吸血鬼、失礼ウサギvs英雄、メイドさん
シアの運命を掛けた決闘は、二日後。
この二日間で、如何にシアと情報を共有するかが、勝敗を分かつ。ユエはそう思い、みっちりシアにレンジの情報を与えた。
勿論、前世の話とかは教えていない。戦闘スタイルや得意戦術などの戦闘面での話である。だが、神の力についてはハッキリと教えておく。
いつ、力の制限が解けるか分からないし、力の一部やを微弱に発動している神格が存在にしている事をユエは知っている。それに、あの英雄の事だ。力の制限など、意志の力でどうにか出来てしまうかも知れない。
まあ、体に負担が掛かるので流石に今回の決闘ではやらないだろうが。それでも、隠し玉を持っている、あるいは用意するのが、蓮ヶ谷レンジという英雄だ。
「ふぇ~、す、凄いんですね、レンジさんって……」
「シアはその凄い人にぞんざいな態度を取ってた。自覚ある?」
「ひえ~、絶対私ヤられちゃいますよ! お助けぇ~っ」
それに付け加え、ユエは知りうる外界魔術の全てをシアに教えておくのも忘れない。外界魔術はかなり強力な魔法だ。トータスの魔法より、かなりっというかユエにも扱えないくらいには難易度が高く、洗練された魔法である。
ある効力では、神代魔法に近しい領域のものもある程だ。まあ、大体そのレベルの魔法は、
ともかく、レンジについて教える事は多い。シアはかなり混乱しやがらも、なんとか「まぁレンジさんなら仕方ないか……」と諦めたような呆れたような感じで、なんとか覚える事ができた。
「レンジは凄い魔法を沢山知ってる。それも、異世界の魔法で、しっかり理解して、改良してる」
「と、トータスの魔法でも難しいのに……異世界の魔法を改良なんて……」
「ん。私もまだ、“生活魔術”っていう非攻撃性の魔術しか習得してない」
「レンジさんってもう一体、何なんですかね?」
「……英雄」
「なるほど、そう来ましたか」
さて、英雄レンジの他にも注意すべき相手が居るのだが、ユエは正直なところ気にしていなかった。
幾ら魔力量が多くとも、所詮はメイド。戦う術など知る筈もないだろうし、出来たとしても護身術くらいのモノだろう。魔法戦でも自分の高速魔法展開に追い付けるとは思わなかったのだ。
しかし、これらの予想は外れ、ユエはクーリアに大変苦しめられる事になる。
一方、レンジとクーリアは特に情報交換する事もなく、ただ一つだけ……
「ユエは、魔力操作が出来るから魔法の詠唱は一切ないよ」
「マスターと肩を並べてある者の一人。であるのならば、そのくらいは出来て当たり前でございます」
「……想定内とはね」
「それに、吸血鬼の姫君の事は存じております」
「そうなの? それは、驚いた……」
「私の一族は……歴史だけは古いですからね……」
その言葉には、何やら重たい思いが含まれていたのをレンジは相変わらずの敏感さで気が付いた。
だが、無理に聞き出す必要はないっと判断したのと、人には簡単に踏み込んではいけない過去がある事を重々承知していたので、本人がその気になった時に聞くことにした。
「……クーリア、俺からは何も聞かないよ。ただ、話したくなったら、いつでも話してくれ」
「お気遣い頂き感謝します」
「……別に。困っている女の子が居るのを知っているのに、何も話されていないからという理由で、問題から逃げているだけだよ。……だから、雫を助けてやれなかったのさ」
「……雫? それは、八重樫雫様のことでしょうか?」
「………」
「失礼致しました」
何も答えないレンジに、クーリアはごく自然に頭を下げる。クーリアはあくまで、レンジのメイドでありたいようだ。
「……さて、決闘のステージを完成させてしまおうか」
「はい、
こんな話をしながら二人は、ウルフヘズナル五百人と、ハジメとその配下であるハウリア族四十人で、二日後に予定されている決闘の闘技場を作っている。
