ボーイズ&ルフトヴァッフェ~空の道化師~   作:Ocean501

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ドーモ、オーシャン501です

今回からようやくドンパチが始まります
米軍機ひいきの皆さんごめんなさいorz
この小説はエースコンバットでドイツかぶれなのです


推奨OP「MAN WITH A MISSION higer」


Mission26 イタチ狩り

 今にも主脚が地面を離れようとしているヘクサーのBf109へ向けて2機のサンダーボルトのパイロットはトリガーを握りこむ。機体を走り抜けた電気信号が片翼に4丁ずつ、合計8丁搭載したM2ブローニングへ射撃信号を送り込むと薬室内の12.7㎜徹甲弾の装薬に点火され、銃口から次々と飛び出していく。M2ブローニング重機関銃は特に発射速度に優れているわけではないが、P-47はこの使い勝手のいい機関銃を8丁積むことで実質的な投射量を稼ぎ出していた。

 とはいえ、見越しが甘かったのか投射された無数の12.7㎜弾はBf109の尾翼から2m後方に着弾しコンクリート舗装の滑走路を穿つに留まる。しかし、この程度の修正であれば操縦桿をほんの少し手前に引けば解決する。発砲しながらの見越し調整をできる程度の弾薬はたっぷり搭載されていた。数秒ののちに道化師のエンブレムを描いたBf109が砕け散ることに変わりはないと、サンダースのパイロット達は結論付ける。

 が、この見越しの甘さによって目の前の悪魔を止める絶好のチャンスを失ったことには気づいていなかった。

 16条の火箭がBf109の尾翼ににじり寄った瞬間、薄い主翼が滑走路にかするかと思うほど傾き、地上を滑るかのように曳光弾の奔流を回避する。一瞬前までヘクサーがいた位置に銃弾が殺到するが機体の構成材を穿つことなく破片を噴き上げながらコンクリートへとめり込んでいく。

 

 《くそっ、ミスった!》

 

 あざ笑うかのように機銃掃射を回避して見せたヘクサーに対し1機のP-47が速度を維持したまま頭上を飛び越えオーバーシュート、即座に反転上昇に移ろうとするがそれは敵わない。右へ機体を滑らせたヘクサーが今度は左へと機首の向きを変える瞬間、水平方向を向いていた細長い機首が一瞬だけ上空を向き、数度瞬く。

 軸内機関砲から飛び出した20mm薄殻榴弾は短い空間を貫き、右へと旋回上昇を行おうと右バンクをしたP-47の右主翼翼桁を正確に打ち抜きへし折る。旋回中に突然片側の揚力を完全に失ったサンダーボルトは片面を火炎に包まれながら近くのブンカ―に突っ込んで爆発炎上した。

 

 《頭さえ上げさせなけりゃこっちのもんだ!》

 

 もう1機のP-47は直観的に一撃離脱のセオリー通り速度を保って上空へ離脱する選択を悪手と見抜き、エンジン出力を絞りつつバレルロールを行い速度を調整、いまだ十分な速度が出ていないヘクサーの後ろに張り付き執拗な機銃掃射を繰り返す。

 右へ、左へ、右と見せかけてまた左。Bf109特有の後ろが見にくいコクピットや主翼の上下を無数の曳光弾が貫いていく。超低空を翼端が滑走路周辺に生える雑草を切断するほど低く、かつ可能な限り鋭く旋回し後ろに張り付いたP-47から逃げ続ける。軽く小柄な機体は操縦桿への入力にこ気味良く反応し、大柄で横方向の低速旋回戦に不向きなサンダーボルトを振り回すが、撃たれていることに変わりはなく、常にラッキーヒットの懸念が付きまとう。

 

《落ちろペテン師!》

『クソッ、アイツら離陸直後を…』

 

