物吉と同田貫。人の為の刀、とは誰のことか。所属刀剣は徹頭徹尾my本丸準拠なので両方極めてるしソハヤも兄者も村正も巴型もいません。pixivにも投稿してます。

1 / 1
君の恩寵

 

 物吉貞宗は神の刀だ。誰も彼ものための刀だった。

 

 

 

「……なあ物吉」

 夏の景趣の燦々と日が照りつける八つ時前。顔に大きく傷の入った男が、籠に山盛りに胡瓜を積み上げながら畝向こうの少年に声をかけた。はい、と返したのは白金の髪にはちみつ色の瞳の、いかにも人並み外れた容姿をした少年。こちらは枝豆を枝ごと摘んでいる。

「なんでしょう、同田貫さん」

「あんた、無理になにもかもを手伝おうなんて思わなくていいんだからな?」

 

 内番の割り当てに入ってもいない脇差が畑や厩、あるいは厨にいることは特段珍しいことではない。けれどそれにしたところで物吉貞宗が手伝いに現れる頻度は異常だった。誰かの手伝いをしていないのは夜警以外の皆が寝静まった後か、さもなければ出陣中くらいのこと。

 

「うーん、そう言ってくださるのはありがたいんですけど、ボクは幸運刀ですから。それにお手伝いは脇差の身からすれば自然なことなので、するなというのはそれこそ無理な話です」

「……否定はしないんだな」

「ええ、まあ。事実ですから」

 

 無茶をして体を壊すような、あるいは剣先の鈍るような真似はするなと言いたいのは伝わっているのだろう。けれどこの本丸の刀剣男士は、そんな心配をするには少々人離れが過ぎていた。肉の体の不調など精神の高揚に比べれば毛ほどの重みもないことは、同田貫も承知している。

 

「あー、武家の脇差は尽くすもんだってのはなんとなくわかるけどよ、にしても他の連中は本差が定まってるだろ。無理に決めろとは言わねえが、極になってから出陣増えてんだから少しは選別しないとそのうちぶっ倒れんぞ」

「そんなことありませんよ、ボクは大丈夫です!そもそもボクはみなさんに幸運を運んでくるのがお仕事ですから」

 物吉からすれば本当に疲れてはいないのだ。常に張り詰めた戦場で幸運(勝ち)を拾い出すことに比べれば、洗濯や農作業など体も頭も動かす内に入りはしない。

 

「だからさあ、」

 そういうことを言って、病がちになって、あるいはふと足を滑らせて、死んでいった女や男を同田貫は散々知っているような気がするのだ。なんにも憶えていないくせにと言われればその通りだけれども。

 

 尽くすのが脇差の常と言うなら、脇差の不調を見定めるのは長い刀がするべきだ。けれど物吉貞宗はどうしたって丈夫すぎた。誰よりしぶとい彼を、誰も心配できなかった。

 

「みなさんに生存(幸運)を運んでくればそれは主様の勝利(幸運)に繋がりますから」

 

 その言葉にそうかもな、としか返せなかったことがもう随分と遠い昔のように思える。同田貫の主観からすればもう数百年は前のことなので間違いではないのだが、本丸内の時間経過からすれば三月は経っていないはずだった。

 

 

 

「いつだかの話の続きをしませんか。もう一度同田貫さんの答えを聞いてみたいんです」

 

 出陣先で夜を越えることはそうそうないが、稀というほどでもない。焚き火も消した金眼の不寝番二振りは周囲を起こさぬよう囁くような声で話す。

「おう、いいぜ。……ってもなんの話だ?」

 周囲への警戒を怠るわけではない。暇潰しの話題一つないのでは倦んで余計に気が散るのが落ちだ。夜目の利く刀種からすれば赤々としすぎる紅葉に当てられたか、その日の話題は薬にもならぬと言うには強いものだった。

 

「ボクが幸運刀だという話です。ボクが、みなさん(にんげん)に幸運を運ぶ刀だという話です」

 戦を闘うに常に之を以てし、身に備えて陣に臨むを為し、帯びれば必ず()ちを獲ると云う、因んで物吉と号す。それが尾張に伝わる物吉貞宗の謂れだ。それ故に、彼の言う幸運はいつでも戦場にある。

 

「ほんとうに平和なら、『ボク』はいらないんです」

 すとん、と胸中の何かが落ち着くべきところに落ち着いたような気がした。本丸での物吉と戦場での物吉の乖離と、共通項など鋼で出来ていることくらいなはずの自分と比べての奇妙な既視感。それらはきっと、彼も戦場にしか居場所がなかったからなのだろうと得心がいった。

「物をよく切れるので物吉と言うなら、平和な時分にはそれこそ無用の物とは思いませんか?」

 小刀でもあるまいし、肉の他に短な刀の切る物があるはずはない。一尺と一寸に満たない彼も、けれどたしかに首を獲るものだった。

 

「幸運を運ぶから物よしと聞いたがあれは?」

「あれもボクですけど、名前の由来はいくつか説がありますし。それに幸運と言っても戦場での話ですからね」

「ああ、そいつは確かに天下を取った将軍様となれば必要もなさそうだな」

 天下泰平。それは兵どもの夢の先、強者ならぬ兵たちの夢だ。ただ戦はもう許されてはいないという、それだけのことがずっと夢のまた夢だったこの島で、刀より鍬を持つ男の母たちの願いだ。

「まあ幕府が成立しても敵がいないとは限りませんけどねー」

 泰平の世と言っても、兵を挙げる者がなかったわけではない。武器を取る農民がいなかったわけでもない。

 