ハジメが錬成師で大変助かっている。
建物の基礎となる土台や枠組みをハウリア族とウルフヘズナルで切り出してきた木材を使い、そこへハジメが錬成で大理石(のようなモノ)を張り付けて、コロッセオのようなモノがドンドンと完成に近付いていく。
ウルフヘズナルは、つまりはレンジに滅茶苦茶シゴかれた帝国兵。ハウリア族とは対立するのでは? とハジメとレンジは危惧していたのだが、そんな事が起きることはなかった。
ハウリア族は、レンジの直属部隊であるウルフヘズナルの強さと鋼の精神、そして連帯力に感銘を受けたのだ。
ウルフヘズナルは、ハジメによって強靭な意志を持ち、種族的な特徴でもあった超温厚平和主義を克服して、真の戦士なった彼らを讃えた。
そんな双方の最初の挨拶では……
「俺はハウリア族の族長──深淵蠢動の闇狩鬼カームバンティス・エルファライト・ローデリア・ハウリアだっ!」
「私はウルフヘズナルの隊長──暗黒餓狼の屍喰鬼バルトロメティス・クリノクロア・ローデライ・ベルセリアだっ!」
「………」
「………」
「「……貴様、できるな…!」」
ハジメとレンジが転げ回った。そりゃもう全力で。
それはさておき、二日後。見事なコロッセオが完成した。筋力と人数にモノをいわせ、資材を休むこと無く運んできたウルフヘズナルと、そんな彼等の護衛役を担い十分職務を果たしたハウリア族のお陰だ。
まあ、錬成ができるのがハジメしか居なかったために、彼はかなりの重労働をしなければならなかった。
しかし、仲間達の晴れ舞台である。怠けも手抜きもせず、全力で円形闘技場を作ったハジメ。お陰で、本物のコロッセオ以上のモノが……。
さて、円形闘技場は、その名の通りの建造物だ。円形の決闘場を囲む形で、客席が設けられている。
今回四人が戦う決闘場は、直径百メートルとした。実際の広さは最もあるのだが、観客席などの周囲に及ぶ被害を想定して、敢えて広さを制限したのだ。
決闘のルールは至ってシンプル。場外へ地面に体が着いたら敗北。あるいは気絶するか、無いとは思うが敗北を認めるか……。勝利条件は無論、以上の事を相手にさせたら、である。
さて、既に観客席にはハウリア族とそれ以外の兎人族に、ウルフヘズナルも五百人ほどが居るのだが、席にはまだまだ余裕がある。
ハジメは闘技場の東西南北に作られた特別観客席におり、ハジメが放つドンナーの発砲音が、決闘開始の合図である。
ユエとシア、そしてレンジとクーリアも既に決闘場内に入っており、両者ともに睨みを利かせている。
「ぜ、絶対負けませんよー!」
「ん。今日は負けないっ」
「……俺がシアちゃんで」
「では私はユエ様ですね」
ハジメは、シアを連れていくのが、まさかここまで大事になるとは……、と半ば呆れていたが、スチャッとドンナーを天に構える。
「……それじゃあ、行くぞー」
──ドパンッ!
開戦を知らせる銃声が響く。ちなみに、赤い狼煙をあげる特殊弾だったりするのだが、ハジメとレンジの趣味が高じた結果である。
それはさておき、開始の合図と共にユエは最上級魔法である『蒼天』でレンジとクーリアを吹き飛ばすないし、怯ませようとする。
その隙に、シアのハジメ印ハンマー“ドリュッケン”で場外まで一気に弾き飛ばすっという作戦だ。
ユエとシアが二人に最も勝目の高い短期決戦型の戦い……になる筈だった。
しかし、それは初手から脆く崩れ落ちる。
ユエが“蒼天”を発動させるより速く、クーリアの姿が消えたのだ。そして、黒いナイフを振りかざした姿勢のメイドが、ユエの目の前に現れた。
「ッ!」
「えいっ」
魔法はキャンセルし、無造作ではあるが致命傷になりかねないナイフを何とか回避するユエ。
(速い! いや、たぶん魔法。じゃあ彼女も魔力操作を?)
