真・恋姫†無双 -糜芳伝-   作:蛍石

18 / 63
第十五話投稿です。

色々書いていたら一万字を超えていた罠。
二話分割しても良かったかな・・・。

-10/7追記-
戦闘場面に概略図を付けてみました。
少しは分かり易くなりましたかね。


第十五話 BEHIND THE MASK -初陣-

今回の作戦の計画書(持っていく物資の種類と量、行軍進路、兵数等)を提出して承認が下りたため、無事に私たちは初陣を迎える事になった。

作戦目標は東海郡で暴れている賊の討伐。約三十名ほどの小さな集団らしい。州牧様のお膝元で良くやるなー。もっとも、だからこそ郯の常備兵に討伐するよう命令が下ったのだろうが。

 

討伐軍を率いるのは義父さん。率いる兵は、私達が鍛えた百名の兵となる。

しかし、作戦計画書を一から私が作っている事から分かるように、実際の戦闘指揮は私に任せて義父さんは完全にお目付役に徹するようだ。

その方が私としてもやりやすくなるためにありがたい。

 

さて、無事に出撃が決まったからには、準備を始めなくてはならない。兵の部隊編成は、いつも訓練している人間がそのまま率いる事になるため必要無い。出撃する旨を兵に通達する必要はあるが、それは文嚮達に任せてしまって良いだろう。

義父さんが持参する物資の準備を始めているため、私はそれを手伝う事にする。文書の発行は、私が武官であるためできないが、物資量の計算や準備した物資に不足が無いかを確認する事はできる。

そう思って義父さんの執務室を訪ねると、義父さんはいなかった。が、姉さんがこの世の終わりを迎えた時のような暗い表情をしており、空さんが苦笑いしながらそれを慰めている。

部屋に入ってきた私に気づいたのか、姉さんが席を立ってこちらに駆け寄ってきた。そして一気に捲し立て始めた。

 

「麟君!初陣が決まったって本当!? なんでお姉ちゃんに内緒で行こうとするの!? とりあえず、州牧様にお願いして麟君は残るようにしてもらって、あと麟君の武官からの配置替えもしてもらって、あと、あと……」

「いや、内緒って……。 とりあえず落ち着こうよ。 武官として仕官してるんだから、そりゃ戦にも行くよ」

 

本人の希望じゃないのに配置替えを申し出ても受理されないんじゃないかな。というか、内緒って結構大っぴらに義父さんと出兵計画を相談していたつもりだったんだけど。おそらく伝えると煩くなる事が分かっていたため、黙っていたんだろうなぁ。だったら、この場に義父さんが居ない理由は逃げたからか。……卑怯じゃね?

そんな私の台詞も何のその。姉さんは言葉を紡ぎ続ける。

 

「でも、戦場までお姉ちゃんはついて行けないんだよ!?お 腹が空いてもすぐにおやつを持っていってあげられないんだよ!?」

「麟君はお腹空いても困らないんじゃないかな。 むしろ私たちの方が、作ってもらった料理やお菓子をごちそうになる立場だったよね」

 

叫ぶ姉さんに空さんが苦笑しながら冷静に指摘する。

というか、戦場でおやつってなんだよ。砂漠でパスタ茹でてた某国民じゃないんだから、そこまでゆとりは持てないだろ。

 

「でもでも、夜寂しく泣いても側に言って慰めてあげる事はできないんだよ!?」

「慰めてもらうどころか、私は夜泣きもした事ないからね!?」

 

武官が夜泣きって……!私にとって不名誉極まりないだろ、それ!

空さんも面白そうな顔でこっちを見てないで、姉さんをなだめて!!

 

それから十五分ほど、空さんと一緒に姉さんを粘り強く説得し、ようやく落ち着く事ができた。

姉さんは不機嫌そうにそっぽを向いているが、落ち着いてはいる。

空さんの方を見ても、苦笑して首を横に振られてしまった。今は放っておくしかないかなぁ。

本当にどうにもならない?という意味を込めて空さんを見つめ続けていると、しょうがないなぁ、という顔をして姉さんに近づいて何かを耳打ちし始めた。

そうやっていると、姉さんがビクッと体を震わせて、私の方を泣きそうな顔をしながら見つめてきた。

え?空さん何を言ったのさ?

