早朝。
厚いカーテンの隙間から朝光がくさびのように差し込んでいた。
目の前にある目覚まし時計はうんともすんともいわない。ただじっと、シマを見つめ返していた。
「今日はアラーム鳴らなかったなぁ....。」
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朝食は、ミルクとすこしおおぶりなくるみパン。
たった今焼いたばかりのそれは、ほのかに甘い香りを起たせていた。
バターを塗ると、少しずつ小さくなってパンの中に溶けていく。
ひとくちちぎって食べるとくるみの甘みとバターの香りが広がった。
パンはとてもおいしいけれど、今日の運勢が良くないせいか、あまり食がすすまない。
「強運」自分の能力はすこし特殊で、日によって効果が変わってしまう。運がとびきり良い日と悪い日、いつからか壊れかけの時計をセットし、アラームの有無で運の確認をするようになった。「狂運」に振り回されるのだ。
今日は音が鳴らなかったから運の悪い日。
運の悪い日は何をやってもうまくいかない、下手すれば死ぬ。
こういう日は何もせずに家にいるのが1番だ。
どうせ予定もなかったし本でも読もうかなと思ったその時、
「おじゃましまー」
「え????ひょ!?なんで!!!??」
予期せぬ来客、玄関から聞こえてきたのは聞き慣れたアルトと、がちゃがちゃとした義足の音。
人形みたいな綺麗な顔と目が合う、やっぱりひょだ。なんで。
「玄関、鍵開いてたから」
「え...」
「なんか壊れてたっぽいぞ、大丈夫か?」
うそだ、先週直したばかりなのに。
鍵が壊れたなんて、自分の不運はさっそく仕事をしてくれたようだ。勘弁してくれ。
「ひょ....ごめんあの今日....」
「?あー、運悪いのか?いいよ気にしないから」
「気にしてくれ.....」
もしかしたら自分の能力で傷つけてしまうかもしれない、
それに、今ひょに来られると、ちょっとやばい。
「悪く考えんな、そういうところで能力に振り回されちゃ良いことなんて一生起きないぞ」
「うー」
「じゃあとりあえず鍵直そうぜ、シマ、ドライバーどこにある?」
「ぇ....直してくれるの?」
「?だって困るだろシマ」
当たり前だと言う。
「.....っ」
こういうところだと思う、ほんとに優しい。良い奴なんだけど、なんていうかその、良くない、心に。
これだから来られると困る。ひょを好きになってしまう。
好きになっちゃいけないから、後で悲しむのは自分だから、今、自分の心にあるものは不要だ。見て見ぬふりをしなくては。
「ありがとうひょ。君はほんとにいい友人だな。」
「おー。まぁな。」
いい友人。いい友人。
友人だ。
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「おし、直ったな」
「うまいもんだなほんと、ひょすごいわ。」
さっきまで壊れていたのが嘘のように正常に動く鍵。器用だなぁと思う。指が細いからかななんてアホみたいなことを考えてしまった。
「義足のメンテに比べたら楽だよこんなん、またなんかあったら気軽に言えよ。」
「ん。ほんとにありがとう。」
「気にすんなって。
あーーー疲れた、腹減ったからシマなんか作って。」
糸の切れた人形のように、ぱたんと肩に寄りかかってきた。
「えっ、あっ、」
急に距離が縮まってびっくりする。
ちかい、ちかい、とてもちかい、かわいい、なんかめっちゃいい匂いする。なんだこいつ、うわぁ睫毛長いなぁ。
全身の血液が逆流しているような感覚。どっと汗をかく。心臓がうるさい。
「わかった、わかったから!ちかい!離れて!!」
「顔まっかじゃんうける〜卍」
「うるさい!!」
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台所に戻って食材のチェックをする。いや、食材は充分あるのだが、今日は運が悪い。料理の99%は失敗する。
朝食のパンだって、焼き加減が上手くいったのは奇跡に近い。
「どうしよ......」
焼き物、煮物、揚げ物.....
