Fate/cross wind   作:ファルクラム

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第5話「皇帝として」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前には、

 

 筋肉がいた。

 

 いきなりで何を言っているのか、と思うかもしれない。

 

 しかし、とにもかくにも筋肉だった。

 

「おお、集いし反逆者達よ。我は汝らを歓迎せん。さあ、共に圧制者に立ち向かおうではないか」

 

 低く、響き渡る声。

 

 その言葉に、

 

 居並ぶカルデア特殊班の一同は、思わず首を傾げざるを得なかった。

 

「えっと・・・・・・」

「反逆者? 圧制者?」

「フォウ・・・・・・」

 

 唖然とするしかない立香達。

 

 目の前に立つ男。

 

 その姿は、ひたすら筋肉(マッスル)だった。

 

 体の大半を露出し、まるで見せつけるような巨体を晒す男。

 

 その頭頂は2メートルを優に越し、それを支える筋肉は巨大に盛り上がっている。

 

 男の腕だけで、響や美遊の胴ほどもあるだろう。

 

 巨大な羆ですら、素手で殴り殺せそうな雰囲気である。

 

 何より、

 

 それだけの巨体と威容を誇りながら、その顔には満面の笑顔が浮かべられている。

 

 何とも不気味な様相。ただそこにいるだけで、震えあがりそうになる笑顔だ。

 

 言っている事が完全に意味不明である。

 

 反逆者?

 

 圧制者?

 

 一体、目の前のデカブツは何が言いたいのか?

 

 そんな一同の反応に苦笑しつつ、ブーディカが前へと出た。

 

「こいつはスパルタクス。まあ、見ての通りのバーサーカーさ。ま、よろしく頼むよ」

「うむ、反逆の女王が我が味方になった以上、勝利は疑いない」

 

 頷いているのかそうでないのか、

 

 ブーディカの説明に、一応の返事をする大男。

 

 それにしても、

 

 スパルタクス

 

 トラキアの剣闘士にして、第三次奴隷戦争の指導者。

 

 当時、ローマでは闘技場において剣闘士を、同じ剣闘士や捕えてきた猛獣と戦わせるのが、最高の娯楽とされていた。

 

 スパルタクスもまた、そうして連れてこられた剣闘士の1人だったが、彼はそんな支配体制を打ち破り、仲間たちと共に反乱を起こした。

 

 最終的に乱は鎮圧され、スパルタクスも命を落とす事になったが、彼の存在が多くの奴隷たちに希望を与えたことは間違いなかった。

 

 そのスパルタクスがローマ軍の将軍として参陣している事は、ブーディカ同様皮肉としか言いようが無かった。

 

 だが、決戦を前にして、頼もしい味方ができたことは間違いなかった。

 

「敵軍は、既に展開を終えている。今回の戦いでは、いかに損害を出さずに、敵を退けるかが重要になる。そこで・・・・・・」

 

 ブーディカは地図を指し示しながら説明していく。

 

「あたしとスパルタクスが本隊を率いて、敵の正面から攻撃を仕掛ける。敵が前線を押し出したところで立香、凛果、あんた達は側面から一気に突き崩し、敵の本陣を突いてくれ」

 

 劣勢の軍が戦況を覆すには、奇襲をもって敵将の首を取る。洋の東西を問わず、戦術の基本は変わらない。

 

 勿論、彼我入り乱れる戦場において、それほど簡単に事が運ぶとは思えないが。

 

 敵本軍との決戦を前に、兵力を温存したい正統ローマ軍にとっては、それが最善手である事も確かだった。

 

「こちらも出来る限り敵を引き付けるけど、基本、速攻で頼むよ」

 

 ブーディカの言葉に、頷きを返す立香達。

 

 時間を掛ければ、双方の陣形が入り乱れて乱戦に移行する事になる。

 

 そうなると、正統ローマ軍の損害は否が応でも増える事にある。

 

 勿論、それでも数において勝る正統ローマ軍が最終的には勝てるだろうが、続く決戦においての敗北が確定的となる。

 

 この戦いの帰趨は、いかにカルデア特殊班が敵将の首を素早く取れるか、に掛かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「掛かれェェェェェェ!!」

 

 ネロが大音声で号令を下すと同時に、

 