それを見て満足そうに頷いた後、また空さんは姉さんの耳に口を近づけて何かを言い始めた。

少しすると、姉さんはさっきの表情から一転して頬を染めて潤んだ目で私を見始めた。いや、本当に空さん何を言ったの!?

 

「麟君! お姉ちゃん頑張るからね!!」

 

そう私に向けて言った後、慌ただしく部屋を出ていった。出ていく前に私が作った作戦計画書の写しを手にしていた事を見ると、おそらく蔵に行って物資の引き出しを行うのだろう。

私が呆気に取られてそれを見送っていると、空さんが口元を手で隠しながらくすくすと笑い始めた。

 

「空さん、姉さんに何を囁いたの? あの様子、尋常じゃないように見えるんだけど」

「そんなに大した事は言ってないよ。 ただ、『海がそうやって仕事しようとしないで、持っていく物資に不備があって麟君に危機が訪れたらどうするの?』って言っただけ」

 

なるほど。そういう方向に説得すれば良かったのか。

 

「あと、『麟君にもしもの事があった場合、最後に見せる顔がそんな顔で良いの?』って伝えたんだよ」

 

さ、さらっと縁起でもない事を。私は無事に戻ってくる気満々ですよ?

 

「けど、それは最初に言った事でしょ? その内容じゃ顔を赤らめる理由にはならないし」

「うーん。 そっちは女の子同士の秘密かな。 そのうち麟君にも知ってもらいたいとは思っているけど、今はまだ内緒。ごめんね」

 

空さんは悪戯っぽい笑顔を浮かべながら、そう言った。

気にはなるけど、内緒と言われてしまえば追求する事はできないか。

それにしても、やっぱり空さんはこういう表情している時が一番生き生きとしている。思わずまじまじと顔を見つめてしまう。有り体にその表情を表現するならば。

 

「ど、どうしたの? 私の顔をじっと見つめたりして」

 

おっと、無作法だったな。だけど視線を空さんの顔から外す事なく、さっき思った事をそのまま口にする。

 

「いや、やっぱり空さんは可愛いなと思って」

「ふぇ」

 

そう私が口にした途端、先程の姉さんと勝るとも劣らぬくらいに空さんの頬が真っ赤になった。

 

「それじゃ、私も姉さんの手伝いに行ってくるね。 多分義父さんも一緒にいるだろうし。 空さんはここで申請書類の作成をお願いします」

 

そう言い置いて、私も姉さんの向かったであろう蔵へと足を進める。

空さんにはいつもからかわれ通しなのだ。たまには私も反撃して構わないだろう。

空さんとしては珍しい、動揺したために発したであろう「ひゃあ!」という奇声を背中に受けながら、私は足は蔵へ向ける。足を止めないまま頭では必要となる物資の一覧を思い浮かべ、準備に必要となる期間を計算し始めた。

 

それから数日後。私達は兵を率いて郯を出立した。私と義父さんは馬に騎乗しており、他の人員は徒歩(かち)だ。私たちが騎乗しているのは、後方から部隊全部を見渡せる様に視界を高く持つためだ。騎馬戦を行うためではない。私も義父さんもそこまで馬の扱い上手く無いし。将来的には練習しなくてはならないのだろうが。

郯から出立するための準備は滞りなく終わり、予定よりも一日早く出発する事ができた。賊が行える略奪の回数を減らす事ができるかもしれないのだ。この一日は大きい。張り切って準備をしてくれた姉さんと空さんに感謝だ。姉さんの熱意は空さんの説得が要因であり、空さんのやる気は私が発した言葉が原因だろうか?

