Fate/cross wind   作:ファルクラム

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第14話「海将」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 距離を開けたまま、互いの砲火が閃く。

 

 海上を疾駆する2隻の船の舷側から、次々と砲撃が撃ち鳴らされた。

 

 鳴り響く轟音。

 

 砲弾は、風を裂いて飛翔する。

 

 黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)と戦列艦は、互いに同一進路を進みながら砲撃を行う「同航戦」の状態を維持して砲撃を続けている。

 

 放たれた弾丸が海面を叩き、水柱が瀑布となり、天を突き抜ける勢いで立ち上る。

 

 時折、互いの船に爆炎が躍る。

 

 しかし、両者ともにダメージを負った様子は無い。

 

 黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)は、先の改装でワイバーンの鱗を船体に貼り付けて防御力を高めている。その効果は今もって健在であり、命中する砲弾を弾き返している。

 

 一方の戦列艦はと言えば、

 

《やはりだめだね。黒髭の例があったからもしかするととは思っていたけど、あの船は敵の宝具だ。その証拠に、こちらの砲撃は全て弾き返されている》

「ああ、やっぱりそうだったか・・・・・・」

「フォウフォウッ」

 

 通信機から聞こえてきたロマニの声に返事をしながら、立香は戦闘の様子を見守っている。

 

 状況は千日手に近い。

 

 互いの砲撃は相手を傷付ける事叶わず、虚しく砲弾のみが浪費されていく。

 

 このまま距離を置いて砲撃を続けても、有効打は得られないだろう。

 

 となると、残る手段は一つ。

 

 すなわち、互いに主力サーヴァントを投入しての移乗白兵戦となる。

 

 しかし、

 

「やるね、敵の頭は」

「どうかしたのか?」

「フォウッ?」

 

 感心したように声を上げるドレイクに、立香とフォウが訝るように首を傾げる。

 

 対してドレイクは、口の端を釣り上げて笑いながら答える。

 

「連中、こっちの衝角(ラム)を警戒してやがる。さっきから、確実に一定の距離を保って、突撃させないようにしているのさ」

 

 黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)衝角(ラム)戦を仕掛けるには、戦列艦に向かって船首を向けるように転舵し、一定時間直進する必要がある。

 

 しかし、ガレオン船や戦列艦のように砲塔が固定されている船は、前方火力が極端に低い。突撃中は、ほぼ無防備に近い状態となってしまうのだ。

 

 対して、敵はその間、片舷の全火力を集中できる為、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)は一方的に撃たれ続ける事になる。

 

 その為、衝角(ラム)戦を仕掛ける為には、互いの距離をある程度詰める必要があるのだ。

 

 戦列艦を操るライダーは、その事が判っている為、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)と距離を置いて、砲撃戦を展開しているのだ。

 

 と、

 

「ん、立香、立香」

「うん、どうした響?」

「フォウッ ンキュッ」

 

 不意に、アサシンの少年から袖をクイクイッと引かれ振り返る立香。

 

 その間にフォウは、響の頭によじ登る。

 

 対して響は、視線の先の戦列艦を見ながら言った。

 

「も少し、距離詰めて」

 

 言いながら、響は刀の鯉口を切る。

 

「乗り移って、かく乱する」

 

 

 

 

 

 一方、戦列艦の方でも、自分たちの火力が黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)に対して、効果を上げていない事に気が付いていた。

 

 片舷だけで50門近い砲撃は、しかし自身よりはるかに小さなガレオン船に弾かれ、用を成していない。

 

 命中する砲弾は全て弾かれ、虚しく海に落下していた。

 

「成程。考えてみれば当然か。彼らは黒髭殿のアン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)を打ち破っている。ならば、砲撃対策の1つや2つは施していると見てしかるべきだな」

 

 自身と激しく撃ち合う黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)を見やりながら、ライダーは感心したように呟く。

 

 その間にも、飛んできた砲弾が立てる水柱が、瀑布となって崩れ落ちる。

 

