真・恋姫†無双 -糜芳伝-   作:蛍石

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長らくお待たせ致しましたが、第四十六話投稿です。
呪われたかのように色々有って遅れました。

適当に切る事が難しかったので過去最長の文字数になっており、お時間が有る時に読む事をお勧めします。


第四十六話 Porker Face -悪巧み②-

 雰囲気が重い。

 折角の飲み会ではあるのだが、そう言わざるを得ない。

 ぽつぽつと話はするのだが、話題が盛り上がりわけでもなくぶつ切りになっていく。うん、こんな雰囲気で情報交換ができるわけがないな。何か対応をしなくてはならないだろう。もっとも、そんな雰囲気の中にあっても、ぶれない人間というのは何処にでもいる。

 目の前にいる大虎とか。

 つまみとして出したメンマの壷を抱えた将来の五虎将とか。

 

「んー。 全部美味しいけど、とりあえず気に入った順番はこういう順番ね」

「私としては、風味の強いその酒を筆頭に挙げたいところですな。 素材の味を生かしながらも酒に負けない強い味付けがされているメンマと良く合います」

「とりあえず、子龍殿は抱えた壷を戻してください。 他の人が食べられないでしょうが」

「如何様にすればこれほどの逸品を手放す選択ができましょうか!? いや、できまい!」

「反語で強調しながら否定されても困るのですが」

 

 雪蓮(孫策)は雰囲気に流されず、片っ端から酒瓶から自分の杯に酒を注いで、味見をしていた。そして、全部を試し終えた後、酒瓶を順に指差していった。雪蓮の酒の好みは、酒飲みらしく度数の強い物のようだ。雪蓮が一番気に入った物には、試行錯誤して作った試作品が入っている。

 対して子龍(趙雲)殿は一番の物という事で焼酎を指差している。メンマと合う云々に関しては完全に主観の問題なので気にしない事にする。メンマをもう一壷出しても抱え込みそうだな、これは。

 

「姉様、飲みすぎでは?」

「あら、別に良いじゃない。 折角ただで美味しいお酒を飲めるんだから、目一杯飲まなきゃ損でしょ?」

 

 仲謀(孫権)殿からの言葉を軽く流しながら、雪蓮は更に杯を傾ける。

 この虎、実に容赦がない。……次からはもうちょい酒のグレード落とそうかなぁ。

 半目になりながらそう考える私へ、雪蓮は杯を持ち上げながら話しかけてきた。

 

「っていうか(糜芳)? それ……焼酎?は以前も飲んだ事があるけど、これは初めて飲むんだけど。 何処に隠してたのよ?」

「試作品だからね。 市場には流通させてない。 余程の好事家じゃない限り買えないような値段になるだろうし、買い手がつかんよ」

「そんなに高いんですか?」

「高い」

 

 興味を持ったのか、朱里が値段を尋ねてくるが一言で返す。

 徐州で取れない作物を原材料に仕込みをしているのだから、それだけで価格が跳ね上がる。

 

「雪蓮、その酒は呉郡から仕入れた材料を使って作った酒だよ。 もう少し価格下げて売ってくれるなら、ある程度流通させる事ができるんだが」

「それは私に言われても困るわよ。 母様か冥琳にでも言って頂戴。 で、その材料って何?」

「……仲謀殿、孫家はそれで良いんで?」

「良い訳ないでしょう。 果てしなく大問題よ」

 

 そう言って溜息を吐いた仲謀殿に少し同情する。

 もっとも史実の孫策は孫権を内を治める才は自分より上と認めていた。雪蓮としても内政に関しては仲謀殿に任せる心積もりなのかもしれないな。

 公瑾殿も居る事だし、二人に任せておけば磐石といえば磐石ではあるだろう。

 しかし、内政を全面的に妹に任せるにしても、少しはそういう事にも興味持てよ……。最終的な裁可の権限まで仲謀殿に渡してしまうのは危険だぞ。特に晩年。

 

甘蔗(サトウキビ)だよ。 流石に製法までは教えられんが」

「へえ。 石蜜(含蜜糖)の材料よね? ……徐州に卸してるんだっけ?」

「卸してるんですよ。 姉様はもう少し政治にも興味を持ってください」

 

 じろりと睨み付ける仲謀殿から目を逸らしながら、誤魔化すように杯に口を付けた。どうでも良いが紅い唇が艶かしい。若干気まずい感情を覚えながら、不自然とならないように視線を雪蓮から外した。

 

 サトウキビを原料に作る酒、というのでわかる人間も多そうだが、徐州でラム酒を作ったのだ。

 この時代の中華では、白砂糖を代表とする分蜜糖は製法が確立していない。それどころか石蜜(要は黒砂糖)も製法が一部でしか広まっておらず、一般市場に流通していない。前漢の高祖の代においては、南越の王が献上品とするくらいに石蜜は高級品だった、と言えばその価値の想像がつくだろうか。それこそ地方豪族でも手に入れる事は難しく、中央官吏でも相当な高位にある者しか口にできないだろう。

 そんな高級品なんだから、製法を確立すれば凄まじい富をもたらすはずだ!と始めたのが全ての始まりだった。

 石蜜の作成までは、宋の時代に書かれた『糖霜譜』の内容に従う事で難なく作れた。鹿児島でもサトウキビの栽培は行うので、興味を持って調べた事があったのが役に立った。

 そうしてできた石蜜を洛陽で売り捌いた事で、富を築く事はできた。

 問題は、調子にのってその稼ぎのほとんどを分蜜糖の設備投資に回してしまった事だ。

 

 ええ、それが全然上手く行っていませんが何か?

