雄英体育祭。
かつてスポーツの祭典と呼ばれ、全国が熱狂したオリンピックは今では規模も人口も縮小し、形骸化した。
そして、現代の日本で『かつてのオリンピック』に代わるかの様に注目を集めているのが『雄英体育祭』である。
超人社会と言うだけあって、ヒーロー達が活躍する世の中。
雄英高校という数多の
そんな雄英体育祭のおかげで世間は大騒ぎ。
ヴィラン達に襲撃を受けた雄英高校だが、今年はより一層厳重な警備のもと、その祭は開催される。
(2年と3年には興味がねェな。見るのは1年……死柄木がちょっかいをかけたアイツらか)
そっと黒く苦い液体を口の中へと流し込みながら、リフォームされたマンションの一室のソファーに腰をかけ、テレビをつける。
どの番組もやはり雄英体育祭の話で持ちきり。
生放送の雄英体育祭を視聴するべく、チャンネルをまわす。
現在、雄英体育祭の開会宣言を行うらしい。
やはり、注目をされているのは1年A組。ヴィランの襲撃を無事に回避したヒーローの卵達だ。
可哀想な事にもうひとクラスのヒーロー科は完全なる引き立て役。
(あン? アイツは確か……)
雄英体育祭の開催宣言。そしてヒーロー科から成績トップ通過の少年が選手宣誓を行うらしい。
その少年はUSJで
『宣誓───』
だらけた様な声がテレビ越しに伝わってくる。
『───俺が一位になる』
爆豪の選手宣誓を聞き、
まだ"最強"を目指してンのかコイツは、と。
当たり前の様に他の雄英生徒達から非難の声が上がる。
選手宣誓でこれから競い合う敵を増やしてどうするのか。
だが、爆豪の態度はダラけている様に見えたが、その目は明らかな"最強"への執着が見られ、それ相応の覚悟があって口にしたのだと
(あれだけ力の差を見せつけられて折れねェ奴もいるって訳か……大抵の奴は腕の一本や二本弾けば折れちまうもンだが)
それは目標と言えるがかなり高い壁。オールマイトを目指すよりもずっと高いかもしれない壁だ。
誰よりも強くなる為。
その目標を掲げている爆豪にとって、この雄英体育祭は"最強"への第一歩といったところか。
まずは
先頭をトップで走っているのは
凄まじい程の冷気を放ち、辺りを氷漬けにして走っている。実力も雄英の一年ではトップクラスではないかと思わせるその"個性"。
それも当然だろう。なにせ、轟焦凍はあのNo.2ヒーロー『エンデヴァー』の息子なのだから。
しかし、
(エンデヴァーの息子? じゃあ何でアイツの
そう、エンデヴァーは
(突然変異か? いや、炎から氷の"個性"が生まれてくるなンて聞いた事ねェぞ?───いや、考えられるとしたら『個性婚』って奴か?)
個性婚。
より強い子供を産むためにする政略結婚みたいなものだ。
"個性"は親の個性因子を元に受け継がれていくもの。原理は今一つ不明だが、そこが
現にオール・フォー・ワンは、常識を無視したように人から"個性"を奪う力を持っている。
恐れたのであろう。
「ダメだ。ちっとも分からねェ。殺してでも逆算済ませとくべきだったか」
後から追い上げた爆豪と轟の二人。どちらかが一位になろうとしていた、その時───障害物競走の地面に仕込まれていた地雷を利用して、
そう、
先ほどまで全く目立っていなかった緑谷は一気に注目を集める。
何故なら、緑谷出久はこの障害物競走で
(コイツッ!? まさかとは思うが……『無個性』じゃねェだろうな? じゃあ、あの時の死柄木に立ち向かった力……アレは一体?)