クーリアは詠唱を一切し無かった。それなのに、音もなく目の前に現れるのは、恐らく転移魔法。それはユエも使えない、今は失われた神代の魔法である筈だ。
「ユエさん!?」
「! シア、ダメ!」
突然起きた予想外の展開。シアにとって師匠であるユエの失敗は、彼女を動揺させるのには十分過ぎる要因であった。
その隙を彼が、神殺しの英雄が黙って見ている筈はない。
──ドゴォ!
という地面を蹴り出す推進力の音と共に、レンジがシアに急接近。
「あ! ──くぅッ!!!」
接触の寸で気が付くシア。防御などする事も出来ずにレンジの跳び膝蹴りを直撃。
「うん。思ってたより、上手いな」
防御こそ出来なかったものの、あの僅かな間で魔力ので肉体強化をして決定打をなんとか防いだシア。肉体強化に関しては、天才的な才能があるようだ。
「シア、大丈夫?」
「ゆ、油断しましたっ。けど、もう大丈夫です!」
二十メートル近く吹き飛ばされたシアだが、すぐに起き上がるとドリュッケンを構え直す。そして、今度はシアが突撃、
「行きますよぉ!」
「させません」
ヒュン! と突進はじめたシアの目の前にユエが現れた。
「え! ユエさん!?」
「な、なんで?」
突然の転移現象。シアはなんとか自分の見に掛かる推進力を殺して、ユエとの衝突を避けるのだが……
「お二人さん、余所見とは余裕だねー」
既にレンジが再び接近していた。
シアは咄嗟にユエを突き飛ばして、ドリュッケンでレンジの拳を受けた。ドリュッケンという鉄塊を盾にしたの上で、シアは油断無くがっしりと構える。
本気も本気のガード。でも、それは破られた。
ガキンッ!
というドリュッケン内部のギミックが壊れる音と共に、レンジのアッパーで宙高く吹き飛ばされる。
「ギャグマンガか何かじゃないんですよぉ~~~!」
「なんで、知っているんだ……」
キラーンッ……と青空のお星様になるシア。
「……くっ、“嵐帝”!」
「お返し致します、“嵐帝”」
ユエが魔法を放つが、全く同じ魔法で即時に相殺させるクーリア。そして、ユエの次の魔法の発動前に、背後に転移する。
「ていっ」
「うぅ!」
黒いナイフがユエの背中を捉える。ズバッ! と傷口が付けられ、鮮血が飛ぶ。人間なら致命傷であるが、魔力さえあればすぐに治るユエには大した傷にはならない。
ならないのだが……
「ッ!……魔力が!」
切り付けられた瞬間、体から魔力がごっそりと四散した。あの黒いナイフは不味い! とすぐに彼女から離れるが、メイドからは逃げられない!
