった。
ブリタニア人から警戒されるのは慣れているのだろう。スザクは棘のあるカレンの視線に気づく様子も無くおずおずと手を差し出した。
「今日からアッシュフォードに転入した、枢木スザクです。さっき生徒会にも入ることが決定したんだ。よろしく」
「よろしく。カレン・シュタットフェルトよ」
二人は気まずげに軽く握手をし、すぐに手を離した。
クラスメートとしてはぎこちないが及第点の演技だろうとルルーシュは一人頷いた。
黒の騎士団の一員としてスザクへ怒気を抱いているだろうカレンだが、今の所は気弱な令嬢という猫を見事に被っている。元が短気であるカレンがどこまで演技できるかは分からない。しかしこの様子であればそうそう簡単に演技を看破されることはなさそうだ。
「じゃあスザク、ロッカーまで案内するよ。カレン、生徒会の資料を渡すから悪いがついてきてくれないか」
「分かったわ」
2人を先導しながらルルーシュは体育館に沿うように設置しているロッカールームの前まで移動した。
巨大な体育館に設置してあるロッカールームはそこらの学校の3倍は広い。
「ここがロッカーだ。ロッカーにはそれぞれ鍵がついているから無くすなよ。無くしたら職員室まで届け出る事」
「分かった。中はどうなっているのかな」
「それは後で生徒会のリヴァルにでも見せて貰ってくれ」
「?ルルーシュが案内してくれればいいじゃないか」
「俺が入ったら問題だろう」
「なんで?」
「俺が女だからだ」
ルルーシュの言葉にカレンとスザクは時を止めた。
「は?」
「ん?」
「え?」
「……女?」
「そうだ」
「誰が?」
「俺が」
「ルルーシュが、女の子?」
「そうだが」
「ルルーシュが女性?」
「だから、そうだって」
「嘘でしょ」
「事実だが」
「え、昔はおうz……じゃない、男の子だって、」
「色々手違いがあってな」
「何で男子生徒の制服を」
「スカートが歩きにくいから」
「身長が高いし」
「コーネリア皇女殿下よりは低い」
「胸が無いじゃないか」
「その発言は多くの女性を敵に回すぞ、スザク」
「「……………」」
そう言えばさっき、ミレイが二代目ミス・アッシュフォードだとかなんとか言っていたのような気がする。
二人分の絶叫がアッシュフォード学園に響き渡った。
■ ■ ■
規模を拡大した黒の騎士団の本拠地は、ブリタニアに見つからないよう郊外まで移動していた。
工場に見えるような外装の内側には、膨大な数のKMFが立ち並んでいる。カレンは自身の愛機となった紅蓮のコックピットに座ってメンテナンスを行っていた。
隣で同じくKMFをメンテナンスしている南が、周囲にゼロがいないことを確認してカレンに耳打ちした。
「それで、カレン。学校にいたゼロっぽい生徒ってどうだったんだ」
「ううん。違った」
カレンは計器を確認しながら首を振った。
「どうしてそう思ったんだ?」
「男子の制服着てたけど、女の子だったの。だから絶対違うと思う」
「そりゃ違うな。ゼロが女な訳ねえし」
「あんな女いるわけねーよ!色気もなんもねーし!」
ぎゃははは、と笑う玉城にカレンは顔を顰めた。
何よ、ゼロには色気があるわよ!