 時折、舷側を砲弾が叩くが問題は無い。全て弾き返していた。

 

 当然だが、ダメージは無い。この点に関して、ライダーは自分の船に絶対の自信を持っていた。

 

 勿論、戦列艦が放つ砲撃も同様なのだが。

 

 砲門数が多いので見た目こそ派手だが、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)に対して、まったくダメージは与えられていなかった。

 

「さて、このままお互いに、ただ砲弾を浪費しただけで終わる事になるだろうが・・・・・・」

 

 言っている間に、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)が、更なる砲撃を行うのが見える。

 

 どうやら向こうも、諦める気は無いようだ。

 

「しかし、相手は大英帝国が誇る伝説の海賊、フランシス・ドレイク。このままで終わるはずはない、か」

 

 その時だった。

 

「提督ッ 敵船の動きありッ 僅かに距離を詰めてきている模様!!」

衝角(ラム)戦を仕掛けるつもりか?」

 

 見張り員の報告に呟きで答えながら、ライダーは取り出した望遠鏡を左目に当てる。

 

 黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)が戦列艦にダメージを与える為には、衝角(それ)以外に手段は無い。

 

 もし、ドレイクが衝角(ラム)戦を挑んでくるならば、ライダーは宝具の真名解放で応じる以外に無いのだが。

 

 もっとも、そう簡単に相手の思惑に乗ってやるつもりは、ライダーにはない。

 

 先程から、巧みに操艦を行い、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)を近付けさせないでいる。

 

 一定以上、距離を詰めさせる気は無い。

 

 もし、ドレイクが勝ちを焦って突撃してくるつもりなら、その時は一斉射撃で仕留めるつもりだった。

 

 だが、

 

 次いでもたらされた報告は、ライダーすら予想だにしなかった物であった。

 

「提督ッ!!」

 

 見張り員から、再度の報告が入る。

 

「敵兵が1人、空中を走って、こちらに向かってきます!!」

「何だと?」

 

 訝るように、望遠鏡を向けるライダー。

 

 両船の砲撃が上げる水柱によって、攪拌される海面。

 

 その上を、

 

 確かに、

 

 空中を駆けながらこちらに向かってくる、浅葱色の羽織を着た少年の姿があった。

 

「・・・・・・・・・・・・何とッ」

 

 流石に、驚かされる光景だ。

 

 どちらかと言えば「開いた口が塞がらない」とでも言うべきか?

 

 何れにせよ、立ち上る水柱を物ともせず、暗殺者の少年は真っ直ぐに空中を走ってくる。

 

「勇敢だ・・・・・・しかし愚かだな」

 

 感心したように告げると、ライダーは背後を振り返る。

 

「狙撃用意ッ 目標、接近中のサーヴァント!!」

 

 

 

 

 

 足底が、確かに硬い足場を捉えて、体を前に蹴り出す。

 

 強烈なまでの疾走感。

 

 吹き上げる水柱を物ともせず、響は空中を跳躍する。

 

 果たして、空中を駆けて来るなど、予想し得た者がいただろうか?

 

 魔術で空中に足場を作りながら駆ける響。

 

 この戦術は生前に学んだ方法だが、主に戦闘補助に用いる事が常だ。

 

 響は基本的に空は飛べないが、この方法を使えば、限定的ながら空中戦が可能となる。

 

 とは言え、魔術は元々、それ程得意と言う訳ではない。このやり方で跳べる回数にも限りがある。

 

 「生前の友達」なら、もっと上手にできたのだが、響の能力ではせいぜい、連続して数回の魔術行使が限界である。

 

 もっとも、補う手段はある。

 

 魔術回路をフル稼働。

 

 足裏に足場を作りながら、更に空中を疾走する響。

 

 同時に、強烈なまでの加速が、小さな体を締め付ける。

 

 足りない飛距離は、サーヴァントの身体能力で補う。

 

 と、

 

 空中を走る響の視界に、戦列艦の甲板で複数の銃口が光るのが見えた。

 