 

 白砂糖は独特の風味が抜け落ちるので、菓子などに使いやすい。使い分けをすれば料理の幅が広がるだろうと思って始めたのだが、まさか精製ができないとは思わなかった。果実酒も作れるはずだったんだがなぁ。幸い、利益を吐き出しただけで済んでおり、借金ができたわけではない。最初から白砂糖を作ろうとしてたら、糜家の商家がなくなってたかもしれんなぁ、というくらいには費用を使った。公金でやってたら物理的に首を飛ばされていたかもしれん。

 まあそんな失敗を繰り返し、白砂糖の生産こそできなかったが、モラセス(廃糖蜜)は取れたのでこうしてラム酒を作る事ができた。しかし、当初の目的からすると惨敗と言っても良い結果だ。

 

 ラム酒はモラセスを原料に仕込みをする蒸留酒であり、サトウキビのプランテーションが有った国で作られ始めた酒だ。二十一世紀でも生産が盛んであり、砂糖が作られていた地域では似た種類の酒が多くある。ブラジルのピカーリャ、奄美大島の黒糖焼酎などが有名だろうか。

 折角モラセスが取れたので仕込んでみたが、予想よりも上手くいって味が良い。

 酒飲みの多い孫家へ手土産として持ってきたのだが、折角なので文台様の了承の上、この場で振る舞う事にしたのだ。その際、雪蓮と一悶着あった事は省かせてもらう。

 

 他に持ってきたのは、焼酎(米、麦、黒糖)と蜂蜜酒、濁酒(どぶろく)になる。

 蜂蜜酒は徐州産の蜂蜜を利用して仕込んだ。北欧では神話の時代から飲まれてきた伝統ある一品である。世界最古の醸造酒とも呼ばれ、その歴史はワインよりも古い。蜂蜜を水で割って暖かい場所に置いておくだけで作れるため、私も晩酌用に自室で作っている。

 原料が蜂蜜であるため甘く、姉さん(糜竺)(孫乾)さん、天明(羊祜)達に受けが良い。確かに甘い物は美味しいけどね。

 飲んだ事のある天明と(歩錬師)は勿論、諸葛姉妹も気に入った様だ。味見に他の瓶の物を少し舐めた後はずっと蜂蜜酒を飲んでいる。

 

 子泰(馬岱)殿は西涼出身らしく馬乳酒が欲しいと言っていたが、あれは作れる期間が相当限られるので流石に手元に無い。馬の授乳時期である夏の間しか原材料を取れないし、当然と言えば当然なのだが。醸造酒なため、保存も難しい。蜂蜜酒も醸造酒であるが、馬乳と比べて蜂蜜はかなり保存できる期間が長いため、一年中仕込ができるという利点がある。蜂蜜は常温で数年持つしね。

 ただ、徐州でも馬乳酒は作っている。馬乳酒から着想を得たと言われている、日本の食卓を席巻した事もある某国民的乳酸菌飲料が懐かしくなって、何とか再現できないかと試行錯誤を繰り返している。まあ、これは完全に個人的な趣味なので、まったりとやるつもりだ。独特な酸味があるため、好き嫌いは分かれるのだが栄養価が高いため可能な限り飲む様に周りには勧めている。いまいち受けが悪いのはご愛敬だろうか。

 

 さて、いい加減この重苦しい空気を何とかする事を考えるとしよう。酒が入っているにも関わらず、話をする人間が限られているこの状況は良ろしくない。主人役の面子の問題もあるし、まずは口を開いて隣に座る人間へ口を開かなくてはならない状況を作るとしよう。で、一緒にゲームで遊んでいればある程度は心を開くだろうという浅はかな考えをもって、徐州から持ってきたゲームを始める事にした。その甲斐あってか、多少は雰囲気が軽くなっている。

 

「幾重にも作られた堀と、その前に作られた柵。 それから堅固な城壁に城外に布陣した精強な遊撃部隊。 それを被害を出さないように抜くというのは、こちらにとって都合が良すぎるだろ」

 

 徐州から持ってきたカードゲーム『クク』の札を机の上で混ぜながら、私はそう口にした。

 スートの認識がしやすいよう、赤色の染料が必要になるトランプよりも、文字と絵を彫れば完成するククの方が生産コストは安い。むしろ絵も書かないで、文字だけでも作ってしまっても良いだろう。味気なくなってしまうだろうが。

 トランプの四つのスートをすべて黒一色にすれば生産コストを抑える事はできるのだが、それだとプレイアビリティが大きく下がる。私自身、そんなトランプで遊びたくはない。遊び方はククよりもトランプの方がずっと多くてもだ。

 ククは二十一世紀では世界的に非常にマイナーなゲームという扱いを受けていたが、ルールが単純で同時に遊べる人数が多いので、日本の一部のアナログゲームファンには根強い人気を誇っていた。私も前世で飲み会の時に遊んでから気に入り、自分用に購入した記憶がある。この世界に生まれ落ちた後もルールも覚えていたので、木札で作って宴会向きの遊びとして徐州で広めようとしている。面白さが伝わったのか、じわじわと流行の兆しを見せているのは嬉しい限りだ。

 まあ、兵の間で流行すると弱卒になってしまうという嬉しくない逸話もあるわけだが。

 そんなどうでもいい事を頭の片隅で考えながらも、私は言葉を続けた。

 

「けど堀は無限にあるわけじゃないし、地道に埋め立てればいつか城壁に肉薄できる。 なら、何でここまで戦況が動いていないのか? はい、雪蓮、答えをどうぞ」

「みんなやる気ないからでしょ。 孫家(うち)も本気は出してないし、他も同じ感じなんじゃない?」

「姉様!」

 

 雪蓮が若干投げやりな口調でそう答えると、仲謀殿は諌める様に大声を出した。

 まあ、普通に考えればそうだよなぁ。

 

「ふむ。 確かに我ら高唐勢が初日に攻勢を掛けた後、他の皆々様は矢を射掛けるばかりで積極的に堀に近づこうとする動きもあまり見られませんでしたからな。 いやはや、この連合軍はなかなかに勇猛なお方ばかりで」

「せ、(趙雲)さん。もう少し言い方を……」

「と、我が軍の軍師達が陣中でいつもぼやいておられましてな」

「はわっ!? 私はそんな事言ってないでしゅ!」

 

 子龍殿の言葉に焦る朱里(諸葛亮)目掛けて、仲謀殿、興覇(甘寧)殿が鋭い視線を飛ばす。それに対して朱里は懸命に首を横に振って無実を証明しようとしている。

 というか朱里?その言い方だともう一人の軍師殿が言っていないと否定できていないんだけど?

