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アン・ボニーとメアリー・リードの脱落、消滅。
それに伴い、形勢は一気にドレイク海賊団側に傾いた。
元々、兵数では勝っていた物の、中核となるサーヴァントの数では劣っていた黒髭海賊団だが、ここに来て更に2人の主力サーヴァントが脱落した事で、戦線は完全に押し込まれつつあった。
更に、アンとメアリーを倒した響も、戦線に介入。黒髭側の海賊たちは次々と屠られていく。
それに合わせるように、首領であるドレイク、更には手の空いているサーヴァント達、マシュ、エウリュアレ、アステリオスと言った面々も機を見て攻勢に転じる。
一度崩れれば、あとは早い物である。
黒髭海賊団の戦線は、急速に崩壊を始めていた。
両陣営の海賊たちが入り乱れて感がを交える、
倒れていく海賊たちは、圧倒的に黒髭側の海賊達である。
対して、ドレイク側の海賊たちは、今や天をも衝く勢いで士気を上げている
形勢がいずれに帰しつつあるか、火を見るよりも明らかであった。
そんな中、船縁の手すりを足場に、高速で駆けていく2つの人影がある。
船尾から船首に向かって駆ける2人。
向けた視線は、殺気を伴って空中でぶつかり合う。
赤と緑。
双剣を構えた弓兵の少女、クロエ・フォン・アインツベルン
槍を携えた、緑衣の大英雄、ヘクトール。
共に戦気が交錯する。
そして舳先まで着た瞬間、
共に刃を繰り出す。
両手に構えた黒白の双剣を縦横に振るうクロエ。
刃が閃光となって視界を埋め尽くす。
対して、
ヘクトールは槍のリーチを存分に活かし、クロエの攻撃を全て弾いて見せる。
だが、
「防がれるのは・・・・・・」
次の瞬間、
クロエの姿は、
ヘクトールの頭上に現れる。
「お見通し!!」
投影で作り出した弓を構え、引き絞るクロエ。
対して、ヘクトールの動きは、一瞬遅れる。
眼下目がけて、矢を放つクロエ。
垂直に飛来する矢。
その一撃を、
「おっとッ!!」
ヘクトールは、槍をクルリと回転させて弾き飛ばす。
「クッ!?」
舌打ちするクロエ。
頭上と言う、完璧な死角から仕掛けた奇襲がかわされるとは、思ってもみなかったのだ。
着地すると同時に再度、矢を番えてヘクトールへ撃ち放つクロエ。
しかし、その全てを、大英雄は通さない。
クロエが放った矢は、ヘクトールの槍によって弾かれ、全て用を成さずに砕け散った。
「・・・・・・相変わらず、嫌らしい戦い方するわね」
弓を投げ捨て、再び干将・莫邪を投影するクロエ。
ヘクトールはと言えば、槍の穂先を再びクロエに向けて構える。
「いや、そう誉められると、おじさん照れちゃうって」
「だから、褒めてないっての」
飄々としたヘクトールに、クロエはペースを乱されている。
相手はトロイアが誇った大英雄。
あらゆる戦術を駆使して劣勢のトロイアを支えたヘクトールが相手では、クロエも聊か分が悪いと言わざるを得なかった。
「さてさて・・・・・・・・・・・・」
槍の穂先を掲げながら、ヘクトールは告げる。
「もう少し、おじさんに付き合ってもらおうかな。なに、そう長い事じゃないよ」
「言ってなさい!!」
言い放つと同時に、再び干将・莫邪を投影したクロエが、ヘクトールに斬りかかった。
美遊とティーチの戦闘も、終盤に入っている。
ティーチは決して弱い英霊ではない。
かつてカリブ海や大西洋を暴れまわり、七つの海にその人ありとまで言われた大海賊《黒髭》。
多くの部下を従え、海賊艦隊まで編成した黒髭は、まさに、海賊と言う存在の頂点に立つ人物と言っても過言ではないだろう。
勿論、ただ大軍を率いたと言うだけではない。荒くれ者の海賊たちを従える為には、何よりも強くあらねばならない。
ティーチは強かった。強かったからこそ、多くの部下が彼に付き従たのだ。
その戦闘力は、サーヴァントになった更に拍車がかかっている。
並の英霊程度では、返り討ちに会うのは必定だ。
更には、生前に海賊として鳴らした知識と経験がある。11歳の小娘如きが、かなうはずが無かった。
