藤尭さんと切歌ちゃんのもだもだ食べ歩き道中   作:影次

1 / 1
できたよ、これがtwitterにてふゆいさんと軽率に約束したふじきりSSだ!

ふゆいさんと全てのふじきりクラスタに捧げます。
ハッピー・バレンタイン!

全然バレンタインっぽくないけどネ。
バレンタイン要素ラストしかないけどネ。


あ、野生の美味いもんが飛び出してきた!

 寒い。

 もう二月も半ばだというのに、外に出るには厚手のコートとマフラーの完全装備が旅の友、と言った風情だ。

 ここ最近は寒波、雪、寒波の波状攻撃といった有様で、日本の天候ってやつは年を経るごとに臍を曲げているのではあるまいかとすら思う。

 もうこれ実は超常現象の一種で、そのうち二課に対応が回ってくるんじゃないか、というのは邪推が過ぎるが、平行世界と繋がったり神が降臨したりするこんな世の中じゃありえないことを探すほうが難しい、なんて。

 そんなことを思いながら、町中をぶらつく。

 昼も過ぎ、十五時ともなれば各方面の学園の下校時間とも被るからか、下校途中の学生の姿がちらほら見られる。

 このあたりは特にリディアンの女学生たちが色めき立ちながら寄り道してるのがよく目立つから、通りがかる度に学生の頃が懐かしいなあーとも。

 そんなことをぼんやり考えながら、俺こと藤尭朔也は歩いている。

 いや、女子高生に邪な視線を向けて悦に浸ってるとかそういうんじゃなくて。

 本来の目的は別にあってですね。

「おっ」

 そんなこんな視線を動かしているうちにいい感じの店を見つける。

 さて、次はここにするか、と足を進めようとして。

「およ? 藤尭さんじゃないデスか」

 聞き覚えのあるデス口調。

 お気楽元気な声色が、背後に誰がいるのかを教えてくれる。

 振り返ると、案の定のバッテンのトレードマークが目に入った。

 予想外だったのが、その傍らにクールな相棒がいなかったことか。

「ああ、切歌ちゃんか。時間が時間とは言え奇遇だね。一人でいるとは珍しい」

「藤尭さんこそ、お仕事抜け出して何してるデス? 友里さんから追い出されたデスか」

「いやなんでだよ。そんな事実はない。友里の尻に敷かれてるような扱いをされるのは心外だからね。二課があいつのあったかいものに支配されてるとかそういう都市伝説は事実無根だから」

