東方銀呼録-白亜の幻想譚   作:星巫女

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記念すべき(?)第十話ですね
半年かかってまだ第十話かよと言いたくなりますが構想はあるので失踪するつもりはないです

ようやく新しい人物か…



第十話 「招待状の理由」

…あれからどれだけ経ったのだろう。

 

存在を、月の下に生きる資格を認められたフランが体を預け号泣してから体感一時間ほどは

過ぎた。

不快感があるわけではないがさすがにずっとこのままは暇なのだ。

 

いくら幼女の体故体重が軽いとて抱き着かれたまま固定されているのはそもそも血の巡りに悪い。

まして忘れられてるかもしれないが一応この身はあの激戦を繰り広げた後だ。

ぶっちゃけ雑草でも木の床でもなんでもいいから体を預けて意識を閉ざしたい気分。

魔力も既にこの体のまま使える量はほぼほぼ使い切ってしまった為術を使う事も出来ない。

――――詰みだ。

 

思わずため息を吐きたい所ではあるが目下で規則正しく密着させた胸を上下させているフランを見ていると喉の奥に引っ込んでしまった。

 

「……………………………」

 

実は負の感情が発露したという「もう一人のフラン」は誰よりも外の世界を信じていて、絶望に沈みかけていた本当のフランの心を現世に繋ぎ止め続けてきてくれただなんて誰が予想できただろうか。

最初から肉体を持って生まれてきた訳ではない彼女は、自身の存続のためにはどうしてもフランの肉体に憑依するしかなかった。

 

下手をすれば気付けなかったかもしれない。

能力そのものが自我を持ち、乗っ取ろうという訳でもなく肉体を守ろうとする等聞いたことがなかった。

元々能力が自我を持つ事例の場合は「所持者本人が強く死を望んだ」場合に多い。

そのままではいけないと思った本能が残った少しの思考を切り離し、現世に発現させるのだが、それ故に大抵の場合は発露した能力は衰弱している肉体を短絡的な考えの下乗っ取り、残り短い時間を絶望と共に生き、死にゆくことしかない。

だが今回はそれらの前例を引っくり返し切り離された思考が元々望まれた肉体を生き永らえさせる事態となった。

 

言い方を悪くすればキセキとやらを見せてもらった気分。

だがそのキセキのおかげで結果的には誰も傷つくことなくフランは戻ってきた。

 

既に返答は体が入れ替わってる時のあの子から聞き及んでいるがそれでも今下で寝てるフラン自身からは聞きたいから待機。

ついでに多分反動なんかもあると思うから起こすのはやめておく。

 

「……自分では違うと思っていても他人から見たら輝いている力なんて幾らでもあるもんだよ」

 

自分がいなくなったことでレミリアとフランは二人っきりになった。

そんな状態でのフランは、例えフランは自分の事をお荷物だと思っていてもレミリアからしたらかけがえのない妹であり唯一残った家族だ。

それに戦闘技術で姉に劣っていると感じたとしても、本当に助けようと思えたのであれば方法はいくらでもある。

この新世代の紅魔館の体制を築き上げるまで―メイドなどがまだ近くにいなかった頃には恐らく衣食住は二人で行っていて、忙しかった時にはフランがしていただろう。

たったそれだけでも心の在り方は大きく変わる。

前線では芳しくなかった者が後方支援に才を見出したという話は別に珍しくもない。

 

今回不幸だったのは誰もそれを教える者がいなかったということ。

そして彼女一人ではそれに気付けなかった。

 

傷ついた姉を見てフランは「傷を癒す技術」ではなく「傷そのものがつく事を防ぐための力になる」という選択を探し続け―壊れた。

盾になろうとした少女は、自身の脆さを嘆いた。

 

「…お前がその道を目指すっていうんだったら俺でも教えてやれることはあるけどね」

「あんなものやるもんじゃないよ。少なくとも今は」

 

どこか今いる場所ではない方向を見つめながら彼はフランに伝えるようにではなく自嘲気味に呟いた

 

呟いた内容に反応したわけではないのだろうが金色が動いた。

―――両腕をより深く背中に回して体を揺すり動かした。

 

布が擦れる音がほのかに響く。

別に「そういう場面」でもないのにどこか変な雰囲気を感じて知らず知らずのうちにフランのつむじをぐるぐると目で追ってしまっていた。

 