「同田貫さんは、田畑を切ったから胴田貫というのは作り話だと言ってましたけどどうして言い切れるんですか?」

 どうして、と問われたところで同田貫が返せる答えなどたいしてありはしなかった。修行を経た彼からすれば作り話は作り話で本当のことは本当のこと。識っているだけのことと見てきたことの間にはなによりも海溝のような深い断絶がある。そういう話があるのは知っているものの生憎欠片たりとも記憶にないものだから、と打刀がそう言う。脇差はそういうものかと問い返す。

「まあ、そういうこともどこかであったかも知れねえが。政府のやつらが決めた正しい歴史とやらにはないんだろうさ」

 

 正しい歴史の彼らの記憶を、同田貫は余さず拾い集めてきたのだから。彼が覚えていないのならそれは、いつか幻となるものだった。

 

 

 

 酒呑みどもが歓迎会だと騒ぐ大広間から遠く、自身に与えられた居室からも近くはない庭のよく見える縁側に、どこのものともわからぬ白軍服の少年。傍の夜に紛れるような墨染衣の男の手には酒精の香る青白の湯呑み茶碗があった。

 

「あれでよかったんでしょうか」

 少年が言う。聞いてくれというではなく、答えが返ってくるとも思わないで、彼はただこの暗い夜に言葉を浮かべた。

「天下が一つになるために、秀吉は外の敵を作りました。この国には敵がいなければ生きていけない、武士といういきものが大勢いたことを知っていたから」

 

 庭の蛍の他に灯りといえば、三日月にも足りない空に一閃切れ込みを入れたような銀糸と幽かに瞬く星々のみ。

 それでもその小脇差は僅かな光を返して、まるでその体そのものから緩やかに発光しているかのようだった。かの少年は神なのだと言われれば容易に信じられただろう。そしてそれは確かに、神として器を与えられた物だった。

 

「おいおい、それはあんたの責任じゃねえだろ」

 思わず、といった風に男の方も口を開いた。

 神君御脇差。神の、刀。そう語られる常勝刀が勝利したのは、きっとわかりやすい鉄砲や騎馬隊だけではない。むしろもっとずっと手強く厄介で脆くて儚い、思想とか観念とかいうものにこそ、その刀は勝利したのだろう。秋冬には戦をする国々を、曲がりなりにも一つの幕府というものの下で二百年も纏めたことをこそ、誰かはきっと幸運という。

 

 けれどそこに物吉貞宗の意思が絡んでいたなどというのは幻想だ。少なくとも同田貫にとっては、そんなことは冗談にすらなりえない戯言だった。

「俺は別に恨んじゃいねえよ。戦がないと生きていけねえような主もたしかにいたけども、同じように泰平の世でないとすぐおっ死んじまいそうな連中だって主であることには違いない」

 顔も名も、手の感触すら浮かばないことに目を瞑れば、彼はずいぶんと様々な人間を知っていた。けれど只々歩き通した何百年と、欠片を集めて積もり積もった何万年がなければ、こうして答えることはなかっただろう。なにせ同田貫は尽くすほどの言葉を知らなかった。耳目も鼻口も手足もない刀では、世界を見知ることなど叶わないのだろうと思っていた。

 

「飾られるばかりでもしまい込まれるばかりでも神社で神さんに仕えていても、どれも確かに俺だ。一度打たれたなら後は主が望む限りそうするだけさ」

 薬研通吉光ではないのだから鋼の身で何ができるわけでもないけれど、それでも心持ちとしては彼らもいつだって主人に応えようとしていた。ただ折れぬこと、ただ曲がらぬこと、ただ切れること、通せる意地などそれしか持たない一振りの鉄の棒でも、数多と折り重なれば神にもなれた。

 

「あんたの主がそれを望んでたのかなんて俺は知らねえ。けどよ、そいつはできる限りのことをしたんだろう」

 人事を尽くして天命を待つと言う。天は自ら助くる者を助くと言う。神の恩寵はただひたすらに走りきった先にのみ現れる。一度目は降って湧いた幸運でも、二百年も続いたのならそれは彼らが自ら得たものだったのだろう。

 

「ええ。ボクが『すべて物をよく運ぶゆえの物吉』などと言われるくらいには」

 名の由来がそうとされたのならそれは、物がよく切れるだけでは神君御脇差には相応しからぬとされたということ。確かにいつだって切れ味だけが刀の全てではなかったけれど、それでも刃の一振り携えて戦場に乗り込まねばならぬ時には、壊れぬことと切れることが一等重要だ。

 それを、物事がよく運ぶという曖昧な流れの方が「物吉貞宗」に相応しかろうと、誰か言った者があるわけではない。けれど誰もがそう思ったから、物吉貞宗はそうなったのだ。

 

「その結果についてただの武器でしかない我らが思い悩むなんてのはそりゃあ、驕傲というものだろうよ」

 

 同田貫は人の刀だった。たとえ寺社に在っても、彼には人の祈りだけが見えた。極修行で逢った彼らはいつだって誰かのための刀だった。振るわれぬとしても、祀られたとしても、棄てられたとしても、彼はただ無い心で一心にその時々の主のために在るだけだった。土壇場になれば死にたくないと喚き、郷里に帰れば母を抱きしめ、斬られれば肉と糞と臓腑をばらまく血袋のためにあるだけだった。

 

「ボクはただの武器でしょうか?」

 物吉貞宗は、勝利をもたらす刀だ。そのように名付けられたと語るもの。戦国の世を生き残ったと言うために戦国の世を終わらせてしまった、そんな家を守った刀だ。それは果たしてただの刀と言えるのか、それを果たしてただ刀と呼んでもよいのか、物吉にははっきりと言い切れない。

 

「どんな御大層な触れ込みがあろうが、刀剣男士だ付喪神だと名付けられようが、俺たちはただの武器さ。それ以外の何にもなれやしない」

 


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。