真・恋姫†無双 -糜芳伝-   作:蛍石

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第三話投稿いたします。
過去の話を始めるのに、夢という扱いにすると非常に楽だと気づきました。
今後も常套手段にもなりそうな悪寒がひしひしと。

あと今回の話で一応神様転生っぽい内容が出てくるのですが、これ神様転生っていう扱いで良いのかが激しく謎です。


第三話 In My Dream -時には昔の話を①-

(ああ、これは夢だ。)

すぐに分かった。なぜなら今夢の中で見ている光景は数年前、私が四歳の時に実際に目の前で行われた物だ。まだ幼く、話を理解できていないと思ったのか、私の父だった男は私を売りつける商談を目の前でしている。

特別驚く事はないだろう。今までずっと愛玩動物よりもひどい扱いを目の前の男にはされてきたのだ。虐待やネグレクトと呼ばれる行為が有る事は前世の記憶で知ってはいた。しかし自分がそういう扱いを受ける立場になると、やはり心が荒む。

それでもどんな目に遭わされようと、反抗する事は決してやめなかった。もっとも子供の力では精々噛みつく事でくらいしか痛みを与えることができなかったが。

 

抗う事をやめなかったのは、前世の父から受けた薫陶のおかげだろう。「何があろうと、自分自身である事を諦めるな」剣術を教える傍らそういう哲学的な事を幾つか、まだ小さい時から兄や私に言葉で伝え続けてくれた人だった。

 

そのまま男との生活が続いていたなら、確実に私は死んでいただろう。転機が訪れたのは、実に屑らしい生活を送っていた男の路銀が遂になくなり、売る物もなくなってしまった時だ。仕方が無いので、私を売ることにしたのだろう。この乱れた世の中においては珍しくも無い事だろう。私の中には、とうとうこの時が来たか、というある種の感慨しか無かった。

少し予想と違ったのは、人買いの元に直接連れて行くのではなく、自分の縁のある人物の元へ向かった事だろう。

 

ここで少しこの世界での私の生まれについて、問わず語りをさせてもらいたいと思う。とはいっても、私が生まれる前の話も含むため、当然ながら自分で見たわけではなく、義父に引き取られた後に聞いた話だ。

私は今見ている夢の中で見えている男と、没落名家生まれの母の間に生まれた。

母は生まれは良かったし、教養も持っていた。しかし、致命的なまでに男運が無かったのだろう。そうしみじみと思う。

母はこの徐洲において名士と呼ばれるような家に生まれた。ただその家は何代か前の当主が無能だったため、借金を背負うことになった。それが原因で、今では家を維持するのが精一杯となっていたらしい。

そこで徐洲の富豪である、糜家の次男坊であった男を婿に取る事で後ろ盾を得ようとした。典型的な政略結婚だが、それでも母は夫となる男を愛そうと努力をしたらしい。

ただ、この男がどうしようもない屑だった。酒を飲んでは暴れる。外に愛人を何人も作る。金を使いこむ。気が小さい癖に、自分を大きく見せようと暴力を振るう。そんな人間を夫に持ち、ずっと愛し続けるのはどんなに強い人でも難しかっただろう。

母は男との間に子供を一人産んだ。(言うまでもないだろうが、この子供が私だ。)

 

話が逸れてしまう上に完全に余談ではあるのだが、母が私を出産する直前に見た不思議な夢についても話をさせて欲しい。

 

私を身篭っていた母の夢の中に麒麟が出てきて、こう聞いてきたらしい。

「娘よ。今の世の中は乱れきってしまっている。 これでは、私は下界に降りる事はできぬ。 如何様にすれば、これを正す事ができようか?」

 

母は麒麟の威圧感に恐れおののき、平伏しながらも懸命に答えたらしい。

 

「確かに今の世は乱れており、貴方様がいらっしゃる事はできないでしょう。 上は官匪が横行闊歩し、賄賂が無くては正しき政治が行えず、民達へ重税を課す事で私腹を肥やしていると聞きます。 下は匪賊が跳梁跋扈し、民達から日々の蓄えを奪い去り、我が物顔で罪無き者たちの達の平安を乱しております。 これを正す、尊き天子様も官匪達に押さえ込まれ、忠臣達からの聴政もままならなくなってしまっていると人は噂しております」

