楽園爆破の犯人たちへ 破   作:XP-79

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9. お前が退避させてくれていたのか……悪かった

 今朝からブリタニアのKMFをよく見かける。

 ジョゼフ・フェネットはいつもより物騒な雰囲気の漂うナリタの街並みを怯えながら歩いていた。

 

 地質調査員であるジョゼフは、エリア11で成田連山の地質を調査する任に就いている。

 エリア11でサクラダイトの産出量が最も多いのは富士山周辺だ。だが富士山だけでなく、エリア11の大多数の山岳地帯ではサクラダイトが産出される。成田連山の地質にサクラダイトが含まれている可能性はゼロではない。

 ジョゼフの仕事は成田連山におけるサクラダイトの保有量を測定することだった。

 

 ゼロ。ジョゼフは顔を顰めた。最近新聞でよく見るテロリストの名前だ。

 最近ゼロのせいでテロ活動は俄かに勢い付き、エリア11全土で安全と断言できる場所は無くなってしまった。

 娘のシャーリーはエリア11の中でもテロ活動が最も激しいトウキョウの学校に通っており、家もトウキョウにある。幸いにもこれまでテロの騒ぎに巻き込まれたことは無いが、これから先もそうだとは断言できない。

 もしこれからテロのせいで娘と妻が怪我でもしてしまったら、2人をエリア11に連れて来てしまったことを心底後悔するだろう。

「……2人とも本国へ帰した方がいいんだろうなあ」

 ジョゼフはぽつりと呟いた。

 単身赴任は精神的にも肉体的にも辛い。しかし娘と妻の安全を考えると、二人をここエリア11に住まわせ続けるのは躊躇われた。

 

 ひび割れた道路を歩く。戦後から碌に直されていない道に足を取られる。

 その道の真ん中に一人の少年が立っていた。たった一人でナリタ連山を見上げる少年は酷く目立った。菫色の瞳を瞬いている。皇族に多いロイヤルパープルの瞳は、ブリタニアであっても珍しい。寂れた街に佇む美少年の退廃的な美貌に、瞬間、ジョゼフは足を止めて見とれてしまった。

 外見は娘と同じ年頃か、もう少し上のようだ。しかし落ち着いた風貌はもう少し年上にも見える。

 少年は視線を感じたのか、ジョゼフの方を振り返った。

 あまりに見つめ過ぎたとジョゼフは慌てて目を逸らした。失礼どころじゃない。不審者だ。娘と同じ位の子供を見つめるなんて。自分は何をしているんだ。

 まさか通報されないかと心配になり恐る恐る視線を少年の方へと向ける。

 少年は驚愕に眼を見開いていた。くりくりとした大きな瞳で、ジョゼフを真っすぐに見ている。

 少年はすぐに狼狽しながら顔を伏せたが、しかし暫くすると躊躇いながらも顔を上げてジョゼフの方へと歩き出した。

 

 ジョゼフは少年の顔に見覚えは無かったが、もしかするとシャーリーの同級生なのかもしれないと思った。授業参観か何かで顔でも合わせたことがあるのだろうか。

「あの、」

「はい?」

「………ジョゼフ・フェネットさんでしょうか」

「ええ。そうですが。あなたは?」

「ロロと言います。これからお仕事で?」

「はい。あなたは?お父さんについてきたんですか。それとも迷子?」

 そう言うと少年は意外そうに眼を見開き、くすくすと笑った。

「仕事の関係で来たんです。これでも社会人なんですよ」

 少年だと思ったが、青年だったらしい。学生ではなかったのか。確かに青年の凛とした佇まいは、世間から守られる学生の立場にあるとは思えない程に堂々としていた。

 しかし娘と同じ年頃と間違えてしまうとは。慌てて頭を下げる。

「これは失礼しました」

「よく間違われるので気になさらないでください。ああそれと、」

 青年は少し躊躇い、首を振った。口の中で何事か呟いている。

「……いいか、このぐらい。いいよな」

「?何か、」

 首を傾げるジョゼフに青年は小さく笑った。

「近いうちにこの地区でブリタニア軍と黒の騎士団の戦闘が開始されます。すぐに避難することをお勧めします」

「え?」

「成田連山に日本解放軍が潜伏していて、コーネリア率いるブリタニア軍が襲撃をかけるようです。先ほどからKMFが成田連山に向かっているでしょう?襲撃が始まるまであと3時間も無いでしょうね。それまでに退避なさって下さい。それでは、お元気で」

