自分が経営する不振店を繁盛店にするのを毎日考えていた。
すると、良いアイデアが浮かんだ。それは――肥えて大きな女の子を集めて、料理しメニューにだす事だった。人の遺伝子には、共食いするカンバリズムがある。
料理人達に高給を払い、冷凍してある女の子をホルモン料理としてお客様に提供すると、大変おいしいとの評判がたち行列のできる繁盛店になった。
 そのために、気が狂った料理人達に、自分が殺される羽目になってしまった。
 ますます繁盛する我が店を草葉の陰から……。

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 あなたはこんな料理を食べられるでしょうか?


なし

 

 早いもので、今年も確定申告書を税務署に提出する時期が巡ってきた。

 国税庁のウェブサイトにある「確定申告書等作成コーナー」で各種情報を入力し、プリンターで印刷して期限までに余裕を持って郵送できた。

 自尊心の塊である私は、従業員に軽蔑されないように、PCを使い慣れているかのように演技した。が、実際は何度も何度も入力を間違って汗水たらしながら、キーボードに向かい必要項目を、右手人差し指でポチポチと打ち込むのがやっとだった。アナログ人種の私には、手書の方が数段早いのだが……。

 自分でもあきれるほど、必要書類を机上一面に溢れさせ、電子申告するため、したたる汗を拭き拭き、上手く使いこなせないPCと必死で格闘しながら、確定申告書、仕訳書をプリントアウトした。その行為は、四日間の信じがたい苦行を私に強いた。その間、肩と腰に痛を感じ、時々めまいにさえ襲われた。私にとって、役行者≪えんのぎょうじゃ≫が行なう修行そのものだった。

 だから、郵送を終えた時には解放感に全身包まれ、長い間、めくるめく至福に酔っていた。

 幸か不幸か、否、恐らく不幸に違いないのだが、私が経営する店はPM四時から翌朝AM二時までの営業時間、そのことに専念できるほどに暇な店だ。あぁ、情けない……ご先祖様にあわす顔がない……トホホ。

 従業員は総料理長, 料理長, 料理経験二~三年の調理場担当二名とホール責任者二名の六名で店を運営している。補助として、ホール担当には不定期の大学生、専門学校生アルバイトなど九名を交代で勤務さている。私は、皆の仕事の邪魔になるので、いつも奥に引っ込んでいる。私の店は、チヨー暇で退屈を押し殺したあくびしか聞こえない、閑古鳥すらも寄り付かない焼き肉・ホルモン専門店だ。 

 このあたりで、ホームランをかっ飛ばすような起死回生策を打ちだし成功させなければ、せっかくオープンさせた愛着ある店を人手に譲らなければならない。

 しかも、一人っ子の私に両親が残してくれた動産、不動産もあとわずかになり、預金通帳を見るたびに、限りなく〇円に近付いてきている。

 でるのは、店を盛り返す良いアイデアではなく、絶望感からくる長い溜息ばかり。

 所得税を払い込む必要がないのは、二年連続だ。要するに、私が飲食店をはじめて以来、諸経費を差し引いた営業利益がマイナスであることの証左だ。

 実際に純益を多くだしている店は、どのようにして経費を水増し、様々な費用を経費として計上して、納税額を少なくすることができるかという難問(?)に腐心しているのに……。

 

 三流大学経営学部を最下位で卒業し、親の七光りで入社した飲食業チエーンで九年間勤めて得た経験と知識の集積は、一体、何だったのだろう? 大粒の涙が顔一面を覆うぐらい情けない。

 親に買ってもらった一人住まいには広過ぎる四LDKマンションのトイレで、まるで、お局様にいじめられた新入りOLのように、ワンワンと隣人には聞こえない程度の大声で泣く日々が続き、百二十キロあった体重も、今や百十八キロに激減(?)した。

 洗面台の鏡には、顔中シワだらけ、一直線の細い目、あぐらをかいた鼻、タラコのように分厚くて赤い唇、しゃくれた長いあご、髪はその存在を額に大きく譲り、肥えて弛んだイケメンとは対極にある下駄顔が大写しになっている。

