真・恋姫†無双 -糜芳伝-   作:蛍石

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四十一話投稿します。

反董卓連合が始まるまでの導入部。


第四十一話 Catch a cold -動乱の足音-

 現在、私は赴任地である莒を離れて、郯の州府に居る。趙国相様に進言して推し進めていた琅邪国東部の海浜地域での製塩事業について、結果を報告する事が主な目的だ。

 本来なら、実際に製塩を行っている県の官吏か、取りまとめている琅邪国の官吏が報告に来るのが筋なのだろうが、国相様より『言い出しっぺの法則』と言われて私が顔を出す事になった。

 まあ、体調を崩したらしい元龍の見舞いにも行かなくてはと思っていたので、都合が良いといえば都合が良い。少し早めに出発したので、見舞いは既に済んでいるが。どうでも良いが、わざわざ見舞いに来た人間にしかめっ面でさっさと帰れと言ってくるのはどうかと思う。まあ、別に良いんだが。

 

 さて、そんな事を思い返すのを止めて我に帰り、筆を持つ手を止めて目の前を見ると、あるのは決裁を待つ書類と竹簡の山、山、山。

 とある理由で州の(まつりごと)が滞っている現在の州府の状況を考えると、この光景も当然ではある。だが、既に州牧様付きの主簿ではない私がこうして決裁を行っているという現状に、少し疑問を感じないでもない。

 

「本当にごめんなさい、子方君。 今日は美味しい物を御馳走するから」

「いえいえ。 別に気を使って頂かなくても。 昔取った杵柄と言いましょうか、苦労と言うほどの物でもないので」

 

 手を止めた気配を感じたのか、この部屋の主である景興さん(王朗の字)が顔を上げて、申し訳なさそうに話しかけてきた。

 私が主簿時代に扱っていた書類だし、鼻唄混じりに決裁していく事は簡単だ。しかし、本来これを処理する現在主簿に就いている者はどこ行った?

 

「別駕従事史や主簿はどうしたんですか? これを見るに、彼らの書類も混ざっているようですけど」

「二人には、下の官吏達の動揺を抑えに、各部署を走り回ってもらっているの」

「で、二人の分の書類は景興さんが引き受けたわけですか」

「うん。 ただ、完全に抑えきれていないんだろうね。 どうにも書類が上がってくるのが遅くて、二人の分まで手が回らなくなっちゃって」

 

 そう言って、溜め息を吐く景興さん。

 彼女は仕事をこなすのは早いのだが、他の人の分まで平気で代理として抱え込もうとする悪癖がある。だから、仕事と結婚するつもりだ、とか陰口叩かれるんだろうに……。

 

「やっぱり、(たが)が緩んでいますか」

「そうだね。 やっぱり州牧様のご不在の影響は大きいみたい。 州府内でも、色々と流言が飛び交っているみたいだし」

 

 考えていた事はおくびにも出さずにそう聞くと、景興さんはまた大きく溜め息を吐いてうなだれてしまった。

 気分を変えるために、私は一言断ってから厨房へ行き、お茶を入れる。

 執務室に戻って二人でゆっくりとお茶を啜り、気分を入れ換えるように努める。

 

 本来の役割である報告をする事ができず、こうして景興さんの仕事を手伝っているのには無論訳がある。

 陶州牧様が体調を崩して寝込んでいるらしいのだ。らしい、というのは私も面会できずにいるため、話を伝え聞いたに過ぎないから。これが数日程度だったら問題無いのだが、それが一ヶ月も続くのなら重い病に罹患しているのではないかと噂も流れ出す。

 病を得ているとするならば、どの程度悪いのかを知りたいのだが、どうにもその辺りの情報が流れてこない。おそらく、州牧様に近い従事史達は知っているのだろうが厳重に箝口令が敷かれているのだろう。景興さんもその辺りの話を振った時に言葉を濁していたし。

 ただ、それにもそろそろ限界が近づいているのだろう。集中しきれていないのか、書類の流れが滞り始めている事からも下級官吏達が不安に思っている事が窺える。

 