 

「まあ、朱里達がそんな事を本当に言ったかはどうでも良いんだけど」

「だから、言ってないでしゅ!」

「……どうでも良いんだけど。 初日以降に攻撃した面々は、被害を出す事を恐れて消極的な行動に終始したのは事実なんでしょ?」

「まあ初日の高唐勢の戦いを見て、被害の大きさに一部の連中が尻込みしているのは否めないわ。 まだ最初の関門に過ぎないのに、大被害を出すわけにはいかないし」

「えーっと。 敵将を挑発して誘き出して、それを討つ事を足掛かりに汜水関を落とすつもりだったんでしたっけ?」

 

 朱里の言葉をしれっと無視して、私はそう言葉を紡いだ。それに雪蓮と天明が言葉を続ける。釈然としない表情をしている朱里と飄々とした表情をした子龍殿が天明のその質問に答えた。

 私はそれを聞きながら全員へ札を配っていく。

 

「ええ、そのとおりです。守将の華雄は挑発で誘き出せると思ってたんですけど…………」

「上手くいかなかったから正攻法に切り替えざるを得なかった。 あれと正面から当たるつもりはなかったのだがな」

「……確かにあの堅陣を見るに、敵将を誘引する以外の方法は難しそうですね。 それに乗ってくれなかったら正攻法しか無いか」

 

 朱里と子龍殿の説明に天明は納得したように、そう呟いた。

 攻城戦は取れる手段も限定されるからな。あれを力技で落とそうとするのは骨が折れる。他に何か手段を取るとするならば。

 

「そうじゃなければ、もうちょい黒い手段かねぇ」

「それは流石にまずいよ……」

「黒い? 具体的にはどのような?」

 

 私が口にした言葉を理解できた天明は苦笑を浮かべた。

 対して、仲謀殿はどういう意味かを理解する事ができなかったようで、問いかけをしてきた。

 

兇手(きょうしゅ)(暗殺者)を代表に、割と本気で声望を落としそうな方法」

「ふ、ふざけるな! そのような手段を取る事ができるか!」

「まあ、却下ね」

「却下ですな」

「当然却下だね。 私としても本気でそんな手段を取るつもりはないよ。 第一、そんな有能な影働きをできる人材をこんなところで使い潰すのも勿体ないしね。 さて、配り終えたし子泰殿、はじめて良いよ」

 

 私の言葉を本気に取って激昂する仲謀殿に対して、雪蓮と子龍殿はあっさりと拒否の言葉を口にした。私が本気でそんな事をするとは思っていないからだろう。性格の違いが出ていて面白い。

 私としても、本気でそれを狙うならこんな場所で口にしたりしない。誰にもばれないように黙ってやる。

 ついでに、徐州にはそんな事ができるような人材がいない、という実情は伏せておく事にする。今後他勢力との関係がどうなっていくか確定していない以上、多少のブラフはかけておいても損はないだろう。

 ……うーん。どこかに忍者は落ちていないだろうか。忍者キャプターでも可。……いや、不可。あれ、全然忍んでないし。

 しかし、雪蓮と比べて仲謀殿は随分とまじめだ。見習えよ、姉。まあ真面目になった雪蓮とか、目にした瞬間私は指差して爆笑する自信がある。

 

「んー、交換で。 ……ちょっと話を戻しますけど、何でどこも本気を出そうとしないんですか? 叔母様も突撃しそうなお姉様を諌めていましたけど」

「いくつか理由はあるわねー。 さっきも言ったけど、被害が大きくなりすぎると今後に差し支えが出てくる訳だし。 思春(甘寧)、私も交換よ」

「御意に。 蓮華(孫権)様、私は交換無しです」

 

 プレイしているのがカンビオだから札の交換と会話を並行に行い、言葉が途切れないままに話題が続いていく。無理矢理にでも口を開けば、気まずい空気を払拭できるだろうという目論見は、ある程度成功していると言えるかもしれない。少なくとも、情報の交換はぽつぽつとできる様になってきた。

 あー、雪蓮が顔をしかめてる。興覇殿が交換を申し出なかった事からも、雪蓮が交換した札は交換前より弱くなったのだろう。

 それを横目に、私も口を開く。

 

「参加するだけで目的を達した勢力もあるだろうしなぁ。 名声を得るだけなら、『義に従い、漢を救うために連合軍に馳せ参じた!』ってだけでも十分だしね」

 

 とは言った物の、本当にこの連合軍に大義があるかどうかなんて分かりはしない。しかし上手く風聞を操作すれば、本当に正義に従った行動に見せかける事は簡単にできる。参加するだけで名声を得る事ができるのなら、とりあえず参加しておこうという群雄も間違いなく居るのだろう。まかり間違えば、もとい運が良ければ大功を上げる可能性もあるわけだし。そういった面々は既に目的を達しているので、無茶を通してまでガツガツと功績を求めたりはしないだろう。

 仲謀殿も同様に考えを口にした。

 