弟の様な存在からとはいえ、年頃の女の子なのだから容姿を褒められればやる気も出すだろう。あんまり口にしすぎても空さんが慣れてしまい、からかう事ができなくなるのが難点だが。

 

「とりあえず、途中で川原に立ち寄るんだったか?」

 

義父さんから私へ、行軍経路を確認する声が飛んだ。

まずい。指揮を行う者が行軍中によそ事を考えていてはダメだ。義父さんも私が考え事をしている事を察したために、声をかけたのだろう。何しろ義父さんとは計画書を作成するにあたり、作戦について細大漏らさず議論しているのだ。進路がわからないはずがない。

これは、説教三時間コースかな。

頭の中で軽く溜め息を吐き、義父さんに答えを返す。

 

「そうだね。 水の確保も容易だから、そこで夜営する予定。 速度は今のままでも夕方前には着くし、夜営準備は問題なくできるんじゃないかな。 物見を出すのも野営地に着いてからで良いと思う。もっとも視界を遮る物は何も無いし、見晴らしは良い場所だから不意打ちを受ける危険性は低いとは思うけど、念には念を入れた方が良いだろうしね」

 

そう言うと、義父さんは一つ頷き部隊全員に対して言葉を発した。

 

「各員に通達! これより我らは進路を北に取り、本日の野営予定地を目指す! 文嚮、宣高! 二人で隊を先導しろ!」

 

全員から了解の声が上がり、文嚮と宣高が先頭に立つ。そして部隊を縦隊に変えた上で進軍を始める。

うん。隊列の変更はかなり素早く行う事ができるようになったと思う。一人満足気に頷いていると、今の隊列変更に目を瞠った義父さんが私に声をかけてきた。

 

「随分変更にかかる時間が短いな。 錬度次第でここまで変わる物なのか」

「組織戦を行うための基本になるからね。 陣の変更は随分時間を割いて修練したよ」

 

おかげである程度の組織戦も行う事ができるようになった。乱戦に持ち込まれる前に敵兵を圧倒できる組織戦は、被害を最小限にする上で必須だからな。最優先事項の一つとして鍛錬した。

 

「州兵全体でこのくらいの錬度を持たせる事ができれば良いのだが」

「私が偉くなって全兵の錬度に物申せる立場になったら鍛え直すよ」

「今すぐは難しいという事か」

 

そう言って溜め息を吐く義父さん。私の発言の意図をお察し頂けて幸いです。

実際に、私達が練兵していると余計な事をするなと言ってきた武官が大勢いた。自分達も同じ程度にやれと言われたら困るから私達をやめさせようとしたんだろうなぁ。笑顔で追い返したが。

その後も色々とちょっかいをかけてきたが、相手にせずに修練に励み続けた。当然だ。今後漢帝国を襲う戦乱の渦を乗り切るためには富国と強兵は必須なのだから。

 

その後も特に何も起こらず、野営地に辿り着くことができた。物見を出しても、周辺に賊の影は見えなかったため、最低限の見張りを残して私達はゆっくりと休む事ができた。ええ、義父さんからの説教を除いてですが。

翌日、私が指揮する五十名に石を拾わせる。これが今回の戦いの重要な要素となるのだ。形を十分に吟味させた上で、袋に詰めておくように命じる。

それが終わった後、部隊は賊がいると報告された場所へと足を進めた。

 

それから三日後。ついに物見が賊の姿を捉える事に成功した。……までは良かったのだが。

 

「さて、この状況をどうしようか?」

「……撤退するしか無かろう。 敵の数が倍近く多い以上、負ける事はないだろうが被害が多くなりすぎる」

 

そう。賊の集団を見つける事はできたのだが、その数ざっと二百名弱。報告されていた数よりもずっと多いのだ。一応、物見は賊に見つからないように後をつけてもらっている。

夜になったので、義父さん、私、宣高、文嚮の四人で陣幕に集まり意見を交し合う。明日の開戦までに善後策を練らない事には、本当に全滅の憂き目に遭う可能性もある。

 

しかし、この報告よりも多い賊の集団が非常に気にかかる。小規模な賊が糾合した可能性も有るが、それにしては短期間でここまで大きくなる事は考えづらい。ならば、この状況はおそらく物見が見誤ったか、虚偽の報告がなされたのだろう。