 青年は一方的に話を切ると、身を翻して歩き去ろうとした。ジョゼフは急いで青年の肩を掴んだ。

 唐突な話についていけない。しかし狂言だと流すには話が重大過ぎた。

「ま、待って下さい!あなた、なんなんです、どうしてそんなことを知って、」

「信じられないのなら結構」

 唇に指を当てて、青年は眉根を小さく顰めた。困っているような、後悔しているような、やりきれない感情がない交ぜになっているような顔をしていた。

「ご家族を大切に思うのならば、戻って下さい。ではさようなら。お元気で、ジョゼフさん」

 青年が手を振ると同時に、華奢な肩を掴んでいる手からこれまで体験したことのない悍ましい記憶が這い上ってくるような悪寒がした。

 

 世界が真白に染まる。何だと周囲を見回すと、全身真っ黒く染められた沢山の死者が地面から這い上がってきてこちらに手を伸ばしていた。後ずさるが、後ろにも同じような死者が漂っていた。

 見覚えのない顔の、影のような黒い集団に四方を取り囲まれている。彼らは口々にジョゼフを罵倒しているようだった。世界の全てから拒絶されるような絶対的な孤独感と、足の先から凍結していくような絶望がひたひたと近寄ってくる。

「うわああああ!!」

 ジョゼフは悲鳴を上げてその場に崩れ落ちた。呼吸をずっとしていなかったように心臓が暴れている。咽る程に荒く呼吸を繰り返し、両腕で自身を抱き締める。頭をぶんぶんと振り、悪夢のような周囲の光景を振り払おうと体を震わせた。

 芋虫のように体を丸めて地べたに寝転がる。数分もしない内に凍えるような寒さは薄まり、ジョゼフは恐る恐る目を開けた。

 目の前には、見慣れたナリタの景色が広がっていた。空は青く、地面は割れたコンクリートで覆われている。周りに人は見かけられない。

 体に残る寒気を追い出そうと腕をさする。あれは何だったんだ。

 立ち上がる気にもなれずそのまま身を護る様に地面に座っていると、青年から流れ込んできた感覚はすぐに治まった。

 ゆるゆると顔を擡げるも、もうそこに美しい青年はいなかった。

 

 

■ ■ ■

 

 

 成田連山の頂にあるログハウスで、ルルーシュはKMFと爆薬が配置されるのを待っていた。

 端末を前に最後のシミュレーションを行う。事前に大凡想定できる事態への対処は既に行っており、シミュレーション上でも何の問題も無い。

 イレギュラーとなる可能性があるのは枢木スザクの乗るランスロットだが、ラクシャータが黒の騎士団へ入団してくれたおかげで一つの打開策ができた。

 ここでコーネリアを仕留めれば、ブリタニアはエリア11において大きく後退することとなる。

 

