タグの機能の実験作でもあります。
「あら。おはよう、■■」
くるり、と振り返る。
「どうしたの、変な顔して」
つややかな黒い髪に赤いリボン。おそらくは博麗の巫女だろう。
おそらく、というしかない。何せ。
その顔は、クレヨンの落書きのように、乱雑に、真っ黒に塗りつぶされていたのだから――。
*
目を開いた。
「夢か」
古明地こいしは自分の部屋で目を覚ました。
ファンシーなベッドの周りは、姉が自分に与えたインコが入っている鳥かごや、姉のペットから送られた服など、かわいらしいもので埋め尽くされている。かと思えば、部屋の隅は奇妙なものばかりだ。牛の頭がい骨に外の世界の道路標識、古びた裁縫箱、そして――真っ白な、面。
「――」
あの面は希望の面。いや、
しかしこいしが面霊気にいつまでも返さずにいたことが異変を呼び、解決策として新しい希望の面が作られた。そして新しい希望の面が面霊気の一部となることで、この白い面はその役目を終え――。
「私に宿っていた希望も消える、か」
無意識を操る程度の能力。博麗の巫女や魔法使いが勝手に地上の記録者にそう伝えたらしく、幻想郷縁起に載っている自分の記述にはそう添えられている。
しかし文面通りに操れるわけではない。
朝食を食べていたかと思えば弾幕ごっこをしている。猫を撫ででいたかと思えば風呂に浸かっている。行動のログがすっぽ抜け、無意識が強まっている間のことはまるで思い出せない。
希望の面の影響を受け、意識を得たときに無意識との境目を知覚した。それ故に、自分のその行動に不気味さを感じた。
無意識を意識した。そのせいで、無意識に浸るのが怖くなった。
「考えるのは、よそう」
今は自分が何を考えているのか、それを自覚できる。自分を勇気づけるように呟いた。
「われ思う、故にわれあり」
*
パジャマから着替えている途中だったはずが、姉の肩をもんでいた。
「え」
「おやこいし。『気が付いた』のですか?」
この姉は、こいしの心が読めないくせに、こいしの心中を見透かしてくる。
「あー、うん。朝ごはん、食べたっけ」
「奥歯に何か挟まってないでしょうか。歯磨きを嫌がっていたし」
舌を伸ばすと、レタスの破片と思しき感触が舌先に触れる。爪楊枝を取りに食卓へ向かった。
「なんでお姉ちゃんの肩をもんでたの?」
「歯磨きしたくないから、みたいです。でも肩をもみ終わったらちゃんと歯を磨いてくださいね」
「お姉ちゃんは頑固ね」
そう。まるで、無意識の自分が自分でないみたいだ。姉も今のこいしと無意識が強まっているこいしを分けて考えているかのように話す。
そして、ますます自分が怖くなる。
「何か悪い夢でも見ましたか?」
「え?」
「なんだかいつもに増してぼんやりしているように見えます。心配です」
「……そう?」
話すべきか。
「よく覚えてないの」
迷うまでもない。言えば姉は『何か』するだろう。
「夢ってそんなものでしょう?」
その『何か』が行われることによって、こいしはあの夢をもう二度と見なくなるだろう。しかし。
「今度、覚えてたら話すわ」
「そう。もう見ないといいですね、こいし」
「うん」
今はどうしても、あの夢の続きを見る必要があった。
*
夢を見た。人里だ。やはり道行く人々の顔はぐしゃぐしゃに塗りつぶされている。
中には見覚えのある服装のものもいる。妖精、妖怪、人間、それ以外。こいしが覚えているそれらの人々も、やはり顔が真っ黒だ。
*
「……夢か」
やはりそうだ。あれは自分の夢ではない。それをこいしははっきりと意識した。そして
クラッカーを引いていた。
「あれ?」
「何をぼーっとしてんのよ。いきなり誕生祝いとか言って呼びつけたのはあんたでしょう」
博麗霊夢が呆れたように言う。慌てて周囲を確認した。
ここは確か、神霊廟の客間だ。豪勢な料理と飾り付け、そして――。
「むう」
クラッカーから飛び出た紙テープで雁字搦めになった面霊気、秦こころ。
「これが雁字搦めになった時の表情!」
