「ゼロの使い魔」二次

異世界へ突然召喚された少年の、召喚前から召喚後までの短い話

以前にArcadiaに投稿していたものです。
思うところあってこちらにも投稿します。

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以前にArcadiaに投稿していたものです。
思うところあってこちらにも投稿します。


鏡の日

 がらんどうのようになった街を彼は歩いている。

 事件が始まって一週間。

 たったそれだけの帰還で、これまで築きあげてきた秩序はあっけなく崩壊した。

 

 最初の三日で、彼の知る人間の半分以上が消えた。

 彼にとっての最初の消失は、街で見かけて声をかけようとしたクラスメート。クラスメートは、彼の見ている前で忽然と姿を消したのだ。

 それから始まる、人間の大量消失。

 場所も時間も、誰であるかも関係なく、消失は起こった。それは或る意味においてとてつもなく平等な行為だったのかも知れない。  

 その翌日、消失が世界規模であることを彼は知った。

 そしてさらに二日後、その消失が無差別に起こっていることを彼は知った。

 何処にいようと、人は消えた。

 どれほどの厳重な警戒も、どれほどの技術の粋を集めたシェルターも意味がなかった。

 

 例えば、乗り物の運転手が突然消える。

 操作していた者を失った乗り物は、当然事故を起こす。

 事故が起これば、救急車や警察、消防車も場合によっては駆けつける。そして、現場へ駆けつけた者も消える。

 人が消えることによって成立しなくなったシステムも多い。

 物流は全て止まり、人は動かなくなった。

 水と食料を手にして家に引き籠もる者もいた。それでも、人は消失する。そして、水と食料だけがそこに残される。

 消失を防ぐ手段は、誰にもわからなかった。

 しかし、消失する理由はわかった。

 消失の始まった当初に、テレビのアナウンサーが生放送中に忽然と消えたのだ。

 彼は、今でもそれを覚えている。

 

 アナウンサーが生放送中のスタジオでパネルの前に移動しようとしたとき、その前に突然現れる鏡のような銀色の板。

 その中に吸われるようにしてアナウンサーは消えたのだ。そして、鏡はアナウンサーと共に消えた。

 同じ事が、世界各地で起きていたのだ。

 

 鏡に触らなければいい。辛うじて助かった者はそう伝えた。

 だが、鏡の出現場所は全く不明なのだ。

 トイレへ行こうと一歩踏み出した先に現れれば、それで終わり。階段を下りているときに足下に現れればそれで終わり。

 酷い場合には、呼ばれて振り向いた先に鏡が現れ、首からそこへ突入した者もいる。

 どうしようもない。全く動かずに生きていくことなどできるわけがない。すなわち、誰であろうと決して逃げられないのだ。

 強いて言えば、病気や怪我、老いによって動けない人たちならば、鏡に飛び込む可能性は全くないのかも知れない。しかし、世話をする者が消えてしまえば別の意味で終わりだ。

 

 彼は、運良くこれまでを生き延びていた。

 生き延びた理由は間違いなくただの運である。彼の手の届く範囲には、未だ鏡は現れたことがない。もっとも、今の地球上に残っている人間の殆どが、彼と同じ条件なのだろうが。

 鏡が現れれば逃げ切ることなどできない、と彼は思っていた。

 それでも、動かないわけにはいかない。今日は、家で待っている妹たちのために食料を探しに来たのだ。

 食料自体は上手く探せばいくらでも残っている。店に無ければ個人宅。食料を集められるだけ集めて、本人が消失したという例も少なくないのだから。

 そして彼は、一軒の無人と思われる家のドアを開けた。

 そこに、鏡があったような気がした。

 

 

 

 

 

