今日は ユイと 旅行に行きました
 湖と川がとてもきれいなところでした
 でも、町からはなれてもやっぱり夜になるとおばけがいるみたい
 おとまりしたコテージから出ると、わたしの町にもいる白い人かげと目が合ってびっくりしちゃった
 ユイと こっそりコテージからぬけ出していつものよまわりをしました
 わたしの町とはまたちがってたくさん不思議な体験ができました
 思い出すとむねがぎゅっとなって苦しいけれど
 また ユイと 遊びに行けるといいな
 ありがとう、ユイ


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夜見廻

 今日は ユイと 旅行に行きました

 湖と川がとてもきれいなところでした

 でも、町からはなれてもやっぱり夜になるとおばけがいるみたい

 おとまりしたコテージから出ると、わたしの町にもいる白い人かげと目が合ってびっくりしちゃった

 ユイと こっそりコテージからぬけ出していつもの夜まわりをしました

 わたしの町とはまたちがってたくさん、不思議な体験ができました

 思い出すとむねがぎゅっとなって苦しいけれど

 また ユイと あそびに行けるといいな

 ありがとう、ユイ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏休みが始まってまんなかくらいの日、わたしは旅行に出かけることになった。

 いつもみたいに後ろのかみを三つあみにして、ユイとおそろいの青いリボンを結んで、ヒモに結んだかいちゅうでんとうをリュックに入れる。

 お気に入りの服とスカートを着て、たくさん荷物をまとめて湖と川のきれいなところに行くのだそうだ。

 バスと電車にゆられていっぱい時間がたって、たくさん歩いた。

 山を登るのはなれてるから、お母さんたちよりも元気いっぱいにかけ登れた。追いかけてくるお父さんもふりきっていっとうしょう!

 誰にも負けないよ、と思ったけど…… やっぱりこともちゃんには負けるかも。わたしより年下なのにいつも追いつけないから。

 もしかしたらユイにも負けちゃうかもしれない。

 なんだ、けっこう負けてるなあ。

 

 目的地のコテージは物語で見るような木製のコテージ。漫画みたいだなってピョンピョン飛びはねてよろこんで、さっそく中に入ってベッドにダイブ!

 すぐに眠たくなって、わたしはそのままぐっすりと寝てしまった。

 

……

…………

………………

 

「ハル、ハル、おきて」

 

 声が聞こえてうっすらと目を開けると、目の前にはユイの顔があった。

 

「…… ユイ?」

 

 確かめるようにわたしも声に出す。

 ふああ、とあくびをしながら起き上がってユイを見つめると、不思議そうな顔と目が合った。

 赤いリボン。頭や腕に巻いたほうたい。かわいいポニーテール。

 

 いつものユイだ。

 

 そっか、わたしが走ってるときも後ろからあきれてながめてたっけ?

 先に寝ちゃって心配になったのかな。ユイは心配性だな。

 それともわたしが寝ててひまだったのかな。

 

「ねちゃって、ごめんね」

「…… ううん、だいじょうぶだよ。それより、ハル。湖を見に行かない?」

「うん、いいよ」

 

 リュックを背負って、かいちゅうでんとうをぶら下げて準備ばんたん。

 二人でかいちゅうでんとうを持ってればどんなおばけが来てもすぐに分かるよね。

 

「もう、よるなの?」

「うん、そうだよ。二人はもう寝てるみたい」

「おばけ出るよね」

「いつものことだと思うけど」

「そっか、そうだよね」

 

 ねんのため子供ケータイをポケットに入れて外に出る。

 赤い裁ちバサミは、重いのでコテージに置いてきていた。

 

「怖くない?」

「うん、へいきだよ」

 

 前みたいに手はつながなくても一人で歩けるんだ。何度も夜に外に出て、こともちゃんが言うところの〝 よまわり 〟をいつもしているから。

 

 木がたくさんあって、わたしの町にもよくいる白いかげや、となり町の黒いかげ、白いモヤみたいなおばけに、木の上から伸びてくる手を避けながら奥へ奥へ進んで行く。

 いつもみたいに周辺の地図を広げて、でもおばけには注意をして。

 たまにあるおじぞうさんにおこずかいの中から10円玉をおそなえしてお願いする。

 