「いつ使うんでしょうか」
「弾幕ごっこで使えるかもしれないね」
聖白蓮と豊聡耳神子。そして博麗霊夢と霧雨魔理沙。
「誕生祝い?」
「あー? 覚えてないのか? こころの奴がそろそろ妖怪になって一年経つからって――」
と言われても思い出せない。そうこうしている間にも烏帽子をかぶった神子の臣下が「ターキーであるぞ!」などと言いつつ料理を運んでくる。
仕方がないので、こいしは盛大に飲み食いした。
*
「あー?」
ここはどこだ。視界一杯に見覚えのある天井が広がっている。
気づいたらコックのペンギンを枕に、地霊殿の食卓の上に寝ていた。
「ごめんねコックさん」
ペンギンを開放し、目をこする。目やにがかなりたまっているところを見ると、かなり長い間眠っていたようだ。しかし夢は見ていない。
「無意識の間は、夢を見ていない?」
夢そのものが無意識の産物みたいなものなのに奇妙なものだ。
「あの夢――」
何となく、あれが誰の夢か心当たりはついている。ならばあとは確かめるだけだ。
自分の寝室につくと、希望の面を手に取った。気休めかもしれないが、まあお守りのようなものだ。服装や姿勢は迷ったが、靴もそのままに手ごろな椅子に腰かけた。次に目覚めた時どこにいるのか見当もつかないからだ。
仮面をかぶった後、さらにサードアイのケーブルを操り、自分を椅子にぐるぐる巻きに固定した。これで準備は完了だ。
「さあ、あなたは誰?」
目を閉じる。吸い込まれるように、夢に落ちていく。
*
「おやおや、またあなたですか。いい加減注意しておかないといけませんね」
誰かの声が聞こえる。
「一度『道』ができたからと言って、誰かの夢を定期的に覗き見るというのはよくないことですよ。下手をすれば貴女の無意識を侵されることになる。その点で言えば貴女は耐性があると言えるでしょう。しかし何事も限度というものがありますよ」
「助けたいのよ」
そう呟くと、瞼の裏の声は諦めたような調子でこう言った。
「言っても聞かないようですね。ならばむしろ、早急に解決してしまう方がよいでしょうか。さあ、夢を見なさい。核心へと至る、彼女の夢の光景へ――」
夢へ落ちていく。誰とも知らぬ声に対し、礼を言えたかはわからなかった。
*
「大丈夫ですか? 汗が凄い。お仕事をしすぎなのでは……」
山の上の神社。また誰かに声をかけられる。髪型と服装からしてこれはきっと、守谷神社の早苗だろう。
更に烏天狗。河童。神社の神様の小さい方も出てきた。しかし誰もかれも顔は真っ黒だ。
視点が後ずさりする。目の前にいるのが誰かわからない、という恐怖にさいなまれる。
「■■さん? あの、大丈夫ですか――」
「来ないで!」
視点の主の声は奇妙に歪み、その声色から夢の主を察することはできない。
逃げるようにその場を飛び去る。山の中腹の大穴に飛び込み、近未来的な構造物をすり抜け――そして。
唯一顔の塗りつぶされていない、親友に会いに行くのだ。
「お空」
気が付けば、希望の面をかぶったまま灼熱地獄跡にいた。
しかし、ずいぶんと視点が高い。
何故かと思って自分の姿を見ると、器用にも椅子ごと、サードアイを足代わりにここまで来たらしい。何やってんだよ無意識。お空が怯えるのも無理はない。椅子から自分を解き放ち、希望の面を取る。
「さ、サトリ様……」
「あー?」
ああ、なるほど。こいしとさとりの区別がついていないのか。種族でしかわからないのか。
それほどまでに、追い詰められているのか。
「何が原因なの?」
ケーブルを腕に絡め、お空に歩み寄る。
「見せてごらん」
お空の頭を鷲掴みにする。ケーブルがお空の脳に潜り込む。
核融合炉とは原子核の核融合反応をD + D → T + 従来の核融合に最も有力とされるプラズステラレータ型またはヘリカル型と呼称されるD + D →プラズマを太くすることにより表面積を減らし熱効率をタンデムミラー型を発展形として考案した後に決められた国際原子力事象評価尺度 では最悪のレベル7に反応断面積は約100倍大きい「D-T反応」「D-D反応」よりも高ベータ核融合炉の開発に着手した+ D + p - 1.5MeV低レベル放射D + D →T (1.01)中性子線を発
