「思ったより片付いていますね」
「あ、アハハ……もっと散らかってると思った?」
部屋を観察する姉さんを見ながら、こっそり安堵する僕である。
あ、危なかった……! 部屋を散らかせないほど困窮していることが、この場合は逆に功を奏した。
それについ先日、月乃瀬さんがガヴリールにゴミ捨てをするように口酸っぱく言っているのを偶然聞いて、僕もゴミ出しをしたんだよね。ありがとう、月乃瀬さん……!
「それでアキくん、先程の女の子のことなのですが」
「オンナノコ? ナンノコトダロウ、ボクワカンナイ」
「そうですか。では直接お隣さんに──」
「待って姉さん! 分かった! 話すよ、話すから!」
玄関に向かおうとする姉さんを引き止め、ソファーに座らせる。あんな風にバッタリ遭遇しちゃったら、やっぱり見逃してくれるわけないよな……!
「言い訳があるのでしたら聞きましょう。アキくん、あなたは不純異性交遊をしているのですか? それも、あんなに小さな子を相手に」
腕を組んで僕を見下ろす姉さんである。当然のように僕は土下座だった。
不純異性交遊の禁止。それは僕が一人暮らしをするにあたって、この人から課せられたルールだ。
でも不純異性交遊って、具体的にはどんなことがそれに該当するのだろう? ガヴリールはあくまでお隣さんの友達であって、やましいことなど一つもないが、まずはそれを確認してからだ。
「姉さん、何をしたら不純異性交遊なの?」
「そうですね。例えば──女の子に膝枕をしてもらったりしたら、マイナス10万点です」
まずい。完全にアウトだ。
「って姉さん、その点数は何?」
「アキくんに一人暮らしを続けさせて良いかの評価です。この減点分を定期テストと比較して、その可否を判断します」
マイナス10万点=即死である。
「ね、姉さん。僕みたいなのに彼女なんかできるわけないじゃないか。姉さんの心配は全くの杞憂だよ、ハハハ……」
実際生まれてこの方、彼女なんて一人もできたことがないしね。
とはいえ、この人の判断基準だと有る事無い事含めて不純異性交遊扱いされてしまう可能性が非常に高い。それはつまりクラスメイトの女の子、ガヴリールや姫路さん、美波に胡桃沢さん、そして秀吉にまで迷惑を掛けることに繋がってしまうかもしれないのだ。僕が変な目で見られるのは構わないけれど、皆を巻き込むわけにはいかない。ここはなんとかして姉さんを丸め込まないと……!
「そうですね。確かにアキくんは頭が悪い上に顔もブサイクで、おまけに甲斐性なしで男の風上にもおけません」
「そこまで言わなくてもいいじゃないか……!」
ちょっと泣きそうになった。
「ですが、そんなダメなところに魅力を感じる人がいるのもまた事実。実際、姉さんはアキくんに好意を抱いている人物に心当たりがあります」
「えっ、本当?」
誰だろう? 姉さんが帰国したことで、思わぬ収穫が得られるかもしれない。
「アキくん、こちらを見てください」
「なになに?」
姉さんは携帯電話の画面を僕に差し出してきた。そこに映っているのは一通のメールだ。
「なんと姉さんの元に、弟の個人情報を入力するだけで100万円が貰えるというアンケートが届いたのです」
「それ明らかに詐欺だよ! っていうか、僕の個人情報本当に売ってないよね!? その人には好意じゃなくて悪意しかないよ!?」
「安心してください。弟は女装趣味の変態と返信した上で、然る場所に通報しておきました」
「通報だけで良かったよね!? っていうか、変態は弟に女装させようとする姉さんの方だから!」
僕は至って普通の男子高校生であって、変態的な趣味などこれっぽっちも持ち合わせていないというのに。