そして最後、緑谷は自分の知恵だけで一位の座をむしり取る。
最後まで"個性"を使わず、トップクラスの実力を誇った轟焦凍と爆豪勝己を抑えて、だ。
「ハァ……ガラにもなく、こンなモン見るもンじゃねェな。胸糞悪ィ」
そのままテレビの電源を落として、玄関へと向かい部屋から出て行くのであった。
◇
◇
◇
〜雄英体育祭会場〜
第2種目の騎馬戦が終わり、最終競技へと移ろうとしていた頃。エンデヴァーは会場内を巡回していた。
ヴィラン襲撃に備えて応援要請が出されているのだ。そのついでもあるが、彼は雄英体育祭を観戦もしていた。
相変わらず、エンデヴァーの息子である轟焦凍は炎を使おうとはしなかった。
エンデヴァー曰く、轟焦凍は自分の上位互換らしく、オールマイトすらも超える逸材らしい。炎を使わないのは軽い反抗期だと思っている。
「あやつめ、何故炎を使わんのだ。使えば敵などいないだろう」
そっとため息を吐くエンデヴァー。
そんな時、一人の小さな子供が声をかけてきた。
「えんでゔぁー? あくしゅしてー」
まだ少し幼さのある声。
きっと親と一緒に雄英体育祭を観戦しにきたのだろう。
そんな子供に対してエンデヴァーは少し睨みをきかす。
「失──────ッ」
失せろ、そう言おうとした時だ。
あの時の光景が鮮明に思い出される。
『エンデヴァーはつよいんだぞ! 負けないんだぞ! がんばれ! がんばれ!』
何故、その時のことを思い出したのかはわからない。エンデヴァーにとってアレは一生の不覚。
ただ一人の少年ヴィランに敗北し、自分がヒーローらしくないと実感させられた出来事。
「───一度だけだぞ? いいな?」
「わぁーっい! やった!」
そっとエンデヴァーが手を差し伸べると子供は手をガシッと掴み、ブンブンと揺する。
そして何かモノ欲しそうにエンデヴァーを眺めている。
「何だ? まだ何かあるのか?」
「ぼく、えんでゔぁーのだいふぁんだから、その……あの……さいんくださいッ!」
一本のマジックペンに小さなメモ帳。
エンデヴァーは今までこういったファンサービスをしたことがない。欲しいと迫ってきても失せろ、と一言あびせるだけ。しかし、エンデヴァーはペンとメモ帳を受け取り、不器用ながらもサインを書く。
英語でエンデヴァーと書き、その下に小さく本名を書いた、いたってシンプルなモノ。
だが、小さな子供にとってこれから大切な宝物となるであろう。
子供はありがとう、と言い残し、すぐさま走り去って行く。
「HA HA HA HAッ! 珍しいな、君がファンサービスをするなんて」
「見てたのか、オールマイト……」
大きな笑い声と共に一人の男が現れる。
No.1ヒーローであるオールマイトだ。
エンデヴァーが越えられなかった男であり、ライバルとも呼べる存在。
「久しぶりだね、エンデヴァー。いやてか超久しぶり。10年前の対談振りかなッ!? 見かけたから挨拶しようと思ってね。お茶でもどう?」
「そうか、ならもう用はすんだろう。茶など冗談ではない」
エンデヴァーはすぐさまオールマイトに背を向け、その場を立ち去ろうとする。
「つれないこというなよ─── HA HA HA HA!!」
オールマイトは華麗な動きでエンデヴァーの行く手に先回りし、行く手を阻む。
「ぐっ……」
エンデヴァーはそんなオールマイトに対して不快な顔をしながら、睨みをきかせる。
そんなエンデヴァーの様子など気にせず、オールマイトは両手を左右に広げながら尋ねる。
「君の息子さん───焦凍少年。
「何が言いたい?」
エンデヴァーはオールマイトの問いに訝しむ様に答えた。
何故、オールマイトはそんな事を聞いてくるのか、わからないのだ。
「いやマジで聞きたくてさ、次代を育てるハウツーって奴をさ」
「………? 貴様に俺が教えると思うか? それにその、あっけらかんとした態度がいつも癪にさわる」
エンデヴァーはオールマイトの問いをバッサリと切り捨て、辛辣な言葉を浴びせると、オールマイトはしゅんとした様子でごめん、と謝罪。
「それと覚えておけ、
