ラーメン屋は『宣教師』であり『教育者』であれ。
世のラーメン屋はすべからく自らが望む最高の一杯を作るべく日々研究熱心に生きている。確かにそれが至上目的だが、それと同じくらい大事な事がある。それは………。
『ラーメン文化の布教と教育』である。
ラーメンという文化は未だ始まったばかりであり、その知識は収まることを知らない。だからこそラーメン屋は常に進歩し進化していくわけなのだが、それでも一人ではいずれ限界が訪れる。故に彼等はライバルであり盟友でもある同志を求めるのである。それ故に、そしてより人々にラーメンを知ってもらう為に一流のラーメン屋は皆その素晴らしさを語り広めるのだ。故に一流のラーメン屋とはラーメンの宣教師である。
そして同時に教育者である。自ら学び培ってきたラーメンをより広める為にも『弟子』を取り、後進の教育に力を入れるのだ。ラーメンを絶やさぬために、よりラーメンの発展の為に。
今回はそんな話である。
「いらっしゃいませー!」
威勢のよい声と共に暖かな湯気を放つ実に美味そうなラーメンをお客様に提供していのは我らがラーメン馬鹿のヴァーリである。いつものように彼は自慢の店にて常々最高の一杯を目指しながら営業にいそしんでいた。
そんな彼であるが、最近とある事があって若干気落ちしていたりする。
それは約一週間前の話。
この駒王の地を吹き飛ばそうとした馬鹿の処遇についてヴァーリが下した答えが、
『ラーメン屋(白龍皇)にて三日間のラーメン教育』
というものであった。
ヴァーリとしては寧ろ善意しかないし、町一つ滅ぼそうとした者に対しての処分にしては激甘では済まされないくらい甘いのだが、『神の子を見張る者(グリゴリ)』の者達からしたら皆挙ってこう言うだろう。
『いや、寧ろコキュートスで永久冷凍刑の方が余程マシだ。アレは魂までも破壊するぞ』
言い過ぎだとヴァーリや他の者達は言うだろう。だが決して冗談ではない。ヴァーリのラーメンへの情熱と愛は正に『狂信的』なのである。刑を受けようものなら実際に肉体精神共におかしくなっていてもおかしくはないのである。
そしてそれは実際に証明されている。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、ら、ラーメン………は、俺は一体何を!? そ、そうだ、この後急いでスープを作らなくては………じゃないだろ!! 俺は戦いを、そうだ過去の戦争の再開………いや、そうじゃないだろ。自分の最高の一杯を求めて……あぁ、豚骨と鶏ガラのスープの香りが……………うわぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
以上、ラーメン教育を『二日』受けた今回の下手人の反応です。
様子を見に来た堕天使総督が見たのは極悪人面に気持ち悪いくらい良い笑顔を浮かべながらラーメンの湯切りをしている古からの堕天使であった。その格好も似合わない調理服であり、もし彼を知っている者が見たら皆急いで眼科の医者に駆け込むかもしれない。それぐらいあり得ない光景であった。
そして試しに話しかけてみた結果………発狂されたというわけだ。これ以上は本当にヤバイと判断した総督は昔の付き合いということもあってヴァーリにこれ以上は無理だから勘弁してくれとお願いし、ヴァーリは本当に……本当に仕方なく受け入れたのだった。
そんなわけで見事『教育対象に逃げられた』ヴァーリは若干気落ちしているわけであった。別に寿命的な問題で後進の教育など必要ないと思われるが、それとラーメンの発展はまったくの別問題。真のラーメン屋はいくらいたってよいのである。故に教育を施したわけだが、残念かな………『戦争などと大口を叩いている奴はその実精神は幼子のように貧弱だった』というわけだ。
まだ幼子の方がマシかも知れない。何せ幼子は柔軟な精神をしているのので飲み込みが早いのだから。教育もすんなりと受け入れられるだろう。しかし、体力的な問題もあって大人出なければ出来ないのだから仕方ない。
だからといっていつまでもいじけているわけにもいかない。いじける暇があるのならラーメンである。
そんなわけで本日もラーメンに精を出すヴァーリ。来るお客さんの笑顔に溢れ、美味いの言葉に歓喜し更に精進する。その光景はまさにいつも通りなのだが、そんな光景に若干『いつも』ではないものが入ってきた。
それはランチタイムを終えて若干人通りが少なくなってき昼過ぎ頃。店に一人の客がやってきた。
それは幼い少女だ。見目麗しい相貌は正に美少女といっても過言ではない。だが、その格好は胸の秘部を隠す程度の真っ黒い衣服という過激すぎるものであった。ぶっちゃけ通報物である。店内に人がいないことが唯一の救いだったかも知れない。