「誰も好んで兵力を減らそうとは考えないわ。 目的を達しているならば無理をする必要も特には無いという判断なのでしょう。 叔起(諸葛均)、私も交換よ」

「けど、汜水関も越える事ができずに撤退となったら、天下の笑い者になりますよね? それは良いんでしょうか? お姉ちゃん、交換」

「ううん、良くは無いよ。 ただ、この連合は最初からそんな感じでしたから。 矢面に立たされないように、盟主が誰かを決めるのにも時間を使っていましたし。 (趙雲)さん、交換をお願いします」

 

 この事からも群雄の考えが少し透けて見える。

 功績を本気で欲しているならば、迷わず手を挙げて一番槍となる事を望むと思う。万全の状態の敵と最初に槍を合わせるというのは危険ではあるが、それだけで十分に武功となりうる。

 実際一番槍を名乗り出た事で、朱里達の高唐勢はこの連合軍で一定の立ち位置を作る事に成功している。そうでなくては、官職を持つ劉備殿が居ないにも関わらず、文台様と孟起殿がこの場に高唐勢の同席を許すはずがない。例え彼女達を招いた徐州勢の不興を買ったとしても、だ。二人とも武に傾倒しているだけに、敵に一番槍を付けた高唐勢に好意的な感情を持ち合わせているのだろう。攻略に失敗し大きい被害は出てしまったが、何も得る物がなかったわけではない。少なくとも、意図なく消極的な遠戦を繰り返している他の群雄と比べれば、十分功績を上げているといえる。

 群雄達がわざわざその誉れを他の勢力に譲ろうとするかの行動は、一見奥ゆかしく謙っているかのように見えるかもしれない。しかしおそらくは、後に控える洛陽での攻防戦の方が功が大きいと考えているからだろう。それは大分甘い考えだと思うのだが。

 

「『他の誰かが陥落させてくれる』といったところでしょうか。 そういう他力本願な考え方をしているのかと。 子麗(歩錬師)殿、交換を」

 

 子龍殿が口にしたように、多分理由としてはそれが一番大きいのだろう。それは先程の一番槍を嫌う話とも矛盾はない。

 ただ、それだけが理由と言うわけでもないと思う。少なくとも、雪蓮がそんな理由だけで大人しくしているとは思えない。こいつなら文台様や公瑾殿がその辺りの意図を画策したとしても、無視して突撃するのが簡単に想像できる。そう断言できる程度にはこいつの為人は理解している。にも関わらず、先ほど本人が言ったように本気を出していないのだから、何か意図があると見るべきだろうか。もっとも、『勘』の一言で片付けられてしまう気もするが。

 

「天明、私も交換「にゃあ」!?」

「『猫』か。 じゃあ遥の持っている札を最初持っていた仲謀殿は失格ね。 罰金をどうぞ」

 

 交換を申し出た遥の言葉を途中で遮り、天明が手札を晒しながら猫の鳴き真似をした。

 それを聞いた仲謀殿は苦虫を潰したような顔をしながら、自分の財布から小銭を取り出して、中央にある罰金用の丼に入れた。

 それを気にせず粛々と場を進める事にする。

 

「じゃ、天明。 続き……っていっても『猫』をわざわざ交換はしないよね?」

「うん、しない。 お兄ちゃんどうぞ」

「私も山札との交換は無し。 それじゃ、全員手札の開示をどうぞ」

 

 そういって私は自分の手札を晒した。それに続き、全員が手札を表にしていく。

 その結果、失格した仲謀殿を除いた中で最弱の札を持っていた遥が小銭を丼に入れる。

 使い終えた札は枚数が足りなくなるまで場から取り除くため、重ねて脇に除けておく。

 親は順番に行うため、次の親である子泰殿に山札を渡して配ってもらう。

 

 カードが配られる間、仕切り直す様に杯に口を付けて湿らせていた雪蓮がぽつりと呟いた。

 

「ま、それだけでもないんだけどね」

 

 そう口にした後、雪蓮はぐびぐびと勢い良く杯の中身を飲み干し、もう何杯目か分からないお代わりを自分の杯へ注いだ。

 酒瓶の中身を考えると相当酔いが回っていてもおかしくないはずなんだが、多少頬が紅潮しているだけでまどろむ様子すらない。どういう肝臓してるんだよ……。

 それは子龍殿も同様で、飄々としながらも雪蓮と同じくらいの量を口にしている。こちらも少し赤くなっているくらいでまったく意識が混濁している様子がない。それどころか、手元のメンマを口にして、ますますペースが速くなっているように見える。

 二人とも底無しか。一緒に飲む時には飲まされないように注意しないと駄目だな。

 手札を配り終えてククを再開したが、情報交換の声も止まらない。

 

「要は、主導権を握っている袁家の事を信用できないのよ。 努力の結果を横取りされちゃたまらないでしょ」

「……ああ。 いよいよ落とせる、ってところまで戦局が進んだところで配置を変えて、本初(袁紹)殿や公路(袁術)殿達が先陣に立とうとするのでは、と疑っているのか」

 

 それはきついな。

 どんなに頑張っても、誰かの露払いをさせられていると疑っているのでは士気が上がらなくて当然だ。

 先の盟主決定の際にも諸侯は積極性を発揮していないし、最初に雪蓮が言った様にやる気がないというのにも頷かざるを得ない。

 本初殿はそういう陣中で燻っている感情に気付いているのか?

