彼のカルデアでの日常   作:トマト嫌い8マン

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弊カルデアには、村正が来てくれていることだけ、ここに記す。


痛ましいほどの義務

この件については、衛宮士郎――ひいては英霊エミヤの根幹にかかわる重要な話となる。そう判断したアルトリアたちはマスター、マシュ、そしてカルデア所長代理を務めるロマニを加えてから、改めて事情を話すことにした。

 

なお、頼れる兄貴分のような存在であったエミヤが若返ってしまったという現状について、説明を受けたマシュとロマニが戸惑い、驚き、パニくるという事態が発生しかけたものの、一先ずはマスターの協力もあり、納得してもらえたことは記載する。

 

そして、いよいよ本題。

 

語られたのは聖杯戦争の物語。

 

衛宮士郎が参加したものではなく、その前――衛宮切嗣(彼の養父)アルトリア(セイバー)とともに戦い抜いた、世界最小規模で行われる、世界最大級の戦争の話。

 

「最後に残ったのは、私とアーチャー……ギルガメッシュでした。最後の戦いとなろうそのタイミングで、我がマスターの切嗣は令呪をもって私に聖杯の破壊を命じたのでした。当時の私はそのことを理解できず、憎しみすら覚えていました。ですが、今ならわかります。衛宮切嗣は一度その聖杯の中身を知り、そのために聖杯の破壊を望んだのでしょう。彼の願いは――もう誰も血を流さないで済む、争いのない、恒久的な世界平和でした。多くの人を殺しかねない汚染された聖杯を、彼が求めることはなかったのでしょう」

 

ただ――、そうセイバーは言葉を区切る。視線がやや下がり、俯くように表情が暗くなる。

 

「ただ――既に手遅れ、とも言える状態ではありました。聖杯そのものは破壊し、生まれようとしていたアンリ・マユも結局はそこより誕生することはなかった。それでも、零れ落ちてしまったその中身までは、私には――私たちには止めることができなかたのです」

「それがあの災害に繋がったわけね。宗一郎様の保管していた新聞とかから当時の被災の様子を見たことはあったけれど、確かにあれは悲惨としか言いようがないわね。現代技術では防ぎようのないことだったし」

 

黒い中身があふれ、それは聖杯戦争の地、冬木の町を覆った。当然事故や災害が起きればその対処のために人が動く。だが、それは無意味だった。近代技術や医療は確かに発展していたかもしない。それでも世界のすべてを呪いで染めてしまうほどの万能の願望器がもたらす破滅的なその現象には、なすすべなどあるはずもなかったのだ。

 

「じゃあシロウ君は――」

「ええ。彼はその災害の当事者であり、被害者であり、そして生存者です。あの事件で彼は元の家を失い、元の家族を失い――そして、衛宮切嗣によってその命を救い上げられたのです」

「そうか……エミヤ君のどこか自分を顧みない、病的なまでの滅私奉公――他人を優先するのではなく、他人の助けにしかなろうとしないその姿――その根幹はつまり、サバイバーズ・ギルトってことになるのかもしれないね」

「サバイバーズ・ギルト、ですか?」

「簡単に言ってしまえば、自分が生き残ってしまったことに極端なまでの罪悪感を感じている、ということだよ。自分だけが助かってしまったこと、そのことに強い罪悪感を感じていて、それゆえに自分の命を優先できない――自分の命には価値がないと、そう思い込んでしまうケースもあるみたいだからね」

「自分の命に、価値がない……」

 

小さく呟き、マシュがその言葉を繰り返す。そのことが理解できないのではない、どころか彼女からすればそれは決して他人(ひと)事ではなく、他人(たにん)事ではなく、無関係ではない。出自や環境こそ異なれども。始まりが異なれども。

 

その話は、彼女には理解できるもの――理解できてしまうものだった。

 

「そう、かもしれませんね。私が彼に召喚された時、彼の言葉を少しだけ聞いていましたが――」

 

『助けてもらったんだ。助けてもらったからには……簡単には死ねない』

 

『俺は生きて、義務を果たさなければいけないのに……死んでは義務が果たせない』

 

ランサーに狙われ、死の間際に立たされているというのに、彼は自分の命を惜しみはしなかった。彼は死にたくないとも、死ぬのが怖いとも言わなかった。ただ、死ねない――義務を果たさないといけないから――死ねない。そう言っていたのだ。

