この二人は前に少し絡みましたが、折角ならがっつり書こうかと思いまして。
いやはや、いい感じにまとまった……かしら?(-_-;)
赤い弓兵。基本的にはそれはエミヤのことを指す。
弓に関する武勇伝や伝承を誇っているわけではないものの、赤の外套を身にまとい、名だたる弓兵に勝るとも劣らない威力と正確さを見せつける彼の腕は双剣の腕と同じく英雄たちの注目の的となった。
もちろんアーチャーの中にもいろいろなタイプはいる。正確さに重きを置く者、一撃の威力に重きを置く者、手数で圧倒する者、はたまた「お前本当にアーチャーか?」なんて言われそうな攻撃手段を持つ者と実に多種多様である。
しかしそういった意味でも、エミヤは異質だった。
高速で移動する敵に命中させるほどの精度を持つかと思えば、Aランク以上相当の一撃を持った矢を放つ。それだけかと思えば無数の剣を降り注ぐ手数の多さに加え双剣の技術ときた。無論それぞれの分野においては他に勝る英雄もいる。しかしながらここまで幅広くというのはなかなかにない。
そのどれもであり、どれでもない。それがアーチャーとしての彼であった。
さて、そんな彼は本日――
「……ふっ」
ストン、と気持ちのいい音を立てて彼の放った矢が的を射抜く。
カルデアにいるサーヴァント、その中でも特にアーチャークラスの者がよく利用しているトレーニング。移動する的を射抜くという単純そうなものではあるが、そこは英霊用に調整されているため生半可な射抜き方では通じない。かなりの距離があるのに加え、一定以上の威力、ミリ単位の精度が求められ、適切な角度まで要求される。そのうえ的の速度もそれこそ英霊クラスである。
しかしながらそれに動じることはなく、エミヤはただ的に狙いを定め矢を放つ。
矢が吸い込まれるように的に当たるのを、彼は一言も発さず見つめていた。
「素晴らしい腕ですね」
「弓の使い手として最高位でもあるあなたからそう言ってもらえるとは。お褒めにあずかり光栄だよ、ケイローン殿」
「どうです?私とも一勝負してみますか?」
それにしても――突然声をかけられたにもかかわらず、さして驚いた様子もないエミヤの様子に少し前から様子をうかがっていた大英雄たちの師でもあるアーチャー、ケイローンは感心していた。
一挙手一投足、矢を構え放つまでのそのすべての工程が美しく洗練されていた――それはつまりそれだけ彼の全意識が矢を放つという工程に向けられていたことに他ならない。にも関わらず完璧にとはいかずともなるべく気配を消していた自分の存在を認識していたのだろうか?
「私は弓兵だからね。これでも視野は広く持っているつもりだよ」
「なるほど。確かに矢を撃つことばかりに気を取られ、背後からの奇襲に対応できなければ論外。君はどうやらかなり戦場になれているようですね」
「そうだな。聖杯戦争にも何度か参加している記録がある」
「そうなのですか?でも私が言いたかったのはそうではないのですがね」
「む?」
「君が経験してきたのは、まさに戦場だったのでしょう、ということです。マスターより先の時代の者だとは聞いていましたが、その時でも争いはなくならないということなのですね」
微笑みを浮かべたままではあったものの、どこか悲しさにも似たような表情を浮かべるケイローン。対するエミヤはというと、「ふっ」と小さく、自虐的に笑った。
「ああ。多くの戦場を目にした。多くの死を見た。己の掲げた理想は決して間違いではなかったとは思うが、それでもあれらの戦場において私がしてきたことは、大量虐殺に他はないさ」
「大量虐殺ですか……ご存じのように私が生きた時代はそれが当たり前の世でもありました。国のため、民のため、時には人の欲のために戦争は起こり、人々は駆り出され、そして英雄と呼ばれる戦士たちの名が歴史に残されました。私の教え子の中にも、そういう者ももちろんいます。戦いとはそういうものでは?己が信じ、己が守りたいと思ったもののために戦う。一概に正しいとは言えませんがね」
「確かにそうして英雄となった者もいるだろう。ただ、私は武勲を立てて英雄となったのではなく、あくまで世界との契約でその末端に座しているしがない守護者だ」
「守護者……」
