竜と少年R15ver   作:神座(カムクラ)

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 番外編である【日記】を更新してから半年以上経ってしまいました(歯車が廻った瞬間止まってしまった…)。もう存在を忘れてしまっている方も多いかと(笑)

 期間が空いたこともあって表現が微妙に違ったりしていますが、今後この弐話を基準に展開していくと思います。ただし壱話は壱話で完成しているので修正は予定していません。

 それではお待たせいたしました。短めで、しかしぎっちり詰まった弐話です。
 
 


第弐話 めぐりめぐって

 

 

 「まさか本当に声渡しを持つ人間がいるなんてな……」

 

 小さな白いナルガクルガを追う少年の後に続きながら、守人のラーザは呟いた。竜人族にはごく少数存在しており、それは血筋で受け継がれるため探そうと思えば見つけることができる上、ユクモ村の村長も声渡しを持っているので比較的身近である。しかし声渡しを持つ人間は神格化されるほど数が少ない。

 

 そうこう考えているとユタの声で我にかえった。

 

 「あれだ!」

 

 ハンターでなくとも釘付けになってしまうような、そんな神々しいオーラと美しさはぐったりとしていても健全だった。純白の、立派なナルガクルガは辛そうに息をしていた。

 

 まず目に飛び込んできたのは鎖。それでラーザの目付きも変わる。

 

 「傷を手当てしないと…そうだ、大粉塵が───」

 

 ユタがそう言って粉塵を取り出そうとしたので慌てて止める。いくら声渡しがあるとはいえ前触れもなく竜に近づくのは危険だろうし、明らかに人間に虐待されていたと思われる竜なら尚更だ。加えてラーザは傷口に違和感を感じた。

 

 そんな中、仔竜が親に鳴くと親は驚いて目を覚まし、人間達を見たのでユタが声をかける。

 

 「助けに来たんだよ!」

 

 「助け……?」

 

 「うわっ!?しゃべった!?」

 

 思わぬ応答にユタとラーザは文字通り飛び上がって驚いた。そしてその反応を見て、親のナルガクルガも気がつく。

 

 「お前達、どうやってこの子と…?」

 

 ほへー、と見つめるユタを置いて、動揺しながらもラーザが答える。

 

 「この子にはたぶん、声渡しがあるんだ。」

 

 「声渡し…!人間でそれを持つものがいるとは驚きだ…どうりで……それより…お前、お前のその身なり、守人か?」

 

 「あ、あぁ。じ、じゃあお前はやっぱり…塔の…?」

 

 守人だという答えにナルガクルガは安堵したようなため息をついた。

 

 「そうだ。ホルド様……龍王祖龍ミラボレアスの下僕だ。…それより足を診てくれないか、私の知らない武器で撃たれて以来おかしい。」

 

 ラーザが血まみれの足を診ている間、ユタは相変わらずポカンとしていた。

 

 「人間みたい…」

 

 「ん?言葉か?下僕の半分は人語と竜人族語を話せる。その方が便利だ。この子はまだ無理だが。この子に応えてくれて、礼を言う。」

 

 「あ…はい…」

 

 案外元気そうだったがラーザは深刻そうな顔で傷をみていた。

 

 「ユタ、回復薬Gを何個か飲ませてやってくれ。粉塵は使うなよ。」

 

 「どうしてですか?」

 

 「…これはたぶん、石火矢だろう。足の骨の中にまだ礫が残ってる。今大粉塵で傷を塞ぐと礫を取り出せなくなる。だから今は止血だけだ。」

 

 指示通り回復Gを5瓶飲ませてから他の傷に薬草を塗るのを手伝った。ひとしきり終わった頃には仔竜は疲れて眠り、ユタも疲労を感じてその場に座った。

 

 「……よし、これで鎖も全部外れた。」

 

 ナルガクルガはやっと重りから解放されて身震いし、その時の傷の痛みで軽く呻く。それで仔竜は目を覚まして鳴き声を上げた。それを聞いた親は困ったような唸り声を出す。

 

 「…なんて?」

 

 ラーザがユタに聞くと、ユタは少し考えてから答えた。

 

 「たぶん、お腹が減ったってことだと思います。」

 

 「思う?そう言ってるんじゃないのか?」

 

 ううむ、とユタはまた少し考える。

 

 「何て言うか、言葉じゃなくて、そんな感じで伝わってくるんです。」

 

 そう言いながら先程狩ったケルビの肉片の包みを取りだして油紙を外すと仔ナルの目が分かりやすく輝く。

 

 「あげる。」

 

 差し出された肉を嬉しそうに目を細めながら咀嚼して、飲み込むとユタの手に頬擦りして甘えた。それを見たラーザもユタが持っていた物より大きな肉塊を取りだす。

 

 「お前も食うか?」

 

 「…良いのか?」

 

 「出血も多いし、食べられるなら食べた方が良いだろう。」

 

 「…………すまない。」

 

 親のナルガクルガも受け取り、ユタ達は携帯食糧を食べる。

 

 「雲行き怪しいな。」

 

