真・恋姫†無双 -糜芳伝-   作:蛍石

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第十七話投稿です。

地方官吏について調べていたら、どつぼにはまりました。
何度出てくる官職名を直した事やら……。
もう正確性は気にしないで、大体こんな役職、ってくらいに留めた方が良いですかね?

時間軸的には、前回の話の数ヶ月前。麦の収穫が終わった頃の話になります。


第十七話 Go West -開戦の予兆-

徐州の州府に仕官して三年目になった。

練兵して、賊討伐して、金勘定して、と忙しく毎日を過ごしていたせいか、あっという間に時間が過ぎていった。

 

公的な近況を挙げると出世した。

いきなりではあるが、事実なので仕方がない。

 

現在は州牧様の下で主簿というポストに就いている。主簿は簡単にいうと、筆頭秘書官だ。二十一世紀日本でいうならば、官房の立場だろうか。庶務や各部局間の調整、書類や記録の取りまとめが主な業務となる。日本の戦国時代に例えるなら、織田信長に仕えた森蘭丸の役目だろう。初期であるならば、堀秀政か。

それに加えて、私の場合は私の持っている知識から適応できそうな物を州牧様へ提案する事も含まれる。というより、それを望まれてこのポストに就けられた。

今まで義父さんが主簿に就いていたのだが、少し前に別駕従事史に出世する事になったので空席となった。そこに義父さんが後任として私をねじ込んだのだ。

ちなみに前別駕従事史は陳漢瑜様。別名呂布キラー(父)だ。前回の茂才で東海郡太守に就任した。優秀な人間が重要なポストに就いたのだ。おめでたい事この上無い。

漢瑜様といえば、呂布キラー(子)こと陳元竜もこの度雒陽士官学校から戻ってきて、徐州に仕官した。そのまま曹操のところに仕えたらどうしようと一人ドキドキしていたが、杞憂だったようだ。史実的には地味ながら、知勇兼備の名将になる陳登が居なくなると徐州にとって大きな痛手となるところだった。

役職は東海太守の主簿。要は漢瑜様の腹心だ。漢瑜様の目が届くところで実務経験を積ませるのだろう。

陳家には元竜の雒陽行きに同行していた彼の弟もいるのだが……能力、性格ともに残念としか言いようがない。実は子山と取り替え児が起きてるんじゃないか?と疑いたくなるようなアレな性格をしている。まあ、あまり言及するとイライラするからこの辺りにしておく。

義父さんも茂才で下邳国の相を打診されたらしいのだが、私達がもう少し大身になるのを見守ってからと断ったらしい。州牧様から、儂からの要請を断るとは流石親子、とからかわれて顔を引きつらせながら平伏していた。その日の夕飯には労いを込めて、おかずを一品作って足しておいた。そのうち良い事あるさ。

代わりに下邳国の相には、丞に就いていた別の人物を推挙したらしい。

空いた下邳国の丞には、とある人物を推挙するように私が州牧様を説得した。なんでここにいるのかは知らないが、絶対に逃がしちゃいけない人材だ。元々推挙予定だった人物には恨みを買うかもしれないが、多少のごり押しはしょうがない。

 

さて、話を私の事に戻そう。おそらく州府を見渡せば、今の私の地位に就きたいという人間は多いだろう。

主簿という役職は位こそ低いのだが、秘書官だけに州牧様との距離が非常に近い。その分孝廉、茂才の候補になりやすくなる利点があるので、人気のあるポストなのだ。

まあ、私は徐州の地方官でキャリアを終える予定なので、その辺りのメリットはあまり意味は無いのだが。

 

ちなみに史実において刺史、州牧の主簿に就いた人物で一番有名なのは、かの呂布だ。丁原配下時代に就任している。おそらく身辺警護をさせるのに都合が良い役職として就任させたのだろう。その本人が裏切るのは丁原としても想定外だったのだろうが。

私も呂布と同様に武官兼務の主簿となるので、文官になったといっても戦場に出る必要がある。適正無いから辞退したいのだがなぁ。

 

