真・恋姫†無双 -糜芳伝-   作:蛍石

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第三十三話投稿します。

難産でした。
結局長くなりそうだったので分割です。


第三十三話 Breaking Through -北海籠城戦①-

「困りましたね。 どうしましょうか」

「確かに困りますね。 とりあえず打って出ますか? このまま城に籠っていてもジリ貧でしょうし」

「それをしたとしても、何の方策も無く打って出る事になるので危険度が高いでしょう。 ひとまず、ある程度勝算を望めるように考えをまとめませんか?」

「確かにそれが最善でしょうか。 では、何処か場所を借りて考えをまとめるとしましょう」

 

 私と子義さんは城壁に立ち、北海城の包囲を始めている黄巾の群れを眺めながらそう話しています。

 私達は元々、青州の治安維持を目的に出征してきたはずなのですが、北海の軍と一緒に城に籠る事態となっております。

 なぜこんな事になったのかというと、冀州より襲来して青州を荒らし回る黄巾の集団の討伐に青州軍が失敗したのが原因です。

 

 その事態を把握できたのは、私達が東莱(とうらい)郡で巡回を終えて北海城に戻ってきたその日。黄巾討伐へ向かった兵の生き残りを追って、黄巾賊達が姿を現したからです。その追っ手は、丁度北海に帰投中だった私達により発見され、即座に子義さんが率いる兵により蹴散らし、敗れて逃れてきた青州兵達を救出する事に成功しました。そして、彼らに黄巾賊に討伐軍が破れた事を聞き、初めてその事態を知りました。

 この敗北により、討伐軍を率いていた青州牧である焦和様は行方不明。状況から推察するに、既に死亡していると思われます。

 軍の長を失った後に指揮を引き継げる器量を持つ人物がいなかった事も災いしたようです。

 統率が効かず、烏合の衆となった兵達は四方へ散り散りとなり、大半が賊達に各個撃破されていったとの話です。

 そして、捕虜にした賊達の口から直に黄巾の本隊(青州に侵入してきた賊達の本隊)がここに来るだろうという情報がもたらされました。

 賊達の狙いは徐州。豊かであると噂される徐州へ侵攻するための通り道として、北海国から琅邪国へ入る事を企てているそうです。

 私達はすぐに北海城でその旨を国相様へ報告しました。まさか賊達に敗北するとは思っていなかったのでしょう。北海の官吏達の顔に驚愕が張り付いていました。

 そして、それを聞いた彼らが取れる選択肢は二つ。

 すなわち、逃げるか、戦うか。

 

『賊達が徐州へ侵攻をするのであれば、東莱郡へ逃げ込んでしまえば自分達は助かる。ならば逃げよう!』

 

 そう考えた人々達の意見が大半を占めました。

 とは言っても、誰でも自分の身は可愛い物ですし、そういう意見が出るのは予想できた事なので、私も子義さんも大して驚きはしませんでしたが。

 その逃亡という意見へ待ったをかけたのが、私の大叔父に当たる孔国相様でした。

 

『逃げた先が安全だという保証は本当にあるのか』

 

 この国相様の言葉にはある程度の説得力があります。

 なぜなら、逃げた先である東莱郡まで賊達が追ってくる可能性は十分残されています。東莱と北海を押さえてしまえば、徐州に悠々と入る事ができるようになります。後顧の憂いを断つ意味でも、追撃される可能性は残されているのです。

 しかし、北海で戦う事を選ぶにも難しい事情があります。兵の少なさです。

 

 元々私達が徐州から青州に来たのも、賊達の被害が少なかった青州東部の北海と東莱から討伐のための兵をかき集めた事が影響しています。その軍が蹴散らされてしまったので、北海で戦おうにも圧倒的に兵達が足りないのです。ですので、逃走を選ばなかった場合には私達が徐州から連れてきた兵達が主戦力となります。実際に主戦派の方々から、私達にも一緒に戦うように打診が有りました。

 私と子義さんにとっても、それは望むところです。何せここを抜かれれば、徐州は目と鼻の先です。少なからず土地を荒らされる事を覚悟しなくてはならなくなります。徐州の官吏としては、ここで賊達を食い止める事は重要になるのです。

 

