METAL GEAR WORLD ーMonster Eaterー   作:ひいまるモツ

1 / 7
Opening

『追放/亡命とは、もっとも悲痛な運命のひとつである。近代以前の時代において追放がとりわけいまわしい刑罰であったのは、それがただ家族や住みなれた場所を離れ、何年もあてもなく放浪することを意味しただけでなく、一種の呪われた者になることを意味したからである。』

 

――「知識人とは何か」 エドワード・サイード

 

 

 

 

 

 

 

 

 己は呪われている。そう思ったことはこれまでの人生で幾度もあったが、またしても思い知らされる羽目になった。

 呪われた人生を生きる中で、男は多くの敵と戦ってきた。そしてその敵も大抵が呪いに苛まれた者たちであり、彼らを喰らうたび、男はその呪いさえも喰らって背負う事になった。

 

 ――きっと、その呪いの中には水難(すいなん)(たぐい)も含まれているに違いない。

 

 どこか霞のかかったようなぼんやりとした思考の中、男は身体に打ち付ける波の鼓動と、潮風の匂いを感じていた。男は砂浜に打ち上げられていたのだ。全身ずぶ濡れの彼は浜辺に転がる漂着物(ストランディング)そのもので、身体に吸着する光を反射しない服装の所々を損傷してまるでボロ雑巾であった。

 それでも、彼は震える両手で自らの身体を起こし、しかし妙な身体の重さに引きずられて再び砂浜に身体を打ち付ける。その衝撃で、ちゃぷり、と己の身体から奇妙な水音が響く。肺に水が溜まっているのだ。

 その事実に気づいた瞬間、男はどうしようもない飢餓感に囚われた。数瞬前まで考えもしなかったのに急速に身体が酸素を求めて暴れ始め、餌を求める魚のように口を開閉し空気を取り込もうと躍起になった。だが水をたっぷりと詰め込んで水筒のように膨らんだ肺に、酸素の入り込む余地はない。

 

 常人ならば、そこで意識を失う(GAME OVER)だろう。しかし男は強靭な意思をもってして、酸欠に震える右腕を振り上げて己の胸に叩きつけた。衝撃を与えられた肺は大きく収縮し、男の喉元を強烈な塩味が駆け上る。そうして大量の海水が吐き出され、次に吸い込んだものは求めていた空気だった。

 

 それで、限界だった。どうやら長く酸欠状態が続いたらしい。もうまともに身体が動かないどころか意識を保つことさえ難しかった。男はこれまでに二度の水難を経験していたが、そのどちらもこれ程ではない。一度目は何十メートルもの高さから水面に叩きつけられて何本もの骨を折り、二度目はあわや“あの世“(ソローの世界)にまで顔を出してしまったが、それでも最終的に動けるようにはなっていた。

 しかし、この三度目はそうはいかないらしい。東の果ての国、ニホンには、『仏の顔も三度まで』という格言があると聞く。ブッダのような慈悲深き者でも、三度も無礼を働かれたならば怒るという意味であるらしい。ならば自分のような呪われ者が三度(みたび)も水に放り出されたら、そこに住まう何かを怒らせてしまうのも道理だろう。特に今回はソビエト領内(ツェリノヤルスク)の川などではなく、雄大なカリブの海だった。多くの伝説を生んだこの地の神を怒らせたのだ。こんな結末(エンディング)も納得できる。

 

 薄れゆく意識の中、男は何かの鳴き声を聞いた。牛のような、低音の動物の声だ。伏せた顔を上げる気力も無いので何の動物かまでは分からなかったが、その音色が含む感情は理解できる。警戒と威嚇だ。

 どうやらこの砂浜は野生動物の縄張りであるらしい。それが肉食であったのなら、弱り切った男はさぞかしご馳走に見えるだろう。今でこそ動物たちは警戒(CAUTION)の色を持っているが、それが回避(EVASION)へと繋がるか、それとも危険(ALERT)へと変貌してしまうのかは分からない。

 

 かつては蛇を喰らう者などと呼ばれた男にも、この状況はどうしようもなかった。蛇食いの最中、呪いさえも喰らった彼は、いつのまにか呪いに喰われる立場になっていく。自らの運命(ゲーム)に翻弄されすぎて、ここ最近ではそう感じることすらあった。そんな彼の最後とは、文字通り野生の獣に喰われていく事だったのだ。喰うものと喰われるもの。その線引きは曖昧で、そうやって自然の摂理は成り立っていく。

 

 誰にも悟られることなく、ひとり自然の循環の中へと取り込まれていく。伝説と呼ばれた男の終わりが、こんなにもあっけないものだとは。そうして男はこの世から消え去り、真の意味で伝説と化すのだ。やがて肥大化した伝説は、次の世代(恐るべき子供たち)が継ぐだろう。それがどうしようもなく腹立たしく、だがどうすることもできない自分に自嘲の笑みが浮かんだ。

 

 ――綺麗でしょ?生命(いのち)の終わりは…――

 

 頭に思い浮かんだのは、かつての親であり、師匠であり、そして敵であった女性(ひと)の言葉。

 

 ――ボス…。俺の最期は、どう見える…?

 

 返ってくることのない問いかけは余韻を残すことなく消え失せて、男の意識は途切れることとなる。

 

 しかし周囲は相変わらず興奮した様子の獣の鳴き声が響いて、男の最期が刻一刻と近づいている。男はついに目にすることはなかったが、その獣はライオンに匹敵する体格の動物で、何かしらの闘争において武器となるであろう鋭利な形状の分厚い頭殻を有していた。その鋭さは大の大人ひとりくらい、容易く殺傷できるだろう。

 

 だが、そこにひとつの足音が響いた。その足音は砂浜を踏みしめるくぐもった音に、何故か金属音を含んでいた。それは、ひとりの人間だった。所々に奇妙な意匠を凝らした重厚な金属鎧に身を包み、一歩を踏みしめるたびにそれらが擦れ合って耳障りな音を立てている。

 その者は砂浜に倒れる男を見つけ、なぜここを縄張りとする獣どもが荒れているのかを察する。

 

 そうして一言、

 

(自分)の次は海底からやってきたか?」

 

 その者は打ち上げられた男の脈を確認し、彼にまだ命があることを確かめると、男の身体を肩に担いだ。ボロ雑巾のような男は鎧も武器も身につけていないというのにずしりと重く、只者ではないと感じさせる。大柄ではあるが、見た目太っているようには見えない。となればこの重みは脂肪よりも重量がある筋肉によるもので、彼がよく鍛えられているという証だった。

 

 そうした所で、浜辺にもう一つの声が乱入してきた。

 

「相棒、どうしました……って、その人は!?」

 

 活発そうな印象の声の主は、どこか民族めいた衣装の若い女性だった。彼女は大事そうに抱えた分厚く巨大な本が潮風に晒されないよう注意しながら、好奇心と聡明さを感じさせる目を見開いていた。

 そうして彼女は周囲の状況からの推測で、

 

「漂着者、ですか?なんだか、2期団の親方のような人ですね」

 

 その言葉に、相棒と呼ばれた者は抱える男の顔を指差して、「似ているのはこれだけだろう」と呆れたように声を出した。

 

 その指が示す、漂着者の男の顔。そこにはあまりに特徴的な、右目を覆う眼帯が着けられていた。

 

 

 

 

 

 

METAL GEAR WORLD

  Monster Eater

 

 

 

 

 

 




IS(存在)RW(ReWritable/書き換え可能)
SOLID(固体)WORLD(世界)に上書きされる
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。