私的な事の近況としては、そろそろ糜家の分家当主として独立しようかな、と考えている。というか、先日義父さん達の前でそう口にした。

その場に居たみんな(義父さん、姉さん、天明)から物凄く反対されましたよ、ええ。

理を尽くして、姉さんが当主を継ぐ前に上下関係を定めておいた方が良いと言い続けたんだけど、受け入れてもらえなかった。しかし諦めずに、今後も説得は続けるつもりだ。下手すればお家騒動の元になりかねないから、早々にその辺りは固めておかないと。嫌だぞ、姉さんと骨肉相食む様な家督争いをするなんて。

 

ちなみに空さんは糜家の屋敷の隣に家を建てて、両親を呼んで一緒に暮らし始めた。空さんも出世して給料が上がったので、ようやく一緒に暮らせる算段が立ったらしい。その孝心は襟を正して見習うべきだろう。

……最大の親孝行は、余計な事をせずに大人しくしている事かもしれないが、敢えて無視。

 

現在のあの村の長は、空さんの父親から子山が引き継いでいる。そろそろ子山へ仕官の誘いをかけてみようと思っているから、後任選びも始めた方が良いかもしれない。

 

さて、よそ事を考えている間にも書類の取りまとめが終わった。あとはこれを州牧様に持っていくだけだ。

 

天明(てんみん)

 

部屋の隅にある読書机で大人しく本を読んでいた天明の名前を呼ぶ。当然膝の上には王虎がいる。

本を閉じて机に置き、私の方へ歩いてくる。

私は天明に用事を言いつける。

 

「お仕事?」

「うん。 お使いをお願い。 この木簡は功曹書佐のところに持っていって。 こっちは簿曹書佐のところ。 私はこれから州牧様のところに行くから、戻ってきたらお昼にしようか」

「うん、待ってるね。 どこで食べる?」

「そろそろ寒くなってきたから、ここで食べようか。 一緒に食べられそうだったら姉さん達も誘ってきて」

「うん、分かった。 それじゃ、行ってきます」

 

そう言って天明は木簡を抱えて部屋を出ていった。その後ろを王虎は従者の様に付いていく。

 

天明こと羊叔子がなぜここにいるかというと、私の仕事を手伝ってもらっているからだ。

将来的に徐州で仕官してもらうつもりなので、今のうちに州府内で顔を知ってもらう事を目的としている。流石に書類作成はさせられないので、お使いや計算、伝言、留守番などの雑用をやってもらっている。何もお願いする事が無いときには、先ほどのように本を読んで過ごしている。

こうして働いてもらっているのは、近所の子供達より精神年齢が高いため浮いてしまい、輪に加わる事ができなかった天明自身の希望も反映している。家に一人で待っているのは寂しいそうだ。

糜家の三人と空さんを合わせた四人で、誰が州府で天明の面倒を見るか争ったのは言うまでもない。もちろん嫌がったからではなく、全員が自分の職場に呼び込もうとしたからだ。結局、私が面倒を見る事で決着がついたわけだが。

また、一年ほど前から叔子の事を真名で呼び始めた。何となく機会を逸し続けていたのだが、ようやく真名を交換する事ができた。

天明も前々から気にはしていたそうで、一人だけ字で呼ばれる事に疎外感を感じていたそうだ。もっと早く交換すれば良かったな、と後悔している。

ちなみに、天明と王虎のコンビは州府内でも人気があり、女官達にお菓子をもらって帰ってくる事がある。

 

さて、それじゃあ私も州牧様のところへ向かおう。両手に報告するための書類と資料を持ち、私は部屋を出た。

 

州牧様の所へ向かう途中、練兵場が目に入る。そこでは兵達が必死な顔をして鍛練している。

徐州の兵達もこの三年の間で練度と規律が大きく向上した。もとい、向上させた。

この三年で軍も大きく変わった。

戦場食の改善は、兵達が諸手を挙げて喝采をあげた。みんなまずい食事には辟易していたのだろう。簿曹の官吏達には頭を抱えさせてしまったが、必要な事なので押し通した。

また、賊討伐までの時間を短縮するために、郯から各郡に続く街道を作り上げた。それも、煉瓦を敷き詰めた本格的な道路だ。維持管理するための予算確保として、商人達へ増税を課したが今のところ文句の声は上がっていない。上がった税以上に、輸送が楽になった事で稼ぎが増えたからだろう。