 ライフルを構え、狙いを定める複数の兵士達。

 

 響の接近に気付いたライダーが、甲板に狙撃兵を配置したのだ。

 

 銃口が、響を睨む。

 

 この移動方法は、急激な方向転換ができない。まっすぐ進む今の響は、狙撃手にとって良い的でしかない。

 

 狙撃手が引き金を絞ろうとした。

 

 次の瞬間、

 

 響の後方から飛来した矢が少年を追い抜き、戦列艦の甲板上に立つ狙撃手を次々と射抜いた。

 

 振り返らずとも、何があったかは分かる。

 

 黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)の甲板には、弓を構えたクロエとアルテミスの姿がある。2人が、響を援護してくれているのだ。

 

 姉たちの援護を背に、戦列艦に迫る響。

 

 最後の跳躍。

 

 空中の足場を蹴り、高い舷側を駆け上がる。

 

 踊り込むと同時に抜刀。

 

「んッ!!」

 

 横薙ぎの一閃

 

 手前にいた狙撃手を、出会いざまに斬り捨てる。

 

 慌てた狙撃手が、銃口を向けようとしてくる。

 

 しかし、

 

「遅いッ」

 

 低く呟きながら甲板上を疾走。

 

 すり抜け様に刀を振るい、次々と狙撃手を切り倒す。

 

 響の侵入に気付いたのだろう。水兵たちが次々と群がってくるのが見える。

 

 めいめいバラバラの恰好をして、纏まりがなかった海賊たちと違い、全員のセイラ―の服装を着た、れっきとした軍人たちである。

 

 その動きにも統率した物が見られる。

 

 銃を構えて援護に入る者、ナイフや斧を手に取り囲む者。役割分担がしっかりされている。

 

 響を包囲して、一気に押しつぶそうとしているのかもしれない。

 

 その時だった。

 

「ッ!?」

 

 突然の殺気に、とっさに身を翻す響。

 

 次の瞬間、

 

 突き込まれた刃が、ギラリと反射して響の鼻先を霞める。

 

 間一髪。回避が早かった為、刃は響を捉える事は無い。

 

 だが、

 

 そこへ更なる追撃が入る。

 

 剣閃は、更に響を追い詰めるべく繰り出される。

 

 対抗するように、刀を振るう響き。

 

 互いの刃が空中でぶつかり合い、弾かれたように後退する両者。

 

「やれやれ、困ったものだ」

 

 落ち着いた口調で語り掛ける男。

 

 軍服の上からサーコートを羽織り、身なりをきちっと整えた端正な顔立ちをしている。

 

 やはり、潰れた右目と、中身を無くして風に靡く右袖が目を引く。

 

「子供とは言え、無賃乗船はお断りなのだがね」

 

 海の男らしからぬ雰囲気を纏ったその男は、黒髭海賊団との戦闘の際に、この戦列艦で乱入してきた男。

 

 すなわち、この戦列艦の持ち主であるサーヴァント、ライダーと言う訳だ。

 

「速やかに、下船願おうか、少年?」

「関係ない。すぐ降りるから」

 

 言いながら、刀の切っ先を向けて構える響。

 

「全員、斬ってから」

 

 その言葉に、

 

 ライダー以外の全員が息を呑むのが判る。

 

 皆、気付いているのだ。

 

 たとえ形は小さくても、目の前の少年が自分達とは次元の違う存在であると言う事を。

 

 ライダーだけは、流石に動じた様子は無い。

 

「ならば、強制的に出て行ってもらおうか」

 

 静かに言い放つと、ライダーは腰の剣を抜き放つ。

 

 身の細い、サーベルタイプの剣だ。

 

 大多数の兵士が銃を装備し、接近戦を主眼にしている兵士も取り回しの利くナイフや、殺傷力の高い斧で武装している中、長剣を装備しているのは異色と言える。

 

 古来より、戦場に置いて兵士が威力の高い武器を装備するのは当然の事である。

 

