Fate/cross wind   作:ファルクラム

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第19話「魔女の真実」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ファブニールは、最後の時を迎えようとしていた。

 

 既にその身は満身創痍。

 

 鋼鉄よりも硬い表皮はズタズタに斬り裂かれ、あちこちから鮮血が噴き出している。

 

 動きも鈍く、歩みは殆ど止まっているに等しい。

 

 見上げるような巨体は、もはや起こす事も出来ずに地に伏している。

 

 既に瀕死の邪竜。

 

 しかし、

 

 それでも尚、その眼光からは戦意が失われる事は無い。

 

 目の前に立つ男。

 

 ネーデルラントの大英雄ジークフリート。

 

 かつて、自身と死闘を演じ、そして最後は自身を討った男。

 

 ファブニールの宿命の上に立つ男。

 

 そのジークフリートを相手に敗ける事は許されない。

 

 否、

 

 負ける事は良い。

 

 だが、たとえ負けても、目の前の男に屈する事だけは許されない。

 

 この男を前にして、諦める事は許されない。

 

 それだけは、何が何でも許容できない。

 

 それはファブニールの誇り。

 

 邪竜と言う存在ではあっても、決して捨てきる事の出来ないプライドに他ならなかった。

 

 そんなファブニールの気高い精神を、ジークフリートもまた感じ取る。

 

 彼もまた、宿敵を長く苦しめて辱める事は、本意ではなかった。

 

「・・・・・・終わらせよう」

 

 静かに告げると、手にした大剣の切っ先を真っすぐに天に翳して構える。

 

 せめて、この最大の宿敵が誇りを失わないうちに逝かせてやる。それこそが、大英雄ジークフリートの優しさに他ならなかった。

 

 高まる魔力。

 

 竜殺しの英雄の体から、黄昏色の輝きが迸る。

 

 咆哮を上げる邪竜。

 

 その姿を、ジークフリートの鋭い眼差しが見据える。

 

 最後の対峙。

 

 互いの視線が一瞬、熱くぶつかり合う。

 

「邪悪なる竜は失墜し、世界は今、落陽を迎える」

 

 増大する輝き。

 

 魔力が大剣に集中。解き放たれる瞬間を、ただ待ちわびる。

 

 邪竜もまた、己が運命を悟ったように、ジークフリートを睨み据える。

 

 交錯する視線。

 

 ジークフリートとファブニール、互いの意思と意思が、ぶつかり合う。

 

「・・・・・・すまない」

 

 低い呟きと共に、

 

 ジークフリートは剣を鋭く振り下ろした。

 

幻想大剣(バル)・・・・・・天魔失墜(ムンク)!!」

 

 解き放たれる、黄昏色の閃光。

 

 全てを薙ぎ払う一撃は、立ち尽くす邪竜の巨体を呑み込んでいく。

 

 幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)

 

 ジークフリートの持つ最強の宝具であり、かつてファブニール自信を討ち取った最強の魔剣。

 

 あらゆる竜種の天敵たり得る最強の一撃。

 

 既に力尽きているに等しいファブニールに、耐える事は不可能。

 

 それでも尚、邪竜は威厳を損ねる事無く立ち続け、宿敵の刃を正面から受け止める。

 

 呑み込まれる巨体。

 

 迸る閃光の中で、ファブニールは存在を保てずに崩れていく。

 

 だが、

 

 最後の一瞬、

 

 ジークフリートには見えた。

 

 閃光に飲み込まれながらも、邪竜が浮かべた一瞬のほほえみを。

 

 あるいはそれは、目の錯覚だったのかもしれない。

 

 かつての宿敵が、自分に笑みを見せるなどありえない。

 

 だが、

 

 ジークフリートはあえて、そう思う事にした。

 

 自分たちが生きた時代は遥か過去に過ぎ去り、既に伝説と呼ばれるに至っている。

 

 しかし、時を超え、時代を超えて再び見える事が出来た。

 

 交わした物は剣と炎だが、それでも、大英雄と邪竜の間に、何か絆のような物が存在したのだ。

 

 やがて、消滅していくファブニールの体。

 

 あれだけの巨体を誇った邪竜が、まるで空気に溶けるかのように消えていく。

 

 短く、

 

 それでいて果てしなく熱かった、自らの戦いを誇るように。

 

 それをもって、戦場に訪れる静寂。

 

 既にワイバーンと骸骨兵士は殆どが消滅。

 