 何度か滑走路と両側の芝生のエリアを行ったり来たりしつつ逃げ続ける。滑走路の端を飛び越え、誘導灯の上に影を落とし、学園艦外周の遊歩道が見えてくる。後ろにつかれているのはまだまだ元気なP-47、いくらBf109が急降下性能に優れていたとしても大質量の機体を大出力エンジンで飛ばしているサンダーボルトにはかなわない。向こうもそれを狙っているのか、海側へ出るコースから外れようとするとけん制射撃のように機銃を叩き込む戦術に切り替えていた。学園艦の端を飛び越えこちらがダイブで逃げようとした瞬間、一気に距離を詰めて葬り去るつもりなのだろう。

 

『ヘクサー、援護しようか?』

「いらないさ。リヒターは上の奴らを頼む、何、すぐに手伝いに行く。先に掃除を始めておいてくれ」

 

 ちらりとバイザーの端に投影された出撃前にダウンロードしておいた基地周辺の風向、風速に目を向ける。自分の予想が正しければ、ねちっこく張り付いてくる後ろのサンダーボルトを始末することはたやすい。

 全開で回していたエンジンの出力を若干絞り、誘うように機体の速力をわずかに落とす。そして真下を遊歩道が通り過ぎ、数十ftほどしかなかった高度計がいきなり3000ft以上を指示した瞬間、操縦桿をわずかに前に倒して機体を沈ませ、即座にフラップを下ろしながら思い切り操縦桿を手前に引く。細長い機首に消えないこぶしでアッパーカットを食らったように水平線がコンソールの方向へと掻き消え、血液が足元に一気に移動し視界から色が抜け落ち、続いてモノクロになった視界も闇の中へ消えていこうとする。

 

 《消えた!?》

 《ドジャース2!チェックシックス!》

「次からは天気予報をよく聞いとけ!」

 

 ブラックアウト寸前の視界の中、虚空で硬直している銀色の機体の中心に照準器を合わせトリガーを引き絞り7.92㎜機銃を発砲する。コンマ数秒のうちに発砲された数発の徹甲曳光弾が、回避しようと身をよじるサンダーボルトの涙滴型キャノピーに突き刺さり真っ白に染め上げたかと思うと、銀色の主翼の翼端からピンク色のスモークが噴き出す。パイロットキル。

 

『グッキル!』

『クラウン1が2機撃墜!』

『よし!早く助けに来てくれ!ケツにつかれた』

『ええい!何やってんだロメオ8!』

 

 一部始終を確認していた味方機から歓声が響く。

 今は学園艦の右舷側から強風が吹いており、そのおかげで第2滑走路での小型機の運用が停止された。学園艦を横に貫く形で開けられた第2滑走路内では気流が複雑に乱れてしまい、低速で進入せざるを得ない航空機に致命的な影響を与えるためだった。そして、その風の大部分は学園艦の巨大な舷側に直撃し行き場を失い、猛烈な上昇気流を風上側の舷側に発生させていた。ヘクサーはこの上昇気流を利用して後ろに張り付いたサンダーボルトを葬ったのだった。

 まず、上昇気流に突っ込む直前で機体をダイブさせるフリを行い敵機の意識を下へと誘導した直後、風の流れに乗るように操縦桿を引いて機首を上にあげ、フラップを開いて速度を殺した。下から吹き上げてきた強烈な風はBf109を上空へとかち上げると同時に、機首を下げてダイブを試みる体制で突っ込んだサンダーボルトを真正面から打ち据える。巨大なトラックと形容されるほどの巨体を持つP-47にとって真正面から受ける風は抗力以外の何物でもなく、ヘクサーを追跡するためにエンジン出力を絞っていたこともあり速度を奪われてしまった。

 ヘクサーは気流の後押しを活用しつつ全力で縦旋回を行って真下を通り抜けようとして速度を奪われている獲物の後ろ後方から無防備なキャノピーを狙い撃ち、パイロットキルの判定を勝ち取った。いかに重装甲な機体と言えども、涙滴型風防では後方からの銃撃を防ぐのに何の役にも立たず、やすやすと貫通した弾丸はその内側の特殊防弾ガラスに阻まれる。

