「ある所」という他無い。自分は何故この空間にいるのか、何のために生きているのか、そもそもこの空間は何なのか。
男の苦悩の日々を描いた短編小説。
ある所に男がいた。
ある所というのはある所である。ひたすらに真っ白な空間。何も無い正方形の空間。
何故男がここにいるのかは、男自身もわからない。気がつけば男はそこにいて、訳も分からず日々を送っている。眠りにつき、目を覚まし、何をするでもなく時を過ごし、また眠りにつく。不思議と腹は減らない。
そんなある日、男は気がついた。気配を感じる。右隣に誰かいる。五感を研ぎ澄ますと僅かに音が聞こえる。男は希望を感じた。自分以外にも誰かいるのだと、胸が高鳴った。
しかし何故だろう、何故私達はここにいるのだろう。何のためにここにいるのであろう。考えている内に男は一つの結論に至った。
私は、私は何か罪を犯したのではないか。そう考えると合点が行く。この何も無い「ある所」は紛れも無い牢獄なのだ。真っ白な正方形の空間で、淡々と日々を送る。これが罰以外の何だと言うのか。しかし、私は何の罪を犯したのだろう。暴行か、窃盗か、殺人か。何も覚えていない。だが、罪を犯したのは確かだろう。そうして男は得体の知れない罪の意識に蝕まれながらも何も無い日々を送る。
やがて男は、神にすがり始めた。そうだ、神に懺悔をすればいいのだ。そう思った男は、神に祈る。ひたすら、神に祈る。どうか私をお許しください。己が何者かも分からずに、神に許しを求め続けた。
ある日の事だ。右隣の気配が消えたのである。跡形もなく右隣の人間の気配が消え去ったのである。男は絶望した。右隣の人間は死刑になったのか、ではやはり私も何か重大な罪を犯したのか。しかし思い出せない。自分が何をしたのか思い出せない。神よ、何を犯したのかすら思い出せない私をどうか、どうかお許しください。お願いします。助けてください。許してください。男は気が狂う寸前だった。死にたくない、その一心であった。眠りから覚め、ただただ神に祈りを捧げ、いつの間にか眠る。そんな日々を送った。
男が神に祈っていると、突然壁に穴が空いた。いや、ドアが開いたと言うべきか。そこには白い防護服のようなものを着た男が三人立っていた。あぁ、私も死刑になるのか。そう思った男は泣き叫んだ。神への祈りを叫んだ。自分が何を言っているのかもわからずに、ただただ叫んだ。
「あぁ、やっぱ最後はこうなるんだよな。こいつら。」白服の一人が言った。「ほら、静かにしろ、さっさと行くぞ。」もう一人の白服が言った。男は力任せに連行された。そして手術室のような部屋に辿り着いた。医療器具や薬品が沢山並んでいる。あぁ、ついにここで終わりか。そう思いながら部屋を見渡すと、男は目を疑った。胸に、丁度心臓の部分に穴を開けられた人間の死体が何体も転がっているのである。
その顔は、その死体の顔は、
紛れも無い、男自身の顔であった。
訳が分からない。上手く頭が回らない。男が発狂しようとしたその時、首に細い針が刺された。
「こいつらの意識って邪魔にしかならないよな?使う時まで眠らせときゃいいのに。」
「じゃあ今度上の奴らに言ってみるか。」
薄れつつある意識の中で、男が最後に耳にした音であった。
ある所に、男がいた。
最後まで読んで頂きありがとうございます。短編を一本完成させるだけで、ものすごく疲れましたが、それと同時にとても楽しかったです。この調子で、今後も短編中心に活動していけたらなと思います。ありがとうございました。