なんとか、本日2話目です。
このトータスという異世界に来てから早二週間。レンジは英雄としての頭角を完全に露にしていた。
訓練相手の騎士団の団員が全く持って、相手にならない。まぁ当然と言えば当然だ。神殺しの英雄から意図も容易く一本取れる筈もない。
だが、やはり騎士団の団長であるメルド・ロギンスは中々の強者であった。トータスのトップも侮れないもだ。
あと、クラスメイトで言うならば、予想通り八重樫雫がかなり食い付いてくるし、前回の反省点なども確りと把握して自らの剣を磨いている。
恐らくは天之河光輝、八重樫雫、そしてメルド・ロギンスの三人パーティーで同時に戦えば、レンジも手を抜く事は出来ないかも知れない。まあ、訓練での話で実際に殺し会うならば、三人同時でもレンジに掠り傷すら与えられずに、その頭と胴体がおさらばするだろう。
ちなみに、坂上龍太郎とレンジの場合だと、そもそもの武器の射程も違うので、全くお話にならない。
やはり、危惧していた通りにレンジにはあまり訓練の意味が無かった。今は騎士十人を相手に取り、訓練をしてやっている。二週間にして主旨が逆転してしまっていた。
「デアァアアっ!」
「セエェェイっ!」
「ハアァァァっ!」
「はい、ご苦労様です」
三方向から同時に攻めてくる攻撃を軽くいなしてから、その場でくるりっと回転斬りを行う。足首のスナップと脚力から生まれる力が、腰へと渡り背筋によって更に力をまして、両腕から手元の剣とその鞘に放出された。
「ぐぁあああっ!」と、ほぼ同時に全身鎧姿の男三人が宙へと踊り出された。
「くっ。バケモノめ!」
「こ、こいつ人間じゃない!?」
「強すぎる。だが、ここで引くわけには!」
「ここは任せて、先に行けっ」
「どうやら本気を出す時が来たか……」
「………くっ、俺の右手がっ!」
「──我、目覚めたり」
残りの騎士達に言われたい放題……というか、ケツの二名は大丈夫だろうか? もちろん頭の話だ。
やる気があるのかないのか、よく分からない騎士達をジト目でレンジは凝視した。……こいつら。
「……来ないなら、俺から行きますよ?」
少し睨むように視線を送ると、彼は肩をビクッとさせて青い顔になった。そして、蜘蛛の子のように逃げていく。
レンジの額に青筋が僅かに浮かぶ。そして、彼は笑顔を浮かべる。
「……なるほど。そういう事なら、敵に背中を向けたらどうなるのか、教えてあげようか。──待てやテメェら!!」
このあと滅茶苦茶レンジに追いかけられた。そして、滅茶苦茶メルド団長に怒られた。
以後、この騎士達は絶望的な場面に出くわすと「逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ」とめちゃんこ叫ぶようになったという。
あえて、逃げ出した騎士達をフルマラソン並みに追い回した挙げ句、メルド団長に引き渡したレンジは良い仕事をしたっと言わんばかりに、訓練場の隅で小休止を取っていた。
その時、ごほごほっと突然咳き込む。すぐに口元を右手で押さえるのだが、噎せるように更に数回咳き込む。
「蓮ヶ谷君、大丈夫? 随分咳き込むわね?」
気が付けば、雫が背中を擦ってくれていた。
「ゴフッ、ゴホン。……ぁあ、大丈夫だよ」
「本当に? もし、あれだったら香織に……」
「いや、いいよ。ありがとう、雫」
口元を拭き取るように右手を話して、雫に得意の仄かな美笑をみせるレンジ。だが、雫は少し見とれる程度だ。古馴染みなので効果は薄く、腰砕けにしてやる事は出来ない。
まあ、なったらなったで面倒なので助かるのだが。
「ちょいと大声出しながらフルマラソンしたのが、喉に効いただけだろうし。香織も訓練中だ、わざわざ中断させてまで回復魔法使ってもらうのは、ね」
「……うーん、まあそうなんだけど。何か引っかかるわねぇ? って何でフルマラソン!?」
流石古馴染み。中々に鋭い。そして、ナイスなツッコミだ。
そんな事を思いながら左手でポケットから取り出したハンカチで、綺麗に右手の平を拭き取る。
「……あら、赤色」
「ん? それがどうかした?」
「だって、あまり赤色の物持たないじゃない。珍しいのね」
「あぁ、これね。メイドさんにハンカチが欲しいって言ったら、この色を渡されてね」
実際は嘘である。赤色のハンカチを所望したのだ。
「ところでさぁ雫」
「何? 改まって……」
「いや、ちょっとだけ見えたんだけど。ほんの少し前に、ハジメを檜山達が引っ張っていって、今その後ろを香織が追い掛けていったんだけど……」
「……はぁ、ちょっと行ってくるわ」
この世界に来てから妙に態度がでかくなった檜山達。手にした大きな力のせいで少し調子に乗っているのだろう。
何せ、一週間前にはレンジに喧嘩を仕掛けてきたくらいだ。しかも、正々堂々と真正面から。その誠意は実に手厚く返させて貰った。
少しは大人しくなったと思ったが、どうやら仕置きがまだ足らないとみた。しかし、今は行けない為、代わりに雫を行かせたのだ。
雫の後ろ姿を少しだけ見送って、レンジは訓練場から出て、施設の裏へと回る。そして、そこで膝から崩れる。
「ごぱっ、ごほごほっがはっ!」
四つん這いになった状態で盛大に吐血する。吐き出された血は多く、すぐに真っ赤な水溜まりができた。
一頻り血を吐き出し、それが治まるとレンジはパチィンと指を鳴らす。
すると、音もなく彼の後ろにメイド、いやあれは“よく訓練された”メイドさんだ!
