美少女てんこー   作:倉木学人

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予定していたことを描ききるのは、何か疲れました。

とはいえ、当初の目的はある程度達成できた訳で。
自分でも納得はできていない所もあり。色々まだ描きたいことはありますが。
これを機に、しばらく小説を書くのは辞めようと思います。


EX8. Your Reality

 休日の昼間、ハカセはジャージ姿で布団に寝ころんでいた。

 上半身だけを起こし、折り畳み式携帯電話で通話を行っている。

 

『そういえば、ハカセ。大富豪バッテラの話を耳にしましたか?』

 

 話し相手のプリンツは世間話の感覚でその話を振った。

 それはごく普遍的な最近のニュースであり、そう不自然な話でもない。

 ハカセも偶然ネットで見かける程度の事柄である。

 

『うん? ああ、してるさ。“バッテラ氏 G・I(グリードアイランド)症候群”だっけ?』

『ええ』

『“病に伏した愛する恋人を救うため。龍が現れ夢を叶えてくれると言われている、伝説のゲームを追い求める“か。何とも感動的であるな。私には恋愛の事など何一つ分からんが』

 

 伝説とはいえ、それは10年も前から続く話である。

 ハカセが“これが10年以上のゲーム機とか嘘だろ先生”と言いたくなる程の、ジョイステーションという名のゲームハードの全盛期から始まる。

 ゲームカセット自体は、ハンター専用ゲームとして公的に発売されたものだ。

 

『何でも、ゲームの開発にはあのジン・フリークスが関わっているそうではありませんか』

『その話は公の物であったか? とはいえ、少し調べれば分かる話であるか』

 

 願いを叶えるというそれは、一般に都市伝説程度の認識だ。

 とはいえ、オカルトの類が念やら不思議生物やらで説明できる世界である。

 開発が潰れた故に責任を負うものもおらず、多くの問題を引き起こしながらそれは伝説となっていった。

 念の存在を知るならば、必ず確信を持つことであろう。

 多かれ少なかれ、噂で語られていることは真実なのだと。

 

『ハカセはどこまで知ってます?』

『かなり深い所まで立ち入っているよ』

『では、何でも夢を叶えるというのは?』

『この世にドラゴンボールは実在する。とはいえ察しの通り、G・Iは念能力によるものだよ』

 

 そして、このゲームは未だにクリアしたものがいないのである。

 そしてハンターは希少な物を追い求めるのがその仕事。

 こうして今も、多くのハンター達がこのゲームに飲まれていく。

 

『参加するつもりか?』

『いえ、優先度は低いですね。話を聞く限りでは、私の追い求めているものではなさそうですので』

『であるか』

 

 ハカセが知るに、プリンツはゲームを遊ぶ人種でもない。

 勧められて多少たしなむ程度であり、実際に気に入るかは分からない。

 

 何より、クリアの先に彼女が求めているものがあるかは微妙な所だ。

 一応クリアデータには懸賞金が懸かっているが、お金儲けとしては効率的な手段ではないだろう。

 そして懸賞金目当て以外のプレイは、現在困難な状況にある。

 

『参加したいのであれば、バッテラ主催の選考会に参加すればよかろうな。そっちの方が、面白いだろう』

「みたいですね」

 

 ゲームの数自体はそこまで少なくはないが、大半が大富豪バッテラによって買い占められている状況である。

 入手難易度は低いとされているが、実際の購入は大変難しい。

 とはいえ、バッテラはゲームクリアのためにハンターを募集している。

 それに乗っかれば、プレイはできるであろう。

 

『んー。いや。そうだな。G・Iの詳しい話をしたいから、期間が出来たら私の家に来てくれないか?』

 

 幾つかの物を思いだしたハカセが、そう切り出した。

 具体的には、“支配者の祝福”であったり。

 これはG・I内のアイテムの一つで、これを手にした者は城下町が与えられるというものである。

 大なり小なり、こういうものがG・Iには存在するのだ。

 

『どういうおつもりで?』

 

 彼女の珍しい提案に、電話越しにもプリンツの困惑が読み取れる。

 

