………、………。
──ヨシ。誰も居ないな?
今の内に………そっと。
「きゃぁああああー! た、助けてくださ~い! 受け止めて~~!」
奇跡的にティラノモドキの攻撃が外れ、変わりに余波の力で空高く飛ばされたウサミミ少女。
されど、彼女に飛行能力などある筈もなく、放物線の頂点に達してしまえば、あとは落ちてしまう以外なにも出来ない。
しかし、慈悲の概念などほぼ奈落に置いてきた挙げ句、残りは全てユエに注ぎ込んでいるハジメには、正直あの少女の事などどうでもいいので、知らぬ顔でスゥーっと車体をバックさせる。
だが、そんなハジメと違い、レンジは優しい心を持っている。甘くはないが、優しい心を。
レンジはサイドカーから飛び降りると、地面に落下する前に、そのウサミミを掴み取る。
「きゃぁああああ、はっ! ありがとうございます
! でも、貴方ではなく、あちらの白髪の方に頼んだんですけどね!」
めっちゃ失礼である。いっそ、清々しいくらい失礼なウサギだった。
しかし、レンジはいつもの美笑。相変わらずの美しい笑顔を少女に向けて、そっと地面に降ろしてあげる。なんと言うか、大人の余裕だ。
「知るかよ。なんで見ず知らずの他人を助けなきゃならん」
「はぁー!? あ、貴方それでも人ですかー! 良心とか無いんですか!」
「んなもん奈落に捨ててきた」
「なんですかそれ!」
失礼なウサギはレンジを蚊帳の外に、ハジメに向かって難癖を付けはじめた。本当に、失礼なウサギである。
ユエも、義兄であるレンジを無視した挙げ句ハジメに難癖を付ける姿に、相当イラッときていらっしゃる。
「………このクソウサギ……」
ポロッと、そんな事を呟いたユエに……ポンッと頭に手を起き、そのまま撫でてやるレンジ。
思わず洩らしていた言葉をお兄ちゃんに諌められる形になったユエは、恥ずかしさからほんのり頬を赤く染める。
「貴女も仲間ですよね? 何とか言ってあげて下さいよ!! こんな超絶可愛い美少女が助けを求めているんですよ!?」
自分で超絶可愛いとか言う辺りどうかと思うが事実、ウサミミ少女は美少女の分類に入る……と思われる。今まで逃げ続けてきたのか、ズタボロで非常に貧相な格好をしているので、イマイチ確信が得られないのだ。
しかし、そんな事よりも、だ。またである。また、レンジの事を無視したのである。どう見ても、レンジも仲間の筈なのに。それを無視してユエのみに申し立てる辺り……ユエの怒りボルテージが振り切れそうである。
が、ついさっき、というか今も兄に頭をナデナデされて諌められているので、怒りで感情が爆発する事は無かった。流石はレンジ、出来る男である。これを見越してのナデナデであったのだ。
けれども、ユエの機嫌が悪い事に変わりはない。そればっかりはレンジにはどうしようも出来ない。
「……黙れ、クソウサギ…」
今のユエさんは苛烈だ。
ハジメもユエにはご機嫌でいて欲しいので、頬っぺたをムニムニ。レンジは相変わらずナデナデ。
ムニムニ、ナデナデ、ムニムニ、ナデナデ、ムニナデ……
ユエの表情が少し和らい……
「何和んでいるんですかー!」
ビキィ……
ウサギの一言に鬼の表情へと──
しかし、それが何だかの行動へと変わることは無かった。
グルルルゥアァアアアアーッ!!
今の今まで大人しかったティラノモドキが雄叫びと共に突進してきたのだ。
「ひえぇ~、お助けぇ!」
素早くハジメの足にすがりつくウサミミ少女。あくまで他力本願で
「くそっ、擦れつけやがって」
ハジメがドンナーを構えようとした時、レンジが待ったを掛ける。
「待ってくれ、ハジメ」
「? どうかしたのか?」
「ヒュドラの時も思ったんだけださぁ、一つの体に幾つもの頭って悲しいよな。──だから、その悲しみから解放してやろうか」
ニヤリと英雄が笑った。あの時のゲス顔である。まあ、あの時よりは大分、というか比較にならない程の普通のゲス顔だが。
ユエは勿論の事、ハジメもレンジのその表情には別段特別な感情は湧かない。ハジメも奈落でユエと出会う前から、レンジのゲス顔は幾度となく見ているからだ。
ただ一人、ウサミミを生やした少女だけがビクッと震えていた。
「──
狂気を含む笑顔で英雄は超常の奇跡を、神の力をこの世界に顕現させた。
──ドゴオォオオオオォォォン!!!