最初に事実確認をする所から始めよう。

 

「今回の賊発見の報告をしたのって誰だったの?」

 

報告がなされた場に唯一居た義父さんに訪ねる。

 

「曹将軍だな」

「「「うわぁ……」」」

 

その答えを聞き、義父さん以外の私達三人は思わずげんなりとした声をあげてしまう。

何を隠そう、私達に文句をつけてきた武官の大半がその曹将軍の配下なのである。

コアな三国志ファンならば、陶州牧配下の曹姓の将軍といえば誰の事かすぐに分かるだろう。

そう、低能力値の割にはやけに人気のある武将、曹豹である。三国志を題材とした某ゲームでは、最低能力値を誇る彼だ。

私は実際に顔を合わせた事は無いが、傲慢で狭量な人柄と噂に聞いた。実際に配下の柄が非常に悪かったため、噂どおりの人物なのだろうと予想している。

その曹豹が報告したって事は……。

 

「ハメられたかなぁ、これは」

「ん? どういう事だ?」

 

義父さんに、私達が曹豹将軍配下の者との間にいざこざが有った事を伝える。

その上で義父さんへ私の推測を伝える。

 

「あくまで州政府に伝わっているのは三十名程度の賊だからね。 ここで撤退したら、賊よりも倍以上多くの兵を率いながら退いたって言われるだろうね」

 

その後、曹豹自身で兵を率いて賊討伐をするのだろう。その際に率いる兵数はおそらく少なく見積もっても五百名以上。私達がする事になる、賊が二百名弱程度の集団となっていたという報告に基づいて出兵計画が練られるだろう。

しかし、賊の数が最初に報告したとおりの三十名ほどだったと言えば、私達が少数の兵に恐れをなして撤退したという風聞を作る事ができる。さらに、私達が撤退するために虚偽の報告をしたというおまけも付ける事ができる。

陰険だとは思うが、なかなかに効果的だ。もっとも、それにより略奪の危機に晒されている民の心情を慮らなければだが。民の命と比べて、そんなに自分の面子の方が大事かね?私には理解できない。この辺りが少なからず自らの武に誇りを持つ者が多い武官に、私が向いていないと言われる所以なのだろうが。

それにしても、目の前にいる敵よりも背後にいる味方に注意する必要があるって、どう考えても死亡フラグなんだが。

 

「……あくまでお前の憶測であるなら、今後それを口外する事を禁じる」

「御意に」

 

当然だろう。味方を疑いながら戦争をしろと州全体に伝えるような推測だ、これは。そうやすやすと口にして良い事ではない。私とて、この場にいるのが信用する事ができる人間しかいないために口にしたのだ。

 

「とりあえず、その辺の事実関係は今は良いだろ。 今は目の前に居る敵をどうすればぶっ飛ばす事ができるかを考えるべきだろ?」

 

宣高がそう言葉を作る。

乱暴な意見ではあるが、それは非常に正しい。撤退ができない状況である以上、寡兵を持って敵を打ち破る方法を話し合う方が建設的だ。

 

「だが、少兵において多数の敵を討つのはなかなかに難しいだろう。 何か策を練らなくては」

 

それに応じて、文嚮がそう口にする。

それもまた正論だ。こちらが少数である以上、どうしても被害は大きくなってしまうし、最悪の場合にはこの場にいる全員が露に消える可能性だってあるのだ。

 

「少し待って。 何か方法が無いか、今考えてみるから」

 

私はそう言って、物見達の報告を基に作った、この辺り一体の地図に目を落とす。高台、茂み、方角……、そういう必要となる周辺の地形で仕えそうな場所を確認し、頭の中で策を構築していく。

その上で、私が知っている歴史上の戦いで今回の状況に適用できそうな物をピックアップしていく。

十五分くらい考えた後、私が思いついた作戦を地図上を指差ししながら説明していく。三人から来る質問には回答をしっかりと返していく。人を率いる人間が迷いや曖昧な態度を表に出すわけにはいかない。それだけで味方の士気に影響していくのだから。