本来であれば。
しかし、
今回はあまりにも相手が悪かった。
基本スペックでは、美遊が間違いなく有利。身体能力も魔力量も、ティーチとは比べ物にならない。
ブリテンが誇る大英雄アルトリア・ペンドラゴンの霊基を受け継いだ少女を前に、経験差の有利など、考慮にすら値しなかった。
一合ごとに、美遊がティーチを追い詰めていく。
その重い剣の閃きを前に、ティーチは既に当初見せていた余裕すら無くなっていた。
甲板を駆けてくる美遊。
「クソッ こいつは、まずいかッ!?」
対して、ティーチは手にした銃を放つ。
飛翔する弾丸。
しかし、
自身に向けて放たれた弾丸を、
美遊は手にした剣の一閃で斬り飛ばす。
「チッ!?」
舌打ちしつつ、次弾装填するティーチ。
更に発砲。
しかし、やはり同じ。
美遊の振るう剣を前に、弾丸は斬り飛ばされて用を成さない。
3発目は、放つ事が出来なかった。
その前に、美遊が剣の間合いに入る。
「ヤァァァァァァァァァァァァ!!」
袈裟懸けに振り下ろされる剣。
その一撃を、
「クッ 何のッ!?」
ティーチは左腕の鉤爪で防ぐ。
同時に、右手に持った拳銃を甲板に投げ捨てる。
既に接近され過ぎている。弾丸を装填している暇がない以上、銃は無用の長物だ。
代わりにティーチは、腰からカトラスを抜き放ち、横なぎに美遊に斬りかかる。
一閃される刃。
その一撃を、
後退して回避する美遊。
「その程度のスピードでッ!!」
同時に勢いを殺さず、刃を回転させると、今度は下段から斬り上げる一閃を放つ。
「ほわァァァァァァ!?」
驚いてのけ反るティーチ。
間一髪、美遊の剣は、ティーチの鼻先を僅かに霞めていくに留まる。
「おのれッ 温厚で紳士な拙者でも、いい加減怒るでござる!!」
「あなたのどこが・・・・・・・・・・・・」
ティーチの言葉を聞きながら、
美遊は剣を背に隠すように構え、体を大きくねじのように捻る。
抜き打ちの構えだ。
「『温厚』で『紳士』だ!!」
強烈な振り抜きによる横一線。
その一撃を、
「オォォォォォォッ 負けて、堪るかァァァァァァ!!」
カトラスと鉤爪を交差させて受け止めるティーチ。
激突する両者。
次の瞬間、
美遊の剣が、黒髭の鉤爪とカトラスを、同時に砕き散らした。
「のォォォォォォォォォォォォ!?」
そのまま、のけ反るように後退するティーチ。
だが、
「逃がさないッ」
すかさず、間合いを詰める美遊。
対して、
ティーチには最早、少女の剣を防ぐ手立てはない。
振り下ろされる白刃の剣閃。
その一撃が、
ティーチを真っ向から斬り下した。
「グッ・・・・・・お、お・・・・・・・・・・・・」
のけ反るようにして、数歩後退するティーチ。
対して、美遊は剣を振り下ろした状態で、大海賊を睨む。
手ごたえはあった。
確実に致命傷を与えたと言う確証があった。
「グッ・・・・・・った~~~たたた。痛いったら無いっての」
自身の傷口を押さえながら、ティーチはぼやくように呟く。
何となく、余裕そうにも見える。
しかし実際には、傷口からはとめどなく血が流れ続けている。明らかに致命傷だった。
「しか~しッ 黒髭はこんな所では倒れないのである!!」
「いや、もう倒れて欲しいんだけど」
「悪の幼女に屈する事無く、必ずや復活を遂げるのであった!!」
「人を勝手に悪呼ばわりしないで」
いい加減、疲れてきた美遊のツッコミも、やや投げやり気味になっている。
「・・・・・・・・・・・・」
まあ良い。
既にティーチには反撃する力は残っていない筈。
ならば、ここで終わらせるのみ。
そう思って、美遊は剣を持ち上げた。
次の瞬間、
背後から飛来した槍が、ティーチの胸板を刺し貫いた。
「グっ・・・・・・オォ・・・・・・・・・・・・」
口から鮮血を吐き散らすティーチ。
槍は霊基の中核である心臓を刺し貫いている。明らかな致命傷だった。
目を見張る美遊。
あまりにも予想外な展開で、思わず出る言葉も失っている。
なぜ?
誰が?
どうして?
美遊と対峙していたティーチに不意打ちを食らわせたと言うのか?
