タイトルをピロートークにしてやろうかと悩みました
友情の域を出ませんが、女性向けかも
ああ、覚えているさ。あの日のことなら、よおっく覚えとる。
始まりは……そう、わが懐かしの四畳半だ。
ん? なんだって、まさか四畳半がわからんのか?
よしよし説明してしんぜよう。歴史的には質素かつ狭隘を貴ぶ茶室にその発祥があるとされ、人間の精神性を高めるに最もふさわしい空間面積を有する部屋である。由緒正しきその構造は今は亡き日本の京の聚楽屋敷にて茶道の大家千利休が完成させた茶室にあると言われとるが、現在に残るその姿は復元された裏千家又隠に面影を残していると・・・・・・おい、寝るな。聞けよ。聞きたいって言ったのはおまえさんだろーがー。 まぁ、つまりは狭い部屋だったのさ。端から端まで、おまえの歩幅なら3歩か4歩で横切ってしまう程度だなぁ。布団なんぞ敷きっぱなしで、狭い座卓と書架ふたつ置けば、あとは座る場所があったかどうか。うん? 片づけだって?整理整頓だって?そんなことを聞くな。聞かずともわかろう。なに、部屋は狭かったが、俺の持ち物も今と比べりゃはるかに少なかった。あの頃は軍の図書館と端末が使い放題だったし、飯は食堂で食わせてくれたし、服も支給の軍服で済んだからな。今よりきれいだったわけじゃないが、今より酷い散らかりようってこともなかったはずだ。なんにせよ、もうずいぶん昔のことのような気がするなぁ。
うん、そいつは実にそっけない茶封筒だった。おかしいか。だが、ああいう時は1000年の伝統にのっとって無味乾燥な茶封筒を手渡されることになっとるのだ。中に収まってた文章だってそっけなかった。それを何度も読み返した。何度も。それから、大笑いしたっけな。笑ったし叫んだ。狭い部屋中走り回って、しまいにゃ床に脱ぎ散らかしたサルマタをふんづけてひっくり返って、それにだって笑っていた。大家の婆さんが、なにを夜中にドタバタ騒いどるのかと怒鳴り込んできたぐらいだ。俺が婆さんのしわくちゃの手を握って、ワルツのステップを踊ってとびきり情熱的なハグをしたら、婆さん俺を思いっきりひっぱたいてくれたよ。だが、顔面の痛みさえ女神の接吻に思えたものさ。ああ、舞い上がるほど嬉しかった。俺がぐしゃぐしゃになるほど握りしめた紙の上に並んだ文字はこうだった。
『 新型宇宙戦艦設計案 仮採用通達 』
イルミダスの使節団が太陽系辺縁に最初に達して間もない頃だったな。カイパーベルトの会談を覚えているだろう。あの折に、一隻のイルミダス戦艦が、恒星乱流に巻きこまれて、冥王星円環圏からかなり離れた区画で座礁しとったのだ。イルミダス側に発見されるより早く、その艦は太陽系連邦軍によってひそやかに拿捕されていた。戦艦外装部は壊滅的で、艦内に生存者も見つからなかったが、奇跡的に無傷だった機関部ごと、その船は地球に送り届けられた。解体にたずさわった技術部は、まさしくトゥトアンクアムンの王墓の観音開きの扉に手をかけたハワード・カーターの気持ちだったろう。地球人類が、はじめて外宇宙の流体動力エンジンに遭遇した日だ。軍事史の教科書に載ったっていい。
連邦軍の技術部は全力で機関部構造の解明に努めた。いくらイルミダスが「平和的な訪問」と言い張ろうと、巨大な戦艦を連ねた「使節団」を背に従えた会談は、砲門外交以外のなにものでもなかったからな。従属するにせよ敵対するにせよ、太陽系連邦軍にとって、数千光年を踏破しうる未知のエンジンを解明し、自軍の戦艦に搭載するのは、なにを置いてもの急務だった。とはいえ、それまで地球上では誰ひとりとして見たことのなかったエンジンだ。それを戦艦に組み込むとなると、いったいどういう戦艦であるべきか、連邦軍には参照しうる前例も理論もなかった。異星艦隊とたった太陽系ひとつぶんの距離で向かい合って、試行錯誤に費やす時間もそう残されてはいなかった。連邦軍支部にまでよびかけて設計案を公募したのは、実際のところ藁にもすがる思いだったんだろう。そうして1カ月後に、俺は極東支部の官舎の四畳半で大家の婆さんとワルツを踊ったというわけさ。
それから1年かけて俺の設計図は流体動力エンジンを搭載した戦艦になった。