 このままだと、本気で汜水関を越えられずに撤退している未来も簡単に想像できるぞ。

 

「本初様達は先陣を務められていないのですか?」

「ああ。 『劉備軍に貸し与えた兵の傷が癒えていない』そうだ。 それを差し引いても十分な兵数を揃えているのだがな」

「我らが言うのもなんですが、あれから時も経っているのだから十分傷も癒えているでしょうに。 出汁にされているのが何とも腹立たしい」

 

 遥の質問に、仲謀殿と子龍殿が答える。

 うん、絶対に気づいていないだろう。分かっているなら自ら矢面に立つなど、下がり続けている士気を改善しようとするだろうし。

 そこまで考えを露骨に出していると信望を失いそうな気もするんだが。

 もっとも、傍若無人に動く事ができるからこそ、大勢力をまとめる事ができる側面もあるんだろうが。

 織田家のうつけ殿とか、伊達家のDQNとか、他人と協調するよりも我が道を行く事で世に名前を馳せた偉人と同じと思えば、王者の風格があると思えないでもない……かなあ?

 

「それじゃあ、一日で堀の埋め立てから落城までしなくちゃ、どんなに頑張っても汜水関一番乗りによる第一功は本初さん達、袁家へ行っちゃうんですか!?」

「そうだろうね。 本初殿が先陣を務める事を表だって反対する諸侯もいないだろうし、おそらくそのまま配置替えが通るだろうから。 消極的な動きしかしていない諸侯の皆様としても、自分達の被害さえ少なければ誰が功を得ようと気にしないと思う」

 

 子泰殿の言葉に、私はそう頷いてみせた。

 むしろ多くの諸侯達は、袁紹に同調する姿勢を見せる事で媚を売ろうとするだろう。盟主を決める時とは違い、先陣を務める事がないならば積極的に賛成に回ると考えられる。

 汜水関の戦いで功績を得る為のハードルがどんどん上がってる。もう埋め立てだけやって、後は他に任せてしまうのが一番楽かもしれん。

 ただ、徐州勢(うち)を率いている国相様や、そこに居る大虎とその母親は納得しないだろうなぁ。

 

「お姉様は檄文が届いてからずっと『あたしが天子様を救ってみせる!』と鼻息が荒かったから、私も参加している全員が漢王朝のために喜び勇んで洛陽を目指すと思ってたんですけど……」

「認めたくはないですが、朝廷の求心力が落ちてきている証左なのでしょうね」

「だからこそ今の状況を建て直す事ができるならば、その功績は比類無き物となるはずなんだけどね。 そうやって餌を見せられても一枚岩になれていないんだから、朝廷の中で立身する事にそこまで興味を惹かれていないんだろうね。 『地方で力を蓄えた方が良い』と考えているくらいには、天明の言ったとおりに朝廷の力が衰えてるんだよ」

 

 とは言った物の、おそらく多くの諸侯は自身が漢の宰相となる事までは考えていない。というより、自分が帝の側に侍り、天下を裁く役になるまでを想像する事ができないだろう。ここに集った諸侯全員が、村の祭で肉を裁いた後に『俺に天下を裁かせろ!』と言ってのけた無名時代の陳平と同じ器量を持つとも思えん。

 現状で野心だけではなく、明確なビジョンを持って動いている諸侯は反董卓連合内には居ないだろう。

 むしろ行き先が不透明過ぎて、ビジョンを持って動く事が不可能と言った方が正しいか。君側の奸を討つと言っても、漢王朝に逆らっている事に違いはない。そんな状況すら予測している物が居るとすれば、ある日異世界に転生したらどうしよう、とか本気で考える様な荒唐無稽な妄想を常に考えている様な夢見がちな人だろう。私としては、実際にはそんなに良い物ではなく気苦労ばかりだ、と声を大にして訴えて行きたいわけだが。

 史実における曹操と孫堅にしても、玉璽を手に入れたり、流浪の帝を保護するまでは天下を意識してはいなかったはずだし、この世界でも同様ではないだろうか。……いや、歴史上の人物とまったく同一の思考を取ると決めつけるのは危険か。

 まあそんな状況であっても、おそらく朱里と公瑾殿はビジョン無しでそういう立場に放り込まれても何とかすると思う。二人ともそれだけの器量は優に持っている。

 後は曹操も持ち合わせているだろうか。伝え聞く噂や行商人達からの情報を元に判断するならば、いきなり国の政治を差配する権利を与えられたとしても、重圧に屈する事なく治めきる事だろう。史実どおりのスペック持っていそうな雰囲気が、聞いた噂だけでもビンビン伝わってくる。

 

「……ああ、もう面倒くさい! 後の事をとやかく考えてないで、さっさとガッツリ戦わせなさいよ!!」

「こら、馬鹿娘。 何を他の勢力の皆さんの前で馬鹿な発言をしている」

 

 色々と絡み合う思惑に面倒くさくなったのか、大声でそう叫んだ雪蓮。それに対して天幕の入り口から呆れ果てた、と言いたげな口調で声がかかった。

 

「ちょっと! 誰が馬鹿よ、誰が!」

子方(糜芳)、馬鹿娘の相手で面倒をかけた」

「いえいえ。 こういう人間と知っていれば、味があると言えない事もないので」

「無視するな! それから麟もしれっと酷評を付け加えないで否定しなさい!」

 

 雪蓮の抗議を聞き流し、天幕に入ってきた面々の顔を確認する。

 文台(孫堅)様を先頭とする孫家だけか。どこか疲れた表情をしている公瑾(周瑜)殿が印象的だ。

 事実上孫家の実務部分を取り仕切っているだろうし、疲れが溜まっているのかもなぁ。後で薬湯を差し入れるか。

 徐州(うち)のお偉いさんと馬家の面々が居ないのは、何でだ?

