何が良かったのでしょうね?
「合格者は87名か。ま、こんなものだな」
日没が過ぎ、試験官であるアンダインが一人で呟いた。
一次試験が無事に終了し、合格者は船へと乗せられ、不合格者はそのまま現地解散となる。
暴行と海難による死者と行方不明者がそれなりに出ているが、気にする者は誰もいない。
手慣れたもので、ハンター協会の事務員たちがテキパキと対処に当たっている。
協会の一部では毎回の試験における賭け事で、合格者と同時に何人の死者が出るかが予想されているぐらいである。
彼らにとって、死は割と身近な日常であるのだ。
引き際を見極められない奴は死ぬ。
ただそれだけのことであり、ハンターとはそういう生き方である。
「今年は不作だな」
見たところ試験参加者のごく一部だけが、何回かの内にハンター試験を受ければ受かるような人間である。
彼らは運が良ければ、そのまま合格するだろう。
それ以外は有象無象である。
その内、自然と諦めるか勝手にくたばるであろう。
ルーキーに元気がないのが気にかかるところだ。
これはハンター会長によると、最近のハンター試験のトレンドでもあるそうだが。
ハンターとしては“強ければ良い“という風潮があるので、有望なルーキーはそれだけで望む所である。
その中で注目すべきは66番、“奇術師”ヒソカ。
念能力者であり、腕っぷしは試験官にすら負けないであろう。
ただ、性格はあまり褒められたものでないようだが。
そして109番、狐のルナール。
こちらも念能力者であり、66番とつるんでいることから彼女も同類だと思われる。
どちらもハンターとして活動を認めてやってもいいのだが。
彼らでも今年は受からないかもしれない。
同僚の顔を思い浮かべると、アンダインは小さくため息をついた。
「私の能力。
念能力。
それはこの世界の誰もが身体に秘めているエネルギーであり、つまりのところオーラである。
念能力の基本は4つの技術。
オーラを纏う、“纏”。
オーラを絶つ、“絶“。
オーラを練る、“練”。
そして念の集大成であり、“固有能力”となる“発”である。
「へえ♣ でも、それをボクに教える理由が分からないのだケド♦」
「私の能力はその誓約の関係上、人に知られるほど能力の効果が増すみたいだから」
他世界のオーラと比較すると、念能力は論理で構成されているのが特徴である。
つまり、ドラゴンボールなどの“気”などと比較して、出来る事と出来ない事がかなりハッキリしているのである。
気ではかめはめ波などの遠隔攻撃はポピュラーだが、念能力はそうもいかない。
「それに、戦闘時には間違いなく“使えない”能力だ。まあ、ヒソカには良いかな。他の人に聞こえたら不味いな。少し、ここから離れよう」
念能力の発は固有能力であり、その人特有のものである。
その人の発が知られれば、戦闘時に不利になることは否めない。
とはいえ、当人は戦闘向けでないことを理由に、ためらいながらも話していた。
「ヒソカは、ゲームをしたことはあるか? テレビゲームでもいいが、TRPGだとなおいい」
「どっちもあるよ♠」
「じゃあ、キャラクターメイキングって言うと分かるか? それを現実の生身の人間で行う、それが私の能力だ」
キャラクターメイキング、あるいはキャラメイク。
広くはゲームを問わず、自身の分身たるアバターを作り出す行為である。
ゲームの中でも、この行為が一番楽しいという人も多い。
アダルトゲームに限れば、これだけを行うようなゲームも存在するほどだ。
そしてまさに、それがルナールの能力なのである。
「具現化するのはコンパクトディスク。これをパソコンにセットすることで、ゲームプログラムは起動できる。プログラムは私が一から手書きしてコンパイルしたゲームプログラムだ」
ルナールの右手にオーラが集い、その人差し指に一枚の円盤が握られる。
発におけるオーラの物質化、具現化系の技である。
「ゲームプログラムは、人間のパラメーター。つまりは身長等を聞いてくる。値を入力することで、実際に対象の人間を“操作”する。身長170㎝と入力すれば、その人の実際の身長が変化する」
発の特性は全部で6系統に分類される。
また生まれつき人はいずれかの系統に属していて、それぞれ得意・不得意がある。
系統は正六角形を描き、それぞれの頂点に位置している。
念能力者の一派“心源流”によると、系統は時計の12時の方向から時計回りに振り分けられる。
12時に位置するは、人や物を強化する“強化系”。
2時に位置するは、オーラの性質を変化させる“変化系”。
4時に位置するは、オーラの物質化を行う“具現化系”。
6時に位置するは、他の系統のいずれにも属さない“特質系”。
8時に位置するは、人や物を操作する“操作系”。
10時に位置するは、オーラを身体から放す“放出系”。
「操作項目はいくつもあるけど。大きく三つに分けて“身体”、“性格”、そして“資質”だ」
「へえ♥」
「ここで特筆すべきは性格と資質についてだろうな」
ルナールの能力は、人間の操作を念で接続したパソコンを通じて行う。
特殊なゲームプログラムを具現化し、情報を念のオーラを通じて伝達し、人間を操作する。
つまり、具現化系と変化系、そして操作系の複合能力である。