なに? 端折りすぎ? んなもん製造過程までいちいち話しとったら朝になるわい。試作機とはいえ、いや試作機だから余計に、だな。アドミラルクラスの戦艦を建造するのが、どんだけ大がかりなことか。と言ったって、俺だってああして関わるまで、知識として知っちゃあいても、あんなにも大勢の人の手が携わるものだってことを肌身でわかっちゃいなかったがな……。
そーさな。楽しかったよ。ああ、そりゃあもう夢中になった。俺の手で線の一本から描いた図面が、巨大な工場の胎の中で戦艦として生まれるのにつきあったんだ。楽しくないわけがないだろ。俺の二十何年かの人生の中で、いちばん濃密な一年間だった。製造主任のオヤジとはしょっちゅう喧嘩して殴りつけるように設計図を書き直したし、わからずやの技術屋と飯も食わずに十五時間口論したこともあった。それどころか最初は造兵廠の出入りにも苦労したんだぞ。「機関学校の小僧かと思った」とか言いやがって、トンデモナイ話だ。おい、笑うな。まったく、思い出すとろくなことがなかった。順調にうまくやれた工程なんて、ひとつもなかったんじゃないか。悔し泣きに泣いた夜だってどれだけ……いいや、数えるようなことじゃないな。
だが、なあ。ひどい苦労も理不尽も、いくらだってあったはずなんだがな。今のいままで忘れていたよ。深海の鮫のようなミッドナイトに塗り上げられた真新しい船体が、ゆっくりとドックから陽の下へ巨躯をさらした時、俺は腰が抜けるような思いがしたんだ。あの瞬間を、あの眺めを、いったいなんて言えばいいんだろうな……。言葉なんぞいっこも出てこなくって、ただただ見惚れて見上げていた。あのとき俺の血の中に宇宙の響きが入りこんだ、それとも俺は魂を奪われたのかもしれん。突然に俺の背中をしたたかに叩く奴がいた。ふり返ったら、製造主任のおっさんだった。見渡せば、怒鳴りあって殴りあったこともあった職工の奴ら、みんな顔中で笑ってたよ。やったな、って。おまえの船だぞ、って。俺たちの艦が完成したんだぞ、って。あのわからずやの技術屋、笑いながら顔を真っ赤にして泣いてたっけ。背中を叩かれて、肩を抱き合って、見上げた生まれたての戦艦は……最高だった。あァ、あんなふうに誇らしい、嬉しい日はなかった。死ぬほどしんどかった一年間なんて、なにもかも忘れちまったよ。まったく我ながら、しょうこりもないタチでな。笑っちまうくらい「楽しかった」しか残らないもんだ。
んで、それから後は、おまえも知ってのとーりさね。
……なんだって、この続きまで話せってかー?
そうは言ってもな……大した出来事は、なかったんだがな。
ま、俺の船は、正規艦として採用されなかったわな。
流体動力エンジンを搭載した戦艦は、俺のを含めて4隻の試作機と、連邦本部で従来艦の改造機が1隻が建造されていた。月面の飛行試験場で性能試験耐久試験環境負荷試験やらなにやらの後、5隻集めて模擬試合が実施されたってわけだ。さすがに月まではついて行かなかったが、俺も地球で見てたよ。諸々の事務手続きもあって連邦軍本部にいたからな、えらく解像度の高い大型立体スクリーンで衛星中継を見せてもらった。
一試合目は、あっけにとられて見ていた。二試合目は、歯を食いしばってどうにか見た。三試合目は……覚えてないんだ。ははっ、情けない。目をそらしてた。耐え切れなくって、逃げ出した。
スクリーンの向こうで、撃たれ傷つき為す術なく翼をもがれ、船体の部品をまき散らしながら壊れていくのが俺の船だと信じられなかった。悶え苦しむ咆哮のような粉塵を宇宙に線と引いて沈んでゆく、あの船を見るのがたまらなくつらかった。心が、引き裂かれ血を流すような痛みだった。
誰かが言ったよ。
「よくあることさ。どんなに熱心に作った船も、戦争の中じゃあいつかああやって沈んでゆく。俺たちは何十何百という艦を、そうやって見送ってきた。よくあることさ。忘れちまえ」
忘れちまえ、忘れちまえか。
ふん、そいつの言ってたことは事実だったろう。正論だったんだろう。だが、物をわきまえた大人の正論が、若者の役に立ったことがあったかね?