「じゃあ何でデス?」

「有給だよ、有給。ちゃんと正規のお休みを貰ってここにいるの。清く正しい公務員ですから。ここ一年はずっと忙しくて皆有給消化してる暇なんてなかったしね」

 まあアラートが鳴れば駆けつけるんですけどね。

 この激動の一年間、情報処理班として敏腕を振るってきた自覚はあるが、それでも矢面に立ってきたのは目の前の彼女を始めとする少女たちで。

 心境は複雑である。

 力になれることがある、でもこんなことでしか力になれない、全てが終わった後は達成感と若干の寂しさが残って、しかし息つく間もなく次の事件。

 平穏無事、定年退職が標語であるという自負はあるが、この子達とともに頑張る日々は悪くない、と思ってしまうことは否定できない。

 付き合いからすれば未だ一年といったところだが、気分はすっかり戦友、と言っていいのだろうか。

 そんな小さな戦友は、俺の言葉に目を丸くしていて。

「……え゛」

 何だ、何だその反応は。

 荒野の果てで空っぽの宝箱を見つけたかのような反応はなんですか暁さんや。

「有給って……藤尭さん、ひょっとして今日は二課に戻らないつもりでした?」

「戻らないって……二課を自宅みたいに言われても、いやまあ半ば自宅に近いものはあるけど。そりゃあ、今日はこのままぶらついて、終わったら家でゆっくり眠ろうかと」

「今日が何の日か……」

「うん? 何か言った?」

「いや、何でもないデス。はぁー……」

 何だかよく分からないけどその目の色が示している意味は分かるぞ。

 さては呆れているな、だが何に対してだ、あれか、大人ってやつは平日にちょっと街をぶらついてるだけでダメ人間の烙印を押されるというのか、世知辛すぎだろ。

「んー、まあ、いいデス。それは後まで置いておいて……ところで、藤尭さんは一体何をしてるデスか? ぶらついて、とは言うものの、散歩デス?」

「ん? いや、ぶらついてはいるけど目的はちゃんとあるよ。今あそこに入ろうとした所」

 目的地を指差すと、切歌ちゃんの視線も指の先に向く。

 そこにあるのは真っ赤なのれんのちょっとしたお店。

 ひらがなでらあめん、と書かれたちょっと古びたラーメン屋。

「らあめん、デス?」

「そ、俺藤尭は、この休日にぶらり食べ歩きの旅と洒落込んでいるのです」

「おおー」

 食べ歩きの旅、と聞いて切歌ちゃんが瞳を輝かせる。

 この子は装者の中でも響ちゃんに次いで美味しいもの大好きの食べ盛りだから、成程それは興味を惹かれる話だったのかもしれない。

「でも藤尭さん、確か自炊派だったような。あまりそういうことをする印象がないデスね」

「まあ、ね。実際、自分で作ったほうが美味しいんだよ。色々凝ってくると、チェーン店の料理のしっかりしてるようで雑なところとか、結構気づいちゃうんだよね。だから、殆どは自炊でやりくりしてるんだけど」

 しかしまあ何事もほどほどにという言葉は、食べるものだって例外じゃない。

「時々ね、なーんか、食べたくなるんだよなあ。そりゃあ美味しさやコストを顧みれば自炊で美味しいもの作れればそれが一番いいのは誰だって分かってるけど。たまには他所の味が食べたいっていうのはね、そういうのとは関係ない心の潤いを満たしてくれるというか」

 くたびれた大人の理論は切歌ちゃんにはちょっと理解しづらいかなー。

 案の定切歌ちゃんはムムムと顎に指を押し当てて眉間に皺を寄せていたが。

「ふーむ……マリアの手料理は美味しい。でも響さんに連れて行ってもらうフラワーのおばちゃんのお好み焼きも美味しい。それはそれとして、あの頃の298円のご馳走がふと恋しくなる時もある。つまりそういうことデスか?」

「お、おう……」

 思いの外共感されてしまった。

 そういえばこの子らは世知辛い人生を歩んできてるんだよなあ。

 それこそ、FISを経てS.O.N.Gの一員となって、この一年間の密度はその辺の少年が大人になるまでの経験を凝縮したかのような、そんな含蓄を……

「切歌ちゃんの場合含蓄って言うよりも直感か」

「はい? 何デスか?」

「いや何でも」

 おっとしまった。

 言葉にすると失礼なことは頭の中に留めておくのが大人の賢さってやつだというのに。

 この子を相手にしてるとどうも本音がポロッと漏れるというか。

 本音を出しても問題ない相手だと、無意識に思っているのだろうか。

「んー、なんとなく、デスけど。つまり思い出巡りの一環なのデスね」

「思い出巡り?」

「違うデスか? 時々食べたくなる、って、つまりそういうことだと思うデス。美味しさを比べるんじゃなくて、あの時皆でこれ食べたなあ、って。もしそれがあんまり美味しくなかったとしても、そこに思い出があればとびっきりのスパイスってやつデス」

 それは、盲点だったな。

 俺は単に偶には外食も悪くない、程度の雑な感覚で出てきたんだけど。

 そう言われると、そんな気もしてくる。

 学生の頃お世話になったあの微妙な雑さが恋しくなってくる時期もある、みたいな。

「あたしはここに来てまだそんなに長くないけど、毎日皆さんと一緒に沢山思い出作ってるから、何というか、そういうの、いいなって思うデスよ。憧れるデス」

「長く、かあ。そういえば、二課に赴任してからはずっと、この街で暮らしてるんだよな」

 あの赤いのれんもたまたま目についたから行こうとしたけど、そう言えば前にも立ち寄ったことがあるような……そう思うと、前回同じように食べ歩きしてた時の記憶が蘇ってくる。

「そうだなあ。色々あるよ、この街も、電車で向かった隣の駅も、本当に色々ある。探し出せばキリがないってくらいにね。よくよくリサーチすれば本場の外食やら地方限定の料理なんかもあるもんだから、ここから出ていく必要性がないんじゃないかって思うくらいだ」