だが、それは見た目だけの話。その身には尋常ならざるドラゴンのオーラを纏い、それを無意識に漏らしていた。その力を知っているなら当然その正体も知れるもの。
ヴァーリはその幼女相手に対し怖じ気づくことなど一切無く普通に対応する。
「いらっしゃいませ」
他の客とまったく同じ対応。それに対し、幼女は注文すわけでもなくヴァーリを指さしてこう言った。
「アルビオン見つけた。我に協力して欲しい。一緒にグレートレッドを倒して」
幼女はヴァーリの中にいる『白龍皇』に気付いてそう言ってきた。
その言葉に対しヴァーリは躊躇無くこう答える。
「断る。そんなことよりラーメンだ」
まったくぶれないこの返答。アルビオンは内心頭を抱えていたが気にする男ではない。
そんなヴァーリに幼女は若干上目遣いで話しかける。好きな者が見れば大興奮間違いなしだ。
「駄目? 我、協力して欲しい。そのお礼に『蛇』あげる」
そう言って手の平から小さく真っ黒い蛇を出してきた。その蛇には途轍もない力が込められている。もし身体に取り込もうものなら魔王にだって勝てるかもしれない。それぐらいの力を秘めていた。こんなものをくれるというのだ。普通の悪魔なら飛びついていただろう。
だが残念かな、この『ラーメン馬鹿』は揺るがない。
「そんな出汁にも使えない蛇なぞいらん。俺は言ったはずだぞ、無限の龍神『オーフィス』そんな下らぬ事よりラーメンだと」
無限の龍神オーフィス………この世界における最強と呼ばれる存在の一角。その名の通り無限とすら言える程の力を有している最強のドラゴン。そんな神すら恐れる存在に対しヴァーリは一切引かない。ラーメン屋は相手がどこの誰であろうとも対応を変えないのである。お客様は誰であってもお客様。勧誘はお断りである。
断られたオーフィスは無表情なのだが若干ションボリと気落ちした雰囲気を見せる。そんな顔?をされたらラーメン屋(お人好し)は黙っている訳にはいかない。
「そこのカウンターに座って少し待っていろ」
そうオーフィスに言うとヴァーリは手早く一杯のラーメンを作り始めた。
それはこの店の代表各である看板メニューの醤油ラーメン。それをオーフィスの前に出した。
「これは何?」
初めてみる者に無表情にそう問いかけるオーフィス。そんな彼女にヴァーリは胸を張って答える。
「それはラーメンだ。食べて見ればわかる」
何が分かるのか分からないが取り敢えず言われた通りにオーフィスは拙い持ち方で箸を持ってラーメンを口に入れた。
その途端、初めて彼女の顔に表情が浮かんだ。目を見開いた様子からそれは誰が見ても『驚き』であった。
そしてオーフィスは静かに語り出す。
「穀物を粉にした物をまとめ糸状にしたものとそれを調味料と動物の骨から取った煮汁を合わせただけの物なのに………この中に確かに我と同じ『無限』がある。何で?」
どうやらオーフィスはラーメンが気に入ったらしい。
そう口にした後更に口に麺を運んでいく。その様子は夢中になる幼子のそれだ。
そんなオーフィスに対しヴァーリは当たり前のように言う。
「それこそがラーメンだ。ラーメンには無限の可能性を秘めている。俺はその可能性を見て更に高めていきたい」
「無限の可能性………」
ヴァーリにそう言われオーフィスはどんぶりを見つめる。その虚無の瞳に何が映っているのかは誰も分からない。だが、ヴァーリだけはその何かを見ているのだろう。故に彼は彼女にこの言葉を贈る。
「無限とは限りが無い言葉を指す。だが、それでも無限には二種類ある」
「我、二つ?」
「一つはまさにお前のことだ。何も生み出さず何もしない、故にお前は無限『小』、つまりマイナスに無限でしかない。だがラーメンは違う。ラーメンはまさに無限『大』だ。その可能性は行き着く先を知らず、ずっと進化し続けていく」
「ずっと進化……」
「そしてお前はそれをすっかり食べきっている」
「あ………」
そう言われオーフィスは食べていたラーメンが空になっていることにやっと気付いた。
そしてヴァーリに何となく瞳を向ける。その瞳の意味をヴァーリは理解して笑う。
「どうだ、ラーメンは? 美味かっただろう」
「美味い……これが美味い? うん、我、ラーメン美味かった」
そこには何やら嬉しそうな雰囲気を出す無限の龍神がここにいた。
そしてオーフィスはヴァーリに話しかける。
「我、決めた。グレートレッド倒すの意味ない。我、ラーメン、もっと知りたい」
「分かった。ならお前も今日からラーメン屋だ」
こうしてこの日からこの店には幼女の従業員兼ラーメン屋見習いが誕生した。
彼の無限だろうがラーメン屋の前には形無しであった。
彼の中の白龍皇は気が狂いそうになったという………。
らーめん、大好き、ヴァ~リさん♪