1
霧を裂いて、迸る翠の電撃。
視界の中で無数の断片が吹き飛ぶ中、
白い花嫁衣裳を靡かせて、人工少女が駆け抜ける。
「ァァァァァァアアアアアアァァァァァァ!!」
手にした戦槌を叩きつけ、ホウンクルスの胴を吹き飛ばした。
特殊班一同の先陣を切る形で、フランは飛び込んでいく。
彼女の振るう戦槌「
周囲の滞留魔力を吸収する性質を持つこの宝具は、魔力消費量の激しい彼女にとって、言わば「第二の心臓」に等しい。
吸収した魔力を直接攻撃に変換して叩きつける。
四方に放出される魔力。
ただそれだけで、周囲にいたホムンクルス3体が千切れ飛ぶ。
フランが空けた穴。
その中に、
響が飛び込む。
白いマフラーを靡かせた黒装束の少年暗殺者は、抜き放った刀を掲げる。
既にスキル「無形の剣技」を発動。少年の脳裏においては既に、対集団戦闘における最適な戦術を割り出している。
駆け抜ける一瞬。
複雑な軌跡を描く銀の閃光。
一瞬の後、ホムンクルスが、マネキン人形が、バラバラに切り裂かれて地に落ちる。
通りの反対側では、美遊が交戦中だった。
こちらは響やフランほどに派手さは無い。
しかし、大出力の魔力を如何無く発揮し、複数の敵を一閃で吹き飛ばしていく。
市街地である為、あまり大出力を伴う攻撃は行う事が出来ない。
美遊の魔力を下手に解放すれば、周囲数キロが焦土と化すのは目に見えていた。
しかし、狭い市街地で制限が掛かるのは、敵も同じだった。
いかに大兵力を誇ろうと、一度に前線に立てる数は限られている。結果として、部隊を小出しにせねばならず、遊兵を生む結果となる。
そうなれば、個体戦力の高いサーヴァントの敵ではなかった。
見る見るうちに、数を減らしていく敵の戦力。
包囲されていながらも、状況は明らかにカルデア側が有利だった。
しかし、
「ん、数、多い」
「うん。それに、どんどん増えている」
背中合わせに剣を構えながら、響と美遊は辟易とした調子で頷き合う。
斬っても斬っても、敵の数が減らない。
むしろ1体斬れば、5体くらい増えている感すらある。
無論、フランを含めて、この程度の敵に苦戦する3人ではない。
仮にもサーヴァント。万軍を相手にしても怯む事はあり得ない。
しかし、肉体的にはさておき、精神的な面での疲労は如何ともしがたい。
斬っても斬っても増え続ける敵を相手にしていたら、肉体よりも先に心が折れてしまいかねない。
現状、通りを利用して敵の正面戦力を局限する作戦も図に当たり、強固な防衛線を築くに至っている。
サーヴァント達の防衛ラインは鉄壁と言って良かった。
しかし、敵もこのまま単調な攻めを続けるとは思えなかった。
遡る事数分前。
アパート内でくつろいでいた一同を突如、けたたましい警報を襲った。
はしくれとは言え、ジキルも魔術師である。しかも現状、怪異に覆われたロンドンの中にあって、当然の事ながら警戒を怠っていなかった。
彼がアパート周辺に張り巡らせていた接近感知の結界が、敵対勢力多数の出現を報せてきたのだ。
直ちに、出撃したカルデア特殊班。
しかし、彼等が見たのは、通りを埋め尽くす勢いで押し寄せるホムンクルス、オートマタ、そしてヘルタースケルターの群れだった。
既に完全に包囲された状況の中、苦しい戦いが展開されていた。
特殊班は現状、響、美遊、フランが前線に立って、敵勢力の攻勢を迎え撃っている。
攻撃力の高い3人が前線を支える事で、辛うじて戦線を維持している状態である。
その間、
守りの要たるマシュが現在不在の為、火力の高いナーサリーが、守備役にを担っている。
「2人ともッ 今、回復するから!!」
振り返れば、魔術協会制服に礼装チェンジした凛果が、令呪のある右手を掲げている。
同時に、響と美遊は自分達に魔力が充填されていくのを感じた。
魔術協会制服の礼装は、サーヴァントに僅かながら魔力を供給する事が出来る。
応急的な供給だが、今は僅かでも戦力が欲しいところ。凛果の行動は有難かった。
「何とか、兄貴たちが戻って来るまで持ちこたえたい所なんだけど・・・・・・」
響達の援護を終えて下がった凛果は、傍らに立つジキルに尋ねる。
2人の前では今も、ナーサリーが小さな手で魔力弾を放ちつつ、ジキルと凛果を守っている。
サーヴァント達が奮戦してくれているおかげで、取りあえず凛果達に敵が迫る事態には至っていない。
しかし、このまま敵の数が増え続ければどうなるか。
「敵が雑兵を繰り出している内は何とかなると思う、けど・・・・・・・・・・・・」
ジキルもまた、苦渋の表情で答える。
オートマタやヘルター・スケルターが相手なら、響達の敵ではない。
しかしもし、敵のサーヴァントが出て来たら?