「おおー……何やら不思議な貫禄を感じるのデス。普段の藤尭さんとは思えない貫禄デス」

「そんなことを思っていたのか君は、中々に酷いな」

「いやいやそんなことは。いつも頼りにしてるデスよー」

 にへへとテレ顔スマイルされると強くは言えない。

 これは切歌ちゃんの特性というか。

 響ちゃんも似たようなものであるが、昨今の女子としては稀有な性質なのだろう。

 ヘタレ扱いは心外なので強く言うべき時は強く言うタイプなのだが。

 うむ、許そう、許す。

 これは決して敗北ではない、後俺はロリコンでもない。

 そもそも彼女の発育に対してロリという言葉を用いるのは不適切では……待て、思考が逸れている、ウェイトウェイト。

 危なかった、思考を読み取る完全聖遺物が存在していたら社会的にアウトなところだった。

「藤尭さん? 藤尭さーん、聞いてるデスかー?」

「おっと、ごめんぼんやりしてた。何かな」

「だから、あたしも藤尭さんについていっていいデスか?」

「え? ついっていくって……」

 予想外の話が飛び出してきた。

 俺のしょーもない道草に、花の女子高生である切歌ちゃんがついてくるとはこれ如何に。

「藤尭さん流の美味いもん巡り、あたしも興味あるデス。私、今日は晩まで時間が空いてるので、ちょうどいいかなーって。ご同伴に預かりたいのデス!」

 学祭などのイベントがあれば率先して屋台を巡回する切歌ちゃんの前で食べ歩きなんて言えば期待を膨らませることもおかしいことじゃない。

 が、成る程、珍しい人が珍しいとこで珍しいことしてるから。

 そういう興味も多分に含まれているのだろう。

 とはいえ、それを拒むほど独り身が好きなひねくれ者でもない、のだが。

「まあいいけど、俺、結構色んな所行くよ? 昼抜いてこの食べ歩きが実質昼食だから」

「問題ナッシングデス! 食べ盛りなお年頃であれば、お好み焼きの十段重ねだろうと熱烈大歓迎なのデス! ちょうどお昼が物足りなかったような気もしてきたし、一石二鳥とは正にこの事なのデス!」

「一石二鳥とはちょっと違うような……まあ、そういうことなら、晩まで一緒にぶらつこうか」

「思えばふらわーとかファミレス以外で余りこういうお店に立ち寄ったことはないのデス。隠れた名店、よろしくデース!」

「あまり期待はしないでね」

 ラーメン屋ののれんに足を向けると、ぱたぱたと小走りで小さな背が隣にピタリとくっつく。

 そうして、いつもより不思議な一日ぶらり旅が始まった。

 

 

 

 

 ラーメン屋

 

「ラーメンはなー、まあ最初は定番の醤油だよね。醤油の味が店の評判を決める。醤油ラーメンがないラーメン屋とかあるけどさ、俺から言わせてもらうと邪道だよね邪道」

「ちゃーしゅー、あじたま、もやし、のり、めんま……? 何ということデスか、トッピングがよりどりみどりなのデス」

「店によって麺の太さとかぜんぜん違うから、はしごしても結構飽きない。ここはスタンダードな縮れ麺だね。この後も何件か店に入る都合軽く済ませるつもりだから、ハーフラーメンとハーフチャーハンにしようか。餃子も捨てがたいけど」

「おすすめに従うのデス。でもでもトッピングが捨てがたいのデス」

「それはまた次の機会にね。注文お願いします、ハーフラーメンBセット、片方は麺硬め油少なめ味濃いめで」

「かためすくなめこいめ! そういうのもあるのか、デス!」

「あー、まあ最初はスタンダードにね?」

 

 

 

 

 定食屋

 

 

「このね、定食屋のカツ丼がね、また食べたくなるんですよ」

「さっき見たどんぶり屋さんのカツ丼とは違うんデス?」

「違うね、ぜんぜん違う。丼屋のどんぶりは、なんというか、クオリティを高くするべく精一杯努力した結果が伺える。けれど定食屋とか蕎麦屋とかの端に取ってつけたようにあるカツ丼、これは一味違う」

「もぐもぐ……んおお、ソースの味がビンビン来るのデス。卵のプニプニ感と玉ねぎの歯ごたえを粉砕するような味付け大魔王なのデス」

「そう、濃いんだ、味が。丼ものがメインじゃない店の丼物っていうのは、繊細さよりもインパクトを重視して客に食わせようとするんだ。このしつこいぐらいのソースの濃さ、うーんかなりジャンクな気分にさせてくれるよな。ジャンクとは違うけど」

