真・恋姫†無双 -糜芳伝-   作:蛍石

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幕間七投稿です。

書いた論理に色々と穴が有りそうで怖い……。


幕間七 Kindness -気遣い-

 私達の家族が揚州で消息不明になったのは、私が学院で教えを受けるようになって二年ほど過ぎた頃だったろうか。今でも家族がいなくなったかもしれないという恐怖は心に張り付いているのだろう。時々思い出したように当時の事を夢に見て飛び起きる。あの時、私も妹の黄里も生きた心地がしなかった。

 

 

 

 家族の消息が途絶えたというその噂が私の耳に入った時、私はすぐに学院を飛び出して家族を探しに行こうとした。それはすぐに水鏡先生に戒められる事となってしまったが。

 確かに武の心得が無い私では、家族の消息を掴むまでに命を落とすなり、人買いに捕まるなりをしていただろう。その先生の判断は間違いなく正しい。取り乱していた頭でもそのくらいは分かっていた。

 それでもじっとしていられなくて、夜が更けるのを待ってからこっそり学院を脱け出した明くる日、私は自室の寝台で目を覚ました。頭に大きなたんこぶをつけた姿で。

 脱け出そうとする事を予期していた先生の命を受けて、元直ちゃんが暗がりに身を伏せており、背後からの一撃で意識を刈り取られたらしい。

 これは、私が目を覚ました事に気づいた後、涙目で黄里が始めたお説教で知った。うぅ、妹に説教されるなんて、姉の威厳がどんどん減っていくよぅ。

 その後も無茶をしようとした事を雛里ちゃんに泣かれ、元直ちゃんに呆れられ、水鏡先生にお灸を据えられた。

 はい、もう反省した!二度とやらないので、みんな許してくださいー!

 

 義兄さんからの手紙と荷物が届いたのは、それから三日後。いつも義兄さんは糜家の商人づてに手紙を送るのだが、これは関係のない別の商家の人に頼んだらしい。急ぎだったため、こちらに来る糜家と縁のある商人に頼めなかったのではないか、届けてくれた人はそう言っていた。

 その手紙が届いた時、私は謹慎中だったため授業に出ずに自室で書を読んでいた。とは言ってもこの時は気持ちが塞ぎ込んでしまっていたため、目で文字を追うだけでまったく頭に入ってはいなかったのだが。

 黄里は授業のため居なかったと記憶している。なので、手紙は一人で読んでいった。

 内容としては、噂には無かった預章で諸葛家に振りかかった災難の詳細と、義兄さんの情報網を使って私の家族を探してみるので今は大人しく学院で待っているようにとの言付けだった。

 伯父さんが預章郡の太守に任じられた事から始まった騒乱、その顛末について詳報として書かれていた。日頃送られてくる手紙には、私へのからかいの言葉で満ちているのだが、この手紙はそういった無駄な内容を省いている事から、義兄さんの掴んでいる事実が記されているのだろう。

 

 あ、あと数日早くこの手紙が届いてくれれば……!

 色々とやるせない気持ちが芽生えるが、手紙の文字の乱れから察するに、義兄さんも噂を聞き次第すぐに私へ手紙を送る手配をしてくれたのだろう。これ以上早くと望むなら、それこそ空を駆けるなどの現実的でない手段を用いる必要が出てくるだろう。

 

 次に、届いた荷物を確認すると、書物が数冊と大きさに対して重量がある封のされた小箱だった。まずは書物を取りだし表題を確認し、何度か頷く。

 義兄さんは時々こうして書を送ってくれる。新しい製本方法を試した結果だと、何度か前の手紙に書かれていた。試した、と言いながらも、義兄さんは必ず私の持っていない書を贈ってくれる。そういうちょっとした心遣いが本当に嬉しい。

 そういえば、いつもは手紙に書物に関する寸評も書いてくるんだけど、それも無かった事に思い至る。余程慌てていたのだろう。

 

 書は学院でも貸し出してくれるが、自分の本ではないので書き込み等で汚すことは堅く禁じられているし、みんなが借りようとするため、望んだ書が借りる事ができるか分からない。なので、自習をする際には自分で写本を作るか、書店で買うなどしなければ自分の書を手に入れる事はできない。

 もっとも、本を家から持ってこれている裕福な生まれの子達以外、つまり私達のような貧乏学生にとって本は高すぎるため、専ら写本となる。なるのだが、稀少本は先輩方が優先して借りる暗黙の了解があるらしく、私達のような若輩者にはなかなか回ってこない。