俺は月への定期便に飛び乗った。行ってどうなるものでもないなんて、そんなの考えもしなかった。到着した時、夜の側にあった月面の基地から、地球が昇ってくるのが青く青く丸く見えていたよ。その光にくっきりとシルエットを浮かび上がらせて俺の船があった。
試験飛行を終えた戦艦が、カーボンファイバーのワイヤーに絡めとられ牽引車に引かれてゆく姿は、囚われ深海から引きずり出された鮫のように無残で哀れに見えた。
「待ってくれ! そいつを連れて行かんでくれ!」
俺の声は、遮るもののない滑走路の真空に吸い込まれていった。無人走行の牽引車は、人の声に傾ける耳を持たず、俺の船をゆっくりとだが正確に格納庫に収納した。暗い資料艦格納庫は、どこか真夜中の博物館に似ていた。月明かりに、いや、地球の青ざめたの明かりに浮かび上がった船体は、傷一つない完璧な姿でそこに係留されていた。あたりまえだ、模擬試合は模造レーザー弾を使ったシミュレーション戦闘だったからな。だが、目の前の新品同前の戦艦が、傷つき壊れ身もだえ、なおも戦うために前進しながら撃墜されていった光景が、打ち消しようもなく俺の眼に焼きついていた。つらかったなぁ。
俺の船が他の船より劣っていたなんて微塵も思っちゃいなかった。俺は最高の船を設計したつもりだし、俺の船ほど流体動力エンジンの理論値性能に近づいた船はなかった。だが、それでも勝てなかった、それだけだ。負けても俺は傷一つ負わないけれど、この船の魂は打ち砕かれて、誰にも理解されないまま資料格納庫の暗がりに葬られるしかない。そう思うと全人類に腹が立った。それから悔しかった。どうしようもなく不甲斐なかった。俺は地球の引力圏外の広大無辺の宇宙へと、俺の船を飛び立たせてやることができなかった。
月から戻った軍は、見知らぬ異世界のように見えたよ。長らく造船所に入り浸っていたから、技術部に籍を戻しても昔の同僚は俺を遠巻きにしていたしな。ま、逆立ちしたって愛想の良い性格じゃあないし、好き勝手な噂や、益体もない嫉み嫉みに、いちいち釈明をくれてやるほど親切にもなれんかった。間もなく、流体動力エンジンを補助動力に組み込んだだけの、不格好な船が汎用機として採用されたのを知った。俺の設計した船が、ペーパーシップ(性能数値だけ優秀な船)と揶揄されているのも、噂でな。もう腹を立てる気にもならんかったよ。
だが、俺はやっぱり俺の船が好きだったから。他の誰になんと言われたってあの船が好きだったから。今さら他人の設計した戦艦の量産にたずさわるのも馬鹿らしくってな。ちょうど軍の土星衛星基地の専属技術者を募集していたもんで、そいつに名乗りを上げて地球を発ったんだ。まぁ引き留められはしたが、退役願いと並べて出してやったら、転属申請の方が受理されたよ。
土星の月にあたるレアやタイタンは、太陽系の中で最も古くからテラフォーミングが進んだ星々だ。暮らしていくには何不自由のない良い場所だったよ。これで戦争さえなきゃな、と地元の奴らは口癖のように言ってたものさ。太陽系連邦軍の防衛ラインが、もう天王星公転圏近縁にまで後退していた頃だった。
戦争の緊張感は日増しに高まっていたが、そんな中であったって衛星から見上げる土星は、そりゃあすばらしい眺めだった。天気のいい日には、あの美しい円輪の氷の粒のひとつひとつまではっきりと見えたものさ。土星の上っ面の雲だって日によって表情が変わるものでな。「今日は土星さんの機嫌が良い」「明日は荒れそうだ」なんて、まるで日本人が富士の御山を眺めるような言いぐさを、世話になった爺さんよくしていたよ。宇宙の船乗りのおまえさんなんぞには信じられんかもしれないが、土星の衛星で生まれ育つと、あの星を神のように崇めるようになるんだ。そのときの俺には、そういうのも少しわかるような気がしたな。