「はぐはぐ……おかわり!」

「次があるって言ってるでしょ! ハーフで我慢して! お腹弾けても知らないぞ!」

 

 

 

 

 サイ○リヤ

 

 

「外国かぶれの簡易チェーン店と馬鹿にできない学生の味方、そう、サ○ゼです」

「何だか出されたものを見るとコレジャナイ感がするのデス」

「だが、飽きない。腹は満たないけど一品で割りと満足感がある、こういう時に最適だよね」

「何か違う、でも美味しい……この気持ち、まさか、これが恋! デス?」

「違う、それだけは絶対に違う」

 

 

 

 

 お好み焼き屋ふらわー

 

 

「実はここには来たことがない。切歌ちゃんのおすすめに従いやってきました」

「おばちゃん、二名様ご案内デース! 注文はー、んー、いつもの!」

「もうツッコまないぞ、食べ切れるのかとかツッコまないぞ、後俺は一枚だけでいいからね」

「分かってるデスよー、美味しく食べるのが一番デス、無理は良くないのデス」

「お好み焼き屋、ってのも乙だよな、こういうのって具材を出されて自分で作ったりするとこもあるんだっけ」

「以前チャレンジしましたけど、やっぱりおばちゃんの敏腕には敵わないのデス……南無八幡大菩薩、修行不足デース」

「まあ、今回は人任せ風任せが趣旨だし。おっ来た来た。焼けた小麦と肉とソースの臭いが絶妙だなあ。やばいこれは絶対うまい、確信する」

「一口より大きめに切ってかぶりつくデス、それが満足感プライスレスのコツなのデス」

「はふ、はふ、うまッ! やばいな、リピート確定だわ」

 

 

 

 

 ソフトクリーム屋

 

 

「このちょっとだけ高尚な感じ、小狡い。通りがかると妙に気になる、気になるんだけど、ちょっと、ほんのちょっとだけ敷居が高いような気がしてスルーする。でも結局翌日以降も気になるから何時か立ち寄ることになる、これはそういうやつ。俺は詳しいんだ。だから今立ち寄ってしまう」

「恐るべき商業戦略なのデース」

「見たまえ切歌君。ソフトを支えるコーンの部分、これは、コーンでは、ない」

「なんと? このざらついた一枚布の如き芸術の正体とは! 教えて藤尭さん! デス」

「お答えしましょう。これはずばり、ラングドシャクッキーです」

「ラングドシャ!」

「ふわっとしたバニラの甘さと歯ごたえのある砂糖がふんだんに使われたクッキーの甘さ、うーん二重奏ですねえ。値段相応のちょっとした高級さ、でも実際コストを見るとそれほどでもなくね? と思ってしまう部分が見え隠れします」

「はぐはぐ……ところでラングドシャって何デスか?」

「うーんなんだろ、ググれば雑学っぽいものは出てくるけど。感覚的に言うと、これくらいの、ちょっと薄めで、表面ザラザラしてて、甘くて、歯ごたえザクザクする感じのクッキーをラングドシャと呼ぶ。普通のクッキーに比べて一味違うようなそんな先鋭感を感じるフォルムだよね」

「成程、これが最先端のクッキーデストカそうでないトカ」

「最近じゃコンビニとかスーパーのお菓子コーナーを探せば置いてある。これもまた戦略だよね。ラングドシャという名の、珍しい物好きの日本人を引っ掛ける戦略だよね」

「恐るべしラングドシャ。でも美味いもんに罪はないのデス。甘さと甘さの二重奏、重ねるほど鉄板で最強なのデス」

「数段重ねのアイスクリームとかよく見るけど、俺はちょっとやりすぎだと思うなあ」

 

 

 

 

 蕎麦屋

 

 