「とは言っても、そろそろ動くかなー」

「ん? 子方君何か言った?」

 

 小さくぼそっと呟いた私の発言を聞き漏らさなかっようで、景興さんがそう聞き返してきた。

 

「いえ。 私は本当だったらもう琅邪国に戻っているはずなんですよ」

「あー。 確かに報告だけだったら数日間かけて、っていうのは普通は無いよね。 もう十日くらい?」

「ですね。 新規の提案も含んでいれば、それくらいかかる事もありますが、今回はそうではなかったので。 まあ、そんな感じなわけですし、大体戻ると思われる日付をあらかじめ伝えていたわけです」

「それはそうだよね。 子方君、今は県長さんだし」

「ええ。 なので到着の連絡を入れた後、音沙汰が無くなっている現状はあまり好ましくありません」

 

 現在の郯の状況について、私は特に手紙等で琅邪国へ伝えてはいない。

 下級官吏達が騒ぎ出しているため、彼らの郷里には噂が広まりだしているかもしれないが、それと同じように県長が騒ぎだすのは流石にまずい。発言権の違いから噂の信憑性が上がってしまうし、何より万が一にも徐州外に情報が漏洩した時がやばすぎる。意図せずとも、流言を撒き散らすだけで罪に問われる可能性も無いわけではないし。

 それに、わざわざ伝えなくても嗅ぎ付けて来そうな人がいるし、あえて伝えなくて良いだろうという計算も有った。

 

「うーん。 もうしばらく待って、面会が叶わなさそうだったら一回戻る?」

「いえ、おそらくその前に動くはずなので」

「? 動くって誰が?」

「一人いるでしょう? 徐州で結構高い地位に就いているにも関わらず、自分の目で見て、事態を把握しないと気が済まない人が」

「ええ、と」

 

 景興さんの口元が微妙に引きつっている。誰の事を指し示しているか理解したのだろう。

 

「しかも今回の場合、私に報告させるために送り出しているから、その結果と追加指示を心待ちにしている可能性が強いです。 そろそろ乗り込んできて、嵐のように引っ掻き回す可能性が高いですよ」

 

 それを聞いた景興さんは、しばらく頭を抱え込んで、あー、だの、うー、だのと唸っていたが、悩んでいても解決しないと思ったのか顔を上げて私へこう言ってきた。

 

「子方君。 相談にのって」

 

 私はその言葉に頷きで答えた。放っておくと、ろくでもない事態を巻き起こしかねないし。

 

 

 

「さーて、別駕従事史を引っ捕らえようか! 事情を色々と問いたださなくてはいけないしね!」

 

 州府に乗り込んできて開口一番、あり得ないほどに物騒な事を叫ぶ女性に州府の官吏は一斉にドン引きしていた。

 そりゃそうだろうよ。普通にクーデター起こそうとしているようにしか聞こえない。

 

「趙国相。 お待ちください」

 

 私は官吏達の中から一歩進み出て、乗り込んできた女性へ声をかけた。

 

 女性の名前は、趙昱、字が元達。

 こんな物騒極まりない台詞を口にしているが、陶州牧の股肱の臣と言って良い人物だ。

 

 史実においても陶謙に見出だされ、別駕従事史を務めている。王朗と共に、徐州牧となった陶謙の勢力拡大に努めた人物だ。

 言わば糜竺や孫乾達、劉備の徐州継承を進言した者達の先輩に当たるのだ。

 陶謙が煙たがって遠ざけるために広陵太守に封じたという逸話も残るが、本当に遠ざけたいのならば、重職に就けずに閑職に追いやるだろう。

 会稽太守についた王朗と共に、南の抑えとして片腕二人を派遣したと考えられる。

 そして、その後に陶謙の凋落(ちょうらく)は始まるのだ。二人の補佐が大きかったのでは無いかと想像できる。というより、陳珪はともかく糜竺と孫乾じゃ戦略を語る事できなかったのが原因じゃないかと思わないでもない。泰山に侵攻して曹操に喧嘩売りに行くとか、後年の曹操の実績を知る人間からすれば、全力で止めたくなる行動だ。