 また、自分の写本を貸してくれる優しい先輩もいるのだが、自分の努力を後輩にも味あわせようと貸してくれない意地悪な先輩も多い。

 その結果、本が手に入らず、そのまま授業を受け上手く理解をする事ができなくて困る事が多々あったのだ。

 しかし、義兄さんからのその贈り物はそんな悩みを一挙に解決してしまった。本当に、何でこういう細やかな気遣いができる人なのに、私には意地悪なのだろうか。黄里への手紙には、いつも優しい言葉しか書かないくせに。凄く納得がいかない。

 

 思い返せば、雛里ちゃんと仲良くなったのも、義兄さんから贈られた本を貸し借りするようになったからだったなぁ。 私達より少し遅れて入校してきた雛里ちゃんは、本棚の前に群がる人だかりに尻込みして、一冊も書を手に入れる事ができていなかった。それを見かねて、私が書を貸したのが友情の始まりだった。本を貸し合い、多くの事を時間を忘れて語り合い、今では無二の親友と呼べる存在となっている。

 そうやって逸れていく思考をそのままに、私は一緒に送られてきた小箱の蓋を取って中身を確認した。

 そして、その中身を見て目が点になった。

 

「はわわわわわ!」

 

 思わずそう口にしてしまう。

 しかし中身として、小石くらいの大きさの黄金が箱一杯に詰められているのを目にしたのだから、そうやって慌てるのも当然だと思うのだが如何でしょうかっ!?

 誰ともなく心中で問いかけをしながら慌てて箱を閉じ、もう一度そっと蓋を開けてみる。今のは私の持つ卑しい欲が見せた幻で、もう一度見直せば別の物が入っているに違いないと言い聞かせながら。

 だけど再度開いても箱の結果は変わらず、眩いばかりの黄金色が見えるだけだった。

 先程の手紙を見直してもこの箱については書かれていなかった。では義兄さんは、これはどのような意図を持って贈ってきたのだろう。

 数分考えたが結局分からず、このまま文字通りの大金を部屋に置いておく訳にもいかないので、少し迷った末に謹慎処分を破り、黄金の入った箱を抱えて部屋を出た。目的地は水鏡先生の元。私の部屋に置いておくよりもずっと安全だろうし、水鏡先生に何かしら助言を頂けるかもしれない。

 そう考えながら、私は水鏡先生の部屋へ歩みを進めた。

 

 

 

「それで私の部屋へ来たという事ですか」

「はい、水鏡先生。 お言いつけを破り、部屋を出てしまった事は伏してお詫び致します。 お怒りはもっともですが、今はこの黄金をお預かり頂けないでしょうか」

 

 幸い先生は部屋にいらっしゃり、私は面会が叶った。日中は講義を受け持つ事が多い先生の時間が空いていたのは行幸と言う他無い。

 それから、無事に部屋に入れて頂いた私は、まず謹慎中にも関わらず部屋を出た事をお詫びしてから事情を説明した。

 姿勢は先の言葉通り、床に額ずきながら。しばらくその姿勢を保っていたが、先生に普通に座っていいと言われたため身を起こして姿勢を正した。

 先生はその後しばらく目を閉じて考えていたが、好々(よしよし)と呟いてから目を開いた。

 

「先生、何か思い付かれたのでしょうか?」

「いえ、何も? ただ他に何か入っていないか、確認をしてみましょうと思っただけですよ」

 

 ……言われてみれば、入っていた黄金を見ただけで焦ってしまい、中身が他に確認していませんでした。

 先生の手をこれ以上煩わせるのも申し訳ないと思い、小箱をもう一度開けてじゃらじゃらと底の方までまさぐると、果たして一通の手紙が出てきた。

 思わず羞恥で顔を両手で覆い、その場に突っ伏してしまう。

 水鏡先生が頭をぽんぽんと叩いて慰めてくれているので、怒っていないのが救いでしょうか。

 というか、義兄さん。わざわざ手紙を分けないでも一つにまとめれば良いじゃないですか!

 心中で多少理不尽な抗議を義兄さん相手にしてから、私はやや乱暴に手紙を開いて目を通し始めた。

 

『最悪の場合に備えて、朱里と黄里の当面の生活費と二人が卒業するまでの学費を合わせて送ります。 信頼できる人(司馬先生が最有力だろうが)に全額預けてしまいなさい。 足りないなら工面するから連絡するように! 変に遠慮するようだったら、今度会う時締め上げる。 もし余るようだったら、学院への寄付金として使ってくださいと伝えて。 些事(今回の件は結構な大事だが)に囚われず、勉学に励むように』

 

「……義兄さん」

 