食材を切るのは難易度が高い。必ず指を切る。というか多分切り落とす。
ちらりと
目に入ったのはホットケーキミックス。
「これだったら混ぜて焼くだけだし簡単かも。」
先日、買っておいてよかった。
これならまぁ...多分上手くいく。
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生地はできたし、あとは焼くだけなんだけれど
絶対失敗しそう。
とりあえず1回小さいのを焼いてみよう。
油の敷いたフライパンに、とろりと生地を落とす。
おたまで少し薄くなるように広げて、形を整える。
しばらくすると生地にぷつぷつと穴が開き、甘い香りがしてきた。
頃合だろう、慎重にひっくり返すと
......黒かった。
「いやこれもう無理ゲーやん..........。」
焦げる匂いはしていないのにひっくり返すと焦げている。自分の能力の無能さがよくわかった。無理矢理悪い方に持っていこうとするらしい。
この調子じゃあ上手くいくとは思えない。
「どうしよ......。」
「随分と黒くなっちまったな。」
「そうなんだよ....なんでなんだろ、時間はまちがえて、な、ぃ....。」
近くで聞こえた声に驚く。
いつの間に後ろに立っていたんだろうか。
「まぁ運のせいもあるからな、どれ、俺が指導してやる。」
「え」
後ろからがしっと両腕を掴まれる。
まるで操り人形だ。
「とりあえず生地を落として...。」
「.........。」
ちょっとまて、
これ、やばいのでは、
「...ちょっと多かったかも、まいいか。」
「..............。」
ちかい、さっきのと比にならないくらい近い。後から抱きかかえられてるといってもおかしくない構図。まずい。心臓うるさいぞ。ひょに聞こえたらどうするんだ止まれ。
「おたまでちょっと伸ばして」
そのおたまも震えて落としそうになっている。正直逃げたい。耳元で喋るのを止めてくれ、死んでしまう。しんじゃう。
「....?シマ話聞いてんの?」
「キイテル.....。」
「...?おう。」
正直聞いていない、頭の中がぐるぐるで聞く脳が活動停止している。
もう無理だ。
早く終わってくれ。心臓がもたない。脳が警鐘を鳴らしている。
「そろそろかな。ひっくり返すぞ。」
「はっ!?ぃ.......」
腕を握る力が強くなる。びっくりして変な声が出た。
くるんとひっくり返すと、綺麗に焼けていた。
「んー綺麗、やっぱ上手いな、こう焼くんだ、わかったかシマ。」
「...あ!........はい...........。」
わかったわかったから
出来たならはやく離れてくれ、離れて離れ
ぐるん
視界が反転する。
向かい合っている。ひょと。
なんで
「顔まっか。どしたなんで?」
「あ、いや、だいじょぶ」
「シマ」
「ひ...」
両手で顔を抑えられて視線を外せない。
黒曜石の瞳が心配そうに眺める。
その目に映った自分の姿が
顔を可哀想なくらい真っ赤にしていて
ひどく恥ずかしかった。
「.....ぁ。」
「?、シマ?」
「あーーーーーーそうだ私午後からゲロゲロと予定あるんだったーーーーーーーー!!!!!!!」
「は?」
「ごめんねーーーーひょ今日のところはかえってもらってもいいかなぁーーーー??え!いい?ありがとうーーー!!!!」
「え、いや、言ってな」
「ごめんねーー後日鍵のお礼しに行くねーーーーーーー!!!!ばいばーい!!!」
「おいシマまてってb」
ガチャン
ひょをやや乱暴に家から追い出し、わざとらしい大きな音で鍵をかけた。
強引だが賢明な判断だと思う。アレは良くない。近い。
これ以上顔を真っ赤にするという痴態を晒すわけにはいかないし、
「好きにならないようにしなきゃだめなのにィ....。」
へなへなとその場に座り込む。
「なにも、なかった。なにも。うん。」
呪文のように、自分に言い聞かせる。
今日はやっぱり運が悪い日だ。
台所には甘い匂いが漂っていた。