 展開した正統ローマ軍の諸部隊が、一斉に突撃を開始する。

 

 兵士が槍を手に前進し、騎馬は周囲から包み込むように大地を駆ける。

 

 その後方では弓隊が矢を番え、射程に入るのを待ち続ける。

 

 呼応するように、連合ローマ軍も進撃を開始する。

 

 雄たけびを上げて、一斉に襲い来る兵士達。

 

 やがて、

 

 距離が詰まった時、互いの刃が交わされる。

 

 前線の兵士は槍を振るって相手を牽制し、その間に馬に乗った騎馬隊が側面へと回り込む。

 

 弓隊もまた、矢継ぎ早に矢を放っていく。

 

 激突する両軍。

 

 中でも圧巻なのは、ブーディカ、スパルタクスの両サーヴァントだろう。

 

 馬に乗ったブーディカが、敵兵を斬り捨てながら叫ぶ。

 

「良いかいッ 無理に攻めるんじゃないよ!! まずは守りを固めてッ 陣形を崩さないようにすることだけに集中するんだ!!」

 

 この戦い、序盤は守りに徹すると決めてある。

 

 カルデア特殊班が連合ローマ軍の本陣を突くまで、ひたすら耐えるのだ。

 

「まあ、もっとも・・・・・・」

 

 巧みに馬を操りながら、ブーディカは苦笑気味に呟く。

 

「あいつにとっちゃ、そんな考え、お構いなしだろうけどね」

 

 そんなブーディカの呟きに応えるかのように、

 

 視界の彼方で、複数の連合ローマ兵士が宙を舞うのが見えた。

 

 

 

 

 

 スパルタクスが剛腕を振るえば、それだけで人間が宙を舞う。

 

 否、

 

 人間だけではない。

 

 馬だろうが戦車だろうが、等しく放り投げられる。

 

「ハッハッハ!! これは良い!! 我が身に群がるは圧制者の軍勢!! 見渡す限り敵ばかり!! これこそ我が戦場に他ならぬ!!」

 

 豪快に笑いながら、剣を振るうスパルタクス。

 

 彼の剣はグラディウスと呼ばれる両刃の直剣で、この時代のローマでは兵士の標準的な装備である。並の兵士ならちょうど良い刀身に思える剣だが、巨漢のスパルタクスが持つと、せいぜ小太刀ぐらいにしか見えない。

 

 その剣を縦横に振るい、群がる連合ローマ兵士を薙ぎ払っていく。

 

「良い!! 良いぞ!! さあ、圧制者どもよ、我が身を傷付けるがいい!! その傷こそが汝らの命を奪い去る証である!!」

 

 言っている内にも剣を振るい、連合ローマ兵を吹き飛ばす。

 

 その様子を、正統ローマ兵達は遠巻きに眺める事しかできない。

 

 意外な事に、スパルタクスは敵味方の区別は付けているらしく、戦っていて味方を巻き添えにする事は無い。

 

 とは言え何しろ、あの暴虐ぶりである。誤って巻き込まれる可能性は大いにある。

 

 ブーディカからも、スパルタクスには近づかず、好きにやらせるように言われている。

 

 スパルタクスほどの戦士となれば、兵士たちとしても頼もしいことこの上ないのだが、同時に厄介な存在でもあった。

 

 

 

 

 

 一方その頃、

 

 連合ローマ帝国軍本陣でも、戦況の様子が刻々と伝えられていた。

 

 前線では一進一退の攻防が続けられている。

 

 その様子を伝え聞いた指揮官は、思案するように頷く。

 

「ふむ、成程。やはり敵もバカではない。力攻めが悪手である事は心得ているようだな」

「確かに。決定的な要因無しでは、彼らに勝ち目は無い。敵はその事をよく理解しています」

 

 指揮官の言葉に、レオニダスは頷きを返す。

 

 2人には既に、正統ローマ軍がいかなる手段で攻撃を仕掛けてくるかが読めていた。

 

 その事を裏付けるように、伝令の兵士が走ってきて膝を突く。

 

「申し上げます。右翼より現れた敵の少数部隊が、真っすぐに本陣目指して進撃してきますッ!! その勢い凄まじく、抑えきれません!! 敵は間もなく、ここへやってきます!!」