『私と似た方向の、念能力の一種の頂点を見たくはないかということだ。プリンツの求めるものと、少しは関係するかもしれんぞ?』

『はあ。であれば、また連絡しますね』

 

 恐らく話だけは聞いてくれるだろう。

 彼女はそういう奴だと、ハカセは確信を持っている。

 

『ああ。体調の方は大丈夫ですか? ナツキちゃんが心配していましたよ』

『私のことだから死ぬことはないだろうさ。私もまだそこまで耄碌したとは思いたくない』

 

 そうして、ハカセは挨拶の後に電話を切った。

 体調がすぐれない中の長時間の電話で、大変気分が悪い。

 

 大してすることもないので、飾られている絵を見つめる。

 

「やはりというか、“家畜に神は居ない”ということか? 忌々しきよ」

 

 

 

 そして日は変わり、プリンツがハカセの元を訪ねてきた。

 ハカセの体調は未だすぐれないが、それでも比較的気丈にふるまっている。

 変身能力を使っているようで、今日はケモ耳女の姿をしている。

 ルナールと呼ばれた姿とはちょっと違い、筋肉が良く発達しているのが見て取れる。

 

「それで、話というのは?」

 

 ハカセが無言のまま、部屋へと案内する。

 そこには小さなブラウン管テレビと、ジョイステーション一式が置いてあった。

 

「これは。まさかG・Iですか?」

「そのまさかだ。世界に100本しかないゲームの、その一本さ」

 

 プリンツも流石にこれは予想外である。

 調べによると、G・Iはハンター専用だけあって莫大な金と時間を要するゲームであるようだ。

 ハカセもゲーマーではあるとはいえ、安上がりや外法を好む故にこういった物は好まないと見ていたのだ。

 

「発売当初から、値段は58億を下らないものと聞いていますが。よく手に入れていましたね。発売されたのも、我々が子供の時であるのでは?」

「私は昔からお金に困ったことがないからな。そういった点で私は幸運であった」

「そういう問題ではないと思います」

 

 G・Iを目的遂行の手段として見るならば効率が悪く、ロマンの域を出ないだろう。

 仮に多くを知っていたとしてもだ。

 買うか金があるなら、他のことに使ったほうが有意義ではなかろうか。

 

「私の学校にゲームマニアの子がいてね。これは彼から譲り受けたものだ」

「そうだとしても、よく譲ってくれましたね」

 

 常識的に考えて、50億程の金目の物を子供同士でやり取りはしないのである。

 

「まあ普通ハンター専用ゲームといっても、マインドシーカーみたいなものだと思うよな。それにジンの名を聞いて、このゲームに挑戦するハンターは当初百人もおらんだったろうよ」

「はあ」

 

 珍しく、ハカセの語りが弱い。

 恐らく彼女も、この辺りは語りたくないことがあるのだろう。

 

「で、するよな?」

「誘われてすぐにやるタイプのゲームなんですかね。ここはまず、その説明書とかは」

「すまんが残していない」

 

 ですよねー、と苦笑する。

 多分、説明書の類も高額商品扱いだ。

 それか説明書があっても、製作者の意向から非常に簡易なものであったのかもしれない。

 

「でも、ここにあるのであれば。やってみたくはないかな?」

「それは、そうですけどー」

 

 ここまでお膳立てされれば、流石に食いつきたくなる。

 ハンターとは、大体大方そういうものなのだ。

 

「しかし。ハカセの趣味に合うものなのですね」

「私もこういうことはするよ。それに、私も今回ばかりは幾つか用事があるものさ」

 

 さて、G・Iはハンター専用ゲームと言われてはいるが。

 実際は念能力者専用と言うのが正しかろう。

 何しろ、念能力者でないと開始することが出来ないのだから。

 

 

 

「G・Iへようこそ。-おや?」

 

 サイケに包まれる空間、ゲームの案内役を担うその女。

 彼女はゲームのシステムを担うからこそ、その異常に気付いた。

 来訪者が同時に二人とは。

 このゲーム本来なら、一人ずつの対応になるはずなのだが。

 

「あー。お久しぶりです」

「関係者ですよね。申し訳ありませんが、お名前をお願いします」

 

 恐らく、こちらにある程度干渉できる権限を持つ人物だ。

 そういった人間を思い浮かべるが、今一つ噛み合わない。

 

