真・恋姫†無双 -糜芳伝-   作:蛍石

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第二十二話投稿します。




第二十二話 Poison Girl -西涼会戦②-

「ええい! 何故あの程度の陣が打ち破れないのだ!!」

 

 出撃前の軍議と称して、私たちは華雄の陣幕に集められた。実際には、華雄が苛立ちのまま叫ぶだけなのだが。目の前の卓に拳を叩きつけ、華雄は怒声を上げる。陣幕にいる華雄の配下達は全員顔を下へ向ける。目を合わせると華雄の憤りをぶつけられる役目を負わされるからだろう。

 私も同様に俯いているが、別段華雄を恐れての事ではない。今回の討伐軍の動きについて思考を走らせている。

 

「我々が攻撃を始めてから、既に八日だぞ! あの程度の陣、一息に踏み潰す事ができないとは何事か!!」

(そんな認識だから打ち破る事ができないのですよ。)

 

 私は口にはしないが、心中で華雄に向けて言葉を作る。あの陣地は見た目の小ささとは裏腹に、守備について色々と工夫のされたよく考えられた堅陣だ。

 陣地の背後以外の三方向には幾重にも逆茂木を備えた柵が巡らされている。背後にあたる渭水方向に柵を作っていないのは、いざという時に後ろに退くためだろう。

 さらに、その柵の外側には溝が掘られて渭水を引き込む事で堀を備えている。馬が飛び越えるにも難しい幅で作られており、一層陣地の堅牢さが増している。

 騎射により敵をひるませようとしても、相手は盾を構えているので大半が防がれてしまっている。それどころか、盾を構えながら投石で応戦されるので、こちらの被害が大きくなってしまう有り様だ。

 運良く敵の射撃を避けながら堀を渡り終えて、柵に取りつこうとすると、身長よりも長い槍を使い馬を突き刺してくる。そのため、柵に取りついても落馬してしまい、そのまま突き殺される者が多い。守備に関しては、鉄壁と呼ぶにふさわしい構えをしている。

 

 この浅瀬の前に敷かれている討伐軍の陣地だが、私が討伐軍の陣地へ赴いた時には、間違いなく無かった。しかし八日前の朝、目覚めると既に組み上げられていたのだ。本当に突然現れたとしか言いようがない。兵達の間では、妖術、戦術の(たぐい)では無いかと噂が流れていて、恐れる者も出てきている。それによる士気の低下も華雄が苛ついている原因なのだろう。

 

「しかも、勇将の誉れ高い江東の虎ならともかく、その娘が相手だぞ! 簡単に打ち破れなくてどうするのだ!」

 

 それもまた、華雄が荒れる原因なのだろう。武勇に誇りを持つ者にとって、自分が軽んじられるのは許せる事ではない。

 

(麒麟児殿はその辺りも見越して孫伯符殿を配置しているのだろうか?)

 

 内心で思うその問いに、私は『是』と自答する。その意図がないのであれば、このような重要な役を若輩である孫伯符殿に任せるわけがない。まして討伐軍には戦歴が長い陶州牧もいるのだから、そちらに頼む方が確実だろう。

 

 しかし、この陣地。考えれば考えるほど不可解だ。渭水を渡って陣地を敷いてきた以上、目的は華雄隊の撃破と考えられる。

 しかし、先に述べたように、この陣地は守勢に重きを置いている。具体的には、渭水側以外の三方向を堀で巡らせているので、出入りするのが困難なのだ。これではこちらへ攻撃をしかけるのは難しいだろう。実際に今日に至るまでこちらから攻撃はしているが、向こうから襲撃は特に受けていない。

 しかし、ここまで堅牢な陣地をあえて渡河をしてまで築いたのだ。何かしらの意図はあるのだろう。その意図が読み取れないのが不気味なのだが。

 

 ちなみに偵察を走らせて相手の意図を探ろうという意見は出ていない。当然私も敢えて口にしようとも思っていない。おそらく、華雄の頭の中では、目に見えている敵陣を打ち破れば、そのまま攻城中の討伐軍の背後を襲う事ができると考えているのだろう。

 目の前にいる相手だけが敵のすべてと考えてしまう。それが彼女の悪癖だろう。もう少し視界が広くなれば、本人が称するように名将にもなれるだろうに。

 さて、いい加減叫び疲れたのだろう。華雄が出撃を命じた。私もその言葉に従い陣幕を出る。さて、この調子では今日も陣地を抜く事はできないだろう。ならば、今日も怪我をしないように気を付けて出撃するとしよう。

 

 

 

 案の定、今日も陣地を攻略する事はできなかった。毎日しているような単純な力押しであれを打ち破るのは無理だろう。私個人としてはこのままでも都合が良いのだが、憂国の士を自称する身としてはそろそろ何かしら動きが欲しい所だ。この反乱の討伐が長引けば長引くほど、朝廷が力を失っているかのように印象づけられてしまう。そうなると、本当に反乱が頻発してしまう事になる。それだけは避けなくてはならない。

 

 果たして、私が待ちわびていた新しい動きは、そろそろ寝ようかという時刻にもたらされた。ただし、想像もしていなかった形でだ。

 

