真・恋姫†無双 -糜芳伝-   作:蛍石

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幕間二を投稿です。

書いてて何度もお腹が鳴ってしまいました・・・。

空の麟への好感度が振り切れていますが仕様です。


幕間二 Cooking? Cooking! -行軍食ー

膨れっ面をしている海をなだめながら、一緒に居間へ向かう。

私はともかく、海は今日も仕事なのだから、すぐに朝食を取って登城しなくちゃいけない。

 

居間に入ると、叔子が王虎の餌の準備をしていた。

その叔子に海が小走りで近づき、抱きつきながらおはようと挨拶をする。叔子もくすぐったそうな顔をしながら挨拶を返している。

出会ってからまだ一年も経っていないけど、すっかりと仲の良い姉妹ができている。

私も羨ましくなり、混ぜてもらおうと叔子の方へ近づく。そして、叔子の頭を撫でながら微笑みながら挨拶する。

 

「おはよう、叔子」

「おはようございます。 公祐さん」

 

叔子は海に抱きつかれたまま、私に笑顔で挨拶を返してくれた。この娘は本当に素直で可愛らしい。こちらから笑顔を向けると、必ず笑いかけてくれる。子伯様や麟君も含めて、みんなで構ってしまうのはこういうところが原因だろう。

このまま叔子を相手に和み続けていたいのだが、とりあえず食事にしようとみんなで食卓に座る。

そうして待っていると、使用人さんが私たちへ挨拶をしながら朝食を持ってきてくれる。子伯様と麟君はどうしたのかと聞くと、子伯様は既に登城なさって、麟君はまだ眠っているとの事だ。昨夜遅かったみたいだし、しょうがないのかな。

三人でお喋りしながら朝食を食べた後、海は慌ただしく登城していった。

 

食後、叔子は王虎を膝に載せて、麟君お手製の計算帳を使って勉強を始めた。パチパチと、算盤を弾く音が耳に心地よい。

この算盤という道具は、麟君が作成した物だ。元々これは、麟君が自分で使うために作った物で、最初は一台しか無かった。しかし、子伯様がその有用性を認め、私たちにも扱う事ができるようになれとお命じになったのだ。

そのため、麟君主催の青空教室で課題として扱う事になり、村の子供たちの多くは算盤を扱う事ができるようになっっていた。

ちなみにこの算盤は、子伯様が広めた事もあって?の商人や官吏達も持っている人が増え始めている。

 

叔子も同様に麟君から算盤を覚えるように言われたため、頑張って勉強しているのだ。私はそうやって勉強している叔子の隣に座り、分からないところがあれば教えてあげつつ、麟君から借りた塩鉄論を読み進める。

これは麟君に薦められて最近読み始めた。経済書のため読みづらいかと思いきや、対話形式で編纂されているため読み易く、議論の内容が経済だけではなく多岐に渡るため、なかなかに興味深い。

麟君はそれだけではなく、相手を説得する際の討論の仕方も学ぶ事ができると言っていたが、確かに参考になる。対話形式のため、相手をどう言い負かして自分の意見を認めさせようか、それが読み取りやすくなっているのだ。紹介してくれた麟君に感謝しながら読み進める。分からない部分は後で麟君に質問しようと、忘れないように木片に記載をする。

 

そうやって時間を過ごし、叔子が課題を全部終わらせた頃、麟君が居間に入ってきた。

 

「おはよう、お兄ちゃん」

「おはよう、麟君。お寝坊さんだね」

 

叔子がまず挨拶し、私はからかうように声をかける。決して昨夜の意趣返しではない。無いったら無い。

 

「おはよう。 とは言っても、もうこんにちはの時間かな」

 

麟君はそう言って、少し苦笑いをする。

そんな麟君に、私は言葉を返す。

 

「疲れているんだったら、さっさと寝れば良いのに」

 

いけない、声に少し険が混じった。八つ当たり、駄目。絶対。

 

「まあそうなんだけど、ちょっと急いで報告書作る必要ができてね」

 

特に私の声の調子を気にした様子もなくそう言って、麟君が私たちの向かいに腰を下ろす。私達と顔を見て話せるように、という意図なのだろう。それでも、あえて私の隣に座って欲しかったと思うのはわがままだろうか?