一方で、
「・・・・・・・・・・・・いやいや」
ティーチは口から鮮血を吹き出しながらも、背後を振り返って、自らに不遜な一撃を与えた存在を見やる。
妙に落ち着き払った黒髭の態度。
まるで、最後はこうなる事を予期していたかのよう、そんな感じだ。
「ここで、裏切るってのは、流石に悪手じゃないですかね・・・・・・・・・・・・」
視線が合わさる。
その相手と。
「なあ・・・・・・・・・・・・先生」
対して、
トロイアの大英雄ヘクトールは、その飄々とした顔に笑みを浮かべている。
なぜ、ヘクトールがティーチを裏切るのか?
あまりにも突然の事態に、誰もが状況の変化に追いつけないでいる。
対して、ヘクトールはいつも通りの淡々とした口調で告げる。
「いやいや船長。こっちとしては、これで予定通りなんだよね」
言いながら、槍を引き抜くヘクトール。
途端に、ティーチの体からは鮮血が噴き出し、大海賊《黒髭》はその場に膝を突く。
「まったく。思った以上に用心深くて苦労したよ、あんたには。何しろ、寝ている時ですら銃を手放さないんだからね。天才気取っている馬鹿をだますのなんざ簡単だが、馬鹿の振りしている天才を出し抜くのは骨が折れるよ」
そう言って、ヘクトールは肩を竦める。
同時に、
甲板に膝を突いたティーチの体からは光が溢れる。
光は空中で一つ所に寄り集まると、やがて黄金に輝く杯へと形を整える。
それを見た瞬間、
思わず誰もが目を見張った。
「あれって、聖杯かッ!?」
「嘘ッ 黒髭が持ってたの!?」
既に2つも現物を見ているのだ。見間違えるはずが無い。
ティーチの体の中から出てきたのは間違いなく聖杯。それも、ドレイクが持っているようなオリジナルではなく、この特異点のキーアイテムとなる聖杯だ。
まさかティーチが持っていたなど、完全に予想外だった。
「美遊ちゃん、お願い!!」
「は、はいッ」
凛果の指示が飛び、とっさに手を伸ばす美遊。
しかし、
少女の指先が掛かるより一寸早く、
ヘクトールがかっさらうようにして、聖杯を掴み取ってしまった。
「残念。こいつはオジサンが貰っていくよ」
「クッ よこせ!!」
剣を振り翳す美遊。
奔る剣閃は、
しかしそれよりも一瞬早く、ヘクトールが飛びのいたために空を切る。
ヘクトールはそのまま跳躍して
そのまま立香達を尻目に、自身の目指す人物へと迫る。
「ついでに、お使いも済ませておこうかな」
軽い口調で告げるヘクトール。
その視線の先には、
弓を構えたエウリュアレの姿がある。
「あッ!?」
エウリュアレが、ヘクトールの接近に気付いて弓を構えようとする。
だが、
「悪いね。もう遅いよ」
ヘクトールはエウリュアレの背後に回り込むと、その首筋に手刀を食らわせる。
ガクリッ と、音も無く倒れる女神を、ヘクトールは片手で抱えて小脇に持ち上げる。
その様子を見ていた狂戦士が、深紅の凶眼を釣り上げる。
「えうりゅあれ!!」
友達の危機に、激昂して突進しようとするアステリオス。
しかし、
この事態を予め想定していたヘクトールは完全に上手だった。
「おっと、動かないでくれよ」
そう告げると、気絶したエウリュアレの喉元に、懐から抜き出したナイフを突きつける。
その動きだけで、一同を制するヘクトール。
「動くと、この女神様を傷物にしちゃうよ。俺としても、そいつは聊か心苦しいんだよね。だから、動かないでいてくれると、とっても助かるよ」
「クッ」
ヘクトールの行動に、全員がその場から動けなくなってしまう。
あまりにも信じがたい事態。
仲間同士だと思っていたヘクトールがティーチを裏切り、そしてエウリュアレを奪うなどと、誰が予想できただろう。
と、
アルテミスだ。
狙撃によってヘクトールを倒し、エウリュアレを助けようと言うのだろう。
だが、
「よせッ アルテミス!!」
「ッ ダーリン?」
思い人からのいつに無く強い静止の声を聞き、アルテミスは思わず弓を射る手を止める。
見れば、
クマのぬいぐるみ姿のオリオンが、アルテミスを諫めるように両手を広げて立っていた。
「あいつはトロイアのヘクトールだ。今のお前じゃ返り討ちに会っちまう」
「う、そうかな?」
「ああ。万全のお前だったら、何とかなったかもしれないがな」
そう言って、オリオンは肩を竦める。
神霊は英霊より上位に位置する存在であり、スペックやスキルなど、いくつかの面で優位に立っているのは確かである。