 

「生き残ったからには、義務を果たさなければいけない。そう思い続けているからこそ、きっと彼は今回の件でマスターになりたいと思っているのでしょう。いえ、少し違いますね。なることが、生き残った自分に与えられている義務であり、責務であり、そしてそれを為すために命を賭すべきだと考えているのでしょう」

「そんな……」

 

思わず立香も言葉を漏らす。

 

人類最後のマスターだから。人理を救えるのが自分しかいないから。

 

その義務感と責任感、そして共に戦ってくれるマシュというかけがえのないパートナーがいてくれるから。だから自分は戦いに身を投じる覚悟を決めることができた。

 

それでも怖かった。痛いのは嫌だし、仲間が傷つくのも嫌だった。苦しかった。それでも何とか気を奮い立たせ、仲間たちと心を支え合わせ、何とか戦ってきていた。

 

でも彼は――エミヤは――衛宮士郎は、違うのだ。

 

怖くない――義務のために死ぬことは。苦しくない――正しいことをするのだから。

痛い――けれどもそれは、足を止める理由にはならない。

仲間は傷つけさせたくない――自分が傷つけばいいから。

 

『何で急にこんなところに来たのかわからなかったけど、もしかしたらそのために俺は』

 

そんなの――

 

「まともじゃないわ。ともすれば人間ではない、とまで言い切れてしまいそうね。例えるなら人のふりをした人形――そんな物語もなかったかしら?」

「キャスター、それは言い過ぎでは」

「セイバー、この件については私はキャスターの意見に賛同します。あなたもそうでしょう?」

「っ、それは」

「ふむ。戦が常の世の中においてはそう異質ではなかろうが、平安の世においてはいささか異常と言わざるを得んな。もっとも、私に関しては実際にその時代を見る機会はなかったので、あくまで聖杯から与えられた知識をもとに、ということにはなるが」

「だから言ったろ。ありゃ壊れてやがる、ってな」

 

最後にどこか苦々しい表情をしながら吐き出されたクー・フーリンの言葉に対し、誰も否定の言葉を紡ぐことができなかった。

 

―――――――――――

 

「そう、でしたか」

「うん。思ったよりも、シロウ君の――エミヤ君の問題は深刻みたい」

 

後日。

 

頼光の部屋にて。

 

士郎の相手をするために、マスターたちが受けたアルトリアたちの説明を聞いていなかった頼光は、ブーディカよりその話を聞いていた。

 

今士郎はメドゥーサとアルトリアの二人が見ているため、頼光は安心して――涙を流した。

 

「頼光さん?」

「あ、すみません。でも――私は気づくことができませんでした。彼の心が、彼自身が、そんなにまでの重荷を抱えていることに」

「そうだね。自己犠牲の精神っていうのは、英霊であれば持っていてもおかしくはない。そういう人だから英雄となって、英霊となる、なんてイメージもあるしね。だから、エミヤ君のことも、そういうものなんだって、思ってた」

「戦乱の世であれば、そういった考えもありましょう。現に私と共に戦った源氏の者たちの中にも自分より他人を、という者もいましたとも。ですが、マスターとそう変わらない時代で、となると」

 

家をなくし、父を亡くし、母を亡くし――自分を亡くした。

 

子供たちを慈しみ、仲間の世話を焼き、しかし自分を顧みない。

 

滅私奉公、という言葉で表して良いものか。彼には滅する己すらないのかもしれないのだから。頼まれれば応える――よく考えた上で、およそ何にでも応える。応えてしまう。

 

世界を、人理を、救うための戦いの中でも、自分たちは安らぎを覚えた。例えひと時の夢のような、二度とない奇跡のような時間だとしても、ここでの生活の中で戦い以外の生活、生前なかった出会い、本気で楽しめる行事、様々なことがあった。

 

そんな中でも彼は、どこか一歩引いた保護者のような目線で、常に何かしら働いていた。

 

彼は――安らいでいたのだろうか。

 

今の少年のような彼が、あまりにも大人の彼と同じ過ぎて。

 

それがどうしようもなく悩ましく、そしてどうしようもなく痛ましい。

 




う~ん、このままだと全然ハッピー方向に持って行けなさそうだ、どうしたものか。

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