ちなみに、この辺りはローマ街道をイメージして設計していたりする。

さらに、街道を敷設する事で賊の行軍経路を限定する事もできる。そりゃ賊だって楽な道を通りたいだろう。なので、街道の近くには必ず砦を建設するようにした。常時数十人の兵達を詰めさせて、賊が発生した際には即時で駆けつける事ができるようにしている。兵達は半年くらいで交代させて、士気が落ちる事を防止するようにしている。

折角だからその周辺を開墾して、町になるくらいまで発展させれば良いと思う。州牧様達にはそう提案しておいた。数にもよるが、まさか駐屯地を賊が襲う可能性はないだろう。仮に有ったとしても、かなり低いと思う。なら、安全に耕作地を増やす事ができるのだからやる価値はあるだろう。

 

街道敷設に活躍してくれたのは、ここにいる兵達だ。

ローマ軍団兵を参考に、土木作業も兵達の鍛練に加えたのだ。おかげで、陣地構築や行軍する際の架橋などが素早くできるようになり、徐州内を縦横無尽に駆け回る事ができるようになった。退役後も、培った知識と技術力で食に困る事はないだろう。

スコップも土木作業用にわざわざ作った。そのまま武器としても使用できるし、一石二鳥である。

 

投石紐も徐州兵達の間ではすっかりお馴染みとなった。

今では鍛練の一環として、飛距離や正確さを争う競技会を行うようになった。

他にも、馬術、弓術など白兵戦に限らない競技も執り行い、自分の得意分野を伸ばせるようにしている。ちなみに馬術はオリンピックの公式種目になっている物を元にして、障害やコースを設けて課題を完了するまでの減点方式で順位を決めている。弓術は遠的の命中率を競っている。

大体月一で何かしらの大会を開き、優秀な物には金一封を出している。流鏑馬(やぶさめ)も競技に入れようかな、と最近考えている。馬の数も質も揃ってきたし、そろそろ鐙を作って正式装備に加えても良い頃だ。パルティアンショットの凶悪さは歴史が証明しているし。

馬上で武器を振り回しやすくもなるし、鐙を作ったらポロをやらせてみようかな。馬上で長柄武器を扱う練習にもなるし、楽しみながら訓練に身が入るなら万々歳だ。

 

作戦行動中の命令違反には厳罰を下すようにして、規律を大きく高める事に成功している。ただし平時においては、よほど目に余る行動をしない限りは黙認するようにしている。ずっと締め付けていると暴発して反乱しかねない。

逆に功績のあった者にはきちんと褒賞を与えている。信賞必罰を定かにする事で、規律はある程度保てるのだ。

 

あとは士官学校らしき物を始めた。正確には学校ではなく、希望者のみを募って開講する形式をとっている。将来的には、ここから兵を率いる側にまわってくれる人物が出る事を祈るのみだ。

これは腕っぷしはそれほどではないが、軍を率いる事を夢見る連中にはそれなりに魅力的に映るようで、当初の想定よりも賑わっている。

呉下の阿蒙や、吃音持ちの名将のようにチート級とまではいえないが、下級指揮官から中級指揮官にはそれなりに優秀なのが出始めてきたようだ。規律の高さも彼らから一般兵に伝搬している面もあるようだ。

孫子の女官叩き切った話は効果絶大です。あまりに規律が低くなるなら導入しなくちゃなぁ、と授業の合間にぼそっと呟いたら、必死に自分の部隊へ戻り規律を正すようになってくれた。

 

ちなみに、この集まりで最初に教えていた生徒は文嚮と宣高だったりする。

あいつらもこの数年で随分と成長した。私ではもう武術で勝つ事はできない。兵を率いさせても、徐州でトップを争うようになっている。陣形を理解できていなかった頃に比べると、雲泥の差と言えるだろう。

二人も出世して、今の役職はそれぞれ郯の県尉となっている。私が主簿になる事が決まった時、孝廉で推挙してもらった。したがって二人はもう私の副官ではなく、それぞれ一軍の将となっている。

今後の徐州の軍事は間違いなくこの二人が中心となっていくだろう。徐州の二枚看板とでも噂を広めても良いかもしれないな。

どうでも良い事だが、県尉になった時に勢いで長い間想い続けてきた相手、姉さんと空さんにそれぞれ告白したらしい。結果は見事に玉砕だったようだが。浴びるようにやけ酒を飲む二人に付き合わされ、死ぬ思いをしたのがつい半月前の話だ。

結果的に失恋の傷を忘れるために、仕事に没頭し続けている二人は凄まじい速度で名将までの道を駆け上がっているので、結果オーライと言える……のかなぁ?

