徒然なるままに書きつける鎮守府の1ページ

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これは決戦前夜。冷たい海を越えるための約束。


2月17日マルヒトマルマル

「あ……提督さん」

 

 消灯時間も過ぎた真夜中の執務室に、瑞鶴はいた。振り向きざまに二(ふさ)の髪が揺れて、少し目を奪われる。

 どうやら執務机の上の書類を(なが)めていたらしい。何の書類だろうかと、机に歩み寄りながら話しかける。

 

「どうしたんだ、今日は当直じゃなかったよな。それは……明日の作戦計画か」

 

「うん、けど心配ってわけじゃないよ。提督さんを待ってただけ」

 

 僕を? 少し驚いて問い返すと、瑞鶴はおもむろに小包(こづつみ)を取り出してよこす。(あわ)てて受け取ったそれを見やると、リボンでラッピングされている。これは、バレンタインのチョコか。

 視線を上げて瑞鶴を見つめると、照れた様子で視線を()らし、赤みがかった頬を指でかく。

 

「この前渡し(そこ)ねちゃったから! あんまり日を()けるとおかしいし、今日渡しておこうと思っただけ!」

 

 内心の羞恥(しゅうち)を表すように、声も震えて……いや、

 

「えっ、ちょ、提督さんっ? いきなりなにして……」

 

 近づいて抱きしめると、戸惑(とまど)った様子で見上げてくる。

 その表情にはもう、赤みは差していなかった。普段の彼女なら、怒りにせよ照れにせよ、顔を真っ赤にして反駁(はんばく)してくる場面なのに。

 

「身体、震えてる」

 

 そう、指摘すると、腕に彼女の動揺(どうよう)が伝わる。言葉に詰まったように口を開け閉じしては、視線をあちこちへやっている。

 表情には、失敗したという気持ちがありありと浮かんでいた。

 

「ちが、べつに震えてなんか――」

 

「寒いんだろう? 待たせたからな」

 

 だから、もう一度言葉をかぶせてやった。

 瑞鶴は、え、と再び言葉を失って、こちらを見やる。少し、普段の顔に戻った気がする。

 腕の中の瑞鶴は、いつもより小さく感じた。だから、抱きしめなおして、重ねて続ける。

 

()()()()()()()()()()()。寒くて当然で、震えて当然だろ」

 

「それ、は……」

 

 驚いたような、呆然(ぼうぜん)としたような、言葉の真意を探るような目線。

 なんでもないような調子で、けどしっかりと気持ちを込めて、瑞鶴に伝える。

 

「どんなに対策したって、この時期の寒さはやっぱりこたえるよな。だからさ……」

 

 少し身体を離して、目を合わせて、瑞鶴を見つめて、

 

「だから、夜の間くらい、人恋(ひとこい)しくたって、いいんじゃないかな」

 

「……っ、バカ」

 

 顔を埋めるようにして、抱きしめられる。その直前の表情があまりに(いと)おしくて、そっと包むように、頭を撫でる。

 やっぱり、身体は震えている。震えが止まるようにと、ぬくもりを分け与えるように強く抱きしめる。

 

「バカ」

 

「うん」

 

「あほ、変態」

 

「ああ」

 

「ちょっと寒くて震えてるだけなんだからね」

 

「待たせてごめん」

 

 今日は、春一番(はるいちばん)が吹いた。きっと明日は(かん)(もど)り、ひときわ冷たい風が吹く。

 だけど、明日を越えたなら……。

 

「瑞鶴」

 

「ん……」

 

 お互いに少しだけ、身体を離して、再び向き合う。

 向き合った瑞鶴の顔は、赤みが差していた。いつもと違うのは、少し(うる)んだ瞳と、

 

「笑ってる。なにかおかしい?」

 

「ばーか」

 

 そっと口付(くちづ)けた。


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