 サンダースのパイロットからしてみれば、ダイブで追跡しようとした瞬間に追跡していたはずのBf109が掻き消え、速力が急速に低下したと思ったら、見失った敵機に後ろを取られてコクピットに銃弾を叩き込まれるという、詐欺にでもあったような感覚に近いだろう。

 

《なんで離陸直後の機体が2機も落としてるんだ!?》

《どこの部隊だ!?こんなパイロットがいるなんてデータには無いぞ!?》

『データには無くても現実には存在してるんだよ!落ちろ!』

『ランヴァボン1がマスタングを撃墜!敵脅威レベル低下!いいぞ!その調子だ!』

 

 宙返りの勢いを殺さずにスロットルを全開にして戦闘上昇、周囲に展開していたA-36が左上方から襲い掛かろうと機体を傾けるが、一足早く上昇していたリヒターに主翼を撃ち抜かれきりもみ回転しながら落ちていく。短時間に5機もの航空機が落ちたことで生じたエアポケットの様な空域を一気に駆け上がっていく。時折一撃離脱を仕掛けられるも、機体をわずかに横滑りさせることで凶弾を躱し、必要最小限の機動にとどめることでエネルギーロスを押さえる。上がれ上がれとがなり立てる友軍機や管制機の通信に辟易しながらも、15000ftまで上昇し眼下を見下ろす。

 普段ならば緑化された学園艦の一角を貫いて滑走路とエプロン、それらを結ぶ灰色の誘導路が特徴的な幾何学模様を刻んでいる光景を拝めるだろうが、今の第1滑走路はその姿を見ることはできない。緑化されていたはずの空港外周には点々と黒煙を噴き上げるシミが無数に点在し、黒い煙の塔の根元ではオレンジ色の炎がチロチロとくすぶっている。僅か数分か数十分前までは空を駆け、空を睨んで曳光弾を撃ち上げていた戦闘兵器の成れの果てだった。サンダースも黒森峰も関係なく、命運を発たれた兵器は炎の血を噴出し空を汚していく。滑走路の両脇には離陸中を狙い打たれ飛行能力を喪失し、せめて滑走路だけはふさぐまいとぼろぼろの機体を無理やり道の外へと追いやったパイロットたちの最後の意地ともいえる航空機の残骸が並んでいる。一見切り絵に見える滑走路も、相次ぐ機銃掃射によって無数の穴がコンクリートに穿たれており一つ間違えば主脚にダメージが及んでしまう。

 まさに満身創痍と言った様子のヴュルガーシャンツェだが、まだ滑走路に致命的なダメージは負っていない。その証拠に大型爆弾はまだ一発も滑走路の中心へは落とされていなかった。

 

『よう、ヘクサー。危ないところだったな』

 

 1時方向、距離3000の地点を緩やかに旋回しながら次の獲物を見定めているDo335――ズーク5、マイスターからの通信だった。

 

「そろそろ30㎜の残弾が寂しくなって滑走路の上をうろついているころだと思っていたからな。あとどれぐらい戦える?」

『20㎜はまだあるが30はゼロだ、本音を言えば第2派が来る前に補給がしたい』

「諦めろ、降りたら最後。間に合わないぞ」

『解ってるよ。20㎜2門でも十分戦えるさ』

『スカイアイよりクラウン隊、新手だ。5時方向A-26、距離4500、機数は4、4機のマスタングが護衛についている。今まで穴倉で寝ていた分を取り返してもらうぞ』

 