ただ気になるのが、二人の断る時の理由が「想い人が別にいる」だったらしいのだが、相手誰なんだろう?あまり仕事でも男と一緒にいるところを見ないし、逢い引きしている様子もない。断るのに適当な理由として言っただけなのかな?

 

教育といえば、新しい制度を導入試験中だ。私の前世の郷里である鹿児島で、幕末頃まで行われていた教育制度、郷中教育だ。

簡単に説明すると、学校に通って勉強をするのではなく、学区を作りその中で年長者が年少者へ勉強を教えるという教育だ。教育費をかけずに学問をさせる事ができる。手始めに、郯で糜家の商人達に教師役を買って出てもらい、試験導入している。

厳密に適用すると切腹する人間が大量に発生しかねないので、儒教による道徳観念の実践、読み書き計算などの基礎教養、武術の鍛練等に留めている。

日新斎いろは歌みたいに、道徳観念を子供が覚えやすいような工夫ができればなお良いのだが。節をつけて唄にすればなんとかなるかなぁ?

ちなみに、これで優秀な人間が見つかるようだったら、そのまま抜擢する予定である。本格的に学びたい者はその後私塾に通おうとするだろうから、住み分けはできている。私塾を開校している方からの苦情は来ていない。むしろ、教え方について情報共有できるように会合を開くようにした。なかなかに好評を博している。

 

士官学校もどきといい、郷中教育といい、教本となる書籍が数多く必要となるので、大量生産する方法も思い付いた。

アルファベットとは違い、漢字は大量にあるため活版印刷は絶対無理というのは分かっていた。なので、版画の要領で鏡文字を木の板に彫って印刷をしてみたところ、結構上手くいった。

インクは松脂や油を墨に混ぜてでっち上げた。

これにより、本の大量生産が可能となったので、本の普及率が大きく上がった。本の価値が下がったため、本屋が潰れる心配があったが、率先して印刷業に転向するようにお願いしたため、潰れても即座に生活が困窮する事はなかったと思う。

 

州牧様の執務室に到着したために、思考はそこまでで打ち切る。頭の中身を整理する意味でも、やってきた事を洗いざらい出してしまいたかったのだが、まだまだたくさんあるので、また時間が空いた時にチケット代わりの木札に書き込んでおくことにしよう。

 

 

 

「失礼致します」

 

来訪を告げるために声をあげて、私は部屋に入った。中には州牧様の他に、別駕従事である義父さんがいた。

 

「ふむ、来たか。 揃ったようだし始めよう。 どちらから話す?」

「では私から」

 

義父さんが手を挙げて話を始める。

 

「まず、お前が提案していた内容は概ね許可を出す。 予算も出るので必要な経費を算出して私宛に提出しろ。 私の方から簿曹従事は説得する」

「了解。 えーっと、提案していたのは州内への巣箱の本格導入、それに伴う千刃扱きの生産と普及。 街道の砦周りへの入殖と開墾。 街道の延長」

「あとは、商業制度の変更、特に塩の扱いだな。 何点か気になる事もあるので、その辺りは一緒に詰めさせろ」

「了解」

 

故郷の村で試験導入していた、俗に言う『ラングストロスの巣箱』だ。あらかじめハニカム構造を内部に作っておき、蜂を殺さずに巣板を取り出すだけでハチミツを採取できる。数年前に作成していた遠心分離機もこれでようやく本来の役割に使う事ができる。

さらに、村にいる未亡人達には巣箱の管理とハチミツの採取、蜜蝋の作成を担当してもらい、脱穀の仕事から外れてもらった。これにより、千刃扱きの本格導入も可能になる。

穀物の受粉も確率が上がるようになる事だろう。生産量も上がるはずだ。

蜜蝋は蝋燭を作り、高級な照明器具として使用する。

蜂蜜も蜜蝋も徐州の名産品になり始めた。甘味は貴重だしなぁ。

 