「あんぜんにかえれますように」

「ハルがあんぜんにかえれますように」

 

 いっしょに手を合わせたユイに 「ユイもだよ」 と声をかけたらすごく困ったように笑っていた。なんでだろう? なにもおかしなことは言ってないと思うんだけど。

 いっしょに旅行に来たんだから、いっしょにかえるのは当たり前だよね。

 

「ちょっとしらべたらね、ここの湖で録音するとおばけの声も入るってうわさがあるらしいよ」

「へえ、ホラースポットなんだね」

「うん」

「やってみようかな」

「どうやって?」

「わたしケータイもってるよ」

 

 わたしがそう言うとユイはなるほど、と頷いてくれた。

 夜の湖はお月さまがきらきらかがやいてとってもきれいだった。

 

「やってみるね」

「うん」

 

 ケータイを操作して録音してみる。

 30秒くらいできって、わたしとユイは顔を合わせて再生ボタンを押した。

 するとすぐにケータイからは風のふきつけるような音が再生され始める。

 おかしいな、ここらへんはとっても静かなのに。

 石灯籠のところみたいに鈴の音でもない。おばけの声でもない。ただ、ただ風がふきつけてる音。

 おかしいな、変だなって思いながらずっと聞いてると、29秒あたりの録音が切れる直前に風の音がやんで、すうっとなにかをすう音が聞こえた。

 

 ドクン、ドクン

 

 いつもの危ない感覚が急におそってきて、すぐその場から離れてかいちゅうでんとうをいろんな方向に向ける。

 けど、心臓は痛いくらいにドクドクいっているのにどこにもおばけの姿が見えなかった。

 

ケラケラケラ

 

 笑い声はだんだん遠ざかっていって、わたしの緊張もそれと同時にとける。

 ユイもほっとしたみたいに息をついていた。

 

「ずっとそばにいたのかな」

 

 わたしが言うと、ユイは頷いた。

 

「あの風の音って…… 息をふきつける音、だよね」

「さいごのは息つぎだと思う」

 

 30秒もずっと息をふきつけてたなんて変なおばけ。

 でも害のあるおばけじゃなくてよかった。今日持ってるのはいしころと、10円玉だけ。紙飛行機も塩もわら人形もない。

 いろんなおばけに会うにはちょっと心細いな。

 あのハサミ、持ってきたほうがよかったかな。

 

「あ、見てハル。こんなところに貝がら」

「ほんとだ」

 

 さっきのおばけが落としたのかな?

 ユイから手のひらくらいの大きな貝がらを受け取って、リュックに入れる。きれいだからおうちに飾ろう。

 

 いつもみたいによまわりをして、いつもみたいにコレクションする。いつもはひとりだけど、今日は二人。嬉しいな。

 

「…… ?」

「どうしたの、ハル」

「ううん、なんでもないよ」

 

 いつもはユイといっしょによまわりしてないんだっけ。

 そうだよね。だって……

 

「――」

 

湖のまわりをぐるっとまわっていると、なんだか小さな声がするような気がした。

 

「――――」

 

「ハル…… ?」

「なにか、きこえる」

 

 けげんそうな顔でわたしを覗き込んだユイはハッとした顔であたりを見回す。

 ユイにも聞こえたのかもしれない。

 

―― ハル、ハル、ハル

 

 わたしの名前を呼ぶ、声がする。

 なんだか聞き覚えのある声が、ふたつ。

 

―― ハル! ハル、お願い!

 

 お父さんと、お母さんの声がわたしを呼んでいる。

 湖の中から、わたしを呼ぶ…… 声がする。

 でも……山の声に耳をかたむけちゃ、いけない。そのはずだから、首を振って耳をふさぐ。片方だけだから、ちゅうとはんぱだけれど。

 

「――」

 

 ユイがなにか言ってるけど、ちょっと今は聞きたくない。

 ごめんね。

 

「――」

「え?」

 

 ぐらり、と体がかたむいて背中から倒れてく。

 ユイが、わたしを湖の方に全力でつきとばしたんだ。

 

 なんで? どうして? ユイ。

 どうしてなの? わたしなにかしたの? ユイにいやなことしちゃったの? いつもいっしょにいたはずでしょ? いっしょにかえるって約束をして…… まだ、約束はしてなかったっけ。

