思った以上に書くのに時間が掛かっていました。
ぺちーん! と天井から勢いよく落ちてきたのは、サソリ型の魔物だ。
ただし、尾っぽが二本あるし、前肢となるハサミも二本ではなく四本だ。しかも、左右一つずつハサミが異様に大きく成長しており、まるで盾を構えているように見える。
そして、瀕死の状態らしい。レンジの魔法の爆発力は並みではない。
さらに言わせるならば、ここで追撃を止めるようなレンジでもない。こんな生ぬるい事しかしない男だったのならば、神などただの一柱も殺せない。
レンジは素早くタクティカルリロード。フルミネの装弾数は12+1発であり、まだマガジンの中には七発の弾丸が込められている。
「シュッ!」
短い掛け声と共に、そのマガジンをサソリ擬きに投げつけて……
ドバンっ!
ドゴオォォォォォオン!!
周囲は爆炎に包まれた。先程より遥かに大きい爆発だ。まあ、威力を二乗して上乗せする爆発魔術だ。当たり前と言えば、当たり前である。
そのあまり余る威力に、体重の軽いユエが吹き飛ばされそうになるのを、ハジメが抱き抱え身を呈して守るほどの大火力。
もちろん、そんな爆発に生物が耐えうる訳もなく、サソリ型の魔物はそのまま死に絶えた。大爪の盾は片方が吹き飛び壁に突き刺さっており、尻尾の片方も木端微塵。多肢も損傷が激しい。
ハジメが思わず同情してしまう程、呆気ない死に様、痛々しい死骸である。
きっと、ユエの封印を守るための最後の砦として用意された魔物だろうに、その使命を全うする暇もなく殺られるとは……。
「………ん、ハジメ」
「どうしたんだ、ユエ?」
「
「……限り無く可能は低いが、人間……だと思う」
「あのさ、君達? 聞こえてるよ?」
ユエのまさかの質問。そして、それを曖昧かつ嬉しくない答えで返すハジメ。そんな二人の様子に、もう人間であるところがほとんどないレンジが苦笑する。
ハジメがレンジの事を人間だと断言出来ないのは無理もないだろう。ここまで来る道中、あまりにも人外の力を使いすぎている。やはり、一パーセントの出力でも神の力は、神の力である。
「……まぁ、それは置いといて、な。このサソリ擬き、皮膚に金属が含まれているみたいだな」
「なに? 金属だって?」
ハジメはすぐに鉱物鑑定を行う。シュタル鉱石はという金属で、魔力との親和性が高く、魔力を込めるとそれに比例して硬度が増していく特殊な鉱石
おそらく、爆発の衝撃はこの鉱物の防御力を貫通して、内部のモノを破壊したのだろう。
「……よし! 作るぞ!!」
「ハジメ? 何を??」
「あぁ、スイッチ入ったか。……長くなるヤツだ」
ハジメの職人魂に火がついた。新しい金属の発見でインスピレーションが浮かんだらしい。
こうなるとハジメは納得するまで、作業が終わらないのをレンジは知っている。
「そうすると、ユエって少なくとも三百歳以上なわけか?」
「……マナー違反」
サソリ肉を齧りながら、ハジメがガチャガチャと作業を続ける中、それをながめるしか無かったユエとレンジ。まぁ、ユエは楽しそうに見ていたが。
しかし、レンジは暇だったので、本人についていろいろ聞いてみたのだ。その結果、すでに三百歳を越えているらしい。そこで、ハジメのマナーのなっていない言葉が飛んだ。
いやしかし、まさか転生者レンジよりも歳上だったとは。これからは、“ルージュロリエさん”と呼んだ方がいいだろうか? あ、レンジがユエに睨まれた。
「吸血鬼って、皆そんなに長生きするのか?」
「……私が特別。“再生”で歳もとらない……」
レンジは前世にも、吸血鬼という種族が存在した。蘇生神アライフラによって創造された不死の一族であった。
しかし、ユエの場合は少し違うようだ。当時、彼女だけが先祖返りをして、十二歳にして不老不死になったようだ。
その不老不死も、どうやら魔力の直接操作や“自動再生”の固有魔法に由来するらしいので、魔力が枯渇している時に、致命傷を食らえば普通に死んでしまうらしい。
その事に、少しだけ胸を撫で下ろすレンジ。
それはレンジの前世の世界で居た吸血鬼とは違う特徴だ。レンジが過去であった吸血鬼は、その存在の規定として、不老不死という概念を有していた。
「それで……肝心の話だが、ユエはここがどの辺りか分かるか? 他に地上への脱出の道とか」
「……わからない。でも……」
残念ながら、封印されていたユエにもここが迷宮のどの辺なのかはわからないという。しかし、申し訳なさそうにしながら、何か知っていることがあるのか話を続ける。
「……この迷宮は反逆者の一人が作ったと言われてる」
「反逆者?」
その単語にレンジがビクッと反応する。まさか、いやまさかな……。
一方ハジメは、聞き慣れない上に、何とも不穏な響きに思わず錬成作業を中断してユエに視線を転じる。ハジメの作業をジッと見ていたユエも合わせて視線を上げると、コクリと頷き続きを話し出した。
「反逆者……神代に神に挑んだ神の眷属のこと。……世界を滅ぼそうとしたと伝わってる」
──それは、違う!