「性格についてだが、元の人間とかけ離れた人間にすることは不可能だ。あくまでも“それっぽく”なるだけで、元の性格を色濃く反映する」
系統の扱いと習得は、自分に近しいほど得意であり遠ざかるほど苦手になる。
具現化系能力者であるルナールにとって変化系はともかく、操作系の習得率は今一つである。
「不慣れな操作系であることも影響はしているのか。肉体操作は簡単だったが、精神操作は私の能力ではどうも難しいようだ」
自分の不慣れな系統を扱うメリットが無い訳ではないのだが。
単に自分の姿を変えるだけなら、操作系能力者を探して頼みこむ方が効率は良い。
その方が時間とメモリの節約になる。
勿論、金はふっかけられるであろうが、それで済むなら安いものだろう。
方法については、ルナールも模索しなかったわけではなかったが。
彼女は結局、それを自分の手で成し遂げたがっていた。
とはいえ、具現化系能力者としての利点はそれなりにある。
具現化系で物質化した念は“特殊能力”が付きやすいという利点があるのだ。
「資質については、あまりこういう言葉は好きではないのだが。私の能力では、“才能”を引き出すことができる」
資質とは天性のものであり、普通はどうしても変えることのできないものである。
そして、基本的に具現化系は戦闘にこそ向かないが。
しかし、特質系に匹敵するほどの独自性を持つ能力である。
そしてそれはルナールの能力、“
「とはいえ、ゼロから生み出している訳ではない。その人間の眠っている本能だとか、潜在能力を引き出しているだけだ」
ルナールが考えるに、資質とは念と同様に誰もが何かしらのものを持っている。
ただ、殆どの人間はその資質が眠ったままになっている。
その理由は単純で、日常という環境では資質を発揮する必要がないからだ。
高度に文明化された現代社会では、才能というものがなくても生きられるようになっている。
そもそも念能力も無いなら無いで、普通に生きていけるだろう。
念能力は確かに強力ではあるが、どの分野でも必須という訳ではない。
例えば、政治家なら政治活動に時間を費やす方が重要であろう。
念能力者といえど彼らは極少数派にすぎず、皆が皆念を学べる訳ではないのだから。
ルナールの能力は個人の才を揺さぶり、特別な環境に適応するものなのだ。
「ここら辺はTRPGとかで見られる、ステータス・ポイント制だ。個人によってポイントの上限は決まっているし。既に十分割り振られていることもある。今の私は持てる全てのポイントを戦闘向けに振り直し、戦闘に特化している状態だ」
多分ヒソカなんかは私の能力を使わなくとも、既に十分な才を割り振っているだろうね。
そうルナールは付け加えた。
「嬉しいなあ♥ ボクのために自分から実ってくれるなんて♠ やっぱりキミは面白いよ♣」
ヒソカの言葉に、ルナールの堅い表情が崩れる。
流石に思う事があるのか、少し嫌そうである。
「べつにヒソカのために作ったのではないからな。そこの所、勘違いするな」
褒められたり認められるのは嬉しい。
だが結局、能力を作ったのは他ならぬ自分のためなのだ。
わざわざ他人のために能力を作るような熱意はルナールにない。
「というかだな。いくら戦闘向けにポイントを割り振ったって、ヒソカに目を付けられるとは思っていなかったのだが」
繰り返すが、具現化系は戦闘に向いていない系統とされる。
これは系統の論理以上に、本人の性格によるものが大きいとルナールは考える。
ヒソカの性格診断によると、具現化系は神経質。
全ての具現化系がそうであるとは限らないが、いささかデリケートな性格だ。
特に、ヒソカのような奇策や搦め手を得意とする相手との戦闘は悪夢だろう。
細かい所を気にしすぎて動けなくなり、相手にハメられるのがオチだ。
「でも、自らの
「そこは否定しない。この能力を具現化したのはいいが。操作系の所為で大分、メモリを食ってしまった」
発とて無限に作れる訳ではない。
能力は一人につき多くても二つか三つ程度であり、おまけに一度でも覚えると忘れられない。
特に、難しく高度な能力ほど多くの
「今の私では、軽く制約と誓約を付けざるを得なかったのも痛い所だ。能力を作ったことに後悔はないが、これが後にどう響くかは分からん。ひょっとすると、もっとじっくり育てる必要があったのかもしれんが。ここの所は能力を作ったおかげで、念の習得が早まったりもしたのだ。一長一短だろうな」
念能力の熟練には、大いに時間を消費する。
そこで、制約と誓約である。
能力にルールを設けることで、自分の能力を向上させることができる。
ただし、一概に制約と誓約があればあるほど強い、という訳ではない。
「制約としては、身体のデザインは美少女に限る。という制約がある」
ルナールの能力はその名の通り、使っても美少女にしかなれない。
しかも期間限定とかではなく、不可逆で元に戻せないものだ。
「へえ。やっぱりキミってそういう人間なんだ♣」
こんな能力を作るのだから、ある程度の人間性が見えてくる。
ポイントは、能力に絡めるほどパソコンとゲームが好きであること。
そして、“女性“ではなく”美少女“と表現していることである。
まあ、その。
つまり、元はそういう人間なのだろう。
「わ、私をそんな目で見ないでくれないか?」
「いや、だって、ねえ♥」
なんで変なやつに変なやつって見られないといけないのだろう?