そうやって議論をしながら作戦をどんどん形としていき、遂には作戦が決定した。

 

私達の部隊がまだ賊に発見されていないのを良い事に、兵を引き連れて賊の陣から見て東に位置する高台に陣取る。緩く高所となっているに過ぎない場所ではあるが、この位置からならば賊の野営地を一望する事ができる。現に今も馬鹿騒ぎに興じている賊達の姿がここから見る事ができる。まあ、明日夜明けと共に攻撃をしかけるので、今は存分に楽しんでいてもらうとしよう。酔い潰れてくれている方が私達の方はやりやすいのだから。

私達は明日に備えてゆっくりと眠る事にしよう。

 

夜が明ける直前に私達は起き出し、開戦の準備を始める。文嚮と宣高に配下を率いてもらい後方に二箇所ある茂みに身を隠してもらう。

私と義父さんは残りの兵を兵を率いて、敵から私達の姿が見やすい位置に陣取る。投射を行いやすいように、ある程度間隔を取った上で陣形を整える。東の空を見ても雲は無く、おそらく今日も晴れるだろう。後は朝日が射し出すのを待つのみだ。

 

それから一時間後、朝日が差し出したので私達は行動に移る。賊が動き出す前に攻撃を開始しなくてはならない。

率いる兵全員に革と布で作られた長い手ぬぐいのような物を準備させ、間に石を挟みこみ両端を利き腕で持たせる。私も手に弓を持ち、静かに敵陣を見据える。

第一射は時間をかけても良いので確実に準備をさせる。全員が準備できた事を確認し、兵達に命令を下してグルグルと手に持った物を回転させ始める。十分な回転を与えられた数秒後、私は鋭く言葉を作った。

 

「放て!」

 

その言葉と共に、兵達は持っていた両端から片側だけを手から外した。遠心力により、間に挟み込んでいた石が放物線を描いて飛んでいく。狙いに違わず私達の放った石弾は賊の野営地に飛び込んだ。

 

投石紐。それが今回私達の使った道具の名前だ。中華の歴史においては使われていなかったようだが、地中海世界や小アジアにおいてはメジャーな武器として使用されている。ゴリアテを倒したダビデの武器として世界的には一番有名だろう。

弓に比べて速射性は劣るが、射程は勝るとも劣らない。むしろ、複合弓でなくては太刀打ちできないほどの射程距離を誇る。

欠点は狙いをすぐに変える事ができないため、騎兵などの機動力のある相手を狙うのが難しい点と速射性が弓に劣る点(弩よりは早い)、習得が弓以上に難しい点、騎乗していては仕えない点だろう。もっとも今回は投石による弾幕を張る事が目的のため、百発百中の命中率を誇る必要は無いのだが。

しかし、それを補って余りある利点も多くある。片手で放つ事ができるため盾を構えながら使用する事が出来る点。先ほど挙げた射程距離も十分な利点となるだろう。盾で防がれた際に、矢よりも大きい衝撃を盾を持つ手に伝わる事も挙げられるだろうか。

そして何より、一番の利点は弾丸が石で有る事で、調達の容易さにある。何せ石ころを拾えば、それだけで強力な武器にする事ができるのだ。職人の手による作らなくてはならない矢に比べて、どれだけ十分な数を準備するのが楽なのかは簡単に想像できるだろう。調達する際の金も必要無い。

複合弓や弩などで射撃した方が投石紐より強力であるのは事実だが、それは鎧を着ている相手を前提とした話だろう。着の身着のままの賊相手ならば、投石でも殺すのに十分すぎる威力を誇る。

以上の様な理由から、賊討伐をする際には弓より投石を使う方が適していると判断したため、兵達の装備として使用する事を決めた。

その決定が間違えていない事が、目の前の光景から読み取れる。

 

【戦闘開始時】

 

西                         東

 

         ■■■      ▲②(伏兵)

 敵陣      ■■■  

敵 A敵     ■■■ ←①(投石を開始)

陣  陣     ■■■  

 敵陣      ■■■      ▲③(伏兵)

 

