竜と少年R15ver   作:神座(カムクラ)

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第伍話 戯れ

 

 

 広く見開けた、流れが穏やかな川原のススキ野原で、小さな白いナルガクルガが王様カナブンを追いかけていた。何度か飛びついては避けられ、飛んで逃げられると悔しそうに尻尾をピタピタと地面に叩きつける。

 

 

「あはは、惜しい惜しい。」

 

 

 飛んでいった方向を睨みつけながらブフッと鼻を鳴らすレナを宥めるように撫でるユタ。この1人と1匹だけでは心配なので狩人のリーエンも同行していた。

 

 

「ユタ、そろそろ戻ろう。氷が溶けてきてる。」

 

 

 ついでに獲った食用の魚はベリオロスの凍結袋を利用して作られた氷に浸されているが、温暖な気候なので長くは持たない。

 

 ユタは返事をしながらまだ不満そうなレナを引きずるように方向転換させて村へ向かう。相変わらず色んなハンターや観光客で賑わうユクモ村も、半年に一度の祭りの日である今日は一段と活気付いていた。

 

 

「お前は初めてだな。兄ちゃんと楽しんでこい。」

 

 

 リーエンはそう言って小さな革袋をユタに渡して彼はハンター仲間の元へ。革袋には1000ゼニーが入っていた。

 

 

「それがありゃ腹一杯食えるな。後でお礼を言わないと。」

 

 

「うん。行こう兄さん。」

 

 

 ナルガクルガ達は農場の奥の竜舎でいつも通り。ユタとトーマはいつもより多い露店を行ったり来たりしながら食べ歩いたり、奇面族の店でユタがトーマにタマミツネを模したお面を買ってもらったりと満喫する。

 

 

「ねぇ君、もしかしてユタくん?」

 

 

 呼ばれて振り向くと、きちんとした身なりの男が笑みを浮かべながら手を差し出した。

 

 

「どうも、突然すまないね。私は龍暦院の研究員の1人だ。君の噂を聞いて、有給をもらって飛んできたんだ。よろしく。あぁ君はご兄弟かな?」

 

 

 左胸に刻まれた龍暦院の紋章。村長やギルドはなるべく噂が広まらないように配慮はしているものの、古龍並みにお目にかかれないようなナルガクルガを連れてきたとなればもはや不可抗力。これまでも沢山の研究者や物好きな観光客が彼らの元を訪ねた。

 

 

「是非話が聞きたいと思っていたんだが、まさか今日が祭りの日だったとは。明日、出直した方が良いかな?」

 

 

「それでも構わないけど、ユタが良いなら、今でも。」

 

 

「うん、良いよ。龍暦院の人は初めてだから僕も話を聞いてみたいし。」

 

 

 イカ飯の良い匂いが漂ってきたので、まずその店に行こうとユタとトーマは歩き、そして研究員がついて来ていないことに気がついて後ろを振り向く。研究員は棒立ちしていた。

 

 

「やっほー、良い夜だねぇユタくん。」

 

 

 男の後ろから、見知らぬ竜人族の青年がひょっこり顔を出す。

 

 

「ユタ…知り合いか?」

 

 

「いや……」

 

 

 ユタよりも少し髪が長く、もみ上げが風になびいている青年は、村長と鍛治職人くらいしか竜人族を知らないユタにも彼が美形であることが分かる。中性的で温厚そうな、わかりやすい好青年だ。

 

 

「初めまして。お邪魔しちゃってごめんねぇ。でも俺が先約なんだぁ。ね?おにーさん。」

 

 

 対する研究員は冷や汗をかいて微動だにしなかった。そんな研究員の肩にアゴを乗せ、片手で彼の頬を撫でる。

 

 

「大丈夫だって、俺、年齢性別種族関係なく楽しくやれるから。さ、そんなに緊張しないで、早く裏に行こう?それとも…みんなに見られる方が好きなのかな?」

 

 

「お前…一体……」

 

 

「でも俺、公衆の面前でヤる趣味ないんだよなぁ、ましてや子供の前で噴き上げちゃうのはねぇ?ちょっとこの子達にはまだ早すぎるよねぇ?」

 

 

 そう言って竜人族の青年は、立ち尽くしているユタとトーマに目をやりながら男の頬すれすれまで顔を近づけ、彼にしか聞こえないくらいの大きさで囁いた。

 

 

「それに、せっかくのお祭りが君の汚い悲鳴と血で台無しになっちゃうからねぇ…秘めゴトは秘めゴトらしく秘めゴトしないとね…?俺は責めるのが好きだからねぇ…覚悟してねお兄さん…」