 

話しているうちに気が昂ってきたのか、更に母はこう続けたらしい。

 

「これも天の与えたもうた試練とするならば、余りにも意地が悪い事をなさります。 我々、下々の民草を救って欲しいとは申しません。 しかし、貴方様達よりこの地を統べるように権能を与えられた天子様が、同じ方々より与えられた試練によりその力を振るう事ができずにいる。 与えられた力を十分に振るう事ができなくされたにも関わらず、高みから見下ろし『何故できていないのだ』と他人事のように冷たく言い放たれる! これでは余りにも天子様が哀れにございます!!」

 

途中から気持ちが昂ぶりすぎたのか、最後には涙を流しながら食って掛かるように言葉を言い放ったらしい。あんな男と夫婦にならねばならなかった自分の鬱積した暗い感情に加えて、世が乱れている事に対する麒麟の他人事の様な物言いをする理不尽が上に加えられた事で堪忍袋の緒が切れてしまい、つい言葉が厳しくなってしまったのだろう。

これ、穏やかと言われている麒麟じゃなかったら殺されてたんじゃね?そう思うくらいに結構無礼な物言いをしている。

 

「……確かに汝の言う事に、一理あるやも知れぬ」

 

麒麟はしばらく考えた後、力なく項垂れながら母の言葉に同意したらしい。流石は仁獣麒麟。人間の言う事をわざわざ吟味し、自らの行いを反省するとは器が途方も無くでかい。

 

「されば、快刀にて乱麻を断ち切るが如く官匪匪賊を打ち払い、天子を柱石の如く支え、天子の行う仁政の礎となる者をこの世へ遣わそう。 幸い汝は子を身篭っている。その子へ我が力の一端を与え、遣わせる者としようぞ」

「は、ははっ」

「しかし一端とはいえ、人でありながら天に近しい力を持つ子を身に宿すのだ。 如何に汝の魂魄が強かろうと、その子に魂魄の大半を奪われ、汝は死を得る事になろうぞ。 その覚悟は有るか?」

 

流石にお前死ぬよ?と言われた事に対しては、即答できなかったようだ。しばらく考えた後、母は肯いた。

「自分が死ぬ事となろうとも、世に仁政をもたらせるならばその生には意味が有ったのだ」と。

 

「……良かろう」

 

そう言って麒麟は母の腹へその角を向けて光を放ち、母の体内へその光を納めたらしい。その後すぐに母は目を覚まし、数時間後に陣痛が始まり私が生まれたらしい。

 

この話を母の家族達に話しても誰も信じなかったようだ。それはそうだろう。仁獣と言われる麒麟が、なんでわざわざ一般人の母の夢に来る必要があるんだよとか、あんな徳がまったく無い男の子供に力を与える訳が無いとか、そう考えるのは当然だ。

 

しかし、私は義父さんからその話を聞いても笑う事はできなかった。なぜなら、私は異能バトルができるような特殊能力(手からビームを出したり、瞬間移動をしたり)は持ち合わせていないが、前世の記憶というとんでもない物を持ち合わせているからだ。

実際に、それを信じていなかった現実主義者の義父さんが、数年後には疑い半分とはいえこの話を信じるようになった。私が言う自然科学などに裏打ちされた知識を披露され、実践するたびにその通りの結果を得られたのだ。十分神懸かっているだろう。これが広まってしまった場合、かなり私の身に危険が迫る事になりかねないので、知識をあまり外でひけらかす事が無いように注意されている。

 

余談はここまでにしておき、話を戻す事にしよう。

麒麟の予言のとおり、私を産んで数ヵ月後に母は亡くなってしまった。

そして、母が死んだ後も好き放題にやっていたため、遂に母の家族達も堪忍袋の緒が切れてしまった。

糜家からの支援を打ち切られる事を覚悟した上で、母の遺児と一緒に男を家から追い出したのだ。流石に糜家の人間を無一文のまま放り出す事ができなかったのか、立ち退き料として多少のお金を持たせた上で。