大軍に加えてサーヴァントに出てこられたら、戦線も保たないだろう。
その間にも、前線では戦闘が続く。
火力の高い美遊とフランが正面から攻撃を仕掛けて敵を押し戻し、その間に身軽な響きが壁面を走って敵の真っただ中に踊り込み、中から敵の隊列を突き崩す。
美遊の宝具「
しかし、宝具無しでも美遊は卓抜した戦闘力を発揮、敵の攻勢を押し返している。
一方、響も「盟約の羽織」は使わず、アサシンのままで戦っている。
言わば、響も美遊もまだ余力を残している状態なのは現状、明るい要素であるとも言えた。
だが、こうしている間にも、敵は増え続けている。
今も、路地と言う路地から、ホムンクルスやオートマタが湧き出していた。
「ええーいッ しつこいのだわ!!」
ナーサリーが、その小さな手から魔力弾を放ち、近付こうとするオートマタを吹き飛ばす。
そこへ、フランが戦槌を翳して斬り込む。
「ァァァァァァ!!」
人工少女の一撃が、ホムンクルスを真っ向から粉砕する。
吹き散らされる雷撃が、更に周囲の敵をも薙ぎ払った。
今のところ、響達の奮戦で戦線は支えられている。
だが、彼等も無限に戦えるわけではない。どうにかして、この状況を打破しないと。
あるいは・・・・・・
ジキルの手が、ポケットに伸びる。
そこに納められた瓶。
これを飲めば・・・・・・・・・・・・
悪魔の誘惑に等しい囁きは、確実にジキルの脳裏を浸し始めていた。
《敵の数、更に増大中。参ったね。この区画だけで、100体近い敵性反応が集まっているよ》
凛果の腕に嵌めた通信機から聞こえてきたのは、カルデアにいる。ダ・ヴィンチだった。
今回、立香と凛果が別行動となった為、凛果チームのサポートはダ・ヴィンチが行っているのだ。
《まるでロンドン中の敵が、こっちに集まってきているみたいだよ》
「ダ・ヴィンチちゃん、兄貴達の方はどう?」
気がかりはむしろ、こちらよりも魔術協会に向かった立香達の方だと凛果は考えていた。
敵がここを狙ってきたと言う事は、向こうも何らかの襲撃を受けている可能性がある。
《案の定さ。あっちはあっちで大変みたいだよ。まあ、ロマンが今、必死こいてサポートしてるがね》
「やっぱりか・・・・・・」
唇を噛み締める凛果。
できれば助けに行きたい所だが、こっちも今はそれどころではない。
それに、向こうにはマシュもモードレッドもいる。何とか切り抜けてくれると信じるしかなかった。
「ん・・・・・・」
「響?」
凛果とダ・ヴィンチの会話を聞いていた響が、刀の切っ先を相手に向けて構えながら、低い声で呟く。
「100匹いるなら、100回斬る・・・・・・ただ、それだけ」
言い放った次の瞬間、
漆黒の衣装に身を包んだ暗殺者の少年は、敵陣を駆け巡る。
手にした白刃を縦横に振るい、周囲に並ぶ敵を斬り捨てる。
静寂の一瞬。
「・・・・・・ん」
少年が血振るいするように刀を振るうと、
同時に、
オートマタが、
ホムンクルスが、
ヘルタースケルターが、一斉に崩れ落ちる。
更に、少年は動く。
刀の切っ先を前に向け、弓を引くように構える。
「
次の瞬間、
三歩、踏み込むごとに加速する暗殺少年。
音速の域に達した少年の刃は、立ち尽くすホムンクルスの胸に真っ向から突き込まれ、噛み千切る。
文字通り粉砕されるホムンクルス。
その間に響は地面へと着地。
ブーツの底にあるスパイクで制動を掛けながら、更に手近な敵を斬り捨てた。
一方、美遊もまた、手にした剣を縦横に振るい、群がる敵を斬り捨てて行く。
彼女の動きは響ほどには派手さは無いが、それでも大出力の魔力を存分に解き放ち、複数の敵を一気に薙ぎ払う光景は、見ていて爽快ですらある。
騎士王アーサーの霊基を宿し、その力を存分に振るう事を許された美遊。
白百合の少女に触れる事は、何人と言えども能わない。
そう思わせるに、充分な光景だった。