 

 混乱しているうちに、湖に落ちる。

 

「ごめんね、ハル」

 

 

―― もうにどと、あわないほうがいいんだよ

 

 

 ゴポゴポと水を飲んで飲んで、沈んで、浮かんで……

 目を、さましたら…… わたしは真っ白な部屋にいた。

 

「ハル、ハル、ハル! 目を覚ましたのね、良かった。本当に良かった…… !」

「心配したんだぞ、湖に落ちるなんて…… なんで夜中に外に出たんだ! 去年も腕のことがあって……」

 

 目の前でお父さんとお母さんが泣いていた。

 わたしにすがりついて、泣くことなんてそうぞうもできなかったお父さんも泣いていた。

 

 わたしは、よまわりしているときに湖に落ちてしまったらしい。

 それから、すぐにかけつけたお父さんたちに助けられて…… でも水をたくさん飲んでいて危ない状態で、救急車を呼んだんだって。

 

「そっか……」

 

 わたしの口から、その言葉は自然に出てた。

 

 そっか、そうだ、ユイはあのとき、連れて行かれてしまったんだ。

 もう二度と会えないはずだったのに、また会っちゃったんだ。

 

 そう思ったら、ポロポロと涙がこぼれた。

 もう少しで死んでしまいそうだった怖さからじゃなくて、会えない人に会えてしまったことに。

 

「ユイ、ユイ……」

 

 またわたしは、ユイに命を救われたんだ。

 きっといつまでたっても、わたしはユイのことを忘れられないんだろう。

 それでも、生きなくちゃ。ユイが二回もわたしに 「生きて」 って思ってくれたんだから。

 

 一日入院しておうちにかえって来たら、こともちゃんの家にお泊まりしていたチャコがわたしの足元に来て甘えた声を出した。

 わたしはたくさんなでて、抱きしめた。

 

「くぅん……」

「チャコ…… なぐさめてくれるの?」

 

 しばらくじっとしたままだったチャコは、わたしのほほをなめてベチョベチョにしようとその顔を押し付けてきた。

 

 ありがとう、チャコ。と声をかけて部屋を見回すと机の上にいつものリュックがそのまま置いてあった。

 中身を取ろうとして手をとめる。中にはあの貝がらももちろんあった。

 

「これ、ユイの…… あっ」

 

 どこかに飾ろうと思って手に取ったら、つるりと滑って床に落としちゃった。

 いけないいけないなんて思いながら拾い上げようしたけど、わたしは途中で手を止めた。

 上からハサミが落ちてきて貝がらを粉々に砕いてしまったから。

 

「コトワリさま……」

 

 真っ赤なハサミは、貝がらを拾うことを許してくれない。

 つながろうとした縁はまた、断ち切られた。でも、本当はそのほうがいいんだと思う。

 生きているって、やっぱりなんだか寂しくて、苦しい。

 たまに逃げたくなるけど、きっとユイはそれを望んでいないと思う。

 忘れないように、前とおなじように日記を書こう。

 そして、また明日からは元気によまわりしよう。

 

 これは8月13日のお盆でのできごと。

 

 

 

 

 

わたしはきょうも、いきている。

 

 

 

 

 

 日付 8月13日 天気 晴れ

 

 今日は旅行に行きました

 湖と川がとてもきれいなところでした

 でも、町からはなれてもやっぱり夜になるとおばけがいるみたい

 おとまりしたコテージから出ると、わたしの町にもいる白い人かげと目が合ってびっくりしちゃった

 こっそりコテージから抜け出していつものよまわりをしました

 わたしの町とはまたちがってたくさん不思議な体験ができました

 思い出すとむねがぎゅっとなって苦しいけれど

 また遊びに行けるといいな

 ありがとう

 

 

 

 

 




 ハルちゃんもチャコちゃんも臆病だけど、強い子。
 ユイちゃんは強すぎた子だと思います。

 夜の見廻り=夜見廻=黄泉廻の単純なかけことばですが、語呂が良いので採用。
 最初の日記は〝 ユイと 〟という言葉を抜いても成立する日記です。そういうことです。
 クリア記念の小説でした。前日譚のやつが切実に欲しい……


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