星々が満天から降りそそぐ夜に、あの雄大な惑星を眺めているとな、人生の悲しみや悩みなんて、宇宙に横たわる時と比べれば、なんて微小なものなんだろうかって、そんな思いがした。ほんの一瞬の命だと、そう思い知る。だがな、だからこそ、誰に評価されようとされなかろうと、自分の信じたことをやり通さなきゃ、俺のちっぽけな人生なんて小石みたいに蹴飛ばされて見失っちまうとも強く思った。土星のいくつかの衛星を行ったり来たりして船の整備と改良を手掛けながら、ずっと宇宙船の設計図を描き続けたよ。形にならない船を何隻も何十隻も、俺の頭の中の星の海に飛ばしたもんだ。
やがて太陽系連邦軍の防衛ラインはじりじりと後退して、土星圏が放棄されるのも時間の問題と言われるようになった。土星圏の非戦闘員の大部分は、地球や内部太陽系惑星に避難を始めようとしていた。
命が惜しいとは思わんかったが、そんな俺から見たって、連邦軍の避難指示発令の遅さとやる気のない星間輸送は腹に据えかねるもんだった。小型の宇宙船で薄い大気圏を往復しながら、なかなかやって来ない地球からの大型輸送船を衛星軌道で何週間も待ち続けたこともあった。駐留軍の俺たちにさえ戦況の情報がいきわたらない中で、不安と苛立ちで音を立てて押し潰されるような市民の空気は、あのとき現地にいた人間にしかわからんだろうな。
それでも、どうにか軍に対する暴動も叛乱も起きずに非戦闘員の輸送が続けられたのは、土星と天王星円環の間で踏み止まった連邦軍船団がいたからだ。……いや、船団と言ったが、それは市民を安心させるための嘘だよ。軍の内部じゃ、せいぜい数隻の戦艦が残っているだけだとわかっとった。
だが、残存兵力わずかとなっても、そいつらはイルミダス戦艦を決して防衛ラインの内側へは通さなかった。やつらこそ戦況の圧倒的不利を誰よりわかっていただろうに、信じられないほど長期間に渡って戦端に踏みとどまっていた。生き残る希望なんて、そいつらにはほとんど残されていなかったはずだ。絶望的に強大なイルミダス船団を相手にして、その戦いが命をかけた足止めにしかならんことは、誰が見ても明らかだったからな。それでも、そいつらは敵に背を向けて逃げるよりも、戦い続けることを選んだ。選び続けた。無謀で勇敢な奴らだった。
戦線がひっ迫した土星圏で、そいつらの無謀を嘲笑う人間はひとりもいなかった。そいつらが戦う姿があったから、土星衛星圏の市民は、最後まで軍部を信頼して希望を捨てずに待つことができたんだ。そいつらの背中があったから、市民の間近で輸送にたずさわった俺たち駐留軍も、我が身かわいさに逃げ出すような真似だけはするものかと歯を食いしばって耐えられた。戦線の突端で、奴らは市民の命だけじゃない、俺たちの誇りまで守ってくれたんだ。
土星の最後の輸送船に乗って、俺が帰った地球は冬だった。レアもタイタンもエンケラドスも年中温暖な気候だったから、久しぶりの冬はずいぶん堪えたなぁ。道を行き交う誰もがコートの襟を立てて、目線を合わせるのを恐れるように足早にすれ違う街は、やけに陰気に見えたよ。宇宙港のある都市が冬季だった、ってだけなんだがな。冷たい風のせいだけじゃない、戦争末期の不穏な空気がいくら襟元を掻き合わせても、冷たい手で滑り込んでくるような、どうにも嫌な雰囲気だった。だいたい俺は寒いのが嫌いなのだ。体も脳みそまで凍えそうになる。さっさと地球を飛び立って月の軌道へ向かう船に乗った。行くあては別に決まっちゃいなかったが、地球に引きこもって戦争が終わるのを待つつもりはなかった。どうせなら、巣穴に隠れるウサギとして生きのびるより、無謀な獅子として死んだ方がマシだってな。男として生まれたならば。軍人の端くれならば。できうるなら、土星圏を守って戦った勇敢な戦士達のように……と。