 ジャンヌ・オルタ軍の主力である狂化サーヴァントに至っては、文字通り全滅している。

 

 今、戦場に立っているのは、カルデア特殊班所属のマスターとサーヴァント、そしてジル・ド・レェ元帥に率いられたフランス残党軍の将兵のみである。

 

 エリザベートがカーミラと相打ちで消滅してしまったのは痛かったが、それでも疑う余地は無い。

 

 このオルレアンの戦いは、カルデア・フランス連合軍の勝利である。

 

 そんな中、1人、

 

 黒太子エドワードに敗れたジャンヌ・オルタは、既に立ち上がる事も出来ず、戦場の真ん中に座り込んでいた。

 

 その喉元には、エドワードの剣が突き付けられている。

 

 事この段に至っては、彼女には何もできない。軍勢は敗れ、切り札であるファブニールを失い、彼女自身も倒れた今、もはやジャンヌ・オルタには何も残っていなかった。

 

「さあ、マスター」

 

 剣をジャンヌ・オルタに向けたまま、エドワードは背後に立つ立香へと促す。

 

 まだ終わりではない。

 

 ジャンヌ・オルタにトドメを刺し、彼女が持っているであろう聖杯を回収して初めて、この特異点は修復された事になるのだ。

 

 その為には、立香は決断しなくてはならない。

 

 ジャンヌ・オルタを殺せ、と。

 

 対して、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 立香は硬い表情のまま立ち尽くし、座り込んでるジャンヌ・オルタを見詰める。

 

 これは必要な事だ。

 

 それは判っている。

 

 だが、

 

 拳を硬く握りしめる立香。

 

 判ってはいても、負けて力を失った敵に対しトドメを刺す事は躊躇われた。

 

 ましてか、ジャンヌ・オルタがここまでの凶行に走った動機について、多少なりとも理解できる側面があるから猶更だ。

 

 祖国の為に戦った彼女が敵に捕らえられ、信じた祖国に裏切られ、最後には処刑された。

 

 無論、彼女が成した事を許す気は無い。無辜の民を虐殺したジャンヌ・オルタの存在は、善か悪かで言えば、間違いなく悪だろう。

 

 だが、

 

 たとえそうだとしても、受け入れがたいのも、人としての性だった。

 

 しばし、戦場に流れる沈黙。

 

 そんなマスターの葛藤を感じたのだろう。エドワードはジャンヌ・オルタに剣を向けたまま沈黙を保っている。

 

 立香に決断を委ねると同時に、彼が心に決断を下すまで待っているのだ。

 

 と、その時、

 

「兄貴・・・・・・・・・・・・」

 

 葛藤する兄の想いを察したように、凛果がそっと手を握ってくる。

 

 手に妹のぬくもりを感じ、立香は顔を上げる。

 

 立香を真っすぐに見つめる凛果。

 

 優しい兄。

 

 立香が今、何を想い、何に苦しんでいるのか、凛果にはよく分かっていた。

 

 対して、立香も妹をジッと見つめる。

 

「凛果」

 

 視界の中で、不安そうな凛果の顔が見える。

 

 そこで、

 

 立香はハッとする。

 

 自分はカルデア特殊班のリーダーだ。

 

 ここで自分が決断しなければ、つらい選択を凛果に押し付けてしまう事になる。

 

 リーダーとして、

 

 否、兄として、それは出来なかった。

 

 手を染めるのは、自分だけで充分だった。

 

 妹の肩を叩き、前に出る立香。

 

 そこには既に、迷いは見られなかった。

 

 黒太子を真っすぐに見据えて言った。

 

「・・・・・・頼む、エドワード」

「ああ」

 

 立香の言葉に応え、剣を振り上げるエドワード。

 

 その切っ先が天を向き、陽光を受けてギラリと光る。

 

 戦場において、首切りはある種の「業務」でもある。エドワードも当然、経験のある事だった。

 

 それ故に、気負いも躊躇いも、一切ない。

 

 エドワードは剣を掲げ、振り下ろした。

 

 次の瞬間、

 

 飛来した閃光が足元で炸裂。

 

 エドワードはとっさに後退する事で回避した。

 

「なッ!?」

「新手・・・・・・このタイミングでか?」

 

 立香の傍らまで下がりながら、エドワードは訝るように呟く。

 

 今の攻撃は明らかに、ジャンヌ・オルタを守る為、エドワードに向けて放たれた物だった。

 

 だが、戦場で軍を指揮した経験を持つエドワードからすれば、いささか以上に間の抜けた展開と言わざるを得なかった。

 

 既にジャンヌ・オルタ軍は壊滅し、ジャンヌ・オルタ自身も首を落とされる直前だった。

 

 援軍だとしたら遅すぎる。

 

 いったい、何が起きているのか?