 話し合いは延々と続きました。

 その最中に徐州から連れてきた兵の一部を使い、東武の文嚮さんへ援軍を依頼しに行く事を打診したのですが、それはすぐに却下されてしまいました。

 

『お前らだけ徐州に逃げ帰るつもりか!』

 

 この言葉が北海の官吏達の恐怖心をよく表していると思います。戦う事を主張する者、逃げる事を主張する者、どちらも異口同音にそう口にしました。

 戦うには私達の戦力が必須ですし、逃げたい方達は賊の侵攻を私達が足止めする事を期待しているのが表情から透けて見えました。

 使者に出るのはすべての兵で行くのではなく一部だけである事、逃げ出す気が毛頭無く、必ず戻ってくる事を言葉を尽くして説明しても、恐怖心に支配された彼らの心へ届く事はなく、説得は実を結びませんでした。

 

 その後も籠城をする事を呼び掛ける国相様と一部の官吏、それに賛同する私達徐州勢と、逃走を主張する大半の官吏達の間で激論が交わされましたが、結局意見を纏めきる事はできませんでした。

 そして、昨日。遂に黄巾賊達が姿を現しました。それは誰にでも分かる形で、時間切れが訪れた事を示していました。

 

 事ここに至り、城内の混乱は頂点に達しました。主戦派は『黄巾何する者ぞ!』と意気を上げ、城内に留まる事を選びました。やけくそ気味ではありましたが、そういう空気を作るのは士気の維持が重要となる籠城戦では非常に有用です。良い方向の変化と言っていいでしょう。

 問題は逃走派。彼らは国相様の引き留めも無視して、包囲が完成する前に、我先にと逃げ出してしまいました。それも一部の人は、行き掛けの駄賃とばかりに、城内の宝物庫から金目の物を奪おうとさえしたのです。

 それに関してはそう動くかもな、と先に予測していたので、子義さんにお願いして兵を配置しておき、即座に捕縛、投獄して事なきを得ました。

 かくして少し物騒な事も起こりましたが城内で意見を異にする者達も居なくなり、遅蒔きながら城内の意思を籠城に統一する事ができました。

 遅きに失した感は拭えませんが、ようやく戦う姿勢が取れたと言えます。

 それが、籠城に到るまでの大まかな流れとなります。

 

 

 

 さて、私は国相様に許可を得て、子義さんと二人で会議室に入り善後策を話し合い始めました。

 

「とりあえず兵達は全員戻って来てましたよね? ゆっくりと休んでもらいましょうか」

「そうですね。 何とか包囲が始まる前に戻ってきてくれて良かったです」

 

 兵達が何処に行っていたのかと言うと、北海周辺の集落を巡り、北海の城内、もしくは東莱郡か琅邪国へ逃げるように布告を出したのです。もちろん、国相様に許可を得た上で。

 ですので現在、城下は避難民も含めて人で溢れています。

 さらに、農村から逃れてきた人達が自身の持つ家畜と一緒に逃げてきたらしく、牛や驢馬(ろば)、馬や鶏などをちらほらと見る事ができます。

 本当に長期戦となり食べる物が無くなった際には、これらの家畜も潰し、料理するにする事になるでしょう。家畜は農民にとっては家や土地と同様に財産ですので、それらを没収すると要らない恨みを買う可能性があります。できれば、その前に事態を解決したいところなのですが。

 

「何度考えても、今居る兵だけでは厳しいと思わずにはいられません。 何とか東武まで行き、援軍を連れてくる必要があると思います」

「それは私も同感です。 ですが、もう包囲が始まっていますし、今から援軍を要請するのにも一計を案じる必要がありそうですね」

「やはり包囲が始まる前に援軍要請を出す事ができなかったのは痛かったですね。 今となっては益体(やくたい)もない戯れ言に過ぎませんが」

「けど、そうしていた場合、私達への不信感が城内に蔓延していた可能性が高いです。 そうなると籠城どころではなくなっていた可能性がありますよね?」

 