光を受けて艶々と濡れているように煌めく金髪を見ていると思わず触りたくなってしまう。

いやさすがに――と、心が自制の令を出そうとした時には既に手が伸びていた。

 

「んっ…」

 

ほんの少し反応を示したように見えたが気のせいだろう。

それに手を払いのけられる事もないのでなでなで続行。

 

なでなでなでなでなで。

 

なでるといってもわしゃわしゃと形を崩すなんて無粋なやり方はしない。

あくまで形を保ったままゆっくりと揉むように撫でるのが我流だ。

 

なでなでなでなでなで。

 

毛先に指を通そうとするとするすると抜けていく。

魔力で身だしなみはしっかりしていたのか、それともちゃっかり体は洗っていたのか。

 

くるくるくるくるくるるん。

 

ふわりとした触りはまるで降りゆく雪のように。

毛が少し浮くたびに角度で色が変わるのも見ていて飽きない。

 

なでなでなでなでなでなでなで。

 

「……………ぇ」

 

あれなんか聞こえたような。

まぁいいや。

 

なでなでなでなでなで。

 

「…めてぇ」

 

ん?

 

「もう…やめてぇ…」

 

髪を撫でていて気付いていなかったがいつの間にか寝てたはずのフランが上目遣いでこっちを見ていた。

若干頬を上気させたように赤くして、最高に愛らしい表情で。

 

「ぜんぶ…きこえててさすがにはずかしいから……」

 

 

…まじかい。

 

 

 

 

 

――――――――うっうっ、うー☆―――――――――

 

 

 

「「……………………。」」

 

お互いが沈黙したまま既に三分が経とうとしている。

 

一人は必要以上に「妹」の髪を撫でまくってあまつさえ感想を垂れ流していたことに対する罪悪感で。

もう一人は久しぶりに会った「兄」から熱烈ともいえるなでなでを受けた事に対する恥ずかしさで。

 

時々ちらちらと盗み見るように相手を見ては目が合うたびにまた視線を迷走させるという作業を続けていた中。

 

「……ねぇお兄様」

 

妹の方が先に沈黙を破った。

 

「どうした」

 

「…ありがとう」

 

唐突な感謝にたじろがない兄などいない。

 

「見てたのはあの子の中からだったけど…それでもずっとお礼を言いたかったの」

 

確かにそうだ。

なんだかんだ忘れていたが今目の前にいる方のフランはずっと精神の中から自分を覗き続けていたのだ。

考えてみればまだただいまの挨拶も交わしていない。

それに過去に別れた時も最後は精神治療のため彼女は起きていなかった。

 

そう考えると妹に対して随分と残酷な事をしたものだ、と蒼月は思う。

自主的により多くの埋め合わせをしないと駄目だなと脳内のスケジュール表に大幅な改正を加えた。

 

「だって起きたらお兄様突然いなくなってるんだもん……」

 

時間が経った今では彼女は口を尖らせて言っているが当時はそんなものではなかっただろう。まさに絶望のどん底だったはずだ。

あぁ、こんな事態になる事すら考えていなかった当時の楽観的な自分を殴ってやりたい。

 

「そこからは…多分なんとなくあっちのワタシが語ってくれたんじゃないかな?」

 

「うん。全部見ちゃった」

 

「…昔っから泣きじゃくって話ができない時の私

 

「んぅなんか狂うけどまぁいいや。それよりも」

 

「んん」

 

そう言うとフランは背中を預けていた体勢から膝立ちのようにしてこちらに見向いた。

くりくりとした羽に負けず劣らず赤色に輝く目をこちらに向けて

蒼月の体格からすれば幼いと言える長さの腕を改めてぎゅっと締めてから彼女は、蒼月の肩に耳を乗せるようにして唇を寄せた。

 

「おかえり、お兄様」

 

それに対して返す言葉はただ一つ。

 

「…ただいま、フラン」

 

あの日から――――幾千幾夜を越えた先に、少女はようやく思いを伝える事が出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれからフランとはずっと話していた。

泣き止んだ反動というのもあったのかとにかく話を聞きたいとせがんできた。

自分が地上に出ていなかった頃の情報が知りたいようだった。

 

といっても自分が話せるのはここ数十年ほどの外界の話だけだったのだが…

 

「ねぇねぇ次は次は?」

 

