美少女てんこー   作:倉木学人

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一部、アニメ版の設定を使ってます。


EX.3 スシと釣竿

 第287期ハンター試験は一次試験であった”マラソン”を終え、現在二次試験の真っ最中である。

 二次試験を通過するには二人のグルメハンターからの試練を受け、合格を貰わなければならない。

 第一関門の“豚の丸焼き”を終えた受験者たちは、第二関門である“スシ”に取り掛かっている。

 

「よし、出来たぜ! 名付けてレオリオスペシャル! さぁ、食ってくれ!」

「―食えるかあ!」

 

 生の魚を混ぜ合わせたゴハンを丸めただけの“ナニカ”が宙を舞う。

 

 この世界の“スシ“は、小国の島国における民族料理である。

 ハンターの中では知識を知る者だけでもごく少数で、実物を知る者となるとジャポン出身者ぐらいだ。

 とある受験者の失言により、魚を使った料理であることが知れ渡ってしまったが。

 それでも今の所合格者は出ていない。

 そこからどうにかして合格をもぎ取らなければいけないのだが、さて。

 

 不合格者が続出する中、ジャポン出身であるナツキ・アケボノが“スシの形をしたもの”を提出した。

 

「ほー、こーいうのでいいのよ、これで。にしても海老のスシ? また難しいのを選んだわね?」

 

 それを見て、試験官であるメンチは満足そうに頷いた。

 箸でスシをつまみ、醤油をつけて一口。

 

「へえ、やるじゃない。茹で方は完璧に近いわね。でも握りは落第点って所かしら?」

 

 その様子をアケボノと、もう一人の試験官であるブハラが心配そうに見つめる。

 メンチは試験官でなく一人の料理人として来ていると公言しており、その目に適うかどうかは非常に怪しいものがあるのだ。

 スシはシンプルそうに見えるが、非常に繊細で難しい料理だ。

 試験官の裁量次第では、一人の合格者もでないことも有り得る。

 

「うーん、ちょっとは料理の心得というものを知っているみたいだけど。ジャポンのチェーン店やスーパーで売っているスシじゃないのだから、もっと丁寧に作りなさいよ。あんたのはシャリがきっちり隙間なく押し固まっていて、舌触りが悪いの。本物のスシってのは、ゴハンの中に適度に空気を含んでいて、舌の中でとろけるものなのよ。こんなのじゃ、しっかりとした店に出せないわ」

「うぅ。ごめんなさい」

 

 一流の美食家らしく、うんちくを垂れるメンチ。

 彼女の口を満足させる料理は、それこそ当人の狩りの対象である。

 

 ナツキは以前ハカセに“高い店“へ連れてもらった故に、本物のスシの味を知ってはいるのだが。

 だがそれでも、所詮知っているだけである。

 味を知っているだけでは、本物の味を作れはしない。

 

「でも。ま、いいわ。418番、合格にしてあげる」

「やった!」

 

 とはいえ、それを“一般的なハンター志望”の人間に要求するのは酷であろう。

 一応はアケボノの料理も、一般的な料理の基準としては悪くない味であったのだ。

 今の所、比較的冷静な思考を保っているメンチはアケボノに対して合格を出した。

 

(まったく。ハカセったら、私をすぐ過小評価しようとするのだから。ハンター試験なんて、案外楽勝じゃない!)

 

 一応恩人ではあるのだが、人間的にはあんまり尊敬出来ない。

 そんな自分たちの師匠の顔を、アケボノは思い浮かべた。

 

『アケボノ、今回ばかりは流石に止めるぞ』

 

 事は、修行仲間であるプリンツがハンター試験を受けようとしたことから始まる。

 アケボノがそれを察知して便乗し、それをハカセが知った形である。

 その時ハカセは呆れたような、達観した表情を浮かべていたのが印象深い。

 

『アケボノも念に関しては一人前を名乗っても良いだろうが。それでもまだ早い』

 

 既にプリンツとアケボノは念の基本技をマスターし、応用技に取り掛かっている。

 念使いとしては、初級者の域を脱したところだ。

 足りていない部分があるとすれば、それは念能力者としての人間性と言った所であろうか。

 

『ハンターはこの世で最も金になる、名誉ある仕事なのは間違いないだろう。とはいえそれは、ハンターが希少であると同時に世の中に多大な貢献をする仕事だからだ』

 

