METAL GEAR WORLD ーMonster Eaterー 作:ひいまるモツ
唄声が響いていた。
誰もが絶望に顔を伏せる中、美しい女性の声で、
大きな大きな鋼鉄の塊が、激しいノイズを鳴らしながら動いている。だが、鋼鉄の塊が発する唄声は自らの騒音にかき消されない、穏やかで、よく聴こえるものだった。
鋼鉄の塊は壊れかけの四肢を操って、子鹿のように危うく立ち上がる。そして、前へ。前へ。全身至る所に走る亀裂も、関節から飛び散る火花も。垂れ流されるオイルも、砕けて剥がれる装甲も。それら全てが問題ないと言うように、一歩、また一歩。
進む先は、湖だった。自らを鎮めるために、己を水中へと沈めるのだ。
唄声が、響いていた。柔らかな春の訪れのような音色は、先ほどまでの冷たい戦いを優しく溶かして行くようで。
鋼鉄の塊が、水面に消えて行く。人より大きな一歩を踏みしめるたび、機械の身体が死んでいく。それが自分の命を削るたび、世界は滅亡の危機から遠ざかって行く。
それが、それこそが、
奇跡としか言いようのない光景だった。
誰も彼もが言葉を失って、思わず涙を零す。“彼女”の尊い祈りは、
だが、そんな奇跡的な光景を見て。
“彼”の心に浮かんだものは、深い愛情と、止まることなき尊敬と。
そして、どこまでも続く
1-1 どこともわからぬ部屋
心を支配した虚無感が、スネークの意識を覚醒させた。彼は跳ね上がるように飛び起きて、荒々しく唸るように呼吸した。夢に見たのは、たった数日前に目の前で起こった奇跡の場面。だと言うのに、まるで悪夢を見たかのような感覚が身体中を這い回っている。
思わず、スネークは右手で自分の顔を覆う。肌という肌がじっとりと汗で濡れており、だからこそ感じる
そうして、違和感の理由を思い出した。そこにはこの10年間、ずっと共にあった“彼女”の形見が無かったのである。
例え
何故ならそのバンダナは、数日前に…。ちょうど、先ほど夢見た
――“彼女”は最後に銃を棄てた。それまでの人生を、俺を含む、すべてを否定した。――
だからスネークもまた、“彼女”を棄てたのだ。祈りを抱いて死を望んだ“彼女”の選択はスネークにとって裏切りであり、彼は決別を決意したのだ。
そうして“彼女”とは違う生き方を選んで。そして、このザマだ。
あれから毎日、額に“彼女”がいないことで、どこか宙に浮いたような、地に足のついていないような感覚があった。
――結局俺は、彼女を棄てきれないでいる……。
……そして、殺したのは、
スネークは己を嘲笑い、先ほどまでの夢見心地が急速に冷めて行くのを実感した。
自己嫌悪もほどほどに、まずスネークは状況確認から始めた。自分の最後の記憶は、天を貫く光線と、海水を叩きつけられた衝撃だ。
だが今この状況はどうだろう。スネークがいるのはカリブの大海原ではなく、飾り気のないベッドの上であった。周囲を見渡すと、何やら前時代的な装飾が目に入る。吊るされた仮面や、明らかに実用品ではない短剣類。テーブルには壁画めいたイラストの描かれた羊皮紙が乱雑に積まれて、壁際に見える棚には植物や液体などを小分けして詰めてある陶器やガラス瓶が並んでいた。どこか
次に確認するのは己の状態だ。身につけていたスニーキングスーツや装備品は脱がされて、上半身裸の状態だ。だが、それらは無くなった訳ではない。ベッドのすぐ脇にある小さな物置きに、スーツが丁寧に畳まれて置かれていた。その上には、いくつか見当たらないものもあるが、バックパック含む装備品が鎮座している。
身体のコンディションは良好だろう。立ち上がってすらいないので詳しくは分からないが、大きな異常はない。長時間寝ていた事による関節の重さや、遭難時にできたであろう裂傷程度があるものの、それくらいでいちいち騒ぐような人間でもなかった。
これらの状況から見て、おそらく伝統的風習が根強く残る地で、療養施設、もしくは大きな民家に保護されているのだろうと推測できる。だが、あいにくスネークはこの部屋に散見される文化的特徴に見覚えがなく、どのような土地にいるかまでは判別できなかった。
スネークは普通でない経歴の中で多くの知識を身につけており、世界の様々な文化についても造詣が深い。しかしその知識にかすりもしない文化となると、ここが相当に辺境の地である事が予想できた。だというのに、見た感じでは文明レベルは高いように思える。むしろ利便性を追求したように見える家具や道具類の実験的構造から、辺境と言うよりは発展を迎えるべく躍進する意欲的な途上の地であるように見えた。
