ラーメン屋とは『探求者』であれ。
この言葉の意味を問う必要性など皆無ではあるが、それでも敢えて説明しよう。
ラーメン屋というのは常々自分のラーメンを高める為に四苦八苦しながらも我武者羅に試行錯誤を続け己の理想を追い求めるものなのである。今ある最高傑作に満足せず貪欲に知識技術を吸収し己のラーメンを更に昇華しより高みを目指していく。現状に満足し進化をしようとしない輩はラーメン屋ではないのである。
きっとその考え方自体はこの業界、こういった職種にはよくありがちなものだ。だが、このラーメン屋という職種に於いてはその思考が群を抜いている。何せ彼等のその思考には垣根がない。和食なら和食、中華なら中華、イタリアンにフレンチと料理の種類の数ほどその職種は多くなる。それらに属する者達は当然その料理の腕を磨いていくだろう。だが、彼等はその道しか学ばない。多少は知識程度で他の料理について学び触れたりはするが、それでも彼等は本職一本気なのである。
しかし………しかしだ。
『ラーメン屋にはそれがない』
確かにラーメン屋の至高の目的は最高のラーメンを作ることである。だが、だからといってラーメンだけについて学んでいるわけではない。彼等はそれが使えると判断すればそれこそ本職にも負けない程にその技術を学び己のラーメンの為に活かすのだ。そしてそれに系統はなく、使えれば何だって学び吸収する。良く言えば器量が大きい、悪く言えばとんでもない悪食、一本気ではない、なのである。
他の料理の職ならある意味恥だと言われるだろう。だが、ラーメン屋はそれを良しとした。いや、中にはそれを嫌う者達もいるが、それは己のラーメンの系統への愛故である。それもまたラーメン屋だ。ぶっちゃけその区分はあんまりない。自身の学んでいる系統こそ最強だと謳う者あれば、多種多様な技術を学び集約しまったく新しいラーメンを作る者もまたいるのだから。
それら全てひっくるめてもラーメン屋。己の系統こそが最強だと疑わない者とて精進は怠っていないのだ。
さて、そんな話をした訳で今回の馬鹿(ヴァーリ)のお話は………。
「『楼龍庵』のエビチリラーメン、それに『バー、ステイン』のトマトとバジルの塩ラーメン、どちらも凄い完成度で美味かった」
定休日を利用し最近話題になっている変わり種のラーメンを食べに行っていたヴァーリはその味を思い出しながら感想を口にする。
彼は自身のラーメンに対し誇りを持っているが、それに執着するタイプではない。美味いラーメンがあると聞けばそれを食べに行き、その味を全身全霊をもって味わい己が血肉とすべく考察する。そういった知識に貪欲に学び、それを己の技として昇華しより自身の最高の一杯へと近づくために努力を惜しまない。まさに立派な『ラーメン屋(馬鹿)』であった。
そういった知識と味に触れた彼はその味の感動を忘れない内に行動を起こす。それ故にラーメンを食べた帰りだというのにスーパーなどに寄って先程食べたラーメン達に使われているであろう材料を推測し購入していた。
そんなわけで早く店に帰って試してみたいヴァーリ。そんな彼の目の前でそれは起こっていた。
「迷える子羊にお恵みを~~~~~~~~~~!」
「天の父に代わって、哀れな私達にお慈悲を~~~~~~~~~~!」
道の端にて空き缶を前に出しながら歌うように懇願する二人組がいた。
見たところ二人とも女性で年齢はヴァーリとそこまで変わらない。美少女だということがはっきりとわかる。一人は金髪のツインテール、もう一人は青髪のショートヘアだ。
そこまで見ればとても魅力的な彼女達なのだが、その服装を見ればその印象も大分変わる。彼女達が着ているのは身体のラインがかなり出る黒いアンダースーツのようなもの。それの所為で彼女達の歳の割に良く発育の良い肢体がより強調されており、性的な目で見られても仕方ないような事になっている。それを隠すのは申し訳程度の真っ白いローブだ。そのお陰で彼女達は端から見たら不審者、それも女性なだけに下手をすれば痴女に見られかねないような有様だ。その証拠に近くを通り掛かった小さい子共を連れた母親が彼女達に好奇心を向け始めていた我が子に見ちゃいけませんと強く言いながら逃げるように去って行った。
如何にもな厄介事であり関わろうとする者など皆無。普通なら見て見ぬふりをするのが正解である
だが、彼女達は幸運だった。何故ならここにはどうしようもない『お人好し(馬鹿)』がいるのだから。
「君達、何かあったのかい?」
臆することなくヴァーリは二人へと近づいていく。
そんなヴァーリを見た二人は最初こそ戸惑いを見せつつも何とか言葉を紡ぐ。
「あ、あの……貴方は?」
ツインテールの娘がそう言うと、ヴァーリは自分の姿を見て少しばかり不思議そうな顔をした。
(どこからどう見てもラーメン屋なのだが………分からないのか?)