商業制度の変更は、主に塩の専売制についてだ。『劉晏の塩法』を模して、政府は市場に介入せずに免許を交付した塩商だけに塩を販売し、流通は塩商に任せきるという方法だ。ただし、利益率についてはこちらから一定額にするように通達する。暴利をむさぼられて、民にヘイトを貯められても困る。あまりに悪質な場合は免許取り消しもあり得ると伝えている。どこまで効力があるかは未知数だが、やらないよりは良いだろう。

後は、「(こう)」という商業組合を作る事を打診した。これは江戸時代の座を模して作っている。これで商業の統制を行いやすくなり、税収も安定化が見込める。

 

「それじゃ、その話は昼食後に詰めるって事で大丈夫ですか?」

 

義父さんと二人で州牧様を見て、そう問いかける。大きく頷いたので、次の議題に移る。

 

「次に、お前から申請していた新しい副官についてだが、認可が降りた。 彼女にはお前から伝えるか?」

「了解。 午後からもう業務を始めてもらうつもりだけど、それで良い?」

 

それを聞いてほっとした。

宣高と文嚮が副官でなくなったので、新しい副官について候補を添えて申請していたのだ。

流石にここで断られるとあの娘の境遇がますます厳しくなるところだったので、助かった。

 

「しかし、何故お前がそこまで固執するか、理由が分からないのだが。 そんなに優秀なのか?」

「……まあ、一国の宰相くらいじゃ役不足だろうと思うくらいには」

 

私の言葉を冗談と思ったのだろう。州牧様は笑い声を上げたが、義父さんは私の言葉の真偽を見定めようと顔をじっと見てきた。

詳細を話す気はないよ、と義父さんに苦笑いを浮かべて見せる。意図が通じたのか、義父さんは諦めて次の議題へと戻った。

 

「次に、治中従事史についてだが、王功曹書佐にお願いする事に致しました。 これに関しては私と漢瑜殿からお願いしていた件となります」

「うむ。 良いように計らってくれて問題は無い」

 

おお、景興さん出世するのか。確かに誠実で穏やかな人柄だし、清廉を旨としているから賄賂も受け取らないしな。人事権を持たせるにはふさわしいと言える。

 

王朗 字を景興。

史実では人物評価に優れて、儒学に通じ、徳を持って治める事を良しとする温厚な人柄だったらしい。

法運用の専門家で、罪に疑いがある場合には減刑をするようにしていた。

軍事的な功績が無いため地味に思われがちだが、魏に仕えた徐州の人間としては、相当な高位まで登りつめている。おそらく陳羣と双璧ではないかな。

 

この世界でも、温厚で人を厳しく批判したり、陰口を叩いたりしない事で多くの人に慕われている。年齢は私より三歳上だが、あの包容力は十代とは思えない。

同年代で同姓という事もあり、姉さんと空さんも姉同然に慕っているようだ。

ちなみに趣味が料理で、私もよく色々とレシピを交換しあったりして良い付き合いをさせて頂いている。

 

「空いた功曹書佐はどうする?」

「ひとまず空席にするか、誰か適当な人物がいるようなら仮に就けておくか……」

 

なんでそこで私をちらっと見る。

 

「重要な席となりますので、軽々しく就けるべきではないでしょう。 ふさわしい人物が現れるまでは空席のままで良いかと」

 

私が自分の意見を述べると、二人は頷いてくれた。そんなに都合良くふさわしい人材を見つけてくる事はできないって。

 

「私からは以上となります。 麟。 お前からは何かあるか」

「直接的に政務に関わる事ではないのですが、気になる事が一つ」

 

そう言って、私は糜家の商会から仕入れた情報から作った表を机の上に並べる。

 

「表を見てもらえば分かりますが、涼州近辺で穀物の値段が数ヵ月前からじわじわと上がっています。」

「……別の表だと馬の取引量が大きく減っているな」

「塩や鉄の軍需品の値段も上がっていますね。 まるで、誰かが買い占めているような値動きをしています。 麟、心当たりはあるか?」

「確証は無いんだけど……まるで近々軍事行動を起こすような値動きなんだよね」

「西涼で乱とか、何の悪夢だ」

「西涼騎兵だからねぇ。 苦戦する事は目に見えてるよね」

 

西涼の民は遊牧民族である羌族等と密接な関係があるためか、生活が騎馬民族に近い。そのため幼い頃から馬を乗りこなす事が求められる。騎兵戦力としては、中華で一番と言っても過言では無いのだ。

