あっ、人じゃないや……
エミヤには女難の相がある、というのはマスター含め、全員の共通認識である。彼本人が意図していなくとも、どういうわけか彼は女性を惹きつけ、そして時にはそれがトラブルを招くことになる。
生前もそうだったのかと聞いてみたところ、
『……聞かないでくれたまえ』
と遠い目をしていたところから、マスターの少年もそれ以上聞くことができなかった。
さてそんなエミヤだが、今まさにその女難の相を実感しているところだった。何故なら、
「あら
「そうね、
「は、はい!」
身体をしっかりと鎖で椅子に拘束され、目の前には怪しげな笑みを浮かべた女神2人、そして怯えながらも申し訳なさそうな、知り合いのライダーがいたのだから。
記憶を遡ること少し、確か自分は食堂の掃除を終えたところで、自室に戻るところだったはずなのだが、
「そういえば急に体が動かなく……」
「メドゥーサの魔眼よ。ここまで運んだのもメドゥーサよ。私達には重すぎるもの」
「……なるほど」
なんでもないことのように言っているが、立派な襲撃、及び誘拐である。と言っても、カルデア内なのだから特に大きな害があるわけではないが。
なお、その実行犯であるメドゥーサはというと、少し離れた場所から様子を伺うだけである。それでもエミヤを捕らえている鎖を離さない辺り、あいも変わらず姉たちに弱いところはどうにもならないらしい。
「それで、私のようなしがない弓兵ごときに、女神様が何の御用かな?献上品が必要なのであれば、何か作ろう。もっとも、私の腕が女神を満足させることができる程かはわからないが」
「あら、素敵ね。でも今回はそれが目的ではないのよ」
「でもそうね、今度何か作ってもらおうかしら?女神に捧げるものですもの。最上の物でなければ許さないわよ」
「承知した。が、結局それが本題ではないのであれば、一体何の理由で私は囚われているのかね?」
2人の女神が自分に何の用があるのかについて、全く心当たりがないエミヤが首をかしげる。その様子を眺める、ステンノとエウリュアレの笑みが深くなったように見えるのは気のせいだろうか。
「あら、あのメドゥーサが気にかけている男なんて珍しいもの。ねぇ、
「ええ。だからちょっとお話がしたいと思っただけよ」
なるほど、とおおよその事をエミヤは理解した。
どうやらまた厄介な事に巻き込まれてしまったらしい。
「そんなに気にかけてもらっているように見えたのなら、それは私とかつて聖杯戦争で会ったことがあるからだろう。冬木だけでなく、月でも会っているからな。他よりも話しかけやすいだけではないかね?」
「あら、それだけなはずがないでしょう」
「……そう思う理由を聞いてもいいかな?」
あまりにも即答だったため少々戸惑いながらも問いかけるエミヤ。と、2人の笑みがより深くなる。
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その日、召喚されたばかりのメドゥーサとバッタリ出くわしたのは、丁度台所周りの仕事を終えた帰りだった。
久しぶりの再会、とは言ったものの、よく考えたら冬木でも月でも、直接関わったのはごくわずかであることもあり、エミヤは軽い挨拶だけしておこうと考えた。
「君も召喚されたのか、ライダー。いや、ここではメドゥーサと呼ぶべきか?何はともあれ、これからは同じマスターに仕える者同士、よろしく頼む」
そう言って立ち去ろうとしたエミヤの腕に、何かが絡みつく。腕に当たる柔らかな感触や温かさの方向に目を向けると、メドゥーサがさながら恋人にするかのように、腕に抱きついていた。
「……何かね?」
「何、とは冷たいですね。昔私にあんな事をしておいて、その態度。ちょっと傷つきます」
バイザーのために表情は分かりにくいが、口元が明らかな笑みを浮かべている。どうやら不機嫌なわけではないらしいが……
「あんな事……?すまないが、君の言っていることがわからないのだが」
「……お風呂場」
「っ!?」
「魔眼、シャンプー……ここまで言えばわかりますか?」
ニヤリという音が適切であろう、そんな笑みをメドゥーサは浮かべている。
一方エミヤはというとその言葉に動揺していた。確かにその言葉には覚えがある。どこかの世界線で起こった、若かりし頃の自分の記憶。だがしかしまさか、
「メドゥーサ、君は……知っているのかね?」
「ええ。セイバーがポロっとあなたの名前を口にしていたので。まさかあなたがあの時のアーチャーになるとは。驚きましたよ、シロウ」
セイバァァァアッ!