遺児も一緒に追い出したのは成長して男の様に育った場合、手を持て余す事になるからだろう。未来において、性格は後天的な生活環境により形成されると言われているが、この時代においては性格も先天的に受け継ぐ物と信じられていたため、しょうがないのだろう。

徳無き男の子供にも徳は宿らない。それはこの時代の思想から言えば、ぐうの音も出ないほどに正しい。

 

かくして、男は子供を抱えたまま宿無しとなった。

男はまず、実家である糜家に帰ろうとした。自分の事を甘やかしてくれた両親ならば、自分の味方として糜家で生活できるように取り計らってくれるに違いないと。

しかし、男の目論見は脆くも崩れさる。いや、両親は味方をしようとしてくれたのだ。だが男が婿入りしていた家から、激怒している事を伝える手紙と絶縁状が既に早馬で糜家に届いていた。

どんなに困窮していたとしても名士である嫁ぎ先から、絶縁状を叩きつけられる原因となった男を引き取る訳にはいかない。当然だ。そんな事をすれば糜家も徳を失い、他の付き合いのある家からも距離を取られかねない。如何に徐洲有数の富豪である糜家といっても、洲内の上流層と関係を結べなければたちまち困窮してしまう。

その結果、糜家は既に男の父親(私達の祖父)から兄(海姉さんの父、私の義父)に代替わりをしていた事もあり、男を引き取る事はなかった。

祖父母夫妻は懸命に義父さんを説得しようとしたのだが、義父さんが受け入れる事はなかった。当時赤ん坊だった私ですら受け入れようとしなかった事から、義父さんの怒りの深さが伺える。

 

ちなみに最近、この時の話を義父さんから直接聞いて私を引き取ろうとしなかった事を謝られた。しかし、どう考えても義父さんも被害者である事から、気にする必要は無いと伝えている。

その際に「お前は、弟の血を引いているとは思えんな」と言われた。

「まあ、母方の血が濃いのだろう。何せ夢の中とはいえ麒麟に説教した女性だ。私が変わっているのも母の性格を受け継いでいるのだろう」そう伝えたところ、腹を抱えて笑い出した。解せぬ。

 

話を戻すが、こうして男は子供を抱えたまま流浪の旅をする事となる。その旅の中で私を捨てなかったのは、現在糜家当主である兄が死んだ時に備えていたかららしい。その内容が以下の通り。

 

兄が死ぬ→弔問に向かう→その時赤ん坊の頃より成長した孫(私)にメロメロとなる→父である自分が糜家の次期当主に!

 

実に脳味噌が膿んでいるとしか思えないような思考回路である。今日日三歳児でももう少しましな論理で物を語れる。

そもそも、既に孫として海姉さんが生まれているんだから、私一人に愛情が集中する事は無いだろう。仮に義父さんが突然死したとしても、海姉さんを当主として祭り、祖父が補佐を務めれば良いだけである。

 

……もっとも義父さんに上の様に伝えたところ、当時そのような事が本当に起きた場合、次男可愛さに目が眩んだ祖父母夫妻が男を当主へと擁立する可能性が有ったとの事だ。愛情ゆえの盲目が如何に恐ろしいのか、戦慄した瞬間である。

何それ怖い、と前世含めての人生で初めて口に出したよ。

 

この数年の流浪の後、冒頭の商談の夢へと繋がるのだ。

その商談の相手は、糜家当主。つまり自分の兄であり、私の義父さんになる人だった。

 

その際に、余談で語った母の見た夢の話をして、いずれ世の役に立つと言いながら金をせびろうとした。

 

問わず語りの内容から、冒頭の部分までの内容は今のでほとんど語りつくした。こうやって問わず語りをしているうちに、夢も進んでいたらしい。交渉も終わろうとしている。

 

義父さんも最初は拒んでいたが、最終的に手切れ金も含めた金を与え、男を追い払った。

 

「まったく、相変わらずとんでもない厄介者だ。 もっとも、次に訪ねて来た時には問答無用で殺せる事を考えれば悪い事ではないか。 奴婢を買ったと思えば良いだろう」

 

義父さんは、私がまだいる前でそうぼやいていた。

その後、まだ私が居ることを思い出したように話しかけてきた。

 

「今日からお前はここで暮らす事になる。 確かに私とお前は親族となるが、私はそのように扱わない」

 