 

「おお、子方か。 とりあえず、お前も後で締め上げるけど先に別駕だ。 大人しく待っていてくれ」

「その台詞を聞いて、大人しく待っていたいと思う気が欠片でも思い浮かぶと思います?」

「思わないね! けど釘を刺しておけば、逃げた後に捕まえてそれに関しても責める事ができるじゃないか」

「さ、最悪だ……」

 

 さて、この世界の趙昱がどのような人物かというと、一言で言えば女傑だ。良く言えば豪快。悪く言えば大雑把。にも関わらず、不思議と大きな失敗をする事が無い。

 さらに、陶州牧の臣下の中では結構な古株であり、州牧となる前から仕えている人物となる。

 戦では活躍するが宮中政治が不得手だった州牧様の代わりに、最大限功を主張して恩賞を少しでも多く分捕って来るのが主な役割だったりする。

 彼女の存在が無くては、陶謙様は州牧にはなれなかっただろうと多くの人間が噂している。

 

 さて、彼女は少し異色の経歴を持っている。陶州牧の情婦から官吏として取立てられている。

 情事の後、(ねや)において州牧様が愚痴の様に話した政治の内容へ、的確な助言をし続けた事で州牧様の信頼を得た。

 元々は洛陽で名が売れた高級娼婦だったらしい。

 相手をしていた朝廷の高官達が、情事の後に軽くなった口で語った情報を覚え、独自に政治について学んでいったらしい。

 もちろん、彼女が重用されるようになった事で、陶謙様を見限って去っていった者達も多い。しかし、彼女の活躍により、陶謙様の勢力はそれ以上に大きくなっていった。そこまで来ると、彼女の出自を表だってとやかく言う者はほとんど居なくなった。まさに、自身の才覚のみで居場所を作り上げたと言える。

 こんな経歴だけあって、徐州内でも野心のある表裏(ひょうり)定か成らぬ者と言われている。しかし、本人は勢力を強くし、陶謙様の発言力を高める事にしか興味を持っていない。自分を重用してくれた陶謙様のためにと見えない事はないが、本心はどうなのだろうか。陶謙様の出世に伴って、自分の発言力が上がっていくのを楽しんでいるようにも見えるんだけど。

 まあひとまずは関係ないし、脳裏から追い出す事にする。

 

「まあ、とりあえずお待ちを。 とりあえず、現状について説明しますのでこちらへ。 別駕従事史もそちらに」

「……ふむ。 それじゃあそうしようか」

 

 私の言葉に何かを感じたのか、大人しく従う意思を見せてくれた。私はそのまま、国相様を伴い目的地へ歩き始める。

 目的地である州牧様の居室に近づくにつれ、人影がまばらになっていく。とうとう誰の姿も見えなくなった時に、先ほどとは打って変わって落ち着き払った国相様が口を開いた。

 

「悪いのか?」

「血を吐いたそうです」

 

 呟くようにそう口にした国相様へ、端的にそう伝える。

 やはり知っていたか、と心中でつぶやく。

 おそらく物騒な事を口にしたのも、半分は最も早く州牧様の元へ案内されるようにという計算で動いたのだろう。あんな発言をされたからには、嫌でも州牧様や近い位置に侍る重臣達のの耳に入る事になるので、呼び出される事になるだろうし。

 釈明は呼び出された後に州牧様の居る前で行えば良い。下級官吏達にどう思われようとも、州牧様の信頼が揺るぐ事が無ければ問題ないという判断だろう。計算高いというべきか、抜け目がないと言うべきか。

 そこまで考えた後に、補足するように私は言葉を付け足した。

 

「幸い腕の良い五斗米道の医師が徐州に滞在していましたので、先日診てもらいました。 そのおかげか、今は小康状態を保っています。 急激に悪化する事は無いだろうとの事です」