「はい、締めは蕎麦です」

「麺で始まり麺で終わる、スイーツが締めだなんてお約束はなかったのデス」

「巡り巡った美味の後味をこの安上がりで簡潔な一椀蕎麦で流し込むなんともいえぬ感じ。正直俺にもよく分からない」

「冒涜的とでも言うべきなんデスかね。でもでも、何だかほっとする味なのデス」

「温かいだし汁に細っこい麺をつけてずるずる啜る。五口、六口もすすればなくなっちゃうけど、それくらい簡潔なのがいい。学生の頃は昼をこれで凌いでたなあ」

「あったかいことは、いいことなのデス」

「そうだなあ……それは俺も同意せざるを得ない」

「友里さんのあったかいものに通じるものがあるのデス」

「あったかいものなー、あれ本当に何なんだろうなー……レシピが気になる」

「藤尭さんには絶対教えないって友里さん言ってたデス」

「なんだとう!? あいつとは一度決着をつけておく必要があるな……」

「何の決着デスか」

 

 

 

 

……

 

…………

 

………………

 

 

 

 

「ふいー食った食った、もう腹一杯だよ。晩御飯は軽めでいいや」

「あたしも満足ヘブンレイ、デース」

「そうね、俺より食ってたもんね……」

 日も暮れて、どっぷりとはいかずとも暗くなってきた。

 よって店のはしごもこれにて終了、後は家で歩きっぱなしの足を休めて終了だ。

 今日はこの小さな相方と一緒だったが、中々どうして、悪くなかった。

 こうして二人きりでいると、今まで気づかなかった一面も見えてくる。

 打てば響くというか、話題が途切れないのは持ち前の性格で。

 この子が美味しそうにものを食べるのを見ていると、こっちも幸せな気分になってくる。

 他人のためにとか柄じゃないんだけど、この子のために今度何か作ってあげるのもいいんじゃないかと思える。

 後、ポスト響ちゃんな部分が多い中此処は違うと思えるのは割りと気配りの人なんじゃないか、という部分があるところだ。

 育ちが育ちだからか、というのは余り考えてはいけないことだが。

 こちらの様子を伺うようにじっと視線を向けられることが結構あった。

 私は楽しいよ、貴方はどう? と、しきりに確認しているような。

 俺がそれに楽しいと返せば、体全体で喜んで、何だか犬みたいだなあとさえ思う。

 自分が楽しんでいることをしっかり相手に伝えたい、そして相手にも楽しんで欲しい。

 そういう真心を全身で表現する子なのだ、この子は。

 思いを秘めがちな調ちゃんとはつくづく対照的だ。

「ちょっと寒いな。じゃあ俺はこれで。切歌ちゃんもこれ以上冷え込まない内に帰るんだよ」

「あ、ちょっと待つデス」

 何だかこのままじっとしているとずっとこうしていそうなのでサラリと別れようとすると、切歌ちゃんに袖をキャッチされる。

「藤尭さん、今日が何の日かご存知デス?」

「はい? 今日?」

 今日が何の日?

 はて……何かあったろうか。

 誰かに関わる重要な日なら職場の誰かしらが有給取る時に何か言っているはずで。

 いや待て、そういえばあの時友里がクスクス笑ってたような、町中も女性を中心に姦しかったような……二月、十四日?

「……ああ! バレンタイン!」

「本当に今気づいたんデスか……」

 だって、二課勤めになってからバレンタインなんて友里が珍しく何もなくてもあったかいものを恵んでくれる日程度のものに格下げされたんだもん。

 学生の頃チョコはもらえてたかって?

 ノーコメント。

 怖いお兄さんたちに襲撃されたり同胞扱いされる可能性はないほうがいいからね。

 しかしそうかあ……バレンタイン……。

 うん、忘れてたね!

「あのデスね。マリアと、調と、響さんと、翼さんと、クリス先輩と、後々未来さんも。みんなで、二課の皆さんにチョコレートをプレゼントしようと計画していたのデスよ。この後、皆で二課に行く予定だったのデス」

「マジで? ……ってことは」

「藤尭さん、あたしと偶然会ってなかったら二課で唯一人私達のチョコレート貰えなかった人になる所だったデスよ」

「友里ァ! 騙したな!」

 あの女俺がすっかりバレンタインの存在を忘却してることを知ってやがったな。

 今年は装者の女の子がチョコをくれるかもしれない、それを把握した上で俺の有給取得をスルーしやがったな。

 そういえば司令も『……ん? この日は……まあ、お前がいいならそれでいいか』って言ってたし、緒川さんも『あの、本当によろしいのですか? いえ、予定があるなら余計なお世話というものですが』って言ってたような……あれ、気づけなかった自業自得じゃね?