だが、
美遊がヘルタースケルターを、膂力任せに斬り捨てた。
その時だった。
ヒュンッ
突如、聞こえる風を切る不吉な音。
「ッ!?」
とっさに、その場から飛びのいて後退する美遊。
着地と同時に、顔を上げる。
果たして、
「あなたは・・・・・・・・・・・・」
「お上手お上手。ま、これくらいはやってくれないと、こっちがつまらないのだけど」
突き刺さるような美遊の視線の先。
そこには、ドレス姿に仮面を付けた女が、手にした鞭を弄ぶように構えて立っていた。
先のフランケンシュタイン邸での戦いで姿を現したアサシンの女だ。
「あなたは何者? 目的は何?」
「あら、いきなり真名? それは聖杯戦争のルール違反じゃないかしら?」
クスクスと笑う女アサシンに、美遊は微かに眉をしかめる。
相手の言動に、微かな苛立ちを覚える。
「なら、良い。どのみち、倒せば一緒だから」
呟くように言いながら、剣を振り翳す美遊。
対抗するように、女アサシンも鞭を振り上げる。
「あら、そういう強引な娘、好きよ。とっても苛め甲斐があって」
振り下ろされた鞭が、蛇のようにしなりながら、斬り込む美遊へと襲い掛かった。
2
凛果達がアパートで敵の襲撃を受けている頃、大英帝国博物館前では、立香達がパラケルスス達との交戦を繰り広げていた。
大盾を抱え、ヘルタースケルターの間を駆け抜けるマシュ。
その間、モードレッドはアヴェンジャーと、クロエはキャスターと、それぞれ交戦中。
ジャックは素早い動きを駆使して敵陣に斬り込み、ホムンクルスやヘルタースケルターを、次々と屠っている。
現状、立香やアンデルセンに迫る敵影は無い。
だからこそ、マシュは駆ける。
盾兵少女が目指す先に、白いローブを着た錬金術師が佇む。
パラケルススは、魔霧計画首謀者の1人「P」だ。彼を、ここで倒す事が出来れば、敵の計画に大きな支障を与える事が出来る筈。
「ハァァァァァァッ!!」
間合いに入ると同時に、フルスイングで盾を振るうマシュ。
その一撃が決まれば、パラケルススは吹き飛ばされて致命傷を負う事になるだろう。
だが、
マシュが攻撃を仕掛けようとした直前
パラケルススは、空中に指を走らせる。
眼前に絵が描ける魔術陣。
次の瞬間、
複数の魔力弾が、一斉にマシュへと襲い掛かった。
「クッ!?」
とっさにた手を掲げ、防御の異性を取るマシュ。
しかし、動きを止めた盾兵少女に、パラケルススは次々と攻撃を咥えて行く。
空中に複数の魔術陣を出現させ、マシュへ集中砲火を浴びせる。
「まだ、この程度で!!」
盾表面に当たる攻撃を弾きながら、それでも辛うじて立ち続けるマシュ。
そんな少女に、錬金術師は感心したような眼差しを向ける。
「やりますね・・・・・・ですが・・・・・・」
呟くように、パラケルススが向けた視線の先。
そこには、
無防備に佇む、立香とアンデルセンの姿がある。
「マスターをがら空きにするのは、感心しませんね」
描かれた魔術陣から、魔力弾が放たれる。
サーヴァントの攻撃を喰らえば、ただの人間に過ぎない立香はひとたまりもないだろう。
「マスターッ!!」
マシュは、とっさに自身の防御を放棄。
攻撃が当たるのも無視して踵を返すと、立香の下へと駆け戻り、再び盾を構える。
「マシュ、傷が!!」
「問題、ありません・・・・・・この程度なら、戦闘続行可能です!!」
直撃を受けた肩や背中から血を流しながらマシュは、苦し気ながら気丈に答える。
傷自体は浅い。確かに、彼女の言う通り、戦闘続行は可能だろう。
しかし、
「悪い、マシュ。俺達の為に・・・・・・」
「いえ、私の方こそ、本来はマスターの傍を離れるべきではありませんでした。申し訳ありません」
守備位置から離れた事を詫びるマシュ。
しかし、本来なら守りに徹するべきマシュですら前線に投入しなくてはならない辺り、現状は逼迫していると言える。