 努力してやせた成果は、顔のシワだけに現れただけだ。フィットネスクラブに週四回、四年半も通って汗を流しているのに、である。

 運動後、チーズと羊羹≪ようかん≫をつまみに、大瓶ビールを四本飲む癖が、いけないのかなぁ? でも、これだけは、脂っこいおかずと同様に、止められそうもない。悲しい定めとあきらめるしかない。

 幼稚園では健康優良児だったが、その後も育ち過ぎ、健康診断で、肥満、糖尿病、高脂血症、高血圧が合併した状態であり、このまま推移すれば冠動脈疾患で死亡する、と医者から宣告されている。だが、きっと遺伝に違いないと、ご先祖様のせいにしたので自分を責めることから解放された。

 

 何の変哲もないある夜だった。

 劣等感に満ちた無意識から、透明で躁状態の意識上に、とても素晴らしいアイデアが、唐突に顔をだした。私には、そのアイデアがまるで天の声に聞こえたのだ。全身が、あたかも、雷神様の稲妻に打たれて感電したかのような、歪んだ陶酔とも悪夢とも形容し難い、おどろおどろしい思い付きであった。全身が打ち震えるぐらい素晴らしくも、形容し難い甘酸っぱさに満ち溢れた、最上級の讃辞を送りたい、何とも魅惑的な【美の極致】だ。

 シュルレアリスムを創始し「法王」として君臨したが、反発した人も多く、「ブルトンはシュルレアリスムの父であり、子は常に父より優れ、子であるダリはその父から離れていった」と、評価されているアンドレブルトンの著書「通底器」の終り近くに、美は【痙攣≪けいれん≫なり】という文章を、学生時代に読んだが、それは今、まさに思い浮かんだアイデアを端的に表現するのに相応しい名文句ではないだろうか? なぜならば、食べる人は美味で頬が痙攣するだろうし、食べられる人も、あまりの苦痛に痙攣するだろうからだ。ケケケケ……。

 

 翌日から、早速準備に取りかかった。

 私は、今までの九倍の給与を支払うから、是非とも私の計画を実行し、しかも、決して他言しないという内容を、四名いる厨房担当者に書かせた誓約書に血判まで押させた。これで、彼らも同じ穴のムジナになったのだ。

 今まで何度か掲載を依頼していた求人情報誌の担当者に連絡をし、私自らが作成した原稿を取りにこさせた。内容は、時給三千円、ホール担当、肥満タイプで十八歳~三十歳までの男女、土、日、祝日休み可、勤務時間帯は応相談、親類縁者が少ない一人住まいの方歓迎、制服貸与、食事支給……などである。実際は、女性だけを求めていたが、男女機会均等法なる法律に阻まれて、男性も対象にせざるを得なかった。

 B四タブレット求人情報誌に、奮発して名刺八枚分に相当する募集覧を掲載した。その求人情報誌は、近隣に十四万枚折り込まれた。もちろん、発行部数が多い主要新聞四社の日曜日の朝刊に……。

 

 心臓が喜びでビクン、ビクンとざわつくほど、その効果は覿面≪てきめん≫であった。

 日曜日には、朝から、面接の問い合わせで店にある四台の電話機は、鳴りっぱなしだ。

 車両通行量が多い片側二車線の明姫幹線(姫路と西明石とを東南に結ぶ主要道路)より、奥へ約二キロメートルも入り込んでいるため、私を含め電話を受けた全員は、店へのアクセスを説明するのに四苦八苦した。

 その結果、初日だけで四十名、私の希望にピッタリと合う女性たちが、面接にくることになった。またしても、私の喜びの表現――イヒヒヒ……と思わずいいだしそうになった。その言葉を無理に飲み込み皆に悟られないようにしたが、満面のひきつった笑みは隠しようがなかった。

 

 翌月曜日より早速、面接を始めた。

 早朝から店の前にある狭い道路には、貫録のある女性たちの熱気でむんむんしていた。

 面接では、履歴書に一切目もくれず、美形でなく太ってメタボを超越し背が高い九十キロ以上あるだろうと思える女性を選んで採用した。いうまでもなく、両親が他界し親類とも疎遠で、友達も少ないことが前提条件である。美人をなぜ初めから、不採用にしたかというと、彼女達には恋人もしくは友達が大勢いる可能性が高いからだ。個人情報保護法に抵触しない程度に、我ながらそんな個人情報をうまく聞きだせた、と大いに感心した。