 

「お兄ちゃん、課題終わったよ?」

「あ、本当? じゃあ、採点するから少し待ってて」

 

そんな風に煩悶する私をよそに、叔子が計算帳と解答を書いた木板を麟君に渡す。

麟君はそれの答え合わせを始めるようだ。

私は、麟君の分のお茶を淹れに席を立った。

 

麟君の分、それから私と叔子の分のお茶まで淹れて居間に戻ると、麟君は叔子の計算帳を指差しながら、何か教えていた。さっき私が見た時には間違った答えは無さそうだったんだけど。

 

「で、三つの固まりが三個あると九になる」

「むー」

 

ああ、なるほど。間違いへの解説ではなく、次の単元の説明をしているのか。

 

「お茶が入ったよ。 叔子は乗算の学習開始?」

「ありがとう、頂くね。 加算と減算はもう完璧みたいだからね。九九を教え込もうかと」

「……難しいよ、これ」

 

感謝と共にお茶を受け取る麟君と眉を寄せて考え込んでいる叔子。

乗算はコツが分からないと難しいよね。海は私よりもずっと早く理解したんだよね。

 

「九九は音で覚えちゃうのが早いよ」

「音?」

 

席に座り直し、私はそう叔子に言った。私も乗算を覚えるのには非常に苦労した。そこで麟君が教えてくれたのが、九九を丸暗記してしまう方法だ。

 

「繰り返し、繰り返し九九を唱えてその自分の声で答えを丸暗記しちゃうの。 九九はその表にあるとおりの答え以外は絶対に出ないから、そういう方法で覚えちゃうんだよ」

「唱える……」

 

叔子は呟くようにそう言って、一の段から順に唱え始めた。

麟君はその様子に安心したようで、一つ大きく頷いて、ゆっくりとお茶を飲み始めた。

私もお茶を少し飲み、麟君へ向き直って話しかけた。

 

「ところで、少し気になってる事があるんだけど。 いくら出兵したとはいえ、報告書って翌朝すぐに出すような物じゃないんでしょ?」

 

確か、通常は口頭で報告をした後、報告書を二週間以内に提出するような日程だったと記憶している。

 

「あー、さっきも言ったけど、報告書を急いで作る必要性ができちゃってね」

 

そういって、麟君は苦い表情を浮かべた。

 

「故意か不慮かは分からないけど、報告されていた賊の数よりもずっと多かったんだ。 捕虜とした数だけで最初の報告の数よりも多いから、誤りが有った事を誤魔化す事はできないだろうね」

 

吐き捨てるようにそう言って、麟君は大きく溜め息を吐いた。

思っていた以上に大変な状況だったんだ。無事に戻ってきてくれて良かった、心中でそう安堵の溜め息を吐く。

 

「まあ、おかげで練兵にてこ入れできそうだし、災い転じて福と成すってところかな」

 

麟君によると、今回の報告間違えは偵察の誤りとして落ち着く可能性が高いとの事だ。そこで、州兵の練度向上を目指すように上奏をしたとの事だ。どうやらそれが昨日作っていた報告書らしい。

 

「それ、すぐ作る必要有ったの?」

「時間が立つと、反対する方々に反論を考える時間を与えちゃうからね。 まさか戻ってきたばかりですぐに報告書と上奏文が提出されるとは思わないでしょう。 だから今日提出だったら、何の反対も受けずにそのまま裁可が下る可能性が高いんだよ」

 

少し呆れてしまう。抜け目が無いというか、なんというか。

けど、危機も好機に変える意思を持ち続けるのは良い事だよね、うん。

そうやって前向きに麟君の行動を捉える事にする。恋する乙女ですし、好きな人の行動を全部肯定してもおかしくないと思うのだ。……あれ?私だけ?