 援軍の必要性を説く子義さんに私は同意しました。

 しかし包囲を突破しなくては、援軍要請の使者を出す事はできません。

 文嚮さんが危急の際に備えて、既に出兵の準備を終えている事を北海に入る前に確認しているので、使者さえ到着すれば、すぐに援軍が出立できるというのが救いでしょうか。

 包囲陣を突破し、援軍を青州へ招き入れる事ができれば戦況を一変させる事が可能です。城内の私達と援軍で挟み撃ちにする事が可能になるからです。

 しかし、その使者を事前に出しておけなかったのは失策でした。いっそ説得など試みずに独断で使者を進発させれば良かった、そう今更ながらに少し後悔しています。

 しかし、ただでさえ城内の結束が重要となる籠城戦。不和の種を植え付ける可能性がある行動は、できるだけ自粛する必要があったのも事実です。

 下手を打てば、援軍到着前に城内の不和により内通者が出たり、降伏論を唱えて士気を下げる人達がで出る事も考えられます。

 そうなると、援軍到着前に落城する可能性もあったので、無理に意見を押し通す事ができませんでした。

 

 まあ悔やんでいても、繰り言を言っていても仕方ありません。判断を誤ったのは事実なので、それをどう挽回するかを考えるのが建設的でしょう。

 

「私一人ならば突破する事は十中八九できそうですが、絶対とは言えないでしょうね」

「子義さんか私が使者になるなら、官職を持っていますし円滑に文嚮さんへ話が伝わりそうですが……。 やはり子義さんの腕前でもそうですか?」

 

 子義さんは一騎当千と呼べるだけの武の腕前と、騎乗技術を持っています。雑兵を蹴散らしながら単騎突破ができればあるいは、そう思っていましたが。この援軍要請は絶対に失敗できないので、確実性を増すよう何か方策を練る必要性がありそうです。

 相手は統率が取れているとは言い難い賊徒達なのですから、何かしらつけ込む隙はありそうなのですが。

 

 ああだ、こうだ、と二人で話し合いましたが、結局作戦は、援軍を呼んでくる、到着したら数の優位が消えた黄巾を打ち破る、というごくありきたりな物に落ち着きました。

 言葉にすると非常に簡潔ですが、策は単純明快な方が万人に理解されやすく、受け入れられやすいのです。と、自分を慰めておく事にします。

 そこに到るまでの手段に工夫が必要となるので、子義さんと意見を交換しあい、ようやく納得できる物が完成したので、すぐに竹簡にまとめて子義さんと一緒に部屋を出ました。

 

 廊下を歩いていると城内にまで家畜の鳴き声が聞こえてきます。

 家畜達の声を聞いて今更ながらに気づく事がありました。元々の住人と避難民との対立の可能性です。

 包囲が解かれるまでの間に受けるであろう心の重圧を考えると、両者の間で軋轢が生じるかもしれません。

 治安の悪化等も考えられるので、兵を巡回に回したいけど……絶対に人手が足りなくなるだろうし。いっそ、籠城中限定で住民による自治をお願いした方が良いかもしれません。

 よそ者の身の上であまり多くの献策をすると国相様に近い重臣達に疎まれそうで嫌なんだけど。やむを得ないかなぁ。

 そんな事をつらつらと考えながら、私と子義さんは国相様の元へ足を運ぶのでした。

 

 

 

 それが先日まで私と子義さんが戦った北海での籠城戦、最初の一歩でした。

 結論から言ってしまうと、私達があの時に立案した作戦は、実行を孔国相に許可されて狙い通りに包囲を解く事に成功しました。

 だからこそ、現在私は莒県の県城、県長の執務室に居るわけで。

 

「叔子? 聞いていますか?」

 

 目の前の非常に良い表情をしている藍里さんから詰問されているわけです。

 さて、どうやら現実逃避として、こうなった経緯を思い出していた思考も、いい加減に現実へ立ち返らなくはいけないようです。

 目の前の光景に意識を戻すと、机で戦闘詳報を読んでいるお兄ちゃんと、椅子に座った私の目の前に陣取り、目の笑っていない柔らかな笑みを浮かべている藍里さんが居ます。

 

(本当にどうしてこうなったのかなぁ)

 

 包囲戦の時の黄巾の指揮官よりもずっと恐ろしい雰囲気を纏った藍里さんを見ながら、私は心中で溜め息をつく事しかできないのでした。




最後までお読み頂きありがとうございます。

結局孔融は登場せず。
次回では顔を出しそうです。

北海の戦いもおそらく次回でさくっと終わらせる予定です。

ご意見・ご感想等ございましたら記載をお願い致します。

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