ハジメ君の心理描写が原作と変わらない……。
ハジメの精神は酷く衰弱していた。
オルクス大迷宮の奈落に落ちて、自分ではどうしようもないような魔物に囲まれて、左腕を失い救援も来ない。
もういっそ死んでしまいたいっと思う気持ちふつふつと湧いてきた。
だが、その気持ちは何処からか聞こえてきた“生きろ”という優しげな言葉で蓋をされた。
「誰!?」
魔力を極限まで消費し気を失っていたハジメが一気に意識を覚醒させた。
朦朧とした意識の中、確かに思った死にたいという気持ち。そして、頭に響いた“生きろ”というその言葉。
その言葉を聞いた瞬間、衰弱していた筈の精神が一気に活力を取り戻した。まるで、生を渇望するように。
しかし、そんな変化は些細な事に過ぎない。ハジメは確かに聞いたのだ。誰かの声を。
この奈落の底に自分以外の人間が居る。その事実がハジメにとっては何よりの希望だった。
誰だっていい、助けて。誰か、助けて!
そう思い勢いよく立ち上がった時、グニャ、と思いっきりレンジの背中を踏んだ。「あ、やべっ」、と予期せぬ事故にハジメはそんな顔を作った。
すぐに退いて謝ろうした時、気が付いた。レンジがちっとも反応しない事を。そして、レンジを周辺に血溜まりが出来ていた事を。
「……し、死んでる!?」
いや、よく見れば息をしているようだ。時々、吐血して蒸せている様だが、確りと生きている。
ならば、すぐに緊急手当てをしなければ! って自分の左腕があああっ!
少し慌てるハジメだが、すぐに自分の怪我が治っている事に気が付く。
レンジが治療してくれたのでは? と思うが、レンジが治癒魔法を使った事をハジメは見たことが無かった為、違うっと判断。だが、実際は使えるし、神の心臓を宿しているくらいだ。
レンジで無ければ、一体なぜ?
傷の癒えた理由を探そうと周囲を見回して、ハジメはようやく神結晶の存在に気が付く。
青白く輝くクリスタルの美しさに息を呑むが、それも束の間。ハジメはお得意の錬成で即興で器を作ると、神結晶から染み出ている雫を汲み取った。
直ぐにレンジの体を起こして、半ば無理矢理飲ませる。あっ! 少し間違えて鼻に!?
ゴクゴクゴ──、ッ! ゴバッ、ゴバッ!?
気管に入ってしまったのか、血を混じらせながら咳き込むレンジだが、ハジメはもう行っちゃれ、の精神で神水をレンジの体に注ぎ込む。
はい! 一気! 一気! 一気!
ゲホっ! ゴボゴボゴボ………
紅い泡を吹きながら溺れるレンジ。しかし、処置的には間違っていなかったのか、それを気にレンジの出血が止まった。
フゥ……、とハジメは一息着いたのだが、危うくレンジは溺死するところであった。まさか、知らないところで殺されかけるとは、無意識下のレンジは知るよしもない。
レンジの内臓出血が原因だと思われる吐血は止まったが、目を覚ます気配が全くない。
この奈落では自分の強さでは出来る事はないだろうと諦めて、レンジの起床を待つ事にした。
だが、それは飢餓と孤独、そして左腕の幻肢痛との戦いの始まりだった。あと、時折吐血を再発するレンジの看病もしなくてはいけなかった。
十日間。水だけは辛かった。──のちの魔王はそう語った。断食はアカンね。
ピークの波があるとはいえ、次に襲いかかる時には必ず前よりも大きくなる空腹感。絶え間なく襲ってくる存在しない左腕の激しい痛み。そして、再発を繰り返すレンジの吐血。
時々、孤独を誤魔化す為にレンジに腹パンしたり、プロレス技を掛けたりした三日間。
しかし、それでも誤魔化すきれないモノがハジメの精神を蝕む。
時折、死ぬことを望むも、レンジが掛けた呪いの言葉によって、直ぐさま生に縋りつく。
矛盾した思考回路を延々とぐるぐる回り続ける。日を追うごとに、その思考回路は歪な形へと変わり始め、彼の心を確実に侵食していった。
そして、八日目辺りから目に見えて精神に異常が現れ始めたのだ。ぐるぐると死と生という矛盾した事を願いながら、地獄の苦痛が過ぎ去るのを待ってながら、レンジに神水を与えるだけだったハジメの心に、ふつふつと煮えたぎるものが湧き上がってきたのだ。
(なぜ僕が苦しまなきゃならない……僕が何をした……)
(なぜこんな目にあってる……なにが原因だ……)
(神は理不尽に誘拐した……)
(クラスメイトは僕を裏切った……)
(ウサギは僕を見下した……)
(アイツは僕を喰った……)
次第にハジメの思考が黒く黒く染まっていく。白紙のキャンパスに黒インクが落ちたように、ジワリジワリとハジメの中の美しかったものが汚されていく。
誰が悪いのか、誰が自分に理不尽を強いているのか、誰が自分を傷つけたのか……無意識に敵を探し求める。激しい痛みと飢餓感、そして“その命ある限り、生き続けろ。死ぬことは許されない”という言葉が焼き付きハジメの精神構造を変化させる。
(どうして誰も助けてくれない……)
(誰も助けてくれないならどうすればいい?)