「…………上手く聞き取れなかったようです。 申し訳ありません。 もう一度お聞きしてもよろしいでしょうか」

「だから! 敵の姿が陣地から消えているのだ!」

 

 思わぬ事を聞かされて、思わず問いを放ってしまった私に、華雄が怒鳴り声で返してくる。詳しく話を聞くと、どうやら捕虜となっていた者達が無人となった敵陣から脱出してきて、その状況を伝えてきたらしい。

 さて、これはどういう事だろうか。今日攻めた手応えでは、まだまだ相手にも余裕はありそうだった。で、あるならば、ここで退く理由はあまり無いだろう。

 

「華将軍、これは好機ですぞ。 何が有ったのかは分かりませんが、あの厄介な陣を占領するか、破壊してしまいましょう」

「然り然り。 あの陣地さえなければ、すぐにでも討伐軍を打ち破れましょうぞ」

「うむうむ。 そうすれば、長安まで道を阻む物はなくなりましょうぞ」

 

 場にいる私以外のすべての者が今のうちに敵陣を攻撃すべきだと話している。十中八九罠だと思うのだが、気づく者はいないのだろうか?

 いや、気づいていたとしても口にする事が出来ないのだろう。華雄にとって、今まで煮え湯を飲まされ続けた敵陣を破壊する好機なのだ。ここで消極的な意見を出したとしても受け入れられないだろうし、仮に受け入れられたとしても明日の朝に敵陣に兵が戻ってきたりしたら、華雄に斬り殺されかねない。ならばここは積極論しか選択肢が無い。

 本来であれば、ここは罠の可能性を訴えて自重を促すべきなのだろう。しかし、今の私は埋伏の毒。麒麟児殿に頼まれたわけだし、積極的に追撃をしてもらい罠に嵌まってもらおう。

 

「華将軍。 これはおそらく罠でしょう。 どのような罠かまでは分かりませんが、私たちを陥れようとしていると考えられます」

 

 そう口にした途端、周囲の目がすべて私の方を向いた。華雄は苛立ちも露に私に言葉を作ってきた。

 

「ふむ。 ならばお前は出撃するのに反対なわけだな?」

「いえ、そうではありません。 むしろ、積極的に出撃するべきだと考えます」

「ほう?」

 

 消極的に待機を意見すると思っていたのだろう。私に正反対の事を言われて、華雄は虚を突かれたようだった。そして、視線だけで続けるように促してきたので、さらに言葉を発する。

 

「並みの相手ならば、簡単に罠で撃滅できるでしょうが、奴等は西涼騎兵の精強さを知りません。 まして、勇将華雄に率いられる我らならば、簡単に食い破る事ができましょう」

 

 うぅ。慣れない世辞を口にした事で背中が痒くなってきてしまった。今はまだ我慢だ、私。

 華雄もそう持ち上げられて満更でも無い顔をしている。折角上手く口車に乗せる事ができそうなのだ。頑張れ、私。そう、無だ。心を無にするのだ。

 そう言い聞かせて、私は更に話を続ける。

 

「それに、敵が何処へ行ったかも気になります」

「馬鹿か、貴様。 対岸に撤退したに決まっているではないか」

 

 そう言ってくる同僚を一瞥し、すぐに視線を華雄へ戻す。

 

「そういう事ではなく。 渭水を渡った後に何処へ行ったのかという話ですよ。 もしかしたら、小城へ総攻撃を仕掛けているのではないですか?」

 

 そこまで言うと、弛緩していた場の空気が一気に緊張した。

 

「何せ私達は渭水を渡れなくてなってから、小城の状況がまるで掴めていません。 ならば、既に陥落寸前までになっていて、最後の一押しの予備戦力として招聘されたとしたら、防衛陣を放棄したのも納得が行くのではないでしょうか」

 

 あくまで予想にすぎませんが、と最後に付け加える。

 さて、血気盛んな華雄の事だ。こうやって口にしたら、おそらく渭水を渡って追撃をしようと言い出すはずだ。

 

「その可能性がある以上、捨て置く事はできぬか。 ならば今夜中に渭水を渡り、敵の背後を襲う! 兵達に出撃の準備をさせよ!! この一戦に打ち勝ち、一気に長安まで駆け上がるぞ!!」

 

 はたして予想どおり、華雄は追撃をする事を宣言した。

 

(さて、麒麟児殿。 約束は果たしましたよ。 あなたがどのように華雄を打ち破るか、私に見せてください)

 

 心中でこの場にいない人物へ話しかけながら、出撃の準備をするために同輩と一緒に陣幕から出た。




最後までお読み頂きありがとうございます。

物語の都合もあるのでしょうが、作者は恋姫の華雄をあまり評価していません。
自分のプライドを優先させ、戦略を台無しにして汜水関の失陥を招いていますし。
……まあ、あれは本気で止めようとする気がまったく感じられなかった霞の方にも問題があるとは思うのですが。
華雄に関しては、個人の武勇は評価していますが、軍を率いる器ではないという評価です。
……これもアンチヘイトになるのだろうか。

ご意見・ご感想等ございましたら頂けますと幸いです。

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