 プロのハンターは社会的な特権が認められる、非常に尊敬されるべき職業だ。

 ハンターの全てがそういう人間という訳ではないが、それでも許容されるぐらいには認められている。

 そして当然と言うべきか、プロハンターの門は非常に狭き門である。

 

『一流のハンターは、一流の念能力者であるが。その逆は成り立たない。不思議なことだがね』

 

 念能力者であれば、ハンターになるのはそう難しくは無い。

 とはいえ、全員がそういった人間の全てを歓迎する訳でもない。

 ハンター協会としても、試験を突破する“非念能力者で有能な人間”を応援することであろう。

 念は秘匿されるべきものであり、念能力者の全てが有能ではない以上、有能な人間が念能力者になることが彼らにとっては望ましいのだ。

 

『腕っぷし、ではないのよね。まさか、それって天才だけが持っているものじゃないでしょうね?』

『実のところは、そうでもないかもね。ハンターの全てが天才である必要はない。自然とハンター試験に合格するようであれば、その資格はあるだろうが。巷で売ってる攻略本にも載っているものかね』

 

 ハカセの言っていることも、理屈としては分かるのだ。

 確かにハンターになるためのハウツー本なんぞ、世間で有り触れている。

 とはいえ世間における自己啓発本がそうであるように、正しい情報が書いてあるとも限らない。

 そうした情報の中から正しい情報を見分けるのも、ハンターに必要なことであるとはアケボノにも想像つく。

 

『馬鹿にしないで。そのぐらい知っているわよ』

『本当かねぇ?』

 

 胡散臭い物でも見るような眼だ。

 その視線と言い方はとても腹立たしい。

 

『そういったことも含めて、アケボノが受験するのであれば。せめて、もう一年は待った方が良いだろうな。去年を見た私の予想だが、今年は特に荒れるぞ?』

 

 ハンター試験といえど、全てが完璧である必要はどこにもない。

 一般的な試験と同様に、全体の6割程度の成績があればそれで受かるであろう。

 とはいえ年度によって、難易度に“波“があるのは仕方ないことである。

 その年の難易度が高ければ見切りをつけ、難易度が低い年を狙うのも賢いやり方とは言える。

 

『まあ、多分言っても止まらないのだろうが。どうしてもというなら、プリンツと離れて行動するのをお勧めするよ。その方が自分の実力を正確に測れるだろうからな』

 

 アケボノは顔を露骨にしかめる。

 プリンツはアケボノから見ても優秀で、恐らくハンター試験にも合格するであろう人間だからだ。

 それ故、彼女に頼ろうとした気持ちが無い訳でもない。

 流石に自力で合格できるかは怪しいところもあり、痛い所を突かれた感触がぬぐえない。

 

『プリンツと共に行動すれば、道中は楽にはなるだろうが。それで死んでも責任は取らないぞ? 正直、今回はプリンツでも生きて帰れるか分からない』

 

 実の所、ハカセは“物真似に類する行為“の価値を認めている。

 別にハンター試験はカンニング行為を禁止している訳でもないのだし。

 そもそも他人の行いから学習できるのは有能の証である。

 ただ今回は、本人のためにはならなさそうなので止めているだけで。

 

『というかだな。正直、一緒にプリンツを止めて欲しいのだが。今年は特に危険だろうから、参加して欲しくないのだけどなあ』

 

 プリンツでも危険、というとアケボノは無視できない。

 誰だって間違いはあるとはいえ。

 今回の試験に何があるのだろうと気になった。

 

『アンタは何を知っているというのよ』

『今年の試験には、去年不合格になった殺人狂がいるだろうからね。天空闘技場の闘士、“休みがちの死神”、ヒソカさ』

 

 あの伸縮自在の愛(バンジーガム)の使い手。

 彼が真に危険なのは戦闘狂にして殺人癖のある人間だからだ。

 

『ハンターとは、何かを狩る者であるのだ。命を賭してまで欲するものがないのであれば、目指さないのが賢明だぞ』

 

 ハンターになるのは厳しい。

 そしてハンターを続けるのはもっと厳しい。

 ハンターになっても活動をしない人間がいても何ら不思議でもない。

 ハンターはなるだけでも異常に厳しいが、それだけでもリスクとリターンがある職業なのだから。

 

『アケボノには、“それ“があるのか?』

 

 

 アケボノは無理やり回想を打ち切った。

 