「・・・・・・来たか」

 

 伝令の報告を聞き、指揮官は鷹揚に頷きを返す。

 

 相手が伝え聞く「カルデア」とやらであるなら、人間の兵士など藁の楯にも劣るだろう。

 

 となると、残る手段は一つだ。

 

「我らが、出なければなるまい」

「そうですな。サーヴァントの相手ができるのはサーヴァントのみ」

 

 嘆息交じりに吐き出された指揮官の言葉に、レオニダスはマスクの奥で頷きを返す。

 

 既に方針は決まっている。ならば、あとは行動あるのみだった。

 

「兵士たちに伝えよ。右翼の敵に手出しは無用。そのまま本陣まで通してやれ、とな」

「はッ しかし・・・・・・・・・・・・」

 

 指揮官の言葉に、伝令兵は思わず問い返す。

 

 凄まじい勢いで迫りくる敵を相手に、本陣までの道を解放するなど、勝機とは思えなかったのだ。

 

 だが、指揮官は何でもないと言った調子で答える。

 

「構わん。奴らの相手は我らが務める。命を無駄にするな」

「そ、そうは行きませんッ 皇帝陛下をお守りする事が、我らの使命なれば!!」

 

 彼らは忠実だ。

 

 忠実であるが故に、進んで命を投げ出そうとする。

 

 それは、自分が命じても同じ事だった。

 

「本来であるならば・・・・・・いや、言っても仕方がない事か」

 

 呟きながら、指揮官は自らの剣を抜き放つ。

 

 この犠牲を少なくする方法は2つ。

 

 敵を倒すか、あるいは・・・・・・・・・・・・

 

 思案するうちに、剣戟の音は指呼の間に迫ってくる。

 

 どうやら、敵が来たらしい。

 

「行きますか」

「うむ」

 

 レオニダスと指揮官は頷きを交わすと、敵を迎え撃つべく、それぞれの武器を構えた。

 

 

 

 

 

 響が立ちふさがる最後の敵兵士を切り倒す。

 

 既にカルデア特殊班は、敵が敷いた防御陣を突破し、連合ローマ軍の本陣に迫ろうとしていた。

 

 先鋒は響と美遊。

 

 その後から、マシュに守られた立香と凛果が続く。

 

 敏捷に優れる響と美遊が斬り込み道を開き、マシュはマスターの守護に徹する。

 

 既に何度も試している、特殊班の基本陣形である。

 

 群がってくる兵士達。

 

 だが、人間の兵士がサーヴァントに敵うはずもない。

 

 響と美遊が振るう剣によって、次々と切り倒されていく。

 

 そして、

 

「やァァァァァァ!!」

 

 白いドレスを靡かせて駆ける美遊。

 

 その姿は、本陣前を守る2人の兵士を捉える。

 

「おのれッ これ以上は!!」

「この命に代えても、皇帝陛下だけは!!」

 

 槍を繰り出す兵士。

 

 だが、

 

 その一撃を、美遊は身を低くして回避すると、手にした剣を鋭く振るう。

 

 迸る銀の閃光。

 

 刃は、甲冑ごと兵士を切り倒す。

 

 崩れ落ちる兵士達。

 

 同時に開ける視界の先で、

 

 2人の男が待ち構えていた。

 

 1人は先日、ブーディカと刃を交えたレオニダス一世。

 

 そして、もう1人。

 

「よく来たなカルデア。まずは歓迎してやろう」

 

 その男を見た瞬間、

 

「なッ!?」

 

 立香達は、思わず口をあんぐりと開けた。

 

 何と言うか、

 

 丸い。

 

 まん丸、と言っても良いかもしれない。

 

 豪華な赤い服を着た、随分とふくよかな男性が、レオニダスと並ぶ形で立っていた。

 

 スパルタクスとは真逆の意味で「巨漢」である。

 

 肥満体、と言っても良かった。

 

「風船?」

「響、お願いだから、もう少し緩い表現で」

 

 ド直球な物言いの響を、美遊が窘める。

 

 だが、

 

 そんな年少組のやり取りを他所に、赤い男は進み出た。

 

「貴様らの話は既に聞いている。人理守護を目指す異界の者達、カルデア。我がローマにおいても、貴様らが跳梁する余地がある、と言う事か」

 