 近代であるならば威力の高いマシンガンやアサルトライフルが主流となっているし、古代においては剣よりも槍を装備するのが普通だった。

 

 因みに意外に思うかもしれないが、日本の戦国時代においても、戦場の主役は槍・弓、鉄砲であり、刀は脇役の武器でしかなかった。

 

 日本の合戦史で日本刀が戦場の主役になったのは、実は幕末になってからの話である。

 

 そんな中で、指揮官だけは威力の低い剣や、拳銃を装備している。

 

 これは、それらの武器が身を守るための最後の道具であると同時に、その取り回しの良さから、部下将兵が反乱を起こしたときに、即座に処断する事が出来る為、と言われている。

 

 すなわち、この集団の中にあって、剣を持っているこの男こそが、指揮官である何よりの証であった。

 

「フッ!!」

 

 短い呼吸と共に、甲板を蹴って前に出るライダー。

 

 間合いに入ると同時に、鋭い刺突を放つ。

 

 閃光のような刃。

 

 対抗するように、

 

 ライダーの一閃を、横なぎに振るう刀で払いのける響。

 

 互いの刃が激突し、火花が飛び散る。

 

 バックステップで後退する響。

 

 距離を置いてから、餓狼一閃で仕留める。

 

 そう考えたのだ。

 

 だが、

 

 響が間合いを取る前に、ライダーは斬り込んでくる。

 

 同時に、連続した刺突が、暗殺者の少年に襲い掛かった。

 

 速いッ!?

 

 連続で繰り出されるライダーの剣閃をかわしながら、響は思わず舌を巻く。

 

 左手一本しかないのに、ライダーの剣は重く、鋭く、そして速い。

 

 的確に響の急所を捉え、斬りかかってくる。

 

「このッ!?」

 

 対抗するように、刀を袈裟懸けに振るう響。

 

 しかし、ライダーはサーベルを鋭く振るい響の攻撃を払うと、返す刀でカウンターを放ってくる。

 

「どうした、少年ッ!! その程度で浮沈を誇りし我が艦を沈めようなどとは、お笑い種も良いところだぞ!!」

 

 言っている間にも、剣速を緩めずに斬り込んでくるライダー。

 

 サーベルは刀よりも細く、刺突向きの剣である。

 

 それ故、繰り出される剣閃は、まるで矢のように襲い掛かってくる。

 

 速く、しかも重い。

 

「んッ!?」

 

 舌打ちする響。

 

 反撃の機を掴めず、防戦に徹するしかない状況だ。

 

 このままでは埒が明かない。一旦、強引にでも仕切り直す必要がある。

 

「ハッ!!」

 

 気合と共に、刺突を繰り出すライダー。

 

 対して、

 

 響は、とっさに後方宙返りをしながら後退。

 

 着地と同時に刀を構え直し、追撃に備える。

 

 対して、ライダーは追撃を掛けず、サーベルを構えたまま、距離を置いて響と対峙する。

 

 強い。

 

 響はため息にも似た呼吸を繰り返しながらライダーを見やる。

 

 ライダーとは、何かしらの乗り物に騎乗して、初めて真価を発揮するクラスである。

 

 目の前の海軍提督風の男がライダーであるなら、宝具は間違いなく、この戦列艦と言う事になる。

 

 つまり、この場所は既に、ライダーに有利なフィールドと言う事になる。

 

 前提条件からして、響の不利は否めなかった。

 

「どうした、もう終わるかね?」

 

 サーベルの剣先を向けながら問いかけるライダー。

 

 同時に、他の水兵達も、武器を手に響への包囲網を狭めてくる。

 

 周囲を囲んで、逃げ道を塞ぐ算段なのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 低く呟く響。

 

 確かに、状況は絶体絶命。

 

 しかし、

 

「ん、そろそろ・・・・・・」

 

 響が呟いた。

 

 次の瞬間だった。

 

 突如、

 

 巨大な水柱が、戦列艦のすぐ脇から立ち上った。

 