次の瞬間エンデヴァーの発言により、オールマイトは感じ取る。
何らかの負の感情を。
「いずれ貴様を超えるヒーローにする。そうするべく───作った
「………何を……」
「今はくだらん反抗期だが、必ず、必ずだ。超えるぞ…………超えさせるぞッ!!」
エンデヴァーの目は先程、子供と接していた時の目とは明らかに違う。
憎しみ、恨み、意気消沈、嫉妬、怒り、悲しみ、自己嫌悪、自己憐憫、うぬぼれ、自己満足、苛立ち、不機嫌などの様々な負の感情が合わさり、凝縮したようなナニカ。
それはヒーローとはかけ離れたナニカだった。
オールマイトとしては、先ほど子供のやりとりを見ていて少し変わったなという感想を抱いていたのだが。それは一時的なモノであり、やはり人間の本質はそうやすやすと変わるモノではないと実感させる。
オールマイトはただただ、その背中を見つめることしかできなかった。
◇
◇
◇
保須市のメインストリートとも呼べる大通りを
雄英体育祭を見て何を思ったのか、多少苛立ちを感じている。
『緑谷って子凄かったわね〜』
『本当にもうちょっとで勝てたかも知れないのにね〜』
『てか、雄英でベスト8って凄くない?』
街を歩いてもあの少年の名前が聞こえてくる。
かれこれ何の目的もなく歩き続けて二時間程が経過している。プラプラと何もせず、ただ歩いているだけ。
散歩して苛立ちを抑えこもうと思っていたが、どこへいっても雄英だの緑谷だの様々な声が挙げられている。
それほどまでに雄英体育祭はこの世界にとってビッグイベントという事だ。
(何なンですかァ……)
ここで
何故今まで音を反射していなかったのだろう、と。
すぐさまデフォルトの反射物理演算に音を反射するよう設定。
(余計な音は反射っと───最初から音を反射しとくべきだったな)
反射の壁に包まれた
ビルの隙間。光などは外から入ってくる程度で、昼間にもかかわらず薄暗い。
「おい、そこのお前」
「………、」
ガラの悪い連中が
自分達の"個性"を持て余し、使い所のわからないチンピラの類だ。きっと
「無視してんじゃねぇぞ!」
「………、」
当然、男の声は
音を反射している
男達は無視されていると勘違いし、後ろから拳を
「ひゃ…ああああああああああああッ!」
「あン?」
聞こえてきたのは男達の叫び声。
「て、テメェ! 狙ってやがったのか!?」
「クソっ! やっちまえッ」
聞くからに三下のセリフ。
一人の男は
少し大きな体格の男だったため、その力も強かったのか勢いよく吹き飛ばされた。
「なンだ? 雄英体育祭の警備強化中でヒーロー共が出払ってるからカツアゲか? ダッセェなァ……たかがヒーロー共に怯えて普段は何もしねェでビクビク隅っこで怯えてるような奴らがよ……」
「ふ、ふざけんじゃねぇっ! 別にヒーローがいようがいまいが関係ねぇんだよ!」
「その三下くせェセリフやめてくンねェか? 腹抱えて笑いたくなっちまう」
残された男は"個性"を使用したのか、筋肉が元の姿より膨れ上がり、服が千切れる。
「スゲェスゲェ、で? 次は何してくれンだ? まさかポージングとって笑わせてくれるって事はねェよな?」
「ば、バカにするなッ!」
男が
「オッセェ……」
「へっ?」
男は反撃されるなど微塵も思っていなかったのだろう。防御は遅れ、凄まじい速度で射出されたアスファルトの破片は至る所に突き刺さり、打撲や切り傷などの裂傷を負わせ、地面に血がポタポタとたれる。
ここで漸く男は格の差を思い知ったのか、体がブルブルと震え始めた。目の前にいる男の実力、そして絶対的な力の差に。
「とっとと失せろ。オマエ等は別に悪党でもなンでもねェ……悪党になれないチンピラ───いや、それ以下の豚でしかねェ」
「見逃してくれ……るのか?」
「一流の悪党ってのはカタギには手をださねェンだよ。三下」
別に今回のチンピラ共は
それを殺す程、
体がズタズタに引き裂かれた男はヘコヘコとしながら、他の男達を担いでその場をすぐに後にした。
しかし、
「さっきからそこに隠れてる奴……何もンだ?
