翼さん剣化ルートにより人間やめました。
まだ足りぬ。
百を知り百を斬りて、千を知りて千を斬り、なお届かず。
果ての極致、剣の頂は未だ見えず。
風鳴翼は己に落胆する他ない。
天羽奏を失って2年、失意の底、内側から這いずり回り溢れ出てくる衝動を飲み込み、ただひたすらに剣を振り続けてきた。
一人、独り。片翼でありながら歌女であり続け、その傍ら、剣になることだけを目指した。
風鳴翼は弱い。
弱かったからこそ、奏を失ってしまった。彼女に絶唱を歌わせてしまった。
全ては己の力不足が招いた、覆しようのない過去。
嗚呼、ならば、私はどうすればいいのか。
答えは簡単だ。
もう二度と、失うものかと、強くなれば良いだけのこと。
だから、風鳴翼は剣となった。
その身体を、命を、魂を、剣へと成らんがために捧げ続けた。
◆
ノイズ発生の報を受け、翼は都市郊外へと向かっていた。
脚は大型二輪車、空いた時間に改造と調整を重ねた相棒を駆る。
既に現場には一課の部隊が投入され遅滞戦闘を開始しているが、所詮は質量兵器。勝てる望みは限りなく零に近い。
ノイズに対抗するためには二課の保有するシンフォギアが必要だ。
ノイズが纏う位相差障壁を突破するために、シンフォギアの調律が真価を発揮する。
風鳴翼は二課所属のシンフォギア装者である。彼女こそが、世界で唯一ノイズへと対抗できる人間なのだ。
だからどうした。
二輪車の発動機を更に回し、加速。
視界の後方へと流れて行く光を尻目に、翼の思考は実に冷え切っていた。
その様は日本刀そのもの。
月夜に反射する銀の光沢が、刃紋に揺れて怪しく煌く。
ノイズの出現地は、ノイズ発生警報により人気のない公道を駆け抜けたおかげで、翼にしてみればすぐ近くだった。
二輪車の発動機に交じって聞こえてくる発砲音。戦車等も導入されているのだろう、時折重々しく腹の底を揺らす轟音もする。
部隊の背中が見えた。
遅滞戦闘とはよく言うが、それでも戦術的に機能しているのかと聞かれては、お世辞が精一杯か。
すぐさま二輪車止めて降り、台座横に括り付けられていた刀を一本、鞘に収めたまま左手に持って前へと歩を進めた。
『翼、現場に着いたか』
耳にはめた通信機からは叔父の声。否、二課司令・風鳴弦十郎の声がする。翼はそれに短く「はい」と返した。
『20秒後、一課とスイッチだ。頼んだぞ』
20秒後。言葉を脳裏に刻み、しかし翼は歩みを止めず。フルフェイスヘルメットを脱いで、その場に落とした。
ふと、部隊の一人が翼を見やった。
そして、青ざめる。
なぜ、とは思わない。どうせ、いつものこと。
翼は己の剣気を微塵も隠すことなく、悠然と、前へ、前へ。
もう間もなく交代の時間だ。
部隊が一斉に下がり始める。
翼を見て、翼を避けて、翼から逃げるように。
人波が割れて、その中央。
揺るがず凛と佇む翼は。
やがて刀を眼前で水平に、右手で柄を掴み、ゆっくりと引き抜く。
鞘から顔を覗かせる銀の光。吸い込まれそうな程に、美しい。
眼前には大量のノイズ。
すらりと引き抜かれきった刀が照らし出される。
「風鳴翼、参る」
一歩、音もなく、静かに前へ。
目と鼻の先、ノイズが飛び掛かってくる。
その視線に映るものは、なし。
ひらり、と。
一瞬の閃光がノイズを撫でた。
翼はなお構えない。
自然体のまま、右手に刀を、左手に鞘を。
芯は揺れず、ただただまっすぐに、歩く。
刹那に、翼へと迫らんとしていたノイズが斬り刻まれ、霧散してゆく。
止まりはしない。
また一歩、前へ。
次のノイズたちが飛び上がって――刻まれる。
次も、次も、その次も、その次すらも。
翼に迫ろうとした瞬間に、光に刻まれる。
ふと、視界へと影が差す。
見上げれば緑色の体表のノイズが、鉤爪のついた細身の腕を振り上げていた。
しかし細いのは見た目だけ、当たれば押し潰されるか、はたまた炭素分解されるかの二択のみ。
だが、翼の瞳はどこまでも冷徹に澄み切っていた。
また、光が一閃、ひらりと一瞬だけ煌めいて。
「――――状況、終了」
次の瞬間にも翼へとは大型ノイズの真後ろを歩いていて、刀をゆっくりと鞘へと滑り込ませていた。
刃が完全に納まり、鞘と鍔が静かな音を響かせる。
同時、大型ノイズは炭素となって崩れ落ちた。
◆
風鳴翼はシンフォギア装者である。
彼女自身はそれでいいと思っている。
シンフォギアだけが、ノイズに対処できる唯一無二の手段?