ともかく、よく訓練されたメイドさんが現れてレンジに完璧な角度で一礼。
「悪い。汚してしまった」
「はい。すぐに掃除致します」
よく訓練されたメイドさんは再び一礼。そして、次の瞬間には一体何処から取り出したのか、モップとバケツがその手に持たれていた!
レンジは掃除の邪魔になるし、訓練時間に訓練場に居ないのは流石に不味いので、その場を立ち去る事にする。
その時、メイドさんにすれ違いざまに──
「いつもごめんね」
労いの意味を込めてナデナデしておく。
…おや!? よく訓練されたメイドさんのようすが…!
「……全ては、
ブンブンとまるで槍術のように、モップを片手で高速回転させて構えるメイドさん。
おめでとう! よく訓練されたメイドさんは“すごくよく訓練された”メイドさんにしんかした!
その槍捌き、いやモップ捌きに気合い入ってるなぁっと感心しながらレンジは訓練場へと戻っていった。
訓練場に戻ると、案の定というか何というか、服だけやけにボロくなったハジメが居た。檜山達にやられた後に香織が回復魔法を施したのだろう。
「いいようにやられたのか、ハジメ?」
「あ、レンジ君。……別にそういう訳じゃないよ」
笑顔で誤魔化すハジメだが、レンジは檜山達に連れて行かれるのを見ていたので、通用する筈もない。
だが、ここで本当はイジメられたんだろう? と確信を突くのはよろしくない。ハジメだって男の子だ。黙っていても、やはり悔しい思いはあるだろう。
ならば、何かあれば助けてやるとか、出来ることがあるなら言ってくれっなんて同情したような事を言うべきではない。
本当に言ってやるべき事は、本当にしてやるべき事は……。
「うん、そうなんだ。じゃあ、俺と訓練すっぞ」
「へ?」
強くなれるよう、めちゃんこ訓練してやるだけだ。そう、めちゃんこな。
魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教えよという事だ。まあ、本当に最善なのは釣り方を考えさせる事だが。
まあ、訓練なので剣の振り方なんて嫌でもわかるし、戦い方だって自分で考えられるだろう。がんばれ、ハジメ。
訓練終了まで、滅茶苦茶ハジメをシゴキ倒した。そのシゴキようと言えば、檜山すら若干同情するレベルだったのだが、同情するより自分の心配をした方がいい。何せ、これでハジメが強くなったら、まず仕返しされるのは自分なのだから。
訓練の時間が終われば、いつもならば夕食まで自由時間となるのだが今日は何故だが、メルド団長の野太い声で引き留められた。何やら、重要なお知らせがあるようだ。
「明日から、実戦訓練の一環として【オルクス大迷宮】へ遠征に行く。必要なものはこちらで用意したが、今までの王都外での魔物との実戦訓練とは一線を画すと思ってくれ! まぁ、要するに気合入れるってことだ! 今日はゆっくり休めよ! では、解散! あと、レンジお前はこっち来いっ」
団長は伝える事だけ伝えて、直ぐに訓練場から出ようとするので、少しざわつくクラスメイトを余所にレンジはその後を追う。
というか、まさかのご指名に「もしや、昼間のフルマラソンの件では?」と心当たりのあるレンジ。結構騒いだような気もするので、王族から何か文句が来たのだろうか?
「すまない。君にどうしても確認したい事があるんだ」
「あ、フルマラソンの件ですね。はい俺です、俺がやりました。すいません」
「いや、その事じゃないんだ。むしろ、部下の不甲斐ない姿を見せてしまった、すまん」
メルド団長とレンジは何故だかお互いに頭を下げる事になった。どうやら、フルマラソンは関係ないらしい。はて? では一体何だろうか。
メルド団長は普段から怖い顔をしているオッサンなのに、その上今は顰めっ面までしてその怖さを次の次元へと昇華させていた。余程の悩み事でもあるかのようだ。
そして、意を決して口を開いた。
「君は人を──人間を殺せるか?」
何が聞きたいのか、何を気にしているのか、レンジにはその言葉に宿るメルド団長の意志を感じなくとも理解出来た。
人を殺す覚悟。同族殺しという禁忌を犯す心構えがあるかっという事だろう。
明日の大迷宮遠征を前に、メルド団長も魔族との交戦が始まる事を予感しているのだろう。その魔族は見た目が大して人間と変わらないという話だし、同族殺しの罪悪に囚われる事を危惧してくれているのだろう。
その事をレンジに聞いてくるのは、やはり勇者一団の中で最も強いからだろう。戦場では勇者である光輝以上に、全体の士気に関わる人物である。
そんなレンジが、禁忌破りの重圧に押し潰されないか、心配なんだろう。
だが、前世のレンジは人間どころか、同族の宗教国家二つ程滅ぼし、一つの人種を全滅し、更には亜人族のいくつかの種族も絶滅させている。文字通り、根絶やしにして種の存続を断ち切ったのだ。
今さら、罪悪感がないか、なんて心配されてもそんな感情はとうに麻痺し、極限まですり減っている。
故に答えは、無い。のだが、正直にそう答えて信じてもらえるだろうか? 信じてくれても、殺人鬼やサイコパスのように見られないだろうか?