凄まじく食いつかれた。

そりゃあもう入れ食い。

この広大な紅魔館の図書館に収められている書物の中でも外界の本、または外界の存在を示唆した本は稀有らしく

前述のとおり凄まじい勢いで根掘り葉掘り聞かれた。

どうやら種族は違えど自身にとって幻想となる事象を聞きたがるのは同じらしい。

 

「そうだなぁ……じゃあ」

 

そこまでを言い終わったところで図書館の扉が年季を感じさせる軋みを上げながら来訪者を迎え入れた。

足音ではない滑らかな布音で予想はしていたが入ってきたのはあの時の従者、十六夜咲夜だった。

 

「蒼月様、夕食の準備が整いましたがいかがなさいますか?」

 

どうやら予め伝えられていた通りの時間が来たらしい。

地下室からフランを連れ出した時に既に咲夜とは会話しており、その時点でレミリアが自分たちを水晶玉を介して見ていた事、それと今は顔がひでぇことになってるから会えないという趣旨を伝えられた。

大方泣きじゃくったのだろう。涙脆いのは今も昔も変わらないなあの子は。

 

ここ以外で暖を取れる見込みはない。というか今回この世界に来て最初が紅魔館というのが運が良かっただけに過ぎない。

ここはお言葉に甘えさせてもらおう。

 

「分かった」

 

「それでは私はお嬢様の世話がありますので…失礼ながら妹様と共であれば場所がどこかは困らないかと」

若干の微笑みを顔に浮かべながら咲夜は言い放った。

 

…メイドとしては駄目でも従者としては最高だな、この少女。

 

その心意気、買った。

 

「じゃあ…お兄様行こ?」

 

「あいよ」

 

外界に居た時はまともに異性と関わりを持った事等ほとんどなかったがこの世界に来た瞬間これである。

世間の紳士諸君からの視線が怖い怖い。

 

咲夜は一礼したのちにそのまま瞬間移動が如く目の前から消えた。

最初に館の前で出会った時からだがあれは転移系の異能なのだろうか?

 

蒼月は考えを巡らせようとしたが、それを遮る事象が『二つ』存在した。

 

「…………お兄様?行かないの?」

一つは今首を傾げている妹。

 

そしてもう一つは―――

 

「………………………。」

 

どうやらまだ姿を見せるつもりはないらしい。

思わず感情のままに舌打ちしそうになったが夕食前というのもあり、蒼月は衝動をぐっとこらえて飲み込んだ。

 

「…いや何でもないよ。行こっか」

 

「うん!」

 

フランに手をがっちりと吸血鬼の握力で握りしめられながら彼等は図書館を後にした。

 

 

 

 

 

後日蒼月の右手がひどく赤くなっていたらしいが彼はそれを目尻に若干の涙を浮かべながら、擦っていたらしい。

そんな彼を心配した人に渡した言葉は、「愛は勝つ」だそうな。

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

「あー……美味かった」

 

最早言葉がそれほどにしか出てこない。

旨い物を食べた後は変な言葉などはなく感謝と幸福感で満たされ語彙力を失うというが、正しくその通りだった。

 

蒼月とて外界でお粗末な食ばかりを口にしていた訳ではなく、むしろ同居人が栄養バランスを適宜管理したしっかりとした食事を摂っていた。

だがオムライスや鳥のロースト等あちらでは食べていなかった料理が感動するほど美味だったのは事実。

ここは素直に調理者である咲夜に称賛の拍手を送るべきだろう。

さらにこの咲夜を雇用したレミィにも別枠で拍手を。

 

湯浴みについてはどうするのかとレミィからも聞かれたがさすがにパスした。

幾らなんでも愛弟子の家で風呂まで借りるのはという気持ち半分、女しかいない館で男が一度でも利用した浴槽を好まない少女がいないという保証はどこにもないからだ。

 

ほら、思春期の女の子であるあれだ。

「お父さんの服と同じタイミングであたしの下着洗濯しないでくれる!?」

みたいな。

 

体から出る垢や汗等の老廃物程度であれば体の表面を凍結させて落とせば特に問題ない。

他に問題になりそうなのは翼だがこっちは凍らせた自分の指で梳かせばよい。

部屋に関しては空いている物置部屋でもいい、と申告したらまるで当てつけのように豪華な部屋を紹介してもらえた。

 

どうやら皮肉などなしに紅魔館で空いている一人用の部屋はどこもここと同じ構造らしい。

元々ホテルを経営している建物でないのだから残っているのは当然故に、かつて誰か人ならざる者が使用していた部屋なのだろう。

だがそんな事など微塵も感じさせない手入れが隅々まで行き届いている。

 