そんな中、
パラケルススは懐から、一振りの短剣を取り出すと、鞘を払って構える。
「聞けば・・・・・・あなた方カルデアは既に、3つの特異点を修正したとか。なればこそ、我々の計画の障害となる前に、何としても潰しておく必要がある」
静かに、
告げながら、パラケルススは、剣の切っ先を立香達へと向ける。
刀身の全てを賢者の石で構成したこの剣は、後の「アゾット剣」の原点とも言える、言わば「オリジナル・アゾット剣」である。
パラケルススは、この剣を使用する事で、本来なら複雑な手順を必要とする儀式魔術を、瞬時に完成させ、疑似的な真エーテルを再現する事が出来る。
宝具「
史上最高とも言われる錬金術師パラケルススをもってすれば、この剣を用いて超規模な多量並列演算を行い、周囲にあるあらゆる魔力を吸収、強力な魔力砲として打ち出す事が出来る。
高まる魔力。
パラケルススを中心に色とりどりの宝石が舞い、更に魔力を増幅していく。
その絶大な魔力量たるや、立香達は愚か、その背後にある街並みを、丸ごと焦土と化してもおかしくはないレベルだ。
「クッ マシュ、魔力回すッ もう一回宝具を!!」
「了解です先輩ッ!! 魔術回路を緊急解放します!!」
大盾を構えるマシュ。
しかし、その前にパラケルススの宝具が完成する。
「さあ、これで終わりにしましょう。カルデアのマスター」
静かに告げるパラケルスス。
増大した魔力が、今や解放の時を待ちわびて猛り狂う。
全てを呑み込まんとする奔流が、牙を剥いた。
次の瞬間、
「ああ、それがあと、数秒早ければな」
静かに響く声。
次の瞬間、
宝具を構えるパラケルススに突如、
空中に出現した無数の剣が殺到する。
錬金術師の細身の身体に、
剣山さながらに、刃が突き立てられた。
「ガッ・・・・・・ハッ・・・・・・・・・・・・」
鮮血を吐き出すパラケルスス。
その手から零れ落ちるアゾット剣。
宝具を放つべく、収束した魔力が解け、大気に霧散していく。
鮮血に塗れた錬金術師の目が、驚愕で見開かれる。
いったい、何が起きたのか?
驚く立香の目の前で、既に瀕死と化したパラケルススが崩れ落ちる。
「クロッ?」
「あ、あたしじゃないわよッ」
剣を投擲する戦術が、クロエの戦い方に似ていた為、そう思ったのだが、当の弓兵少女は戸惑いながら否定してくる。
ではいったい何が?
誰もが唖然とする中、
膝を突くパラケルススに視線を向ける。
「・・・・・・フッ」
自身から流れ出る鮮血に塗れながら、パラケルススは口元に静かな笑みを浮かべる。
皮肉と諦念。そして僅かな悔悟が入り混じったような笑み。
「・・・・・・やはり、こうなってしまいましたか。どうやら私には、いつになっても『悪役』に相応しい最後が似合いらしいですね」
そう言っている間に、金色の粒子が立ち上り始める。
消滅現象が一気に進む中、パラケルススは立香に視線を向ける。
「地下の大空洞を目指しなさい・・・・・・そこに、あなた達の目指す物があります」
「なに、それは、いったい・・・・・・・・・・・・」
問い返す立香。
しかし、少年の質問に答える事無く、錬金術師は目を閉じる。
「本当に・・・・・・一度成した罪業と言う物は、いつまでも付きまとう物ですね」
閉じた瞳の裏で、彼が何を見ているのか?
推し量る事には、立香達にはできない。
だが、
光の粒子となって溶け去る錬金術師。
最後にパラケルススが、どこか寂し気な顔をしたのは、気のせいではなかったかもしれない。
パラケルススを失った事で、戦況はカルデア側が押し返し始めた。
統制を欠いた敵兵を、ジャックが縦横無尽に駆け抜けながら斬り捨てて行く。
既に敵は、立香達へ直接攻撃する余裕すら無い様子だ。
それにしても、いったい何が起きたのか?
いったい誰が、パラケルススを倒したのか?