 先程の不満も忘れて手紙を額に押し戴き、深く義兄さんに感謝を捧げる。

 その後、先生へ手紙に書かれていた内容を伝えた。それを聞いた先生は再度目を閉じて考え始め、やはり好々と呟いた後に目を開けた。

 

「どうやら糜子方殿は随分と人の心の機微を察する事ができる人の様ですね」

「はい、先生。 本を贈って頂いたり、その他にも色々と気にかけて……」

「ああ、それだけではなくですね」

 

 先生は私の言葉を遮り、苦笑いを浮かべた。

 

「このお金の意図は、『多分大丈夫だとは思うけど、万が一朱里達のご家族に不幸があった場合に備えて、生活費と授業料を援助しよう』という物。 朱里達が困窮しないようにね」

「はい。 手紙にもそう書いてありますし」

「じゃあ、何故わざわざ余った場合に寄付する旨も書いたのか、それは分かる?」

「それは当然じゃないのでしょうか? 生活費はともかく、授業料について義兄は詳しくは知らないと思います。 ならば、多めに包んで送ってもおかしくは……」

 

 私は自分で話した内容に違和感を覚えて、途中で言葉を止めた。

 多め(・・)に包んで?

 多めに包む、つまり明らかに額が足りるように送ったという事だ。だったら、何でわざわざ足りなかった場合についても記載したのか。

 

「……学院に到着するまでに中身が抜かれる事を考えたから、でしょうか?」

 

 少し考えて、私はそう答えた。

 今回、義兄さんは糜家と縁のある人物、つまり信用できる人物に荷運びを頼めていないのだから、そういう用心をする事は十分に考えられる。

 先生は好々と呟いてから頷いた。

 

「おそらくはそうなのでしょうね。 流石にこの額面は『多め』で済むような物ではありませんし。 徐州からここまで人の手を介して運ぶ以上、多少は盗まれる事を想定して送ったのでしょう。 人の心は弱く、悪事に手を染めやすい。 そう知るがゆえの処置なのでしょうね。 それが心の機微が分かると言った一つ目の理由」

 

 そこまで話して先生は指を一本立てた。

 そして、すぐに二本目の指を立てて言葉を作り始めた。

 

「次に中身が抜き取られず、貴女へ問題なく届いた場合、学院への寄付とするという記載について。 この学院に集まる寄付が、どういった身分の方から寄せられる?」

「……卒業生やその親族、それから在校生の関係者からですね」

 

 先生からの質問に少し考えてから答える。

 そう口にして私はようやく意図に気づく事ができた。つまりは……。

 

「そう。 在校生にとっては『後ろ楯』と言い換えても良いかもしれないわね。 在校生に限定して話すなら、実家であったり、推薦してくれた官吏であったり。 けど、万が一あなた達の……」

 

 言いづらい事を口にしようとしているかの様に、そこで言い澱んだ先生の言葉を引き取り、私は口を開く。

 

「私達の家族達がいなくなったとしたら、そういう後ろ盾が無くなる。 けど、その代わりに糜家が後ろ楯になる。 義兄さんはそう行動で示したかったという事ですか」

 

 水鏡先生は寄付金の多寡により生徒の扱いを変えたりはせずに、全員を平等に扱う。

 しかし愚かな事に、生徒達の間では必ずしもそうは思われていない。寄付金の額面は家の隆盛を示し、学院でも我が物顔に振る舞って良いと思っている人物は少なからず居り、そういう人間に侍る者もあとをたたない。

 そういう人間が、実家という後ろ楯を失った私達にどういう態度を取るか。

 

「今は衰退しつつありますが、諸葛家は元帝の時代から続く家柄です。 自分で言うのもなんですが、名家といって差し支えありません。 その家の娘が後ろ楯を失った時、家柄を誇る方々がどういう行動に出るのか」

 

 おそらく害する事で、自身の家の隆盛を周りに示そうとするだろう。

 先生だってこの学院で行われる事すべてを見通せるわけではないのだから、物陰で行われた場合止める事は難しいだろう。処分を検討しようにも、その現場を抑えなくてはならないので、八方塞がりとなると思う。

 

「そう。 だからこの寄付金はそういう娘達へ楔を打ち込むため。 流石に糜家を敵に回してまで貴女達に手を出すつもりはないでしょうね」

 

 この学院に通う多くの子女は中央官吏の娘ではなく、地方官吏や士大夫の娘だ。

 いかに隆盛を誇ろうとも、徐州牧の信頼厚く、徐州において絶大な力を誇る糜家を相手にできるほどではない。

 

「それが二つ目の理由ね。 学院の人間が、貴女に危害を加える可能性を見越して、先手を打ってきた。 それから、最後にもう一つ」

 