 突然の事態に水兵達が驚き、右往左往とうろたえた様子が見られる。

 

 黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)からの砲撃、ではない。

 

 現在、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)は。戦列艦からいて右舷側を航行している。

 

 しかし水柱は、左舷のすぐ脇から発生している。砲撃ではありえなかった。

 

「ん、来た」

 

 短く呟く響。

 

 同時に、

 

 轟音と共に、何か巨大な物が、戦列艦の甲板に降り立った。

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 咆哮を上げる巨大な怪物。

 

 アステリオスだ。

 

 全身をずぶ濡れに濡らした巨雄は、手にした戦斧を振り翳し、深紅の凶眼を爛々と輝かせる。」

 

 その姿に、水兵達が恐怖におののく。

 

 対してライダーは視線をわずかに向け、2人目の「不遜な乗船者」を見据えると鼻を鳴らした。

 

「成程、ミノタウロスか・・・・・・君が派手に気を引いている内に、彼が海中から接近した訳か」

「ん、作戦通り」

 

 どや顔で返事をする響。

 

 響とて、サーヴァント複数がいる船に単騎で乗り込むほど無謀ではない。ましてか、今は黒髭海賊団との連戦で魔力も体力も万全とは言い難い。

 

 故に、自分が敵の目を引き付けている内に、アステリオスに泳いで反対側から接近してもらったのだ。

 

「なかなか面白い作戦だ。いや、こちらがしてやられた以上、素直に『見事』と言っておこうか」

 

 対して、ライダーは余裕の態度を崩さないまま告げる。

 

「が・・・・・・」

 

 剣先で、艦橋の上を指し示すライダー。

 

 その先に、響とアステリオスは視線を向ける。

 

「戦力を見誤るのは、敗戦への一里塚となるぞ」

 

 ライダーが指示した先。

 

 見上げる高さにある艦橋の上、

 

 そこには、

 

 大英雄ヘクトールが立っていた。

 

 腕には、後ろ手に縛られたエウリュアレを抱えて。

 

「アステリオス!! 響!!」

「えうりゅあれッ!!」

「エウエウ!!」

 

 必死に身を捩って、ヘクトールから逃れようとするエウリュアレ。

 

 しかし、大英雄相手に、か細い女神が腕力で敵うはずもなく、拘束は一向に緩む気配がない。

 

「おっと、動くんじゃないよ。おじさんにも手違いはあるからね。うっかり、この女神さまを殺しちまったら元も子もないし」

 

 そう言って、槍の穂先を喉元に突き付けるヘクトール。

 

 動きを止める、響とアステリオス。

 

 エウリュアレを人質に取られては、響達は手が出せない。

 

 ヘクトールからすれば、響達の目的がエウリュアレの奪還である事は判っているのだから、ならば彼女を人質にすれば、その動きを制するのは容易かった。

 

 大英雄にあるまじき卑劣な行為。

 

 しかし、ヘクトールはそもそも、劣勢なトロイア軍を率い、あらゆる手練手管でアカイア軍を追い詰めた人間。

 

 人質だろうがだまし討ちだろうが、勝利の為に手段を選ばないのは、ある意味で当たり前の事だった。

 

 しかし、

 

「えう・・・・・・りゅあれ・・・・・・」

 

 バーサーカーは、その深紅の凶眼でもって、自分の友達を捉えている大英雄を睨みつける。

 

「えう、りゅあれ!!」

「アステリオスッ」

 

 女神を取り戻すべく、咆哮と共に突進していくアステリオス。

 

 響の叫びも、狂戦士には届いていない。

 

 エウリュアレを取り戻す。

 

 それ以外の事は、今のアステリオスには無かった。

 

 一方、ヘクトールは、自身に向かって致死量の殺気を振り翳すアステリオスを、苦笑交じりに睨みつける。

 

「まあ、言って止まればバーサーカーじゃないよね」

「当たり前でしょ。死ぬわよ、あなた」

 