 

 訝る立香達の前に現れた者。

 

 それは、異様な風体の男だった。

 

 黒いローブに全身を包み込んだ姿は、おとぎ話にでも出てきそうな「魔法使い」その物。

 

 長い髪はオールバックに撫でつけ、背は丸く曲がり、巨大な目はギョロリと張り出し、周囲を見回している。

 

 しかし、全体からにじみ出る雰囲気は、控えめに言って「血生臭い」。

 

 怖気を振るうような立ち姿だ。

 

 一斉に武器を構えるサーヴァント達。

 

 目の前の男が誰であるかは分からないが、エドワードを攻撃して邪魔した以上、敵である事は間違いなかった。

 

 と、

 

「ジ、ジル・・・・・・」

 

 突如現れた異様な男に特殊班一同が警戒を強める中、地面に座り込んだままのジャンヌ・オルタは、自らの忠実な臣下の登場に、驚いたような声を上げる。

 

 そんなジャンヌ・オルタの存在に気付いたのだろう。ジルもまた、慌てたように駆け寄って来た。

 

「おお・・・・・・おおおおおお、ジャンヌッ 我が聖女よッ 何とおいたわしい姿かッ!!」

 

 膝まずくジル。

 

 だが、

 

 その存在には、取り囲むカルデア特殊班一同も、戸惑いを隠せなかった。

 

「え? ジル? ジルって・・・・・・え?」

 

 混乱したように、ジャンヌの傍らに立つ騎士のジルと見比べる凛果。

 

 確かに、容貌的に似ていなくはない。顔の特徴など、一致している部分も多い。

 

 しかし、

 

 清廉な印象の騎士ジルに比べ、ジャンヌ・オルタのかたわらに座り込んだ魔術師のジルは、あまりにも怪物的だった。

 

 とてもではないが、両者が同一人物だとは思えないほどだった。

 

 と、

 

《まさか、ジャンヌに続いてこんな事が起こるなんてね。同時代に召喚されれば、こんな事もある訳か》

「フォウ?」

 

 ロマニの驚いたような声が、通信機から聞こえてきた。

 

 どこか確信めいた口調に、一同は耳を傾ける。

 

 どうやらロマニには、何か確証があるようだ。

 

「どういう事、ロマン君?」

《今、君達の目の前に現れたもう1人のジル元帥はサーヴァントだ。恐らく、初期に召喚された1騎だったんだろう》

 

 尋ねる凛果に、ロマニは説明する。

 

 つまり、ジャンヌに付き従う騎士のジルは、この時代を今現在生きているジルである。

 

 それに対し、ジャンヌ・オルタに寄り添っている魔術師のギルは、聖杯によって呼ばれたサーヴァントと言う訳だ。

 

 確かに、ジル・ド・レェには2種類の逸話がある。

 

 一つは、ジャンヌ・ダルクの仲間として、共に百年戦争を戦ったフランス元帥としての記録。

 

 そしてもう一つ、

 

 晩年、とある黒魔術師に傾倒したジルは、いたいけな幼子を言葉巧みに自らの居城に誘っては、怪しげな儀式の生贄として大量虐殺を行ったと言う。その逸話から、童話「青髭」のモデルにもなったと言われている。

 

 清廉と狂気の二面性。

 

 それこそがジル・ド・レェと言う人間の本質である。

 

 成程。

 

 騎士のジルと魔術師のジル、双方を見比べながら、ロマニの説明を聞いた立香は納得したように頷く。

 

 生者のジルと英霊のジル。

 

 その2人が、まさか同一時間上の同じ場所に立つ事になろうとは。ある意味、ジャンヌよりも特異な状況である。

 

 同時代であれば、このような事も起こり得るわけである。

 

 しかし人間、何がどうなればこうまで変わってしまうのか?