 

 

「あ、あの…あなたは…?」

 

 

 ユタの一言で、竜人族の青年はにっこり笑った。

 

 

「あぁごめんごめん、ほんとは君に用があるんだけど、俺ちょーっとこのおにーさんと遊んでくるからまた後でね。ほんじゃあ、ラーザによろしく。」

 

 

 そのままの格好で道を外れていく2人。ユタは、竜人族の手に何か光るものを見たような気がした。

 

 

「ラーザさんを知ってるのか…?どの道報告した方が良さそうだな。」

 

 

「うん。確か宿屋の近くにいるって言ってたよ。」

 

 

 警備任務にあたっているラーザを探しに2人は村長が経営する大きな宿屋の方へ向かい、客の案内をしていた村長に彼の居場所を教えてもらうと先程起きたことを話した。

 

 

「それは穏やかじゃないな。」

 

 

「それでラーザさんによろしくって…」

 

 

「竜人の知り合いがいないわけじゃないが…若くて、しかも危なげな奴…」

 

 

「黒い旅衣を来た、兄さんくらいの歳に見える竜人族でした。フード被ってたし暗かったから合ってるかわからないけど、多分白髪です。」

 

 

 ラーザは目を瞑って考える。ユタに用があり、自分を知っている人物。守人だろうか。

 

 

「あっいたいた〜」

 

 

 噂をすればなんとやら、例の竜人族が雰囲気をぶち壊して現れた。

 

 

「ラーザによろしくって言えばここに来ると思ったんだぁ。」

 

 

 黒い歪な指輪がはめられている手でフードを取る。やはり金髪の、そして温厚そうだがどこか不穏なオーラを出している竜人の青年。先程は男の影と暗闇に隠れていたが、布に包まれた対竜用の大きな武器を背中に背負っていた。 

 

 

「お前…ハンターにしちゃ変な格好だな。」

 

 

 ラーザの言葉にニヤリと笑いながら、旅衣の内側から筒状に丸められた羊皮紙を取り出してラーザに差し出す。

 

 

「えーっと、まぁ色々書いてあるけど、とりあえずユタくんは守人見習いに、ラーザはユタくんの師匠になりまーす。あとナルガクルガの件はハンターズギルドからの許可も取れたってことかな。ちゃーんと可愛がってあげてねぇ。」

 

 

「で、お前は。」

 

 

「あぁ俺?気にしなくていいよ。ただのお目付け役だから。例えばユタくんが、ナルガクルガを連れて村を襲撃しまーす!みたいなことにならない限りケンカにはならないから安心して。…ふふ、俺は薄暮の守人。君らの監視役だ。…そんなに怖い顔しないで、仲良くしようねぇ。それじゃ、俺は遊びの続きをしてくるから、またねぇ。」

 

 

 呼び止めようとしたラーザに構うことなく背を向け、スーッと人混みに消えていく。その時彼の背にあったのは、太刀でもハンマーでもアックス系でもない不気味な大鎌だった。

 

 うーん、とラーザは頭の後ろをかいた。

 

 

「厄介な奴に目をつけられちまったな。」

 

 

「薄暮の守人ってことは結構すごい人?」

 

 

「間違ってはないけど、あの薄暮ってのは正式な称号じゃない。正式な二つ名を持ってるのは幻月の守人だけだ。あいつは…俺も会うのは初めてだが黒い噂は俺たちの間にも、ハンターの間にも広まってる。」

 

 

「黒い噂?」

 

 

「ハンターズギルドや各国と繋がってる。そして俺たちやギルドナイトには開示されていない理由で内外問わず身柄を拘束したり諜報活動したりしてる奴だ。あいつと面と向かって合う時は終わりってことで、誰かがそれを夜の始まりに喩えて薄暮って呼んだのが始まり。そしたらそれを気に入って自分から名乗るようになったんだと。」

 

 

 ラーザはため息をつきながら羊皮紙の上から下までに目を通す。

 

 

「見習いっつってもまずは勉強からだな。あとはあのナルガクルガ、特に小さい方の世話。正式に守人になるには上位飛竜を1人で狩れるくらいの実力と、色んな知識が必要だからな。」

 

 

 それを聞いてユタは少し驚いた。

 

 

「守人なのに竜を狩るんですか?」

 

 