 機体を傾けて後ろを振り返る、確かにダイヤモンド編隊を組んだA-26B-50が緩降下しながら滑走路へと一直線に向かっていく。その前方と後方の上空には4機のマスタングが飛び回りちょっかいを駆けた迎撃機を持ち前の機動性で追い払っていく。A-26B-50が直進を続けているところを見るに、おそらくその特徴的な胴体の下には大型の爆弾が抱かれているのだろう。そして、その標的は滑走路の周辺に再び展開し始めている高射砲群。近接防御を担当する高射機関砲は多くが撃破され黒焦げのスクラップになってしまっていたが、まだ高高度を飛ぶ爆撃機を加害できる高射砲は射撃機会を減らして隠匿していたおかげで8割以上が生き残っていた。

 しかし、それとて地上を舐めるように飛びながら索敵を受ければ発見されてしまうだろう。見つかれば最後、爆弾を投下された後、機首に8丁、主翼に6丁搭載されたブローニングM2重機関銃がうなり声をあげてハチの巣にされてしまう。そうなる前に、この凶暴なイタチを始末する必要があった。

 

「了解。クラウン1、エンゲージ」

『クラウン2、エンゲージ!』

 

 操縦桿を倒すと水平線が垂直に切り立ち回転、頭上に黒森峰の街並みが見える。135度ロール、機首を上げてスライスバック。2機のBf109の接近に気づいたマスタングが慌てて進行方向へ立ちふさがるような進路へとダイブするが、それをあらかじめ見越していたクラウン隊はスライスバックからさらに操縦桿を引き続け機首を上げ、敵が予想した交錯点を敵から見て手前側に急速に引き上げる。護衛対象を狙うものと考えていた2機のマスタングの回避機動が一瞬遅れ、パイロットの額に冷や汗が浮かんだ瞬間にはもう2機のBf109は発砲を終えていた。リヒターに狙われた1機は機首からコクピットを通過して右主翼の根元付近までを複数の銃砲弾にハチの巣にされ、戦闘能力を喪失。ヘクサーに狙われた機体は7.92㎜弾でコクピットを入念にミシン掛けされてパイロットキルの判定を受けてしまう。

 

 《カブス1と2が落とされたぞ!?》

 《カブス3,4!援護してくれ!》

 《さっきエンゼルスを落とした奴が混じっているぞ!注意しろ!》

 

 マイナスG旋回で視界が赤く染まりかけるが、目の前にはダイヤモンド編隊を組んだA-26の背中がはっきりと見える。背部に搭載された12.7㎜連装旋回機銃がこちらの進路を妨害するかのように曳光弾を打ち放つが、それを察知した2機が左右に機体を振って進路を交差させ射線をずらす。相対速度が1000㎞/hを超えているこの状況では命中弾は期待できない。敢闘精神旺盛な戦闘機が機首を上げて数の暴力ともいえる14丁のM2ブローニングを護衛機をやすやすと食い破った2機へと向けようとするが全てが遅すぎた。

 照準器を獲物へと合わせてトリガーを静かに引き絞る。発動機と大気を切り裂く振動に別の2種類の振動が付け加えられる。前面の防弾ガラスの外がパパパッと明るく染まり、飛び出した十数の刃が双発軽爆撃機の大柄なキャノピーへ突き刺さり、パイロットを惨殺されたと判断したフライトコンピューターが戦闘を強制終了させる。まず1機を葬り去り、続いて向かって左翼側を飛行していた1機へ照準、ラダーで右から左へと機体をわずかに滑らせながら斉射2回。僅かな時間差を置いて両翼に1機ずつ搭載されたP&W R2800(ダブルワスプ)のエンジンカウルが無残に砕かれ、鮮血が吹き出すかのように真っ赤な爆炎が膨れ上がり両翼を朱に染めた。

 

 《ガッ、デム!》

 

 最後に残った1機は道化師のクロスファイアを受けて即座に爆発四散、仕事を終えたクラウン隊は速度を維持したまま上昇離脱。後方を遷移していたはずの2機のマスタングがほとんど意味のない追撃をむなしく打ち上げるが、そのために無理やり機首を上げたため速度を失い、クラウン隊が取りこぼしたA-26を狙っていたランヴァボン4、ズーク3に襲い掛かられ黒い花を空に咲かせる羽目になる。