(どうやって生きればいい?)
(この苦痛を消すにはどうすればいい?)
(死ぬ? 嫌だ。それは許されない)
九日目にして、ハジメの思考は現状の打開する方法を考えていた。
激しい苦痛からの解放を強く望む心が、沸き上がってくる怒りや憎しみといった感情を不要なものとし、意図も簡単に切り捨てた。
余計なものは全て切り捨てて、その余白ですらこの状況を打破する方法を考える。いくら憤怒や憎悪を抱こうとも現状は解決できない。
この命ある限り、生きなくてはならないのだから。
(
(俺は勿論“生”を望んでる。)
(それを邪魔するのは誰だ?)
(邪魔するのは敵だ)
(敵とは何だ?)
(俺の邪魔をするもの、理不尽を強いる全て)
(では俺は何をすべきだ?)
(俺が生きる為にするべきは?)
(俺は、俺は……)
十日目。
ついに、魔王は目覚めた。
今、ハジメの心には憤怒も憎悪も存在しなかった。。神の強いた理不尽も、クラスメイトの裏切りも、魔物の敵意も……自分を守ると言った誰かの笑顔も……全てはどうでもいいこと。自分の生存には不必要なモノ。
今のハジメに必要なのは、ただ一つに固められる。鍛錬を経た刀のような意志。鋭く強く、万物の尽くを斬り裂くように打たれた刃。
すなわち……
( 殺す )
悪意も敵意も憎しみも必要ない。そんなものは、何も要らない。
ただ生きる為に敵から生存権を奪う為に殺す。敵を滅殺するという純粋な、殺意。
自分の生存を脅かす者は全て敵。そして敵は、
(殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、)
まさに、生存の為の“必殺”の誓い。
存命必殺の誓いを立てたハジメ。なら、次にするべきは、この飢餓感の脱出だ。つまり……、
( 殺して喰らってやる )
ついに、魔王が目覚め、彼は生きる為に殺す“存命必殺”の誓いを立てた。
しかし、それは彼が強くなった事を意味しない。魔王はまだ、最弱のハジメのままだ。今、この状況からすぐに強くなる方法、敵を殺す手段。
魔王は目をギラギラと光らせながら、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。歪んだ口元からは犬歯がギラリと覗かせている。のちに、この獰猛な笑顔が、彼が魔王と呼ばれる所以となるのだが、今の彼がそれを知っている筈もない。
魔王は十日間掛けて、その精神を豹変させて目覚めた。そして、横で未だ静かに眠る英雄の目覚めも近かった。こちらも十日間かけて、ようやく肉体が出来上がってきたのだ。
ハジメが神水を文字通りに、死にかけるほど飲ませてくれたお陰だろう。
しかし、二つの肉体情報の統合などそう短時間で出来る事ではない。だが、数多の神格を持つレンジならば話は別だ。
そこへ更にハジメが神水を飲ませた事で、神の心臓との相乗効果で十日間という短い間で、肉体の再構築に漕ぎ着けた。
あと数時間もしない内にレンジは目覚めるのだが、そんな事情を知らないハジメはさくっと錬成でいくつか道具を作って、何処かへ行ってしまった。
……腹ぺこ魔王様は薄情である。
のちの魔王に置いていかれた英雄は、洞窟を反響してきた微かな悲鳴を聞いて目覚めた。
その瞳は、日本人らしい黒い
レンジは周囲を見渡すが、ハジメの姿は見当たらなかったので、すぐに周囲感知と魔力感知を併用して使用する。
どうやら、少し離れたところにハジメは居るのだが、何やら魔力の反応がおかしい。何かしらの異常事態だ。
「……不味いな。──
一瞬、レンジの髪の毛の色が抜け落ちた。しかし、それはほんの僅かな時間でしかなく、瞬きをする間にはいつもの漆のような黒髪に戻っていた。
その現状は、彼が神通力を使い、神格を使用した証。
今回は、武闘神バルトロスと地脈神グランドルの力を執行する。