 少なくとも、命は助かった。

 寝床も確保した。食事も多分もらえる。

 奴隷になってしまったようにも思えるが、正確にはこの世界での使い魔と呼ばれるものになったらしい。

 彼のご主人様となった少女の名はルイズ。長いのでとりあえず名前だけ覚えた。見た目は何処に出しても恥ずかしくないような美少女なので、運が良いのかも知れない。

 夜空を見れば、ここが異世界だということは一目瞭然である。地球上の何処に行こうと月は一つと決まっている。

 バーチャルリアリティとかホログラムとか、一介の学生である自分相手に使うわけもないと彼は思う。

 つまり、あの鏡は異世界への扉、こちらの言い方で言えば「使い魔を連れてくる扉」だったのだ。

 しかし、よくよく聞いてみると人間は自分一人。そして、この扉を発生させたのはこの学園の生徒たち。地球であれだけの騒動になるほど人が消えたにしては、数が少なすぎる。いや、それを言うなら自分以外の人間がこちらに来ている様子はないのだが。

 自分以外の地球人は何処へ連れて行かれたのかと彼は考える。

 そして、この世界はいったいどんな異世界なのか。ハルケギニア、トリステインなどという現地名を言われたところでさっぱりわからない。

 地球でないのはわかる。しかし、別の星なのか、それとも、別の時代なのか、はたまた、別次元の世界なのか。

 多分最後の一つだろうな、と彼は思う。

 魔法なんてものが実在しているのだ。物理法則が無茶苦茶である。確か、同じ宇宙なら物理法則はさほど変わらないと聞いたことがあるような気がする。もしかするとSF小説だったかも知れないが。

 平行宇宙。

 こういうとき、アニメやコミックに慣らされた頭は便利だなとも彼は思う。発想が突飛でも何とか想像できるものだ。というか、実際に異世界へ来てしまったのだからそういうものだと納得するしかないのだろうが。

 こちらの世界の人間達も見た目は同じだ。異星人の見た目が地球人と全く同じ確率とはどれくらいだろう。しかも、科学文明を持っていない。

 やはり、平行宇宙のほうがなんとなくしっくり来る。

 かつて読んだSFを思い浮かべ、ふと彼は気付いた。

 平行宇宙は無限にあるという。

 なら、平行宇宙には自分と似たような者がいっぱいいるだろう、それこそ無限に。

 当然、ルイズのような者も。

 それがみな、使い魔を召喚したら?

 その召喚先が、たまたま重なったら?

 ルイズと似たような者。その中の一部が召喚魔法を唱える。そのさらに一部の者の召喚場が彼の地球になってしまったら。

 ごくごく一部であろうとも、母集団が無限なのだから膨大な数になるだろう。

 それが、真実なのだろうか。それが、彼のいた地球を事実上滅ぼした原因なのだろうか。

 不思議と、彼の中にルイズに対する怒りは湧いてこない。使い魔にされたせいだろうか。愛情とまでは行かないが、不思議な親近感が感じられるのだ。

 彼女に召喚されたということは、他の人たちと比べて恵まれているのだろうか。

 ルイズは、一見ただの人間……実際もただの人間だが……である彼に落胆していた。しかも、別のものを召喚するためには彼が死ななければならないと言っていた。

 それでも、ここのルイズには一人の人間をそんな理由で殺す気はないらしい。

 別のルイズは、召喚した地球人を殺してないだろうか? あるいは、本格的に奴隷として扱ってないだろうか。

 だとしたら、彼はまだ幸運だ。こき使われるかも知れないが、今夜の様子では奴隷とは違う待遇のようだ。どちらかというと召使いに近い。

 

 

 

 

 

 彼は朝早く目を覚まして、昨夜言われたとおりにルイズの下着を洗おうと考える。

 確か、水場があった。そう思い出して外に出ると、メイドらしき格好の女の子が洗濯していた。

 

「あの、すいません」

「はい?」

 

 声をかけるとメイドは立ち上がり……

 その瞬間、彼女の頭上に鏡が現れた。

 呟く間もなく、彼の目の前からその姿は消える。

 

 呆然としていると、背後の建物の各所から悲鳴が聞こえてきた。 

 彼は気付く。

 ああ。ここも、誰かのための召喚場になったんだな。

 この世界は、何日保つんだろう。

 

 



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