どう答えたものか?
レンジの出した答えは……
「必要なら殺す事やその後の事は忌避しません」
「……そうか」
「ただ、誰にも死んでほしくないし、誰も殺したくはありません」
「そうか。わかった」
神様は別ですが。という言葉は頑張って飲み込んだ。
すまなかったな。今日はもう休んでくれっという言葉を残してメルド団長は去っていった。
あれが最善の答えだったかは、分からない。でも、口に出した言葉は戻せない。メルド団長が言葉の中にある意味を理解してくれた事を祈るだけだ。
──敵は必ず殺す。身内は死んでも守る。
かつて、神殺しの際に立てた誓いだ。必殺と死守の誓約。これは一度たりとも破らなかった。敵は全員殺したし、仲間は命掛けで助けようとした。
神を相手にするのに、よくもまあこんな誓いを立てたものだ。まあ、お陰で
「命を掛けても、助けられない奴も居るんだけどなぁ」
そして、命掛けて救っても、必ず報われる訳ではない。命を救った者に、背中から刺される事もある。
流石に、
それはさておき、明日はオルクス大迷宮という場所に遠足に行くらしい。それなりの準備をしなければ。まあ、軽めの情報収集だが。
レンジがパチィンと指を鳴らす。そして、また音もなく“すごくよく訓練された”メイドさんが現れた。どういう原理なのかは、レンジにもよく分からない。
「お呼びでしょうか、
「明日、オルなんだっけ? オルカ? オクラ? まあ、オル
「耳にしております。オルクス大迷宮への実戦訓練ですね」
そう、海洋生物とか食用植物なんかには一切関わりのない名前のオルクス大迷宮だ。中々、レンジは名前の覚えが悪いのかも知れない。
それとも、年寄りの弊害だろうか。まあ、オクラからイクラに変更されなかっただけ、良しとしよう。
「そこって、どんな所なの?」
「では、説明させて頂きます。まず、オルクス大迷宮とはこのトータスに存在する七大迷宮の一つであります。全百階層から構成されていると思われる大迷宮で、その階層が深くなるにつれて強力な魔物が出現という特徴があります。その為、オルクス大迷宮は冒険者や傭兵の腕試しや、新兵の訓練に非常に人気がある迷宮の一つでもありますね」
「なるほど。ちなみに、最高到達階層は?」
「百年以上前の記録になりますが、六十五階層だったと記憶しております」
三分の二も攻略出来ていないらしい。そんなに難易度が高いのだろうか? ならば、自分達は明日何処まで潜らされるのか。
「明日はどのくらいまで潜ると思う?」
「……腕試しの線引きでは二十階層を越えれば一流。四十階層で超一流。是非、四十階層までっ」
私のマスターならへっちゃらですっと目で語ってきたメイドさん。忠誠心メーターが振り切ってしまっているようだ。
というか、質問の答えではなく願望で返してくる辺り、何とも言えない感慨を抱かずには居られないレンジ。
だが、しかしまあ、どうせそんな所に潜るのならば、折角の機会だ。記録を更新してみたいっと思うのは、男の子だからだろうか?
思わず、好戦的な笑みを浮かべるレンジに、メイドさんが思わず見惚れてしまう。
「ぽっ」
なんだ、ぽって。ぽっ、て。ユーモアがあるメイドだ。
「ありがとうね」
「………」
取り合えず、聞きたいことは聞けたのでお礼を言うと、何やら熱っぽい視線で此方に求めてくるメイドさん。
おっと。
使者という立場で、主に求めてごとをするなど……
「君は、悪い子だね」
「……~ッ!」
レンジは少し強引にメイドを抱き寄せて、その頭をナデナデしてやる。一気にゆでダコのように赤く染まるメイドさん。
数秒撫でてやり解放すると、生まれたての子羊のようにプルプルしていた。なんか、可愛かった。
“すごくよく訓練された”メイドさんは、逃げたした。
おめでとう! すごくよく訓練されたメイドさんは“ものすごくよく訓練された”メイドさんにしんかした!
そんなテロップがレンジの脳内に流れていた。
今回は5000文字を超えて、6000文字に届かない程度でした。
コメント・感想をして下さった皆様ありがとうございます。この場を借りて、再度お礼申し上げたす。
お気に入り登録の方もありがとうございます。嬉しいですし、何より励みになります。
ページ数もまだまだで、中身もつたないものですが、精進していきたいと思いますので、末永くお付き合い下さい。