「くそっ!」
神殺鎗が襲う。黒崎一護はかろうじてその攻撃から逃れる。何て能力だ。じゃあ、半径13キロ以内だったら、全部あいつの手の内ってことじゃねぇか。
黒崎一護は、神殺鎗の恐ろしさが伸縮の速さだけではないことに焦りを感じる。見えないところでも感知できるとなると、全く隙がない。逆にそれは、市丸ギンに死角がないともいえる。
神殺鎗をギリギリで避わして攻撃に転じる。またもや受け止められてしまったが、黒崎一護はチャンスを見出そうと、頭を回転させた。動じるな。残月のおっさんも言っていた。退けば老いるぞ。臆せば死ぬぞ。
一瞬の隙を狙って刺突が飛んでくる市丸ギンを相手に、それこそ一瞬でも気が抜けない。黒崎一護は自分を奮い立たせた。と同時に、少なからず付け入る隙を黒崎一護は見出そうとしていた。
(奴の卍解は確かにやっかいだが、切っ先にさえ集中していれば……)
どこかでカウンターを企む黒崎一護だが、その策略をあざ笑うかのように、黒崎一護の眼には光り輝く六本の鎗が映った。
「なっ……」
「縛道の六十一、六杖光牢(りくじょうこうりょう)」
「がっ……くそっ……」
市丸ギンの指先から放たれる鬼道。朽木白哉が得意とする鬼道であった。
「鬼道使えたのかよっ……」
「ボクも隊長やっててんから、もしかしたら使えるかもとは思わんかったん?」
市丸ギンの言う通りだと黒崎一護は自分の甘い考えに歯噛みした。六杖光牢は動きを封じる鬼道だ。超スピードを身に付ける天鎖残月にとっては天敵であり、間合いをものともしない神殺鎗とは相性の良い鬼道だった。
「少しはやるかと思ったけどこんなもんか。最後はあっけないけど、これで終いやね」
市丸ギンが鬼道を使役したほうとは違う右手の斬魂刀を、黒崎一護に刃先を向ける手前、黒崎一護は最後の力を振り絞り、一瞬だけ仮面を出して六杖光牢を打ち砕いた。
「へぇ、抜け出したんや。上手なもんや。けど、それえらく体には負担かかってるみたいやで」
「はぁ……はぁ……、うるせーよ」
出した仮面をすぐに消すことで、体の消耗を最低限に抑える。だが、市丸ギンを斃すには、やはり仮面の力を借りなければ勝てないと黒崎一護は悟る。せめて市丸ギンの隙を作らなければ……。
「月牙……」
「無駄や。やめとき」
「てんっ……な、なんだ……?」
市丸ギンに言われてやめたわけじゃない。黒崎一護は間違いなく月牙天衝を放とうとした。だというのに、斬月から放つために集約させた霊圧が消えてしまったのだ。
「いったい、どうなってんだっ……」
「だから言うたやろ。やめときって」
「てめぇが何かしたのかっ」
「人聞き悪いで。まぁ、君がその技使えんかったのは、確かにボクのせいなんやけど」
「くそっ、いったい何したんだ」
黒崎一護は飛び出す。まだ高校生で未熟なゆえ、感情のままに飛び出したのもあるが、月牙天衝を封じられたとあっては、市丸ギンのように間合いの外からの攻撃手段がない。黒崎一護は距離を詰めて、白兵戦を挑むしかなかった。
市丸ギンも、縮めた神殺鎗でこれに応じた。
「ずっと気付かへんかったん? 分かってたから、その月牙を撃たんねやとばっかり思うてたんやけど」
「こっちは何したってきいてんだ」
かつて兕丹坊の腕を切り落とした時のように、黒崎一護は市丸ギンに臆することなく立ち向かう。
「これがボクの神殺鎗の能力や。13キロにいるうちは、ボク以外は皆、霊圧を封じられる」
「何……だと……」
「実際きいてもピンとけぇへんやろ。つまり、君は今、月牙も鬼道も使えない状態にあるんや。けどその超スピードは霊圧とは関係ないから使える。安心しいや」
「くそっ」
神殺鎗の基本攻撃である刺突が黒崎一護を襲う。超スピードは卍解の能力として確かに機能している。だからこそ、かろうじて神殺鎗に何とか対応できている。
分が悪い。逃げるわけにはいかないが、一旦立て直さなければ。
「"滲み出す混濁の紋章"、"不遜なる狂気の器"、"湧き上がり・否定し・痺れ・瞬き・眠りを妨げる"、"爬行する鉄の王女"……」
「なっ……」
「"絶えず自壊する泥の人形"、"結合せよ"、"反発せよ"、"地に満ち……」
「させねぇ!?」
月牙天衝が使えなくても虚化は使える。藍染惣右介が使っていた九十番の鬼道。黒崎一護が詠唱で判断がつくはずもないが、周りの空間を黒く沈んだ闇が覆い始めるのを目にして察知する。これはかつて、藍染惣右介が七番隊隊長、狛村左陣に向けた使用した“黒棺”である。
虚化して瞬時に市丸ギンに刃を向けた。詠唱をやめ、黒崎一護の攻撃を止めることに切り替えると、黒く濁った空間は徐々に融解してその姿を顕現することはなかった。
「この……」
仮面の奥に潜む黒い眼が、まっすぐに市丸ギンを射抜く。まるで射殺すように突き刺さる視線を浴びて、市丸ギンはその鋭利な碧き眼を僅かに見開いた。
「あかんなぁ。やっぱり、愛染隊長のようにはうまくいけへんなぁ」
藍染惣右介は扱いが難しい九十番を詠唱破棄で使用していた。だが、不適に笑うこの蛇のような男もまた、底が知れない。神殺鎗の真の能力が“毒”であることが判明するのは、この男が愛する者のために、藍染惣右介へと反旗を翻すのが最初のことである。