シンフォギアがあるからどうしたという。
違う。
シンフォギアがあるから大丈夫だというその浅はかな思想こそ、大切なモノを失うこととなった原因なのだ。
【――――――――然り】
ずるり、と。黒い影が浮かび上がる。
【然り。然り。然り。全ては貴様の罪。それ以上でも、それ以下でもない】
ソレは暗室で瞑想する翼の目の前に顕れて、こう言うのだ。
【受け入れよ。貴様は咎人である】
黒が形を模してゆく。
脚を成し、身体を成し、腕を成し、頭を成し。
【――――そうだよ、翼】
薄く開かれた視線の先、
【誰が悪いか、わかるよな?】
「――――翼さん」
緒川の声で現実に戻ってくる。
目を開けば、部屋の扉を開けたらしい彼が翼を見ていた。
「出動要請です。市街地にノイズが出現しました」
「……すぐに出ます」
「シンフォギアの方は使いますか?」
「いいえ、決して」
「……わかりました。お気をつけて」
この身を
それは意志である。
そうあれかしと叫んで斬れば、世界はするりと片付き申す。
『翼、聞こえるか』
通信機から流れてくる叔父の声に、翼は集中させていた意識を浮上させる。
「感度良好です」
『よし、聴いてくれ。現在市街地にノイズが大量発生しているのはわかると思うが、そいつらが一斉に移動を開始し、少女2人を追っている。1名はリディアンの生徒で、もう1人は彼女が背負っている小さな女の子だ』
「追跡の方は?」
『しっかりしているとも。どうやら海沿いの工場地帯に逃げ込んだらしい。ノイズも集結している。それで、ここからが本題なんだが……、』
一息入れて、彼は喋り出す。何か嫌な予感のする感触に翼は顔を顰めつつ、その言葉を待った。
『――――リディアンの少女から、ガングニールの反応が出た』
「――――――――――――――――っ」
思わず、急停止。目を見開いて、通信機の音に集中した。
「……それは真でありますか」
『ああ、事実だ。今もなお彼女の周りでガングニール由来のフォニックゲインが高まっている。……だが、やることは変わらない。2人を保護する』
「……はい、確かに」
再び走り出し、方向は工場地帯へ。
視界へ照明に照らされたプラントが見え始めた頃、轟音が鳴り響き煙突たちが煙と共に崩れてゆく。
その煙の影に見える緑色の大型ノイズ。足元の何かを叩き付けるような動作を見て、その元へと向かう。
「すぅぅぅ……――――――――」
開け放たれていた正面門を突破し、駐車場らしき広場に入った途端、少女2人とノイズを視認する。
息を吸い込み、更に加速。
「ッ!?」
シンフォギア――ガングニールを纏った少女が振り返った。目を見開いて、驚愕の表情。
驚きたいのはこっちの方だ、と内心毒づき、右手は背負った太刀の柄へと掛けた。
「死にたくなくば、伏せていろ」
同時、座席を蹴って跳躍。眼前の大型ノイズへ向けて跳び上がり、空中で大太刀を抜き放った。
上段に構え、ノイズを見下ろし、一瞥。
一刀、阻む者なく、両断。
無音。
翼はくるりと空中で一回り。脚から羽のように軽々と着地する。
ズルリ、と。
多がノイズの頭から股まで、真ん中を境にズレて、炭素と化し崩れ落ちた。
しかし止まることはなく、立ち上がるまで水のように流れ動き、霞の構え。大太刀でありながら翼は見事にソレを支え、一切の揺れなく構えた。
「――――嗚呼」
ぐるりと周囲を取り囲むノイズの群れ、群れ、群れ。
大型の影はなし、小型ノイズがひしめきあい、我こそ先にと押しのけ合って迫り来る。
「――――全く。全くもって」
一歩。
そこで、全ては例外なく、斬られた。
「――――無常
さらりと、炭素の粉が崩れ落ちる。
シン、と落ちる沈黙。ただ一つ、翼が太刀を鞘に納める音だけが、夜の工場地帯へと響いた。
「両者とも無事だな?」
「……へぇっ!? あ、はい……」
「ならば良い。じきに特異災害対策機動部の本隊が現場に到着する。それまでしばらく待機してもらう」
「はぁ……その、ありがとう、ございます……」
以降、無言。
倒れて地面を滑った二輪車に歩み寄り、傷付いた車体を丁寧に起こす。今日は爆散しなかったらしい。
「……また、塗装せねば……」
こちらを見やる少女2人の視線も気に留めず。
斬っても斬っても、己が手に残るモノは無し。
その虚しさは、いつも通りだった。
だが、良い。それで良い。
満たされることなど、あってはならない。
斬って捨てれば、片が付く。
何かが心に満たされてしまえば、それこそ風鳴翼は終わってしまう。
だから、これでいい。
「…………ねぇ、奏……、私は、これで……」
…………いいはず、よね?
連続的に続かないので離散的に続けたい