 唐突にラーザがそう言って、仔ナルガ以外は空を見る。今にも降りだしそうな分厚い雲が月や星を隠したが、幸い近くに雷光虫がいたので夜になっても仄かな明かりは保たれていた。

 

 「それで、どうしてお前達がこんなところにいるんだ?」

 

 ナルガクルガが自分達がつい最近まで捕らわれていて生きた素材として扱われていたことを話すとラーザの顔は空に負けないくらい曇る。

 

 「極の一族を生け捕りにするなんて……」

 

 「かなりの数の人間だった。多くは倒したが、私の身がもたなかった。何年か捕まって、その間にこの子が生まれて、逃げてきた。」

 

 「かなりの数、か……」

 

 本音は今すぐにでも村へ行き、そこを通してギルド本部に伝えたいところだが生憎そういう状況ではない。極の種族とはいえ塔を離れればただの1匹の竜に過ぎず、当然自然の掟にも従わなければならないのだ。本来ならそうすべきなのかもしれないが、相当大きな組織、ひょっとすれば国が関わっているかもしれないと考えると人語を話す彼女らは貴重な情報源になる。個人的感情も含めて今ここに放置したくはなかった。

 

 「うぅん?なに?」

 

 仔ナルガがユタに鳴いて、ユタが耳を傾ける。

 

 「どうしたユタ。」

 

 「多分、名前を聞かれたんだと思います。…ユタだよ。ユ、タ。」

 

 「ウ……ア……?」

 

 仔ナルガが発音を真似して、辺りに和やかな空気が流れる。ラーザも自己紹介するが発音が難しかったらしく、何度か言おうとして失敗し、笑われてギュルルッと不機嫌そうな声を出した。

 

 「そういえば、私はまだ名乗っていなかったな。私達にも名がある。私はカラ。この子はレナだ。…まだ自分でも言えないがな。」 

 

 「名前もあるんだ…よろしくね。」

 

 レナの頭をわしゃわしゃと撫でると嬉しげな声を出し、ユタに飛び付いて顔を舐める。

 

 "こら、あまり羽目を外すんじゃないよ。人間はすぐに傷つくんだから。"

 

 鳴き声でそう注意しながら欠伸をした。ずっと緊張状態だったがためか、今頃になって傷の痛みや疲労が降りかかってくる。もちろん人間二人に、しかも片方は子供なのに、彼らの存在に完全に安心した訳ではない。それでもようやく解放されたような、そんな気持ちだった。

 

 レナは早速ユタが気に入ったようで、押し倒されたユタの上にのし掛かって彼に撫でてもらったり彼の顔を舐めたりと甘えている内にそのまま寝てしまった。

 

 「ユタ、大丈夫か?」

 

 ラーザに心配されて、下敷きになったまま大丈夫だというとその声でレナがトロンと眼を開ける。母親が短く鳴けば寝惚けているのか黙ったまま母のもとへ行き、腕の中に入ってまた眠った。カラもいとおしそうに我が子を舐めて、睡魔に身を委ねる。

 

 「随分肝が据わってるな。その年でこんな風に竜と接するなんて。それもナルガクルガ。」

 

 「…しゃべったし、仔竜だし。」

 

 「すぐにでも守人に入ってもらいたいもんだ。」

 

 軽く笑って、人間たちも寝る準備を整え横になった。

 

 

 

 

 ◯◯◯

 

 

 

 

 最初に気がついたのは、やはりナルガクルガのカラだった。敵は近い。警戒の声を出して娘を起こすと人間達にも声をかける。

 

 「なんだ…どうした?」

 

 しばらくその正体は分からなかったが、ラーザが太刀を構える中、ユタが異変に気づく。

 

 「雷光虫が……」

 

 周囲を照らしていた雷光虫が一斉に森の中へ飛んでいく。その方向から重い足音が聞こえ、やがて碧色の光が浮かび上がった。

 

 「あれってジンオウガ…!」

 

 「まてユタ。野生の竜にとって私たちは餌だ。私がやる。みんな私の下に。」

 

 話しかけようとしたユタを制しつつ体を震わせて気流を纏うが前のように力がうまく練られないことに気がついた。疲労と出血の影響が大きいらしく、このままでは技が不完全になってしまうかもしれない。とはいえ脚をやられているので動き回ることは不可能な上踏ん張りが効かないので尻尾の毒棘を飛ばしても上手くコントロールできないだろう。

 

 不安げな声を上げるレナを抱き寄せるユタ達に気をやりつつカラが思案している間にラーザは肥やし玉の準備をする。ようやく姿を現した渓流の王者をみて思わず笑ってしまった。

 

 「参ったな…こりゃ疑いの余地もなくG級だ。」

 

 雷狼竜は鼻が良いため肥やし玉は効果的な反面、その場では撤退しても後々怒って襲ってくる、ということもあり得る。

 

 とはいえ他に手段はなく、後のことを考えている暇はない、と顔めがけて肥やし玉を投げた────

 

 「まずいっ!」

 