「そうか。 それは何よりだ。 褒美は?」

「渡そうとしましたが、固辞されました。 代わりに私が知る病の対策について、意見を交換する場を設けました」

「ふん。 お前の言う青物や雑穀を多く食えって奴か。 確かに実践するようになって体の調子は良いが、美味い物を死ぬまで食い続ける方がよほど幸福だと思うがな」

「まあ、それも生き方の一つではありますが、人を生かす事を生業にする医者にとっては、否定するべき考え方なのでは? 積極的に耳を傾けてくれましたよ」

 

 教えたのは、生活習慣病への対策としての食生活の見直し、老年になっても体を定期的に動かすようにラジオ体操と太極拳をごちゃまざにしたような運動方法。それから、南部で時々見られる脚気(かっけ)への食事療法などだ。色々と有意義な時間を過ごす事ができた。

 ちなみに、五斗米道は「ゴットヴェイドォー!!」と叫ぶように口にするのが正式ルールらしい。なんぞそれ。

 

「ただ根本の原因は、老衰による体力の低下にあるそうなので、これからもたびたびこういう事は起きるのではないかとの事です」

 

 こればかりはどうしようもない。体の老化、それに伴う免疫力の低下は誰にでも起こる事だ。運動や食生活などである程度抑制する事はできるが、この時代にそんな考えがあるとは思えない。

 とりあえず血を吐いたとの事だが、喀血か吐血かまでは聞き出せなかった。とりあえず、喀血だった場合には労咳の可能性を疑えるので、対処療法として滋養のある鶏肉や卵を多目に摂ってもらうつもりだが。

 ……蔓延したらやばいなぁ。この時代だと、普通に不治の病だぞ。

 

 その後は互いに無言で州牧様の居室へと向かった。




最後までお読み頂きありがとうございます。

幕間で塩の話でもしようかと思いましたが、結局本編の方が先に仕上がりました。

・塩
以前も少し書きましたが、自給率を上げるために徐州では海塩を取っています。塩止め、塩の値上げへの対策です。

・言いだしっぺの法則
この時代の中華にもあるかは謎。

・元龍の病
多分寄生虫。いや、史実ベースでね。

・景興さん
何気に初登場。名前だけは出ていたんですがね。料理好きで働き者のほんわかお姉さんです。

・書類が滞る
要らん噂に惑わされて、集中力が落ちています。華琳だったら、即刻首を切りそう。

・趙昱
こちらも名前だけは出ていましたが、初登場と相成りました。
本当は王朗と同年代のはずなのですが、大分年上となっています。窄融の出世が麟により妨げられているので、史実どおりの最後を迎えるかはいまだ不明。

・泰山に侵攻
諸説あり。先に手を出したのが陶謙で、泰山を攻撃したために報復として、徐州侵攻を曹操が行ったという話もあったりします。そして、さらにその報復として曹操の親父さんを殺すと。
あれ?結構自業自得じゃね?

・閨
ピロートークで重要情報を語る男達。ハニートラップってこういう風に始まるんだろうなぁ(溜め息)

・高級娼婦
遊女だけでは味気なかったので、こう表現しました。

・五斗米道
気を操り、病と戦う医師達の集まり。
いけいけぼくらのゴットベイドォー! たたかえぼくらのゴットヴェイドォー!!

・生活習慣病
現代では広く知られている物。三国時代にはそんな概念無いだろうなぁ。

・ラジオ体操
以前感想にて頂いたアイディア。中華風にという事で太極拳と混ぜて魔改造。どうしてこうなった。
ただ、ラジオ体操自体が体の節々を丁寧に動かす運動なので、健康には間違いなく良い。
当然、太極拳もまだ存在しない時代なので、奇怪な動きをするだけの怪しい踊りの様に見える。

・喀血と吐血
喀血が気道からの出血。吐血が消化管からの出血。色が異なったり、咳に伴うか嘔吐に伴うかなどの違いにより識別可能。
麟も血を吐いた、で情報が止まっているため、そこまで診察ができていません。

ご意見・ご感想等ございましたら頂けますと幸いです。

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