 コンコン、と木の扉が鳴った。

「誰だ」

「私だ、C.C.だ」

 ルルーシュは溜息を吐いた。まず最初のイレギュラーは身内から起こったようだ。

 緩慢に立ち上がって扉を開ける。何故か拘束着姿のC.C.が雪の中に突っ立っていた。

「何をしているんだ、こんなところで」

「守ってやるって言っただろ?」

 全く寒そうな様子を見せず、C.C.は肩を竦めた。

 あまりに勝手な行動に溜息が零れる。

「KMFにも乗れないお前が一人増えたところで何も変わりはしない」

「そうかな?守ってやると言われたんだから女なら嬉しく思え」

「お前も女だろうっ」

「だからどうした。こんな美女に守られるのだから、むしろ光栄に思え」

 C.C.は微笑んで腕を組んでいる。モデルのような仕草が嫌に様になる。

「保護者面をするな。さっさと帰れ」

「ここから下山するとなるとコーネリアの軍と鉢合わせになる。もう帰れんよ」

「徒歩で安全に下山できるルートならまだある。そこから、」

「雪が降っているぞルルーシュ。外に出よう」

 本当に人の話を聞かない女だ。

 ぐいぐいと手を引っ張るC.C.に連れられて外に出る。前以て人払いをしていたために周囲に人気は無いが、念のためにと仮面を被った。仮面越しに見る雪はどこか現実味が無い。

 C.C.は岩場に座って雪を掌に掬っている。全体的に色素の薄いC.C.は雪景色が良く似合ったが、それ以上に寒々しい。真っ白な拘束着を着ている姿だと尚更だ。 

 あまりに寒そうで、さっさと帰れと口にしようとしたが、同時に無線端末が甲高い音を鳴らした。

 通信をオンに切り替える。

「こちらゼロ。準備は整ったか?」

『はい、全て予定通りに配置致しました』

「よし。ではそちらに向かう。出撃準備をしておけ」

『承知いたしました!』

 無線を切る。勢いの良い少女の声にC.C.がかんらかんらと声を上げて笑った。

「随分躾の良い犬になったものだな、あのカレンという女は」

「母親を助けられたという事実と、正義の味方というゼロのスタンスが混ぜ合わさって錯覚を起こしているだけだ。戦争が終わるまでは夢を見させてやるさ」

 KMFのデヴァイサーとして天賦の才を持つカレンには、正義の味方の騎士として擦り切れるまで戦って貰わなければならない。

 それはつまり、人殺しの意味さえよく分かっていない17歳の少女に大量殺戮を強要するということだが、そんなことに良心の呵責を感じる余裕など今のルルーシュには存在しなかった。

「悪い男だ、お前は」

「男か?」

「女を騙すのはいつだって男さ」

「成程」

 C.C.は雪を見上げた。

 高地であるために山頂付近は気温が低く、季節に沿わない雪が絶え間なく降り注ぐ。指を伸ばすと柔らかな雪の結晶がとまり、すぐに溶けて消え去った。溶けた雪をじ、と見つめる。

「ルルーシュ、雪が何故白いのか知っているか?」

「お前と哲学の談義をしている暇は無いぞ。もうすぐ出撃する」

「自分の色を忘れてしまったからさ」

 ふ、とC.C.は微笑んだ。

 溶けた雪を舐める。少し舌先が冷たいが、それだけだ。後には何も残らなかった。

「———性別も出自も無くして、それでもルルーシュという名前だけはそのままにしたかったのか。過去を捨てきれない、それがお前の甘さだ」

「……そして甘さは弱さに繋がると?違うぞ、C.C.。間違っている」

 傲岸不遜な高笑いが響く。

 何の表情も読み取れない仮面越しに、C.C.はルルーシュの幼気な覚悟を見やった。

「俺の名前は甘さではない。俺の覚悟だ。全てを背負ってなお、強くあると言う俺の意志だ」

 

 C.C.は黒の騎士団にも、日本にも、ブリタニアにも興味は無い。さらに言うとシャルルとマリアンヌの計画にさえ興味は無い。

 しかしC.C.はこの必死に足掻いている子供に興味をそそられ始めていた。

 弱いのも、悔しいのも、怖いのも、復讐を願うのも、生きているからこそだ。

 既に生きることを止めた、死ぬことさえできない魔女にとってルルーシュはあまりに眩しかった。

 