 

 騎士のジルとは完全にかけ離れた容貌の魔術師ジルを見ながら、立香は心の中で呟いた。

 

 と、

 

「ずっと、おかしいと思っていました」

 

 声を発したのは、騎士ジルを従える形で歩み寄って来たジャンヌだった。

 

 彼女の眼は、自分と寸分たがわぬ容姿をした黒の少女へと向けられている。

 

 睨み返すジャンヌ・オルタ。

 

 しかし、そこには常に感じる力は無い。

 

 敗残と化し、全てを失った少女がそこにはあった。

 

 そんなジャンヌ・オルタを、静かに見下ろすジャンヌ。

 

 そして、

 

 口を開いた。

 

「あなたは、誰ですか?」

 

 その質問は、誰も予想できなかった物だった。

 

 ジャンヌの質問は、あまりにも無意味に思えたのだ。

 

 いったいジャンヌは、今更そんな事を聞いてどうしようと言うのか?

 

「ジャンヌ、彼女は君のオルタ。その・・・・・・処刑された事を恨んで、復讐に走ったもう1人の君なんじゃ・・・・・・」

「ええ、わたしも初めはそう思っていました」

 

 立香の指摘に頷きを返すジャンヌ。

 

 では、彼女はいったい何に疑問を感じていると言うのか?

 

「しかし、ならばこそ、余計にあり得ません。なぜなら、私は復讐を考えた事など、一度もないからです」

 

 ジャンヌの言いたい事、それは「矛盾」だった。

 

 そもそも、生前のジャンヌはフランスに恨みなど抱いていなかったのは言うまでも無いだろう。百年戦争後期のフランス軍において、彼女程献身的に戦った人間はいなかっただろうから。

 

 ならばこそジャンヌ・オルタの存在は、裏切られ、処刑された事への恨みが死後に具現化した存在という線が考えられるが、

 

 実のところ、そちらはもっとあり得ない。

 

 刑死したジャンヌには、フランスに対する恨みなど抱く暇は無かったのだから。

 

 ジャンヌは今でも覚えている。

 

 刑場に縛り付けられ、火にくべられても尚、己の内には復讐の心など一片も無かった事を。

 

 彼女の胸にあったのは、ただ只管に神への祈りと、残して行く事になるフランスの民への想いだけだった。

 

 つまりどう考えても歴史上、「復讐に走ったジャンヌ・ダルク」は存在しなかったことになる。

 

 では、

 

 目の前にいるジャンヌ・オルタは、いったい何者なのか? と言う話に戻る。

 

 ありえないジャンヌ。あり得ない存在。

 

 こうなると、ジャンヌ・オルタと言う存在そのものが不確かで曖昧な存在に思えてくる。

 

 その時だった。

 

「・・・・・・余計な能弁は、そこまでに、していただきましょうか」

 

 それまで黙って蹲っていた魔術師ジルが、ゆらりと立ち上がり振り返った。

 

 そのギョロリとした双眼が、一同を威嚇するように睨み据える。

 

 一斉に武器を構える、サーヴァント達。

 

 対してジルは、怯む事無く一同を睨む。

 

「彼女こそは我が祈り、我が願いの結晶。それを侮辱する事は、たとえあなたでも許しませんぞ、ジャンヌ!!」

「ジル、あなたは・・・・・・・・・・・・」

 

 余りの迫力に、我知らず呟くジャンヌ。

 

 その時だった。

 

《そう言う事か・・・・・・・・・・・・》

「何が、『そう言う事』なの、ロマン君?」

 

 通信機越しに語り掛けてきたロマニに対し、訝るように尋ねる凛果。

 

 それに対して返された返答は、驚くべき内容だった。

 

《よく聞いてくれ立香君、凛果君。聖杯を持っているのはジャンヌ・オルタじゃない。聖杯を持っているのは、そのジル元帥の方だ》

「えッ!?」

 

 驚いて、視線を向ける。

 

 今の今まで、立香達は聖杯を持っているのはジャンヌ・オルタだと思っていた。彼女を倒せば、全てが終わるのだ、と。

 

 その前提が、崩れた事になる。

 

《これは恐らく、だけど、ジャンヌ君の言う通り、本来ジャンヌ・オルタなどと言う英霊は存在しない。しかし、彼女を殺され、狂ったジル元帥が、聖杯に願ったんだ。「復讐する為に蘇ったジャンヌ・ダルクの誕生」を。それが、ジャンヌ・オルタだったんだよ》

 

 ロマニが言い終えた、その時だった。

 

 突如、

 

 ジルが翳した手の中に、光り輝く器が出現した。

 

「あれが、聖杯かッ!!」

 