 ケケケケ……。また、いつもの口癖が、思わず飛びだしそうになった。いや、飛びだしてしまった。

 

 早速、店を四日間休業にして、厨房の改装を依然知り合った業者に突貫工事を頼んだ。もちろん、責任者には袖の下をたんまりと渡した。

 調理関係者以外入れない静脈認証装置を設置し、秘密の漏洩≪ろうえい≫を防いだ。そして、特別に肥えた人間でも四人が充分横になれる特注マグロストッカーを四か所に造った。マグロストッカーは、マイナス四十度以下に保てる冷凍設備だが、大きなマグロに似た体型の女性にはぴったりフィットしているようなので、私は感動すらおぼえ大粒の涙さえでた。ス、ス、素晴らしいできだ! 

 更に、安全のため別棟を造って、ホール担当専用の更衣室にした。彼女達に厨房をのぞかせると、必ず秘密を暴露するはずだからだ。人間という生きものは、秘密を他人にいいたくなる性向を持っているからだ。

 厨房の道具には、相当な金額をつぎ込んだ。大阪の堺から、特大サイズのまな板を別注であつらえ、包丁類も大きく頑丈で刃先の鋭利なものを調達した。また、不要な骨や肉類を処分するための大型ディスポーザーを備えたから、改装で相当な出費を要した。

 でも、すぐに償却できる目算は充分にあった。

 

 A四サイズ新装開店チラシを、店の周囲を中心に主要四紙の朝刊に奮発して合計九万枚折り込んだ。しかし、二年前のオープン当初と変わらない客入りで、二階も含め九十九席が満席になることは一度も無く、半分席が埋まるのがやっとだった。ウエイティングがかかる以前の問題だ。

「くそったれ! 皆、目をかんで死んでしまえ!」

 私は、そんな悪態を吐きたい気分だった。

 しかし、レジで清算していた私に、お客様全てが、

「こんなにも柔らかく、しかも歯応えも適度にあって、ジューシーで、なにか懐かしい味がする。大いに宣伝させていただきますよ!」

 と、言ってくださるので、成功を確信するとともに、身体の芯から勇気がみなぎってきたのだった。

 キリスト教でもこういわれている。

「パンはキリストの肉、ぶどう酒はキリストの血、パンを食べることはキリストの肉を食べることに等しい」

 こんな恐怖に彩られた実話も存在している。

 鉄,銅の精錬技術を持たず石器文明に甘んじていたために、西欧人が造った武器を見たことすらなかったインカ帝国を滅亡に追いやったスペインの軍隊長が、本国宛てに報告した書簡が残っている。

 それには、おどろおどろしい次のような事実が記述されていたのだ。

「インカの人々は、敵部族兵士を殺害して焚火でこんがりと焼いた人肉を、皆で歓喜の雄叫びをあげ、天に向かい何度も捧げながら、嬉々として踊り狂いながら食べるというカンバリズムの風習が、今なお継承されている」

 幸い、尖った山々がそびえ立つウルバン渓谷の標高二千二百八十メートルの頂≪いただき≫にある空中都市、現地で老いた峯を意味するマァチュピチュを見つけることはできなかったが。

「目には目を、歯には歯を」という楔形文字の法典で有名なカルタゴの将軍ハンニバルが、味わった惨い逸話も残っている。紀元前二百十八年、兵五万と戦像三十七頭を率いてローマに侵攻中のできごとだ。それは――氷山と化したアルプス山中で、食べ物をほとんど口にしていなかった下級兵士たちにより、目の前で妹を食べられたのだった。その瞬間の将軍ハンニバルの悲痛な気持ちを、我々には到底想像できないだろう?