「———そうか、お前は自分の過去を背負うのか。性別も出自も、母のことも、捨てたわけでは無いのか」

 雪の降り積もる景色を見やり、C.C.は自分の過去を思い返そうとした。しかしあまり思い出せない。過去の殆どを捨ててしまったからかもしれない。

 朧げに思い出す自分の人生は、苦しい事の方が幸せなことより多かったような気がする。だから忘れた方が身軽で歩きやすい。その代わり、寒い。雪に埋もれる様に。

 過去を捨てることと、背負うことはどちらが辛いのだろう。

 雪に背を向けるルルーシュの傍を通り過ぎ、C.C.は手を振って姿を消した。

 

 

 

 

 C.C.は山を下りたのか、それともどこかに潜伏しているのか。

 いずれにせよ無線を持っていないC.C.に指図はできないし、共犯者という同等な立場である以上命令を下すことはできない。

 ルルーシュは黒の騎士団が待つナリタ攻防戦の開始を飾る地点へと向かった。

 今回が初の実戦となる紅蓮弐式は、ゼロが搭乗する無頼の隣に佇んでいる。名前の通り派手な赤のカラーリングは真っ先に眼を惹く。

「ゼロ、準備は整っています」

「分かった。爆薬は?」

「既に準備済みです。いつでも点火可能です!」

 紅蓮の足元近くからは誘爆を目的とした導線がいくつも伸びている。

 

 成田連山の地盤がルルーシュの想定通りの脆さであれば、まず間違いなく土砂災害を引き起こす。

 コーネリアは優秀だ。予備兵として3割は後方に残しているだろう。

だが自然災害とさえ言える土石流の前では前方も後方も無い。予定通りに行けばブリタニア軍は予備兵まで一気に壊滅する。

 しかし逆に言えば、こちらも一度生じた土石流をコントロールする力は無いのだ。土石流が予定外の方向に流れ、ブリタニア軍を避けてしまうとそこで勝ちの目は消失する。そしてトライできるのは1度きり。この1回で予備兵までを壊滅させなければならない。

 なにしろ予備兵の3割だけでもこちらの全勢力を遙かに上回る数なのだから、失敗は許されない。

 

 足元を見下ろす。木々の合間からKMFが山を登っている光景が眼下に繰り広げられていた。

 既にコーネリア軍は視認できる位置まで近づいている。

 コーネリア軍は予定通りのルートを辿って来ていた。土石流を起こすために必要なエネルギー、土砂の量、斜面の角度、障害となる樹木の位置、気候、全て想定範囲内。

条件はクリアしている。

 これならやれる。拳を握り締める。

 

 さて、と黒の騎士団を見ると、これも想定範囲内の光景が広がっていた。想定していたとはいえ、中々に情けなくなる。思わずため息が零れた。

 間近で見るブリタニア軍、それも精鋭揃いのコーネリアが率いる部隊を前に黒の騎士団の団員達は萎縮しきっていた。敵を目の前にして手が震え、聞いていない、と口々に呟いている。

 自分達が何を敵に回しているのかとっくに気づいていても良いものだろうに、未だにテロリスト気分が抜けない団員があまりにも多い。

 その筆頭だろう、玉城が大声で叫び始めた。

「じょ、冗談、冗談じゃねえぞゼロ!あんなんが来たんじゃ完全に包囲されちまう、帰りの道だって…」

「もう封鎖されているな。生き残るにはここで戦争するしかない」 

「戦争……ブリタニアと、」

「真正面から戦えってのか?囲まれてるのに」

「しかも相手はコーネリアの軍だ。今までと違って大勢力だぞ」

 聞いていない、聞いていない、と呟く団員の中からも声が上がり始める。

 扇グループからのし上がってきたメンバーの声が特に大きい。他の団員よりもゼロと接してきた時間が長かったからだろう、口調には遠慮が無く、文句を言う抵抗が少ない。

 南と杉山は調子のよい玉城に追従するように文句を言い、口々にゼロを責める。

 