 赤い男は、何かに納得するように呟くと、手にした剣を掲げて見せる。

 

「しかし、それも私を倒せれば、の話だ」

 

 同時に、気配が一気に凄みを増すのが判った。

 

 その仕草に、立香達は息を呑む。

 

 冗談のような姿をしているが、目の前に立つ男の存在感が本物なのは間違いない。

 

 油断すれば敗北は必至だ。

 

「名乗ろう。我が名はガイウス・ユリウス・カエサル。正確に言えば皇帝ではないが、今は連合ローマに席を列している。つまるところ、お前たちの敵に他ならない」

 

 ガイウス・ユリウス・カエサル。

 

 恐らくその知名度はネロをも軽くしのぎ、ローマ随一と言っても過言ではないだろう。

 

 英語名は「ジュリアス・シーザー」

 

 まだ「皇帝」と言う存在が無かった時代、圧倒的な政治力と軍事的才能、さらには陰謀かとしての権謀術数、何より絶大なカリスマを駆使して、当時のローマ最高権力である「終身独裁官」の地位まで上り詰める。

 

 ガリア戦争、ローマ内戦、ヒスパニア戦役と言った数々の戦いに勝利。ローマ帝国の版図を拡大させた。

 

 外征においては敵無し。内政においても一部の隙は無く、大国ローマの発展に大きく貢献した。

 

 また私事においても、多くの女性と浮名を流した、今でいうところのプレイボーイである。エジプト女王クレオパトラとの結婚は、あまりにも有名な話だろう。

 

 一説によると、妖精との間にも子を成したとさえ言われている。

 

 人気も、権力も絶頂にあり、そのまま順調に行けば、彼がローマ帝国の初代皇帝になっていたかもしれない。

 

 だが、そんな彼も、自らに課せられた運命には逆らえなかった。

 

 あまりにも急成長を遂げたカエサルだったが、その事が却って周囲との軋轢を生む。

 

 当時のローマは、元老院による議会政治が行われていたが、その元老院議員の間では賄賂と情実政治がまかり通っていた。

 

 そんな腐敗しきっていた元老院にとって、急速に改革を行うカエサルは、目障り以外の何物でもなかったのだ。

 

 やがてカエサルは、彼らの陰謀に掛かり、あっけなく暗殺される事になる。

 

 厳密に言えばカエサルは皇帝ではない。

 

 しかし、彼を事実上の皇帝と見なす歴史家は多く存在している。

 

 そして何より、歴代皇帝を抜いて、ダントツの人気を誇っているのは、間違いなくユリウス・カエサルに他ならなかった。

 

 その強大な存在が今、カルデア特殊班の前に大きな壁となって立ちはだかっていた。

 

 と、

 

「カエサル・・・・・・んー」

 

 響が、何事か考え込んでいる。

 

 ややあって、顔を上げて言った。

 

「よく分かんないから、『DEBU』で良い?」

「良いわけがあるかァァァァァァ!! 見たまんまではないかァァァァァァ!!」

 

 余りと言えばあまりな言いぐさに、先程までの威厳が吹っ飛ぶカエサル。

 

 シリアスな空気が完全に台無しになっていた。

 

 とは言え、

 

 戦機自体が潰える事は無い。

 

 武器を構えるカルデア特殊班。

 

 合わせるように、カエサルとレオニダスもそれぞれの武器を構えて見せた。

 

「美遊、マシュ、あっちの盾の人、お願い」

「判りました、ですが響さんは?」

 

 尋ねるマシュに、響はカエサルに視線を向けながら言った。

 

「ん、DEBUは任せて」

「響、お願いだから名前で呼んであげて」

 

 響の物言いに嘆息する美遊。

 

 とは言え、言葉を交わすのもそこまでだった。

 

「さて、話し合いは終わったかね?」

 

 言いながら、前へ出るカエサル。

 

 その巨体より発せられる凄みのある言葉が殺気となりて、容赦なく叩きつけられる。

 

「賽は既に投げられた。あとは存分に戦おうではないか、存分に、な」

 

 次の瞬間、

 

 両者は同時に仕掛けた。

 

 

 

 

 

第5話「皇帝として」      終わり

 


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