そう言いたいのだが、あの仮面の男に色気があると言って賛同してくれるのは一部のゼロのファンぐらいだろう。しかし張りのある声といい、細いスタイルと言い、きっとあの仮面の下は凛とした顔立ちの美形なのだろうとカレンは想像していた。
勿論ただの想像だと分かってはいる。本当はもしかすると顔中シミとニキビだらけの中年醜男かもしれない。
しかし自分達を率いるゼロは素性の知れない謎の男であり、未だ少女の域を出ないカレンはつい想像を膨らませてしまう。
先日行われたリフレイン摘発の事件の後からその傾向はさらに強まっていた。
ゼロを主導として行われたリフレイン摘発の最中だった。
制圧したリフレインの製造工場で、黒の騎士団は酩酊状態に陥っている多くの中毒者を発見した。中毒症状で床にゴミのように打ち捨てられた日本人の中に、カレンは母親の姿を見つけた。
どうしてこんなところにいるのか。どうして何も話してくれなかったのか。
動揺して母を揺さぶるカレンをゼロは一喝し、すぐに救急車を手配した。幸いにも命に別状はなく、母は暫くの入院の後に警察へと連れていかれた。
懲役20年という判決を受け、今は郊外の刑務所で刑に服している。
リフレインを使うことになったのはブリタニアのせいなのに、刑罰を受けなければならないことは腸が煮えくり返る程に腹立たしい。母がシュタットフェルト家から離れられたのは良かったのだろうが、できることならちゃんとした病院にもっと長く入院して欲しかった。
しかしそう文句を言えるだけまだ良かったのだ。もしゼロがいなかったら。背筋がひやりと凍り付く。
何も知らないまま自分は母を責めて、ちゃんと話をする余裕も無く死んでしまっていたかもしれない。
カレンはゼロに母の命を救われた。もう今はゼロを疑ってはいない。
強い意志と天才的な頭脳を持つ自分達の指導者として尊敬さえしている。仰ぎ見るに値する英雄であるゼロに、カレンは忠義を誓っていた。
しかし忠義を誓ったとはいえ、ずっと仮面を被っているゼロの正体が気にならない訳でも無いのだ。
あの仮面の下はどんな顔なのだろう。意外にも優しい顔立ちなのか。それともちょっと怖い顔?
年齢は、職業は、人種は。黒の騎士団のエースとなったカレンはゼロの傍に付き添うことが多く、黒い仮面の中身が気になってしょうがない。
肌の色も分からないし、もしかしたら日本人でないかもしれない。E.U.の人間なのだろうか。それとも中華系か。もしかするとアフリカ系かもしれない。黒人の可能性も捨て切れない。
年齢は自分よりもずっと年上だろう。それは間違いない。こんなに実行能力があるのだから、社会経験を積んだ大人の男の人に違いない。
そう、お兄ちゃんみたいな。
「何を遊んでいる玉城」
噂をすれば影。ゼロがKMF格納庫に姿を現した。
古参である扇メンバーは、度々KMF格納庫に現れては自身でKMFのメンテナンスを行うゼロをよく見かけているが、新入りのメンバーは間近で見る英雄の姿に緊張を高めた。
「ゼロの仮面の中身の話だよ!そうやってずっと仮面を被ってると気になんだよ!」
「そうか」
玉城の大声に一言返しただけでゼロはコツコツと足音を鳴らして自身のKMFである無頼へと向かった。
何事も無かったかのように乗り込み、液晶型パネルを叩き始める。
「いやいやいや、無視してんじゃねえよ!なんでずっと仮面被ってんだよ、もしかして仮面の下はめっちゃくっちゃに不細工とかか!?」
「生憎とこれまでの人生で不細工と呼ばれたことは一度も無いな」
興味なさげにゼロは無頼のメンテナンスを的確にこなしていく。
今や巨大組織となった黒の騎士団の総司令へ、気安げに話し続ける玉城に周囲は肝を冷やしていた。
ゼロは英雄であり、この組織のトップだ。それも得体の知れない面が多分にある。もし機嫌を損ねでもすればどんな目に遭わされるか見当もつかない。