 全く腹立たしい事この上ない。

 特に、殆ど反論できない所が腹立たしい。

 人は正論にこそ、最も傷つけられるものなのだから。

 

「ナツキちゃん。二次試験に合格したのですね。凄いです」

「まあね! 料理は得意だもの!」

 

 プリンツがこちらに寄って、こちらを褒めてくる。

 それに無い胸を張って、アケボノは照れ笑いをする。

 ハカセもこれぐらいの気遣いができたらいいのに。

 なぜあの野郎は気遣いというものができないのだろうか。

 

「それなら、私の作ったスシを見て欲しいのですが」

「ふーん? どれどれ?」

 

 アケボノが料理の蓋を開ける。

 そこにはフレンチと見まがう物が広がっていた。

 盛り付けの小洒落た感じが、当人の教養を感じさせるのがニクイ所である。

 

「川に(マス)が居たので、ブルゴーニュ風にしてみたのですけど」

 

 “へー、アンタも料理が出来たのね”だとか、色々言いたいことはあったのだが。

 それなら、流石にこれは違うのだと思わないのだろうか。

 とても“スシ”には見えない料理を前に、アケボノは思わず頭に手をやった。

 

「アンタ、スシを知らないの? 私の故郷なら、知らない人はいないぐらい有名なのに?」

帝国(ライヒ)は米食でないですし。島国の民族料理なんて、貴族の道楽でも知りませんよぅ」

 

 これでも、プリンツは精一杯考えたのだ。

 パエリアのような料理だろうか、とも最後まで迷った。

 当人も知識をフルに使って、それっぽく工夫したつもりであったが。

 それでも全く未知の料理には辿り着けなかったようだ。

 

「仕方ないわね。私が作り方を教えるわよ」

 

 と、二人がそうしている間にも料理審査は続く。

 

 そんな中、銀髪が特徴の少年キルアはドヤ顔で料理を提出する。

 

「小エビのカクテル。マスのマリネの辛子ソース和えとライス。スシのブルゴーニュ風」

 

 それを見たメンチの顔に、青筋が立った。

 

「気色悪いわあ!」

 

 彼女は再び、料理を上へと放り投げてしまった。

 食べ物の部分が宙に高く舞い、それをメンチの後ろに居たブハラが口でパクリと頂いた。

 

「次よ次!」

「ちえっ」

 

 試験官の周囲に居た中から、奇術師ヒソカがその場を離れる。

 彼はそのまま外に出て、提出するはずだった料理を地面に置いて眺める。

 そうしてから座り込んで、川を見ながら物思いにふける。

 

 スシを目指したはずのそれは、プリンツとキルアが作ったものと同類であった。

 

 

**

 

 

 時は変わって、第四次試験。

 試験内容は孤島におけるネームプレートの奪い合いで、手段は(勿論、殺人等を含めて)問わない。

 自分とその標的のプレートが3点、他は1点、計6点で合格となる。

 

 そんな中、ナツキ・アケボノはというと。

 自らの念で作った釣竿を両手に、見えない敵に対して怯えていた。

 

「ナツキちゃん?」

「きゃあ!」

 

 ガチガチに警戒していたアケボノの背後から、プリンツがその頭に手を置いた。

 彼女は“絶“で気配を消していたため、完全に奇襲の形になってしまったようだ。

 アケボノの身体が跳ね上がった。

 

「プリンツ!? お、脅かさないでよ! 心臓が止まるかと思ったじゃない!」

「それはごめんなさい」

「電話があるんだから、あらかじめ伝えておきなさいよ!」

「え? ここ、電話繋がるのですね」

「あ。えーと。それは、知らないけど」

 

 プリンツは軽く頭を下げるが、アケボノはむっすりしたままである。

 

「でも、こうして会えて良かったです」

「それは、うん。そうね」

 

 その言葉に安心したのか、ようやく警戒を解いた。

 

「調子はどうですか」

「こっちはまだ終わってないわ」

「そうですか。私もそんな所です」

 

 アケボノは警戒して未だ攻勢に出ないでいる。

 念使いである彼女らにとって脅威は少ないが、それでも無い訳ではない。

 

「ナツキちゃんの目標の方は何方(どなた)ですか?」

「私は53番よ。ほら。弓矢持ったいかにも狩人って感じの、変な帽子の男」

「あ。それなら私が持っていますね」

 