「そりゃ、基本的に狩猟はハンター任せだが、別に守人だからって竜を一切傷つけないってわけじゃない。あくまでも生態系を守るって意味だ。調査のために捕獲したり、緊急時にハンターの代わりになったりすることもそれなりにある。さっきのあいつだって、でっかい鎌背負ってただろ?」

 

 

 それともやっぱりやめるか?と言われてユタは首を横に振る。初めは竜医者になるつもりでこの村に来たわけだが、よくよく考えてみれば竜医者の主な配属先は研究所か闘技場。捕獲されたモンスターの手当てと体調管理をするのが主な仕事で、厳密に言えば竜を助けるわけではない。

 

 

「まずは村の書庫にあるモンスター図鑑を読み漁ることだ。特にナルガクルガの部分な。まぁ善は急げと言うが…今日は祭りを楽しんでこい。まだ始まったばかりだ。」

 

 

 

 ○○○

 

 

 

「し、知らない…俺は雇われただけだって!」

 

 

「そんな嘘は通用しない。でも良いよ。まだまだ始まったばかりだし、すぐいっちゃったら俺も萎えちゃうからねぇ。」

 

 

「うっ…嘘じゃない…!」

 

 

「じゃあこの龍暦院の紋章はどこで手に入れたの?盗まれた記録はないのに見たところ本物なんだよねぇ、でもメンバーのリストに君の名前は載ってない…」

 

 

「は、配属されたばかりなんだ!だから…」

 

 

「配属されたばかりなのにもう有給取れるの?すごいねぇよっぽど優秀なんだね。ちなみに10年前から今日までに、どこの誰がいつ龍暦院入りしたか纏めたリストもあるんだけど、君はどこに載ってるのかな?」

 

 

「ち、違う…嘘じゃない……!」

 

 

「そんなに怯えなくても大丈夫だよ!逝かせたら意味ないからね。じゃあ…そうだ!俺彫刻やったことがあるんだ。時間食うけどこれが結構楽しくてねぇ。自分用の彫刻刀も持ち歩いてるんだ。だから俺と出会った記念に、君の背中にさっき教えてくれた本名がどうか分からない君の名前を彫ってあげる!あ、ついでに俺の異名も追加したげるよ!」

 

 

「こ、この…気狂(きちが)いめ…!こんな事してただで済むと…ま、まて、本気か?待てってーーー」

 

 

「わぁ、お兄さん綺麗な背中だねぇ。彫った後に火で(あぶ)ってすぐに冷やせば良い作品になりそうだねぇ。じゃ、始めるねぇ。"わたしはインチキ研究者の……"、こらこら身をよじろうとしないの。縛ってるとはいえ綺麗に彫れないじゃん。あとうるさい。私の前世はティガレックスです、って追加してあげるよ。」

 

 

 

 ○○○

 

 

 

「あ、レナ、まだ起きてた。」

 

 

 夜遅くなり、祭りを後にして農場の様子を見にきたユタの元に小さなナルガクルガが駆け寄る。良い匂いがするらしく鼻を鳴らして彼の服を嗅いだ。

 

 

「あはは…僕を食べないでよ?」

 

 

 レナは彼をじっと見つめ、押し倒して顔をこれでもかと舐めた。

 

 

「アババ…降参、こうさーん。」

 

 

 レナの拘束から抜け出して、ふぅ、と一息つく。

 

 

「明日から忙しくなりそうなんだ。勉強しないといけないし、多分モンスターを相手にする訓練もしないといけないみたいだし…」

 

 

 それなら私がいる、とどこか得意そうな顔をする。確かに、将来はナルガクルガマスターになれるかもしれない。

 

 

「レナはいつまでここにいられるのかなぁ。」

 

 

 やはり竜は自然の中で生きている方が良い。それにこのナルガクルガは一時的に保護しているわけであってペットではない。ふとそう思って思わず溢すと、レナが不満げに鼻を鳴らした

 

 

「なんでって、レナだっていつか独り立ちするんだし。ここに住むわけにはいかないでしょ?」

 

 

 レナはもう一度彼に飛びかかって押し倒すと、顔をフイッと背けて彼に体重をかける。幼体なので大して重くないがユタを組み伏せるには十分だった。

 

 

「ちょっ、レナ、どうしたの。」

 

 

 何を伝えることもなく、欠伸をして瞼を閉じる。

 

 

「え?ここで寝るの?ダメだよ、明日身体中痛くなっちゃう。…ねぇ、ちょっと、レナってば。」

 

 

 その後、母親に回収されるまでユタを離すことはなかった。


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