「そうだ。生前の私は確かに多くの戦場を見た。そして死後の私は、より多くの戦場を見た。かつて小を守るために大と戦っていたはずが、気が付けば大を生かすために小を殺していた。その小の中には戦士とはとても呼べない者も」
「……なるほど。そういうことでしたか」
「察していただけたようで助かる。さて、そろそろ私は行かなければならなさそうだ。これで失礼するよ」
「ええ。わかりました。」
軽く一礼し別れる二人。部屋を出るエミヤの後ろ姿を見送ろうかとケイローンがちらりと入り口のほうを見ると、ひらりと長い尾が翻るのが見えた。
―――――――――――――――――
部屋に戻ったエミヤはため息を一つつくとお茶の用意を始める。用意されたカップは二人分。机にお茶と少しのお菓子を用意してから、エミヤは視線を閉まったままの入り口に向ける。
「さて、こうしてこっそりと様子をうかがわれるのは二度目になるが……今度は何の用か、少し話でもしていかないか?」
と、入り口の扉が開く。珍しく少しばつの悪いような表情を浮かべながら、アタランテが部屋に入ってくる。
「すまない。尾行するつもりはなかったのだ。ただ、どう声をかけたものか悩んでいて」
「ふむ。どうやら、何か訳ありのようだな。座りたまえ。なに、今日は私も仕事から解放されている。君の話にじっくり付き合おう」
自身も腰掛けながらアタランテに正面の椅子を勧めるエミヤ。その様子に何かを決意した様子のアタランテが、ゆっくりと椅子に腰かけた。
「それで?君の気配を感じたのはトレーニングルームからだったが、そこで何かあった、とみて間違いはなさそうかね?」
「……あぁ」
頷きはしたものの、アタランテの顔は優れない。話すべき言葉をうまく出せないのか、やや苦しげにも見えるほどに、その表情から葛藤が察して取れる。その様子に合点が行ったエミヤが小さく息を吐き出し、アタランテに声をかける。
「『汝の殺してきた小の中には、やはり子供もいたのか?』、ということでいいかね?」
「っ!それは、」
「今日君がわざわざ私の後をつける理由が、それ以外に思い付かないものでね。察するに、私とケイローンの会話を聞いていたのだろう」
「……すまない。盗み聞きするつもりはなかったのだ」
「気にすることではないさ。人が行き来するような場所でしていた会話だ。他に誰が聞いていたとしてもおかしくはない。そういった意味では、私の不注意と言える。本当に秘密にしていたかったのであれば、ケイローンを誘って自室ですればよかったことなのだからね」
そう言ってくれるエミヤに盗み聞きをしてしまったことに対する罪悪感が少し晴れるものの、アタランテの表情はすぐれない。理由は言うまでもなく、先ほどエミヤが問いかけたことだった。
「エミヤ……汝は、その、」
「先ほどの件についてだが、隠しても仕方のないことだからな。正直に話すとしよう。結論から言うと、そうだ。私は君たちのように武勲を挙げた英雄ではなく、あくまで掃除屋としての守護者だ。故に私は、世界に求められるがままに戦い、そして殺した。それは当然、時には女子供問わず、だ」
その言葉に、俯きがちだったアタランテが顔を上げる。ショックを受けたのだろう、その表情はやはり苦しげだ。が、
「私に君たちのように誇れる武勲などないのさ。あるのはただ、多くを殺したというその事実だけさ。殺して、殺して――殺し続けた。愚かな理想を、愚直に求め続けて――結果、己とその理想に絶望するほどに」
そう言いながら両の手を見つめるエミヤの表情が――あまりにも、あまりにも――それこそ自分よりもずっと、苦しげに見えたのだから。
「エミヤ、その……汝が追い求めた理想というのは、一体?」
「そうだな……私はね、正義の味方になりたいと――そう思っていたんだ」
一瞬迷うそぶりこそしたものの、エミヤは話し出した。
第5次聖杯戦争の参加者や、彼の直接の関係者しか……それこそ、マスターにもまだ話していなかった、己の過去について。