「アマテル=ヒュウガです。このカードの」

「成程。ヒュウガさんでしたか」

 

 プリンツがそのカードをチラ見するが、ここからではよく見えない。

 二人は納得しているので、そういった類の物だろうか。

 

「ジンさんは居ませんよ?」

「いや、それはわかっています。単に顔見せですので」

 

 事務的な、軽い雑談に興じる。

 女が集まれば姦しいと言うが、そこまで仲は良さそうには見えない。

 

「ともかく、今はプリンツに説明をよろしくお願いします」

「そちらの方とはどのような関係で?」

「弟子です。ゲームの情報は与えていません。私がいらん事を教えても駄目だと思うんで」

「そうですか。では、説明を―」

 

 ゲームにおいては本が与えられ、その本にアイテムを集めて完成させる事が目的となる。

 その指定されたカードは有限であること、ゲームでの死は現実での死であること。

 そして、詳しいルールは遊びながら学んでほしいということである。

 

(やはり。いないのか、ヒソカ?)

 

 そして、現在プレイ中である。

 ゲーム中には、他のプレイヤーを感知することが出来る。

 もしや、ヒソカもいるのではとハカセは思ったのだが。

 それらしい名前は見つからなかった。

 

「ハカセ。さっき見せたカードは何か特別なものと見ましたが」

「うん? ああ。これか?」

 

 ハカセは再び一枚のカードを胸元から取り出した。

 カードには黒塗りの絵と共に“No.-004 皇帝特権(エンペラー・オーダー) -”と書かれている。

 

「デバッグ用に使う、特別なカードの一つさ」

「バグ取り用のアイテム? どうして、そんな物を。もしや、このゲームはハカセの“美少女転換(プリンセス・テンコー)“と何か関係が?」

「製作者たちに学んでな。実物に念を通す技術に関して、大変お世話になったのだ」

 

 G・Iの技術が、ハカセの念にも使われているのだ。

 それならば、ハカセがG・Iを手に入れていたのも納得である。

 その分謎は深まるが、ここでは些細な事であろう。

 

「その一環で、まあ。私はゲームの根幹に関する事を知り過ぎたのだ。テスターとは名ばかりの、事実上の追放扱いでもある。後悔はしていないが、知識欲というのも考え物であるな」

 

 デバッグ機能はゲームのルールを超えて、様々なことができる物ではある。

 とはいえ、正式なプレイヤーが使って良い機能では(遊びでない限りは)あり得ない。

 こうした機能を所持する者は、プレイヤーとして認められないのだ。

 

「使おうと思うなよ。誓約でゲームクリアが不可能になる」

「ですねえ。そういう事であるならば納得です」

「うむ。それでこそだ」

 

 そういうやり取りを挟みながら、二人は探索を行う。

 そうしてスタート地点から、近傍の街へとたどり着く。

 どうも懸賞の街というらしい。

 

「お? アレは」

 

 街といっても、住人はRPGよろしく決められた反応しか返さないのであるが。

 そうした中で、明らかに理知的なやり取りを続ける集団がいた。

 街の雰囲気にも似合わず、男ばかりという事を除いて風貌もバラバラである。

 

「プレイヤーの集団ですか」

「であるか」

 

 このゲームはネットに繋がっている訳ではないのだが。

 しかし一つの舞台に多数のプレイヤーたちが存在していて、互いに干渉ができるのだった。

 彼らは時には協力したり、時には敵対することになるのだろう。

 

「話しても?」

「好きにすると良いさ。私はあまり興味がないが、この手のゲームの醍醐味であるのだろう」

「そうですか。では」

 

 笑顔を浮かべながら、プリンツはトテテと集団に近寄って行った。

 何故か、その姿にハカセは猛烈に嫌な予感がする。

 

「うん?」

「すいませーん。ちょっといいですかー?」

「ブック。なんだ君は?」

「新人プレイヤーです!」

 

 プリンツが明るく敬礼を決める。

 それを見たハカセの頭に “友情ごっこ”なる単語が浮かんだ。

 多分、気のせいではないと思う。

 