しかしそれで、イコール「神霊の方が英霊より強い」という訳では決してない。
「神殺し」の伝説が世界中にあるように、場合によっては人間が神を凌駕する事は稀にある。
ましてか今回、アルテミスはアーチャーと言うサーヴァントの「枠」に収められて現界し、当然ながら能力には相応の制限が掛けられている。
ランクダウンしているアルテミスと、大英雄としてフルスペックに近いヘクトールの戦力差は、ほぼ無きに等しい。
アルテミスがヘクトールに挑めば、返り討ちの可能性があると言うオリオンの指摘は、あながち的外れではないのだ。
流石は神話伝説に語られる狩人と言うべきか、見た目のファンシーに反して、オリオンは冷静だった。
今のアルテミスがヘクトールに挑めば確実に負ける。
その事を本人よりも理解していた。
一方、
いかにエウリュアレを人質に取っているとはいえ、ここは大海原の真ん中。しかも、黒髭海賊団のサーヴァントはヘクトールを残して全滅している。
ヘクトール1人で逃げ切れるものではないだろう。
「それで、これからどうするつもりなんだ?」
ヘクトールを真っ向から睨みながら、立香が尋ねる。
既に周囲は、響、マシュ、美遊、クロエ、アステリオス、ドレイクが囲んで逃げられないようにしている。
ヘクトールの背後は既に海。完全に船縁まで追い詰められている。
いかにトロイアの大英雄ヘクトールと言えど、気絶しているエウリュアレを抱え、この包囲網から逃れられるものではないだろう。
対して、
「いや~ 確かに。これじゃオジサン、絶体絶命かなー?」
のんきな口調で告げるヘクトール。
しかし、
ついの瞬間、
「なーんて・・・・・・・・・・・・」
凄みのある笑みを浮かべる。
「逃げ道を確保しないで反逆するほど愚かじゃないさ」
次の瞬間だった。
突如、
誰もが見ている目の前で、
巨大な水柱が立ち上った。
迸る瀑布。
誰もが目を見張る。
飛沫が周囲一帯に拡散する。
まるで、くじらが海面から飛び跳ねたかのような光景。
しかし、
海面下から現れたのは、くじらでは、
否、
生物ですらなかった。
黒い船体に黄色いライン。
直立した3本のマストには、10枚以上の帆が張られている。
船体に備えられた砲門は、ざっと数えただけでも数十。両舷合わせれば百を上回るだろう。
船だ。
それも、かなり巨大な。
大きさだけなら、
「何だ、この化け物はッ!?」
うめくドレイク。
大航海時代の彼女からすれば、このような巨大な船は見た事も無いだろう。
それこそ、海の怪物が直接姿を現したようにも見える。
「これはガレオン船ではありませんッ 戦列艦です!!」
マシュが驚いて声を上げる。
ガレオン船の後継として、各国海軍が採用した主力艦種。
その高い攻撃性能から、19世紀末まで使用され、後の「戦艦」の原型にもなった。
その戦列艦が、まさか潜水艦よろしく海面下から現れるなど、誰が予想し得ようか。
一同が呆気に取られる中、
戦列艦の甲板上に、人影が現れた。
海軍の軍服の上からサーコートを着込んだ人物だ。
いかにも紳士然とした、スマートな印象の男性だ。
海の男には似つかわしくないような、端正な顔立ち。
しかし、その右瞼は常に閉じられている。
更に、サーコートの右袖も中身が無いらしく、風の吹かれて靡いているのが判る。
「ヘクトール殿ッ 遅くなって申し訳ないッ お迎えに上がりましたぞ!!」
「何の、提督ッ 良いタイミングだよ!!」
相手に対し返事を返すと同時に、ヘクトールは跳躍。エウリュアレを抱えたまま、戦列艦の甲板へと飛び乗る。
慌てて響達が追いかけようとするが、既にヘクトールは相手の船の甲板に乗り移ってしまっていた。
「そんじゃ皆の衆、おじさんたちはこれで失礼するよッ あ、エウリュアレは戴いていくからッ」
「逃がすかッ 砲撃用意!!」
ただちに命令を発するドレイク。
だが、次の瞬間、
稀代の大海賊は目を見張る。
戦列艦の舷側に並んだ砲眼が一斉に開き、中から数十に及ぶ砲門が姿を現すと、その照準を
「まずいッ」
叫ぶ立香。
次の瞬間、
戦列艦の舷側が、一斉に砲火を閃かせた。
第12話「トロイの木馬」 終わり
お待たせしました、本章のオリ鯖登場です。
出し渋った理由は、
実のところ前2人(黒太子、ブルータス)に比べると、ヒントの塊みたいなもんなので、すぐ真名ばれるだろうなーと思ったので。
たぶん、もう分っている人が多数いるのでは、と思っています。