騎兵戦力は歩兵よりもずっと強いため、精強な西涼騎兵を相手にするのは非常に分が悪い戦いを強いられる。

 

「先月の時点で報告しなかった理由は?」

「値上がりは一時的なもので、収穫が終われば価格が下がるんじゃ無いかと思って報告致しませんでした。しかし、もう麦の収穫終わっているので、通常なら下がるはずなのですが……」

「下がっていないからには明らかに人為的な理由があるという事か。 子方、何か我らからできる事はあるか?」

「朝廷に西涼が不審だと伝えるくらいですかね。 けど、それも実際に火の手が上がるまでは傍観の姿勢を取る可能性が高いです」

「さりとて、伝えない訳にはいくまい。 子伯、至急使いの準備を」

「御意。 麟」

「はい、上奏文は既に用意しております。 あとは誰を使いに出すかですが……」

「ほう、準備が良い。 急を要するな……。 馬術が達者な者から選ぶぞ。 お目通りを願うならば官位も必要となるか。 官位を持っていて、馬術の腕が達者な者となると……」

「ならば、宣高でしょう。 この間の討伐の報奨として名馬を与えています。 品位は低いですが官位も持っているため適当かと存じます」

「同意します。 おそらくそれが最適かと」

「ふむ。 二人とも同意見ならば、それで採用しよう」

 

三人で矢継ぎ早に話を詰めていく。急を要する事だし、悠長に朝議で決める暇はない。

おそらく必要になるだろうと、上奏文を用意したのもここで生きてくる。

 

「では、すぐに宣高には出立の準備を整えさせます。 無駄になるかもしれませんが、討伐が必要になった場合に備えて、遠征の準備も進めた方がよろしいでしょうか?」

「……万が一我らの手で討伐する事になった時に必要となるか。 構わん、許可する」

「「御意」」

「議題は以上か? ……ならばすぐに行動してくれ。 麟からの提案内容の精査があるから、後でもう一度集まるぞ」

 

拝礼をして、義父さんと一緒に州牧様の執務室から出る。

 

「では、儂は出征の計画を作るが、宣高への伝達は任せるぞ」

「うん、分かった。 それが終わったら、昼食で良いよね」

「ああ、大丈夫だ。 ……ちなみに出征する可能性はどれくらいと思っている?」

「限りなく低いだろうね。 騎兵が相手だから、騎兵戦力が豊富な并州や幽州とか、それこそ反乱に加わらなかった西涼騎兵を宛てるんじゃない?」

「まあ、そうなるだろうな。 では、また後で」

 

 

 

義父さんとそんな会話を交わしたのが数ヵ月前。

 

「そんな風に思っていた時期が私にもありました……」

「どうしたんですか? 義兄さん?」

 

先触れの役目を州牧さまから仰せつかったため、馬に乗って討伐軍の陣地を目指しながら思わずそう呟いてしまった私に、律儀に言葉を返してくる姿が隣にあった。

淮陰で麻疹が流行した時に知り合った女の子、藍里だ。今は私の副官として、遠征に付いてきてもらっている。

 

なぜ淮陰で過ごしていた藍里が私の副官となっているかというと、諸葛玄殿が史実どおりに梯子を外されたからだ。もっとも、袁術と袁紹ではなく、袁逢と十常侍の争いであった事が違うみたいだが。その結果、諸葛玄殿達は荊州の劉表殿を頼ったらしい。

藍里は母親が足が悪い事もあり、面倒をみるために徐州に残る事になった。朱里と叔起さんはその前から荊州の水鏡先生の私塾に入っている。

で、その話を聞いた私が遅まきながら支援を申し出て、その一環として官吏への推挙をしたのだ。

 

「いやね、まさか徐州から討伐軍を出す事になるとは思わなかったな、と」

「それだけ義兄さん達がしてきた討伐の功績が抜きん出ていたという事ですよ。 実際に朝廷よりお褒め頂くという名誉に預かっているわけですし。 流石は義兄さんです」

「……朝廷から誉められたのは事実だけど、なんで流石って話に繋がるの? 私だけで討伐したわけじゃないよ」

「だって義兄さんが初陣で大成功を収めたから、練兵に力を入れるようになったんですよね? だったらこの規律の高さは義兄さんの功績じゃありませんか」

「いや、私だけの功績では……」

「もう、義兄さんは謙虚すぎますよ。 もっと自分の功には声を大きく上げて行きませんと。 この乱世では名を上げられませんよ」

 