 プリンツは自らの胸の谷間に手をやり、そこからプレートを取り出した。

 53番、アケボノのターゲットの番号である。

 

「どうぞ」

「いいの?」

「私にスシを教えてくれたお礼ですよ」

「でも、それでも合格できなかった訳だし。そもそも後から合格はできたじゃない」

「こういうのは結果の問題ではないのですよ。どうか受け取ってください」

 

 アケボノは受け取りたくはないが、こういう時のプリンツは頑固であると知っている。

 一々小言を言ってくるが話は聞いてくれるハカセより、厄介だと思うことはあったりする。

 

「わかった。受け取っておくわ」

 

 これでアケボノは終了まで逃げ切れば合格である。

 少し気が緩むのを感じる。

 

「で、アンタのターゲットは?」

「私の方は191番でした。比較的に強い御方でしたが、残念なことに念能力者ではなかったので」

 

 へー、と同意しようとする。

 

「うん?」

「どうかしました?」

「いや、なんでもない」

 

 プリンツが不思議そうに見つめる。

 何か変な感じがしたが、気のせいだろうか?

 

「この後は、どうするの?」

「他の方と合流しましょう」

「はあ? ちょっと。それ、本気?」

 

 確かに、協力し合えば成功率は上がるであろうが。

 それは互いに信用できる場合であろう。

 アケボノはそこまでコミュニケーション能力が高い訳でもない。

 

「トリックタワーで、私と一緒になった方々です。実力・人格ともに私が保証しますよ」

「でもリスクが大きすぎない? そいつ等も誰かに狙われている訳でしょ。私たちがこれ以上の冒険をする必要はあるの?」

「彼らと関わるのは、ナツキちゃんにも益がある話ですよ」

 

 アケボノは、これまでの試験中にプリンツ以外の受験生とは特に関わっていない。

 三次試験であるトリックタワーは、“太公望伝説(すごいつりざお)”をフック代わりにして、中を通らず外経由で一気にゴールしてしまった。

 その行為はメリットしかないと思っていたのだが、デメリットもあった訳だ。

 なんと、試験中は交流のチャンスなのだ。

 

 人付き合いは苦手だが、その有用性は分かっているつもりではある。

 アケボノは少し考える。

 

「ま、アンタがそういうなら。それでいいけど。で、それってどんな奴?」

「十歳くらいの子供が二人と、彼らと一緒にいた二人の青年ですね」

「ああ、あの?」

 

 ハンター試験を受けるには若すぎるであろう二人と、その知人らしき二人の姿を思い浮かべた。

 ここまで残っているからには相応の実力であるとしか分からないが。

 

「ちょっと探ってみるわ」

 

 ここでアケボノが用いるのは、彼女の具現化系の“発“である”太公望伝説(すごいつりざお)“。

 この“発“は極まった強みを持たないが、その代わりに幅広い能力の行使ができる。

 その能力の一環として、他者のオーラを受信することができる。

 気配を消している場合は分からないが、そうでなければ感知できるのだ。

 

 “円”で良いだろとは言ってはいけない。

 この方式はこれで強みがあるのだ。

 

「ごめん。やっぱり、彼らのオーラまでは覚えて、―ッ!」

 

 ぞわり、とアケボノに鳥肌が立った。

 

「ヒソカよ! あの吐き気を催す気色悪いオーラの! こっちに向かってる!」

 

 アケボノたちも、試験中に何度か見る機会はあった。

 彼女は彼と四次試験の待ち時間の際に見合わせることになり。

 その際には相手からアケボノの感じたことのない、本能的な恐怖を感じたものだ。

 

「逃げるわよ!」

「待ってください。恐らく無駄です」

「何でよ!」

「まだ終了まで、十分すぎる時間があります。その間に何度もつけ狙われてはたまりません。恐らく私たちの番号札が狙いでしょうから、ここは交渉して見逃してもらいましょう」

 

 プリンツはまあまあと諌めた。

 何しろここは狭い孤島で、試験時間も一週間と長い。

 目的の相手を探そうと思えば、何度もかち合うことも不可能でない。

 

 相手がトップクラスの念能力者であることも加味して、彼は穏当に合格してもらおうと思ったのだが。

 

「ごめんなさい。どうやら狙いは命の方みたいですね」

 

 アケボノより感受性は低いプリンツであるが。

 それでも目の前の男は交渉の余地が無いと感じざるを得ない。

 気色の悪い悪意のオーラに、獰猛な笑み。

 こちらに銃口を突き付けられたと認識するには十分だ。

 