前までは極狭の事故物件のアパートに体を押し込めるようにして暮らしていたから落ち着かないのは確かだ。

計測などせずに、軽く周りを見回すだけでも高さを抜きにすれば二人でバドミントンをしても尚広々としているだろう大きさだ。

こんなものが狭い部屋と言われるのだから本当にこの舘は規模が凄まじい。

 

既に舘全体は寝静まっており騒ぐ者などいない。

ちなみに食事後フランはお姉様と寝るー!といってレミィの部屋で寝ている。

元から悪感情があった訳ではなかったのだ。

レミィも満更ではなかったようだし今頃は二人で仲良く夢の世界だ。

どこか懐かしさが込み上げてきたが今はその感傷に浸りきっている場合ではない。

 

ようやく関係の捻れが直りかけているあの子達を巻き込むわけにはいかない。

いずれにせよ、ここからは別領域だ。

 

 

 

机の花瓶に何本か生けてある美しい薔薇の内から失礼して紫色のものを指で一本挟み、引き抜く 。

挟み込んだ薔薇は最初は瑞々しい美しさを称えていたが耳に聞こえるほどにはっきりとした音を立てながら、徐々に挟まれている部分から凍結していく。

 

全ての生き物を震え上がらせる零度は、やがて薔薇全体を呑み込んだ。

花全体が白く染まったそれは装飾を施す前のレイピアにも見られる。

冷気に服従した事を示す白い息が常に床へと吐き出され続けていた。

 

そしてできあがった花の氷剣を――瞬きをするかのような一瞬で振り向き様に背後へと投げ放った。

それは正しく文字通りの一閃。

薔薇が壁に刺さった微かな音がした直後に通った後の凍てつく奔流が視認できるようになる。

 

「……いい加減にしろストーカー。次は当てるぞ」

 

「あら、それは御免被りますわ」

 

特に驚いた様子もない女性の声が部屋のどこかから聞こえた。

正確に言えば蒼月から腕三本分伸ばした程の場所にそれはいた。

 

空間には何でできているのかわからない黒い裂け目のようなものがいつの間にか出現しており、そこから上半身だけを乗り出した女がいた。

 

「いるのが分かっていたのであればお声をかけて下さってよかったのに」

 

西洋人形のような色白な肌に、背面方向へと豊かに流れる金髪。

半身しか確認できないが身に着けているのは濃紫色のドレスの様な衣服らしい。

異空間の中は風が吹いているのか、それとも方向性が定まらない力が働いているのか裾の様なものが不規則にはためいている。

 

「そもそもあの子と戦っている時からずっといたんだろう?あの時のフランの惨状を知っておきながら」

 

ざっと部屋の絨毯を踏みしめる音がした。

 

「私にあの娘を助けなければいけない理由なんてありません…それに」

「あの傲慢な吸血鬼の妹が苦しんでいる場面を見れただけでも満足ですもの」

 

—――――部屋の温度が、数段下がった気がした。

—―――いつの間にか美しい夜景を映していた窓硝子は曇っていた。

 

「…ならば俺を野放しにしていた理由は?」

 

―既に彼の周囲の床には霜が降りていた。

 

「テスト、とでも称しましょうか?」

 

にっこりと笑って解答を寄越した紫に対してガゼルの返答は実にシンプルだった。

 

「へぇ?それで試験の合否は?」

 

いつの間にか目の色が普段の黒目から碧色に変わっている。

感情を露わにしても特に館が揺れるような魔力を放出することもない。

あくまで静かに、穏やかに。

だがその視線はスキマ妖怪の一切の挙動を見逃さない。

魔力の放出でないただの魂の鼓動ともいえる波動を放出するだけでも、部屋の気温は零度にまで達しようとしていた。

 

「ひとまず合格ですわ。そんなに警戒しなくても、私は今回館ではなくあなたに用があってここを訪れたのですから」

 

「だからこそこんな夜更けに訪問か。そいつはまたご苦労なこった」

 

一切労いの感情を感じられない物言いでガゼルは紫に反応した。

 

「何故あの招待状を受け取る気になったのかという動機を聞くのと、私自身の貴方を呼んだ理由についてお話しようと思って」

 

意外な長文が返ってきたと感じた。

招待状というのは本に挟まっていた紫色の封筒の事だ。

どうやら無作為にぽんぽこて送りまくったモノではないらしい。

 