しかし周囲の雰囲気を気にしていないのか、それとも気づかないのか、玉城は大声でゼロに話しかけ続けた。
「そう言う奴に限って滅茶苦茶不細工だったりするんだぜ!」
「そうか」
「だからいっぺん仮面外してみろって、な?カレンも見てみたいだろ?」
「え、あ、あたしは、」
突如として玉城に話を振られて、カレンは口ごもった。正直に言うと、見たい。しかし見てはいけないとも分かっている。
ゼロは無国籍で、どこの国籍にも所属していない。だからこそゼロは文字通りゼロの存在足りえるのだ。
たとえ黒の騎士団の団員とはいえ、ゼロの正体を知るものはいない。
「そうだろうなあ。しかし、謎は謎のままの方が美しいものだ。秘密にしておいた方がいいこともあるさ。なあ、ゼロ」
一人を除いて。
ゆったりとした足取りで琥珀色の瞳をした女が格納庫に入ってきた。先日黒の騎士団に加入した、C.C.と名乗る女だ。
戸籍、年齢、来歴、全て不明。しかしゼロからは絶大な信頼を受けており、他の団員が入れないゼロの個室に堂々と入り、仕事をするゼロの周りを猫のようにちょろちょろと歩き回っている。
馴れ馴れしい態度に捉えどころのない神秘的な美貌も相まって、ゼロの愛人ではないかという噂が付きまとっているが真偽は明らかで無い。
「何をしに来たC.C.」
「酷い言い草だな。あの割れ顎男からの情報の裏打ちをしにきてやったというのに」
無頼に近寄り、C.C.は紙の束をコックピットに投げ込んだ。
ゼロは受け取り、そうか、と頷く。
「やはり本当のようだな。成田連山へブリタニア軍が進撃するというのは」
「スパイかと思ったが、それにしては行動がおかしい。まあ変人ではあるが」
「ディートハルト……おかしな男だ」
紙束を抱えてゼロは無頼を降りた。
その隣にC.C.が寄り添う。団員の視線が集まる中、ゼロはマントを翻して宣言した。
「週末はハイキングだ。総員、準備せよ」
■ ■ ■
マオはC.C.に会うために成田からトウキョウへ向かっていた。
人込みはあまりに五月蠅く、マオは道路から外れた瓦礫の中を隠れるように移動していた。途中でイレブンのホームレスを見かけることが多々あったが、公共交通機関を利用するよりもずっと騒音は少なく、比較的静かな道のりを辿ることができた。
そのまま人目につかないよう県境を通り越し、ようやく遠目に都庁が見えるところまで辿り着いた。
依然として周囲は瓦礫ばかりだが、これまでとは違い囁きのような人の声が微かに聞こえる。イレブンのゲットーが近いのだろう。ここから先は人を避けて移動することは難しい。
しかしマオには逃げるという選択肢は存在しなかった。逃げるのならばC.C.と一緒にだ。
眼を凝らしても見えない先に、C.C.のいるアッシュフォード学園があるのかと思うと胸の奥が熱くなる。マオはC.C.を愛していた。ようやく会える。その感慨が嗚咽となって滲み出て来た。
「C.C.、ようやく来たよ。ルルーシュがいなくなれば戻って来てくれるよね。また一緒に暮らせるよね、」
C.C.の声を何度も繰り返しているヘッドホンを指で撫でる。C.C.さえ戻ってくれれば、こんなヘッドホンに頼る必要もなくなる。二人で静かな土地に家を買って、優しいものしかない世界で暮らすことができる。
足を踏み出す。邪魔な瓦礫を蹴飛ばそうと足を振り上げた。
乾いた銃弾が2発鳴り、マオはその場に崩れ落ちた。
頭蓋が冷たい地面にぶつかる。何が起こったのか分からず、マオは呆然と眼球を四方に走らせた。
「え、何?」
足が動かない。どうして。
両足に視線を向ける。両方の太股に穴が開いていた。
その穴から血が流れ出している。ズボンの太股部分は赤黒く染まっている。