思わず叫びたい気持ちにかられるアーチャー。確かにここでは真名で呼ばれることの方が多いが、それにしても真名はともかく、かつての名ではなるべく呼ばないように口止めしていたはずなのだが。
「その呼び方はやめてくれ。私は君の知っている衛宮士郎ではないのだし、そもそもその名はとうに捨てたも同然だ」
「いいえ。あなたはシロウですよ。間違いなく、ね」
話し方自体は優しげだが、その言葉はしっかりと断言するように告げている。どこにそんな根拠があるのだろうか。気になって聞いてみると、
「あなたは本質的に何も変わっていませんから。勇敢なところも、優しいところも。そして、とても美味しそうなところも、ね」
「その言い方はかなり誤解を招きそうなのだが」
「まぁ、事実ですから。あなたを味見させてもらったこともありますしね」
「……そうだったな」
額に手を当て、溜息を吐くエミヤ。生前の自分が、彼女と共闘する世界があった。が、その世界では彼女に文字通り味見をされたことがあったのだった。もっとも、その事を知ったのはもっと後でのことではあったが。
「セイバーといい、君といい……つくづく生前の縁とはなかなか難儀なものと思わされるな」
「ふふっ。良いではないですか。私は嬉しいですよ、シロウ。あなたの事もかなり気に入っていましたからね。こうして隣に並べることに、喜びを感じています」
小さく笑う彼女は、それでも確かに楽しそうに見える。英霊となってから初めて見るその様子に、思わずエミヤも笑みがこぼれる。
「かのギリシャの女神にそう言ってもらえるのは光栄だな。私でよければ、時間があるときは君の側にいよう」
「その言葉、期待してますよ。また、味見させてくださいね」
「っ、それは勘弁だ」
女性としては長身なメドゥーサ。けれどもエミヤと話すときは少し見上げる形になる。誰が言ったか、理想の身長差は15cmらしいが、エミヤとメドゥーサの身長差はまさしくそれだった。
苦笑しているエミヤの肩に頭を乗せるメドゥーサ。長身に対してコンプレックスを感じている自分ではあるけれども、こうして並んで歩くと、むしろこの身長でよかった、なんて思うこともできる。
バイザーの奥にそんな少女みたいな思いを隠し、メドゥーサは妖艶な、それでいて楽しそうな笑みでエミヤを見上げる。
その様子を2人の姉が隠れてのぞいていることには気づけずに。
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「……ということよ。わかったかしら?」
まさか見られていたとは……
思わず天井を見上げるエミヤ。またまた己の迂闊さを呪いたくなる。どうにも知り合いに会っている時には気が緩んでしまっているらしい。
「それにしても、女ばかりに興味を示していたはずのメドゥーサがねぇ」
「本当ね。それだけの魅力があなたにあるということかしら?こうして見てるぶんには、確かにどこか可愛い顔立ちをしているけども」
「あ、あの、姉様方……そろそろシロ、エミヤを解放してあげても?」
恐る恐る、といった感じに訊ねるメドゥーサ。正直自分としても、ずっと縛られたまま座っているのは居心地が悪すぎる。
「そうね……じゃあ最後に一つだけ用を済ませてからね。そうでしょ、
「ええ。大丈夫よエミヤ。すぐに終わるから」
笑顔のまま近づいてくる2人の女神に、背中を一筋の汗が伝う。何やらとてつもなく嫌な予感がするのだが……
「何故近づいてくるのかな?」
「あら、確認するために決まってるじゃない」
「メドゥーサがまた味わいたいとまで言った貴方を、ね」
2人の口元から歯がのぞいている。思わず視線だけでメドゥーサに助けを求めるが、
「……」
ブンブンっ、と勢いよく首が左右に振られる。どうやら助けは見込めないらしい。であれば自分で、と思いもしたが、まだ魔眼の影響が残っているのか、身体の自由が効かない。
「ま、待ちたまえ!私のような守護者など、君たちが気にかけるほどのものでもない!ましてや味わうなど、」
「「ふふっ」」
「な、な、」
ガブリ、とエミヤの首の両側に歯が突き立てられる。その瞬間に、カルデアに大きな叫び声が響き渡る。
「なんでさぁぁぁあっ!?」
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その後、フラフラと廊下をエミヤが歩いていると、曲がり角で1人のサーヴァントとぶつかりそうになる。
フードを被り、手には鎌のような槍を持つ少女。
やや感情が読みにくい無表情のままエミヤを見上げる。
「っと、すまない、メドゥーサ」
「いえ」
何を隠そうこの少女、ライダーの時とは違い、2人の姉に近い姿のまま現界した、ランサーのメドゥーサである。
少し訝しげな表情になるメドゥーサに目線を合わせるようにエミヤが屈み込む。
「どうかしたのかね?」
「……疲れてますか?」
「む?」
「いつもより、顔色が悪いですよ。何かありましたか?」
普段周りとそこまで積極的に拘らない彼女が、自分の体調を気にかけてくれたことに、エミヤは驚きを隠せない。と同時に、その優しさを嬉しく感じた。
「いや、なんでもないよ。少し人と会っていただけで、」
「姉様たちですね、その傷」
メドゥーサが指差すのはエミヤの首元。しっかりと残ってしまった吸血の跡。なお、実行した2人はというと、
「なかなか良かったわ。また今度、供物として頂こうかしら」
「それも良いわね。女神のお眼鏡にかなったのですから、光栄に思いなさい」
なんて言っていたため、少しばかり気が重い。
さて、この傷は自分の服装や身長のこともあり、余程のことがないと見えないはずだが、どうやら身を屈めたことで見えてしまったらしい。
「ああ。確かに君の姉様方と会っていた。君に内緒にしてすまないな」
「私も……」
「ん?」
「もう1人の私も、いましたか?」
「……ああ」
「そう、ですか」
少し機嫌が悪くなったように見えるメドゥーサ。大好きな姉様たちともう1人の自分がいたのに、自分が仲間はずれで悲しいのだろうか。
「君を仲間はずれにしてしまったみたいで申し訳ない。私に何か埋め合わせとしてできることはあるだろうか?」
「……では、少し付き合ってください。姉様たちに、花飾りをあげたいのですが、1人ではうまくできないので」
「了解した。私でよければ、いくらでも付き合おう」
小さな少女に手を引かれるように歩くエミヤ。そのエミヤをちらりと見上げるメドゥーサ。
(大きくなったもう1人の私……その私を笑顔にしてくれる人……私は、どうなんでしょう?)
後にこの事をネタにさらにエミヤが2人の女神に弄られることになるのは、また別の話。
因みにゴルゴーン様が登場しなかったのは、忘れてたから
……ではなく!単純に登場する展開が思いつかなかったから、です
イヤホントダヨー、8マンウソツカナイ