 俺って鈍感系主人公だっけ?

「まあ、あたしという天の助けに感謝するのデスよ。藤尭さんも一緒に二課に行くのデス」

「うん……その……ありがとう……休み明けに笑い者にならずに済んだよ……まあこの後笑い者にされるかもしれないけど、後日よりはマシだよな」

 照れくさいやら悲しいやらで苦笑いしながら首の裏を掻いてしまう。

 この首の裏をかく動作って困ったときついやっちゃうけど、由来なんなんだろうな。

「…………」

「…………?」

 そんなことをしてると、切歌ちゃんが目を大きく開いてじっと俺の顔を見つめてくる。

「…………じー」

「……えっと、何かな」

「うん、うん。決めたデス」

 何か一人で頷いて、切歌ちゃんはバッグを開け中から何かを取り出す。

 それは細長い箱、よくあるプレゼント用の包装紙に包まれた何かだった。

 その模様は緑と黄色のストライプ、バッテンマークの集合体のようにも見える、切歌ちゃんのイメージカラーだ。

「これも何かの縁、というやつデス。誰に渡そうかと思ってたけど、藤尭さんにするデス」

「えっと……」

 

「藤尭さん、ハッピーバレンタイン! デース!」

 

 そう言って、その箱を懐に押し付けられる。

 間近まで飛び込んできたそれに、俺は驚いて。

「え、これ、俺に?」

「はい。あ、皆に配る分とはまた違うデスよ。実はデスね……皆で一つだけ、サプライズチョコを作っていつもとは違う誰かにプレゼントしよう、という話になりまして。これ、あたしが作ったサプライズチョコデス」

「え、そういうのって、調ちゃんとかにあげるものじゃ」

 皆に配る用のチョコを先んじて、という話だと思ったら予想以上だった。

 つまりこれは義理と本命の中間あたりにある手作りチョコということなのでは。

「いつもと違う誰か、って言ったじゃないデスか。調やマリアは何時だって感謝してるし、そういう意味では先輩方にというのも何か違うのではって。だから、これは藤尭さんにプレゼントするデス。今日と、これまでと、これからへの感謝ということで、受け取って下さい」

 満面の笑顔、しかしちょっと赤みが差してるような気もする顔で、切歌ちゃんはそう言った。

「分かった、そういうことなら、ありがたく頂くよ」

 思えば、彼女達にとっては初めてのバレンタイン、なのだろう。

 FISでそんな製菓会社かぶれのイベントをやっていたとも思えない。

 となれば、それもまた未知の一大イベントだったはずで。

 すっぽかそうとした俺の心が地味に痛む……。

 ……よし、借りっぱなしは性に合わないよな。

「ハッピー・バレンタイン、ホワイトデーは期待してくれていいよ。とびっきりのご馳走を用意しておくからさ」

「ホワイトデー……お返しってやつデスか! はい、じゃあ楽しみに待ってるデスよ!」

 まあ、これが一番無難だよな、という打算ありきなのが悲しいが。

 まだまだ、幸せになるべき彼女のためなら、打算抜きでもきっとやっていただろう。

 今の楽しみに、次の楽しみを約束する、そうやって、楽しみを続けていく。

 それが若者が人生を満喫する秘訣ってね。

 おい、今俺は若者じゃないとか言ったの誰だ、若いよ俺も、三十代とか邪推すんな。

「じゃあじゃあ、二課に行くデスよ」

「おっとと、これ、今ここで開けじゃダメかい?」

「ダメデス」

「ダメデスか」

「そうデスよ。乙女心が分からないデスね。あたしの特別、受け取ったんですから。帰った後、貴方だけがいる所であけてくださいね。初めての手作り、ちょっと恥ずかしいデスから」

「え、それは……」

「勘違いしないで下さい。本命とかじゃないデスよ、断じて。けど……あたし、藤尭さんのこと、嫌いじゃないデスから!」

 呆然とする俺の横を彼女が駆け抜けて、くるりと、照れた笑顔を遠くからこちらに向けて。

 ほら早くするデスよー! という声を遠くに聞きながら、俺も駆け足でその後に続いた。

 

 ……うーん、バレンタイン、だなあ。

 

 

 




他の皆のサプライズチョコが誰の手に渡ったかは想像にお任せします。


▲ページの一番上に飛ぶ
Twitterで読了報告する
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。