 

少し会話が途切れてしまい、叔子の九九を唱える声だけが聞こえる。

別段会話がなくても、気まずさは感じない。今さらその程度で気まずさを感じるほど、短い付き合いではない。

その事を少し自慢気に思っていると、麟君がちょっと作業をするね、と前置きして席を立った。そして、いくつかの木札と筆記具を持って戻ってきた。

そして木片に色々と書き始める。

 

道路、駐屯地、工兵、土木、投石、弓兵、槍兵、騎兵、補給、記録、識字、福利、食事、宿舎、年金等々。

次々と手を休めず、木札一つに単語一つを書いていく。

何か新しい遊びでも作るのかな?

 

不思議に思いながらそれを見ていると、麟君は書き終えたようで筆を置いてその木札を色々と並べかえを始めた。

叔子もいつの間にか九九を唱えるのを止めて、麟君が始めた事を王虎と一緒に興味津々に見ている。

 

王虎がちょっかいを出して木札を弾き飛ばしたりしながらも(その度に麟君と叔子が折檻していた)、麟君が並べかえる手を止めて満足げに一つ頷いた。

終わったのかな?

 

「お兄ちゃん、それ何?」

 

叔子が目をキラキラさせて麟君に尋ねる。ああ、叔子も新しい遊びと思ったのか。

 

「ちょっとしたお仕事だねー」

 

木片から目を離さずに麟君が答える。

わ、みるみる内に叔子がしょげていく。麟君に遊んでもらえると思ったんだね。

慰めるために頭を撫でてあげながら、私は麟君に質問をした。

 

「それで、これは一体なんなの?」

「ちけっ……。 いや、なんでもない。 これは今回の行軍で気づいた、今後州を挙げて推進していった方が良いっていう事柄。 それを関係する事柄でまとめて置いていってるんだよ。 こんな風に」

 

そう言って、麟君は土木、道路、工兵、駐屯地でまとまっている木札を指差した。

なるほど。ところどころ意味が分からない単語はあるけど、やろうとしている事は理解できた。

 

「たくさんあるね。 これ全部を進めていくの?」

「流石に全部をすぐにっていうのは無理だけどね。 ひとまず優先度の高い物から一つずつこなしていくしかないね」

 

麟君はそう口にしながら、どれから始めようかと木札を吟味し始めた。

私と叔子もそれを眺めていたが、叔子がそのうちの一枚に興味を持ったようで、それを手に取った。

 

『食事』

 

叔子が取った札にはそう書いてあった。

 

「ご飯?」

「うん。 ご飯」

 

単語で問いかける叔子に対して、麟君も単語で答える。

……ん?ご飯?

 

「ご飯って、出兵に関係あるの?」

 

せいぜい持っていく量を考えるだけだと思うんだけど。

 

「私も知ってはいたけど、実感の無かった事なんだけどね。 戦場の食事は美味しくない」

 

しみじみと麟君はそう言った。

さらにこう続けた。

 

「小麦と塩を水で溶いただけの汁を、私は料理と呼びたくはないよ。 厭戦気分になってもしょうがないと思う。 あれを一ヶ月も食べれば、どんな兵士でも家に帰って美味い食事を食べたくなるよ」

「そ、そこまでなんだ」

 

確かに例に出された物は美味しくなさそう……。

 

「美味しい食事を出すだけで士気を保つ事ができるなら、やってみる価値はあるんじゃないかなと思ってね」

 

まあ、言わんとする事は私にも理解できた。けど問題も有りそうだよね。

 

「けど、単純に食べ物持っていっても腐ったりして駄目になっちゃうんじゃない?」

「うん。問題はまさにそこに有ってね。 一応解決する事ができる方法は思い付いてはいるんだけど……」

 

そこまで言って麟君は言葉を切って考え始めた。それから、少し悪戯っぽい表情を浮かべてこう言った。

 

「それじゃあ、食べてみようか?」

「はい?」

 

 

 

麟君のその一言で、昼食は麟君お手製の行軍食となった。現在、麟君は厨房に入っている。

正直言ってかなり不安だ。先ほど、麟君から今回の討伐で食べていたという行軍食の話を聞いたからだろう。

いや、けど美味しい料理を食べたいって言ってて作るのだから、変な物は出てこないだろう。

しかし、今回食べた物よりましになる程度の食事が出てくるかもしれないし。

 