ああ、だが、俺は月のターミナルで信じられない話を聞いた。天王星内輪の防衛には多くの連邦軍の戦艦があたったが、そのほとんどはイルミダス艦隊の前に次々と撃墜され、あるいは早々に土星圏を見捨てて戦線を離脱していったこと。ほとんど収束しかけた防衛戦の末期にあって、ひとりの将校が率いる戦艦が派遣されたこと。その将校の戦艦は地球ではなく、月面の基地から飛び立ったらしい、と。土星圏を背に守って最後まで戦ったのは、その将校が乗る月の船だという、話。俺は、最後まで聞いていられず走り出した。
心臓が何倍にも膨れ上がったみたいな鼓動の音が体いっぱいに鳴り響いていた。資料艦格納庫の重い扉が機械音を立てて開くまでの数十秒を何時間にも感じられた。俺の船があったはずの場所に駆け寄るや、ぽっかりと空いた巨大な空間を目のあたりにして、俺の眼の前には、土星の円輪の向こう側に広がる真っ黒い宇宙が浮かび上がった。あの星域で俺たちを守り抜いた船の背は、あのミッドナイトブルーの船尾だった。俺の船だったんだ。俺の船は死んじゃいなかった。奥行300メートルの地面に両手をついて額をすりつけ、俺は声を上げて泣いていた。
やがて、イルミダス艦隊が地球に迫るほどに、その将校の名は何度も耳にするようになった。連邦軍よりも、むしろイルミダスの側でこそ、有名だったかもしれんな。最も衝突の激しい戦域に派遣されながら、必ず敵艦を沈めて地獄から生還するその艦は、いつしか、死の影‐デスシャドウ号と呼ばれるようになっていた。俺はデスシャドウがひとつ戦功を増やすたびに、会ったこともないその将校のためにひっそりと盃を空けた。
「この絶望的な戦争が終わったら、おまえのために船を造ってやろう。おまえが今乗ってるのも、そう悪くない船だろうが、そんな戦いをしていたら、あちこちガタがきてるんじゃないか? もっといいやつを造ってやる。おまえのために。おまえが誰より強く、どんな艦より速く、そして心の赴くままに自由に、星の果てまで飛んでゆける宇宙最高の船を設計してやる。それまで俺は死なんぞ。泥水をすすっても、乞食のように残飯を漁ってでも、歯を食いしばって生きのびてみせる。だから、おまえも死ぬなよ……死ぬんじゃあ、ないぞ……」
なあ、ファントム・F・ハーロック大佐
星空に向けて呼びかけた名は、まるで古い親友のようだった。
俺の隣で寝そべっているハーロックが、閉じていた目蓋を開いて、隻眼がひとつ瞬かせた。肘をついて頭を支える寝姿はすこぶる無精なものだが、そんな恰好をしていたって悔しいほどに、この男はサマになっている。薄闇の向こうで、かすかに光をはらんだ瞳が微笑んだ、ように見えた。急に気恥ずかしさがやってきて、「なんだ起きとったのか。あんまり静かだったから、とっくに寝たと思っとたぞ」などと照れ隠しに言葉を重ねてしまう。
「おまえの声は心地良い。たしかに眠ってしまいそうになるな」
だが、ちゃんと聞いていたよ、もちろんな。と、夜のしじまにそっと囁く低い声こそ、女をたらしこむ声だろうが。やがて、今度こそ寝たのかと思うくらい間をおいて、ふとハーロックが尋ねた。
「おまえ、あの三試合目を見てなかったのか」
「三試合目って……デスシャドウのやった模擬試合のか?」
ハーロックがベッドの上で半身を起こした。 片膝を立てた上にゆったりと腕を乗せ、安宿の薄汚れた壁を見つめるその眼差しの向こうには、俺がとうとう正視できなかったあの試合を思い起こしているのだろう。