「このゲームのルールを教えてほしくて、他のプレイヤーさんを探していたんですけど」

「そこの彼女は?」

「友達です! なんでも、このゲームの製作者の関係者らしいですよ?」

 

 余りのバカ発言に、ハカセは思わずそっぽを向いた。

 その場の空気が一気に悪くなるのを感じた。

 見るからに怪しさ満点である。

 

「こんな奴は知らん。私と関わるな」

「もう。酷いよ、“フェリス“ー?」

 

 ぶー、っと不満を表すプリンツ。

 しっかりとハカセが登録した偽名で呼んでいる所が、何とも言えない。

 伝えてないはずなのに。

 

「どうする?」

「まあ、それぐらいはいいだろう。調べればすぐにわかることだ」

 

 男たちは互いに見合わせるが。

 特に、情報を出すだけなら問題もないだろうと判断したようだ。

 プリンツに多少の情報を語り始めた。

 

 彼らは一つ星ハンター・ツェズゲラ組と並ぶ、プレイヤー勢力である。

 勧誘により人を集め、攻略を目指していること。

 そういった情報が、やや隠されがちに伝えられた。

 

 そうした中、眼鏡をかけた顎長の男が動いた。

 それまでは静観を貫いていたのだが、ハカセへと近寄ってきた。

 

「ちょっといいか?」

「何だ。私と関わるなと言ったのが聞こえなかったのか?」

「“爆弾魔(ボマー)“について、何か知らないか?」

 

 その言葉に、ハカセは鋭い眼をさらに細める。

 それに対して、男はやや気楽すぎるように見える。

 

「おい、ゲン。俺らがそこまで教えなくてもいいだろう」

「ここは念のために聞いておくべきだよ。知っている奴は多いほど良い」

 

 周囲の男達は、その事を教えたくはなさそうだった。

 多分、プリンツのことを良く思っていないのだろう。

 彼らは仲間を集めている一方で、新プレイヤーを歓迎しない所もある。

 決して一枚岩ではないのだ。

 

「知っている。悪質なプレイヤー狩りの事であろう? それがどうしたのだ?」

 

 このゲームでは仕様(アイテム・呪文)により他プレイヤーからカードを奪うことが出来る。

 それとは別に、直接的な暴力を用いるプレイヤーが存在している。

 ここ数年、プレイヤーを爆殺する“爆弾魔”と呼ばれる者の噂が広まっているのだ。

 

「アンタが仮に、運営側の人間だとしたらだ。プレイヤー間の殺し合いへの対応について、聞いておこうかと思ってな」

「お前は最初の説明を聞いてないのか? そんなこと自明であろうよ」

 

 このゲームは、良くも悪くもルールを明文化しない事が多い。

 強盗殺人以外の入手手段が多く用意されている一方で、殺人によるペナルティは何ら確認されていない。

 そして未だ“爆弾魔”の脅威は絶えないでいる。

 

「下らん事で私を煩わせるな」

「ねえ。終わったし、早く行こうぜー?」

「そうだな」

 

 そうして二人は、変な眼で見られながらその場を去った。

 

 しばらく彼女たちは街を見ていたのだが。

 探索もそこそこに、都合良いぐらい見晴らしの良い場所に着いた。

 

「あれが噂に聞く“爆弾魔(ボマー)”ちゃんですか」

「何を言うのだ。突然に」

「-おや? たらればとはいえ、言ってみるものですねえ」

「くっそ。こいつを連れてきたのは失敗だったかもしれん」

 

 ハカセはそこそこに隠していたが、あの眼鏡の男が“爆弾魔”なのである。

 彼は集団の中に隠れながら、人知れず暗躍しているのだった。

 

「一応聞くが、どうしてそう思った? 当てずっぽうとは言え、とっかかりぐらいはあるのだろう」

「アレも貴女と同じ類の人間ですよ。匂いでわかりました」

 

 その言葉に、ハカセは露骨に首を傾げた。

 それを見て、プリンツも同じく首を傾げる。

 

「プリンツのそれは、今一信用ならんのだが」

「もう。信用してくださいよ」

「何でパリストンさんとゲンスルーを見抜けるのに、私の事を抱いたのだろうか? それが未だに不思議でならん」

「や、やー。その。男は女が絡むと馬鹿になるんですよ」

 