レンジは叫びそうなったその言葉を必死で呑み込んだ。“絶対に違う”、そう核心があった。
神があのエヒトならば、その反逆者は、反逆者ではない。この世界の希望だった筈だ。
恐らく、亜神エヒトによって歴史や記録、その他を多くのものが隠蔽、改竄、捏造されて貶められた過去の英雄達なのだろう。
レンジは、ただギュッと握り拳を作る。
さて、ユエ曰く、神代に神に反逆し世界を滅ぼそうと画策した七人の眷属がいたそうだ。しかし、その目論見は破られ、彼等は世界の果てに逃走した。その果てというのが、現在の七大迷宮といわれているらしい。この【オルクス大迷宮】も勿論その一つとの事で、奈落の底の最深部には反逆者の住まう場所があると言われているのだとか。
「……そこなら、地上への道があるかも……」
「なるほど。奈落の底からえっちらおっちら迷宮を上がってくるとは思えない。神代の魔法使いなら転移系の魔法で地上とのルートを作っていてもおかしくないってことか」
ならば、行かなくては。そう思うレンジ。
そこへ行けば、地上への脱出口もある事は間違いないだろうし、彼等の遺していったモノもあるだろう。それをこの手に取り、受け継いでやりたい。
彼等が本当に反逆者だったか。それとも、人類の希望だったのか。もし、自分の予想が外れていても構わない。
ただ、本当に、本当に彼等が……英雄だったのならば、少しだけ力を貸してやろう。同業者のよしみだ。
見えてきた可能性に頬が緩むハジメと、少しやることが増えそうなレンジ。再び、視線を手元に戻し作業に戻る。ユエの視線もハジメの手元に戻る。ジーと見ている。
「……そんなに面白いか?」
ちなみに今、レンジは胡座をかいて座っている。そして、その膝上にユエが座っている。時々、レンジの手を小さな手でニギニギしたりする事はあったが、目線は必ずハジメの事を納めていた。
そんなに見ていて面白いのだろうか? と疑問に思うハジメだが、レンジの“察しろよ”という目線には気が付かなかった。
レンジの足の限界も近い。
「……ハジメとレンジは、どうしてここにいる?」
今度はユエが質問をする番のようだ。当然の疑問だろう。ここは奈落の底であり、正真正銘の魔境だ。魔物以外の生き物がいることが間違っているような人外魔境。
ユエには他にも沢山聞きたいことがあった。なぜ、魔力を直接操れるのか。なぜ、魔物の肉を食って平気なのか。むしろ、何故食おうと思ったのか。あと、左腕はどうしたのか。そもそもハジメもレンジも人間なのか。レンジが使い、ハジメも持っている武器は一体なんなのか。
ポツリポツリと、しかし途切れることなく続く質問に律儀に答えていくハジメ。時々、レンジからの捕捉が入る。
仲間と共にこの世界に召喚されたことから始まり、無能と呼ばれていたこと、ベヒモスとの戦いでクラスメイトの誰かに裏切られ奈落に落ちたこと、レンジだけが助け飛び込んできたこと、魔物を喰って変化したこと、爪熊との戦いと願い、神水(ハジメの中ではポーション)のこと、故郷の兵器にヒントに現代兵器モドキの開発を思いついたことをツラツラと話していると、いつの間にかユエの方からグスッと鼻を啜るような音が聞こえ出した。
「何だ?」と手元から視線を上げてみると、レンジの膝のいえで、ハラハラと涙を流すユエが居た。レンジは頭をナデナデしており、ハジメはギョッとなって思わず手を伸ばして、流れ落ちるユエの涙を拭きながら尋ねた。
「いきなりどうした?」
「……ぐす……ハジメ……つらい……私もつらい……」
どうやら、ハジメのために泣いてくれたらしい。心の優しい少女である。
「気にするなよ。もうクラスメイトの事は割りかしどうでもいいんだ。そんな些事にこだわっても仕方無いしな。ここから出て復讐しに行って、それでどうすんだって話だよ。そんなことより、生き残る術を磨くこと、故郷に帰る方法を探すこと、それに全力を注がねぇとな」
「まぁ、そうだな。あと、ちなみにで教えておくけど、お前撃ち落としたの、檜山な」
「……実にサラッと言いやがるな…」
「だってどうでも良いんでしょ?」
魔力感知と魔力捕捉の技能があるレンジは、クラスメイト全員の魔力を識別する事が可能だ。あの時、ハジメの方に飛んでいった火球が檜山のものなのは分かっていた。