 やはりテロリスト上がりは困る。戦争をするという覚悟ができていない。

 これは戦争だ。一方的に攻撃しておいて、嫌になったら逃げても良いテロリストとは別物なのだ。

 戦争は政治の手段であり、弱者が強者に噛みつく唯一威力のある攻撃なのだ。

 

「ああ。これで我々が勝ったら奇跡だな」

「ゼロ、今更!」

 扇が慌てておろおろと周囲を見やった。人が良い、という扇へのカレンの評に間違いは無い。中間管理職という緩衝剤として扇は優秀だ。

 しかしそれまででしかない。扇は戦争の本質を理解していない。

 手を上げて扇を制する。

「救世主でさえ奇跡を起こさなければ認めてもらえなかった。だとすれば我々にも奇跡が必要だろう」

「あのなあ、奇跡は安売りなんかしてねえんだよ!やっぱりお前にリーダーは無理だ、俺こそが!」

 言い終わる前に拳銃を引き抜いて銃口を玉城に向ける。

 周囲に動揺が広がり、止めろ、よせ、と声が上がった。しかし指揮官であるゼロに無体を強いることのできる団員はおらず、遠巻きに宥めるだけに留まる。

 ひ、と玉城は声を引き攣らせて尻もちをついた。

「な、なんだよ!べ、別に冗談じゃねえか、俺は別に、お前を認めてない訳じゃ、」

 玉城の言を無視して、くるりと拳銃を手の中で回転させる。

 呆然としている玉城に拳銃を差し出し、ルルーシュは黒の騎士団団員全員に聞こえるように声を張り上げた。

「ならば、私を撃つと良い。私よりも黒の騎士団を率いるに相応しい男がいるというのなら、この場を切り抜けるのに私以上に上手くやれるという男がいるのなら、その男には私を撃つ権利がある!」

 マントを広げる。指先でコーネリア軍を指し示す。

 着々と迫り来るコーネリア軍は既に間近に迫っており、密集した軍隊には逃げ出す隙間は微塵も無い。

 迫り来る壁のような敵はその視線を真っすぐに日本解放戦線へ、そして黒の騎士団へと向けている。

「既に退路は断たれた。この私抜きで勝てると思うのなら、誰でもいい、私を撃て!」

 轟くようなゼロの声に続く声は無かった。誰も身じろぎさえしない。音を立てることさえできなかった。

 自分がゼロの代わりとなってしまうかと考えると恐怖で身が竦む。

 そんなことができる筈が無い。

 黒の騎士団を結成したのはゼロで、ゼロの活躍があったからこそ黒の騎士団はここまで巨大化した。

 そのゼロに代わることのできる男など、いる筈が無い。

 

 そのことを理解した上で、ルルーシュは高らかに宣言した。

「黒の騎士団に参加したからには選択肢は2つしかない。私と生きるか、私と死ぬかだ!」

 

 

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 スザクは後方でコーネリア軍が成田連山を登る光景を眺めていた。

 シュナイゼルの直属部隊ということを前面に押し出してナリタ攻防戦に参加を認められたは良いものの、武勲を立てられないようにとあからさまに後方に配備されてしまった。

 そのせいでやることが無い。

 ランスロットのカメラ越しに着々と日本解放戦線を攻略しにかかるコーネリア軍は順調そのもので、後方部隊はこのままだと役目は無いかもしれない。ロイドはさぞやきもきしていることだろう。

「データは取れないですね、これじゃあ」

『まーったくだよ。折角シンジュク事変の後からちょちょいと改造したのにさー。データが取れないんじゃあこれからどう改造したらいいのか………ねえスザク君、もうちょっと前に出れないかなあ』

「無茶言わないでください。ここでコーネリア皇女殿下のご命令を無視でもしたら二度と戦線に出して貰えなくなりますよ」

『んー……市街テロが活発なエリア11の戦闘に参加できないのはデータ的に困るかなあ』

 スザクはランスロットの計器を調節しながら、通信越しに響くコーネリアの高笑いをうんざりしながら聞いていた。

 