真っ白い調理服にラーメン特有の香りが身からにじみ出している。ヴァーリ曰く誰がどう見てもラーメン屋の格好らしい。そんな格好でラーメンを食べに行ったというのだから相手側からしたら喧嘩を売りに行っているようなものかもしれない……が、そこは同じラーメン屋。ヴァーリが店の名前と割引券を店主に渡すことによって何事も問題なしであった。それは暗黙のルールであり互いに勉強し合おうという意味である。きっとこの店の店主達は近々ヴァーリのラーメンを食べに行くことだろう。確かに商売敵にしてライバルではあるが、同時に切磋琢磨し合える同志達でもあるのだ。そういった横の繋がりもまたラーメン屋には必要である。
少し話がズレたが、つまりヴァーリからすれば自分の格好を見れば分かるものだと思っているのだが、そんなものは『馬鹿共』にしかわからない。『普通の人』にヴァーリがどんな仕事をしているのかなど分かるはずがないのである。
仕方ないと内心少しだけ思いつつヴァーリは軽く自己紹介を行った。
「あぁ、俺はヴァーリ。そこの道を真っ直ぐ行った先にあるラーメン屋の店主だ」
そう言われヴァーリがラーメン屋であるということが分かったツインテールの娘は食べ物をあつかう人間だと判断したようで目を輝かせた。そしてそれを肯定するようになるショートヘアの娘の腹の音が静かなこの空間に鳴り響く。
その音に気まずそうな顔になる二人。そんな二人にヴァーリはどうしてそんな物乞いのようなことをしていたのかを聞くことに。
そして語られたのはとある仕事(裏)で日本にやってきた所、路銀を詐欺で取られて路頭に迷っているというものであった。聞いた限りでは明らかに胡散臭い絵描きに騙されたツインテールの娘が悪いのだが、そこはラーメン屋である。誰が悪いと責めることはない。それにヴァーリ自身そういったことに覚えがあるので同情を禁じ得ない所があった。この業界、外国人は珍しいこともあって騙されやすいのである。まぁ、真のラーメンを目指すヴァーリの眼力に誤魔化しは効かないのだが。
さて、この場合どうすれば良いのか? 何、ラーメン屋なら答えは決まっている。
ヴァーリは二人に笑いかけながら話しかけた。
「なぁ、君達。これからラーメンの試食を作ろうと思っているんだが、良ければ一緒に食べないか」
その提案にツインテールの娘が食いつきそうになったが、それをショートヘアの娘が止める。
「いいのか? それをしてもそちらには何のメリットもないだろう?」
その言葉には若干の警戒がある。どうやらショートヘアの方が警戒心が強いらしい。
その反応にヴァーリは警戒されても仕方ないと苦笑をうかべながら答える。
「いいや、メリットはある。俺はラーメン屋だからな。試作品をお客の前に出すわけにはいかないが、やはり自分以外の人にも食べてもらって感想が欲しいんだ」
それは試作品なら商品じゃないから食べられるよ、という意味でありラーメン屋ならそんなことを言う必要などない。それは前話を読んでいればわかるだろう。つまり言い訳や建前、彼女達が気にしないための免罪符である。
その言葉の意味を理解したショートヘアの娘はヴァーリに向かって目を瞑りながら軽く頭を下げた。
「感謝する」
その言葉に込められた深い感謝の念を感じつつ、ヴァーリは二人を店へと招き入れた。
「美味しい!?」
「う、美味い!?」
店について早速作った試作品のラーメンを食べて二人組がその美味さに驚愕し感嘆の声を上げた。
「うん、まぁまぁだが………やはり本家に比べると明らかに劣るな。やはり楼龍庵もステインも素晴らしい。是非もっと研究したいものだ」
ヴァーリは作った試作品と本家の味を比較しよりその違いを考察し何が必要なのかを推察し、そして両店の技量を褒め称える。
味わうように食べているヴァーリ、それに対し二人組はもの凄い勢いでラーメンを食べており、何杯もおかわりをしていた。余程空腹だったに違いない。こんな風に潔い食べっぷりを見せてもらえるというのもまたラーメン屋冥利に尽きる。
「あぁ、こんなに美味しいラーメンが食べられるなんて…………神よ、感謝します。アーメン」
ツインテールの娘がどんぶりのスープを飲み干すと目を瞑って手で十字を切った。それに習うかのようにショートヘアの娘も同じように神への感謝を捧げる。
その行為で二人がキリスト教徒であることが分かるのだが、ここで本来ならば問題が発生するはずであった。
『悪魔は光と反発する』
天使や堕天使の光の力は悪魔達にとって猛毒であり、それは人々の信仰の心でもある。
つまり目の前で十字を切られ神に感謝を捧げられようものならば悪魔にとって悶絶するレベルの頭痛に襲われるのだ。それは半血であるヴァーリであっても例外ではないはずなのだが……………。
「そこまで喜んでもらえて嬉しいが、これはあくまで試作品の上に本家の劣化模倣品に過ぎない」
ヴァーリは痛みなど感じる様子など一切見せることなく笑顔でそう言う。
そんなヴァーリに流石に突っ込みを入れずにはいられないアルビオン。
『いやヴァーリ、お前は半血とはいえ悪魔だろう。何で痛みを感じていない!?』
ヴァーリの中にいるからこそ、本当に痛みを感じていないことがわかるアルビオン。そんなアルビオンにヴァーリは心の声で答える。
『ラーメンを美味いと言ってもらえたんだ。そんなことなど俺には無意味! 俺は悪魔である前にラーメン屋だ!!』
ヴァーリの中の図式。
悪魔<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<ラーメン屋
『駄目だ、もう此奴は悪魔であることさえ辞めていた………』
白龍皇であることなど言わずもながなといったのは言うまでもない。
つまり彼はラーメン屋なのである。悪魔であろうと白龍皇であろうと、その前に彼はラーメン屋なのだ、ラーメン屋=ヴァーリといっても良い。つまりそこに口を挟む余地などない。
そしてヴァーリは美味そうに食べる二人に笑いかける。
「まだラーメンは入るかな? 入るなら今度はウチ自慢のラーメンを食べてみてくれ。お代はいらない、その美味そうに食う姿こそが一番のお礼だ」
そして彼は厨房で自慢のラーメンを作り始める。
この二人組の来訪によってこの駒王町が危機にさらされようということを知らずに。
まぁ、知ったところで彼なら真顔で知るかというだろう。だって彼は………ラーメン屋だから。
らーめん、大好き、ヴァ~リさん♪