 

趙国相(趙昱)韓文約(韓遂)殿なら、天幕に残って話しているぞ」

「なるほど。 まあ、積もる話があるんでしょ」

 

 私の疑問に先回りして文台様がそう声を発した。

 二人が残っているので、護衛として他の面々も残らざるを得なかった、といったところだろうか。

 しかし、趙国相と文約殿。やはり面識があったか。そうでなくては、わざわざ残って話をしようとは思うまい。

 西涼の乱の後に、この世界での韓遂の経歴を洗い直したところ、趙国相と同じ遊郭に務めていた事がある事が確認できた。おそらく、その時から国相様とは親交があるのだろう。そうでなくては、あんな喧嘩を売るような呼び立て方はするまい。

 それを知っていたからこそ、私は気にせず国相様の発した言葉どおりに文約殿を誘った。それに文約殿が笑顔を見せながら応じるところまでは予想通りだったが、まさか孟起殿の方がキレるとは予想外だった。文約殿の経歴、及び趙国相との関係を知らないのかもしれない。

 話を聞くに、孟起殿は相当潔癖なきらいがある人物だと思われる。そういう人物からしたら確かに、この経歴について聞いたら思うところができてしまうだろう。おそらく、馬寿成殿だけが知っているのではないだろうか。

 そんな事をツラツラと考えていると、完全に雪蓮を無視したまま文台様が口を開いた。

 

「一応、私から宣言しておこう。 最低でも汜水関を抜くまでは我ら三勢力は協力して動く事が決まった。 それ以降は状況次第だ」

「良かった、上手くまとまりましたか。 固めの盃は取り交わしておいでで?」

「いや、全員がいる前で行った方が良いだろうと考えたので、まだ交わしていない。 準備してもらえると助かる」

「御意に」

 

 文台様から盟約が成った事を聞いた私は天幕を出て、天明と二人で共用して使っている天幕から酒器を三組取り出し、盆に載せた。先ほどまで用いていた物は耐久性重視の頑丈な作りをしている物だったが、今取り出した物は瑞獣の精緻な彫り物がされている見映えがする物となる。県長に就任して酒宴を主催する機会が増えたので、来客用の酒器を職人へ注文していくつか作ったのだ。

 ちなみに取り出したのは、鳥、亀、虎が彫られた物。漢王朝に反乱しているとも取れるこの状況で、狐や龍の意匠の酒器を使う度胸は無い。どんな風に取られるか分からないし。麒麟の酒器は当然無い。客に使わせる食器に自分の名前の由来を彫るとか、どんなナルシストだよ。結婚式の引き出物に自分達の写真を使うのと同程度の痛さを感じる趣向は私は持ち合わせていない。

 話が逸れた。まあ何にせよ、期限付きとはいえ一応同盟締結で盃を交わす事になるわけだし、礼儀に適った物を使わなくては駄目だろう。貴人と接する可能性も考えて、念のため持ってきたのが無駄にならずに良かった。

 

 しかし、まあ。

 

「面倒くさい」

 

 一人きりというのもあり、思わず溜め息混じりにそう溢してしまった。

 何が、って何から何までだ。まさかここまで汜水関の攻略が遅々として進んでいないとは予想外だった。もちろん悪い意味で。

 遅れて来た私達も誉められた物ではないのは理解しているが、よもや城壁に取り付く事すらできていないとは思っていなかった。

 しかも、旗を見る限り董卓旗下の有名どころは大半が汜水関に詰めているようだ。これを抜いて洛陽へ向かうとなると、大分骨が折れるだろう。

 

 当面考えなくてはならない事も非常に多い。

 まずは、強行軍でここまで来た徐州兵達の休息が最優先だろう。流石に疲労が溜まっているのが見て取れる。無理に戦闘をさせるわけにはいかない。

 次に、連合軍全体の士気を上げる事。このままでは連合軍が内部崩壊を起こしかねない。私としても、文和殿に事情を確認する事を目的としている以上、今ここで解散されても困るのだ。

 それから、他勢力と諍いを起こさないために軍規を引き締める必要もあるか。こちらからは手を出さなくても、鬱憤晴らしのためにちょっかいをかけてくる可能性が考えられる。ただでさえ低い士気を更に下げないためにも、挑発には乗らないように言い含んでおこう。

 ついでに、近隣の集落から略奪を行っている輩がいないのかもチェックした方が良いか。憲兵隊とかの概念も無いだろうし、軍内の取り締まりを行う部署が無いのが痛いな。

 攻略までの時間が更にかかる事も考えて、補給計画も練り直しておく必要がありそうだ。近場の太守である曹操殿に領地の通行や、資材が急に必要になった場合に備えて、販売をお願いできるか確認しておいた方が良いか。

 あと、兵器の作成にも取りかかる方が良いか。材料の切り出しとか、時間がかかるだろうし。製図は終わっているのがもっけの幸いか。

 

「お兄ちゃん? いる?」

 

 天幕の外から天明に声をかけられて、我に返った。

 時間が経っても戻ってこない私を呼びに来たのだろう。いつの間にか、随分と長く思索に耽っていたようだ。

 

「ごめん、今から戻る」

「じゃあ運ぶの手伝うよ」

「助かる」

 

 手伝いを申し出てくれた天明に感謝し、酒器を持ってもらう。そのまま天明を伴ったまま、酒をもう一瓶出す事にする。飲み()しよりも新しく出した瓶で盃を交わす方が良いだろう。

 

「無事に同盟締結だね。 大事なのはここから?」

 

 食料を集めてある天幕に向かう途中、天明がそう話しかけてきた。

 

「そうだね。 これで汜水関を抜けなければ、ちょっと本気でまずい事になるし」

 

 孫家、馬家という三国志でも屈指の武闘派と一緒に事に当たるのだ。野戦に持ち込めれば大きく勝利に近づく。

 逆に敗北すれば、士気崩壊にまた一歩近づく事になるわけだが。あー、めんどくさ。

 

「孔明さん達も一緒に引き込む事はできないのかな?」

「……難しいだろうねぇ」

 

 天明からの問いに、思わず溜め息を伴って答えてしまった。

 