「おい、あそこだ」
戸惑う立香達に、アンデルセンが冷静に指さした先。
果たしてそこに、
ビルの上に佇む人影。
頭頂からすっぽりと白い外套に包み、その姿を伺う事は出来ない。
しかし、あの人物が、宝具開放直前のパラケルススを奇襲し、立香達の危機を救ったのは間違いなかった。
「あいつッ」
「知ってるのか、クロ?」
「ええ。この前の特異点で会った奴よ」
あの時、
ヘクトールの宝具と撃ち合い、危機に陥ったクロエを、突如現れて助けた人物に間違いない。
それに、
クロエは自身の内で思うところがあり、その人物を真っすぐに見据える。
たった今、パラケルススを葬った能力。それに、先のオケアノスで、クロエを助けた時に使った「
その能力は、驚くほどクロエと似通っている。
いや、
違う。
彼がクロエに似ているのではなく、
「私が・・・・・・彼に似ている、の・・・・・・」
だとすれば、彼は・・・・・・・・・・・・
だが、クロエの思考もそこまでだった。
突如、割って入り、パラケルススを葬った人物に対し、アヴェンジャーとキャスターが同時に襲い掛かる。
「誰だか知りませんが、余計な事をしてくれましたね」
接近と同時に、刀を振るうアヴェンジャー。
その表情に込められた苛立ち。
まさか、ここでパラケルススが倒れたのは、彼にとっても計算外だった様子だ。
横薙ぎの一閃は、しかし相手が後退したため、空振りに終わる。
そこへ、キャスターが呪符を投擲する。
「面倒な事は、ごめんよ」
真っ直ぐに飛翔する呪符。
その内部に込められた魔力が解放されれば、強烈な爆炎が躍り出る事になる。
だが、
次の瞬間、
「
静かな声と共に、振りぬかれる左腕。
その手に握られる、漆黒の刃を持つ短剣。
見間違いようもない。クロエの主力武装である、二対一刀の片割れ、
一閃される刃。
黒い剣閃が、
飛んできた呪符を空中で斬り捨てる。
「ッ!?」
驚くキャスター。
そこへ、
更に、
右手を広げて再度投影。
握りしめる柄。
二刀の片割れ、白剣
キャスターが再度、攻撃を仕掛けるべく呪符を取り出すが、
遅い。
次の瞬間、
一閃が、キャスターの身体を、逆袈裟に斬り裂いた。
「あ・・・・・・・・・・・・」
崩れ落ちる巫女服の魔術師。
その体を、アヴェンジャーがとっさに支える。
女の身体から噴き出る鮮血。
自身の軍服が血に濡れるのも構わず、少年は女を抱え上げる。
「パラケルスス氏の首は差し上げましょう、ただし、ここは退かせてもらいますよ」
「ハッ そっちから攻めて来といて、危なくなったら逃げんのかよッ!!」
撤退しようとするアヴェンジャーに、モードレッドが追いすがる。
赤雷を纏った刃が、復讐者を切り裂くべく迫る。
対して、
振り返るアヴェンジャー。
双眸が、瞬く、
次の瞬間、
モードレッドの眼前に突如、火焔が躍った。
「チッ!?」
舌打ちしつつ、とっさに後退して炎を回避するモードレッド。
しかし、その間にアヴェンジャーは大きく跳躍し距離を取ると、そのまま踵を返して走り去っていくのだった。
「チッ 逃がしたか」
舌打ちしつつ、剣を収めるモードレッド。
既に、周囲の敵の大半は、ジャックによって倒され、屍を地に曝している。
異形の物であっても、統制を欠けば脆いのは、人間と同じ。サーヴァントであるジャックの敵ではなかった。
笑顔で手を振ってくる愛娘に手を振り返しながら、立香は釈然としない物を感じていた。
既に、先程、助けに入ってくれた謎の人物も姿を消している。
今この場に立っているのは、カルデア特殊班のメンバーだけだった。
「いったい、何だったんだ・・・・・・」
すっきりしない面持ちで、呟く立香。
突然の敵の襲撃。
そして謎の人物の乱入と、パラケルススの撃破。
目まぐるしく状況が移り行き、取り残されてしまった感すらあった。
だが、
「おい、何を呆けている。さっさと行くぞ」
「アンデルセン?」
沈思する立香を置き去りにするようにして歩き出した童話作家。
その背中を見詰める立香に、アンデルセンは肩を竦めながら告げる。
「手持ちの情報が少ない中であれこれと考えても時間の無駄だ。それなら、今やれることをするべきだろう」
アンデルセンの言葉に、立香は自身の目的を思い出す。
ここに来た目的は、敵の魔霧計画に関する情報を、僅かでも掴む為だ。
その為には、どうしても魔術協会の内部を調べる必要がある。
「・・・・・・ああ、そうだな」
頷く立香。
一同に振り返る。
「さあ、行こう」
立香の言葉に、マシュ、クロエ、ジャック、モードレッドが頷きを返すと、
廃墟と化した魔術協会を目指して歩き出した。
第9話「霧中の死闘」 終わり