 よく知られている話をすると――

 第二次世界大戦中、大日本帝国陸軍軍人が転進中(正しくは撤退中)南方の地で飢えに苦しんだ兵士達がおこなった惨い行為だ。死の行進中に、マラリア,疫痢、赤痢等で亡くなったばかりの戦友を食したのだ。そのことは互いに秘密にし、全員はでないにしろ靖国神社で毎年哀れな戦友に、彼らは許しを請っている。

 この話は余りにも有名であり、小説にもなっている。大岡昇平氏の「野火」がその代表的文学作品だと思っている。内容を簡単にいえば、 戦争中に、戦友に再会した時、肉を食べた。猿の肉といわれたその肉は人肉だった。確かに食べたが自分自身の意志ではなかった。そう自分を慰めているのが、とても印象的だ。

 我々個人を形成する約六十兆個の細胞核にあるDNAの遺伝情報には、カンバリズムの痕跡は明確に残されているに違いないと、私は固く確信している。

 

 さて、私の思惑通り、お客様は日に日に増加の一途をたどり、文字通り行列ができる店に見事に変身した。この喜びを【神】に感謝すべきか、【悪魔】に感謝すべきだろうか? たぶん【悪魔】に感謝すべきだろう! ヒヒヒヒ、とにかく、ヨダレが止まらない喜悦だ。

 店は、常に満席状態で三~四時間のウエイティングは日常茶飯事なのである。だから、原材料確保に腐心し、従業員募集のチラシを毎週折り込み、面接を毎日して採用者を物色し、更に厨房には原材料を保管する冷凍設備を四台増設した。

 ほとんど肉が取れない頭部を、四日四晩グツ、グツ、グツ、グツ……と煮込み、中国、東南アジアより直輸入した香辛料を加えた秘伝のタレに、スプーンなどで掻きだした眼玉や脳みそなどを二日漬けて、特別メニューとして提供した。この特別メニューは、大好評だったので、予約制にしたぐらいだ。

 内臓は部位に分け、ホルモン、ソーセージなどに形を変えてお客様に提供したが、

「得もいわれぬほどに美味ですね!」

 というお客様からの讃辞も、耳にタコができるほどだ。実際、私の右耳にイヤリングでよく見かけるようなタコが本当にできてしまった。従業員は、面と向かっていわないが、陰ではしきりにうわさをしているだろう。

 常連客の来店頻度ばかりか、ご新規さんも日に日に増えていった。そこで、厨房に、口が堅く肉をさばいた経験の長い新たな職人を、厚遇で三名増員した。当然、例の血判をついた契約書を取り交わしておいた。

 だが、増員しても、連日総料理長たちは必死に肉をさばいていたのだ。ホールから次々入る注文に応えるために、こけた頬、窪んで血走った目で牛刀を振り回している。

 別注で堺より取り寄せた鋭い刺し身包丁で、均等に肉を切り揃えている彼らの形相は、まるで【死神】そのものだ。

 

 人件費が売上高の四割を超えるようになり、客数に客単価を掛け合わせたのが売上高だから、私の次なる戦術は客単価を上げることだ。

 そこで、お客様に提供する焼き肉、一品……などのメニーを現状の三倍に増やした。それとともに、全国各地で人気が高い、焼酎、清酒を網羅し、ワイン、ソフトドリンクの種類も充実させ、客単価アップに力を注いだ。そうすることで純利益は徐々に上昇して行った。

 〇円に近づいていた預金通帳も、今では記帳するたびに〇の数が増えている。

 

 しかし、川柳に、

「良いも悪いも因果の種は播けば芽をだすいつの日か」

 と、唄われているように、仏陀が説かれた因果応報は間違いない真実だと、しみじみ知らされた。人はよい行いをすればよい報いがあり、悪い行いをすれば悪い報いがあるということだ。

 総料理長はじめ七人の侍ならぬ、七人の【死神たち】は、目が虚ろで完全に気が狂っていた。

 血が染みついた牛刀や刺し身包丁を手に、異様な形相をして、百十八キロしかない私に向かい、毎日毎日、職業にしている人体解体の腕を振るってきたのだ。

「ギヤーアアアアアアアアアアアァァァァァァァァギヤーアアアアアアアアアアアァ……」

 絶叫するのが精一杯で、ヨタヨタと狭い厨房から脱出しようと試みたが……。

 私は、エジプト王ファラオ、始皇帝のように、魂魄(魂と肉体)は離れても、いつかは魂が、現世に帰ってくるとは信じていない。だが、霊魂の存在は固く確信している。

 一層繁盛をし続けている店を毎日見にきても、決して天罰は当たらないだろう。

 文字通り、草葉の陰からだが……。

 ――完――




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