撃たれたんだ。そう自覚すると両足から激痛が這い上ってきた。焼け付くような痛みが絶え間なく両足に襲い掛かる。両足の熱を剥ぎ落そうと掻き毟りながら、マオは瓦礫の中を転がりまわって絶叫した。
「痛い痛い痛い痛い、助けてC.C.、助けてよC.C.!ルルーシュに構ってるせいでここに来てくれないの!?ルルーシュのせいだ、そうだルルーシュのせいだ!!」
マオは喚きながら転がった。とんでも無く痛い。
だが軍靴の音と共に一人の男が自分に近づいていることに気づき、呻きながら視線を上に向けた。
長身の男だ。風変わりな緑色の髪に、オレンジ色の瞳をしている。顔の左側にひっついている無機質な機械は、ファッションにしてはあまりに無骨過ぎた。
男は片手に拳銃を構え、銃口をマオに向けていた。
マオは浅く呼吸を繰り返しながら、男から少しでも離れようと這い蹲ったまま地面に爪を立てた。
男は数歩先の地面に立っている。だというのに、あまりにも静か過ぎる。怖い。
男からは何の声も聞こえなかった。ギアスが効かないのか。この男が何を考えているのか全く分からない。
それはマオの望んだ未来の筈だった。心の声が聞こえないという普通の人間の生活。
しかし何の障害も無く人の心を知ることが出来ていたこれまでを忘れるには、あまりにギアスはマオの一部になり過ぎていた。
森の奥で誰もいない。何の声も聞こえない。静寂は恐怖だ。マオは久し振りにその恐怖に身震いした。
「い、嫌だ、助けてよC.C.、助けてよ、」
「ルルーシュ様とおっしゃったのである」
男はマオの顔を覗き込んだ。
「ルルーシュ、構ったせい。知っているのですか?痛いのか、あるいは」
「は、え?」
「どこにいる、教えて下さいますか?何をするため」
「な、なに、何なんだよお前、何が言いたいんだよ!近寄るな!」
マオは懐から拳銃を引き抜いて男に向けた。男は用途の知れないおもちゃを前にした子供のように首を傾げた。
そのまま発砲する。銃弾は男の左胸に着弾し、そのまま跳弾した。
銃弾が金属音を鳴らしながら瓦礫の上を転がる。男は年齢とは不釣り合いなほどに幼げな表情でしげしげと銃弾を眺めていた。
死なない。銃弾が効かない。なんだこいつ。なんだこいつ。
マオは顔を引き攣らせてそのまま何度も発砲した。跳弾の音だけが何度も深い森に響き渡る。
「くそ、くそ、ルルーシュめ!あいつさえ死ねば!C.C.と、僕は一緒に!」
「死ねばとおっしゃる。敵と認識しますべきか」
「煩い、畜生、離せよ、どっかいけ、どっかいけよ!」
近寄ってくる男へマオは両腕を振り回した。銃弾の無くなった拳銃を投げつけるも片手で弾かれる。
地べたに這いつくばるマオに男は覆い被さり、左手でマオの首に手をかけた。
一定の速度で首が締まっていく。空気が口の中で蹲り、停滞した血流が逆巻いて目の前が真っ赤に染まる。
耳鳴りさえ遠い。
「やめ、止めろよ、畜生、C.C.、C.C.、こいつを止めて、C.C.、——————」
ひゅう、と喉が鳴る。マオの顔は恐怖で歪み、段々と赤みを帯びた。陸に打ち上げられた魚の様に口を何度も開閉し、赤い舌を前に突き出す。
頚椎が擦り潰される鈍い音がした。
「ルルーシュ様、どちらいる。ここに、いや、ギアス?」
「うーん。ギアスキャンセラーは割と上手く稼働するんだけど……命令を聞いてくれないっていうか……理性がなくなっちゃったというか……」
「無事、どこ?お守りする。しかし邪魔?こうなってしまった。騎士の資格返上なるか」
「言葉通じないし……ジェレミアー、おーい」
「しかし何でも致すからお傍を。お世話係か。メイドも考慮すべき。メイド服を作るのはどこで」
「もー、話通じないし。計画に使えるのかなあこれ」
地べたに体育座りをしたままぶつぶつと呟くジェレミアの背中をV.V.は思いっきり蹴りつけた。