 雷狼竜にとってはビー玉くらいの大きさのはずの肥やし玉は見事に避けられ、遠吠えのような咆哮と共に雷狼竜の周りを雷光虫が包みレナがいよいよ怯えた声を出してユタにしがみついた。

 

 タンッとカラが尻尾で地面を叩きつつ棘を逆立てて一か八か棘を撃とうとしたとき、全身の毛を逆撫でされるような感覚が走る。

 

 辺りは雷狼竜の光に眩しいほど照らされていたので、空の分厚い雲にぽっかり穴が空いたのはよく見えた。刹那、甲高く、体の芯まで軋むような大音響の咆哮響く。翼のないその龍は泳いでいるかのように宙に浮かんで雷狼竜を見つめた。

 

 「うっ……」

 

 一瞬、頭を揺さぶらる感覚の後、深い女性の声が響いた。

 

 ──去りなさい…獲物が欲しければ後で(わたくし)が届けます…──

 

 雷狼竜は唸りながら少し後ずさりをすると向きを変えて森の中へ走り去っていった。それを見届けた龍は残った者達の方を向く。落ち着いた、知性の輝きのある瞳に見つめられると逃げようとも戦おうとも思えずその視線に捕らえられる。

 

 ──すぐに迎えがきます…また会いましょう…──

 

 ブワッと風が起きると龍は垂直に高度を上げて雲の中へ消えてしまった。

 

 「あれは嵐龍……それもあれは……」

 

 龍がいた方向に釘付けになりながらカラが呟いた。

 

 「ラーザ、お前達はどこへ向かっていたんだ。ここはどこだ。」

 

 「…ここは渓流の狩猟禁止区域。俺達はこの先にあるユクモ村に向かっている。あのアマツマガツチも、村で祀られている個体だろう。信じる人は少ないが、決まった日に村に降りてくるらしい。」

 

 カラは目を真ん丸に見開く。人間が龍を信仰しているということに驚いた訳ではない。興奮気味に口を開こうとしたとき、またもや草むらが音を立てる。

 

 「やぁ、」

 

 黒衣を羽織った、17、8のあどけない人間の青年がいつの間にか一行に近づいていた。

 

 「迎えに来たよ。まずは…その脚をなんとかしようか。」

 

 答えられないでいる一行をよそにカラへ近づく青年。ユタが彼の紅瞳に黒い縦筋が入っていることに気がついた時、ユタの視界が真っ白になってなにも分からなくなってしまった。

 

 

 

 ◯◯◯

 

  

 

 

 気がつくとユタは空を飛んでいた。慌てて起き上がると自分は何かに乗って飛んでいるのだと気づく。そして自分を乗せている白い龍の紅眼をみて、再び何も分からなくなった。

 

 「う……ん……」

 

 「お、気がついたかな?」

 

 眼を開けるとぼんやり視界が開けてきて、小さな白いナルガクルガに顔を舐められていることに気づいた。ユタが眼を開けたので嬉しげに鳴くと、何かに頷いて場所を開ける。そして先程の青年がユタを除き込んだ。

 

 「だいぶ顔色良くなったね。大丈夫?疲れたのかな。」

 

 「あれ…僕は…?」

 

 「突然気絶して、もう、2時間くらい経った。みんなはもう寝てる。この子は起きてたけど。」

 

 辺りを見回せばいつの間にテントを張ったのか、自分はその中にいた。

 

 「あ…そういえば…カラの脚は?」

 

 「とりあえず礫を取り除いた。ただ、傷の化膿が進んでて壊死してたから周りの肉を削り取った。恐らく右後ろ脚はもう使い物にならないだろう。」 

 

 「そんな…」

 

 「ま、命があっただけ、逃げられただけましだよ。」

 

 確かにその通りではあるけれど、ユタの気持ちは軽くならなかった。心配する声を出すレナを撫でながら視線を青年に戻す。

 

 「あの、そういえば名前を───」

 

 「あぁ…僕はツェル。幻月の守人って呼ばれてる。よろしくね、ユタ君。」

 

 「げ、幻月の守人って、あの……?」

 

 「多分その幻月の守人だと思う。」

 

 驚いたユタに、ツェルと名乗る青年は微笑する。

 

 「さ、もう休みな。竜車が到着するまではここを動けないから。」

 

 見張りはしておくからね、というとテントから出ていった。

 

 「確かに疲れたな…そういえばレナはお母さんの所にいなくて良いの?」

 

 そう聞くと、どうやらカラの方からテントの中で寝ろと言われたらしい。きっとまた敵が襲ってきたときに、レナが標的にならないよう隠したかったのだろう。それじゃあ一緒に寝ようかと言ってユタが横になるとレナも眼を閉じ、あっという間に寝息をたてはじめたので本当は無理して起きていたのだと分かる。

 

 「なんだか、すごいことになっちゃったな。」

 

 でも今それを考えてもどうにもならない。夢で見た龍はなんなのかは気になったが、一先ず明日に備えることにした。

 

 

 

           次回、「龍の棲む村」


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