「アキくん、話を逸らさず正直に話してください。正直に話してくれれば、姉さんも多少のことは大目に見ましょう」
「話が逸れてたのは姉さんが原因の気がするんだけど……」
とはいえ、隠し通すのはもう絶対に不可能だ。大目に見ると言ってくれてるし、ここはもう正直に言うしかないか……。
「実はあの子は、同じ学校に通うクラスメイトなんだ。姉さんの思ってるような関係じゃないよ」
「アキくん……目を、閉じて?」
「なんでっ!? なんで正直に言ったのに妙な雰囲気で近づいてくるの!?」
「いくら私でもその嘘には騙されませんよ。あの子の背丈はどう見ても小学生のそれでした」
確かにガヴリールの容姿は高校生には見えないかもしれないけど……。
「アキくんはもっと年上の女性にも目を向けるべきかと」
「その言い方だとまるで僕が年下の女の子にしか目を向けてないみたいだよ!? 違うから、僕は断じてロリコンじゃないから!」
「ですが、アキくんも年頃の男の子。劣情を持て余してしまうのも仕方ないと言えるでしょう。そこで姉さんは考えました。不純異性交遊は禁止ですが──不純な同性との交遊は認めてあげます」
「同性愛者でもないからね!? なんでそんなに晴れやかな表情なの!? 海外で姉さんに何があったの!?」
新たな扉を開いた姉の姿に、僕は涙が止まらなかった。
○
その翌日。
姉さんの魔の手から逃れるように家を飛び出し、僕は通学路を歩いていた。いつもならまだ寝ているありえない登校時間だけど、寝坊なんてしてしまったら何されるか分かったもんじゃないし、姉さんがいる間だけでも規則正しい生活を送らないと……!
「それにしても、今日はいい天気だなあ」
顔を上げると、そこには突き抜けるような青空が広がっている。早起きは三文の得というし、今日は何か良いことがあるといいなぁ。
文月学園へと続く坂道をのんびりと歩いていると、その前方に見知った後ろ姿を発見した。あれはクラスメイトの須川くんだ。僕は迷うことなく、その背中に声をかけた。
「おーい、須川くーん」
「おお、吉井か。おはよう」
須川くんは振り返って、こっちへ駆けてきてくれる。そしてにこやかな表情を浮かべながら、こう続けた。
「そしてさようなら」
須川くんは迷うことなく、僕の頬に拳を叩き込んできた。その一撃をモロに食らって、僕は道路に倒れ込む。
爽やかな僕の朝は、クラスメイトの突然の裏切りによって終わりを告げた。
「何!? いきなり何!? 本当に訳がわからないんだけど!?」
「黙れ異端者が! 皆の者、こいつを連れて行け」
「承知しました、須川会長!」
「うむ。特別顧問が到着次第、すぐに審問を開始しろ」
「えっ!? なんで!? 僕が何したっていうのさあああっ!?」
僕の疑問には誰も答えてくれず、そのまま僕は怪しいフード姿のクラスメイトたちの手によって2年Fクラスに連行される。畳の上に投げ捨てられ、壁に背中を打ち付けた。
「諸君。ここはどこだ?」
「「「最後の審判を下す法廷だ!」」」
「異端者には?」
「「「死の鉄槌を!」」」
「宜しい。これより臨時異端審問会を開く」
そして、その目を殺意に染めたクラスメイトたちが僕の抹殺を企んでいる。
「ちょ、皆どうしたっていうのさ!? 僕なにかしたっけ!?」
「口を慎めこの裏切り者! 貴様は可能な限り惨たらしくコロス!」
駄目だ、話が通じる相手じゃない……! なんで共に青春を駆け抜けているはずの級友に、僕は命を狙われているんだろう?
「待てお前達。吉井を殺るのは特別顧問の方が来た後だ」
僕への怒りで殴る蹴るの暴行を加え始めた皆を、須川くんらしき人物が諌める。いや、一番最初に攻撃してきたのは君だからね? そんな感謝しろよみたいな目で見られても、僕の中にある君への感情は殺意だけだよ?