そうやって悶々としている私に対して、叔子はただひたすらに待ち遠しいようだ。麟君が作るご飯ってだけで喜ばしいのだろう。

まあ、麟君のご飯美味しいからね。こっち来てからは使用人さん達の顔を立てるように料理をしなくなってるし。

……卵焼き食べたい。

 

「麟君! だし巻き卵も一緒に作って欲しい!」

「よろこんで!」

 

厨房にいる麟君へ向けて大声を張る。そうすると、了解の旨が帰ってきた。

あの返事は、料理を作ってほしいとお願いされた時にはそう答えなくてはいけない、と啓示のように頭に思い浮かんだそうだ。こういう時、麟君の頭は時々変だと思う。まあ、そんな所も好きなわけですので、文句をつけるつもりはさらさらないのですが。

卵焼きの注文が通ったからか、叔子が満面の笑みを浮かべている。きっと尻尾があるならぶんぶんと千切れんばかりに振り続けている事だろう。

そんな事を考えているうちに、麟君は料理を作り終えたようで厨房から湯飲みを載せたお盆を持って出てきた。

……湯飲み?

 

「お待たせ。 まずはこれをどうぞ」

 

そう澄ました顔で言いながら、私と叔子の前に湯飲みを置いていく。

中には白い水のような液体が湯気を立てている。

……えっと?

思わず固まってしまった私と叔子へ、麟君が満面の笑みを浮かべながらこう言った。

 

「私が戦場で食べた小麦汁。 これから私が作った物と比較するためには、食べてみないと駄目だと思ってね」

 

嫌がらせ、絶対嫌がらせだよね、これ!

思わず恨めしそうに麟君の事を見てしまう。叔子も切なそうな顔をしながら、湯飲みと麟君の顔を交互に見ている。おあずけをされている犬をみているようで、正直少し和んだ。ごめん、叔子。

 

「まあまあ。 私はこれをなみなみとお椀一杯に注がれて食わされたんだから」

 

麟君が言ったその言葉にため息をついて、諦めて匙を手に取る。叔子も嫌そうな顔をしながら匙を取った。

 

 

 

こんな物食べていたんじゃ士気は維持できない。

 

口直しとして出してくれただし巻き卵に舌鼓みを打ちつつ、そう確信すると共に結論付ける。

 

「想像以上に酷いね、あれ。 長期になると厭戦気分が蔓延するのも分かるよ」

「でしょ? しかも、火が使えない状況だったらお湯じゃなくて水で溶くんだよ? 冬場は体が冷えきって体を動かせなくなるって」

 

そう言った後、麟君は厨房に次の料理を取りに行った。

叔子は先程から私たちの会話に加わらず、一心不乱に卵焼きを食べていた。今は食べ終えてほうっと小さく息を吐いている。好物を食べれてご満悦のようだ。

 

「卵焼きは満足できた?」

 

こくこくと無言で頷かれた。

 

「小麦汁はどうだった?」

 

無言で泣きそうな顔をされた。

なので私も無言で頭を撫でてあげる。

 

そうしていると、麟君が次の料理を運んできた。お椀に入っているようだ。

まさか小麦汁二杯目かと叔子と一緒に戦慄していると、麟君がお椀を私達の前に置いた。

中身は餃子のような物が数個入っている。

ひとまず小麦汁で無かった事に安堵し、箸を持って食べようとする。箸でつまむと、カチカチなのが分かる。バリバリと食べれば良いのだろうか。

食べ方が分からず箸を持ったまま固まっていると、麟君がお湯を持ってきて私達のお椀に注ぎ込んだ。

 

「そのまま少し待って。 数分で食べ頃だから」

 

麟君の言う事を不思議に思いつつ待っていると、お湯を吸って固かった物体がふやけ始めた。あ、これって。

 

「これ、ワンタンの皮なんだ」

「ご明察。 それじゃあそろそろ良さそうだし、皮を破って中身をお湯に溶きながら食べてみて」

 