ハジメは自分が助けに行けばそれで良かった。逆に、自分の不在中にクラスメイトがギクシャクするのは嫌だったので、檜山の事は誰にも言わずに、ハジメの後を追ったのだ。
しかし、ハジメが地球に帰るときは、クラスメイトも一緒だろう。今は、自分とレンジの二人で帰る事しか考えていないようだが、一緒に帰す。
ハジメが嫌がろうと、それはレンジが許さない。帰る時は一緒だ。その時、他の仲間にも疑心感をハジメが感じないように、犯人を教えておく。レンジの布石は完璧だ(自画自賛)。
「……帰るの?」
それは、故郷に帰るっと聞いてユエが漏らした一言。
「うん? 元の世界にか? そりゃあ帰るさ。帰りたいよ。……色々変わっちまったけど……故郷に……家に帰りたい……」
「……そう」
ユエはとても沈んだ表情で顔を俯かせてしまった。そして、悲しみにくれた声で呟く。
「……私にはもう、帰る場所……ない……」
「……」
そんなユエの様子に、ハジメはカリカリと自分の頭を掻いた。
別に、ハジメは鈍感というわけではない。勿論、まだ十七歳の子供なので、相手の感情を察する力ではレンジに負けるが、ユエが自分達の中に新たな居場所を求めているということは薄々ではあるが理解していた。新しい名前を願ったのもそういうことだ。だからこそ、ハジメ達が元の世界に戻るということは、再び居場所を失うということであり、また孤独な響か続くのだとユエは悲しんでいるのだろう。
ハジメはチラリとレンジに目を合わせる。彼の黄金に染まってしまった瞳には、“君の意志で選択しろ”と行っているようだった。
そうならば、もうハジメは悩まない。自分の思った事を口に出すだけだ。
「あ~、何ならユエも来るか?」
「え?」
ハジメのその提案に驚いたユエは目を見開き思わず聞き返してしまう。涙で潤んだ紅い瞳にマジマジと見つめられ、何となく落ち着かない気持ちになったハジメは、若干、早口になりながら告げる。
「いや、だからさ、俺達の故郷にだよ。まぁ、普通の人間しかいない世界だし、戸籍やらなんやら人外には色々窮屈な世界かもしれないけど……今や俺もレンジも、いや特にレンジ、主にレンジだな。まぁ、似たようなもんだしな。どうとでもなると思うし……あくまでユエが望むなら、だけど?」
「やかましいわ」
一人の少女の行く末を決める大事な場面なのに、レンジは思わずツッコんでしまった。
しばらくの間、呆然としていたユエだが、ついに理解が追いついたのか、おずおずとハジメに、そしてレンジにも、「いいの?」と尋ねる。しかし、その瞳には隠しきれない期待の色が見てとれる。
「あぁ、良いとも。相棒も、だろ?」
一応、拒否はしないであろうレンジに確認を取ってみるが、やはりというか当然というか、彼はいつもどおりの優しい微笑みを浮かべている。
「構わないとも。ハジメには悲しい人生を送ってほしくないし、何よりお前一人に決めさせた事だ。それは、俺が決めた事でもある。最後まで共に行こう」
「……ん。ハジメも、レンジも、ありがとう」
ユエは満面の笑みで、二人にお礼を言う。
レンジはハジメがその決断をしてくれた事を、とても嬉しく思った。まだまだ、先は長いがハジメは少なくとも、最悪の人生を送ることはないだろう。
ユエも、自分とハジメにかなり好意を抱いているようだが、自分とハジメに向けるそれは、違う意味合いの好意だ。
強いていうなら、レンジに向けてくるものは、尊敬や憧れ。ハジメの話の中に出てきた、レンジの力の凄さによるものだ。
対してハジメに向けられた好意は、まだ花咲かぬ恋心か。レンジが下手なちょっかいを掛けずに今の関係を維持すれば、そう遠くない内に花を咲かすだろう。
──あぁ、それがいい。二人の恋の花。きっとそれは、美しい花なんだろうな。
そう遠くない未来、結ばれた二人が手を繋ぎ、笑顔で歩く素顔を、レンジは強く望んで脳裏に幻視する。
そこには、彼自身の姿は何処にもなかった。
そして、サソリ即爆殺! ハジメの出番がぁぁぁ! そして、レンジの前世の話までいかないという……。
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