むう、と軽く不満そうに私を横目で睨んでくる。

私を過大に評価しすぎだと思う。私を諌めてくれる厳しい人間も周りに置くべきかな。

 

「まあ私の事は置いておくとして。 今回の出征には孫家も関わっているんだよね」

「……そうですね。 『江東の虎』。 徐州にもその勇名は届いています。 味方になるのであれば、頼もしいですね」

 

藍里は不満そうにしながらも、私の出した話題に乗ってくれた。

 

「そうだね。 けど、西涼騎兵が相手となると勝手が変わるから、その辺がどうなるかだなぁ」

 

徐州も揚州も賊が騎馬隊を組めるほど、馬が普及していないからなぁ。

対騎馬なら弩を使うのが定石なんだけど、張司空はどれくらい用意してくれてるんだろう。

そうやって考えていると、藍里が言葉を作った。

 

「大丈夫ですよ。 義兄さんもそれ以上の名声を得る事はできますから」

「……考えこんでいたのは、江東の虎に勝る名声を手に入れたいからじゃないから」

 

しかも、何の根拠もないし。思わずがっくりと項垂れてしまう。

 

そんな会話をしていると、前方に天幕が見え始めた。ようやく目的地に到着したようだ。

州牧様の率いる本隊はまだ到着しないが、先触れとして先行してきた以上、使者の役目はしっかりと果たさなくてはならない。

 

陣の入り口には、この時期の西涼にそぐわない露出の激しい格好をした長身の女性が四人立っていた。

端的に言うと、凄く寒そうだ。全員がモデル体型なので似合ってはいるのだが。

予備として防寒具を持ってきているから、必要か後で聞いてみよう。

藍里がその四人の姿を見て、自分の胸元を見下ろして手でぺたぺた触っているのは見ない振りをする。

 

私と藍里は馬から降りて、拝礼をして私たちの来訪を告げた。

 

「徐州牧陶恭祖の臣、糜子方と申します。 徐州勢の到着を告げる先触れとして参りました。 総大将へお取り継ぎをお願い致します」

 

はてさて、鬼が出るか蛇が出るか。

少なくとも朝廷という伏魔殿に司空として住む魔物と、虎が居る事は確定している。

徐州に益をもたらして欲しいとまでは言わないから、せめて討伐だけは失敗しないで終えたい物だ。溜め息をこらえながら、そう願わずにはいられなかった。




最後までお読み頂きましてありがとうございます。

徐州という土地柄の不思議さは、名前の残るくらい優秀な文官が多い反面、猛将型の武官がまったく居ない事だと思っています。
おかげで設定上個人の武勇を持たない麟を戦に引っ張り出す事ができるので、都合が良いと言えば良いのですが。

史実の諸葛玄に一体何があったのか、知らない方も居るかもしれないのでおまけとしてダイジェスト版を記載。

1.「仲帝国皇帝の美羽様が貴方を豫章太守に任命しますよー」「妾のために頑張るのじゃ」
2.「私の意見を聞かずに勝手に太守になるなんて良い度胸じゃない」「華琳様、やってしまいましょう」
3.「曹操怖いのじゃ。 がくがくぶるぶる」「もう、美羽様が怯えちゃったじゃないですか。 子供じゃないんだから、自分で兵を集めて何とかしてください」
4.「は? 太守の座の争いに負けたから責任取れ? 私達は任命しただけで、貴方の行動の結果に責任を取りませんよ」「うむ。 妾達のせいではないのじゃ」
5.「はわわ。 玄伯父さん、行くところがなくなっちゃったから荊洲の劉表様を頼りましょう」

大体こんな感じです。徐州虐殺とこの事件の原因になってる曹操に、諸葛亮が従うわけ無いんですよね・・・。
袁術も史実だと本人が命じているんでしょうが、恋姫的には七乃がやってるようにしか思えない罠。
この作品では、袁術の父である袁逢と十常侍の争いになっています。まだ曹操が献帝をゲットしていない、美羽が袁家を継承していない、十常侍が生きているというのが原因ですね。

ご意見・ご感想等ございましたら記載をお願い致します。

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