「■■■■■■■■■■!」
途端に、膨大な量の知識がこいしを襲った。こいしは思わず訳の分からない叫びをあげ、お空から無理矢理ケーブルを引っこ抜いた。痛みが走るが構っている場合ではない。情報量が多すぎて、こちらが飲まれてしまいそうだ。
「なんてこと……。今のは……トリチウム? トカマク方式? プロミネンス? ……核融合と、太陽についての知識か」
情報を吐き出し続けていないと頭がパンクしそうだ。その辺にあった石をひっつかみ、地面へと落書きをし、さらに口では別のことを口走りながら静まるのを待つ。
たっぷり五分は経っただろうか。ようやく眩暈が収まり、お空へと向き直った。
お空は無理に無意識に介入されたせいか、顔面の筋肉が硬直して泡を吹いている。さすがにかわいそうなので、軽く額を叩いて眠らせた。
息を荒くしてへたり込んでいると、背後から誰かが近づいてくるのが分かった。億劫だったが振り返る。
「こ、こいし様? それにお空も……一体何が――」
お燐だ。戸惑った様子で、倒れたお空に駆け寄る。
「そばにいてあげて」
「え?」
「いいから」
お空にとって、お燐の存在が一番なのだ。だからあの夢の中でもお燐の顔だけは忘れなかったのだ。
「巫女の区別がつかない、どころじゃないね。区別するだけのキャパが脳味噌に残ってない」
思わずこいしは爪を噛んだ。
お空の精神がオーバーフローを起こしている。核融合を操る能力が、小さな脳味噌を圧迫しているのだ。
「どうにかしないと……」
椅子を自分の部屋に戻し終えると、こいしは無意識のダイヤルを目いっぱいひねった。今自分がしたいことを、思う存分するために。
*
気づけば、八坂神奈子の胸ぐらをつかんでいた。どうやら目的通り守谷神社に着けたようだが、我ながら無礼極まりない。
横手から早苗の鋭い声が飛んでくる。
「八坂様に何を!」
「待て、早苗」
神奈子にいさめられ、身を乗り出しかけた早苗が止まる。こっちも事情があるとはいえ、驚かせるような真似をして申し訳なかった。
しかし今は急ぎだ。早く用事を済ませなくては。神奈子の胸ぐらから手を離し、気を付けの姿勢になる。
「話があるの」
「もうそれは聞いたわ。話があるとか言っといて、いきなり胸ぐら掴まないでほしいわね」
「謝るわ。哨戒の目に捕まる面倒を避けたくて」
一段低いところに下がり、背筋を伸ばして正座する。こいしの姿勢を見て神奈子は事情の重さを察したようだ。
「早苗。下がりなさい」
「で、でも」
「いいから」
「……はい」
早苗はまだ何か言いたげだったが、神奈子の言いつけ通りその場を辞した。気配に聡いこいしには、彼女がまだ
「お願いしたいことがあります」
「……へえ。前に比べて、ずいぶんとものが言えるようになったじゃない。前はまるで、何も考えずにひらひら飛んでる蝶みたいだったのに」
「今の私なんて、その蝶がみている夢よりも小さく脆いものですが。それでも望むことがあります」
姿勢をただし、三つ指をついて願う。
「お空から、八咫烏を取り除いてください」
「ならぬ」
「ならぬ堪忍、するが堪忍と申します」
「堪忍でなく譲歩だから、しない」
「そんな殺生な」
「そんな大げさな」
「大げさなものですか」
ずばりという。
「このままでは、お空が死にます」
ひらにひらに、言う。
「彼女の心が持ちません。どうか、ご容赦を」
「……そう。顔を上げて」
神奈子は胸元の鏡に手をかざすと、一枚の札を出現させた。
「これは玉兎の札。お空に飲ませれば、金烏――八咫烏の力を少々抑え込めるはずです」
「……まさか、そんなものを用意してくれるなんて」
「意外かしら? でも、私にも不可解でね」
神奈子は相好を崩し、こいしと同じ目線まで下りてくる。