「……ハァ………お前はイイッ!」
「───は?」
目元をマフラーで隠しており、血で染まったかのような赤いバンダナとマフラー。
腰には刀を携えており、
「だが、その執念に、今、迷いが生じているな………」
「オイオイ、会話になってねェぞ? 破綻者ですかァ…オマエは……」
「貴様のような男はこの社会にとっても必要……だが、今のあり方を変えれば直ぐに粛清対象だ」
「粛清? この俺を? ククッ……ヒャハハハハ!」
そして気が付いた。目の前の男がどういう人物で世間から何とよばれているか、を。
「そっかそっか……オマエ、ヒーロー殺しか? 悪党の大先輩のお出ましってかッ!?」
「………ハァ、問おう。今現在、貴様は何を成そうとしている?」
「何って、そりゃ決まってンだろ?」
「無敵になる事……それくらいしか思い浮かばねェよ」
その一言に対して、ステインは少しばかり顔が強張る。
「嘘だな……」
「あン?」
「……ハァ……先ほどの男達と会話していた時のような信念が今の言葉からは感じられない……」
「オマエ、さっきから何様? 目の前にいる男が誰だかわかって、ふざけた事抜かしてンのか?」
「……
「わかってンなら口の利き方に気ィつけろ。次ふざけた事抜かしたら殺すぞ、三下」
ビリビリとした雰囲気が路地裏に充満する。
一般人がここに立ち入ったとしたら、その殺気や悪意だけで身動き一つ取れなくなってしまうだろう。それはまるでヘビに睨まれたカエルのように。
「もし、貴様が本当に無敵を目指していたなら今すぐ粛清対象だァ……ハァ……」
「オッケェ……愉快で素敵な
ただでさえ苛立つ事が重なっていたにもかかわらず、ステインは火に油を注ぐかのように、的確に
路地裏の壁に
すると、ドンッドンッドンッドンッ と、壁を伝って振動が行き渡り、ステインの頭上にあった、電気がついていない蛍光灯が爆発し、その破片が辺りに飛び散る。
ステインは一切の動揺を見せず、それを軽快にバク転で回避。直ぐに
どこへ行ったのか、と辺りを見回したその時。ステインは長年の修練や実践経験で培った感性でとっさに一歩後ろへと下がった───直後、先ほどまでステインの立っていた所に
叩き伏せられた地面は粉々に砕け、もし直撃していたら全身をぐちゃぐちゃにされていただろう。
「なに驚いてンだ? 空に高くジャンプして落ちただけだろォが。まさか喧嘩売っといて怖気付いちまったとか言わねェよな?」
「………ハァ、争うつもりは無い。だが、貴様のその攻撃的な一面は粛清するべき対象かもしれん」
「さっきからヒーロー殺しがヒーロー気取ってンじゃねェぞッ!」
地面をダンッ! と蹴り、
だが、ステインはその両腕を回避し、地を這うように移動。狭い裏路地の地形を利用して蜘蛛のように壁と壁を飛び交いながら、体の至る所に仕込まれているナイフを放り投げた。
「そンな安い攻撃で俺に届く訳ねェだろォが!」
当然のごとくナイフは反射───ではなく、的確に常に動き回るステイン目掛けて飛んでいく。
「やはり強いな……ここは一旦引かせてもらおう。俺は貴様を粛清するつもりはまだ無いからな」
「逃すと思ってンのか?───たとえ今逃げられたとしても、オマエは俺にいつか殺されるンだぜェ? なァ? なンとか言───」
その時だ、その時。
(あァ? これは……なンだ……俺が、気圧されてンのか? ありえねェ、そンな事あっちゃならねェ!)
「俺を殺していいのは、オールマイトだけだ。
ヒーロー殺しのステイン。彼もまた自分独自の悪党の『美学』をもっており、無差別にヒーローを殺している訳ではないのだ。
「全ては……正しき社会の為に……」
「ハッ───ヒャハハハハハッ! 正しき社会ねェ。だったらまず目先の悪をどうにかしなくていいのかよ? そンな事言ったってなァ、所詮は人殺しでしかねェンだよ。俺もオマエも」
もっとも過ぎる正論。
ステインはまさに"平和の象徴"に感化され、生み出された悪党であり、その考え方故に『粛清』という道を選んだ。
悪党と言えど、この二人の道は少し違っていて、似ているのかもしれない。
「
そう言って、ステインは常人離れした跳躍により、ビルの隙間を縫って消えていった。
「ハッ、次会った時は心と体を切り離してやンよ。悪党の大先輩」
そしてその日の夜、ヒーロー殺しが『ターボヒーロー・インゲニウム』を襲った、とニュースで大々的に報道される事となる。