 腕の中のエウリュアレが、ヘクトールを睨みながら嘯く。

 

 確かに、

 

 いかに大英雄と言えど、怪物ミノタウロスを相手にしては、聊か分が悪いと言わざるを得ない。

 

「なら・・・・・・」

「え?」

 

 戸惑うエウリュアレを他所に、腕に力を籠めるヘクトール。

 

 次の瞬間、

 

「こうするさ!!」

「キャァァァァァァァァァァァァ!?」

 

 悲鳴と共に、宙を舞うエウリュアレの体。

 

 ヘクトールが、膂力に任せて彼女を放り投げたのだ。

 

 エウリュアレの姿は放物線を描いて空中を踊る。

 

 その姿に、気を取られるアステリオス。

 

「えうりゅあれ!!」

 

 とっさに受け止めようと、戦斧を投げ捨てて身構えるアステリオス。

 

 だが、次の瞬間、

 

 

 

 

 

 アステリオスの胸に、1枚の呪符が張り付いた。

 

 

 

 

 

 途端に、巨雄の姿は炎に包まれて炎上した。

 

 苦悶の咆哮を上げる狂戦士。

 

 炎はあっという間に燃え広がり、アステリオスを呑み込んでしまう。

 

「アステリオス!!」

 

 空中のエウリュアレが悲鳴を上げる中、アステリオスは完全に炎に包まれてしまう。

 

 その姿を、ヘクトールは肩を竦めて眺める。

 

「ま、所詮は獣と一緒。食いつきそうなエサを撒いてやれば、この通りさ」

「いばって、言わないで・・・・・・あなただけの手柄じゃ、ない」

 

 背後からの気だるげな声に、首だけ振り返るヘクトール。

 

 そこには、面倒くさそうな眼差しで佇む、ボロボロの巫女服を纏った女キャスターが佇んでいた。

 

 その手には、1枚の札が握られている。

 

 どうやら、アステリオスを火あぶりにした呪符を投げたのは、彼女であったらしい。

 

 その間にも、落下するエウリュアレ。

 

 硬い甲板に叩きつけられれば、いかにサーヴァントと言えどもダメージは免れない。

 

 エウリュアレが甲板に落下しようとした。

 

 次の瞬間、

 

 間一髪、

 

 割って入った小さな影が、少女を抱き留める。

 

「ん、エウエウ、無事か?」

「ひ、響、ありがとう・・・・・・」

 

 礼を言うエウリュアレ。

 

 外傷は無い。どうやら、捕まっていた間は、特に狼藉はされなかったようだ。

 

 しかし、

 

「それで、これからどうするの?」

 

 響の腕の中で、周囲を見回しながら訪ねるエウリュアレ。

 

 敵はサーヴァント3騎。ヘクトールに、真名不明のライダーとキャスター。

 

 それに、雑魚とは言え水兵が数十人。

 

 加えて、ここは敵艦の甲板上。逃げ場は少ない。

 

 味方のアステリオスは、キャスターの奇襲で戦闘不能。炎は消えているが、ダメージはかなり入っており、少なくとも暫くは動けない

 

「・・・・・・考えてなかった」

「馬鹿」

「ん、馬鹿って言った方が馬鹿」

 

 などと子供じみたやり取りをしている間にも、包囲網は狭まってくる。

 

「ん、どうする? いやマジで」

「突っ込むんなら、考えてから突っ込んできなさいよ」

 

 どうやら、響にしろアステリオスにしろ、エウリュアレを救出する事ばかりに気が行き、その後どうするか、までは考えていなかったらしい。

 

 そんな無謀な仲間達の態度に、助けられる側のはずのエウリュアレは、唯々呆れかえるのみだった。

 

 次の瞬間だった。

 

「んんッ!?」

「ひびき?」

「ど、どうしたの、急に!?」

 

 突如、声を上げた響に、アステリオスとエウリュアレが訝るように尋ねた。

 

 だが、

 

 2人の声にもこたえられないほど、響は自分の中で起こった突然の変化に戸惑っていた。

 