 

『次だ、8時方向AD-1が4機、続いて2時方向F4Uが4機接近中、ほぼ同高度』

 

 スカイアイの通信を受けて、リヒターに翼を振ってブレイク。AD-1の方へと旋回上昇。リヒターはランヴァボンの2機を引き連れてコルセアへと向かう。ほぼ同高度で突っ込んでくるAD-1の腹には大量のロケット弾や無誘導爆弾が括り付けられていた。この4機を素通りさせてしまうと、せっかく残った滑走路を焼け野原にされてしまう。

 機首を下げてダイブ、高度を速度に変換しダイヤモンド編隊を維持したままのスカイレイダーへ急速接近。対地兵装を満載し動きの鈍い4機は腹側に潜り込まれることを嫌ってダイブしようとマイナスG旋回を駆けるが、それよりも早くヘクサーのBf109が敵編隊の真下へと潜り込む。

 スナップアップ、ここまでの緩降下で得た速度を活用して機体を鋭く跳ねさせる。ほとんど垂直に近い角度で空へと突き上げた先には最後尾のAD-1が、やわらかい下腹をさらしている。弾数に余裕があるMG17を発砲、白い下腹で無数の火花が爆ぜ焼け焦げた弾痕を穿ち、胴体の燃料タンクを撃ち抜く。混ぜられていた焼夷弾の高温によって一瞬で燃料が炎上したかと思うと、左翼に搭載していたロケット弾に引火、閃光とともに巨大な火球となって砕け散る。

 爆心地から四方八方に飛び散る機体だったものが主翼やキャノピーにぶち当たりガンガンと音を立てるのを聞きながら、3機に減ったダイヤモンドの後ろ上空へと抜ける。ピッチアップ、背面飛行、そして180度ロールを行いながら再びダイブ。危機を悟った3機が今さらながらにブレイク。左右の二機は武器を抱いたまま左右へダイブ、隊長機と思われる機体は爆弾を捨てるとエンジン馬力のものを言わせ強引に縦旋回しヘッドオン。両翼に搭載した12本のHVARを一瞬の躊躇もなく全機発射した。

 

《全弾持ってけ!落ちろ道化師!》

 

 12条の白槍が複雑に航跡を絡ませながら迫りくるが、ラダーを蹴飛ばしながら操縦桿を倒しロール。鋭く機体がバンクし、微かに覗いた槍衾の切れ目をかき分けるように貫く。すでに獲物は真正面に迫っている。躊躇なく全火器を発砲しもう一度ロール。エンジンブロックが業火に包まれた機体と背中合わせになる格好ですれ違い、圧縮された乱流が機体を大きく揺らす。

 

 《化け物め…》

 

 混戦した無線機から撃墜したらしきスカイレイダーのパイロットの呆然としたような声が漏れ出てくる。化け物、と呼ばれることに何の感慨も抱いていない自分に気づく。

 理由なんてただ一つ、こんな芸当を鼻歌気分で出来る、いや出来ただろう人間を知っている。この程度、アイツなら造作もなくやるだろう。

 直後、頭の中に浮かんだ意味のない自問自答を鼻で笑い飛ばす。どのような戦果を出したとて、常に自分を苛む劣等感を現実という靴底で踏みにじる。今生きているのは自分だ、今飛んでいるのは俺だ、今戦っているのは椎原博という人間だ。亡霊とダンスをする暇があるのなら、ねぐらの上でタップダンスする目障りなイタチどもを叩き落せ。劣等感から逃れたくば、それを拭い去れるほどの戦果を示せ。そして彼女の隣に立てるだけの価値を証明しろ。