麟君の言う通りにしてみると、破れた皮から中身が出てきてお湯に溶けていく。美味しそうな臭いがしてきた。中身に味が付いていたようで、お湯の色が濁っていき(たん)となったのが分かる。

 

レンゲを使い、口にその(たん)を含む。驚くほど美味しい。

中身は豚の挽き肉と生姜とネギかな。後、鷹の爪も細かく刻んで入れてあるようだ。少し辛めだけど許容範囲だ。

叔子も美味しそうに食べている。辛いの平気なんだ、と妙なところを感心してしまう。

 

「名付けるとするなら即席ワンタンかな。 挽き肉を調味料と一緒にしっかりと炒めて水分飛ばした物を、厚目のワンタンの皮に包んで油で揚げたんだ。 水分が少なくなっているし、鷹の爪も入っているから、腐りづらくなってるはず。随分と日持ちするんじゃないかな」

 

生姜と鷹の爪が入ってるから体を暖めるし、寒い時用の行軍食だね、と麟君が説明している。

これはすごいと思う。日持ちするように工夫がされていて、お湯を注ぐだけで簡単に美味しい(たん)となる。戦場でも、小麦汁よりずっと喜ばれるのではないだろうか。

そう考えながらもレンゲは止まらず、叔子と二人でハフハフ言いながら食べる。

その間に、麟君は次の料理を準備しに厨房へ入っていった。

食べ終えたら、汗を掻くくらい体がぽかぽかしている。

叔子も暑いようで服の襟を掴んでパタパタと風を送っている。

ちょっとはしたないから注意した方が良いかな?

そんな風に思っていると、麟君が次の料理と水を持ってきた。

麟君から水を受け取り、体を冷やすためにゆっくりと飲む。

 

「豚の腸詰めと乾燥肉の薫製。 ちょっと匂いに癖があるから、苦手だったら残して」

「くんせー?」

「煙で食べ物を燻して長持ちするようにする事。 匂いが着くから、風味が変わって美味しいよ」

「ちょうづめって?」

「豚の腸に細かく叩いた肉と野菜、香辛料を混ぜた物を入れた料理。 肉の旨味が凝縮されるから美味しいんだよ。あ、王虎に食べさせちゃダメね。ネギ入ってるから体調崩すかもしれないし」

 

麟君が丁寧に叔子の質問に答えてるけど、百聞は一見にしかずと言う。とりあえず食べてみる事にする。

小さく一口大に切られた腸詰めを口に入れる。

……美味しいっ、これ!

麟君の言っていたように風味が変わって、お肉特有の臭みが感じなくなってる。麟君が言った癖のある匂いはまったく気にならない。むしろ、私はこの匂い好きだな。

続いて乾燥肉も口にする。これも美味しい。何かに漬け込んで味が付いているんだろう。それを軒下に干す事で乾燥させたのかな。

 

「これも長期保存できるの?」

「腸詰めは湿気に当たらないように気を付ければ一ヶ月は保つかな。 乾燥肉はもうちょっと長い。 焼いた肉を考えると少し味気ないけど、持っていくと喜ばれると思うんだ」

 

十分過ぎると思う。塩漬け肉っていう手もあるんだけど、あれは漬かっている塩ごと瓶で運ぶ必要があるから、重量が増える。つまりは純粋に持っていけるお肉の量は少なくなる。それに、瓶に入れなきゃいけないため、割らないように輸送する必要もあるのだ。

これらの燻製製品は、油紙にでも包んで湿気から守ってやれば良いので、輸送を少々手荒に扱っても問題ないのだろう。それだけでも、十分な利点となるだろう。輸送計画を作る文官側としては、多少の悪路でも経路に選ぶ事ができるようになるのは非常にありがたい。

 

「乾燥肉は味が付いているから、細かく刻んで煮出せばそれだけで(たん)にもなる。 なかなかに便利な物だよ」

 

麟くんの説明を聞きながら、叔子と一緒に夢中になってお肉を食べたら、すぐに無くなってしまった。少し残念。

次で最後らしいけど。はてさて、いったい何が出てくるんだろう。凄く楽しみだ。

さっきまでの不安がどこかに消えてしまっている事を我ながらおかしく感じながら、麟くんが最後の料理を運んでくるのを待つ。

 