「ずっと思ってたがお前の名前は何なんだ?こちらだけ知られているのは色々と不公平だろう」

 

「レディにいきなり名前を訪ねるのは不躾ではなくて?」

 

色気を感じさせるように唇に指を当てて疑問を投げかけてくるスキマだったが――

 

「そもそも俺はお前を女と認識してないしこれからもできそうにない」

 

—―圧倒的切り捨てである。ちなみにこの時の心情に嘘偽りはない。

 

「……ならば『紫』という名だけお教えしておきます。それで会話に不都合は生じないでしょう?」

 

「あくまで現段階の公開は会話のみに留めておくつもりか」

 

「えぇ、時が来れば自然と明かすことになりますから」

「それでは本題。何故あの招待状を受け取ったのかしら?元々の世界の方が色々都合がよいのではなくて?」

 

元々の世界に留まり続けてもそこまで不都合はなかった。

友人とまではいかなくとも知り合いと呼べる間柄の人間は何人かいた。

彼らは今いなくなった自身の事をどう認識しているのだろうか?

 

それを踏まえてガゼルは会話を続ける。

 

「自身の目的にとって都合がよかったからだな」

 

あくまで目的の為だ。

そもそも紅魔館兼レミィとフランがこの世界にいるのは知らなかった。

 

「その目的を端的にでも教えてもらえないかしら?」

 

—その時しんと部屋の空気が一瞬沈んだ。

 

「復讐だな」

 

 

 

「…………………復讐ですって?」

 

紫が息を飲んだのがわかった。

だがここで嘘をついてもいずれバレる。

一時しのぎで築ける信頼など砂城に等しい。

過去からの因縁の果て、この世界にやってきた。ただ、それだけだ。

 

「だが勘違いはしないで欲しい。目的が物騒であってもこの世界で暴威を振るう事は微塵も考えてないし、むしろこの世界での関係性を良好に保ちたいと思っている」

 

それは紛れもない事実だ。

嘘は一切吐いていない。

 

「それはあの子達の為?」

 

「いや、自分自身の信条の為だ」

 

もうあんな事はしない。

あの河が既に潰えた以上、復讐する相手はただ一人。

世界を巡ってあいつを探す。

きっとあいつも同じ歯車を持って彷徨っているだろうから。

 

「あまり諸手を挙げる内容ではなかったですが把握しました」

 

どうやら情報は収集できたらしい。

それでは今度はこちらのターンだ。

 

「んじゃあ今度はこっちから一つ。なんで俺を呼んだ?」

「見た所あんたの腕なら『俺のそのもの』についても分かったはずだ」

 

見た所それなりの法制が敷かれているこの世界にガゼルのような因子は不確定要素しか含まない。

それは監視こそすれ歓迎すべきものではないはずだ。

無論招かれたものの人間性に大きく依るのは確かだが。

 

紫の能力なら全てを詳細に知ることができたはずだ。

なのに様子見—利用価値があるかどうかを審査したのには大きな理由があるに違いなかった。

 

「ある夢を見たからですわ」

 

「夢?」

 

「正確には私が見たものではありません。ですが私が信を置いている者が夢を見たとわざわざ報告に」

 

「…そいつは普段その手の冗談を言わない人物って事か?」

 

「その通りです。現実主義者で、夢なんてまともに語るはずがないあの子から直々に伝わった。

『今朝予知夢を見た』と」

 

それは確かに確定的と言える。

現代社会ならともかくとして魔術の絡む世界での夢は何かしらの意味を含んでいることが多い。

少なくとも何の意味もない夢を見る事はないのだ。

 

「この幻想郷を焼き、貫く黄金色の光線。

その次は呑み喰らわんとする黒い球体。いずれの『異変』にも解決しに行った自身を照らしたのは銀色の星の様な輝きを放つ少年だったと」

 

 

「…それで魔術で本当の髪色を隠していた俺を発見して呼んだって訳か」

確かに髪への光の当たり方を調節して色を変える魔法を扱うのは外界では蒼月だけだったろうが。

 

「ひとつの夢だけを理由に呼ばれても納得をするの?」

 

「するさ。夢が現実に及ぼす事の大きさは知って——―――――」

 