 そのことは流石に黒歴史だったのか、頬を赤らめた。

 そこに自らの非を認めていた。

 

「ともかく、アレは常習犯では? 手口は分かりませんが。恐らく他の場所でも、同様の事を繰り返しているのでしょう」

「あー。そこまでは知らんが。どうであろうなあ?」

 

 爆弾魔、ゲンスルーの“命の音(カウントダウン)”。

 “爆弾魔”と言いながら触れ、能力の説明をすることで設置する時限爆弾だ。

 条件こそ非常に厳しいが、設置されればまず死は免れない。

 まさに、明確に“確実に奪い取って殺す”ための能力である。

 

「そもそも、知った所でどうするのか。皆の前で、“爆弾魔捕まえた”とでも言うのか?」

「いえ? 私はここでの勝ちに興味がありません。他に優先するべきことがありますよね」

「ああ、確かに。“アレら“は、どうでも良い奴らだな」

 

 ハカセには、ゲンスルーの意向も良くわかる。

 わざわざこちらに爆弾魔のことを聞いたのは、ちょっとした余裕なのだ。

 あとは彼が常に“爆弾魔を語る役“を演じていた、というのもあるのだろう。

 あそこで語らなければ、不自然でもある。

 

「で、“君”はどう思う?」

 

 ハカセが振り向き、気をぶつけると。

 その方向の影から黒人の青年が現れた。

 彼はあの集団の中にいた一人だ。

 

「見事な“絶”だと言いたいところであるが。無法地帯とはいえ、女の後をつけるとは良い趣味であるな?」

「すまんな。だが、見当違いでもないらしい」

 

 お互い、無表情でにらみ合う。

 プリンツは相変わらずニコニコしている。

 

「ゲンスルーが”爆弾魔”というのは本当なのか?」

「答える必要がないだろう」

 

 関わりたくないからか、冷淡に切り捨てようとする。

 青年は口に手を当てた。

 

「で。仮に知った所でどうするのだ?」

「そこが問題だな。オレとしては当然、皆にバラしたい所であるのだが」

「ハハ。その気もない癖に、よく言う」

 

 ゲンスルーを退治したとして、彼らはどうするつもりなのだろうか。

 レイザーからアイテムを手に入れるのだろうか。

 ツェズゲラと戦って勝つのだろうか。

 そして、みんな“仲良く賞金を山分け”するのであろうか。

 

 何とも楽しそうな連中である。

 

「それとも、君が代わりに遊んでくれるんだ?」

 

 そこから、ハカセの中から悪意が噴き出す。

 青年はそれに動じなかったが、その代わりに静かに首を振った。

 

「わかった。わかった。だが、俺は抜けさせてもらうよ」

「であろうな」

 

 ゲンスルーも、一人ぐらいは見逃すだろう。

 彼一人が抜けると、怪しむ者もいるかもしれないが。

 それで逃げるならそれで良い。

 

「私が言うのも何だが。君も好きなようにこのゲームを楽しむといい」

「ああ。そうさせてもらおう」

 

 そうして青年は元居た集団へと向かおうとする。

 その前に、プリンツが待ったをかけた。

 

「これ、どうぞ。お近づきの印です」

「ん? あ、ああ」

 

 そこで連絡先が書かれた紙を手渡した。

 G・I専用の連絡手段はあるとはいえ。

 若干拍子抜けしたようで、青年は静かに去って行った。

 

「意外ですね。ハカセのそういう所を理解したつもりでいましたが。初めて見ましたよ」

 

 暫くしてプリンツがこぼす。

 ハカセはずっと渋い顔のままだ。

 

「随分と久しぶりに、死にたくなったな」

「ですか」

 

 ハカセの態度は、明確に爆弾魔側を助長するものだった。

 はっきり言って公平性には欠ける。

 暫く、沈黙が流れた。

 

 

 とはいえゲームは続くのである。

 

「ねえ、プリンツ。何で私、怒られているのかな」

「自業自得でしょう」

「死合い中によそ見とはいい度胸だわさ!」

「おっと。これは失礼である」

 

 ここは街外れの岩場。

 美少女の身体から放たれた完璧なハイキックを、ハカセは身体を逸らして避けた。

 その後も少女がラッシュを仕掛けるが、どれも“軽い“が故にダメージとならない。

 

「アイツ、あんなに強かったのかよ」

「すごいや!」

(君らも大概な成長スピードですけどね。見た感じですが、もう”ハカセ“は追い抜いているのでは?)