「仕事量は調節してるし、河童連中にも余計な手出しはしないよう口を酸っぱくして言ってるの。なのに、そんなに精神を圧迫されるなんて――」
「その言い方だと、八咫烏の力を使えば使うほど精神が圧迫される――と、取れるけど」
「実際そうだからね」
「今更だけど、なんてものを人のペットに飲ませてくれてるのよ」
「あなたのペットじゃないでしょう?」
やれやれ。神奈子から札をひったくると、こいしは無意識のダイヤルを再びひねった。
*
神奈子の目の前からこいしの姿が掻き消えた。こうも急に無意識を強められると、見ているほうにも影響があるのだが、それを気にする余裕はないらしい。
「行ったか……。やれやれ、手間のかかる」
神奈子は閉じたふすまの向こうに語りかけた。
「追いかけようだなんて思ってないわよね?」
ふすまの向こうで、図星を着かれて動揺する気配があった。
「……まあ、行きたければ行けばいいわ。けれど、もし本当にそのつもりなら……」
神奈子は鋭く言った。
「傷つく覚悟をしてから行きなさい」
*
気付けば、こいしはお空の部屋のドアを開けようと頑張っていた。
しかし、開かない。何故かと言えば――。
「何してるの、お姉ちゃん」
「あらこいし、いたのですか。見ての通り、あなたが無意識でズルをしないよう、見張っているんです」
お空の部屋のドアには、さとりのサードアイのケーブルが蜘蛛の巣のように張り巡らされ、ちょっとやそっとでは開かないようにされていた。
「外してよ」
「それはできません。聞きましたよ。お空をいじめていた、と」
「それは違うわ。お空を助けに来たの。これを見て」
札を取り出して見せる。
「これをお空に飲ませれば、八咫烏の力を抑え込める」
「それに何の意味が?」
「お空が今、どんな状態か知らないの?」
「知りません。サトリの能力では心の表面しか読み取れませんから。あの子の心を読んでも『苦しい』『助けて』というばかり。もしも――」
さとりは流し目をこいしに向けた。
「その奥の無意識を読み取れるなら、話は別ですが」
「だったら説明してあげるよ」
「説明? して何になりますか。あなたが嘘をついていない保証は? その札がお空を苦しめるものでないという証拠は?」
「無い、けど!」
いいや。証拠はある。示せる。
こいし自身の心が、証拠になる。しかしそれは――。
思わずこいしはサードアイを握りしめた。
「ならば私は、私のペットのためにここを動くわけにはいきませんね」
「……お姉ちゃんの、分からず屋」
茨が羽のように、こいしの背後からうごめき飛び出した。
*
さとりは襤褸切れのようになり、椅子にもたれかかっていた。こいしに力勝負で勝てるはずもないのだ。こいしはとっくに目的を終えこの場を去った。お空は安らかな眠りについているだろう。
「失敗、しましたねえ」
「失敗――何がですか?」
「おや」
背もたれに抱き着くように、行儀悪く向き直る。
「これはこれは……東風谷、早苗……さんでしたっけ? 早苗さんではありませんか。わざわざこんなところまで何の御用ですか?」
「文句を言いに」
「ほう」
さとりはサードアイのコードをもてあそびながら早苗の心を見る。
「あなたが――」
「そうです。私がお空に暗示をかけ、八咫烏の力を強めました。サトリの能力を使えば造作もないことです」
「そんなことを――」
「そうですね。そうすればお空の小さな頭の中は核融合の知識でパンク寸前になるでしょう。あなたは神社でお空を見かけて、彼女の様子がただ事ではないことに気づいたのですね」
「それで――」
「なぜこいしがお空の様子を察することができたかというと、それも私の仕業です。こいしのもつ旧希望の面を一部削り、お空に喰わせました。ペットの獏の血も与えました。こうすれば、こいしとリンクしている希望の面を通じ、お空の夢をこいしが見る」
「どうして――」
「こいしは優しいですから。きっとお空のため奔走するでしょう。私はこの部屋の前でのんびり待っていればいい。蝶が巣に引っ掛かるのを待つ蜘蛛のように」