 そう自分に言い聞かせ、味方機の少ない右の空域へとダイブしたAD-1を追跡。

 機首はほぼ真下を向き、高度計の針が狂ったように回り続ける。照準器の向こうの学園艦最上甲板が加速度的に接近してくる光景は心臓によろしくない。

 

 《くそっ!助けてくれ!ジョーカーのエンブレムに追われてる!援護を求む!誰か!》

 

 悲痛な叫びをあげながら、AD-1が引き起こし限界ギリギリであろう速度で機首を上げて射線から逃れるように右へと旋回する。大量の爆装を施した巨大な主翼がしなり、大柄な機体をきしませながら攻撃目標へと駆けおりていく。が、ヘクサーに追われて必死に旋回した先に待っていたのは、狙いすました20㎜薄殻榴弾の1刺しだった。

 高度差1200mの地点からAD-1の旋回方向に放たれた数発の機関砲弾が横倒しになったコクピット側面に突き刺さり、炸裂と同時に塗料片をまき散らす。いくら堅牢な装甲に身を包んでいるとはいえ、コクピット側面にもろに20㎜弾を受けてパイロットが無事ということはなく、即座にパイロットキルの判定が下される。

 両翼からピンクのスモークを引きながら離脱するスカイレイダーを横目で見つつ高度を回復。周囲を見渡すと、先ほどよりも明らかに味方機のほうが多くなり、火球となって落ちていくのはサンダースの機体が多いように感じられた。

 

「1機撃墜。クラウン1よりスカイアイ、逃した最後の1機はどうなった?」

『メイヴ1が処理した。よくやってくれた、クラウン1』

 

 聞きなれたエンジン音に振り替えると、傷一つないリヒターのBf109が援護位置につくのが見える。そして、反対側にはマイスターのDo335が並び、少し遠くにランヴァボン隊のBf110Gが列をなす。ジルウェット隊以外で、特務戦で特に交流のあるメンバーがそろい踏みだった。

 先ほどまで拮抗していた戦力比は明らかにひっくり返り、空を埋めつくすのは星を描いた海鷲ではなく、鉄十字を描いた猛禽たちの群れ。

 これが映画ならば主題歌が流れて大団円のエンディングだろうが、これは空軍道。そんなに甘いはずはない、何より周囲を飛ぶ黒森峰の機体が()()()()。機体に描かれたエンブレムは特務戦の部隊のものも勿論いるが、それ以外にほかの航空基地の機体が大勢混じっており、なにより本来ならいるべきはずの列機を欠いた、歯抜けの編隊が大多数だった。記憶を精査してみても、自分が奮闘している間に航空基地から部隊が上がったという知らせはない。

 導き出される結論は、あまりにも単純で、笑うしかないほど残酷だった。

 

『あー、あーテステス。聞こえるかネ?ヴュルガー・シャンツェ空域に集まった紳士諸君』

 

 通信機から聞こえてきたのは守屋司令の声だった。スカイアイの回線を通して周辺空域の飛行隊へ通信をつないだらしい。

 

『特務戦とロメオ隊による活躍で現空域における敵防空網攻撃部隊は作戦能力を喪失し、ひとまず第1波は防ぎ切り、上空には多くの戦闘機が集まっている。まあ、勘のいい諸君なら何故いきなり戦闘機の数が増えたかについては察しているだろうが、黒森峰空軍道戦略コンピュータは戦力を集中させ再編成を行う為に前進防空ラインを放棄する決定を下した。各機は管制機の指示にしたがい速やかに部隊を再編成してくれたまえ』

 

 空を見れば損傷の大きないくつかの編隊が解散し別の編隊へと集合していく。損傷が大きいものや、弾が切れた機体は高度を下げ、風が弱くなり離着陸が可能と判断された第2滑走路へとふらつきながら滑り込んでいく。第1滑走路の周辺では新しい対空砲が偽装を解いて空をにらむように銃身を振り上げた。