此方に向かって突進してくるダブルヘッドティラノモドキの足元から、ハジメをしても目視で確認が難しい速度で剣山が隆起した。
いや、剣山ではない。巨大な刃である。フランベルジュのように波打ち、マグマが血液のように流れる巨大な刃が、大峡谷の地表を突き破って生えてきたのだ。
それは『
地脈神の神器『
そんな物に真下から突き刺されたダブルヘッドティラノモドキは、勿論左右に真っ二つである。確かに、一つの体に一つの頭である。半身であるし、完全に絶命しているが。
「これぞ地形攻撃だな」
「いや、もう地形関係ねぇー。こんな事も出来るのかよ……」
「……ん。やっぱり、レンジはすごい」
「ヒェェェー」
───チョロロロ……。
ハジメの足にすがり付いていた少女が失禁していた。
まあ、無理もない事だろう。まさか自分が散々蔑ろにしていた
「……テメェ、引っかけやがったな?」
ハジメの額に青筋が浮かぶ。どうやら、失禁した挙げ句にハジメの足も濡らしてしまったらしい。
しかし、ここでも誰よりも早く動くレンジ。英雄の仕事は些細な気遣い、ヘイト管理なのだ。
「嘘だろ、ハジメ。まさか……お漏らしプレイを──」
「フンッ!!」
「ぐぼぉおおおっ!!」
ハジメの左腕から放たれるボディブロー。義手のギミックであるショットガンシェルの発砲で生まれる推進力まで利用した、今現在できるハジメの全力の拳。
それをいつも通り、腹で受け止めて吹き飛んで『
その際ついでに『
「はぁー……ったく、レンジは優しいな」
「ん。……優しすぎる」
「イテテ……そう、かな?」
奈落で共に戦ったハジメとユエは、レンジの気遣いを看破して、優しすぎる彼に溜め息を吐く。
しかし、レンジの気遣いはまだ終わらない。
何故か口を金魚か何かのようにパクパクさせて硬直しているウサミミ少女をハジメの足から退かして、少女のアレでアレしてしまっている足に外界魔術を掛ける。
「磨きあげろ、『
この魔術は、謂わば魔術版洗濯機(?)である。洗濯脱水は勿論の事、完全乾燥も行った上に衣服のシワや解れも直してくれる、前世の生活魔法である。あと、良い香りが着く。
まあ、世間一般に普及していた魔法の魔改造バージョンなので、オラトリアか
さて、一瞬でハジメのズボンと足が綺麗になり、ついでにウサミミ少女にも同じ魔術を掛けてあげる。まさしく、優しすぎるレンジである。
レンジのお陰でキレイになったウサミミ少女は未だにパクパクしている。一気にいろいろな事を目の当たりにして、脳の処理が追い付かないのだろう。
だが、しかしというかやはりというか……
「先程は助けて頂きありがとうございましたっ、私は兎人族ハウリアの一人、シアといいますですっ、 取り敢えず私の仲間も助けてくださいっ!」
めちゃくちゃ片言だった。体をカクカクブルブルさせながら物凄く棒読みで、めちゃくちゃ図々しくもお願いしてくる。
しかも、それをハジメに言って、レンジとは目を合わせようともしない。
ここで遂に、ハジメがキレた。
彼のアイアンクローが素早くウサミミの生えた頭を捕獲する。
「おい、お前いい加減にしろよ? いつまで俺の仲間を無視してやがる、あ?」
ユエもゲシゲシッ! とウサミミ少女に蹴りを入れる始末。
レンジは、自分の為に彼らが怒ってくれた事を本当に有り難く思い、そして……
「ハジメ、アイアンクローで持ち上げるのはダメっ! 首絞まってるから、首ぃ! あとユエちゃんも、そこは蹴っちゃあかん!!」
英雄の受難は続く。前世でも、今世でも。
しかし、今は前世とは違い、暖かな気持ちが英雄の心を満たしていた。
さて、ハジメのアイアンクローで意識が遠退きかけたウザウサギ、いや超絶失礼なクソウサギからの話を聞き(レンジが二人を何とか納得させた)、それをまとめてみると……
どうやら、帝国──ヘルシャー帝国なる国に追われているらしい。なんでも帝国は、兎人族をどうしても奴隷にしたいようで、彼女の一族を追っているらしい。
ちなみに、ヘルシャー帝国は人間の国である。完全実力主義で、実力さえあれば国のトップにでもなれる。
そう、人間の国から追われているのに、同じ人間に助けを求めるウサミミ少女。きっと頭が悪──追われてきた恐怖で頭がおかしくなって、ハジメ達に助けを求めたのだろう。
しかし、アイアンクローを食らい、ユエにも蹴られても、お願いしてくる辺り……どうにも意志は硬いらしい。
あくまで、ハジメとユエに助けを求め、レンジは無視。まあ、凶悪なゲス顔とあの力を見れば、事情を知らなければ誰だってそういう反応をするだろう。言わば、前世の人々と同じ反応だ。
それがハジメとユエを怒らせる原因なのだが、彼女は気付く筈もない。しかし、レンジ本人が気にしていないので、ハジメとユエも怒るに怒れない状況。
だが、レンジは他の原因もあるのでは? と思っている。どうにもこのウサミミ、まだ話していない事があるようなのだ。
しかし、あまり話したくないのか、言おうとしない。レンジは仕方なく、神の声を使うことにする。
「まだ話してない事があるんだろう? ほら“話してごらん”?」
ウサミミ少女はあっさりゲロった。当たり前である。神の力に逆らう術など持っている訳ないのだから。
曰く、彼女は本来兎人族が持つ筈のない魔力を持って産まれてきた突然変異らしい。それ故に固有魔法が使えるらしい。
それが『未来視』。文字通り、未来の出来事を見る事ができるらしく。彼女は、ハジメとユエの
「……俺だけが、居なかった、と?」
「はい、そうなんです。『未来視』はあくまでも、無数にある未来の中で、今現在の状況から起こりうる確率が最も大きいものを見る魔法なので、下手に行動すると未来が変わっちゃうんです……」
だから、未来に出てこなかったレンジを必要に無視したのだと、少女は語る。
それに、ハジメとユエの二人は絶句する。
「……そっか。──なら、仕方ないね」
だが、レンジはいつも通りだった。変わらぬ美笑を浮かべ、最善を尽くそうとしたウサミミ少女の頭を撫でてあげる。
未来、英雄は居ない。それは、本当になのだろうか?
ハジメとユエは、一抹の不安を確かに覚えた。
シアちゃんがとんでもなく失礼な奴に!?
しかし、彼女からすれば自身と一族の運命を左右する場面。未来に居なかったレンジに関わろうしなかったことは、当然の事だと思うんですよねー。
ゲス顔見ちゃったし。