 

 その様子を、ゴンとキルアの子供二人。

 そこから少し離れた所で、プリンツが見守っている。

 

「流石は心源流の達人、御見事である。しかし如何せん(パワー)不足なのだな。私を倒すには、その真の御姿を解放せねばならんのだよ。勿論、愛弟子の前でな」

「そんなみっともないこと、出来る訳ないでしょーが!」

「それは残念ですの。記念に一発打ってもらいたかったのに」

「何でアンタが知ってんのさ!」

 

 この美少女は二つ星の宝石ハンター、ビスケット・クルーガー。

 御年57歳である。

 ハカセとの関係は、一方的にハカセが知る程度であったのだが。

 二人は訳あって、拳での語り合いをしている。

 

「ホント! 何であんな、もったいないことしてんのよ!」

「勿体無い? ああ、プリンツのことですかね。確かに惜しいことをしたものです」

「良いエメラルドの原石、中々見ないのに! 何あの偽物ですと言わんばかりの加工! あたしにしなさいよ!」

「すいません。本物の女性には、理念によりしないことに決めてるんです」

「なんですってえ!」

 

 擬態するものは擬態するものを知るという。

 肉体をいじる者同士、何か惹かれるものがあるのであろう。

 ビスケに事情を話すと喧嘩を売ってきたので、ハカセはこれに快諾したのであった。

 因みに、プリンツはビスケの事を見抜けていなかったらしい。

 

「とはいえ、それは痛い程に分かるからですよ。女の子は皆、デステニー・プリンセスに憧れるものなのですから」

「な。案外、アンタもいいこと言うだわね」

「私もプリンツと付き合った時は、理想の王子様に出会ったと錯覚したものです。とはいえ、よそ見はいけませんよ」

 

 隙ありとばかりに、ハカセが相手の首をつかむ。

 首を絞められては困る故に念をそこへ集中させるが、当然他に力が入らない訳で。

 そのまま持ち上げて、後ろへと放り投げる。

 

「宗鳳流修験道空手奥義、ウルトラバックドロップ!」

「それのどこが空手だってキャアアアア!」

 

 こうして別にダメージを与えたわけではないが、ひとまず勝負はついた。

 いっちばーん、とハカセは誇らしげであるその一方で、ビスケはぐぎぎと悔しそうだ。

 別にお互い、勝った負けたとは思っていないが。

 

「では約束通り、見学させて頂きますよ」

「はいはい、いいわよ。見学料は頂くけど」

「おお。それはありがたい」

 

 

 

 こんなやり取りがあったが。

 ハカセとプリンツは、子供二人の修行風景を見学している。

 

「うーむ。実に良い。こうして未来の世界樹は育っているのだな。感心!」

 

 流石に二つ星ハンターだけあって、ビスケは指導慣れしている。

 常人にはとても耐えられない、地味なスパルタ修行であるが。

 才ある二人にはピッタリであろう。

 観察眼さえあれば、見ているだけでも学ぶことは多い。

 

「子供。好きなのですか?」

「それはどっちの意味だ?」

「どっちでも、ですね」

 

 強い人が好きだと公言するハカセである。

 手を出さないとは分かっているが、その理由は何なのだろう。

 

「若い子に手を出す趣味はないよ。将来を期待させる、その姿が尊いのさ」

「なるほど」

 

 愛しいだけで、欲してはいないのだろう。

 イエスショタ、ノータッチである。

 

「出来れば、彼らには幸福になって欲しい所であるのだが。流石に、それは高望みか」

「彼らに苦難が待ち受けていると?」

「間違いなく、な。言い方は嫌だが、その方が“面白い”のであろうよ。ほんと、“見たい”という気持ちも考え物だよ」

 