数分後に麟くんが運んできた最後の料理は、長方形に切られた柔らかそうな物だった。

説明を促すために麟くんへ視線を向ける。

意図を読み取ってくれたようで、麟くんはこれの説明を始めた。

 

「長生飴っていうんだ。 これも二ヶ月くらいは味が変わらないで食べる事ができる。 少し風味が落ちるかもしれないけど、三、四ヶ月までは食べても体を壊したりしないかな」

 

そんな麟君の説明を聞きながら、さっそく頬張る事にする。

食感がもちもちしていて面白い。噛んでいると素朴な甘味が口に広がる。

しばらく噛んだ後、飲み込んですぐに二切れ目に手を伸ばす。

 

「戦場で甘味を手に入れるのって凄く大変でね。 はちみつや糖蜜を持っていくのも大変だし、現地調達も難しい」

 

その苦労はよく分かる。北海から東海に移動してくる時にどれだけ甘いお菓子が恋しかった事か。

 

「それで、今日の料理はどうだった?」

 

最後の長生飴も食べ尽くしたところで、麟君から今日の料理の感想を求められた。

 

「凄く美味しかったよ。 行軍食としてだけではなくて、普通にお店で売り出しても完売御礼になりそう」

「うん。 おいしかったよ」

「ありがとう。 旅の準備をする人達向けにも商家で売ってみようかと思ってはいるんだ。 とりあえず、義父さんに食べてもらって許可をもらう事にするよ」

 

私たちの言葉にそう返して、麟くんは嬉しそうに笑ってくれた。

 

食事が終わり、私と叔子でお皿を洗って、三人でおしゃべりしながら時間を過ごす。そんな風に穏やかな時間と共に午後は過ぎ去っていくのだった。

 

ーおまけー

後年、この時の事を回想するといつも死にたくなる。主に羞恥心が原因で。

 

叔子が眠たそうにしていたので、麟くんが抱えて部屋に連れていった後も二人でおしゃべりを続ける。そろそろ夕暮れが近づき始める、そんな時にそれは起きた。

 

「そういえばさ」

「ん? なに?」

「空さんはなんで私と義父さんが遅くまで起きてた事知ってるの? 先に部屋に戻って休んでいたみたいだったのに」

 

そう麟君から質問が飛んできたので、私は正直に答えた。過去に戻る事ができるならば、私はこの時の自分を張り倒して口を閉じさせるだろう。

 

「ああ、その事? 麟君と一緒に寝ようと思って部屋に行ったんだけど、麟君がいなかったから。 少し探したら居間で子伯様と話している声が聞こえたから、多分まだおきてるんだろうなって。 おかげで、麟君を慰めてあげようという計画がご破算になっちゃったよ」

 

私は恨みがましい口調にならないように気を付けて、おどけるようにそう口にした。

いつもならこういう時麟君は、その事に苦笑いと謝罪の言葉で返してくる。

しかしこの時は違った。

目を白黒させて、口をぱくぱくと魚のように上下させたのだ。

その反応にこちらも驚いてしまう。

何か私変な事言った?

 

「え、えーっと、空さん? どういう意図でそれを口にした?」

 

麟君が口元を引き攣らせながらそう言ってきた。

私はまたそれに馬鹿正直に返事した。

 

「まだ村に居た時に周姉さんから聞いた事があって。 村の女の子達しかいない場所で『戦場から帰ってきた男は昂っているから、夜に女の肌で慰めてあげるんだよ。その時にはお気に入りの下着を着けていく事を忘れないようにね!』って」

 

そう言うと、麟君はみるみる顔を赤らめて、私を信じられない物を見る時のような目で見てきた。

え、えっとそんなにおかしい事なのかな?

 

「えーっと、これって添い寝の事だよね? 夜に女の人の肌を感じるって……。 けど、なんでお気に入りの下着つけなくちゃいけないんだろ。 麟君分かる?」

 

それを勝負下着とも言ってたから、勇気が出るようなおまじないの類いなのかな?