「って、特別顧問って?」
僕も一応、この異端審問会に籍を置いているけれど、特別顧問という役職の人物を知らない。誰のことだろうと首を傾げていると、教室の扉がガラッと開いた。
そこに立っていたのは、我らが駄天使ガヴリールだった。僕は大きな声を上げて、彼女に助けを求める。
「助けてガヴリール! このままじゃ皆から亡き者にされちゃうんだ!」
ゴロゴロと畳の上を転がっていると、ガヴリールはゆっくりと僕らの方へやってくる。た、助かったぁ。
「天真さん。ご命令通り、吉井を捕らえました」
「うむ。ご苦労だったな」
ガヴリールは敬礼する須川くんから黒いフードを受け取ると、何故かそれを羽織る。あ、あれ? なんだか猛烈に嫌な予感がしてきたぞ?
「す、須川くん。特別顧問ってもしかして……」
「そうだ。この天真さんこそが、我らが異端審問会の特別顧問だ!」
一斉に喝采を上げるFクラスの面々である。
良いのガヴリール? 天使としてそれで良いの? この組織、どっちかと言うと悪魔寄りというか、ただの悪の組織だよ?
ガヴリールはそんな僕の疑問など意に介さずに、据わった目で畳に這いつくばる僕を見下ろしている。
「──明久」
「な、何? ガヴリール……?」
「世界が終わる時って、すっごく呆気ないんだぞ☆」
「何する気!? 世界に何をする気!?」
やっぱりこの子は生まれる種族を間違えてると思うんだ。
「明久、私は細かいことをウダウダと話すのは嫌いだ」
「う、うん。知ってるよ」
「じゃあ構えろ。私が引導を渡してやる」
「へっ?」
「いくぞ!
困惑する僕を置き去りにして、ガヴリールが召喚フィールドを展開する。これは僕らが召喚大会の優勝で得た白金の腕輪の効果だ。ガヴリールが持つ腕輪は、教師の立ち会いなしでの試験召喚を可能にするのである。
「
「くっ、やるしかないのか……!
現れる僕とガヴリールの召喚獣。
召喚大会ではペアを組んで共に戦った相棒だけど、そっちがその気ならこっちも容赦はしないぞ!
数学
『Fクラス ガヴリール 11点 VS Fクラス 吉井明久 8点』
「……やめようガヴリール。この戦いはあまりにも不毛だ」
「……うむ」
やっぱり人間、話し合いで解決するのが大切だと僕は思うんだ。
ガヴリールが召喚フィールドを取り消してから、僕は彼女の元に歩み寄ってこう尋ねた。
「で、結局この騒動はなんだったの?」
するとガヴリールは、ぷいっと目を逸らしてしまう。
「いや、まあ、えっと、その……だな。お前に……」
「僕に?」
「お前に彼女が出来たのかもって思ったら、つい世界を滅ぼしたくなっただけだ」
可愛い顔して言ってることが怖い!
「って、え? 僕に彼女?」
「だ、だって! 昨日知らない女を家に連れ込んでたじゃん! 彼女がいるから、昨日は私と遊んでくれなかったんだろ!?」
「いや……あの人は、僕の姉さんなんだけど……」
「…………えっ? 姉さん?」
「う、うん」
「……」
「……」
そっか、とガヴリールは小さく頷く。
そして顔を真っ赤にして、僕にビシッと指を突きつけた。
「コロス! お前を殺して私も死ぬ! そんで全て無かったことにしてやる!」
「ええっ!? 何でそうなるの!? 今のは一件落着の流れじゃないの!?」
「うるさい! やれお前ら! 記憶を失くすまで明久をボコボコにしろっ!」
「「「イエスユアハイネス!!!」」」
「くそっ! こんな教室にいられるか! ダッシュ!」
「吉井が逃げたぞ! 追え!」
「彼女が出来たというのが誤解だとしても、美人なお姉さんと二人暮らしなんて許せん!」
「血祭りにあげてやらああああっ!」
「結局こうなるのか! 皆なんだかんだ適当な理由をつけて僕を抹殺したいだけなんじゃないの!?」
「「「それもある!!」」」
「もうやだこのクラス!」
相変わらず誰かを貶めることに関しては異様な団結力を発揮するクラスメイトたちである。
僕の爽やかな朝は、いつの間にか殺るか殺られるかのデスマッチにその姿を変貌させていた。