 そう言って、先生は三本目の指を立てた。

 

「貴女が最初に言ったように、貴女達への気遣いも含んでいるわ。 それが何か分かる?」

「……」

 

 目を閉じて、熟考する。

 考えるのは、今回の義兄さんから送られてきた物で、回りくどかった部分について。

 私達への気遣いという先生の言葉を信じるならば、おそらくこういう事ではないのだろうか、そう思い付く事があったので口を開く。

 

「手紙を一つにまとめずに、小箱に別の手紙を入れた事ですね」

 

 そう口にすると先生はにっこりと笑った後、口を開いた。

 

「考えられる状況を整理しましょうか。 一つ目は手紙と荷物、どちらも届く場合。 二つ目は手紙だけが届く場合。 三つ目は荷物だけが届く場合。 四つ目はどちらも届かない場合。 ああ、中身が抜かれる場合も荷物が届く場合に含むわね」

「はい」

「両方届いた場合には何も問題がないのだから、割愛するわ。 それじゃあ、残った三通りのうち、手紙が届かないという二つに対しては、実はあまり問題ないというのは分かる?」

「荷物だけが届いている場合に関しては、中身に別の手紙があるから、という事ですよね」

「そうね。 じゃあ、両方届かなかった場合については?」

「私からの返信が来るかどうかで判断すると思います。 来なければもう一度送る、もしくは信用できる方を派遣します」

 

 先生の問いに私は間髪入れずに言葉を返していく。

 私からの返信が来たならば、その事に触れているかどうかで荷物も受け取っているかが判断できる。

 

「そう。 もしかしたら代理ではなく、多忙な中何とか時間を作って自身でここまでいらっしゃるかもしれないけどね。 それじゃあ最後ね。 手紙だけが届いていた場合」

「はい。 この場合、少し問題が出る可能性があります。 私達が本以外の荷物が一緒にある事を知っている場合です」

 

 その場合、荷物が誰かに盗られてしまった事を私達が知る事になる。

 義兄さんはあえて手紙にその事を書かず、荷物が届いている場合のみ小箱を送った事が分かるようにしたかったのではないだろうか。いつも手紙に書いている書物の寸評がなかったのも、本も一緒に盗まれる可能性があったので触れなかったのだと思えば筋が通る。

 では、義兄さんがなぜそんな事をしたのか。おそらく先生の言った私達への気遣いとは、そこを指しているのだと思う。

 平時ならば、義兄さんは何も気にしなかっただろう。しかし私達諸葛家の姉妹にとって、今は家族の安否が分からないという非常時だ。自分の事ながら、精神が安定しているとは言いがたい。何か悲しい事があれば泣き崩れ、怒りを感じれば誰かれ構わずに当たり散らしてしまいそうなくらいに。

 

「だから私達が、この荷物に関わった見知らぬ誰かの悪意に傷つかないように、細心の注意を払ってくれたと思うのは考えすぎでしょうか」

 

 そう考えるならば、あえて黄金の量を書かなかった事も中身が抜き取られても気がつかないようになのだろう。

 

「あくまで、状況から察する予測にすぎません。 ですが、私はこれを真実と信じます」

 

 随分と久しぶりに塞ぎ込んでいた心が晴れて、口元に笑みができたのを感じた。

 口にしたように、あくまで状況からそう読み取れるだけに過ぎないが、私は義兄さんがそう考えてくれたと信じる事にしたのだ。

 病に倒れた見知らぬ子供の看病を率先して買って出たり、因縁ある家の子供を援助したりするお人好しなのだから、そう行動したところで何も不思議はないだろう。

 

「好々。 ようやく調子が出てきたようですね。 朱里。 貴女の謹慎は現在を持って解きます。 今さら無謀な行動は取らないでしょう。 その代わりに、急ぎ糜子方殿に返事を書きなさい。 私からも寄付に対する謝意を伝える手紙を書きますので、一緒に送ります」

「はい、分かりました!」

 

 私は立ち上がり、大きく先生に向けて一礼をした後部屋を出た。

 急がなくては、義兄さんに無駄な手間をかけさせる事になる。

 心が浮き立つのを感じながら、どんな内容を書こうかと手紙について考える。

 どうやら久しぶりに有意義な時間が過ごせそうだという予感を感じながら、私は自分の部屋へと急ぎ足で向かうのだった。




最後までお読み頂き、ありがとうございます。

何か予定していた内容とかけ離れた物ができましたよ?
次も朱里への手紙になりそうですね。
いい加減、暖めている原作以後のアイディアを書き殴り始めたい……。

ご意見、ご感想等ございましたら記載をお願い致します。

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