あの男に酷い目に遭わされていた以上、当時の義父さんを責める事はできない。

 

しかし、私もいい加減腹が立っていた。何せ私は、見た目は子供、頭脳は大人を地で行く存在なのだ。自分の人生なのに意思を反映できず、ただ流され続ける。それは私にとってたまらなく不快な事だった。

さらに、あの男は暴力により私を屈させようとしていた。自分で認めた人間であるならばともかく、明らかに屑と分かる者に力で押さえつけられようとした事も私にとっては噴飯物だ。

 

つまり、何が言いたいのかというと。

私はこの時、怒りにより自制心が焼失していた。でなければ、この後こんなにも迂闊に色々話したりはしなかった。怒りに我を失い、麒麟に説教してみせた母親の気質はここにも受け継がれていたようだ。

後年、この時の事を思い出して度に頭を抱える事になる。私は平穏な人生を送れる可能性をこの時に完全に手放してしまったのだと。

 

「まあ、お前が如何に小さかろうとも、家にいるうちは働いてもらう。 文句は言わせんぞ。役に立たぬようなら-」

「死んだ馬の替わりくらいなら務められるでしょう」

「-すぐに追い出す……。 今なんと言った?」

「死んだ馬の替わりくらいは務められるでしょう、と申したのですよ」

 

義父さんの言葉に被せて、私は言葉を放った。今まで喋らなかった私が突然発言した事に驚いたのか、義父さんは私の発言を聞き返してきたので、もう一度同じ言葉を作った。

 

義父さんはしばらく考えた後、答えに至ったのか、目を見開き問いを投げ掛けてきた。

 

「郭隗か」

 

私は無言で頷いた。それを見て、父さんはますます驚いたようだった。

 

「どこで、史記を読んだのだ?」

 

当然の疑問だろう。あの男は文字を読むことができない。そのうえ、書を読める可能性の有る母の実家からは、私が赤ん坊の頃に男と一緒に追い出されている。

 

「私は書を読んではおりません」

 

これは半分嘘だ。今生ではともかく、前世では私は歴史に関する本を大量に読んでいる。

 

「それに、わざわざあの男が私のために書を買い与えることはありえぬでしょう」

 

これは真実だ。あの男は、本を読む金があるならば酒を飲むか、女を買う。

 

「……うむ。道理だ。 ならば、どこかで耳にした話をひけらかしただけか?」

 

それもあり得ぬと理解しているのだろう。

少なくとも、死んだ馬を買う事で得られた物が何かを理解していなければ、例えに出すのは不適切だ。

いつの間にか義父さんの表情から驚愕が抜け落ち、目が私を見定める物に変わっている。

 

私は無言で首を振る。

その後首を傾げながら、先程から気になっている事を逆に問いかけた。

 

「史記ではなく、戦国策ではありませんでしたか?」

 

私は義父さんの出典元をに疑問を投げ掛ける。大分記憶が曖昧になっている。どっちに載っていたのか忘れてしまっていた。だからどっちだったのかを思い出したい、そんな軽い気持ちで質問したのだ。

 

しかし、その質問を聞いた時、いよいよ義父さんの顔がひきつり始めた。史記と戦国策、どちらにも郭隗の記述が有ることを理解していなければ出典元など気にしない。

 

書を読んでいなければ出てこないはずの知識を持つ。しかし、当人は書を読める環境は持っていなかった。それを異様と取ったゆえの表情だろう。

 

その顔を見て、私はようやくこの時の自分が冷静ではなく、かなり多くの失言をしている事を悟ったのだった。そして遅まきながら我に返り、凄い勢いで血の気が引いていくのを感じた。

 

……あれ?これ完全に異端者扱いされるんじゃね?

 

私は勢いに任せて行動した事を全力で後悔しながら、義父さんに負けないくらい顔をひきつらせるのだった。




主人公は実父の屑を決して父と呼ぶ事はありません。
前世の記憶を持っているため、自分を慈しんでくれた前世の父と比較しています。
その結果、あまりにも屑の人間性が酷いからです。仮に不孝と言われ様と、親と思う事はありえないでしょう。

最後までお読み頂きありがとうございます。
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