 三人はすぐさま戦闘に入った。

 

 

 戦闘中であるが、プリンツはハカセが言っていたことを思い出す。

 彼女曰く、“強さというものは産まれながらの才能と、ほんの少しの努力で決まる”のだそうだ。

 世界一賢い人間であっても、スーパーマンの前では人間にとっての世界一賢いシロアリと変わらない、とのこと。

 人間の天才が努力し続けると拳は音速を超えるらしいが、彼女にとっては大した事ではないらしい。

 彼女にとっての勝利とは戦略と戦術の話であり、勝利した事を“強さ”とは捉えていないのだ。

 

「くくく。イイよ、キミたち♥」

「それはどうも、です!」

 

 強さにおいてヒソカとプリンツは、やや互角と言えた。

 どちらも最高クラスの天才であり、性差と積み重ねた努力の量でヒソカが有利である。

 ヒソカがストレートに殺しに来ている以上、これだけだとヒソカの勝利となるだろうが。

 

 プリンツの後衛にはアケボノがいる。

 彼女は二人と比べるとあらゆる面で一回り劣っているが。

 それでも十分な援護ができる程度ではある。

 故に、この場の戦闘において互いに均衡が取れていた。

 

「全く、油断も隙もありませんね」

「へえ、よくできました♦」

 

 プリンツは手にした“念で作ったレイピア”で、ヒソカの“伸縮自在の愛(バンジーガム)”を断ち切った。

 ゴムのように伸びる見えないオーラを彼女につけたようだが、それを見切った形である。

 

 プリンツの“自家発電(クラフトワーク)”。

 自らのオーラを瞬間接着剤に変える、変化系の“発”である。

 そのオーラは任意のタイミングで十分な強度を持った固形となり、あらゆる物体をくっつける。

 

「良い能力だけど、ボクのと似ているね♣ やっぱり、ボクたちってどこかで惹かれあっているのかな?」

「さあ? どうでしょう?」

「それとも、キミたちの方が予めボクを知っているとか、かな♠」

 

 アケボノがピクリと反応した。

 プリンツはポーカーフェイスを貫いていたが、種がバレてしまった。

 

「多分。“デザイン“からして、キミたちの師匠はルナールだろう?」

「そんな人は知りません」

「うんうん、彼女って姿・名前を変えるのが好きだからねえ♥」

「―あの人、強い人が好き過ぎませんか?」

 

 プリンツが呆れて呟いた。

 姿を変える“美少女転換(プリンセス・テンコー)”は、その制約から人に知られるほど効果とリスクが増す能力である。

 それ故に、能力を知らせる人間は十分に選ぶべきであろう。

 それなのにこんな殺人癖のある変態に知らせているとは、馬鹿じゃなかろうか。

 何故、追跡される可能性のある人間に追跡を撒ける能力をバラすのか。

 好きな人に自分を知ってほしいという女心は分かるのだが、節度というものがないのだろうか。

 

「やっぱり、彼女は残しておいて正解だった♦」

 

 ヒソカがプリンツの目の前を離れ、大きく踏み込む。

 狙いは、今ので精神的に動揺しているアケボノ。

 

「!?」

 

 しかし、踏み込んだ先から足が動かない。

 “凝”をすると、プリンツのオーラで固定されている。

 どうやら罠に嵌められたのは、ヒソカの方らしい。

 前進した勢いを殺しきれず、思わず前につんのめる。

 

「やはりというか、こちらの攻撃は通りませんか。流石に練度不足ですね」

 

 その隙をプリンツは見逃さなかったが。

 突き刺そうとしたレイピアは、根元からポッキリ折れてしまった。

 どうやら“硬”でガードされたらしい。

 こちらの攻撃は通らないようだ。

 

「ナツキちゃん」

「う、うん。分かった」

 

 アケボノが“太公望伝説(すごいつりざお)”の釣糸でヒソカを縛り上げる。

 二人の念で拘束されているので、ヒソカは全く動くことができないはずだ。

 

「そのまま縛っておいてくださいね。せっかく殺人鬼を捕まえたのですから、この場で始末しましょう」

「アンタ。まさか、殺すの? 何も殺す必要は、それは、あるかもしれないけど。攻撃が通じないのに、どうやって殺すってのよ」

「大丈夫です。全て私が責任を取りますので」

 