 ハカセが知る限りでは、彼らはやがて日常に戻るようだが。

 それでも物語は残酷である。

 その後も彼らに四苦八苦が与えられることを、想像であるが確信していた。

 

「私の子供、は。そうだな。子供は欲しいが、私の遺伝子は残したくない」

「相変わらず矛盾してますねえ」

「じゃないと、こんな能力作らんよ。遺伝子操作を行うのに、自分の遺伝子に自信を持てないのだから。未だ出力不足なのも仕方ない話さ」

 

 彼女の能力は“悪”である。

 遺伝子を操作・選別するということは、遺伝子の可能性を否定している。

 その主たる例が優生学である。

 ここで詳しくは触れないが、その思想は現代においてタブーとされるものだ。

 

「だが私に受け継がれた怨念を、ここで断ち切らねばならん。かつて私の親は善意をもって私を育てた。故に、私は子供に悪意を授けようさ」

 

 彼女は常に、自分の遺伝子を否定し続ける。

 環境に適応するため、時代に合った遺伝子を選ぶのだ。

 当然、ちっとも良いことだとは思っていない。

 しかし、それが彼女の求めた姿であるのだ。

 

「そもそもですけど。ナツキちゃんもそうだと思いますけど。男を捨てるというのは、勇気ある選択ですよね」

「真に。確かに男に比べて女のリスクはあまりにも高い」

 

 男女に優劣はないが、重さの違いはどうしようもない。

 例を挙げると、女性の妊娠の持つリスクは男性より遥かに高い。

 妊娠による免疫低下や出産による危機は、古来より続く女性の問題なのだ。

 

「とはいえ、誰もが選ばれるのではないのだよ。子孫を残せる男の数は、昔に40%を切ってるのだから」

「今は違うのでは?」

「今も似たようなものであろう。とはいえ、社会形態によって大きくされるものであるか」

「さようで」

 

 性的に見れば、男は女性より“軽い“。

 男性社会は上下関係に厳しく、常に女性を求めて争うのが基本の形である。

 一応これはある程度、社会によって抑制されるものであるし。

 ハカセも言っていたように、それが“全て”ではないのだが。

 

「そういえばG・Iのアイテムには、性別を変える“ホルモンクッキー”なるものがあるが。興味はないか? 勿論、制限時間があるものだが」

 

 知るものは少ないが、G・Iの世界はゲームであるが現実にある。

 アイテムは現実世界に持ち込めないが、この場で使うのであれば融通は効く。

 ちょっとアレコレするぐらいなら、問題はなかろう。

 

「そうですかー。あまり興味はないですね」

「何故だ?」

「私が男に戻っても、失ったものが返ってくるわけではないですからね」

「そう。だな」

 

 プリンツも“美少女転換(プリンセス・テンコー)”を受けた人間とはいえ、本人が望んだことではない。

 それは二人が望まぬ事故であったのだ。

 その結果、彼女は自分の地位を失ってしまったのだ。

 

「今でも。プリンツから人が離れていって、残ったのが私だけというのは。あまりに悲しい話だ」

「ははは。まあそれは、私の人望がそれまでだったという事では?」

「そうは思いたくないなあ」

 

 彼はかつて、貴族の末梢であった。

 それが事故によって、彼は追放されることになったのだ。

 彼女は昔の栄光を今でも欲している。

 

「なあ、プリンツ。戦うのはもう止めにしないか? ビスケさんを見れば分かるだろうが。本来、女の身で戦うのは勧められたことではないのだぞ」

 

 寛容的なハカセでも、プリンツのその点だけは許容できなかった。

 彼女は自分と違い、どんな場所でも生きていける強かさがあるのだ。

 

「幸い私の能力で肉体のピークは伸ばせるのだ。だからさ、ハンターなんて辞めて、私と情報とかで食っていこうよ。私の知識とプリンツがいるなら絶対出来るって。貴族なんかやるより、そっちが社会貢献できるって」

 

 もっと安全で、社会的な賞賛を浴びる場所が幾らでもあるはずなのだ。

 彼女に実りが少なく過酷な道を選んで欲しくはないのだ。

 

「それからさ。今も私はプリンツのことが好きなんだ。だから、その。今も私の身体は好きにしていいから、さ?」

「ありがとうございます。でも、ごめんなさい」

 