▲:茂み

■:坂(東側が高所)

①麟(投石部隊) 五十

②文嚮(歩兵部隊)二十五

③宣高(歩兵部隊)二十五

 

A賊(歩兵部隊) 二百

 

賊達は突然空から降ってきた石に驚き混乱している。何人かには命中している事だろう。さりとて、五十名程度の弾幕では十分な密度は保てていないため、すぐに反撃に移ってくるはずだ。

そうやって石を投げ続けていると、ようやく賊達がこちらに向かってきた。私達の姿は朝日に照らされていて相手から良く見えるため、自分達よりも私達が少数だと気づいたのだろう。私達を蹴散らそうと声を上げながら近づいてくる。しかし、その数はざっと百二十名ほど。最初の混乱と投石で怪我をするか死ぬかしたのだろう。随分と数を減らしている。

 

【敵反撃開始時】

 

西                         東

 

         ■■■      ▲②(伏兵)

 敵陣      ■■■  

敵  敵 A→  ■■■ ←①(投石を継続)

陣  陣     ■■■  

 敵陣      ■■■      ▲③(伏兵)

 

▲:茂み

■:坂(東側が高所)

①麟(投石部隊) 五十

②文嚮(歩兵部隊)二十五

③宣高(歩兵部隊)二十五

 

A賊(歩兵部隊) 百二十

 

私達は近づいてくる敵兵を見据えながらも投石を続けてさらに数を削っていく。私達の背後にある朝日が眩しくて、飛んでくる石をしっかりと見る事ができないのだろう。予想よりもずっと敵に命中している。嬉しい誤算だ。

しかし石が頭部に当たる賊の姿を見て、死んだのかもしれないと思うと怖気が走る。喉に上がって来る吐き気を、奥歯を噛み締める事で懸命にこらえる。どんな理由があれ、指揮官が動揺を表に出していては駄目だろう。指揮官の動揺は兵に伝染していくのだから、この場にいる全員を危険に晒してしまう。内心の動揺を懸命に押し殺し、平静な演技をしながら投石の命令を下し続ける。

 

そして、向かってくる敵兵を百名弱にまで減らした所で、私は手に持っていた弓で天に向かって矢を放つ。それは甲高い音を上げながら上空目掛けて駆け上っていく。私自身が作成した鏑矢による合図だ。

鏑矢は銅鑼を準備するよりも、ずっと手軽に合図をする事ができる。もっとも音を遠くまで伝えられるのは銅鑼の方なので、状況によって使い分ける必要はあるのだが。さりとて、すぐ側にいる味方、茂みに隠れている文嚮達に合図を届けるには鏑矢で十分だ。

 

一つ目の鏑矢は、投石を止めて後退する合図と全員に伝えている。その意図を汲み取り、投石を終えた人員が素早く陣形を変更しながら後退を始める。

追いつかれない、しかし離し過ぎない様な速度となるように注意しながら走り続ける。後ろを振り返ると、逃がしてはなるかと罵声を浴びせながら追いかけてくる賊達の姿が見える。予定通り、引き付ける事が出来ているようだ。

 

【麟転進時】

 

西                         東

 

         ■■■      ▲②(伏兵)

 敵陣      ■■■  

敵  敵     ■■A ①(転進開始)→

陣  陣     ■■■  

 敵陣      ■■■      ▲③(伏兵)

 

▲:茂み

■:坂(東側が高所)

①麟(投石部隊) 五十

②文嚮(歩兵部隊)二十五

③宣高(歩兵部隊)二十五

 

A賊(歩兵部隊) 百名弱

 

そのまま走っていると、予定の場所である、兵達が身を潜めている二箇所の茂みを少し過ぎた辺りまで辿り着く事ができた。私は二本目の鏑矢を放ち、兵達に後退を止めさせ、陣形を整えさせて盾を構えた状態で敵の接近に備えさせる。兵達には敵を打ち倒すよりも、防御を優先するように伝えている。私達が率先して敵を倒す必要は無いのだ。