 プリンツはその場で口にしなかったが、人を殺す手段など幾らでもある。

 例え、それが極まった強化系であろうと。

 彼女が選ぶのは、窒息死だ。

 彼女の自家発電(クラフトワーク)で口を塞いでしまえば、それで息の根は止まる。

 

「―ッ!」

 

 アケボノは能力を維持しつつ、ヒソカから眼をそむけていたのだが。

 彼から急に邪悪なオーラをぶつけられたことから、思わず彼を見た。

 

「ひ。あ」

「ナツキちゃん!? 逃げて!」

 

 ヒソカはアケボノを笑顔で見つめていた。

 丁度良い獲物を見つけたというより、女として舐めまわされる感触を覚える。

 股間をギンギンに滾らせていて、服には染みができている。

 

「や、やああ」

 

 ヒソカには、こちらを害することなどできないはずである。

 丈夫な念の糸で雁字搦めにされているのもあるが、もう手段は残っていないはずなのだ。

 自分たちは彼のまだ使っていない念能力も把握していて、それはこの場で役に立たないはずだ。

 

 なのに、何故?

 どうして、こんなにもこの“男”が怖いのか?

 

「う。おええええ!」

 

 極度の緊張に耐えきれず、アケボノはその場で吐いてしまった。

 同時に彼女の釣竿が粉々に折れ、釣糸も消え去ってしまった。

 念能力の出来は、その時の精神状態に左右される。

 彼女の“発“が、彼女の精神を忠実に再現した結果だった。

 

「ッ!」

 

 プリンツはとっさに距離を取るが。

 アケボノから解放されたヒソカが、何かハンカチのようなものを投げつけた。

 それを見た彼女が思わず“それ”を視認した瞬間、彼女の動きが止まった。

 

「え?」

 

 それはエロ漫画の一ページだった。

 ジャポンアニメ調の美少女が(しかも何故かプリンツに極めて酷似している)、何か竿状のものを咥えようとしている。

 何故この場面で“それ“が出てくるのだ。

 彼が普段からそんなものを持ち歩くはずがないだろうし、あまりに脈絡が無さすぎる。

 そうしてハンカチがプリンツの顔に張り付いた。

 

「わ、私の顔に!? あ、くっついて離れない!」

 

 プリンツが“それ”を理解した時にはもう遅い。

 ヒソカのもう一つの“発”である、薄っぺらな嘘(ドッキリテクスチャー)

 物体の表面にオーラを貼りつけることで、表面を偽装する能力である。

 彼はハンカチにエロ漫画を貼りつけることで、彼女の意表を突いたのだった。

 

「ちょ、やめて! あ?」

 

 ヒソカの投げた数枚のトランプが、プリンツの顔に突き刺さる。

 彼女はそのまま後ろのめりに倒れ、動かなくなった。

 それに伴って、ヒソカの足元の罠も解除された。

 

「や、やめて。ぶ、ぶたないで。良い子に、してるから」

「―?」

 

 怯えるアケボノを前に、ヒソカは別の方向を向いている。

 彼の胸に着けていた、ナンバープレートが消えていた。

 

 それはヒソカがプリンツにトランプを投げつける瞬間。

 どこからともなく釣り針が飛来し、ヒソカのプレートをかっさらっていったのだ。

 勿論アケボノの仕業ではなく、この試験における“もう一人の釣竿の使い手”の行動である。

 

「名残惜しいけど。また今度ね、二人とも♥」

 

 そういってヒソカは釣り針の飛来した方向に向かい、去って行った。

 彼の興味はそちらに移ったのだろう。

 

 幸運なことに、どうやら見逃されたようだった。

 

「プ、プリンツ? ねえ。ア、アンタが死ぬなんて、嘘よね?」

 

 アケボノが足を震わせながら、倒れたプリンツに話しかける。

 

「死んでいませんよ。私、流石にこんな死に方、嫌ですって」

 

 プリンツの顔には、トランプが突き刺さっているが。

 それは深くない所で止まっている。

 彼女は体内のオーラを固形化することで、何とか致命傷を避けたのであった。

 

「こういう時、女って不利ですよねぇ」

「うわああん! プリンツゥ! アンタが生きててよかったあ!」

 

 この後二人は無事、試験に合格しましたとさ。

 




今後の展開についてですが、”原作キャラ死亡”の表現があります。
多分、ヨークシン辺りに。

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