そこまでを言った段階で部屋に朝日が差し込んきた。

館の上を飛んでいるのか鳥の元気な声が聞こえてくる。

さすがにこの時間となれば他の人外のメイド達が起きてくるだろう。

一人では気付けなくとも数十人集まれば一人はこの部屋へ違和感を抱いても可笑しくない。

 

時間切れだ。

 

 

 

 

 

 

「もうそんな時間ですか。では、招かれざる客は帰るとしましょう」

 

「そうか、気を付けて帰れよ」

 

帰ろうとした背中に言葉をかけると紫は怪訝そうな表情でこちらへと見向いた。

 

「…一瞬でも威嚇した相手に労いの言葉をかける住人がどこにいるんです?」

 

あぁなんだそんなことか。

 

「あれは唯のコケ脅し。そっちがこっちのことを試してるであろうことは最初から読めてたから、そのまま敢えて返しただけだ」

 

そもそも来たばかりで初対面の相手に本気で威嚇などする訳がない。

匂いからして手紙を書いた人物だというのは分かっていたから逆に探ってみただけの話だ。

…そもそも紫色の封筒の自己主張が強すぎて忘れるに忘れられなかった。

 

 

「あぁ…それとこれを渡しておくわ、よく読んでおいて」

 

渡されたのは今度は紫色ではない普通の茶色い紙封筒だった。

「へぇ、中身は?」

 

プレゼントを貰った子供の様にのりづけをぺりぺりはがしながら蒼月は尋ねた。

 

「ここら一帯の地理、今までに起こった『異変』の大まかなあらすじ、それと」

 

 

「外の世界であなた以外に招待状を送った人物が恐らく大結界から抜け出てくる場所の予測図よ」

 

「俺以外にもこの世界に呼んだのか?」

 

最初は目を見開いて驚愕していた蒼月であったが、その数秒後に誰が呼ばれてきたのか見当がついたようだった。

 

「…あぁ誰が呼ばれたか容易に想像がついた。「赤いの」と「黒いの」だろ?」

 

「えぇ。あなたと同じように招待状を送ったら快諾の返事を貰いましたわ。

 —―――――一つ伝言を頼まれましたが」

 

「伝言はどちらから預かったんだ?」

 

「赤い方からですわ」

 

「内容は?」

 

「――――――――――――だそうです」

 

顔を天井へと向け、目を手で覆う様子には大きなため息がよく似合った。

 

「…面倒くさいから迎えに行かなくていいや。それよりも貰った地図でこの世界の有名どころを回るのが先だな」

「なぁ、どこか行っておいた方がいい場所ってあるか?」

 

その言葉を待っていたとでもいわんばかりに紫は目を細めた。

 

「でしたら——博麗神社なんていかが?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ってぇ……ここどこだ?山の中?」

「持ってるの竹刀とスマホしかないけど…ここ電波届くんかね」

 

電源を入れ設定画面を開いた「少年」は一人ごちた。

アクセスポイントはどれだけ待っても検出されずアンテナは一向に立たない。

木々が鬱蒼と生い茂った中では見通しも悪い。

 

「まっじかぁ、スマホで異世界無双はできそうもないねこりゃ……ん?」

 

ポケットの中に何かが入っていたことを思い出したようだった。

取り出したそれはくしゃくしゃに丸め込まれていたが広げると多少の原型は見て取れた。

 

「この気色悪い封筒……同じようにあいつらも貰ったらしいからさっさと合流しないとな」

 

ぽりぽりと頭を掻いた瞬間にその変化は起こった。

まるで外殻が剥がれていくように髪の毛の黒かった部分が———目を引く赤色に変わっていく。

目を刺すように赤ではなく…どこか夕陽の様な優し気な一面をもった赤色だった。

 

さらには着ていた服にもそれは訪れた。

ただのTシャツに穴あきジーンズだった服装は見る間に現代社会では滅多にお目に掛かれない真紅の着物となった。

それは形状から言えば狩衣が一番近いだろう。

華美よりも機動をとった構造が何とも涼しげだ。

 

「竹刀はまだこのままでいいか。銃刀法違反とかあったら面倒だし」

「まずは意思疎通のできる生命体との遭遇!うん決めた」

 

そのまま赤衣は山を歩き始めた。

これが蒼月とまた同じ激動を辿る二人の友人が一人……

 

…………赤峰夕弥の幻想入りであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




恐らく前半、後半の会話部分を呼んで感じられた違和感についてはわざと書いてます。
後々繋がってくるかも?

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