「幼い頃、大きな災害に見舞われてね。その時に私は生みの親を亡くしたよ。私自身も死にゆくものだと思っていた時に、私を助けてくれた人がいたのさ。その人は自分を魔法使いだと言っていてね。結局私は彼に引き取られ、生きていくことになった。その時救ってくれた男が死にゆく私を救ってくれたように、私は誰もが幸せになれるように、誰もを救える正義の味方になりたいと、そう思ったのさ。だからこそ、人々を救うために世界と契約し、自身の死後を守護者として売り渡したのさ」
「誰もを、救う」
「そうだな。そういうところは全ての子供を救いたい、幸せにしたいと願った君に近かったかもしれない」
「ならば何故?」
「私は、根本を間違えていたのだよ。誰かの味方をするということは、誰かの味方をしないということだった。正義とは大多数の意見であり、正義の味方とは大衆の味方のことだ。私がしたかったのは、弱者をこそ助けることだったはずなのに――気が付けばその弱者を殺すことで多くを救っていた。ただ戦士として戦うだけであれば、まだよかったのかもしれない。だが――」
ふっと息を吐きだしたエミヤが、目を細めながらアタランテを見る。その瞳はいつもと変わらない色で、特に変わらないように見える……だというのに、なぜか。
なぜか彼が泣いているのだと、憤っているのだと、アタランテにはすぐに分かった。だってそれは、まるであの大戦のとき――
「すまないな」
「な、なにを謝っている?」
「私のありように失望しただろう?別に騙していたつもりはないし、ジャックたちのことは大切に思っているさ。もっとも、殺戮者の言うことなど信用できない気持ちもわからないでもないが」
ふっと息を吐きだしながらエミヤが立ち上がる。
「?どうした?」
「いや、今の話を聞いた君にも、少し一人の時間が必要ではないかと思ったのでね。あぁ、私の部屋ではあるかもしれないが気にせずにゆっくりしてくれたまえ。どうせ私はしばらくトレーニングルームにこもるつもりだからな」
「いや、私は、」
「あぁそうだ。マスターには、今後私と君とが同じパーティで組むことがないように配慮してもらわなければいけないな。もし君の方から言い出しにくいようだったら、私の方から話をつけてこよう」
「待て!……待って、くれ」
座っている自分の横を通り抜け、部屋を出ようとしているエミヤの手を、思わずアタランテは握っていた。
今の話しぶりからもわかる。今ここで彼を行かせてしまっては、きっと二度と彼は自分と関わろうとはしないだろうと。
自分がこの話を聞いて何も思わないはずがない。この先エミヤを見かけた時にこのことを思い出してしまうことも、それゆえに複雑な感情を抱き、どう接すればいいのかわからなくなってしまっていたかもしれない。そうなれば勘のいいマスターのことだ。きっと心を痛めるし、そのことで彼が思い悩むことになるかもしれない。
そうしないためにも、マスターとそして自分の負担をなるべく少なくするために、彼はもう離れていくつもりなのだろう。
それは――
「私は、汝の昔のことは知らなかった」
「汝は、ほとんど自分のことを語ろうとしないから。聞かれれば小出しに応えこそするが、汝はかたくなに線を引いている。だから私も、他の者たちも、汝のことを知らない」
「別に隠しているつもりはないさ。君も知ったように、聞いたところで気持ちのいいものではない。だから聞かれれば答えるだけにしているというだけさ。そこに深い意味などないよ」
「そう、なのだろうな。確かに、汝の身の上話は偉大な英雄が誇るような華やかなものではなく、つらく苦しいものと言える。子供たちや、マスターにはあまり聞かせたくない気持ちもわかる」
「なら、「だが!」」
そう言いながら、アタランテはより強くエミヤの手を握る。ここまでずっと視線を前に向け、アタランテのほうを見ようとしなかったエミヤが、その様子に驚いた表情を彼女に向ける。一方アタランテはいまだに俯いたままである。
「私は、ここに来てからの汝のことを知っている。汝がジャックやナーサリー、他の子どもたちと接している様子を見ていて、汝は子供たちをとても好いているのだと、そう思った。この前も、私が悩んでいるときに、道を示してくれた。汝は子供たちの味方であると、そう確信できた!だから――」
叫びにも近いほどの声を上げながらアタランテがエミヤを見上げ――声がつまる。だから、なんなのだろう?自分は何を願おうとしているのだろう?