収集できる情報のちぐはぐさに、スネークは若干の混乱を覚える。だが、こういった問題は頭の中だけでこねくり回しても答えが出ない種類のものであり、だからこそ彼はこの問題を一度捨て置く事にした。
次に危惧したのは、裏社会で生きるスネークにとって、この場所が好ましくないものである可能性だ。かつては
しかし、その危険性は低いのではないかと、現時点でスネークはそう判断していた。全く自慢にならないが、裏の界隈で
だと言うのに、寝台に拘束具で縛られておらず、監視もついていないとなれば、その心配は無かったのだろう。だからこそ、スネークはこの問題を三つ目にまで後回しにして確認したのだ。
しかしそうなってくると、また別の疑問も浮かび上がる。それはスネークが上半身裸であることに関係した。簡単に言うと、スネークの身体は
要は素人目から見ても危険人物なのである。助けてくれた人間がどんなに温厚な者であれ、命こそ救えど警察組織への一報くらいはするはずだ。
だと言うのにその気配がない。
裂傷の治り具合や関節の硬さから見て、ここに運び込まれて数日は経っている筈だ。
一体、どう言う事なのか。
スネークが答えを出せず、どのように行動すべきか考えていると、部屋の外から木の軋む音が聞こえてきた。彼はそれまでの思考を脳の片隅に追いやると、数分前まで長時間の昏睡にあったとは思えないほど機敏な動きでベッドから降りた。
木の軋む音は規則正しく間隔をあけて連続で響いており、だんだんとこちらへ近づいて来るのが分かる。つまりは足音だ。音はこの部屋に一つだけあるドアの向こうから聞こえていて、スネークは一切の物音を立てずにそちらへ近づいた。
スネークはいつもの
足音はこの部屋の前でピタリと止まる。直後にスネークの目の前でドアノブが回されて、静かに扉は開かれた。
「ん……。ん!?」
聞こえてきたのは若い女の声だ。声の主は驚いたような声を上げて、部屋の入り口から慌ててベッドの方まで駆け寄った。
「いなくなってる?!」
寝台にあるべき人の姿が消えている事に驚く彼女は、どこかの物語の探検家、といったような出で立ちだった。
スネークの目から見て、その衣服は少し誇張された舞台衣装のような雰囲気がありつつも、しっかりとした実用性を持つ自然を踏破する装いのように思えた。
やや派手な色合いなのは戦いの中に生きるスネークとしては
よく使い込まれた分厚い辞書のような本にベルトを着けて、ショルダーバッグのように肩にかけているのを見るに、
そう言えば彼女が頭につけているゴーグルらしき装備も、最初は
「ど、どうしよう!安静のはずなのに…きゃあ!」
オロオロしながら部屋でうろちょろする彼女は、ふとした拍子にドアの死角に隠れていたスネークに気がついて小さく悲鳴をあげた。死角といっても、それは入り口から見た時だけ。室内にいる者からは丸見えで何の偽装効果もない。
もちろん、スネークもそれをわかって立っていた。部屋に入ってきた人物がどのような存在なのかを確認した後、必要であれば昏睡なり殺害なりの手段を取るつもりであったが、今回はその必要がないと判断しただけである。それよりは平和的会話に移行できる可能性が高く、そちらの方が望ましかった。
スネークが物騒な行動に出なかった事は女性にとって幸運であったが、しかし半裸の野生的な中年男性がいつのまにか背後に立っていると言う図は、幸運に程遠い光景であった。
「すまない、驚かせるつもりはなかった」
スネークはとりあえずの言い訳をして、直後に己の言葉に違和感を感じた。いつも通り、世界で最も広く使われる英語を話しただけだと言うのに。
違和感の正体を探り当てる前に、その答えは目の前で戸惑ったように口を開く女性が教えてくれた。
「えっと、あの…。私の言葉、わかりますか?」
聞いたことのない言語であった。しかし、その言葉は明確に理解できる。いや、初耳の言語ではあったが、知らない文法ではないのだ。
スネークはそれまでに習得してきた多くの言語を、頭の中の辞書を開いて参照する。だが、その文法に当てはまるのは、ごく最近習得したとある奇妙な言語…。
「あ、ああ…。問題ない」
口にしたのは、
こういうクロスオーバーもので、世界の違いによる言語の壁は大きな障害になるはず。
なのに、すでに公式で突き破ってくれているスネークさん。