ルナールは口には出さなかったが、そう感じ得ない。
勿論、自身の変態性を自覚はしているが。
それを自分以上にオープンな変態に指摘されると、何か釈然としないのである。
「も、もう一つは、プログラムの動作に結構なスペックのパソコンを要求することだ。ゲーム用ノートPCでも発売されれば、移動中でも使えるかもしれんが。まだ当分は市販されないだろう。自室などでの使用が前提になる」
これがルナールの言う、戦闘時に“使えない”という部分に当たる。
元々念能力は本人のメンタルに影響を受けるのだが、この能力は十分に落ち着いた環境がないと発動できないのである。
そもそも、操作系での身体操作は身体の負担が大きい。
ましてや、具現化系能力者の操作である。
実戦での投入はほぼ不可能といって良いだろう。
「誓約としては、自分以外の人に使う場合、自分の能力の説明をする必要があるのと、相手の同意を得なければならないことだ」
そういって、ルナールは左手を挙げる。
ちなみに能力を他人に使う場合、その人を左手で触っている必要がある。
これは制約や誓約とは別に、念をケーブル代わりに見立てているが故である。
「守れなければ、死ぬ」
「随分と重いね♠」
「ここの辺りはひどく迷ったのだが。私の場合、軽々しく相手に使いたくない。そもそも他の誰かに使う、という能力にする気は最初になかったのだが。その、な」
始めは、自分自身だけを操作する能力にするつもりだった。
しかし、それだけでは出力不足になる予感がしていた。
「こういうのは、誰かと共有した方が楽しいだろうなー。と思ったら、こうなったのだ」
ルナール自身、能力を他人に使うということは、それだけでリスクのある行為であると認識している。
能力が知られればその分、身を狙う物が出てくるからだ。
そうして危険を冒すことで、それが能力の向上につながっていた。
「思ったんだけど♦ キミの身体って本当に最適化されている? どうみても、その胸とかお尻の辺りって無駄じゃないかな?」
唐突に、ヒソカは思っていたことを指摘する。
ルナールの体格がすらっとしているのはまだいい。
だが、どうしても戦闘の邪魔になりそうなものが多めについているのだが。
そう指摘すると、ルナールの身体がふるえだした。
「こ、これはバッドステータスだ。バッドステータスをつけると。その分、ポイントが増える」
ルナールは嘘を言っていない。
事実、悪い性質はそれだけ資質を向上させるし、身体の値や性格も資質に関連している。
例えば、身体に筋肉をつければその分戦闘にも強くなるが、同時に資質も強化されていく。
また、運動に無駄な胸とかをつければ、その分資質に余裕ができる。
いろいろ細かい部分は割合するが、根本的に美少女要素が優遇されるシステムになっている。
「ボクもマンガとかアニメを見ることはあるから分かるけどさ♦ キミのその姿は正直どうかと思うよ♠」
「わ、わかってて作ったんだよぉ。ほっといてくれ」
羞恥のあまり、ルナールはふさぎ込んだ。
良い反応だ♥
面白い玩具を見つけたと、ヒソカは微笑んだ。
遊び甲斐があり、能力は正に金の成る木。
それに、本人にもまだ伸び代があると見える。
“ポイント”を上手く活用できたならば、その刃は自分にさえ届き得るかもしれない。
まあ結局の所、勝つのは自分であるが。
しかし、羞恥、か。
念能力は、感情によって左右されるものである。
つまりの所スポーツ選手と一緒で、心理状態が成果に直結するのである。
落ち着いた状態で行えば100%を発揮できるし、取り乱せばそれだけ精度は落ちてくる。
そして念の100%以上を引き出すのが感情である。
喜びや情熱。
あるいは怒りや恐怖、そして怨念。
特に怨念は、“死後に強まる念“として念能力者の間でも有名である。
とはいえ羞恥の心、所謂“恥”が念能力に影響するのはヒソカにとっても驚きだ。
ルナールの能力は、恥をリスクとしている。
自分から恥ずかしい行動をとっているのは、今一つ理解はできないし。
それが力に結びついているのが不思議だが。
そういうものだとしか説明はできない。
念能力は奥が深い。