 必死なハカセの懇願を。

 プリンツは苦笑して撥ねつけた。

 

「どうしてだ?」

「やはり、今が楽しいからですよ」

 

 プリンツも最終的には、過去を目指す人間である。

 しかし、それとは別に今に生きる人間でもあるのだ。

 その自覚は持っている。

 

「男から女になって、辛いことが一杯ですが。それでも、楽しくやっていけています。ハカセは先ほど、このゲームを楽しめと言ったではないですか」

「それは、そうだが」

「この世界は私たちが楽しむためにあるのです。それはこの世界の真理ですよ。だから、精一杯楽しまなきゃダメですよ?」

 

 微笑みながら、話を続ける。

 

「女の子は楽しまなければなりません。ハカセは可愛いことを否定しがちですが、私はそう思いません。やはり可愛いは正義ですよ」

「それは、違うだろう」

「私は貴女がいてくれて、良かったと思いますよ」

「やめて、やめてくれ。私はそういう人間じゃないんだ」

 

 ハカセは必死に首を振って、頭をかきむしる。

 

「そんな。何も成せずに死んだらどうするのだ。今のままでは己の証明が、何も残らないのだぞ?」

「死んだら、ですか」

 

 それは決まっていることである。

 自身も死ぬような目にもあってきたし、だからこそどうするかも決めている。

 

「その時は笑って誤魔化しますよ。人生って、そういうものではないですか?」

「私は。笑えないのにか?」

 

 それはあまりに空しくないのだろうか。

 自分ではどうしても、分かり合えないのだろうか。

 

「ふふ。ハカセ、ハカセ。とはいえ貴女の言ってる事も、確かに賢者の言葉ではあるのですよ?」

 

 完全に同意はしていませんが貴女の言うことも分かるのです、とプリンツは返す。

 その辺りは自身もわきまえているつもりなのだから。

 

「ほら、こう言っていたではありませんか。“誰かが悪い事をしたいから、世の中が悪くなるのではなく―”」

 

 人は自分を特別なものと思いたがる。

 自分こそがこの世の支配者であり、世界の中心であるのだと。

 皆がそう思うがゆえに、それを実際に為せる者はとても少ない。

 

“この世界には醜い人間で溢れかえっていて、そんな私たちに価値なんて無いのだから。これも中々、真実であると思いますよ?」

 

 英雄志願は世の中に多かれど、その大半の多くは失敗して潰える。

 その事に対して、世界に自分たちが期待しているような意味はないのだ。

 

 そして、自分もそうなのだろう、と。

 

 ハカセは暫く大きく身震いをしていて。

 大きく静かに頷いていたが。

 その内、その場から一瞬にして消えてしまった。

 

「あらら。行ってしまいましたか。駄目ですねえ」

 

 それを見て、プリンツはクスクスと笑っていた。

 

「そういえば、このゲームって。どうやって脱出するのでしょうか?」

 

 そうして少し困ったように、子供たちを見つめ直すのであった。




色々真似しながら描いたイラスト。
{IMG42564}
色んな元ネタを混ぜたことから生まれた、コイツは何かやらかしてくれそう感は本当好き。


名前:プリンツ・オイゲン
身長:165cm
体重:46kg
3サイズ:B90/W55/H86
属性:秩序・中庸
好きなゲーム:平安京エイリアン
好きな音楽:Das Engellandlied
特技:声真似、人付き合い
苦手な物:アイスティー
天敵:ルナール
能力:自家発電(クラフトワーク)電子麻薬(フィーバー)

解説:主人公の弟子一号。ライヒ出身の元貴族。ルナールの所為で失ったものを取り戻すため、彼女は戦いに身を投じる。
性格は静かで快活、そして自他共に公平で厳格。ただ割と自分勝手ではあり、手癖も悪い。基本的に敵は作るが味方はそれ以上に優秀である。
ライヒは共和制を採択して久しいが、貴族文化の強さから現代でも帝国の名で親しまれいる。ヨルビアンの典型的な階級社会であり、大量の移民に悩まされてもいる国の一つ。

主人公を原作に関わらせるためのキャラ。だったのだが…。

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