 特派の今回の目的はあくまでランスロットのデータ取りである。シュナイゼルが戦闘の指揮を執るわけではない以上、シュナイゼル直下の組織である特派としてはこの攻防戦に勝っても負けても得は無い。

 むしろ日本解放戦線という小さなテロリスト集団が潰れるよりも、高い皇位継承権を持つコーネリアがいなくなってくれた方がシュナイゼルにとっては利益になるかもしれない。

 

 そして特派に所属するブリタニア軍人のスザクとしてではなく、日本に平和を取り戻したいと願っているスザクにとっても、この戦闘は割とどうでもいいものだった。

 

 エリア11の総督であるコーネリアはイレブン、もといナンバーズを家畜程度にしか見なしておらず、ブリタニアでも類を見ない圧政を敷いている。コーネリアがここで潰れれば、次の総督が誰であろうとも今よりも温和的な政策が施行される可能性は高い。

 日本解放戦線が潰れれば、時代に取り残されたテロ組織が一つ潰れる。それだけだ。ゼロのように革新的な考えを持つわけでもない、細々とした嫌がらせのようなテロ活動しかしていなかった組織が潰れてもイレブンの生活には何も変わりはない。

「大変ですロイドさん」

『どうしたの~スザク君』

「やる気が出ません」

 こんなところで何もせず座っているくらいなら、学校に行きたい。

 まだナナリーに会ってないし、勉強しないと授業について行けないし、生徒会の仕事だってある。

 長いため息をついて、スザクは液晶画面上で暴れまわるコーネリアの機体に舌打ちした。

 

 最前線でKMFを駆るコーネリアは、確かにクロヴィスと比較すると優秀だ。画面越しでもそこらの騎士より良い動きをしているのが分かり、軍人としての有能さが嫌でも分かる。

 しかし彼女の人種差別を口にして憚らない傲慢な性格は、妹の慈愛に溢れるユーフェミアを知ると些か滑稽に思える。シュナイゼルの肝煎り、特派の代名詞とさえ言えるランスロットを、デヴァイサーが名誉ブリタニア人であるという理由のみで冷遇するあからさまな態度は滑稽を通り越して幼稚ですらある。

 ここまで馬鹿にされて、どうしてコーネリアの役に立ってやろうと思うものか。スザクのやる気はゼロを通り越してマイナス近くまで達していた。

 

 そしてスザク以上に戦闘の行く末などどうでも良く、ランスロットにのみ絶大な好奇心を発揮しているロイドは通信機越しにだらけた声を出した。 

『僕もランスロットが動かない戦場は興味ないよー。コーネリア皇女殿下はグロースターばっかり運用してるから、面白そうな機体は無いし。ほんと暇。今回ランスロットの速度を2.8%アップしてさらにエネルギー消費を抑えたから、ここでデータが取れないとこれから先どこまで削っていいのか……』

「ちょっと待って下さいロイドさん、どうして速度がアップしたのにエネルギー消費が抑えられたんですか。まさか装甲の厚さを削ったとかは無いですよね……無いですよね?」

 どうかもっと良いエナジーフィラーを開発したとかそういうことであってくれ。手を組んで祈る。

 しかしスザクの希望はあっけなく砕かれた。

『だーいじょーぶ!理論上あと6%は削っても問題ない筈だから~』

「僕という貴重なパーツをもっと大事にしてくれません!?」

『スザク君ならほとんど攻撃避けられるし、装甲がちょっと薄くなってもだいじょぶでしょ』

「もうちょっと機体の量産型に興味を向けましょうよ!僕以外でも乗れる安心・安全なKMFを目指しましょう!」

『そういうのは他の人のお仕事だからねえ。それに、』

「それに?」

『量産型は作ってて楽しくないからさあ』

「僕は今が楽しくないです!」

 ただのイレブンであった自分がここまで出世する切っ掛けとなったランスロットという機体に感謝はしている。しかし自分の棺桶にしたいと思う程に愛着があるわけではない。むしろ一刻も早く脱出装置を付けて欲しい。