『
『
つまりは、神の脊髄で運動能力をあげて、神の足道を均して進むわけだ。まさしく、神力の無駄使い。
普段ならこんな事に、負担の掛かる神の力は使ったりしないが、ハジメのピンチだ。出し惜しみは許されない。
「……あぁ、なるほど」
そして、レンジは気が付いた。
神通力と神格を使用した時の感覚が、懐かしかった。忘れもしない、前世の身体の感覚だ。
例え、転生しようと、この身体が変わろうと、この感覚は忘れない。自分が犯した罪と、それを償う罰の感覚なのだから。
帰ってきた。そう、レンジは思った。奈落に落ちて、英雄は本来のカタチヘ回帰する。
まだ、少し違和感があるが、扱う出力を上げなければ問題ない。一パーセント未満の力だが、十分過ぎる力だ。
そして、レンジは加速した。初速でマッハを超える、殺人的な加速。ハジメの下には十秒も掛からずに辿り着いた。
しかし、そこにいたハジメは何やら様子がおかしい。うつ伏せに倒れて体をビクンビクンと痙攣させている。
異常はそれだけでなく、髪の毛の色が抜け落ちて、真っ白に染まる。体格も一回り大きくなって、今は確認できないが服の下では、まるでここの魔物のように皮膚表面に紅い線が走っていく。
ハジメに化けた魔物なんじゃないか? と疑いを掛けるレンジだが魔力の反応から、どうにも本人らしい。
「……ハジメ、か?」
「……じゃなきゃ、何に見える?」
レンジの呟きに、完全に変化が終わったハジメがムクッと顔を上げて答えた。
何に見える? と言われても……。強いて言うなら、魔物だろうか。それか……
「……白い幽鬼」
「死んでねぇよ。というか、白?」
「あぁ、髪の毛が白くなってるよ」
レンジに言われて、自分の髪の毛が白くなっていることに気が付いたハジメ。大変驚いた様子だったが、それよりも骨格レベルで体格が良くなった事を驚いた方がいい。
「……何したのさ?」
「いや、魔物の肉を食った」
そう言って自分で倒した狼擬きに指を差すハジメ。
なんと! この奈落の魔物をハジメが一人で倒すなんて!
「……食っちゃ駄目でしょうに」
「知ってたさ。でも、食わない訳にはいかなかった」
悔しそうな顔をするハジメに、レンジは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「ま、まぁ、生きてるんだから良しとしよう」
「そうだな。“生きなければ”ならないんだから」
その言葉に、レンジの顔に影が差す。一人の少年に、辛い事をさせてしまった罪悪感からだ。
本当なら、自分が守ってやるべきだったのに、しくじった。悔恨の念がレンジの心に芽生える。
そんなレンジの心境は知らず、ハジメは自分の服をぴらっと捲って身体を確認してみる。
「うわぁ、き、気持ち悪いな。何か魔物にでもなった気分だ。……洒落になんねぇな。そうだ、ステータスプレートは……」
存在をすっかり忘れていたステータスプルートを取り出して、今のステータスを確認する。この体について何か、分かることがあるかも知れない。
レンジも興味があるのか、横からプルートを盗み見る。
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南雲ハジメ 17歳 男 レベル:8
天職:錬成師
筋力:100
体力:300
耐性:100
敏捷:200
魔力:300
魔耐:300
技能:錬成・魔力操作・胃酸強化・纏雷・言語理解
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「「……なんでやねん」」
二人のツッコミが完全にシンクロした。
ハジメ君とレンジ君の再開。
二人の情報交換なんかは、次の話ですね。
眠気に襲われながら書いたので、誤字脱字が多いかも知れません。申し訳ないです。