「ええと、何かあった?」

 

 今の言い方で何か察するところがあったのだろう。こちらを伺いながらそう尋ねる天明に答えず、私は無言で隣を歩く妹の頭を撫でた。

 私にもどうする事もできない類いの事だ。話してもこの子を困らせるだけだろう。

 私に話すつもりが無い事を察したのだろう。天明は問いを重ねる事はせず、黙って頭を撫でさせてくれた。

 

「そういえば、羊叔子殿。 貴殿も高唐勢と因縁をお持ちではありませんでしたかな?」

 

 撫でる手を止めて、普段はしないような畏まった言い方で天明に呼び掛けた。場の空気を変えるため、そして自分の中の考えをまとめるために、あえて軽口とも言えるような雑談をするように仕向けた。

 それに苦笑しながら天明は答えてくれた。

 

「孔明さん達と話した感じだと、気にしているのは一部の人だけみたい。 案外、きちんと話し合えば解決できそうな気がするよ」

「それは重畳。 諍いの種は無いに越した事はないですからな」

「ええと? 何でそんな話し方なの? 普通に話そうよ」

「いつ叔子殿が私よりも高位の役回りを得ても良いようにあらかじめ練習しておこうとですな」

「無いから。 しばらくは出世するつもりは無いから」

 

 からかい混じりに天明とそんな話はするが、史実の羊祜(この娘)糜芳()の業績を比べれば、どちらが上かはすぐに理解できる。この娘がその気になればすぐに出世して、私を顎で扱き使う立場になる事だろう。

 どこの勢力に行ったとしても、必ずようこそと諸手を挙げて歓迎される存在になるに違いない。

 ただ、まあ。

 

「それも比較する事ができるだけ、その人物を知っていれば、なんだよな」

「お兄ちゃん?」

 

 例えば、名前とか。

 呟いた私へ、天明が不思議そうに問い返してくる。しかし私は黙って頭を撫でる。最近は答える気が無い時や、何か誤魔化す時にばかり頭を撫でている気がする。

 良くないな。愛でる対象を構ってあげる時には、余計な意図は何一つ差し挟まず全力で愛でるべきだ。まあ、猫にそれをやったら逃げられるが。

 そういう愛で方をできるのはむしろ、全力でひゃっはー!!と言わんばかりに飛び付いてくるような人間大好きな犬の方なのだろうが、今回の遠征ではそういう人間は居ない。姉さん元気に過ごしてるかなぁ。

 

「ま、気にするな。 今まで不都合が無かった事に対して、今さら問題らしき物が顕在化してきただけだから」

「いや、それ問題があったって事なんじゃ……。 抱えきれなくなったらすぐに言ってくれなきゃ嫌だよ? 私だってもう守られているだけの小さい子供じゃないんだし、一緒に悩んであげる事くらいはできるんだから」

 

 その言葉に自然と笑顔が浮かんだ。

 義父さんに抱き抱えられて家に連れて来られた頃とは見間違えするほどによく育った。男子三日会わざれば刮目して見よとはよく言った物だ。

 まあ、天明は女子だが。

 

「天明すっかり立派になって……。 良し、じゃあ天に居る天明の御母堂に届くくらいの大きな声で、天明が性根の良い子に育った事を報告するために叫ぶとするか。 結果的に天明の良い子っぷりがこの本陣中に轟く可能性もあるけど」

「無用です。 許してください」

 

 間髪入れずに天明がそう返してくる。その言葉に、私はあまり深く考えずに受け答えする。

 

「無用の用」

「それだと無用の意味が異なるよね?」

「心配ご無用!」

「お兄ちゃんがいつ叫び出さないとも限らないんだから、心配しか無いよ」

「天地無用?」

「もう何を言いたいのか分からなくなってきてるけど、勢いだけで喋っている事は伝わってきたよ……」

 

 天明に疲れた声を出されてしまった。確かに頭でまったく考えずに、天明の言葉に脊髄反射で答えている自覚はある。

 

「まあ、天明がそう言うならやめておく事にしよう」

「うん、ありがとう。 ……少し釈然としないけど」

 

 その言葉の通り、少し首をかしげながらそういう天明を見て、苦笑いを浮かべる。

 周りにいる人間で、どうでもいい掛け合いを一番振りやすいのは天明だからなぁ。何せ最後まで冷静にツッコミを入れ続けてくれる貴重な人材だ。ついついからかい混じりに弄ってしまう。

 

「ま、ちょっと私自身にもどうしようもできない事が原因だからね。 もうちょっと考えがまとまって、手伝ってもらうような事ができたらお願いするよ」

 

 表情を改めて、嘆息混じりに私は口にした。

 何せ私が生まれてからずっと持ち続けている物が原因なのだから、本当にどうしようもない。

 

 脳裏に、つい数時間前に聞いた言葉が甦る。こちらを見極めんとする、澄んだ目に力を込めた視線をした子龍殿と共に。

 思い出す度に引きつった笑いを口元に浮かべ、絶句するしかない。

 

 徐州より一人の人物に仕え、長きに渡る主の流浪に付き従い、妹が主君に娶られた事で縁戚にもなった。そして、ついには至尊の座についた主に、兄共々重臣として引き立てられる。

 その経歴を持つ人物は姓は糜、名が芳、字が子方。私と同様の名前を持つ歴史上の人物である。

 そして……。

 

『この催しに誘われた時、主が貴殿の名を聞いた後に顔を曇らせたのですが、何か因縁などお有りか? 場合によってはこの趙子龍、返り血を被る事も辞さぬ覚悟ですが』

 

 そして、最後には主君の義弟を裏切る事で歴史に汚名を残す者であり、歴史書において最大限の侮蔑をもって語られる事となる名前である。

 