「いずれ自分たちが乗ることになるかもしれん戦艦だ、連邦軍の戦艦乗りの大半が新型戦艦の試験試合を見守っていた。俺もそこにいた。三試合目、最大船速で旧型艦をぶち抜く戦艦を見た時、眼を奪われたよ。負けたのは指揮官の判断と操舵官の腕のせいだ、機動力にふりまわされて反撃のチャンスを殺してしまった。戦闘がすべて終わって、スクリーンがなにも映さなくなっても、俺はいつまでもその場に立ちすくんでいた。誰もいなくなったがらんどうのホールで、俺はかならずあの艦に乗ると決めたのさ」
そう呟いたハーロックの口調は静謐でさえあったが、事実この男は驚異的な若さで艦長の座を掴み取り、デスシャドウを乗艦として太陽系辺縁で武神のごとき軍功を積み上げたのだ。やがて英雄とまで称えられるようになったこの男が、あの戦争をどうやって生き抜いたのか、すべてを知っているのは、今ではデスシャドウだけだ。だが艦はなにも語らない。
「なぁ、ハーロックよ。おまえがどうしても聞きたいと言うから、昔話をしてやったんだ。次は、おまえの番だぞ」
「そうだな……そのうちな。俺も、いつかおまえになら……」
だが、今夜は寝てしまえ。
これからの俺たちの旅は長く、夜は短い。
そう言ってハーロックの手が俺の眼鏡を勝手に外すと、友の輪郭は薄闇にとろけた。メガネがなくなると、途端に眠気がやってくるのは条件反射だ。目を開けていたって何も見えないのだ。目を閉じれば眠くなる。「おやすみ」と闇に向かって言うと、ややあって「トチロー」と掠れた低い声が返ってきた。
「おまえだけだった。あの時、おまえだけが、本気でイルミダスを打ち破って地球を救いたいと……それだけを願い、艦を造っていた。それがわかったから、俺はデスシャドウを俺達の棺に選んだんだよ」
息が、止まるかと思った。
何度、いったい何度その言葉を大声で叫んだだろうか。
政治家の指先ひとつで決められる生産目標を、ただ下部組織に流すだけの技術局で。そこからやっと外へ踏み出したと思った造船所で、造兵廠で。俺は、俺の設計図を夢を広げて、どうすればイルミダス戦艦に勝てるか、どんな艦があれば俺たちの地球を守れるか、ただそれだけを声を限りに語り続けた。強大なイルミダス軍の全容が知れ渡るほどに、俺の語る言葉は、絵空事だと嘲笑われた……。
誰ひとり理解せずに資料艦格納庫の暗がりに押し込んだ俺の夢を、この男だけが見つけて、あの重い扉をこじ開けて宇宙に飛び立たせたのだ。見開いた両目からこめかみを伝うものを感じながら、俺は微動だにできなかった。
ハーロック、と呼びかけた俺の声は、どうにか震えていないか。
暗くて助かった。今、きっと、どうしようもなく情けない顔をしている。
「おい……眼鏡を返せ。おまえが俺を寝かせないつもりなら、朝までだってつきあうぞ」
闇が、ため息のように微笑う気配があった。
「ありがとう……ありがとう。おやすみ、トチロー」
その声だってたぶん、俺と変わらないくらいみっともなく掠れていた。眼鏡は俺の手の届かない所にカチャリと置かれた。
ハーロックが毛布にもぐりこむのを感じながら、それじゃあ俺は、このすっかり冴えてしまった目をふたつと、ドキドキと鳴りやまぬ心臓をひとつ、いったいどうすればいんだとひとりごちた。
が、となりの男の体温が毛布になじむ頃には、眠気のほうも俺も思い出してくれたらしい。朝になれば、薄闇の中でした長い昔話など忘れたような顔で、またこいつと馬鹿をやって騒ぐだろう。だが、俺はおまえが言った「いつか」を忘れないし、おまえも交わした約束は必ず守る男だ。そうだろう。
いつか。そう、いつか、またこんな薄闇と宇宙の静寂の中で、それとも灯ひとつ挟んで酒を酌み交わしながら、おまえがぽつりぽつりと心のうちを話してくれる日を、待っている。それが連邦政府の喧伝した英雄譚ほど栄光と勇敢さに満ちた輝かしい話でなくとも。なぁ、友よ……。
End.