私と義父さんは陣の後ろに位置し、賊達を馬上から睥睨する。

そして、遂に賊達は私達に接敵し、上段に構えた武器を私達へと振り下ろす。そこまで見届けた瞬間、私は三本目の鏑矢を上空に放った。

その音を聞くや否や、茂みから兵達が飛び出してくる。もちろん、私達の友軍である文嚮と宣高配下の兵達だ。配下の兵を率いながら先頭を駆けて来るのは悪友二人。あの二人なら私とは違い雑兵に討ち取られる心配は無いだろう。

これにより、賊達は私達を相手にしながら後方から襲ってくる文嚮達も相手しなくてはならなくなった。小規模ではあるが、包囲殲滅の構えをがここに完成した。

釣り野伏。私の前世の故郷、鹿児島のお殿様だった島津家のお家芸である。これは敵を目標地点まで誘引し、伏兵による三面包囲を試みる戦術だ。失敗する危険性が高い反面、成功したときに相手に与える被害は並大抵の物ではない。島津家はこの戦法を効果的に活用する事で、九州の覇者へと躍り出る事になったのだ。

ともあれ、ぶっつけ本番ではあるが成功して良かった。内心で安堵の溜め息を漏らす。

 

【戦闘終盤】

 

西                         東

 

         ■■■     ▲②(後方から襲撃)

 敵陣      ■■■      ↓

敵  敵     ■■■       A①(防御重視)

陣  陣     ■■■      ↑

 敵陣      ■■■     ▲③(後方から襲撃)

 

▲:茂み

■:坂(東側が高所)

①麟(投石部隊) 五十

②文嚮(歩兵部隊)二十五

③宣高(歩兵部隊)二十五

 

A賊(歩兵部隊) 百名弱

 

何割かの敵は投石により怪我を負い、ただでさえ高くない士気がさらに低くなっている。さらに、敵はここに来るまでに野営地より走ってきていて、私達よりもずっと疲労しているのだ。錬度、士気、兵数、消耗度合い。すべてにおいて勝っているのならば負けるはずが無い。早くも敵の後方では離脱しようという動きを始めているが、散発的な行動であり上手くいっていないようだ。逃げ出されて体勢を整えられても困るので、このまま包囲を続ける。

ここまで大勢が決すれば問題無いだろう。

 

「義父さん。 指揮を任せるね。 このまま包囲を続けていれば、勝手に敵兵が崩れていくから」

「は!? 麟! おい、待て!」

 

指揮は義父さんに任せて、私自身も馬から降りて賊へと切り込みに向かう。義父さんから静止の声がかかるがあえて無視する。剣才が無いと自覚している私ではあるが、動揺しきった兵相手には流石に負ける事は無い。

前に出る目的は、ここで自らの手で人を殺す感触を刻みつけておく事だ。どうしても二十一世紀で生きていた時の倫理観が、人を傷つける時の罪悪感を刺激してやまない。本来であるなら慣れるべき事では無いのだろうが、武官として生きていく以上これからも戦場に出る機会は山ほどある。その度に具合を悪くしているようだと、思わぬ不覚を取る可能性も考えられる。今後の事を考えると、どうしてもこういう事に慣れていかなくてはいけないのだ。本当は嫌で嫌で堪らないのだが。吐き気を押し殺しながら剣を振るい、賊達を切り続ける。この時代の製鉄技術で作られた剣、しかも鋳造で大量生産された剣に過ぎないので、示現流の代名詞ともいえる蜻蛉からの打ち下ろしは封印している。受け止められたりしたら、それだけで剣が折れかねない。

 

それからどれくらい時間がたったのだろうか。生き残っていた賊達は手に持っていた武器を捨て、降伏を申し出てきた。

それを迷う事なく受け入れ、今回の討伐戦の山場は終わった。後は、投石により動けなくなっている残りの賊も捕らえれば任務が完了となる。これは比較的余力の残っている文嚮と宣高達に任せる事にした。投石を行い、敵兵を挑発して誘引し、正面から賊の突撃を受けていた私の配下に余力はないため仕方が無い。私達は目の前にいる降伏した賊達に縄をかけていく事にした。