「こ、これは!?」

 

 事態はさらに進むのを感じる。

 

 響本人を置き去りにする形で。

 

 しかし、それも無理からぬこと。

 

 なぜなら、

 

 これは本質的に「そう言う物」である、と言う事を、響は知っていた。

 

 

 

 

 

 事態進行の本質は、並走する黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)で起きていた。

 

 右手を掲げる少女。

 

 その体から、魔力の奔流が溢れているのが判る。

 

 凛果は光り輝く右手を体の前に翳す。

 

「藤丸凛果が令呪を持って、アサシン、衛宮響に命ずる!!」

 

 輝きが一気に増し、少女は完全に光の中へと包まれる。

 

 令呪。

 

 聖杯戦争中、マスターが3回のみ行使できる、サーヴァントに対する強制命令権。

 

 使えば、「魔術」の域を超え、「魔法」に近い奇跡すら起こす事が出来る、破格のアドバンテージ。

 

 カルデアの魔力供給により、帰還すれば補充は可能になったとはいえ、1度のレイシフトで使用可能な回数は3回と言う事に変わりはない。

 

 その貴重な1画を、凛果はここで切ったのだ。

 

「2人を連れて戻って!!」

 

 

 

 

 

 体が、自分の意思に寄らず、強制的に動かされる。

 

 溢れる魔力は、既に少年の臨海値を超えている。

 

 すぐに気付く。

 

 凛果が、令呪を行使したのだと。

 

 今なら、

 

 そう、今なら何でもできる気さえした。

 

「エウエウッ アステリオス!!」

 

 響は叫びながら、右手でエウリュアレの腕を取り、左手でアステリオスに触れる。

 

 次の瞬間、

 

 3人の姿は、一瞬の閃光に包まれ、戦列艦の甲板から消え去ってしまった。

 

「ありゃッ しまった」

 

 様子を見ていたヘクトールが、ばつが悪そうに頭を掻く。

 

 彼等もサーヴァントである。何が起こったのかは一目瞭然だった。

 

「ふむ、令呪か。やはり、聖杯戦争において、マスターの存在と言うのは無視できんな。キングの有無で、戦局は簡単に逆転してしまう」

 

 ライダーは言いながら、手にしたサーベルを鞘に納める。

 

 マスターと言う存在は、ともすれば足を引っ張る要因にもなりかねないが、いざと言う局面においては状況打破の切り札にもなり得る。

 

 その差が、今回現れた形である。

 

「追撃を、提督」

「無論だ。しかし・・・・・・・・・・・・」

 

 ヘクトールに頷きを返しながら、ライダーはサーコートの懐から懐中時計を取り出す。

 

 時刻を確認すると、口の端に笑みを浮かべた。

 

「心配せずとも、もう間もなく、状況は再び逆転するだろうさ」

 

 

 

 

 

 一方、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)では、

 

 令呪の行使によって帰還した響、アステリオス、エウリュアレが、甲板に座り込むんでいた。

 

 奇襲から撤退まで、殆ど一気に行った為、疲労が一気に襲ってくる。

 

 とは言え、

 

「みんな、無事かッ!?」

「ん、何とか・・・・・・」

 

 駆け付けた立香に、手を上げて応じる響。

 

 実際のところ、疲労はあるが動けないほどではない。魔力の消費も、移動中の足場を作ったくらいなので、最低限に抑えられている。

 

 もう一戦、いけない事も無いだろう。

 

「ん、それより、アステリオス」

「ああ、そうだな」

 

 蹲るアステリオスに、エウリュアレが寄り添っているの。

 

 その巨体は全身やけどに覆われ、キャスターの攻撃のすさまじさを物語っていた。

 

「まったくあなたは、またこんな無茶をしてッ!!」

「うう・・・・・・えう、りゅあれ・・・・・・」

 

 小さな友人の叱るような呼びかけに、どうにか振り返るアステリオス。

 