 驚く一堂を前に。ジルは手にした聖杯を高らかに掲げる。

 

 輝きを増す聖杯。

 

 その光が、ジルを包み込んでいく。

 

「許さんッ 断じて許さんぞ匹夫共!! 貴様ら如きが我が崇高なる祈りを妨げる事はァァァァァァァァァァ!!」

 

 狂ったように言い放つと同時に、

 

 ジルの目の前に、1冊の本が現れる。

 

 黄色い装丁をした辞典のようなサイズの本。

 

 そのページがひとりでに開く。

 

「まずいッ 下がって!!」

 

 突如、何かを察したように叫ぶ響。

 

 少年は傍らに立つ美遊の手を引いて後ろへと下がる。

 

 他のサーヴァント達もまた、危機を察したようにその場から飛びのいていく。

 

 凛果もまた、清姫に手を引かれて後ろに下がるのが見えた。

 

 次の瞬間、

 

 「それ」は姿を現した。

 

 突如開く、異界の門。

 

 その中から、異形の物が這い出てくるのが見えた。

 

 形容のしようがない。

 

 ひたすらおぞましさのみが際立つ怪物。

 

 しいて言えば「蛸」が一番近いように見える。

 

 しかし「足」に当たる部分は無数に存在し、天に向かってうねりを見せている。

 

 青紫色の斑が刻まれた体表は体液でぬめり、生理的嫌悪感を助長する。

 

 その先端部分には巨大な顎が噛み鳴らされているのが見えた。

 

 「海魔」とでも称すべき異様な怪物。

 

 それが今、最後の敵となって、カルデア特殊班の前に立ちはだかっていた。

 

 呼び出したジルが、怪物の中へと飲み込まれていくのが見える。

 

 既にサーヴァント達は退避を終えて、迎え撃つ体制を整えている。

 

 だが、

 

 そんな中で1人、

 

 ジャンヌ・オルタだけは、海魔の傍らで蹲って、動こうとしなかった。

 

 先の戦いでエドワードの宝具を喰らい、既に動く事もままならなくなっているのだ。

 

「あ・・・・・・そんな・・・・・・ジル・・・・・・」

 

 自身に迫って触手を伸ばしてくる海魔を見ながら、茫然と呟くジャンヌ・オルタ。

 

 海魔は動けない少女を喰らおうと、大口を開く。

 

 触手が少女の体を捉えようとした。

 

 次の瞬間、

 

 何者かが、ジャンヌ・オルタの体を引き寄せ、そのまま抱え上げて走り出す。

 

「なッ!?」

 

 驚くジャンヌ・オルタ。

 

 だが、考える余裕もなく、背後から迫る触手が追いかけてくる。

 

 自分を抱えて走る少年。

 

 その姿をジャンヌ・オルタ、茫然とした顔で見つめる。

 

「あんた・・・・・・どうして?」

「さあねッ 理由なんて分かんないさッ!!」

 

 尋ねるジャンヌ・オルタに、彼女を抱えて走る立香は叩きつけるように返す。

 

 つい、さっきまで殺し合っていた相手を、どうして助けてしまったのか?

 

 気が付いたら、体が動いていた、と言う方が正しいだろう。

 

 これも先程感じた物と同じ。割り切れないからこその行動だった。

 

 走る立香。

 

 背後から迫る、海魔の触手。

 

 立香はジャンヌ・オルタを抱えている為、どうしても走る速度が遅い。

 

 このままじゃ追いつかれる。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

「先輩ッ!!」

 

 飛び込んで来たマシュが大盾を掲げ、伸びてきた触手を弾き払う。

 

 一瞬、怯んだように動きを止める触手。

 

 更に群れる触手に、真っ向から飛び込んでいく小さな影。

 

 響は迫る海魔に対し、手にした刀を一閃。真っ向から斬り捨てる。

 

 奔る銀閃。

 

 複数の触手が、一緒くたに斬り飛ばされて地面に転がる。

 

「ん、ここは抑える、立香達は下がって」

 

 尚も隙を伺うように迫ってくる触手に刀を向けて牽制しながら、響が淡々とした口調で呟く。

 

 その茫洋とした視線が、小山のような規模で迫りくる海魔。

 

 そして、それを操るジルに向けられる。

 

 今、このフランスにおける最後の戦いが、幕を開けようとしていた。

 

 

 

 

 

第19話「魔女の真実」      終わり

 


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