そんなどうでも良い事を考えていると、麟君は机に突っ伏して頭を抱え始めた。

その行動に戸惑っていると、麟君は絞り出すように声を出した。

 

「空さん、それあまり口外しても、行動に移しても駄目だからね」

「えっと、添い寝してるのがばれると恥ずかしいから」

「そうじゃなくて!」

 

麟君が跳ね起き、私に向けて声をあげた。

ちょっとびっくりした。こんなに動揺している麟君を見るのは初めてかもしれない。

 

「……そもそも、空さん。 周姉さんの言った事、正確に理解できていないんでしょ。 だったらそういう事はあまり言わない方が……」

「そう言うって事は、麟君は理解できているって事だよね」

「……まあ、一応は」

 

歯切れが悪いけど、麟君は一応肯定を返してきた。

だったら話が早いよね。

 

「じゃあ、麟君が私に詳細をー」

「断る!」

「教えて……って早いよ!」

 

食い気味に私の言葉に被せて拒否の答えを返した麟君に対して抗議の声を上げる。

 

「良いじゃない、教えてよ」

「無理です」

「無理って、知ってる事なんでしょ」

「私の口からでは説明できないって」

 

どれだけ言い募っても口を割らない麟君に対して、私は段々と意地でも聞き出してやろうという心境になり始めていた。

 

しばらく教えろ、教えないの押し問答を繰り広げていたが、いい加減疲れたのか麟君が折れた。

 

「本当に私の、というか男の口から聞くの? 絶対後悔すると思うよ」

 

言い回しはよくわからないけど、麟君の言葉に深々と頷く。

麟君はそれを見て、小さくため息を吐いて説明を始めた。顔は赤いままで、決して私の方へ視線を向けようとしないまま淡々と。

 

その説明を聞き、自分の勘違いを理解できたところで、私も麟君に負けないくらいに顔が赤くなっているだろう。

あまりの恥ずかしさに椅子から立ち上がり、脱兎の如く自室に駆け戻る。麟君から制止の声がかかったみたいだけど、今は同じ部屋にいられない。

自室に飛び込み、寝台にうつ伏せに突っ伏して頭を抱える。

恥ずかしい!恥ずかしい!

恥ずかしい!

あまりの恥ずかしさに目尻に涙が溜まってきた。

 

私だって年頃の女の子なのだから、村に居た時に年上の女の子達から好きな人とそういう事をするというのは聞いた事はあったし、麟君には言えないがそういう事を麟君とするのを想像した事もある。

けど、それにしたってあまりにも恥ずかしい。

勘違いして昨夜麟君の部屋を訪れた事も、麟君にその事を馬鹿正直に話してしまった事も、思い人にその事に関する詳細を聞いてしまった事も。

全部が死にたくなるほど恥ずかしい。

 

先程までとはうって代わり、私の夕方から夜にかけての時間は、身悶えしながら呻き声を上げ続けるという、到底穏やかとは言えないように過ぎていくのであった。




最後までお読み頂きありがとうございます。

麟が言いかけた「ちけっ」は、チケット駆動管理と言おうとしました。
詳細はwikiとか見てもらえば良いかな、と。
備忘録的にチケットを作成しておこうとしたのが麟の意図です。

出てきた行軍食について少し補足を。

ワンタンは信長のシェフの湯づけを中華風にするなら、とでっち上げた作者の創作料理です。
実際に作って食べましたが、なかなかに美味しかったですね。生ワンタンの方が好きですが←

(たん)は中国語でスープの事。水を沸騰させたお湯とはルビで区別しています。

腸詰めはサラミやカルパスなどのドライソーセージをイメージしてください。
乾燥肉は咸肉や中世ヨーロッパで作られていた干し肉です。
どちらも、初陣の時に持っていこうと麟がちまちま作っていたのですが、結局間に合わずに置いていったという裏設定が。

長生飴は、熊本銘菓の朝鮮飴です。
これは実際にせいしょこさんに行軍食として用いられました。
朝鮮出兵時に持っていったので朝鮮飴です。朝鮮起源では(ry

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