『そういえばスザク君、学校はどう?』

 スザクもそうだが、ロイドもよほど暇なのだろう。でなければ他人のプライベートに全く興味を示さないロイドが、スザクの学校生活について話を振るなどありえない。

 珍しいこともあるものだと思いながら、スザクはルルーシュのことは口にしないよう注意して当たり障りのないことだけを選んで話した。

「楽しいですよ。凄く活発で、活気があって。生徒会長のミレイさんっていう方がすごいエネルギッシュで明るい方なんですけど、彼女が取り仕切る学園祭は毎年すごく派手らしいんです」

『へー。ミレイ・アッシュフォードに会ったんだ』

「ええ。生徒会に誘っていただきました。凄い美人な方で……なんというか、インパクトのある方でした」

『ふーん』

 なぜロイドがミレイについて聞いたのだろうか。

 貴族繋がりで知り合いなのかもしれない。そう聞こうとしたが、突如として地面が轟くような音を発した。

「え?」

 地面が揺れる。轟音が近寄ってくる。

 ランスロットのカメラを望遠にして成田連山を見上げた。

 酷い土煙のせいで何が起こっているのかすぐには分からなかった。

 いや、分かったとしても理解はできなかった。

 

 目を細めて、僅かな煙の隙間をズームして画面に映す。スザクの理解力を超えた光景が広がっていた。

 成田連山の頂と繋がる高い壁のような山腹は、木々が少なく雪が残っていて真白い肌のようだ。横に広い成田連山は視界を横断し、切り立つ崖のような横っ腹を晒していた。

 その崖に真横に引かれた線が、土煙を噴き出しながら凄まじい勢いで降りてきている。

 あれは何だ。眼をこらす。

 あれは、波だ。土石流だ。

 土と草、そして僅かに生えていた木々が波のようにうねりながら何もかもを飲み込んでいた。

 

 背筋が凍る。頭が真っ白になる。どうしようと幼子のように途方に暮れた。

 敵がどんなに凶悪なテロリストであれ、スザクは怯えることはない。ランスロットと自分の戦闘能力があれば、相手が誰であっても無様に負けはしないという自負がある。

 しかし今、スザクの目の前に広がる敵は人の手にはおえないものだった。

 いくらランスロットが優れていても、スザクの身体能力が人の限界まで極まっていたとしても、自然災害には勝てない。

 人間がいくら進化しようとも、自然に勝つことは土台無理だ。

 

 そうこうしている内に、土石流は肉眼でも視認できる距離まで迫っていた。ブリタニアのKMFが成すすべもなく土に飲み込まれていく。距離にしてあと200m。

 土埃で汚れたカメラをオートモードで洗浄し、スザクは本能的にランスロットの操縦桿を握り締め、エンジンを起動させた。

 現場待機の命令違反であることは分かっている。しかしこのままこの場にいればランスロットもろとも土葬される。

 少しでも高い位置へ移動しようと液晶に地図を開いた。偶然にも割と近い位置に丘があった。あと50m。外部マイクが拾った轟音が機体の中まで鳴り響く。ドドドドド、と何万頭もの馬が一斉にこちらめがけて駆けてくるような音にスザクは顔を蒼白にした。

 操縦桿を全力で引く。足元の地面がひび割れる程の勢いでランスロットが丘へと向かって飛び出した。

 しかし桁違いの速度を誇るランスロットでさえ、重力を味方につけて加速する土石流の前では鈍重な鉄の塊に過ぎない。飛び上がった瞬間、真下の大地を褐色の波がさらう。

 波に漂う岩を蹴ることでランスロットを宙に飛ばし、スザクは一心に丘を目指す。

 