しかし何の効果も無く、ジェレミアはバグったようなセリフしか繰り返さない。V.V.は深いため息を吐いた。
ギアスキャンセラーの手術は上手く行ったが、ジェレミアの脳は完全にイカれてしまった。まともに会話さえできやしない。
研究員曰く、脳の機能が損傷したわけでは無いが、キャンセラーの機能に脳が追いついていないために複雑な思考ができないとかなんとか。単純に言ってしまうと、高容量のプログラムを無理やり突っ込んだせいで動きが鈍くなってしまったパソコン状態らしい。
いずれにせよこのままではジェレミアを計画に使うことはできない。途方に暮れたV.V.は、脳に刺激を与えて活性化すれば戻る可能性があるという研究者の言を受け、ジェレミアが5年間暮らしていたトウキョウへと連れ出したのだった。
勿論ルルーシュと遭遇する可能性のある場所は避けて散歩をさせる。しかし全く反応は無く、ジェレミアは幼児のように手を引けば歩くものの、手を離せば足を止めてしまった。根っからの皇族であるV.V.は自分では一歩も歩かないジェレミアの世話が段々と面倒になり始めていた。
もう置いて帰ってしまおうかな。誰かに回収させればいいし。
そう思っていると、突如としてジェレミアは自分で歩き始めた。
その歩く先に付いて行くと、C.C.と契約したらしきギアスユーザーがいた。
制止する間もなくそのギアスユーザーを殺してしまったかと思えば、ジェレミアはそのまま体育座りをしていじけた様に動かなくなってしまった。
振出しだ。V.V.は唇を尖らせた。
「僕の命令を聞いてくれないんじゃねえ……」
「代理の騎士。失礼仕る。選任から開始しましょう。私より有能で私より忠実な騎士が最低ライン」
「うーん……あ、そうだ」
V.V.はぱちんと指を鳴らした。この男が反応する刺激といえば、これが一番だろう。
壊れたテレビを叩くようにジェレミアの脳をノックする。
「ジェレミア、ジェレミア、よく聞いて」
「そうです。私は失格。残念無念」
「あのね、ルルーシュはゼロに殺されたんだよ」
ジェレミアはぴたりと動きを止めた。
機械染みた動きでV.V.を振り返る。
オレンジ色の右眼と、人工的な青いライトを宿す左眼がV.V.を射抜いた。
「今、何とのたまいましたのでしょうか」
言葉はおかしいが意味は分かる。
久しぶりの確かな反応にV.V.は手ごたえを感じて喜色を露にした。
「だから、ルルーシュはゼロに殺されちゃったんだ。死んじゃったんだよ!」
「死んだ」
「そうだよ、ルルーシュは」
「死、死に?死んだ、死、し、嘘だ。嘘でしょう?」
頭を振り子のように左右に振れながら、ジェレミアはぽたぽたと赤色の涙を零し始めた。
そのまま地面に倒れて頭を何度も一定のリズムで土に叩き付ける。メトロノームのような動作にV.V.は眉根を顰めた。
「た、助ける、お守りする。嘘。ありえないでしょう?私は、ここに生きている」
「………さらにバグったかな?刺激が強かった?」
面倒くさくなりながらも、V.V.は繰り返し地面に頭を叩きつけるジェレミアが再起動するのを待った。
発言が意味不明なのは変わらないが、ルルーシュの死という言葉にジェレミアはこれまでとは段違いの反応を見せている。
きっとこれならば、近いうちにジェレミアの脳は元に戻る。時間はあるのだ。
ナナリーの調整が終わるまでに、ジェレミアがちゃんとギアスキャンセラーを使えるようになってくれさえすればそれで良い。
「あぁあぁああああ、ああ、あ、嘘だ。ねえ、ごめんなさい、ゼロ、殺します。間違っていた。私が騎士になどならなければ。ゼロ、ゼロに殺して差し上げるので、どうか。お待ちを、ルルーシュ様。ルルーシュ様」
ジェレミアが起き上がるまで、V.V.は鼻歌を奏でながらそこでじっと待っていた。