わからない――わからない――わから、ない。
と、
「すまない。君にそんな顔をさせたかったわけじゃなかった」
そう言ってエミヤは手を伸ばし、アタランテの頬を――彼女も気づかぬうちに流していた涙を、親指でそっとぬぐった。優しく涙をぬぐうその指が頬を撫でる感触に思わずアタランテは目を閉じる。
不思議と嫌ではなかった。むしろこちらを気遣うように、肌を傷つけないように優しく撫でられるこの感じは、不思議と心が安らいだ。
「っ、すまん。情けない姿を見せた」
「そんなことはないさ。誰かのために涙を流せることは、情けないことなんかじゃないさ。もっとも、まさか私のために流される涙を守護者になってから見ることができるなんて思ってもいなかったが」
言いながら優しげに微笑むエミヤの姿を見て、なんだか子供たちが彼に懐く理由をより一層理解できた気がした。なんだかとても――暖かい。
「汝は、やはりとても優しいのだな」
「優しい、か。そう言ってくれるのはありがたいが、私は、」
「汝は、優しい。マスターや子供たちだけではなく、カルデアの職員、そして私や他のサーヴァントにもとてもよくしてくれている。汝のここでの行動から汝が本心から私たちのことを思ってくれていることが、よくわかる」
「しかし、」
「それに、汝が言ってくれたのだぞ。子供は正直だ。愛情を向ければ、同じように愛情で返してくれる。彼女たちが汝を慕い、愛情を向けるのは、汝が彼女たちに愛情を注いでいるから、ということだろう?」
ちょっとだけしてやったりという表情でアタランテがエミヤを見ると、驚いたように目をわずかに見開いた後、苦笑しながら額に手を当てていた。
「参った。確かにそう言ったな」
「確かに汝の過去を知り驚きはした。その話はきっと嘘ではなく、また実際に汝がしたことなのだろう。でも同時に汝がカルデアでしてきたこともずっと見てきたし、それを心から喜んでしていると確信している。マスターと子供たちが汝を信じているように、私も、汝を信じている」
最後のほうは立ち上がりながら、アタランテがエミヤのもとへと歩み寄る。凛とした表情で、まっすぐエミヤの目を見つめる。
「だから、汝も私を信じてくれ。あの話を聞いて汝を軽蔑することも、嫌うこともないということを。私だけではない、ほかのサーヴァントたちもだ。そして約束してほしい。汝から突然私たちから離れようとしない、関りを絶とうとしないと」
「ふっ、了承した。約束しよう」
「なら、その証として一つ頼んでもいいか?」
「む?そうだな。君の言葉には感謝している。一つと言わず、頼みがあるなら手伝わせてもらおう」
「その……だな、」
先ほどまでの凛とした様子はどうしたのか、急に視線をそらしながら口ごもるアタランテに、エミヤが首をかしげる。
「その、髪を」
「髪?」
「汝はよく、子供たちの髪を梳いてやっているだろう?その、私にも、してもらえるか?」
「?いいのか?君は人に髪に触れることを許していないと聞いたが」
「誰彼触らせるわけではない。髪も、耳も、尻尾もな。だが、その……汝を信頼しているからな。その信頼の証、というか」
「信頼の証、か。そういうことなら、私も君の信頼に応えなければいけないな。承知した。では座っていてくれたたまえ。君が満足してくれるかはわからないが、精一杯手入れさせていただくとしよう」
その日以降、子供たちがエミヤに髪を梳いてもらっているところに、もう一人手伝うように寄り添うサーヴァントが見かけられるようになった。そして子供たち全員が終わると――
「ではエミヤ、頼めるか?」
「承知した。では、失礼するよ」
最後に子供たちが去ったあと、エミヤに身を預ける気高い弓兵の姿が見られるようになった。エミヤの手が髪に、そして時折耳に触れるたびに、彼女はどこか幸せそうに頬を染め、微笑むのだった。
あ~、小さくなったシリーズの続きがなかなか筆が進まない……
スランプかしら?スランプですね?
いやはや、これほんと軽率に続けようと考えるもんじゃないですね、ほんど。
一応頑張りますけどね。
気長に、本当に気長~~~~に、待ってください