 最後に一度、波に流される岩を足場に大きく跳躍して、ランスロットは小高い丘に指先をかけた。そのまま腕の力のみで丘へと乗り上げる。

 ようやく丘に乗り上がり、ランスロットは地面に転がった。

 ぎりぎりだった。スザクは操縦桿から手を離し、冷汗を拭いながら丘の下を見下ろした。

 燦燦たる有様が広がっていた。

 ランスロットでさえ危うかったのだから、大量生産のKMFが逃げられるわけが無い。土砂に飲み込まれたKMFの手足が地面からいくつか生えている。画面を見下ろすとブリタニア軍を示す青い光がほとんど無くなってしまっていた。

 たった一瞬で、コーネリア直属のKMFの約8割がこの土砂に下に埋まってしまったのか。

「何だ、何が起こったんだ」

 偶然に土石流が起こったと想定するにはタイミングが悪すぎる。

 とはいってもこんな策を日本解放軍が実行できるとは思えない。日本解放軍にこんな大胆な策を実行できる能力があれば、長年に渡ってちゃちなテロを繰り返している訳が無い。

 ではどうしてだ。

 

 画面に赤い点がぽつんと現れた。

 あ、と思ううちにそれは画面いっぱいに数を増やした。残ったブリタニア軍より多い点が画面の上で踊っている。

 慌ててランスロットのカメラを動かす。土埃が少しだけ治まった視界の中で、真っ赤な機体がコーネリアの乗る機体に襲い掛かっているのが見えた。

 赤いカラーリングのKMF。シンジュクでも、同じように真っ赤なKMFを見た。

 スザクは手を叩いた。

「そうか、ゼロか、黒の騎士団か!」

 よく考えなくても分かることだった。こんな、あまりにもとんでもない戦略を実行する男がゼロ以外にいる筈が無い。

 あまりにも規模の大きすぎる土石流は、人里まで土砂災害の影響を及ぼしているだろう。それにKMFごと人を生き埋めにするなんて酷過ぎる。

 スザクはゼロには賛同できないという意思を強めた。あんな風に、命を軽々しく扱う男の味方はできない。

 

 しかし、しかしだ。

 多くのイレブンがゼロの活躍に快哉を上げたくなる気持ちは、理解できてしまった。

 

「確かに、ゼロならブリタニアに勝てるかもしれないな」

 乾いた笑みが浮かぶ。段々と笑みが深まり、大声で笑いたくなった。

 ゼロはまごう事なき英雄だ。

 そして自分は、英雄にはなれない。

 スザクは息を吐いてナイトメアの操縦桿を握り締めた。意識を研ぎ澄ませる。

 

 下の液晶画面に、ユーフェミアの姿が現れた。公務中にしては派手なドレスを着て、心配げに目を伏せている。

 戦場の最前線にいた姉が心配なのだろう。殆どのKMFが壊滅し、コーネリアの身辺護衛も数を減らしている筈だ。

 スザクは興奮のままに声を張り上げた。

「ユーフェミア副総督、お願いです。特派に命令を与えてください!」

『白々しい……総督救出の功績が欲しいのであろう』

 まさか。下世話な中傷に鼻で笑いたくなるのをスザクはこらえた。

 コーネリアはどうでも良い。ユーフェミアには悪いが、もし死んでいたとしてもスザクにとっては大した問題ではない。

 ランスロットのデータのため、そして黒の騎士団にこれ以上イレブンの印象を悪くさせないために、スザクは戦場に出なければならないのだ。

 英雄的ではない、ブリタニアに平身低頭を繰り返す情けない道だとしても、スザクはこれがイレブンの生き残る最善の道だと信じていた。

「ユフィ……」

『分かりました。頼みます』

 凛とした顔のユーフェミアに、スザクは笑みを浮かべた。

「はい、必ずや」

 

 スザクは返事をするなりランスロットを飛ばした。丘を飛び越え、真っすぐに紅蓮弐式へと向かう。

 その姿は鳥のようだった。

 

 

 

 

 

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