転移、転移、転移、転移転移転移転移転移っとどこまでも追い掛け続けてくるのだ。笑顔で。
ナイフの正体は、ユエを封印していたブロックである。全く同じ物という訳ではなく、同じ鉱物で出来ているという訳だ。魔力を吸収し分散させる力を持つ特殊な鉱物なのだ。
魔力量では最初から負けているのに、相手は同じ魔力操作まで使え、さらには魔力を消費させるナイフ型のアーティファクトまで保有している。
ユエとクーリアの相性は正しく、最悪。
そして、それはシアとレンジでも同じ事。むしろ、こちらの方が遥かに悪い。
強化特化とドリュッケンの内部ギミックが攻撃手段のシアに対してレンジは、強化シアを上回る身体能力を元々有しており、付け焼き刃ではない正統武術に精通している。それにまだ一度もトータスの魔法も外界魔術も、ましてやフルミネも使っていない。
素の身体能力の一撃だけで、ドリュッケンの内部機関が破壊され、強化シアにも打ち勝つステータスを誇る。これほど、シアにとって相性の悪い相手が居るだろうか。……いや、レンジが相手なら、誰だって相性は最悪なのだろう。それが、神殺しの英雄の実力なのだ。
ちなみに、ドリュッケンを一撃で破壊された事に観客席でハジメが地味にヘコんでいた。
「もうちょっと、粘って頂けませんか? 貴女が倒れてしまうと、私はやることが無くなってしまうのですよ? そう、ぶっちゃけ暇になってしまうのですよ」
「こ、このっ!」
「やあっ」
「──ッう!」
一体誰からな指導を受けたような毒舌でユエを煽り、冷静さを無くしさせていくメイド。単調な転移攻撃にも関わらず、ユエは反撃どころか回避すら儘ならない。
短期戦という作戦が崩れ、自分達の完全上位互換と言える二人に、手も足も出ないユエとシア。
特に、メイドであるクーリア・リベリオの実力を見誤っていた。このメイド、間違いなく人類最強クラスの実力者。でなければ、魔力が25,000などという馬鹿げた数値に到達する筈がない。
「やあーーーっ!」
「やっぱり、そのハンマー──ドリュッケンの扱い方も付け焼き刃だなぁー。完全に武器の重量にものを言わせただけで、足腰や体幹がダメダメだね」
「───うそ?!」
ドリュッケンの超重量で空中落下攻撃、つまりはメテオをレンジに食らわせようとしたシア。
その一撃を片手軽々と止めてみせるレンジは、シアの攻撃に辛口な評価をする。
「……まぁ十日間で急ピッチに仕上げた訳だし、当たり前か。そう思うと、シアちゃんはステータスと武術のお化けだねー」
ちょっとシアについて感心しながら、片手で支えていたドリュッケンを地面に半ばめり込むように叩き付ける。そして、それを引っこ抜こうとしたシアを蹴り飛ばす。
「そらっ」
「ガハッ!」
ボスンッ! という音と共にシアは吹き飛び、丁度延長線上に居たクーリアのところへ……
「せいっ」
「ぐべっ」
「きゃっ」
クーリアはシアを掴むと、ユエの後ろに転移。転移した時にはすでに、背負い投げ直前の姿勢になっており、ユエが回避するより早く、彼女のシアを叩き付ける。
柔道の試合ではないので、クーリアはパッと手を離してしまう。投げられた勢いのまま、ユエとシアの二人はゴロゴロと転がっていく。
揉みくちゃになってようやく止まったところでユエとシアは……
「「……強い」」
こちらが連帯なんてさせて貰えないほど、個人としての力に差があり過ぎる。連帯攻撃が出来たとしても、歯が立つ気がしない。
勝ち目は0。……いや、試合には勝てるけど、勝負には負けてしまうだろう。
試合としては、場外に出せばいいのだからまだ勝機はある。けど、それを狙うという事は、実力が劣っているのを認めるのと同じである。少なくとも、ユエとシアの二人はそう思っている。
どうしても、実力で勝ちに行きたいのだ。二人の実力で。
それにシアは折れない。その思いの丈は、目の前に立つ英雄と同じ。……いや、今この時限りではそれすら超えているのではないだろうか。
そして、ユエとて折れる訳にはいかない。シアが折れていないのだ。先輩であり師匠である自分が、シアよりも先に折れられる筈がない。
実力では到底及ばない。でも、この気持ちなら、この思いの丈なら、この揺るがぬ意志の強さなら……負けない。負けられない。
「……やれやれだね」
折れるどころか、さらに強さを増していく二人の闘志に、レンジは嘆息する。かつての自分もああだったのかな? と思いを馳せながら。
戦闘描写は苦手なんです。ごめんなさい。
でも、それも次回まで……の筈です。
次は、意志でバグるウサギと、神殺しの英雄降臨……かな?