 ろくでなしのあの男ではなく、顔も覚えていない母に付けてもらった私の諱と真名は、数少ない祝福と言っても過言ではない。それなりに愛着を持っている。

 それが招かざれる事態を運んできた事を思うと、天を仰いで溜め息を付く事しか出来ないのだった。




最後までお読み頂きありがとうございます。

・サトウキビ
作中にもあったように、南越辺りでは石蜜が作られていたようです。
南越は沖縄、台湾よりも偉度が南なので当然と言えば当然なのですが。
現代の徐州市が大体瀬戸内海辺り、熊本南部~鹿児島辺りが合肥なので、莒県じゃ厳しいけど徐州から揚州の州境でもサトウキビは生産できるだろうと判断し、登場させる事にしました。
ちなみに、分蜜については元代から始まるので、三国志からざっと千年後に文献に登場するらしいです。オーバーテクノロジーw

・特に晩年
ビバ!二宮の変

・ラム酒
トロピコやってる人ならお馴染み。カリブ海の空気を感じるため、葉巻や缶詰よりも雰囲気があって好き。
三角貿易の歴史を思えば、そんな気楽な事を言うなと叱られそうですが。

・モラセス
徐州の製糖技術はある程度の分蜜には成功はしている、しかし黄泥の混ざった砂糖となってしまっている、という状態を想像しています。
モラセスは取れるけど、質の高い砂糖が作れていません。

・雪蓮と孫堅の一悶着
「馬鹿娘には適当に馬の小水でも飲ませておけば良いから」
「表出ろ」

・蜂蜜酒
俗に言うミードの事。
水と蜂蜜があれば簡単に作れますが、現代日本で酒類製造免許がないのに作ると思い切り法律違反です。高い物でもありませんし、大人しく買いましょう。

・某国民的乳酸菌飲料
時々、無性に飲みたくなるのは私だけですか?原液買っても使い切れないので、大体の場合はウォーターのペットボトルを買ってますが。

・クク
カードゲーム。発祥したヨーロッパで既に絶滅危惧種になっているらしい。
ルールについて長々と書いても面白くないので、何となくゲームをやっているという雰囲気だけでも伝わっていれば作品的には成功です。
ルール解説しているHPは結構多いので、気になったらググってください(丸投げ)

・やる気が無い諸侯
作者が原作プレイ時からずっと感じていたこと。
お前らやる気無さ杉。
ここまでやる気ないのは、こんな風に考えているからでは?と妄想しながら執筆しました。

・忍者キャプター
戦隊物として扱われる事の無い可哀想な特撮物。
当然作者はリアルタイムで見ていない。
どうでも良い事だが、これよりも忍者キャプチャーざくろの印象が強いのは作者だけだろうか。

・一番槍
一番槍の誉れがこの時代の中華に有るかは謎ですが、先陣切って突撃する武将の評価が高いんだから有ってもおかしくはないかと。

・雪蓮の意図
「呂布……汜水関に居ないの?」(´・ω・`)
呂布と戦える時に全力を出せるようにしておこうと言う冥琳の説得を受けて大人しくしています。

・手柄の横取り
袁紹主導ではなく、袁術主導です。元ネタは萌将伝の模擬戦。
袁術がそれを狙うなら袁紹としても見過ごせないため、一緒に虎視眈々と狙っています。

・曹操の行動
まったく話題に上がっていませんが、華琳が戦に出る事を袁紹が止めています。
子供の頃から出し抜かれる事が多かったので、今回もそうなるのではないかと警戒中。花嫁泥棒とかに近い酷い目に合っているので。
華琳としても、本当にどうしようも無くなった時には前に出ようと考えていますが、今は諸侯に自分の遊び相手がいないか大人しく見極めています。

・ビジョン
華琳、冥琳、朱里のラジオパーソナリティ三人は持っているでしょう。
あくまで麟が語っているのは史実についてですね。

・韓遂の経歴
1遊郭務め
2身請される
3中央官吏の主人の正妻が亡くなったので、事実上の後妻に収まる
4主人が政権争いに敗れたため西涼に左遷
5主人が没したが、持ち前の器量を発揮して家督を相続
6馬騰と意気投合してして西涼の重鎮に

世間的には先妻と夫を謀殺して家を乗っ取ったと噂されますなw

・狐や龍の意匠
九尾の狐は漢王室の守り神でもあったそうで。時に瑞獣として扱われていたそうですよ。
龍は言うまでもなく、天子の象徴。
その意匠が使われる盃から酒を飲むとなると、周りにあまり良い印象は与えないだろうという判断です。

・麒麟
どう考えても、当時の中華では龍と並んで一番使われていたと思われる意匠。孔子先生も存在に言及しているわけだし、当時は一番有名な瑞獣だったはずです。歴史書にも何度も登場してきます。
ちなみに、オスが「麒」、メスが「麟」なので、一見主人公は女の子の名前が付けられているように見えますが、「麟」の一文字で麒麟の事を表すのでこの真名を採用しています。

・盃を交わす
極めて日本的な儀式。婚姻の時の固めの盃を代表するように、神道が元である風習なため中国では無かったと思われる。
じゃあ、中国でこれに近い儀式って何だ?と考えたところ、血判や血文字など少し重たい物しか思いつかなかったため、固めの盃が風習として取り入れられているとしました。
え?剣で岩を切りつけるって?いやだな、あれは叶わない願いの時にする物じゃないですか←

・ようこそ
言及するのが恥ずかしくなるくらいにどうでも良い駄洒落。

・無用の用
この際に使われる無用の意味は役立たず。天明の言った不要の意味とは外れます。

・心配ご無用!
サル、うるさい

・糜芳
味方に関羽が居るなら、最大限警戒する名前。
ただし女の子(ry

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