「けれど――」
「目論見は失敗でしたね。こいしは意地でも目を開かなかった。あの場で私に心を読ませれば、あんな余計な戦闘は避けられたはずなのに」
「まったく――」
「無様なものですね。こいしはお空のために目を開いてはくれませんでした。誰のためになら、あの優しい私の妹は目を開いてくれるのでしょう」
さとりはさらに言う。
「お燐? 他のペットたち? 命蓮寺の皆さん? ああ、あなたもこいしとは知り合いなのですね。それともやっぱりあの面霊気の子の方がいいかしら?」
早苗は歯噛みする。
「ふざけないで!」
「ふざけてなんかないわ。ああ――相手の心が読めると会話がスムーズでいいですね。こいし相手だとこうはいかなくって」
「何故、こんなことを」
「私は妹が大事なだけです」
「そのためにペットを犠牲にしてもいいと?」
「駄目なんですか?」
ぎょろり、と早苗をにらむ。
「家族のために、ペットを犠牲にしてはいけないんですか?」
「ぺ、ペットだって家族のようなものでしょう」
「たった一人の妹なんです」
うぐ、と早苗が言葉に詰まる。
「妹のために、ほかの何かを投げ打つことがそんなにいけませんか。大切な人のために、手を尽くすことは醜いですか」
「そ、それにしたって限度ってものが――」
言ってやる。
「私だって辛いんです」
ぐ、と早苗が声を詰まらせた。
「でもこうするしかなかったんです。悪いことだってわかってます」
うぐぐ。
「反省してます。後悔してます。結果として無駄でした。やって後悔しました。でもきっと、やらないで後悔するよりは――」
「ふざけ」
「ふざけないで!」
割り込むように放たれたさとりの叫びに、早苗が思わず後ずさる。
「あなた、何しに来たんですか? 私を叱りに来たんですか?」
「そ、そうです。自分のしたことが分かっているんですか?」
「反省しています」
「う、ぐぐ」
「――無駄ですよ。あなたの哲学では、私に勝てっこありません」
さとりは目を閉じて言う。
「たった一人の妹が何より大切。酷いことをしたと分かってる。それでもやらないよりはやって後悔した方がマシ。すばらしい一般論だと思いませんか、東風谷早苗」
「でも、いつも正しいとは……」
「ええ。正しいとは限りません。けれどね、この場において、あなたがそれを間違っていると言うことは不可能です。何故ならこれは一般論だから。誰もが思う当たり前のことだから」
椅子に力なく腰掛ける。
「あなたはそれを振り切って、自分だけの論を語れない。私を悪と決めつけて罰することができない。あなたはとっても優しいから、私の主義を否定できない」
指をつきつけ、笑う。
「私と同じ状況に陥ったとき、きっとあなたも同じことをするのだから!」
顔を伏せ、けたけたと笑う。
「私は諦めない。絶対に。絶対に! 絶対にです!」
壊れた人形のように笑い続けるさとりに、早苗はとうとう声をかけられなかった。
早苗は悲しげな表情で背を向けた。足音が遠ざかっていく。
「ああ――次は、どうしたら?」
さとりは最後にそれだけ言うと、脱力して眠りについた。
*
「事態は解決したようですね。とはいえ、後味がいいとは言えないようで――」
またも瞼の裏で声がする。
「もうじき私の同属の血の影響も消えるでしょう。あの地獄鴉の夢を見ることはできなくなります。しかしそれでいいのです。夢とはすべての命に平等であり固有であるべきもの。混ざりあうのは自我の混濁を招きます。しかし
「見たくないわ」
「変えることができないものなのです」
*
夢を見た。こいしがベッドで眠っている。
サードアイのケーブルはだらけ切り、頬はこけ、まるで死んでしまっているかのよう。
サードアイは固く固く閉じられて、誰かの手がそれを必死にさすっている。名前を必死に呼んでいる。こいし、こいし、こいし――そう何度も呼んでいる。
これははたして。
誰の夢か。
それを私は知っている。
だからこそ。
目を、閉じた。