 この巨雄に、一撃でここまでの深手を負わせるとは。

 

 名も知らぬキャスターの実力には、戦慄を禁じえなかった。

 

「でも・・・・・・・・・・・・」

 

 アステリオスは、エウリュアレを真っすぐに見据える。

 

 怪物らしからぬ澄んだ瞳が、女神と見つめ合う。

 

「えうりゅあれ、たすけること、できた。だから、いい」

「もうッ」

 

 呆れたと言わんばかりに嘆息するエウリュアレ。

 

 しかし、怒りながらも、女神の顔には笑顔が浮かべられている。

 

 生前(と言って良いのかどうかは不明だが)、エウリュアレの味方は姉のステンノ、そして妹のメドゥーサしかいなかった。

 

 本来なら、人間に崇められ、最後には辱められる事を運命づけられていた、非力な女神たち。

 

 1人だけ戦う力を得てしまった末妹のメドゥーサは、最後にはその身を怪物に変じてまで、姉達を守ろうとした。

 

 誰も守ってくれなかったエウリュアレ。

 

 だが、そんな彼女を、命がけで助けに来てくれたアステリオスや響達。

 

 その事が、少女にはひどく嬉しかったのだ。

 

「アステリオス、待ってろ。今、回復してやるからな」

「あり、がとう」

 

 礼装の魔術を起動し、アステリオスの傷の回復を始める立香。

 

 礼装の機能では、傷を完全に治す事は出来ないが、それでもダメージの軽減にはなるはずだった。

 

 その傍らでは、もう1人のマスターが、サーヴァントから苦言を呈されていた。

 

「ん、いきなり令呪使うから、びっくりした」

「あはは、まあ、緊急事態だったしさ」

 

 響に言われて、凛果は頬を掻く。

 

 その右手にあるはずの令呪は、一画が欠けていた。

 

 響が言った通り、先程の令呪行使は事前に取り決めていたわけではない。とっさの判断で凛果が行った事である。

 

「それに、いつだったか響、いきなり宝具使った事あったでしょ。あの時のお返しだよ」

「・・・・・・・・・・・・あー」

 

 言われて、フランスでの事を思い出す。

 

 確かに、オルレアンでの最終決戦時、響は勝手に宝具を開帳し、あとで凛果にこっぴどく叱られたのだ。

 

「ん、凛果は根に持つタイプ。きっと嫁に行けない」

「響―? ウメボシとゲンコツ、どっちが良い?」

 

 などと言う主従コントはさておき、

 

 エウリュアレの奪回には成功した。

 

 ならば、長居は無用だった。

 

「ようしッ 野郎ども、ずらかるよっ!! 最大戦速、面舵一杯ッ!!」

 

 ドレイクの号令に応え、船は右へ回頭を始める。

 

 目的を達した以上、速やかに引き上げる。

 

 必要なら留まって徹底的に戦うが、少なくとも今はその時ではない。

 

 逃げる時は逃げる。

 

 海賊とはそういう物だ。

 

 回答しながら速度を上げ、戦列艦から遠ざかり始める黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)

 

 このまま、逃げ切れるか?

 

 そう思った。

 

 その時だった。

 

「ドレイク!!」

 

 喧騒の中、周囲を見張っていたクロエの声が響き渡る。

 

「右舷より、近付いてくる船があるわよ!!」

「あんッ? 何だって?」

 

 言われて、振り返るドレイク。

 

 果たして、

 

 そこには、

 

 戦列艦よりも、更に巨大な船が、高速で接近してくる様子が見られた。

 

「何だッ あいつはッ!?」

 

 叫ぶドレイク。

 

 それと同時に、巨大な船は勢い良く突っ込んでくるのだった。

 

 

 

 

 

第14話「海将」      終わり

 




今更ながら、

今回のクリスマスイベは「キン肉マン」だったな、とか思っている。
て事は、ブラダマンテはキン肉マン、ケツァル・サンタはテリーマンあたりだろうか?

まあ、面白かったから良いけど。
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