 

無事に残りの賊達も捕らえる事に成功し、完全に賊討伐は終了した。捕らえた賊達は郯まで連れて行き、法の裁きを受ける事となる。賊になった経緯などの簡単な取調べ等までは私達で行っておき、円滑に法務処理が進むようにしておく。

それから、味方の死傷者の数も各隊で数えさせる。幸い今回は死亡者も重傷者もいなくて、軽傷の者が数名いるだけだった。私自身も怪我人の状態を確認したが、再起不能となる怪我ではないだろう。

二倍近い数の敵を相手にした事を考えると、完勝と言って良い出来だろう。

この勝利のために頑張ってくれた兵達全員に、郯に戻った際に特別報奨を出す旨を告知した。それを聞くと、全兵が沸きに沸いた。そのまま解散命令を下すと、取調べを行っていた段階で既に野営の準備まで整っていた事もあり、その興奮の冷め遣らぬまま兵達は宴会へと突入する。今日ばかりは深酒をする事も黙認するべきだろう。生き残った喜びを仲間と分かち合うのは、部隊の連帯感を生む事に繋がるのだから。

 

しかし、私は宴の準備を始める兵達に気づかれぬ様に、静かにその場を離れて人目に付かないように自分の陣幕の中に入る。そしてそのまま蹲り、用足しのために掘っている穴に向けて、盛大に胃の中の物をぶちまけた。

戦場に出るにあたって覚悟は決めていたつもりではあったが、正直甘く見ていたと言わざるを得ない。生きている人間に剣を向けて肉に突き立てる感触も、それによって物言えぬ屍に変わっていく光景も、それに伴いこの身を焼きつくさんとばかりに湧き上がってくる罪悪感も、文字通り死に物狂いで私を殺そうと迫ってくる敵兵の狂気とその恐怖感も。すべてが書では知る事のできない圧倒的な臨場感と共に私に襲い掛かってきた。そういった戦場での大きなストレスにより、精神がオーバーフローを起こしてしまって体に変調が起こっているのだろう。

正直に言おう。あの場で敵が降伏してきた事に一番安堵したのは、間違いなく私だったであろう。あと数分もその状況が続いていたら、恐慌をきたして真っ先に逃亡を図っていた。

兵達の前で平気な顔をしていたのは、全力で演技していたからに他ならない。折角規律を高め士気を向上させる事ができたのに、再び侮られる要因を私から作る訳にはいかない。そのため全力で吐き気を押し殺しながら、解散命令を下すまで我慢を続けたのだ。

 

そのまま数分間蹲り続け胃の中の物をすべて吐きつくしたが、吐き気はまだ収まらずにえずき続ける。いつまでも姿を消したままでは兵達が不審に思うだろう。そろそろ顔を出さなくては。

震える体に鞭打ち、精神力を総動員して立ち上がる。そのままふらふらと瓶まで歩き、中の水をひしゃくで掬い口をゆすいで地面に水を吐き出す。そしてもう一度ひしゃくで水を掬って今度は飲み干す。冷たい水を飲むと少し吐き気が収まった気がした。それから顔を手ぬぐいで拭って、意図的に笑顔を作る。そして、足が震えないように力を込めて、入り口に向けて歩き出す。

 

いつかこの罪悪感や吐き気も感じなくなっていくのだろうか?

そうやって慣れていく事は果たして良い事なのだろうか?

慣れていく事が出来なかった時に私はどうなってしまうのだろうか?

 

そんな疑問や不安が心に渦巻いているが、今は出来る事をやっていくしか無い。慣れるにしろ慣れないにしろ、その時が来たら改めて考えよう。

それはその問いかけから逃げているだけである事は自覚していたが、私はそう考えるより他に精神の均衡を保つ事ができない。

私は笑顔の仮面の裏側にそういう不安や怖れを隠しながら、戦勝に沸く兵達の方へ足を向けるのであった。




最後までお読み頂きありがとうございます。

ご意見ご感想等ございましたら記載頂けますと幸いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。