 戦いは終わってなどおらず、むしろここからが本当の戦いが始まると言っていいのだろう。

 遥か彼方、島がいくつも浮かぶ海の向こうの空にぽつぽつとシミの様な黒い点が見え始め、その数はコンマ1秒ごとに数個、数十個、数百個と増え続けていく。

 

『おいおいおいおい、なんだよ、あれ』

『誰だよ、サンダースの格納庫にバイバインぶちまけたやつ』

 

 銀色や瑠璃色、茶色などで塗装された、空軍道においてあらゆる意味で最強と謳われる航空部隊。まさしく無数の海鷲が翼を連ねて進撃してくる様は、悪夢以外の何物でもない。

 

『どんだけかき集めてんだよ、逃げていいか?クラウン2』

『逃がしてくれるもんならね、ズーク5。隊長、どうする?』

「どうするも何も、腹括るしかないだろう。一つ言えることは、獲物に困ることはなさそうだ」

 

『楽しそうだね』と呆れたようなリヒターの声を聞き、自分が知らず知らずのうちにマスクの下で笑みを浮かべていたことを知る。反射的に戻そうとして、それに何の問題があるのだと考え直して意図的に笑みを深くした。内心にくすぶる撃墜という恐怖を笑い飛ばすように。

 

「ああ、楽しいね」

 

 はるか遠くのゴマ粒は徐々にその姿を鮮明にし始めている。P-51やF6F、P-47やF4Uなどのメジャーな機体から、写真でしか見たことがないような奇天烈な航空機すらチラホラ混ざっていた。その数はどう見積もってもこちらの倍以上存在する。

 

『現在諸君らの目の前に見えてるのは敵の主力と考えてもらって間違いはない』

 

 ヘルメットに響く守屋の落ち着き払った声を聴きながら操縦桿をわずかに引いて少しでも高度を稼ぐため空を駆けあがる。

 

『相手は空軍道最強と謳われるサンダースの制空戦闘機部隊。しかし、諸君らも負けてはいまい。数の上では劣勢だが、()()()()()()()()()()()

 

 この敵部隊の後方には基地に止めを刺すための戦略爆撃機隊が控えている。自分たちがあの敵に敗北すれば、悠々と爆撃を受けて基地が壊滅してしまう。

 

『空軍道において重要なのは、勝つことではなく負けないこと。勝者の存在しない戦いには敗者も存在しない。そして、目の前には勝ちに片手をかけた敵がいる。すでに勝利を半分確信しているパイロット諸君に、せいぜい教育してやろうじゃないカ。黒森峰空軍道(我々)の諦めの悪さと、空を征く者としての矜持をネ。心得違いをするなよ紳士諸君、君たちは敵に一矢を報いるために集まった敗残兵の群れでは決してない――――』

 

 自分たちの周囲に再編成を完了した飛行隊が並ぶ。先ほどまで前進防空エリアから這う這うの体で逃げだしてきた戦闘機の群れは、乱れ一つない完璧な陣形を形作り、獲物に襲い掛かる時をじっと待つ猛獣のように空に整列している。機体に描かれた部隊章は異なる寄せ集めだったが、それを気にするパイロットはもはやいなかった。

 

『では、諸君』

 

 熊本市内から空を見上げる少女のとび色の瞳には、2つの方向から伸びる数百の白い航跡が遠い昼下がりの青いキャンバスで重なろうとしていた。

 

『――――反撃の時間(ペイバック・タイム)だ』

 

 そして、夥しい数の曳光弾が空を埋めつくした。




Bf109がぶっ飛ぶレベルの強風ってなんだよとか
思われるかもしれませんが
SF(少し不思議)小説に理屈を求めてはいけませぬ
考えるな、感じてどうぞ

しばらくはサンダースとノーガードの殴り合いです
今回の戦いではヘクサー君は極端なほど無駄弾を減らしているので
何とかなるでしょう、たぶん、きっと

ではまた ノシ

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